残る暑さはご愛嬌

「あきこさん、お待たせしちゃってごめんなさいね!」
「いいえ、ちょうど今来たところですわ」
「へへへ、あきこさんってば優しいんだから」
「本当にそんなことないの。それよりなつこさん、あなた今年はずいぶん泣き虫さんでいらしたのね。梅の雨が長かったじゃない」
「あら、だってだって。今年は大きなお祭りが開かれる予定でしたのに、いけないって言うから悲しくて悲しくて」
「そうね、四人の中でもあなただけが、五つの輪を背負うのですものね」
「ふゆこねえさまが背負うときもありましたが、やはり今年の五輪はわたくしの本番でしたから、わたくし張り切っていたのに……今年はみなさま活気がなくて、なんだかわたしらしくないわ」
「あらあら、また涙がぽろぽろ。雨が降ってしまいましてよ。流行りの病など、いつものことでしょう。そのうち過ぎ去るものよ、お待ちなさいな」
「そうなのだけれど……。あきこさんは大人でずるいわ。わたし、いつまでもこどもだから」
「確かに少しお転婆ですけれども、わたくしは、あなたの鮮烈さを素敵に思いますわよ。生と死の強烈で輝かしい温度は魅力でしてよ」
「こどもっぽいだけよ。あきこさんは大人っぽくてドラマティックでいらっしゃいますわ。憧れるものだけれど」
「ふふふ、ありがとう。わたくしは豊かなのにもの悲しくて、満ちているのに切ないの。緑の葉を赤に燃やして、木枯しが巻き上げる。天高く月光る。センチメンタルですわね。あなたにはまだ難しいかしら」
「もう、そうやってたまに意地悪をおっしゃるのだから! さぁ、そろそろお話もやめて、帰らないといけませんわ。あとをお任せしますわね! さようなら!」
「ええ、左様なら」

「わたくし、あなたが去り際に寂しくないように雨風雷を伴って騒がしく帰っていくのも、嫌いではないのよ」

今年の夏

「今年は夏できそうにないな〜」
 そうこぼすと、電話口で笑う声がした。
 クーラーをガンガンに効かせた部屋で一人、ビールを片手に電話を繋ぐ。例年だったらこの時期はサークルのみんなでバーベキューや、友達と海に行っていてたはずなのだ。
「ため息なんてついちゃって、センチメンタルってやつかい?」
「笑いごとじゃないんですよ、先輩!」
 電話相手の先輩は僕のこの憂うべき重大な悩みを、笑って聴き流している。
「大体、夏になったというのに! 何もできないんじゃ夏が来てないのと一緒ですよ!」
「あはは、大層ご立腹なようで」
 僕はこぶしを振って、声を荒げん限りに主張したいほどなのに、先輩はそうかそうか、と相槌を打つだけで、まったく相手になってくれない。
「そもそもね、どれだけ遊んだって毎年、夏を満喫しきったのかって思うんですよ。本当に満喫し尽くしたかって。夏休み終わった後になんとなくやり残したことがあったような気がして、どうかなって思うくらいなのに、何もできないんじゃあ、どうしようもないですよ」
 先輩もそう思うでしょ!?と聞くと、どうかなあと流された。いかん、テンションが上がってきたせいで酔いも回ってきた。
「あの夏コンプレックスって言葉もあるくらい、夏は大切なんですよ。それをこもりきりなんて、あんまりだあ。まだ山と海に囲まれた田舎のひまわり畑で、長い黒髪と白いワンピースのおねえさんにも会ってないのに!」
 涙が出るほどに熱弁してみるが、先輩の心には響かないみたいだ。なかなかそんなシチュエーションないでしょ、と冷静につっこまれる。
「でも!」
「真っ白なワンピースなんて、なかなか無いよ」
 先輩の声が優しくなる。
「長い黒髪なんて暑くて伸ばせないし、ひまわり畑も今年は暑すぎるよ」
 だけどさぁ、となだめるように続くから、本当に涙が出そうになってしまう。
「うちの近くに、下がアスファルトの空き地があるから、手持ち花火でもやろうよ。あと海と言ってもビーチは混んでるから、夜の海を遠巻きにドライブでもどうかな? それなら混雑にはならないでしょ」
「え、先輩、一緒にやってくれ……」
「夏は来てるの。毎年毎年、どんな世だって。いつだって。だって今年もこんなに暑い。夏を見つけてくれないのは、あなたじゃない」
 先輩はくすくす笑う。確かに先輩の言う通りかもしれない。自分が諦めてしまってただけで、夏は今年も来ていたのだ。先輩から電話がかかってきたように。
「先輩! 僕と……」
「夏は来てるよ、よろしくね」
 電話は突然に切れた。テロンとまぬけた電子音が一人の部屋に寂しかった。

