もう覚えたし間違えない

と思います。

こんばんは、今日のお相手はむーです。

突然ですが、今私は良いホテルにいます。

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姉と一緒に!( ↑ 姉)

もともと、昨年末くらいから姉と「9月になったら2人旅しようね」と約束していたのですが、その目的地は、コロナが猛威を振るうにつれ、

・岩手(私が宮沢賢治記念館に行ったりイーハトーブを感じたりしたかったため)

・名古屋(姉が名古屋港水族館にいるシロイルカに会いたがっていたため)

と変遷を辿り、最終的に「地元神奈川県内のよいホテルに泊まろう」という話になり、こちらのホテルに宿泊する運びとなりました。

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インターコンチネンタルホテル。みなとみらいにそびえる大きなホテルです。

実は小さい頃から、このホテルには謎の親しみを持って暮らしていました。

何度も泊まったとかそういうことではなく(宿泊は今回が初めてです)、本当にしょうもない理由なのでブログに書くのも恥ずかしいのですが、もうこの際書きます。

みなさん、もう一度上に貼ったホテルの形を見ていただけますか。この特徴的な形、何かに似ていると思いませんか、、、?

 

そう、「ばかうけ」。ばかうけ?!そう、あのお煎餅のお菓子の、ばかうけに似ていると思いませんか!??!

私は小さい頃、このホテルを見かける度に「バリンボリンタワーだ」と思っていました。「バリンボリン」というのはばかうけのキャラクターです。バリンくんとボリンちゃんの2人組です。

その、なんでかキャラクターの名前からとったオリジナルのネーミングが身勝手にも頭に染み込んでしまって、正直まじで9月3日にこのホテルに泊まるぞ、と決める日まで、「インターコンチネンタルホテル」というこの素敵な名前を覚えることが出来なかったのです。ずっと「バリンボリンタワー」でした。

いや失礼極まりない。

なので、今回このホテルに宿泊して、スタッフさんの心を尽くした接客を受けたり、美味しいアフタヌーンティーに舌鼓を打ったり、オーシャンビューに胸をときめかせたりして、「この建物はインターコンチネンタルホテル、インターコンチネンタルホテル」と胸に刻み込みました。もう絶対忘れません。

ただ、いただいたアフタヌーンティーの形に。

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「バリンボリンだ!!!!!!!」

となってしまったのは、どうかなにとぞ、お許しください、、、

(ちなみにこの形、「帆」を表すものだそうです。本当に素敵だ。アフタヌーンティーの枠の形だけでこのホテルだと分かるのも本当に素敵で、素晴らしいしとっても可愛いと思っています。本当です。)

 

さて、私は今4年生ですが、今年度はきっと卒業旅行などには行けないと思います。

だからこそ近場の、けれど本当に良いホテルに宿泊して、友人達とお泊まり会をするのも本当に魅力的だと強く感じました。

椿山荘、行ってみたいな。目白キャンパスからギリ徒歩圏内の。けれど学生身分には不相応かな。

なんてことを考えながら、友人達とこのホテルはどうかな、このホテルはどうだろう、なんて妄想するのがとても楽しいです。

どんな形でも、観光業界を少しでも支えて、経済を回す一端になれればと、そう思います、、、

インターコンチネンタルホテルで働く、極上のサービスを提供してくださるような人々の力になりたいな。よくよく頭をひねります。

というわけで、今日は素敵な場所で浮かれぽんちのむーがお送りしました。実は明日は誕生日🎂!良い1日にするぞ、、、!

それでは今日はこの辺で。おやすみなさい!

 

 

怖くて楽しいバイトの話!

こんにちは。本日のお相手はむーです!

最近朝6時に起きてバイトに行っています。が、たいてい悪い夢を見て飛び起きています。
それも何か怪獣に襲われて逃げているとか、バイトの日に11時に起きてしまうとか。
今日は、なぜか試合中のバスケットボールのコートに立ち入ってしまって右往左往してしまい、ゲームの邪魔をしまくってしまう夢を見ました。私のせいでボールが外れたりしててもう本当に申し訳なさで死にそうになっていたらアラームが鳴って、夢の中から飛び出すことができました。もう本当に夢で良かった。めっちゃ怖かった。

