since 2006
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日本女子大学 住居学科 片山研究室
オスティアは、ローマ南西約20キロの、テヴェレ川河口にあった港町。古代にはローマの外港として大きな発展を見せますが、ローマの衰退とともに衰え、テヴェレ川の運ぶ土砂に埋没しました。ポンペイほど有名ではありませんが、地方都市に過ぎなかったポンペイにくらべても、古代ローマ都市としての重要性ははるかに大きいと言えます。
古代ローマの住居形式であるドムスについては、ウィトルウィウスの建築書における記述とも対照しながら定型ともいえる形式が認知されています。一方インスラについては古代ローマのにおける都市の住居建築としてドムスと共にしばしば言及されますが、用語としては賃貸目的の住宅から街区を構成する高層建築まで多義的で住居形式としてのプラン上の定型は認められていません。
中世期に形成された都市にはスキエラ型(casa a schiera)と呼ばれる間口の狭い高層建築が都市部に多く見られ、その町家型のプラン上の特質は時代的にも地域的にも普遍性があります。
本研究では、古代ローマのオスティアのインスラ遺構からインスラの類型を見出し、中世の住居形式との構造的・構法的連続性について考察しようとしています。
オスティア・アンティカ調査
09/11/01
「古代ローマ都市オスティア・アンティカの総合的研究」の共同研究者として2008年度から古代ローマの住居形式であるインスラと中世住居の比較研究をしています。