 思い返せばそもそも、バイト先に女の先輩なんていなかったのだ。

あの先輩こそが今年の夏だったのだ。

ランチにしましょう、お嬢様

ご機嫌麗しゅう、みなさま。梅雨が明けたのは喜ばしいことですわね。もちろん梅雨も嫌いではないのだけれど、お庭の薔薇が心なしかしょんぼりしていたものだから、心を痛めてましたの。お日様の光は大切ですわね。セバスチャンもそう思うでしょう?お嬢、屋敷の庭にバラは……。あっても牡丹や椿だった気が……。あらセバスチャン、お黙りなさい!そうね、そうね!お池の鯉がしょんもりしてたのよ!そうでしたわ。ところでランチにしたいのだけれど。何作りやしょう?麺が良いわ。素麺でもこしらえましょうかい?嫌よ!もう素麺には飽きましてよ。じゃあ裏の庭から竹でも切って流すのはどうでしょうかね!あら、ちょっと面白そうなこと言うのやめていただけなくて?野郎ども!お嬢が竹をご所望だ!切って差し上げろ!待てや!素麺飽きた言うとったやろが!ごほん、失礼。素麺にはもう飽き飽きしているの。ラーメンでもどうかしら。ただし熱いのは避けてね。美味しく作ってくださいまし。ラーメンで熱いのは嫌ですか……。油そばなんてのはどうでしょう?油そば?名前からして油油しているけど、私の口に合うかしら?へえ、まろやかにつくりますぜ。
まずはお湯を沸かしてくだせえ。袋麺一杯分でいいですぜ。沸騰したら袋麺を一玉入れて二分半茹でてくだせえ。あら、わたくし袋麺なんて低俗なものいただけないわ!お嬢、隠れてカップラーメン召し上がってるでしょう?なんで知っとるんや。椀には袋麺に付属のスープの素を半分ほど入れてくだせえ。入れすぎると味が濃くなりますぜ。茹で上がったら麺を入れる。そしてごま油、刻みネギ、卵を落として完成ですぜ。栄養が気になるなら、豚肉、わかめ、もやしなんかを一緒に茹でると彩りも良くなりますぜ。ニンニクチューブや黒こしょうもアクセントに良いですぜ。醤油でも塩でもいけますぜ。こだわる人は卵も黄身だけにすればとろっとろに。白身は焼いて食ってくだせえ。
意外と美味しいじゃない!暑くてスープは飲みたくないけどラーメンを食べたくなる日にぴったりね!他にもざるラーメンや冷やし中華も中華麺を使ってますぜ。今度挑戦しなくてはいけませんわ!シャバは暑いですからね。ウチのシマでも冷やし中華始めましょうかね。こら!セバスチャン!お行儀が悪くってよ!へえ、そうはいっても自分は勢場って名前なだけでセバスチャンなんて洒落たものじゃあ、ありませんのでね。けれども高貴に振る舞いなさい。貴族の嗜みでしてよ。貴族と言われましても、お嬢も極道の娘じゃないですか。黙らっしゃい!

この番組は以下のスポンサーでお送りするぜ!