そうして朝起きて、自分が起きられた奇跡を噛みしめてバイト先へ向かっています。テンションが上がるアップテンポな曲を聴きながら、その日の夢を思い返したりなんかして。こんなにも悪い夢、それも何か窮地に立たされるような(バスケのゲームに乱入してしまうのは窮地です)夢を見てしまうのは、多分自分がすごく緊張してるからなんだろうなと思います。
この緊張とは、断じてバイト先がブラックとか、そういうことではありません。むしろ本当に恵まれた職場にいると思っています。ただただ、久しぶりに入るバイトに緊張している、それだけといえばそれだけのことです。
バイトに復帰したのはつい先日、8月半ばのことです。
大学1年生の頃から働かせていただいているパン屋さん。ですが、半年近くシフトに入っていなかった、その上コロナ禍の対応をそっくりそのまま知らないという状況なので、マジのマジで浦島太郎、もう本当に新人の気持ちで働いています。
接客の言葉とかは口が覚えていたみたいで、レジに立ってしまえば、という感じではあったのですが、レジ袋の有料化も慣れるまでは手が自動的にレジ袋の方に行ってしまって「違う!」となりましたし、2時間おきの店内のアルコール消毒、何よりすべてのパンを個包装にするのが作業量としてかなり重く、手際よく出来るようになるまでまでかなり時間を要してしまいそうです。
それにプラスして雇用もだいぶ抑えられていて、そもそもがお客さん自体もかなり減ってしまっているので接客に当たる人数がそう多くなくてよいということでもあるのですが、以前なら3人入っていた時間帯に2人、2人入っていた時間帯に1人と、ひとりの作業量と責任が以前より増しているように思われます。そこにはもちろん、「コロナを持ち込まない」という責任も同時に重くかかっています。

というわけでバイト、めっちゃくちゃ緊張するのですが、やはりこんなご時世でも首を切らずにいてくれて、その上シフトにも入れてくれるお店には頭が上がりませんし、仕事を通して出会う人も本当に素晴らしく、以前から大変お世話になっているパートさんやバイトさん、さらに私がお休みしている間に入った人たちにも本当に活力をいただくことができてなんだか元気になったような気がします。
何よりやっぱり、お客さんと接するのがすごく楽しいです。仕事に行くサラリーマンさんOLさん、お母さんとその腕に抱かれた小さな子、以前からお店をご贔屓にして下さるマダム。やはりバイトでないと接することができない人たちは沢山いて、人と気軽に会うことの出来ない今だからこそ余計に接客業が楽しく感じられます。

 

さて、明日も6時起きです。今日はどんな夢をみるだろうか。どんな怖い夢でもいいから、明日も無事に起きられますように!
それでは今日はこの辺で! お相手はむーでした。

ナウシカを観に行ったという話

行きました。

ナウシカ、めっっっっっっちゃくちゃ、タイムリーな話では……?

 

こんにちは!むーです。8月がスタートして、授業も課題もこの一週間を切り抜ければ夏休み。
外に出ることもままなりませんが、個人的な目標としては、コロナ禍や就活で止まっていた、人との時を進める夏休みにしていけたら、と考えています。この時間の出来るときに、もう何ヶ月も話していない人達とオンラインで連絡を取って、停滞していた事柄を進めていかなければなりません。頑張るぞ。

さて、冒頭に戻りますが、本当に久しぶりに外に出て、映画館に行ってきました。
現在、スタジオジブリ作品が映画館でリバイバル上映されています。
恐らく、コロナ禍で公開が順延してしまった映画の穴埋めや、映画館で映画を観てほしい、それならスタジオジブリの作品を大画面・かつ立体音響で観ることに意義を覚える人は多いだろうから、といった事情から実現した企画であると存じます。

上映されている4作品のうち、ほぼ初見だった『風の谷のナウシカ』を選んで観ました。
世界観に引き込まれ、夢中になって観ていたのですが、「ちょっと飲み物を飲もう」と思ったときに、気がついたのです。

マスクが外せない。

『風の谷のナウシカ』には、物語の根幹を成す装置として「腐海」が登場します。その「腐海」の瘴気に当てられると5分もしないで肺が腐るとされ、登場人物はマスクなしには「腐海」では過ごすことができない。
ちょうど、その「腐海」の場面でマスクを外そうとして、私は初めて、この作品と現代とのリンクに気がついたのでした。

映画館では、鑑賞中も飲食時以外はマスクを着用することが求められています。もちろん、映画館の外に出て、自宅に着くまで、私たちはマスクを着け続けていて。
まるで世間が「腐海」になっているかのように、その時の私には感じられました。

私は、映画が「腐海」に与える意味性が、そのまま新型コロナウイルスに重なるとは考えません。「腐海」は明らかに人間の自然破壊へのアンチテーゼですが、その点については度外視した上で、現在の状況を客観的に眺めるものとして、『風の谷のナウシカ』が機能しているように感じました。

