常に堕落。

こんにちは、こんばんは、ゆかぼーです。

だんだん寒くなって来ました。体調管理せねばならぬと思いつつ、まだ夏用の敷布団カバーを使っているのでひんやりします。いい加減替えよう、、、

さて、前回の記事がキラキラ女子大生マシマシのスイーツ記事だったので、今回は最近読んだ本をば。

この間本屋さんで買って、そのまま放置されていた坂口安吾の『堕落論』(角川文庫)を読みました。

坂口安吾は高校の時「日本文化私観」という評論が教科書に載っていたのを覚えています。先生が力説していたけれど、その時は他の評論を読んでみようという気も起きませんでした。この本を開くと最初に表れるのがこの「日本文化私観」です。これを通して読むと、教科書の文章がいかに端折られたものであるか、ということに気づきます。本当に面白くなってくるのは全文を通して読んだ後。そして、他のエッセイを読んだ後でした。

坂口安吾のエッセイは、日本がこれまで美徳としてきたもの、常識とされてきたものをもう一度考え直すきっかけを与えてくれる物だと感じました。従来の価値観を壊し、自己の生き方を考える。人生の岐路に立たされている私には、思考のきっかけを与えてくれるものでした。裏表紙の裏の宣伝文句には、「第二次世界大戦直後の混迷した社会において、かつての倫理を明確に否定することによって、新たな指標を示した」とあります。

2018年現在では坂口安吾らが生きたかつての倫理はかなり否定され、改善されてきたかもしれません。それでも、新たな価値観の中に常に問題は潜んでいるし、戦後に構築された倫理がそのまま未来に生かせるか、と言われると疑問が残ります。教育の在り方も日に日に変化していますし、教育をする側もどんどん新しいものを読んでいかなくてはならない。

文学を学ぶことは考え方を学ぶこと。(もちろんそれだけではありませんが、、、)もし現状の価値観を打破するような文章が書ければ。。。折角ブログという場をお借りしているので、日文ブログ部のいち学生の中からそんな斬新な坂口安吾のような記事が生れたら、それはそれで面白いのではないか、と思います。

思想しすぎると疲れてしまうので、ここらで、今週末の宣伝でも(笑)
今週末の土曜日、日曜日は、待っていました目白祭です!

毎度恒例のマンドリンクラブです。今回も、午前と午後の二回公演です!

午前の部が11:00、午後の部が15:00です。曲目が変わりますので興味のある方は二回聞きに来てね(笑)

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それでは、練習してきまーす!
ゆかぼーでした!!

人生3度目の子規庵

こんにちは。あかねです。台風の迫りくる9月29日、私は子規庵へ行って来ました。今回の子規庵は今までとは違います。「子規遺墨遺品展」です。

まずは8畳間に展示されていた、子規の遺品を見ました。体温計や、写真を立体的に見るための、虫眼鏡を応用したような道具、黒い丸メガネがありました。活動写真(今で言う映画)に興味を持ちつつも外出できる体力ではなかった子規にとって、写真だけでも立体的に見えるというのは面白いものだったそうです。また、メガネの幅などから頭のサイズが推し量られたのですが、明治期の男性は身長も低いので頭も小さかったのかなと思いました。ちなみに、子規の身長は163.6cmです。

次に見たのは『墨汁一滴』の原稿です。筆を執る力もなかったので妹による口述筆記でした。資料保存のために写真が取れず、メモもしていなかったので記憶が曖昧なのですが、「ぶるたす、お前もか、と思った」という箇所があり、現代の日本人と一緒の感性に笑ってしまいました。本当に笑っていたので、台風の近付く雨の日に一人でやって来て展示にほくそ笑む変態と化した瞬間でした。

そして6畳間へ移動。最近発見された「福引」の句が展示されていました。原本は開かれてガラスの箱の中にありましたが、全ページ分の写真が大きなパネルにまとめられていました。勿論当時は歴史的仮名遣い。変体仮名の知識を総動員させながら、「ご自由にお取りください」の箱からいただいた現代仮名遣いプリントとパネルを何度も見比べました。

