研究の紹介
日常生活の中で、私たちは、微生物の恩恵に少なからず浴しています。納豆やヨーグルトやお酒などの食品はもちろんのこと、生活排水の処理まで彼らに依存している事をご存知でしたか?微生物の機能を知る事は、生化学反応を理解するだけでなく、生態系の頂点に立つ私たちヒトとの関わりを理解することにもつながります。そこで、私たちの研究室では、微生物の未知なる機能を解明する研究を行っています。現在、大きな研究の柱として3つのテーマを走らせています。それぞれについて、簡単にご紹介します。この中には、女子大ならではの発想から生まれたテーマもあります。
- 1)生物間相互作用に関わるタンパク質
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- 担子菌由来の酵素DyPは、合成染料のような難分解性の合成化学物質を分解する事が出来ます。この酵素は、ヘムを持つ事、反応開始に過酸化水素が必要な事などから当初からペルオキシダーゼであることが分かりましたが、その一次構造は、従来の典型的なペルオキシダーゼとは似ても似つかぬものであり、単なるはぐれ物の酵素として発見当初はそれ程注目されていませんでした。ところが、2007年に私たちが立体構造を発表してから、続々と、国内外から報告例が増え始め、今ではDyP-type peroxidase familyと名付けたタンパク質のカテゴリーが認知されるまでになりました。如何にタンパク質の立体構造の情報が重要かを実感した瞬間でした。もしも、タンパク質の一次構造の相同性のみに頼って新しい酵素を探していたら、DyPの発見は大幅に遅れるか、或いはまだ見つかっていなかったことでしょう。私たちは、タンパク質の立体構造を解析することで、新しいタンパク質ファミリーを探しだすことに世界で初めて成功しました。しかも、このファミリーは、これまで仮説としてその可能性が提唱されていたタンパク質の収斂進化の実例と言えます。研究の醍醐味は、このように全く新しい事実に光を当てる事なのではないかなと思っています。今日DyPの研究に、さらに光が当たり始めてきましたが、まだまだ沢山の未解明な部分が残されています。たとえば、DyPはなぜ合成染料のような難分解性の合成化学物質を分解するのでしょうか。本来、自然界には合成染料は存在しませんので、合成物ではない天然物質が本来の基質であるに違いありません。これについて、多くの研究者はリグニン分解との関係性を主張しています。しかし、その活性は既知のリグニン分解酵素と比べると、極めて低いものです。そこで私たちは、DyPを生産する担子菌Bjerkandera adustaが樹木に寄生することに着目しました。その結果、この菌の生産するDyPは、植物が生産するある種のアントラキノン系抗菌物質を効果的に分解することが分かりました。つまり、この菌は、植物が持つ防衛機構を突破して、植物に寄生するための生存戦略としてDyPを生産している可能性が高いことが分かりました。この成果は、AMB Expressに発表いたしました。私たちは、今後もDyPの研究を深化させていく予定です。
- 2)バクテリアセルロース
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上;セルロース生産菌の静置培養の様子、気液界面に薄い黄色に見える部分が膜状のセルロースナノファイバー、左下;カルコフロアーにより青白く蛍光を発するセルロース生産菌のコロニー、右下;生産されたセルロースナノファイバーの電子顕微鏡写真、太さ約50nm - もう一つの柱は、セルロース合成メカニズムの研究です。セルロースの主たる供給源は植物ですが、ある種のバクテリアは、植物では作る事の出来ない非常に純度の高いセルロースを速く大量に生産します。少し前に、ある製紙会社がセルロースナノファイバーを開発したと話題になりましたが、バクテリアが生産するセルロースはもともとナノファイバーで、それをいとも簡単に合成します。バクテリアがセルロースをどのように生産するか、そのメカニズムを明らかにできれば、セルロースナノファイバーを簡単に手に入れることができるようになるかもしれません。しかも、植物に頼らなくても紙を製造できるようになるかもしれません。森林減少が深刻な環境問題になっている現在では、この技術の実用化が文明の救世主になるかもしれず、製紙業にパラダイムシフトをもたらすかもしれません。最近、このバクテリアのセルロース生合成酵素の一部の構造が解かれましたが、まだその全貌が明らかとなったとは言えません。私たちは、セルロース高生産菌を用いて、その生合成酵素全体の構造解析と、生合成メカニズムの解明を目指しています。
- 3)新規有用微生物の探索
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左;ある土壌サンプルから生成した微生物のコロニー、右;干潟でのサンプリングの様子 - 最後に、当研究室の重要なポリシーをお話いたします。研究のオリジナリティは、研究室の財産であり、ひいては世界をリードするプライオリティにもなり得ます。私はこれまで、海洋性細菌と担子菌から単離した2つの新規酵素の諸性質を解析してきました。一つがαネオアガロオリゴ糖分解酵素で、もう一つが現在も研究しているDyPです。私たちの研究により、それぞれの酵素は、EC 3.2.1.159, EC 1.11.1.19という従来にない新規の酵素として登録されました。生物の新種を発見することも難しいことですが、酵素の新種もなかなか発見できないものです。しかし、ひとたび発見できれば、まぎれもなく研究の最先端に躍り出ることができます。誰も手にしていないものを手にする。いわば酵素ハンターとして獲物を得れば、そこからさまざまな新しい知見を得ることができます。そうした知見を、私たち、そして私たちが破壊し続けている地球の生態系に、いずれ還元できる日が来れば、これほど嬉しいことはありません。そこで、現在、ある種の物質を分解する酵素を自然界から探しています。この物質分解に着目したのは、当研究室に所属する学生の女性ならではの視点があったからです。自然界からのスクリーニングは簡単ではありません。それ故に、こうした泥臭い研究を行う研究者が減ってきていますが、自然の複雑さを感じながら生命を考える醍醐味を伝えてくれるものとして最重視しています。3つ目の新規酵素の報告に向けて鋭意研究をしているところです。