今の時期にこの作品を観て、受け取るものは人それぞれだと思います。
少しネットで調べてみても、私と同じことを言っている人はものすごくたくさん見つかりました。自分の考えを深めたくてふんふん、と読んでいましたが、1点だけ、「これは違うんじゃないかな」と思う意見がありました。
曰く、「宮崎駿は預言者である」。
ちゃうんじゃないかと思います。ただ、歴史が繰り返しているだけなのではないかな、と、そう思うのです。

尻切れトンボになってしまってごめんなさい……
とかく、今のこの時期に、映画館で。『風の谷のナウシカ』という作品に出会えてよかったなと、心からそう思います。漫画買おうかな。
きっと、この作品が上映対象に選出されたのも作為的なんだろうなとも思います。

それでは今日はこの辺で! 変に論文調に引っ張られていつも以上に文体が固い! むーがお届けしました!

🌀

みなさ〜ん! 最近、「分からなくなったこと」、ありますか?

いきなりやばい書き出しですみません、こんにちは。4年のむーと申します。
みなさんはいかがお過ごしですか。私は最近、「文学研究」が分からなくなってしまいました~~~…………

いや、違うのです。こんな書き方をしておいてあれですが、当然もともと分かっていたわけじゃありません。ただでさえ優秀な人材が人生をかけて探求していく道です。私は今も昔も、その入り口でうろうろしているに過ぎません。何というか、紛いなりにも4年間をかけて培ってきた、文学研究のカン?みたいなものが、ここ数ヶ月で急速に失われているように感じます。進もう~と思ったら、方位磁針をなくしていた、みたいな感覚でしょうか。

初めにそれを自覚したのは、卒論の進捗報告が近づき、論を執筆していた時でした。
書いていて、あまりにも自分が論文の進め方だとか、調査の読みとの接続の仕方とか、3年生の頃以上にそれらのことにつまづいていて、事態の深刻さを察しました。私、なんかいろいろ忘れてる。わすれちゃいけないことをたくさん、たくさん忘れてる。

結局、論の進みは芳しくなく、締め切りを15分回ったころようやく先生にレジュメを提出しました。ダメダメのボロボロです。

私の卒論ゼミでは、授業日に公開されたレジュメに対してゼミ員がコメントを提出する形式で、オンラインに対応しています。私のボロボロの発表には、先生が毅然とした厳しい講評を下さり、ゼミ員の皆さんも「こうしたらいいんじゃないか」「こんな切り口もあるよ」とご意見を下さって、霧の立ち込めた森に光が見えたように思いました。
先生はもちろん、ゼミ員の皆さんはしっかりと「文学研究」の方位磁針を持っていて、「あぁそうだ、文学研究ってこんな感じだった」と、少しカンを取り返せたような……気がします。あくまで気がするだけです。なくしていた方位磁針は見つかったけれど、針がめちゃめちゃに狂ってしまっているような感じ。強い磁石をあてて方位磁針を直すように、これから絶え間なく研究を続け、プロの論文を読み、自分でも試行錯誤しながら論を書きまくって、トレーニングをしなければなりません。卒論の提出は12月頭から。あと4ヶ月でカンも取り戻して卒論も完成させる!!??!? うおおおお~~マジで頑張れ私。

 

なんで、こんな状況に陥ってしまったのか。理由はいくつも思いつきます。生活リズムが乱れていてさぼり癖が悪化していたとか、慢性的な睡眠不足だったとか、就活中心の生活で学業を二の次にしていたとか。
中でも自分の中で大きかったように思うのが、ゼミの皆さんと会えないこと、だったように思われます。毎週レジュメやコメントでは皆さんの存在を知覚していて、知覚してはいるのですが、「すごく面白い論点だ、とても鋭い指摘だ」と思っても、想像力の弱い私は皆さんの存在を自分の身近には感じきれずにいて。自分のモチベを上げないとすぐにだらけてしまう脆弱な人間なのに、自分でモチベを保つことがへたくそなので、自分がいかにいままで他人の存在を刺激にして生きていたのかを実感したように思います。多分、無人島行ったら5日もしないで死んでしまうと思います、私。

卒論仕上げる前に、ゼミの子とビジネスホテルとかで缶詰め合宿したい。最近、切にそう思うようになりました。PCを持ち寄って、お互いに壁にぶち当たったら「ここわからないんだけど」「私はこう思うかも」と意見を交わし、もちろん無言でPCをカタカタしてるだけの時間もあって、ごはん時にIQゼロの会話で脳を休憩させて、卒論の苦しみを共有し合って。でももしこれで私が感染してしまっていたら、缶詰め合宿に付き合ってくれた子は濃厚接触者中の濃厚接触者になってしまいます。うううううう、誘いたい、けどむずかしい…………

とりあえず作業通話みたいなものはいつかつなげてみたいな、と思っています。近々誰か誘ってみよう……

あああ、ほんと頑張らねば……もう前期末も近づいてきているし、課題も準備しないと。ううう。ああああ…

それでは今日はこの辺で! お相手はむーでした~!