「  福引にキウスを得て発句に窮す

新年や昔より窮す猶窮す

子規」

それと、106年ぶりに発見された書簡も展示されていました。これは子規が送ったもので(誰に送ったかは失念しました……今度はメモを取るようにしたいです)、全集には収められていたものの原本が見つかっていませんでした。相手方の遺品から発見され、今回子規庵での初展示となりました。子規の3度の書き間違いや、「君の手紙に元気づけられました」という言葉から、子規が相当弱りながらも前向きに生きようとしていた姿勢が見て取れました。手紙の最後に一句したためられていた内容も子規らしくて良いなと思った記憶があります。

最後に8畳間で曼荼羅を見物後、雨脚が強くなり始めたので帰路につきました。まだ緑の深い庭で赤とんぼが雨に打たれているのが印象的でした。子規庵の庭は緑が深すぎて未だ一周したことがないので冬に再挑戦します。

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雨の日の子規庵

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9月19日は正岡子規の命日でした。辞世の句にも詠まれていることから、この日は糸瓜忌と呼ばれています。

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葉鶏頭の句も論争の決着がついておらず印象深かったので、まだ咲いていたものを撮りました。

今回は1時間ほどの滞在になり、かなり長かったにも関わらず(普段は長くて20分ほどです)、資料に夢中でメモを取らなかったことが悔やまれました。以後は気を付けたいと思います。そして、これはどの作家にも言えることですが、これからも新たな句や書簡が見つかり、更に文学的な解釈が広がることを願っています。

信州はリンゴと蕎麦に妥協がない。

こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。

過ごしやすい気温だなぁと思いつつ温度計を見ると30度だったりするので、もうなにも信じられません(笑)
湿度が下がったから過ごしやすいのかな。

二次試験無事に終了しました!結果はだいぶ先ですが、取り敢えず就職は出来そうなので一安心。
二次試験の前日に38.0度の熱を出しまして、今でも咳が残ってしまっています。しかし、バイトのヘルプは行かねばならぬ。

さて、お盆休みに家族で上高地へ行ってきましたよ!夜中に家を出て父の運転でどんどこと。もちろん、私と弟は後ろで爆睡。高速道路の揺れは寝るのにちょうどよいのです。
渋滞もなく上高地に着いたのはam4:00。早過ぎやしないか…
上高地は森林保護のため、ある高さ以上はバスに乗り換える必要があります。真っ暗な中、本気の山装備の人々に囲まれバスに揺られます。(私たちの格好はただの観光客姿です。熊避けの鈴などない。)
上高地に着くと、そこは霧の深い森の中。流れる川は梓川。そびえる山は穂高岳。ひとまず朝御飯に信州名物おやきを食べ、河童橋を目指します。

↓草花がとにかくたくさん。綺麗。

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↓神聖な雰囲気。朝霧がかかって幻想的。

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実はこの上高地、芥川龍之介の『河童』の舞台なのです。冒頭、主人公は早朝、山の中の宿を出て霧のなか熊笹をかき分け梓川にて河童に遭遇します。
早朝の川岸は水面がキラキラして本当にきれいでした。夢中だったので写真とっていませんが(笑)
涼しいうちにあちこち歩き回るといいと思います。とにかく空気が綺麗です。
合計7~8キロくらい歩いたと思います。へとへとです。宿ではリンゴジュース、信州サーモンなどが食べられました。鱒や蕎麦もいただきました。山の幸一杯です。(本当はお酒も飲みたかったのですが、咳が残っていたので自粛。)

二日目は黒部ダム!とにかく迫力満点です。↓

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最後は松本の旧開智学校へ。教育史でみた!というワードがずらり。
明治からの教育の変遷を細かく見ることができたので私は満足です。昔の教科書のレプリカや建物のペーパークラフトなどがお土産で買えますよ!松本城から歩いて五分くらいのところにありますのでお時間あるかたは是非!