(時報のお知らせと共に流れ出す軽快な音楽♪)
(♪~)
(軽い咳払い)
「良い子のみんな!ついでに悪い子のみんなも待たせたね。あなたのお昼の友達JLDchannnelの時間だ。お相手はこの僕がつとめさせていただこう。いい加減覚えてくれたかな?知らない?おっと、お前のそのベイビィのおもちゃみたいな脳みそにはなーにが詰まってるんだ?どうせ××××と期限が切れたクーポーンだけだろ?覚えておいてくれよ?きみのお昼の恋人なんだから!ポテトの油とJLD。それがランチのお約束だろ?
 最近のニュースはどんなもんだい?お兄さんに聞かせておくれよ!うんうん、雨続きで辛いって?それはあの××みたいな紳士の国への皮肉かい?確かに万年曇天大国だからな、言えてるぜ。でも雨続きで気分が落ち込むってのは分かるんだ。なにより髪のセットが決まらないし、髪のセットが決まらないとデートの時間に遅れるからな!しかも外でバーガーが食えない。……由々しき事態だ。でもハニー?そんなときは発想を逆転させるんだ。ようは家から出なければいいんだよ。お家デートってやつだ。ガキくさくって良い響きだろ?それででっかいピザを頼んで、カードゲームでもやるのさ。ナイスだろ?ということで僕ぼお家へ遊びに来てくれるハニーを募集中だ。もちろんダーリンだっていいぜ!待ってるぜ?
 そんなダーリン&ハニー、ボーイズ&ガール、レディース&ジェントルメンはこの住所までレターを送ってくれ!君のこと知りたいんだ。おっと!ここでコマーシャルだ。耳かっぽじってよく聞いてやれ!僕の愛用の商品ばかりだ。スーパースターになりたければ使うといい」
(D&LOUのスキンケア。あなたもマドンナに)
 「やあ久しぶり!さみしくって泣いてたかい?Oh!泣かないでベイビィ!よ~ちよち。なんの話だったかというと雨のはなしだったな!singin in the rain!歌でも歌おうぜ!あ~さっきから外がうるさいんだ。……ここも潮時だな。チクショウ!もっと続けられると思ったのによう!仕方無いな。おっと、きみたちは心配しなくていいぜ!これを聞いているラジオの前のみんなもどれだけいるか分からないが、な」
(モノが壊れる音)(ガラスが割れる音)(怒号、叫び声)
 「はあはあ……、ゲホッゲホ。おいおい勝手に殺してくれるなよ!まだ生きてるぜ……。なあに、死ぬことはないぜ。最後の晩餐はビッグマックのXLと決めてんだ!うわ、危ねえなあ!f××k!……あとはラジオの前の、そう、そこのおまえ!わずかな生き残りのっ、希望のためにっ、俺が死ぬことはないんだぜ!ハァ、ハァ……。信じて待てよ。じゃあまた明日!きみのお昼の恋人、JLDchannnelがお送りしたぜ!Good Luck!」
(♪~)

夢見る少女じゃいられない

本当にまだ幼かった頃「何になりたいの?」と聞かれたとして、魔法使いにもヒーローにもなれました。なれたはずなんです。小学生になる頃には「将来の夢はなんですか?」と聞かれるようになりました。それが職業を指していることはなんとなく分かってて、もう魔法使いやヒーローにはなれませんでした。漠然とアイドルやスポーツ選手などもなれる人は限られていて答えない方が良いんだなと察しました。中学生になって「何の職業につきたいの」と言われるようになりました。夢は仕事を指すものというよりかは、空想になり、職業は夢はではありませんでした。小学生までは許されてた職業のいくつかは答えられないものになっていました。高校生になって「どの大学に行きたいの?」と聞かれるようになりました。大学生になって今「どの企業に就きたいの?」と聞かれます。何にでもなれるなんて嘘なんだから、最初からそう言ってくれればいいのに、と思いました。何になりたいの?なんて聞かないでくれよ、と思いました。
インターンの申し込みの〆切が近づいてきました。
やだやだお仕事のこと考えるのやだ〜!だってみんな会社楽しくないって言うんだもん!!!学生時代が楽しかったって情けないことばかり言う!その後は全部余生か!?常に最大風速で楽しく生きていきたくはないですか!?
お仕事ね〜、探偵とかやりたいな〜!洞察力無いから無理かな〜!小説家とかやりたいな〜!才能と勇気が足らないから無理かな〜!正義のヒーローになれるほど素直じゃないし、魔法使いになれるほど努力家でもないし、現実は甘くないけれど、夢を見たっていいじゃないですか。その一歩を踏み出さなければまだ夢の中にいれるのに、踏み出したら決まっちゃうじゃないですか、人生。まだモラトリアムの温もりが恋しくてネバーランドが愛しくてノスタルジーが離してくれそうにないんです。世界が終わる日の恋人のように「もう少しこのまま」を続けていたいのに。時間だけが過ぎていくから僕は私は……
社会人になれるか正直ちょっと怪しいです。