🍄と☂️

家の近所の神社の木にきのこが生えていました。

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いままでの人生で、ここまで見事に絵に描いたようなきのこをみたことがなくて、思わず写真を撮ってしまいました……なにダケなんだろう……ご存知の方、ぜひ教えてください……

こんばんは。むーです。今日も、私の住んでいる地域では雨降りでした。7 月に入ったものの、まだまだじめじめした日々は続きそう。

そんな今年の梅雨に出会ったかわいいものが2つあります。1つは、最初に貼ったきのこです。まるっこいなんとかダケ。梅雨が終わったら枯れてしまうのだろうか。

そしてもう1つは、今日出会ったばかりのものです。

5 時ごろにお買い物に出たときのこと。朝から降っていた雨は少し落ち着いていて、「これから雨は降る?」とsiriに聞いたら「夜から雨になるでしょう」とのこと。まぁ1時間もしないで帰るし、夜からって言ってるし、と思って折りたたみも持たずに外に出たんですね。

愚かでした。

帰り、ものの見事に降られました。小雨だったから少し猫背で、買い物袋を守りながら道を急いでいたのですが、そのときに見かけた親子づれが!

小さな女の子とお父さんが、1つの傘の下道を急いでいました。その傘を持っていたのは、女の子のほう。お父さんの腕に抱き抱えられた女の子が、子供用の小さな傘をさして、自分とお父さんが濡れないようにしています。もちろん直径が小さいから、お父さんは肩を縮こませて、反対側の腕にかかえた荷物をその下に入るようにしながら歩いていました。

女の子とお父さんの共同作業。そんな言葉が頭に浮かびました。

何かもう日本文学科にあるまじき語彙力なのですが、その上自分が抱いた感情に対して適切な語彙ではないかもしれませんが、とても、かわいかったです。その家族のすてきさを分けてもらえるようなひとコマを見ました。勝手ながら、その後は自分が傘を持ってこなかったことに気落ちすることもなく、弾んだ気持ちで家まで帰りました。

と、ふたつの梅雨の間に出会った景色でした。あしたは朝から外に出ます。siriによると「晴れて暑くなるようです」とのこと、だんだん夏に近づいているなぁ。

ずっと外に出ていなかったので、季節感も時間の感覚もすごく狂っているのですが、ようやく外の世界に足並みが揃えていけそうです。

それでは今日はこのへんで。お相手はむーでした!よい7月を〜!

 

社会人、はじめのひとふで

なにをするにしても、真っ白な状態が一番きれいだと思っていました。

高校時代に所属した美術部。
私は油絵がとても苦手でした。下絵を描いて、絵の具を乗せて。そのたびに思うようにならず、混然としていくキャンパスを見て、何も描かれていないほうがきれいだったなぁ、と常々思っていました。

これから何が書かれていくんだろう、というまっさらさとか、期待感とか。真っ白なキャンパスが持つ無限の可能性は、それだけで一個の芸術にも通じると、本気でそう思っていました。
けれど目の前にあるのは、私のせいで汚れてしまったキャンパス。
そう思うと嫌になってきてしまって、途中で描くのをやめてしまう。そんな経験を、私は1年、2年、3年と、積み重ねてきました。

 

さて、22歳の私が今対峙しているのは、「23歳以降の人生」なわけですが。
そんな先の読めないものに対峙する中で、高校時代と決定的に思考が違うな、と思うことが2つあります。

1つは、「真っ白なキャンパスの持つ可能性は無限大なんかじゃない」ということです。
いや、そこ? という感じですが、なぜって表現媒体にキャンパスを選んでるやろがい、と思うのです。キャンパスに描かれた油絵は、文学作品を読んだときと同じような感動を人に与えようがありません。逆に、文学作品には、油絵が人に与える感動を完璧に表現する術はありません。
媒体の選択とはそういうもので、何かを選べば、その何かが持つ特性に自身の表現を重ねていくことしかできないのだろうと思います。だから、真っ白なキャンパスが持つ可能性は有限で、限られた中で様々な表現を模索していった人々の歴史が、高校生の私に可能性を無限大のように見せていたのでしょう。ひとえに先人のすごさです。かっこいいな、先人……

