現在の研究テーマは「気相における遷移金属原子と遷移金属を含むラジカルの反 応性についての研究」です。
1. 遷移金属原子と遷移金属を含むラジカル
遷移金属原子は有機合成化学で用いられる触媒の活性中心に存在し、また生体酵 素の活性中心としても重要です。遷移金属原子がこのように有用な性質を 持つのは満たされていないd軌道を持つからであると理解されています。ところ が、最近になって遷移金属原子を気相中に発生させ簡単な分子との反応性を調べ たところ、ほとんど反応しないことがわかりました。遷移金属原子が1個の原子 としては非常に不活性であることがわかったのです。触媒活性などの有用な性質 を持つには遷移金属原子のまわりに配位子などの原子団を付加する必要がありま す。
遷移金属原子はなぜ不活性なのでしょうか? 遷移金属原子は 4s 軌道に2個の電 子が入り、それに続いて 3d 軌道に電子が入っていきます。4s 軌道のエネルギー は3d軌道よりも低いのですが、空間的に外側まで張り出しているので遠くから 見ると4s軌道の内側に3d軌道が入っているように見えます。遷移金属原子は4s軌道 に2個の電子が入り閉殻をつくりますので、1s 軌道に2個の電子が入り閉殻を成 すHeのように見えるわけです。He は不活性ガスですので、これと同じように遷 移金属原子も不活性になってしまいます。別の言葉でいえば、活性な 3d軌道を閉殻を成す4s軌道が遮蔽してしまうために反応性がなくなるということ もできます。
遷移金属原子に酸素原子を結合させたらどうなるでしょうか? たとえば Fe 原 子を例にとって考えてみます。Fe 原子とO 原子を結合させ FeO ラジカルを生成 させたとき、Fe 原子の4s軌道に入っている電子と酸素原子の 2p 軌道に入っている電子が共有結合をつくります。そのため Fe 原子の4s軌道に2個の電子が入っている(閉殻構造)状況はなくなることになります。 このような状況では外側から3d軌道が見えるようになり、 不活性ではなくなることが予想されます。実際に実験してみると 簡単な分子と反応することが報告されました。

Fe 原子に酸素原子を結合させることにより反応性が増大することが実験的に確 認されましたが、このような現象がほかの遷移金属原子でも起こるのかはまだ確 認されていません。私達の研究室では、3d 遷移金属原子に酸素や水素などの簡 単な原子を結合させ、反応性がどのように変化するかを系統的に研究することを 目的とし、実験装置の整備、測定を行っています。
2. レーザー蒸発法とキャビティリングダウン分光法
金属の表面にレーザー光を集光すると、瞬間的に高温になり金属原子が蒸発して 飛び出してきます。この現象をレーザー蒸発といいます。レーザー蒸発を用いる とどのような金属でも蒸発させることができます。私達の研究室では真空中で レーザー蒸発を行うことにより、Fe, Cr,Ti などの金属原子を生成しています。 また、レーザー蒸発がおきている部分に酸素ガスを供給すると酸素原子が1個 結合した FeO, TiO などのラジカルをつくることができます。下の図は Fe 金属にレーザーを集光し、FeO ラジカルを生成させる装置を示しています。
生成した FeO ラジカルの反応性を調べるには、ラジカルの量を定量する必要が あります。FeO ラジカルはラジカルに特有な波長の光を吸収するので、その波長 のレーザー光をラジカルに吸収させ光強度の変化を測定することでラジカルを定 量できます。ラジカルは少量しか生成しないので、吸収量もわずかです。そのた め通常の吸収分光法ではなく、高感度吸収分光法であるキャビティリングダウン 分光法を用います。この方法では、レーザー光を2枚の鏡の間を往復させ吸収量を 増大させて高感度を得ています。