午前3時半の罪

 小さな罪について話をしよう。とはいっても、法に触れるようなものではない。罪と罰のような話ではないんだ。人によってはなんてこともないよな、そもそも罪と呼ぶのもおかしいような、ほんのちょっとしたことなんだ。君にとっては本当に些細なことで、なんだ、そんなことかと笑われてしまうかもしれないけれど、良ければ聞いてくれるかい?うん。ありがとう。夜中にラーメンを食べた話だ。おっと待ってくれ。お願いだからため息をついて冷笑で返さないでくれよ。だから嫌だったんだ。先に言っておいただろう。真剣な話なんだよ。いいね?
 それは午前3時半を回ったころだったかな。深夜の時間帯だと見えないものを見ようとした午前2時とかの方がたぶん面白いんだろうけど、午前3時半だった。午前3時半だって好きな曲に出てくるから良いのだよ。そういえば歌詞に登場する時間帯は午前2時が一番多いらしいよ。話が逸れたね。ともかく、午前3時半ごろに急にお腹が減ったんだ。なぜその時間まで起きていたかというと、慢性的な生活リズムの乱れと、なんだか眠れない夜だったことと、そうだなあこれと言った明確な理由は無かったけれど、起きていたのだよ。君だってそういう夜があるだろう?どうせ眠れない、お腹が空いた。けれど、我慢ならないほどお腹が空いていたわけではなかった。そもそも夜中、夕食を終えてから何か炭水化物を食べる発想が今まで無くてね。肌にも悪いし、体重にも悪いらしいし。だからこの話はここで終わるはずだったんだ。けれどふと思ってしまった。何か背徳的なことがしてみたいと。
 実行に移そうとしたのはほんの気まぐれなのだよ。ちょっとだけ悪いことがしてみたいと思ったのだよ。先ほども自分で言った通り、真夜中にラーメンを食べてはいけませんという決まりは存在しない。当たり前だけれどね。悪いことだとも定義されていない。悪というのは何かを探ると哲学の話になってしまうけれど、誰かに不利益をもたらすもの、自身の道徳に反するものだと考えると、真夜中のラーメンなどそれほど悪いことではない。けれど、誰かにバレたら怒られるような気がした。気がしたので、なるべく音を立てずに食べることにしたんだ。まず器を用意する。そこで気付く。麺をすする音は存外に響くのではないか。その他お湯を沸かす音、袋を開ける音は響く。試行錯誤の上、どのような方法を取ったと思う?洗面所に行ったんだ。
 洗面所で扉を閉めた。ここが晩餐のテーブルだった。お湯は鍋ではなく、ポットで沸かした。もちろん我が家のポットはピィィと電子音で鳴かない設定になっているので、安心してほしい。そしてラーメン皿に麺を入れ、スープを入れポットのお湯を注ぐ。当たり前だけれど、チキンラーメンじゃあるまいし、ただの袋麺はポットのお湯では解れなかったよ。カップラーメンにすればよかったと気づいたが、すでに後の祭りだったね。硬い麺も嫌いではないのだけど。むしろ多少硬めの方が好みかな。麺もさすがにカロリーを気にした結果「野菜と出汁がおいしい麺」みたいなものにしたんだ。たまたま家にあったのだけど、名前からしていかにもカロリーが考えられてそうだ。どうしても小心者で自分でも困ってしまうね。それで、麺をどうにか解してスープを飲んでみて、あまりおいしくなかった。どうにも味が薄い。醤油とラー油を足してみたが、なんとも微妙だった。スープが好みではなかったんだね。次からは一生食べないよ。普通の醤油ラーメンで良かった。おいしいと感じなかったもう一つの理由に、隠れながら食べる罪悪感もある。洗面所のひんやりした床にあぐらをかいて、食器を置いて啜る音を立てないようにして食べたラーメンはそれは、おいしいとは言えないよね。言い訳をさせてもらうと、母上がたいそう耳が良く、ちょっとした物音で目が覚めてしまう体質なのだ。それで静かにしていた。なぜそこまでバレたくなかったかというと、怒られる気がしたから。今考えると、食事の時間帯やカロリー過多について苦言を呈されるくらいはすると思うけれど、そう本気で怒られるようなことはなかっただろう。けれども他人から怒られるのがどうにも嫌だったんだ。
 罪というのはこれだけさ。君は驚いたろうね。そうだとも。本当にこれだけなんだよ。けれど結果としては失敗だった。お酒を飲みたいことより、年齢で制限されたものが開放されたことへの喜びと、今まで禁止されていたものへの期待で、飲んだアルコールがあまりおいしくなかったのと似ている。次の夜食はもう少しおいしく食べられると良いなと思う。ただし、あくまでもこっそりね。