2つめは、「出ない神本より出るクソ本」の精神を貴ぶようになったということ。
なかなかパンチの効いた奇怪な文字列ですが、これは同人誌を出している人たちの中でよく言われている言葉で、「クオリティを追い求めて結局発表することのできない素晴らしい作品よりも、どんなにつたなくても形になった作品の方が価値がある」ということです。
今も、自分の能力以上の出来栄えを求めて手が止まる、ということは往々にしてあります。このブログも、なかなか次に続く良い表現が思いつかなくて手が止まってしまって、そのたびにTwitterに逃げることを繰り返しながら書いていますし。
それでも高校時代と違うのは、いや何もせんで止まってるんじゃだめでしょ、と自分に言い聞かせられるようになったことです。真っ白なキャンバス? ブログ? 原稿用紙? Wordファイル? 汚せ汚せ、とりあえず汚さないことには、自分が書きたい「神本」に一歩たりとも近づけないのです。そう発破をかけて、とにかく自分の内から出す癖を身に着けようとした大学生活の4年間でした。

 

さて、私の23歳以降の人生は、無限大の可能性を秘めているものなんかではありません。さながらそれは真っ白なキャンパス、いくら白くともキャンパスという媒体は決まってしまっています。さて、ここにどんな拙い絵を描いていこうか。

就職活動をしていく中で沢山たくさんお祈りされて、それらの企業に新卒で入職するという可能性は潰えました。選考にまだしがみつけている企業、内定ももらえないうちから捕らぬ狸のなんとやらですが、その企業のどこに入るかによって、今後の人生は大きく変わります。

そんな決断の岐路に立たされて、それでもハイクオリティな絵を描こうとして立ち止まってはいられないなと、そう思うのです。いくら絵を見返したときに汚れた、なんて拙い絵だと思おうが、とにかくそのときそのときで最善だと思う色の絵の具を重ね続けていれば、下手でも納得のいく作品に仕上がるはずです。

とてもビビりな性分なので「人生」がかかっていると思うと足がすくみますが、いやそんなんお前は中学、高校、大学と数ある学校の中から1つを選んできたやんけ、何をいまさらためらうことがある、とも思います。

 

自分の人生。幸いなことに私は、表現媒体にキャンバスを選ぶことも、そこに重ねる色を選ぶこともできる、選択の自由を持っていました。これから先、もしかしたら筆を奪われたり、絵の具の赤だけがなくなったり、キャンバスが破れたりとどんなことがあるかわからないけれど、まず今はキャンパスに最初の一筆目を描いていこうと、そう自分に発破をかけてみます。

就職活動をしていたら時が爆速で過ぎて行って、2020年がもう半分終わってしまうことに驚きを隠せない!そんなナイーブ焦り丸なむーが、本日のお相手でした。
それでは今日はこのへんで!

好きな歌が心にあふれて

こんにちは! むーです。

突然ですが、先日見た不思議な夢の話をします。
どんな導入だ、と自分でも思いますが、よろしければお付き合いください……

その夢の中では、思い出の歌がガンガンにかかっていました。
所属する演劇サークルで最後に参加した公演に使われていた曲。劇の内容とリンクした歌詞が印象的でした。1年が経とうとしている今でも、その曲を聴くと途端に当時のえも言われぬ緊張感をみずみずしく思い出せる。そんな曲でしたが、夢の内容は劇にはまったく関係なく。なんなら曲にも関係なかったような気がします。
ただ、思い出の曲に合わせて、アニメーションのような、絵本のような映像が、ミュージックビデオのように流れていくのです。私は、ハイレゾのヘッドフォンでその曲を大音量で聴いているかのような臨場感でその曲を聴きながら、何の映像だったかももうあまり憶えていないその夢に見入っていました。

確かに憶えているのは、その曲が流れていたこと。そして、心がふるえる感覚があったこと。
朝起きたときには、瞳に涙がにじんでいました。

布団から出て、どんどん夢の内容を忘れて行くなかで、ご飯を食べて。私は、自分の脳が、あんなにもクリアに音源を再現できることに驚いていました。
もちろん音の一音一音を完全に憶えていられているわけがありません。それでも、「自分がその曲を聴いている」と思えるほどに、夢の中で再生できるとは。脳は好きな曲を案外しっかり覚えていたようでした。
私にとって、音楽の脳内再生は人生で初めての経験でしたが、みなさんにも同じような経験があるのでしょうか。人間の脳は面白い、と思う次第です。

