奥行き手がかり
上述の通り、私たちの脳内の神経回路によって構成されている視覚システムでは、網膜に投影される情報から、実空間の奥行きを判断するために、様々な手がかりを用いています。それらは大別して単眼性のものと両眼性のものに分けることができます。 単眼性の手がかりとしては、像の大きさ、像の重なり、テクスチャ、陰影、線遠近法、大気遠近法などがあり、両眼性の手がかりとして両眼視差の検出が挙げられます。
単眼性奥行き手がかり
片目でみて有効な奥行き手がかりのことを単眼性奥行き手がかり(monocular depth cue)と呼びます。単眼性の奥行き手がかりをいくつか説明します。

相対的大きさ


近くのものは大きく見え遠くのものは小さく見えます。眼球のレンズ節点による中心投影の原理に従い、眼球の網膜上には近くの対象(A) は大きく映り、遠くの対象(B) は小さく映ります。これは、物理的には遠近法、あるいは中心投影などと呼ばれ、この性質に従って、網膜像の大きさから遠近を知覚することができます。「網膜像の大きさ」手がかりとも呼ばれるものです。

透視画的配置(線遠近法)
直線的な特徴を含む絵を二次元的に表現する場合において利用されるものです。三次元空間での平行線は、平面に投影すると1点に集まる直線群になり、人間はそのような直線群を見たとき、3次元空間での平行線であると知覚します。
たとえば、まっすぐな線路や道路の平行線は地平線の彼方で一点に交わります。また水平のエッジであっても延長すると地平線の彼方で交わってしまいます。逆に、交わる直線群を本来は平行なものであるとして空間再構成の手がかりにしようというのが遠近法などの「透視画的配置」手がかりです。図中に並んだ三つの円柱はそれぞれ大きさが異なりますが、同一の大きさの物体として知覚されます。 これは、眼球の中心投影(遠近法) の原理による日常的経験によって形成された知覚特性の一つです。

図6

図7
どっちのリンゴが大きく見えるでしょうか?
像の重なり

例えば、二つの対象物が視野のほぼ同じ方向にあると、網膜上に像の重なり(overlapping)が生じ、近いものが遠いものから網膜に到達する光を遮り隠してしまいます。このような物理的拘束条件が成り立っていることから、逆に網膜像の重なりの状態から対象物の遠近を知覚できるのです。これが「像の重なり」手がかりといわれるものです。左側の図は、正方形の背後に知覚されますが、 右側の図では逆の配置に知覚されます。これは、遮蔽している側が前面に位置していると解釈した結果だと考えることができます。上の写真を適当な方向から観察すると、単眼で見る限りは人が家の前にあるように見えます。これは実際とは異なりますが,人間の視覚系が適当な仮定をおいて網膜像から前後関係を決定していることを意味します。

図8
テクスチャ勾配


同程度の大きさの粒パターンが点在している面を観察すると、近くの粒はまばらに、遠くの粒は密に映ります。逆に、この密度及び変化とから遠近を知覚できる。これがテクスチャ勾配手がかりです。網膜上に投影される像は、対象との距離に応じて変化します。近くのものは大きく映り、遠くのものは小さく映ります。対象が粒状のものであれば、近くに点在している粒の間隔は広く映り、遠くの粒の間隔は狭く映ります。これが連続的に現れると肌理(きめ)の勾配となります。面の連続的な奥行きを知覚する手がかりです。網膜画像におけるテクスチャは、面の傾きや観察者からの距離によって変化しますが、そこから得られる情報は3つに分類できます。第一はテクスチャの要素の形状の変化で圧縮あるいは縦横比とも呼ばれます。第二は要素の間の間隔、つまり密度の変化で、遠くにあるほど網膜像での間隔は狭くなります。第三の要素は大きさであり、実物の要素の大きさが一定の場合はその大きさが、さまざまな大きさを含む時には平均的な大きさが変化します。(遠くにあるほど小さくなります)
縦横比のみであっても3要素すべてある場合と同程度の効果があります。上の写真は縦横比のみ変化する例、密度と大きさが変化する例です。前者では、膨らみが比較的大きく感じます。これも眼球における像形成や中心投影(遠近法) の原理に従うことによります。

陰影の手がかり(shading)

単眼性の奥行き手がかりに、陰影の手がかりがあります。陰影の手がかりといってもいまいちわかりにくいかもしれませんが、デモとしては下に示す図などがわかりやすいです。右側は、凸型に知覚されると思います。それにたいして、左側は、凹型に知覚されませんか?しかし、上下をさかさまに見たとき、元の右側が凹んで見え、元の左側が凸型に見えると思います。ちょっと不思議ですよね。これに対しては、太陽は通常上から照らされているから、上側に光が照射している物体は凸型に知覚され、下側に照射される物体は凹型に解釈されると考えられています。一般にコントラストが高い陰影図形ではより大きな奥行きが得られる傾向があります。

コントラスト


上の写真のように、黒の背景に黄色の飛行機、青の飛行機があったとき、どちらの飛行機が近くにあるように見えるでしょうか?白色の背景に黄色の飛行機、青の飛行機がある場合はどちらが近くにみえるでしょうか?何か物があったとき、背景との明るさの差すなわちコントラストが大きいほど、背景との奥行きが大きく見えます。背景が暗い場合明るい物は近くに見える。逆に背景が明るい場合は暗い物が近くに見えます。
異なる波長の光は異なる位置に像を結ぶため、色の差が網膜上では両眼網膜像差になるためであり、それに基づいて両眼立体視による奥行きの差が生じます。この現象には個人差が大きい事が知られています。

大気遠近法
遠くの物はぼやけて見え、知覚の物ははっきりと見えます。これはコントラストが低く、エッジが不明瞭になるほど遠くに知覚される効果によるものです。遠くから来る光ほど長距離の大気を通るため、空気中にある霧粒子や塵埃などの散乱の影響を強く受けてしまい、遠い物ほど不明瞭にみえます。視覚システムではコントラストの強さ、エッジの明瞭さから奥行きと知覚する「大気遠近法」と呼ばれる手がかりがあると考えられています。

視野内の高さ
空間内にあるものの奥行きは平面状では相対的な高さとして表現されます(図の右側の円)。この相対的な高さが、知覚される相対距離に影響を及ぼす視野の高さと呼ばれる奥行き知覚の手がかりであります。物が眼の高さより低い場合、遠くにあるものは近くにあるものより視野の中では高い位置にあり、物が眼の高さより高い場合視野の中では上下関係は逆になります。


図9
両眼性奥行き手がかり
両眼性の手がかりとしては、両眼視差の検出が挙げられます。

両眼視差(Binocular disparity,Binocular parallax)
両眼視差とは、左右の眼球に投影された像の位置の差のことを言います。相対的な奥行き差は網膜上には水平方向(水平視差の場合)でのずれとなって現れます。脳内では、網膜状の2次元的な像のずれを検出することで、3次元的な奥行き知覚を実現していると考えられます。両眼視差は角度で表現されます。