↓何故か天使が描かれています。少し中華っぽい内装。

1534642740296ちなみにこの旅行で3回蕎麦を食べました。十割蕎麦もちもち。

書きたいことは尽きませんが時間がないのでこの辺で!残りの夏休みもいっぱい遊ぶぞー!ゆかぼーでした。

予習?

こんにちは。あかねです。今日は土曜日ですが1・2限があり、終わって解放気分を味わったところで思いました。子規庵に行きたい。

実は来週の5月25日(金)から三日間、新宿区の漱石山房記念館にて「明治150年 芸術文化維新展」が開かれます。夏目漱石と深い関わりがあった正岡子規や、池辺三山・高浜虚子らの遺墨が出るそうです。漱石についての展示ですが、主催が正岡子規研究所という不思議なことになっています。しかしそれも最もなことで、漱石は手紙を焼き捨ててしまうタイプだったのですが、反対に子規はメモ魔。漱石との書簡でのやりとりもほぼ書き残されているため、子規を研究している所が正岡家と協力して漱石に関する展示をするのは理にかなっているのです。

さて、子規庵の話に戻ります。昨年12月に行ってきましたが、あの場所の日本家屋特有な雰囲気が堪らないんですよね……人生二度目の子規庵です!すっかり来週の予習気分です。全くもって漱石の予習にはなっておりませんが。

5月は陸羯南と正岡子規特集をしているらしく、前回とはまた違った内容の資料が展示されていました。陸羯南は新聞『日本』を創設した人で、高校時代に日本史を選択していた方は覚えているかもしれません。なんと子規庵の隣に住んでいたご近所さんで、子規が中国から日本に帰国する最中吐血した際も、日本で病院を手配しました。しかも病院代を払う名義人は新聞社です。社の金で療養させたところに必死さと驚きが隠せませんでした。その後子規は松山で漱石と52日間暮らすわけですが、こうしてもると短い人生の中で沢山の人に愛されていたのだと思います。死後も、戦争で子規庵が焼けた時は弟子たちがまた建て直すなどしています。子規庵の雰囲気に惹かれてしまうのも、そういう温かさがあるからなのだろうかと思いました。dav dav sdr

余談ですが、子規庵の草木生い茂る庭は、出来るだけ子規のいた当時に近付けてはあるものの、現在は全く関係ない草花も咲いてしまっているそうです。生命力が強いなと思います。草花しか布団の中から見る物がなかったといえばそうなのですが、そういうところも子規が植物を歌に詠みこんだ理由なのかもしれません。sdr dav

行かなければ味わえない空気や見られない景色があるのは勿論ですが、季節によっても受ける印象は大分変わります。皆さんもリピーターになってみませんか?

感性のアンテナ

こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。
すっかり夏らしい気温になってまいりました。最近、バイト先の新作、ブルーベリーラッシーが美味しくてそればかり飲んでいます。ブルーベリージャムに飲むヨーグルトを注いだもの。お店で飲むと高いから(賄いなどない。社割が有るにしても高い。)今度自分で作ってみようかしら。