そしてもう1つ、気がついたことがありました。
ここ何ヶ月か、音楽自体を聴く時間がめっきり減ってきている。せっかくサブスクに入っている音楽アプリも宝の持ち腐れ、というくらい。
その理由は明確で、外出をしなくなったからです。音楽を「ながら」で享受することが習慣づいているために、移動時間という「ながら」に最適な時間が無くなって、音楽アプリを開く回数が減っていたのでした。
音楽を聴きたいな、と思いました。何かをしながらじゃなくて、音楽を聴くための時間をちゃんと設けて。

その日から、ふたたび音楽アプリを開く回数が増えました。
夢の中で聞いたあの曲も聴きました。改めて聴くと、やはり自分が漠然と憶えていたものよりももっと、もっと音の重なりに奥行きがあって、不思議と新鮮な感動を覚えました。

あの夢を自分がどんな心理状態ゆえに見たのかは分かりませんが、自分の記憶の中にある思い出とか、そこから受けた情感とか、そうした自分に取り入れた過去のものから生産されたメロディも素敵だったけれど、その本体――自分がそれらを受け取った原本に帰るのはなおのこと素敵だなと思います。新しい発見があるから、なおのこと。

 

なんともいえず、ふわふわした話になってしまいました。
どう締めたものか…… そう、この曲の曲名は、『深海のリトルクライ』です。とても綺麗な曲なので、よろしければぜひ、まだまだ続くゆるやかな自粛のおともに。
人の数だけ、思い出の曲はあることと思います。皆さんの懐かしい曲のお話も、ぜひお聞きしたいものです。
それでは、今日はこのへんで失礼します! お相手はむーでした。

エール

こんばんは。今日のお相手はむーです!先日、勢い余ってアマゾンプライムビデオに加入しました。これから2時間くらい空くことがあればこつこつ過去の名作たちを観て、映画経験値を獲得していこうと思っています。就活中だけどね……。

 

そんなこんなで、気になっていた映画を観たり、会員特典のアニメを観たり。隙間時間に色々な映像作品に触れているのですが、最近観た中で一番印象深いのは朝の連続テレビ小説『エール』かもしれません。

 

『エール』の主人公は、甲子園の行進曲である『栄冠は君に輝く』、そして1964年の『オリンピック・マーチ』の作曲家、古関裕而がモデル。本来なら、2020年のオリンピックに向けて、日本の人々を盛り上げていくようにと作成されたドラマであったと思います。

 

けれど、誰も予想できなかったであろうこの未曽有のパンデミックの影響で、オリンピックは中止になりました。ドラマの撮影自体も、緊急事態宣言を受け、6月放送分までしかストックがないと聞きます。

 

この『エール』を観ていたときに、母が言った一言が深く印象に残っています。

「もともとオリンピックのための「エール」だったのが、今はコロナの「エール」になっているね」と。

 

きっと、『エール』を観ていらっしゃる方は皆同じ事を感じられているかと思います。

不況の影響で主人公は海外留学が叶わず、しかしそこから新たなチャンスを掴んでいきました。そうした困難に立ち向かうさまが描かれいる物語に、志村けんさんの出演。

今、『エール』はコロナ禍を生きる人々を勇気づけるものとして享受されています。
『オリンピック・マーチ』の作曲者が主人公のモデルだということ。福島県が舞台だということ。登場人物の夢をあきらめない姿勢。キャストの起用。それら全ては『エール』という1つの作品が持つ多義性です。

この状況下で『エール』は、本来想定されていなかっただろう受け取り方で視聴者に享受されています。しかしそれも、この作品が丁寧に作り込まれているからこそ適うものだと思います。

 

何が言いたいかと言うと、作品の価値を決めるのは作者でも制作陣でもなく時流と感受者だということを身を以って実感した、ということと、予期せぬ状況下でもタイトル通り「エール」を人々に届けるこの作品は本当に素敵だ、ということです。

 

近現代文学研究の基本は、作者を主語にした読みから脱却すること。私は大学の講義を通してそう学びました。それから、ジェンダー的観念の移り変わりや宗教的な価値観の変化など、読む時代によってその作品の読み方は大きく変わってきます。

作品を読む際、主体となるのはその読者です。

そんな、文学研究のあれそれが頭を巡りました。今まさに、それを体現する出来事が現実に起きていて、けれどこの作品は人々になお「エール」を贈る。

 

それはきっと、この作品が一瞬一瞬を丁寧に作り込まれてきた証だという風に感じます。
もちろん志村けんさんの出演がそんな悲しいミーニングを持つなんて、そんなことは誰も予期しなかったことです。そのような偶然性の無い、脚本や物語設定においても、この作品がきっともともと多義性を持つよう設定されていて、観る人のそれぞれが銘々に感情移入できるよう、その心に寄り添いながら形作られていたのだろうと、そう思います。

 

この物語はどのような結末を迎え、そしてそれは今を生きる人々にどのように映るのでしょうか。私は、この作品から何を受け取るのでしょうか。

 

それを楽しみに、日々の暮らしを送っていけたらと思います。

どうか安全に、この作品が少しでも作り手の意の通りに終わりを迎えますように。

 

それでは今日はこの辺で。お相手はむーでした!