そんな日

こんにちは。元気ですか?当方はほどほどにらやっております。今日は晴れもせず雨も降らず、けれど少し気温が低くて色の無い天気です。不機嫌な雲がだんまりです。久々に気温が下がったため、肌寒さに少々憂鬱です。 大学の授業は通学に電車を使わなくて良い分、楽にはなりました。通勤ラッシュの時間帯の電車を畜生奴隷運搬列車と呼んでいたほどですから、どれだけ気が楽になったか分かっていただけると思いますが。朝早く起きずに済むのも楽ですね。早起きはどうにも苦手です。頭が覚醒するまで時間がかかり、準備がのろのろしてしまうため早めに起きなければいけません。しかし早起きすれはまするほど、とろとろしますし、嫌な気分になります。よく眠る子ですから。おかげでよく育ちましたが。 しかしそのようなメリットの他にデメリットもあります。まず授業の面白さが顕著に出ることです。内容がどうこうのよりも、話し方の問題で。どうしても話し方が面白くない教授が公開した音声ファイルを2回聞いて、2回とも途中で寝ました。次に授業時間外の提出物が増えたことです。授業時間に終わらなかったり、時間外にやればいいやと思うと、どんどん課題が溜まります。そして毎日「あの授業の課題の〆切は何日までか」とぼんやり抱えた負債に苛まれています。その場ですぐこなせば良い話ではあります。それは分かっていますが、「〜日〜時まで」と言われると「じゃあそれまでに間に合えば良いのですね」となりがちです。明日できることは今日をやれ、ができる人とできない人といて、私は後者です。明日で良いなら明日やる。小学生の頃は夏休みの宿題を7月に終わらせられたのに。本当ですよ。 話が面白くなくなってきましたね。それもこれも全部天気のせいです。曇り空が私を布団に縫い付けて動かさせないのでございます。頭も曇ったように不明瞭で憂鬱です。天の気と書いて天気ですが、まったく勝手で困ります。そんな日は寝るに限ります。本日は不調ナリ。またのご来店をお待ちしております。

※この物語は

どうも、はるかです。5月になり、永遠の春休み!も終わりを迎えつつあります。嬉しいような、寂しいような。元々インドア引き籠り気質なので、この生活もつらくなく、楽しんでいましたが、たまにはお外にも出たいなとやっぱり思ったりしたりします。おかげで最近身体が硬くなってきました。運動してないせいかな。ついでに声も出しづらくなったような気がします。誰かと会話してないからかな。
さてさてそろそろ授業の準備をしなくては、とリモートワーク用のヘッドセットを買いました。といっても買い物は親に頼んだのですが(家族連れの買い物は控えましょう)そしたらチャットゲーム・実況用の本格的なゲームセットを買っていただきまして。いやびっくり。実況者ごっこができますね!それでテストも兼ねて、ネットで知り合い電話で話していた友達とzoomをしてみることになりました。が、友達は嫌がっていて、「電話でいいじゃん〜」とごねるので、しょうがないにゃあと私はビデオ通話で、友達はビデオをオフにしてました。最初はそれでも楽しく話せていたのですが、ふと「私だけ顔を出すのはなんだか不公平では?」と不満に思い始めました。それで、「やだやだビデオ繋いでよね〜!」と全力でごねてみましたが、「カメラ壊れてるから」とか「化粧面倒だし」で繋いでくれない。最終的にカメラは付けるけどかわりに自分の顔じゃなくて、ぬいぐるみを置くことで決着が付きました。
その日から私と彼女のぬいぐるみと彼女の声で通話が始まりました。彼女は通話を重ねる中で、カメラにうつすのをぬいぐるみから人形に変え、人形もかわいくて精密な女の子の人形になりました。ふと気づいたのですが、人形の後ろにちらりと見える背景のスチールラックは、私の部屋と同じものです。カーテンも同じ柄、時計も同じ位置。ちょこっとだけ怖くなりました。冗談めかしてそのことに言及しても、彼女は何も言ってくれません。そのうち人形がやけにリアルになりました。ついには画面の前の私と同じ服を着てました。
近々、顔を出す決心がついたらしく、「明日は顔出しするね〜」と話してました。もし彼女の顔が私とそっくりだった場合、私はどうすれば良いでしょうか。
最近身体が硬くなってきました。運動していないせいかな、と思っていましたが、今は関節に切れ目があるように感じます。声も出しづらくなってきました。人形は喋る必要がありませんから。