さて、ゼミの発表が近づいています。神保町の古本屋で1976年の「キネマ旬報」を300円でゲットしました。小説と映画とアニメと。それぞれのシナリオを比べる作業に勤しんでいます。あとは膨大な先行研究の書き写しと要約です。わたしは本当に要領が悪いので大量に写したあとに要らないところを消してます。本当に、そういうところ直さないといつまでも終わらないよ!
6月の6000字の提出が実習中なので、その前に終わらせなければなりません。
そうです、教育実習も近づいています。実習先の先生に、近代ゼミです!と言うと、じゃあ、芥川についての評論やってみる?と聞かれ、芥川について授業することになりました。わーい!芥川~!
「美の発見」という評論です。自然のなかに美を見いだす末期の目。「風立ちぬ」の一節、「自然なんぞが美しいと思えるのはこれから死ににいく人の目にだけだ」という文章が思い浮かびます。芥川の独特の感性をどう伝えるか。こちらが一方的に話すだけではダメで、ちゃんと生徒が考えられるような授業にしなくては!
去年一昨年と芥川の演習を取っていて本当によかったなぁと。特に溝部先生の文学史は参考にせねば…。プリントを発掘してきます。
芥川や堀の生い立ちや作品を追っていると、この人たちはなんて繊細で敏感な感覚を持っているんだろうと思うわけです。私もちょっぴり感化されて、鬱々とした気分になってしまうのです。彼らとは比べ物にならないだろうけど。
芸術的ってなんだろう。文芸、音楽、絵画等。芸術と呼ばれる活動は沢山あるけれど、その良さを感じるために必要なことは?
個人的には感性のアンテナを高くしておくしかないと思います。些細な音をキャッチできるように。しかし、細く長いアンテナは折れやすい。ポッキリ折れてしまわないように、必要のないときは仕舞っておこうと思います。
迷走してきたのでここらで終わろうと思います(笑)
夏はこれから!ガンバろう!ゆかぼーでした。

芥川と敦(珈琲)

こんにちは、こんばんは!ゆかぼーです!
早速ですが報告です。
顎関節症になりました…
顎がカクカクしたり、口が開閉できなくなったり、歯の噛み合わせが悪くなったりする症状です。
マジで、ホントに、痛いし、困る。。。(泣)
ストレスが増えたり、デスクワークの姿勢が悪くなったり、うつ伏せで寝たりするとかかりやすいらしいです。皆さんも気をつけて。食事がしんどくなります。

さて、今日は前々から気になっていたBUNDANというカフェに行って来ましたヨ。落ち着いた店内。所狭しと並べられた本、本、本…。可愛い店員さん。

近代文豪たちも嗜んだ?であろう牛めし定食。すき焼きのような味付けと溶き卵がおいしい。しじみの味噌汁が沁みる。日本の味。

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文豪にちなんだメニューが盛りだくさん。
珈琲もひと味違う。
私は敦ATHUSHIを頼んでみることに。酸味が程よく飲みやすい珈琲でした。友達は芥川を頼んでいました。こちらはキリッとした苦味。ん~面白い。
そして、志賀直哉のチョコパフェ

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ラズベリーとチョコと生クリームが絶妙。ご飯が多かったのでこちらは二人で分けました(笑)丁度良かった。

次回行ったときには梶井基次郎の檸檬パフェにチャレンジしたいと思います。
BUNDANで特別メニューを頼むと特別展のチケットがもらえるので、先にカフェに行くことをオススメします☆
場所は駒場東大前駅から10分ほど歩いた日本近代文学館というところ。
近代の文豪たちの直筆原稿などが閲覧できます。今回は志賀直哉の特別展示がありましたよ、6月まで展示しているようなので、興味のある方はどうぞ!
直筆の字って本当にその人らしさが出ますね。変体仮名はすっかり読めませんが。
近代好きなら1度は訪れたい所!
そばにある前田侯爵邸もなかなか綺麗なので改装工事が終わったらもう一度行ってみたいですね。

あとは日本民藝館をのんびり探索しました。素敵なお庭だ!

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話題が散らかってしまいましたが今日はこれまで!
それでは!ゆかぼーでした。

今日は何の日?