 

Twitter支部小噺

こんにちは!むーと申します。

3月の中旬に「新入生さんに支援を」とブログ部Twitter支部が始動してから既に1ヶ月が経ちました。時の流れ、早……。

3月30日に運用を開始して以来、順調に新入生の皆さんにご認識いただけているようで、フォロー、いいね、リツイート、そしてマシュマロをいただく度に本当に嬉しく思っております。これからも精進しますので、このブログをお読みの皆さん!今後ともどうぞよろしくお願いします……!

そんな風にTwitterの「中の人」になってみて、この1ヶ月色々なことを感じてきました。以下、取り留めなく書いていきます。

 

①新入生さんはすごい

Twitterをはじめてから、マシュマロやTLのツイートを通して新入生さんの外郭が掴めてきたような感じがしてきました。「その悩み、分かる」とうんうん頷いたり、「ここが不安なのか、情報発信に活かそう」と思ったり。
何より、不慣れな状況の中で今できる最善を尽くし、環境に順応していこうとする新入生さんのお姿を見ると、本当に頭の下がる思いがします。私がもし同じ状況に置かれていたとしたら、きっと皆さんのようには柔軟に対応できなかったでしょう。
今年度の新入生の皆さんは、本当にすごいです。
Twitter運営を経て、そんな皆さんに出来る限りの支援をしたい、より一層頑張らなければ、そう強く思うようになりました。

 

②履修マスターになれるかも

沢山のご質問をいただく中で、様々な分野の知識、特に履修関係について詳しくなってきました。お恥ずかしながら私自身初めて知ることばかりで、いかに自分が浅い理解でいたのかを実感します……。ううう。目指せ、実績「履修マスター」。

 

③ブログ部Twitter支部メンバーは強い
Twitterは、私むーと、しおり、れい、あや、れいかの5人で運営しています。
学年も興味・関心も多岐に渡り、それぞれが互いの得意分野を見つけ出して情報発信とマシュマロ回答を行っているのですが、メンバーのポテンシャルが高さにいつも頭の下がる思いでいます。
特にそれを感じたのが、ある日のツイート文チェックでの1コマ。

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…………………………??
『古今和歌集』の和歌の脱字に気がつくか?しかも2人も?
おすすめの和歌がさらっと出てくるだけでも素敵なのに、その和歌を諳んじて言える人間が5分の3を占めている。すごく衝撃的でした。
えっこれ私おかしくないですよね……? いや私がおかしいのか?? 日本文学科の学生ならできて当たり前なのか?? それじゃあ私はこの4年間いったい何を…………???
さすがブログ部部員、アドバイザーの先生の手によってスカウトされ招集された存在、と思わずにはいられないのでした。強。

就活と並行してのTwitter運営ですが、確実で丁寧な仕事をしてくれる運営メンバーに本当に支えられています。メンバーの皆さん、頼りない人間ですがこれからも出来る限り頑張るので、どうぞよろしくお願いします。(五体投地)

 

④私たちの強み
Twitterを初めてすぐ、私たちの他にも新入生さん向けに質問・相談を受け付けているアカウントが多数存在していることを知りました。それも飽和するくらい沢山。
当初は「私たちはもしかしたら不要だったのかもしれない」と思いましたが、すぐに考えを改めました。
アカウントの数が多いということは、その分新入生さんに選択肢がある、ということです。「質問アカウント市場」というと可笑しいですが、その中で他のアカウントとは違う個性を出すことが出来たなら、と思ったのです。
そうして見出した私たちの強みは、「丁寧で確実な回答」「日本文学科公認であること」でした。
その分即時のお返しは出来ませんが、ゆっくりでも構わないから確実な情報筋に、丁寧に相談に乗ってほしい。そんなニーズを満たす存在であれたなら良い、と思い、今もTwitter運営を継続しています。

 

という感じです。急に終わってしまった。
実は1回データを飛ばしてしまっていて改めて書いたのでうおおおという感じですが(どんな感じ?)、これを読まれた方が私たちのTwitterに少しでも関心を抱いて下さったなら、それはもう身に余るほど幸せなことです。
結局は「頑張るぞ」の一言に集約されるのですが、こんなんなんぼ言ってもいいですからね。自分たちの手の届く限り、頑張っていこうと思います。

それでは今日はこの辺で! お相手はむーでした!