春の夜の夢

それはとある日の夜、散歩に出たときのこと。
要は三密しなければ良いのだろうと、夜の散歩に出た。パーカーとジーンズで、久々に靴箱の底に眠っていた運動靴の紐を解いた。穏やかな風が首筋に心地よく、人もほとんど見当たらない静かな夜だった。春の夜だった。道路沿いの歩道を歩いても、いつもより車通りが少なかった。埼玉といえど、東京寄りで密なベッドタウンと化したこの街は昼と夜の人口が違うように、夜も忙しい街だったはずなのに。チカチカと点滅する信号機だけが人のいない街で休みなく動いていた。たくさんの人が住んでいるはずの場所に、人の気配が無い。妙におかしくて少しだけ怖かった。
脇道に逸れて細い裏路地を行く。建物の間を抜けると懐かしい景色が見える。塗装が剥げたすべり台、鉄が錆びたブランコ、低く見える鉄棒、小さく見えるジャングルジム、動物をモチーフにした水飲み場。あの頃よりも、ちっぽけでみすぼらしい。夜であるのも相まって、なんだか奇妙で見たことのない景色のように感じた。靴裏に触る砂の感触に懐かしくなりながら、ブランコの鎖に手をかける。試しにそっと座ってみた。足は地面にぺったりとついてしまい、まだ余裕があるほどだった。鉄と錆の匂いが鼻の奥に滲みる、頼りない鎖を握る。そのまま地面を軽く蹴る。ぎーこぎーこ。金具が軋む音を立て、ブランコが前後に揺れだした。足先が下につかないよう気をつけながら、前へ後ろへ漕いでみる。ぎーこ、ぎーこ。だんだんと高くて上がってゆく。身体が風を切る。心の奥底で錆びていた愉快な気持ちがゆっくりと溶け出す。錆びてちっぽけに感じた遊具が、カラフルな色彩を取り戻して、脳裏に懐かしい記憶を蘇らせてくれる。
不意に人の姿が見えた。隣のブランコ。髪の長い女の子が座っている。歳は高校生ぐらいだろうか。単色のワンピースがこどもらしさと大人っぽさのあわいによく似合う。女の子は見られているのに気付いたようで、こちらに顔を向け、にっこり笑う。悪戯を見つけられてしまったようで罰の悪い気持ちになりながらも、ほほえみ返す。彼女は前に向き直ると、思いきりブランコを漕ぎ出しだ。人に会ってしまったなぁとぼんやり考えながら、女の子のブランコを見つめる。ぎこぎことブランコは軋みながら、女の子の足に合わせて高く高く上がっていく。金属の擦れる音が耳に響き、広がるワンピースの裾が視界のすみでひらひらと踊る。動悸が全身に反響するように聞こえる。
女の子が手を離した。ワンピースが春風に押されて宙に浮く。そしてふわりと地面に着地すると、見えなくなってしまった。隣に取り残されたブランコだけがまだゆらゆらと揺れていた。
月がきれいな夜だった。

というのはぜんぶ嘘です。どこから嘘かと言うと、夜に散歩に出たところから嘘です。書くほどの楽しいことがなかったんです。春の夜の夢で許してください。