夏目漱石の命日です。というわけで、子規庵・森鴎外記念館・夏目漱石旧居跡に行ってきました。

まずは日暮里駅東口から徒歩10分で子規庵に向かいます。受付のお爺さんが説明してくださり、病床の子規の様子や俳句仲間との温かな交流を知りました。筆も持てなくなってからは口述によって日常を綴り新聞社に記事として送っていたそうです。その結果口語体の文章が完成し、後の日本文学に影響を与えたのだと聞きました。

一度駅に戻り、駅の傍の羽二重団子屋へ。正岡子規のある日の間食を再現した「正岡子規漫録セット」を頼みました。焼き団子1本とあん団子3本が、あっさりした甘さともちもちの食感でおいしかったです。

次に西口から15分程の森鴎外記念館に行きました。幼少期からデスマスクまで人生全てを見て回りました。また、葉書もデジタルデータ化されて閲覧できました。「森鴎外先生」宛ての他、本名の「森林太郎様」宛ても。本名宛ての方が多かった気がします。差出人も、夏目漱石、正岡子規や、与謝野寛(与謝野鉄幹の本名)・与謝野晶子、木下杢太郎など雑誌『明星』の人々からもありました。坪内逍遥との葉書もあり、「没理想論争」で争ったけれども礼儀や誠実さは互いに持っていたことを確認しました。作品も人生の流れに沿って紹介されており、ミニ年表では、医者として従軍していた頃に従軍写真班としてきていた田山花袋と文学談義をしていた、など思わぬところで思わぬ人と通じていたことが分かりました。

帰りがけに地図を確認したら傍に「夏目漱石旧居跡」とあったのでそちらへ。本当は夏目漱石付近の人たちだけ巡れば良いかと思っていたのですが、折角の命日なので行くことにしました。旧居自体は明治村というところに移されているので碑と猫の像しかありませんでしたが、その碑を書いたのが川端康成。豪華でびっくりしました。ちなみに、お墓の方は先日の月曜に行ってしまいました。雑司ヶ谷霊園は学校に近いので気軽に行けました。猫はいませんでした……。夏は涼しさを求めて猫が来るので、そこを狙おうかと思います。

日暮里は意外に坂が多く疲れはしましたが、深く文豪本人を知ることが出来ました。皆さんも文豪巡りの旅に出てみては?

小説の楽しみ方

こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。。。

 

すっかり寒くなりました。銀杏の葉が色づいてきましたね。学校の前を夜に通ると街灯に照されてすごくきれいです。

なぜ遅くまで学校にいるかって?演習だよ!(アンジャッシュ児島風に。)

もうね、演習はボコボコですの。今週に持ち越しですのでヒヤヒヤしてますの。典型的な緊張しいなので怖いです。

私の扱う「風立ちぬ」という作品は結核のため高原のサナトリウムで療養している婚約者「節子」を主人公の小説家「私」が看取るというもの。

丁度12月、このくらいの時期に節子さんが亡くなります。なんだか物悲しいですが自然描写、心象描写ともに美しい小説です。

私がこの小説にハマったきっかけはジブリの「風立ちぬ」の挿入曲「旅路 ―夢中飛行―」(作曲 久石譲)を聴いたときからでした。マンドリンが使われているのです。

原作とジブリでは全く話の筋が違います。(ジブリは飛行機設計技師ですし、婚約者は「菜穂子」です。)全く違う話を繋ぐのはこの曲だと思うんですよね。

音の移り変わりはジブリの飛行機がゆったり飛ぶ様子と原作の夕暮れが深まって夜になるシーンと重なります。比べてみると本当に魅力的です。

堀辰雄すげー!久石譲すげー!宮崎駿すげー!ってなります。

小説や映画には、元ネタがあるものが多いです。それはいつの時代にも共通するものがあります。

元ネタを知らなくても楽しめますが元ネタを知った上でみると、また違った楽しみがある。これが日本文学科の楽しみ方ではないでしょうか。

 

柄にもなく語りました(笑)

次回はクリスマスディズニーの記事でも書こうかな。

それでは、風邪など引かれませぬよう!ゆかぼーでした。

私が今まで読んできていたのは……

こんにちは。あかねです。最近、気が付いてしまったことがあるのです。

私の記憶にある、親に「買って」とねだった一番最初の本は太宰治の「走れメロス(他にも入っている短編集)」でした。当時はまだ小学校4・5年生。親が「太宰はしょうもないからなー」と言っていたので、太宰治は生きているものだと信じていました。後のショックは凄まじかったですし、「人間失格」を読んでからは親の言う「しょうもない」気持ちが分かるようになりました。しょうもなくない太宰治としては「畜犬談」をお勧めします。

