甘くない飴玉

通学路に落ちている銀杏の実を必死に回避する。こんばんは。みずの です。
街路樹に実のなる樹を植えるのって元々、旅先で食糧がすぐ手に入りづらいので、旅人が食糧補給するために植えられたってテレビでやってましたけど、本当ですかね。
今の街路樹とかはそんなことを考えずに市の樹などが植えられていると思いますが、学校付近に植えられた枇杷の樹やらを見ているとそういった食糧補給の話を思い出します。(また食べ物の話か)
それからこれは地元での話なのですが、フェンスに絡む苦瓜を見つけました。ゴーヤですね。自分の家のゴーヤはまだやや緑色なのですが、そのゴーヤはすでに熟してオレンジ色に光っていました。
中学生の頃に、祖父が熟したゴーヤを指差して、自分の子供の時の話をしてくれたことがあります。オレンジに熟れたゴーヤが割れて、中から赤色の種が見えるようになります。
そして、その種が甘いのでみんなで飴玉のかわりによく口に含んで楽しんだというのです。
私もその時、口に入れてみたのですが、種の周りの半透明な部分が、かすかに、ほんのりと甘い気がしたのを覚えています。
正直、このくらいの季節よりももう少し後に熟れる柿の方が数倍甘く思うのですが、不思議とゴーヤの赤い種の味を思い出すことができます。
そんな祖父が今、腰の上のあたりを痛めて、安静にするようにお医者さんに言われてしまいました。思えば96歳ですから今まで畑仕事できてたのがすごいですよね。用があって来る近所の方からも10歳くらい若く見られていたのではないでしょうか。母が祖父の年齢について話すと驚いて帰る人が結構いました(笑)
秋の気配と祖父のことで少しセンチメンタルです。おセンチ。(センチメンタルって意味とは違って、文字面強そうですよねとか考えてるので言っているほどセンチメンタルでないことがわかりますね。)
しかし、いくらおセンチを気取ってもそれに酔うことをさせないのが現実です!
そうです。日本女子大学目白キャンパスの文化祭「目白祭」までもう1ヶ月をきっているのです!(拳)
私が所属する観世流能楽研究会も1日目にお仕舞の発表があるので、準備に追われています。あんまりにもバタバタしているので後期の履修登録変更期間をのがしそうでした…←
あぶないあぶない…。
できあがったパンフレットやポスターなどなど。

お仕舞といえば…行ってまいりました!宝生能楽堂で行われた第2回能楽祭!素敵なお声にうっとりでした。今回の能「國栖」では漁夫の舟が骨組みだけでなく、布が張られていて、他の舟の表現として、めずらしいなと感じました。すぐに舟だと認識できるとは…(そこ?)清見原天皇が隠れるので布が張られていたのでしょうか。
舞囃子や一調、独吟、仕舞、能などなど異なる6つの形式で番組が構成されていて、それぞれで楽しみ方があるのだなと思いました。
狂言の「寝音曲」も面白かったです!来客の度に謡わされるのが面倒な太郎冠者が自分はお酒を飲み、女性の膝枕で横にならないと謡えないと言って毎回の言いつけになるのを回避しようとするのですが結局お酒を飲ませてもらって、主の膝枕(男性ですよ)で謡うことになってしまうのです。その内に寝そべるのと立って謡うのがアベコベになってしまって…ついには舞まで舞ってしまう。膝枕の状態で主が太郎冠者の頭を上げ下げしてる場面は面白いと同時に声の切り替えが凄かったです。
最後は能楽協会理事長の野村萬先生(今回独吟を謡われておりました)のお言葉と豪華なお楽しみプレゼント会があり、座席番号でランダムにあたるのですが、とても豪華なプレゼントがありました。残念ながらどれも当たらなかったのですが、ポストカードや扇子、今回の出演者のサイン入りの本や野村萬先生の色紙、次回公演のチケットなどなどたくさんで驚きました。当たった方はとても嬉しそうでした。いいなぁ。
さて9月は2回もお舞台を楽しんでしまいました。目白祭など(もちろん目白祭の…先…も…)これからどんどん忙しくなると思いますが、時に慎重に!時に何とかなるさぁ!の精神で行こうと思います。(だめそう。)
おー。(鬨の声)
それでは失礼しました。
みずの