 

ひとのつながり四方山話

こんにちは!むーと申します。
日本文学科の4年生で、ブログ部の部長をさせていただいています。どうぞよろしくお願いします。

新生活と予想外のイレギュラーの重なり合いで、皆さん本当に本当に大変な思いをなさっていると思います。
そんな中で私にどんなお話が出来るだろうか。
色々と考えてふと、一昨年受講した講義のことを思い出しました。
皆さんは、日本人がものすっっっっっごく昔からバーチャルな世界に身を置いていたことをご存知でしょうか。

どのくらい昔からかと言うと、中世以前から。中世って? 歴史の時代区分で言うと、鎌倉・室町時代あたり。
そんな時代に、SNSのようにバーチャルな交流の場になっていたのは「和歌の世界」でした。

和歌の世界≒SNS。その解説を初めて聞いたとき私は、日本人歪みないな、と思うと共に、自分達と同じような感覚をはるか昔の人々も感じていたことを知って、不思議とほっとしたのでした。

かるーく説明します。当時は、贈答歌や歌合など、歌を通したコミュケーションが盛んに行われていました。
歌集も多く編纂され、たとえ身分の低い人間であっても和歌さえ巧みなら、高官や上皇の目に留まる可能性が十二分にあったのです。
そんな地盤の上で、和歌の世界は主従や身分の貴賤といった現実での関係性を飛び越えて、心と心を通わせる社交の場として機能していきました。
中でも有名なのが上皇と歌人たちの交流。院と呼ばれる人々は、常に身分争いの渦中にあります。誰にも打ち明けられない思いや孤独を抱えながら生きる。その過酷さは、身分も時代もかけ離れた私にとってすら想像に難くありません。
そんな上皇たちにとって心の癒しとなったのが、和歌を通した歌人たちとの交流です。
例えば、崇徳院と藤原俊成や、後鳥羽院と藤原定家ら当時の歌人たち。特に後鳥羽院は「水無瀬殿」という特別な建物を建て、身分の差を感じさせないような空間として演出し、歌合など家臣たちとの交流を楽しみました。

なぜ和歌がバーチャルな社交の場となり、心の癒しとなったのか。
それは和歌が演技性を持つからだ、と考える研究者がいます。
31字にすべてを込めなければいけない和歌。自分の素直な気持ちを詰め込むにしても、おのずとその心情を演出し、芸術表現に昇華していかなければなりません。それはひとつの「演技」。みな現実の自分から離れて、和歌の世界に1つのアバターを作るのです。
そうして生み出されたアバターを通して、人々は誰にも言えなかった思いを交わし合い、またそれに誠実に向き合って歌を返すことで、主従を超えた友愛の情を育んだのでした。

バーチャルな世界だからこそつながる縁は、確かにあると思います。

私も今就職活動でweb〇〇続きで、企業の方に会えない、企業の方にも私をきちんと見ていただけないかもしれないという不安を抱えながら日々を過ごしています。
けれど、こんな状況がかえって、企業の性格や人事部の方の心遣いに触れる機会に繋がっているのもまたひとつの事実です。バーチャルな関係性だからこそ、見える相手の姿がある。もちろんそれは相手側にとっても同じなので私の姿も……という感じなのですが、そんな気持ちをよすがに、このイレギュラーの中を歩んで行けたならと思います。

というかそもそも、私たちブログ部と皆さんと関係性ってバーチャル以外の何物でもないですよね!? あほだわ、まじで今気がつきました。
きっと後期に学校が始まって、皆さんと学校ですれ違うことが出来たとしても、私たちはお互いに認知することはないかと思います。(そもそもブログ部のメンバー自体互いのHNとブログしか知らないみたいな関係性なので、互いに互いを認知できないのです……)

それでも、今この文章をここまで読んでくださっている方がどのくらいいるかは分からないけれど、私たちはブログを通して繋がっています。少なくとも私は今、普段友人たちにはめったに語らないような心の根っこの方で考えていることを、このブログに滔々と書いています。
だからみなさんも、なにかこう……そういうツールを見つけて、自分を表現して、人と交流していっていただければと、思います……(どんどん自分で言っていて気恥ずかしくなっていく図)

皆さんが、このご時勢を活用して、一生ものになりうる人とのご縁や友とつながることができますように。

それでは今日はこの辺で。お相手はむーでした!