ナインペタン

 今日は日文科の(あるいはブログ部の)先生のご厚意から能楽を観る機会を得たよ。
 演目は『鞍馬参り』と『松山天狗』だったよ。
 かつて花のみやこから遠流の刑に処されてしまい、会いに来てくれるものといえば天狗ばかりであったという崇徳院の霊が、こんにち(仁安時代(1166-1168)なので、崇徳院崩御の二~四年後ね)となってようやく訪れてくれた西行法師の慰めを喜んで、その礼にと舞いを披露するも、舞っているなかでかつての苦しみを思い出して半ば怨霊のごとく性を変え、雷を落としたり嵐を招いたりの大盤振る舞いを為すが、そこに現れたかつての友である天狗・相模坊の慰めにより、その怒りと狂乱をおさめて晴れやかに姿を消す……
 みたいな感じ。
 というとさも穏やかな終幕であるかのようだが、実際この天狗の慰めというのは「あなたに楯突いた者たちをきっと蹴り殺して来てさしあげますから、どうぞご機嫌を直してくださいましな」という感じのことを言っていたので何ともはや。ここで相模坊が「やめて崇徳院! 昔の優しかった(かどうかは知らないけど)あなたに戻って!」とかなんか特撮怪獣映画のヒロインが言いそうな雰囲気のことを叫んでいれば、あるいは口さえ利かなければどうであったか。仮にそうであれば、かつて唯一みずからを支えてくれた友の姿に正気を取り戻して消えてゆく……という、やや陳腐ではあるかもしれないが心温まるハッピーエンドが待っていたのではないか。
 ところがどっこいこの作者ときたら敢えてそのようには終わらせず、この天災のごとく激しい文言をスタンバらせているのである。この文言によって慰められる(←可能)崇徳院の御心、慰められる(←受け身)ことができてしまう崇徳院の御心の荒涼たる有り様を思うと、最後そのお怒りをおおさめになるシーンの何と悲痛であることよ。
 人が死んでしまうということの何が悲しいかといえば、その地点を最後として、いっさい変化することができなくなるところである……というのは別に私が考えたことではありませんけど、いま言わんとしたいのはそこよ 恐らく先述したようなクソ陳腐なリリカルエンドは崇徳院にとってありえないのだ。なぜかというに、彼が死んだその時点・地点において天狗たちは、その存在だけで彼を慰め得るほどのものではなかった(これは天狗たちに及ばぬところがあったというよりは崇徳院サイドの問題っぽい気がする)からである。
 などと思いますと、「自分たちは崇徳院にとってそのような認識にすぎなかった」ということをまざまざと突きつけられていながら、なんでこの天狗たちはこうまでして崇徳院を慰めにかかってきてくれてるの? 私が相模坊だったらその突きつけにショック受けておうち帰って泣きながら風呂入って寝て友達の縁ブチ切ってるところだよ……
 しかし改めて聞くところによりますと、「白峯に住まう相模坊の天狗とは、すなわち崇徳院自身の化身である」という説があるそうです。つまりあの雷や嵐は天狗に姿を変えただけであり、雷鳴が止み暴風が途絶え、演者がしずしずと姿を消して舞台に静謐が戻ったあとも、崇徳院が下界に仇なすものであることは変わっていないのだろうか。……と思うとなんか暗いね。されどもこの静けさ虚しさ愛しさ寂しさ悲しさ美しさの融和が能の魅力であるといえば、多分その一端くらいは担ってると言えそうね。融和というか万華鏡的な共鳴? 可愛さが増せば悲しさが弥増し、悲しさが増せば恐ろしさが弥増し、恐ろしさが弥増せば……という感じでまた可愛さに戻ってきてループして反響して最後は静寂に立ち返る。水飢饉の水琴窟のようである。
 西行の歌を喜ぶ崇徳院は可愛いけどそれだけにかわいそうだったな~
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 これまでに習った能のなかでは『野宮』がスキスキスー
 静かであるが激しく、穏やかであるが地獄のようです。
 ベタどころの話じゃないけど改めて『附子』は面白いよね。幼子が見ても面白い演目があるっていいことよ。未だにおいしいものを食べると「さてもさてもうまいフィナンシェじゃ」とか誰にともなく呟きたくなるほどにDNAへ焼き付いています。
 あと落語だけど、じゅげむじゅげむごこうのすりきれ~を全部言えるのがステータスになり得るような小学生社会って最高だったな! と最近よく思います。今でも一応は言えるけど、だから誰に誉められるということもなく、もちろん競ってくれる人もおらなんだ。
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 私は自分が酔っぱらっているときの文章が大嫌いだがなぜかブログ担当日のたび飲んでいる。能楽堂帰りにいただいたドイツビールおいしゅうございました。ケストリッツァー!!! 詩人ゲーテが愛したというビール!!! ライプツィヒ(ファウストとメフィストフェレスが最初に連れだって外出したときの目的地)(を含む地方ってだけの話ではあるが)産のビール!!! これを飲まずに何を飲もうというのか。字面だけでも涎が出るようですね。
 どうでもいいけど私は酔うと非常に機嫌が良くなります。いま非常に機嫌が良いです。