はじめに
この調査研究は2004年初めに行われ、結果は「第19回シクロファン研究会」平成16年11月26日(金)〜同27日(土)場所 :ホテル海の中道 福岡県福岡市東区西戸崎において発表しました。

その後ある雑誌に投稿しましたが(受理年月日:2004年8月5日)審査に8ヶ月以上かかりその間にこの調査に当たってご指導頂いた大阪大学名誉教授、芝哲夫先生も同じ話題について考察を書かれ、雑誌「化学」に投稿されました。私の文章を投稿した方がずっと早かったのですが、審査に一年事情もかかったという異例の事態となり、芝先生の論文が先に出版されました。従って私の文章は宙ぶらりんになりましたので、ここに掲載する次第です。なお、芝先生の文章は雑誌「化学」2005年、60巻、No.5、p74に掲載されています.

Organic Chemistry」 を《有機化学》と訳したのは誰?

18世紀末にスウェーデンの化学者ベリマンは生体を構成する物質を有機物質、そうでない物質を無機物質と呼んだ(「化学者リービッヒ」田中 実 著、岩波書店1977年より)ことからベルセリウス(1779〜1848)は有機物質を扱う化学をOrganisk Kemi (Organische Chemie) と名付けた。当時、生物から得られる化合物には「生命力」とよばれる要素が存在し、これが鉱物から得られる無機物質との決定的な差であるとする学説が常識であり、学会の巨人ベルセリウスはこの説の支持者であった。
さて、日本に初めて化学を紹介したのは宇田川榕菴であり、オランダの化学者イペイの化学入門書を元に舎密開宗を著した(1837〜1847)。舎密開宗の原本はイギリス人 William Henry "Elements of Experimental Chemistry" で、これがドイツ語訳、さらにオランダ語に訳されたものを使っている。この舎密開宗 内編卷16には「・・・植物は機性体なり。之を山物(注:鉱物)等の無機性体に較れば・・・」云々とある(下線は筆者)。すなわちここで既に「有機」の元になる言葉が用いられている。榕菴はorganischeを「機性」と訳しており、これは「有機」という語の元であることに間違いはない。しかしorganischeの意味は「器官の、器質的な、組織的な」であり、なぜ器官性、器質性などといった訳語にしなかったのか。あるいは榕菴は植物学に通じ、医学にも詳しいのでもしかすると当時のそれらの学問には「機性」という言葉があったのかもしれない。このあたりについて筆者は何の見識も持たない。

ところで「機」とは学研「漢和大辞典」(藤堂明保 編)によると、

1.はた織り機、またはた織りの装置の動きをそれぞれの仕掛けに伝える細かい部品。

2.部品を組み立ててできた複雑な仕掛け。

3.物事の細かい仕組み。からくり。

などなど、といった意味がある。生命の働きを感覚的にかつ科学的に言い表す言葉としてもっとも端的であり、「有機化学」とは蓋し名訳である(当時の生命力学説を背景にすれば)。

一方、「舎密」を「化学」としたのは川本幸民の訳本「化学新書」 (1860)においてである。実は本論の結論ともいうべき「有機」という言葉を最初に使った人こそ、誰あろう川本幸民と思われる。このことをはっきりと示してくださったのは大阪大学名誉教授、芝哲夫先生である。川本幸民は舎密開宗を読んでいたであろうから「機性」ということばを当然知っていたと思われる。「機性」から有機化学に至るまではほんの一またぎであったろうが、彼が化学新書の底本としたJ.W.GunningDe Scheikunde van het onbewerktuigde en bewerktuigde rijk”(無生物と生物の領域の化学)の“bewerktuigde”には生物とか組織などの意味があるのでこれが先のorganische の訳語機性」という語の意味と結びつき、機性のある、なしということから川本幸民は有機、無機の語を創出したのではないだろうか。芝先生はこのことを指摘してくださり、また化学新書には有機体化学や有機などの語が随所に現れるとお教えくださった。以上が本稿の結論である。

ところで、筆者の手元には古い本(「有機化学」 丹波敬三、下山順一郎、柴田承桂 編纂、明治45年第19版、初版は明治12年)があるが冒頭の部分に、《有機化合物は既に前世紀(19世紀)において人工的に実験室で作ることが可能になったので有機、無機の区別は曖昧になった。従って今日では有機化学を炭素化合物の化学と呼ぶが、便宜上本書では有機化学とする。》といった趣旨のことが書いてある。現在ではこのようなことが冒頭に書いてある有機化学の教科書は見あたらないが確かにその通りだと思う。それから100年あまりたった今日、現代化学においては専門分野が非常に細分化されたと同時に各分野の境界領域は重なりぼやけてきている。有機化学だけをみても研究対象として扱う物質が広がり、果たしてどこまでが有機物質といえるのかが疑問であり、元々生命力学説に基づいた有機化学という言葉は益々当てはまらなくなってきている。しかしそれにもかかわらずこの語は「なんとなくはっきりと」この分野のイメージを表しておりまだまだこれからも使われてゆくであろう。先人の知恵と工夫は脈々と生き続けているのである。

謝辞

本文を著すにあたって化学史が専門でない筆者に貴重なご助言をいただいた、東洋大学工学部教授、菅原国香先生並びに最終的な結論をお教えくださった大阪大学名誉教授、芝哲夫先生に厚くお礼を申し上げます。

参考文献

「化学者リービッヒ」 田中実 著 岩波書店 1977年
「漢和大辞典」 藤堂明保 編 学研 1998年第35刷

芝 哲夫、化学と教育 51巻10号(2003年)

芝 哲夫、化学と教育 51巻11号(2003年)

芝 哲夫、私信 2004年4月

「有機化学」 丹波敬三、下山順一郎、柴田承桂 編纂、明治45年第19版

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