さて、私は幼い頃から本が好きで、そもそも買うことはせず、専ら図書館で借りていました。その中でも特に印象に残っていたものがあります。当時の私は小学校2・3年生であり、そのタイトルも「ひげょさらば」だと思っていました。猫と犬とネズミが出てくる人形劇の写真がページの上半分で、下には話が書かれている児童書でした。最後は大団円で終わるこの話、なんと大学の図書館で小説を見つけてしまったのです。10cmはあると思うほどに分厚く、中身を確認しましたが冒頭は記憶の中の「ひげょさらば」と完全に一致。しかし背には「ひげよさらば」。「ひげょ」ではなく「ひげよ」でしたし、恐らく「卑下よさらば」という意味合いですね。児童書には人形劇で使ったのかロゴのようなタイトルが書かれていたので、小さくデザインされていた「よ」を勘違いしてしまっていたのでした。著者を見れば野間宏。あれ、野間宏って戦後に登場した近代小説家だった気が……。調べたら合っていました。太宰以前から私は、近代小説に入り込んでいたようです。

ここで訂正があります。申し訳ございません、著者は野間宏ではなく上野瞭でした。児童書だと思っていたものがそこそこ古い長編小説だったのは確実ですが、作者名に関し不明確な記憶で書いてしまい、申し訳ありませんでした。

つい先日、とうとう絵本の方で、昔読んだものの絵がプロレタリア戯曲演出家によって描かれていたことも発覚しましたので、結論としては近現代の作品は大変身近にあるということで終わらせたいと思います。記憶違い、まことに申し訳ございませんでした……。

現代でも幼い子から支持を得られる近代小説が凄いのか、それとも私の日本文学科行きが運命づけられていたのか。不思議で面白い発見でした。皆さんにもいつか、物語との意外な再会がありますように!以上あかねでした。

近代演習爆死事件💥

こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。

金木犀の季節ですね!あの香りがすごく好きです。

銀杏の季節ですね!あの匂いがほんとに苦手です。(笑)

まあ、レンジでチンするとすごく美味しいんですけど!

さて、昨日まで演習だったのですが、やっと発表も終わりまして、だいぶんコテンパンに考察をつっつかれたので意気消沈しています。

演習発表は先生によって様々、時代によって必要な手続きも何もかも変わってきます。

どの語釈が必要で、先行研究はどれをまとめなくてはならなくて、しかも考察はねじれないようにとか説得力のある論にするにはどの資料を引っ張ってくればいいのか等々

今までの私のスタイルが、とりあえずごった煮で資料を集めて、それをぼんやり眺めて、そこから考察を捻りだそうとしていたので、なんとも散らかったレジュメになってしまいがちですし、深夜テンションで書いたので結論もねじれてるというお粗末な結果に…(´・ω・`)

しかし、まあ、考察ありきで資料を集めると視野が狭くなる気もしますし、資料をたくさん集めることは損ではないと思っているし、無駄な勉強はないという持論を崩すわけでもありません。

今回感じたことですが、手探りの一発目で発表はもうしたくないです(苦笑い)

ゼミは先輩の発表見てるから!フォーマットと参考があるんですよ!!!演習はほんとに!!!…(´・ω・`)ショボン

こんなにスッキリしない演習発表は初めてだったので、自戒と後輩の為にここに書き残しておきます。鬱々した記事ですみません。

 

嫌なことは早々に、ぱーっとお酒飲んで忘れます(笑)

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フェロー様(ピノキオに出てくる悪い狐)可愛い(*´ω`*)

 

それでは!ゆかぼーでした。