こんばんは。最近ずっと涼しかったので、今年は冷夏…?と思ったら、昨日あたりから突然蒸し暑くなって、令和ちゃん一筋縄ではいかぬ、と嘆いているれいです。早く梅雨明けして、入道雲!風鈴!花火!みたいな夏らしい夏になってほしい。天気がどんよりしてると、心も憂鬱。レポートとテストもラストスパートです。がんばります。
さて、今日ブログに書きたかったこと。
タイトル通り、この間の木曜日「生まれて初めての」ある経験しました。
…というのは、停電!!!!!!!!です!!!(不要なビックリマークの乱用)
私の母が小さい頃には時々停電ってあったようなのですが、私は今まで運がよかったのか、停電に一度も遭遇したことがありませんでした。ですがこの間、その停電に初めて出会ったのです。しかも大学で。まさかって感じですよね。
その日、私は次の日提出のレポートに追われていて、百年館(目白キャンパスで一番高い建物)の日本文学科の図書館で本に囲まれながら、パソコンの画面をにらみつけていました。研究室の図書館は、建物の外側を囲うように先生の研究室があって、そのちょうど真ん中にあるんです。だから、窓は一つもなく、もちろん電気を消したら真っ暗になってしまいます。で、その図書館でひたすら画面と向き合いながら、ああレポート書き終わるかな…と心は少しばかり焦りながら、キーボードに手を踊らせていました。
すると…。突然パチンパチンと音がなって、一瞬のうちに図書館が真っ暗になりました。光は私のパソコンだけ(あいにく他にいた方がパソコンを開いてなかった)。前に座っていた友人は、私の顔がパソコンの画面の青白い光に照らされてさぞかし驚いたことだと思います…。
もちろん、この突然の異常事態。私も周りも状況が読み込めず、え?って感じで、しばらく茫然としていました。その時私は、この階のブレーカーが落ちたのかな?なんて呑気なことを考えていて、図書館の外はどうなんだろう?と思って、(もちろん真っ暗だから)スマホのライトを頼りに外に出ました。すると、全フロア停電になっていて、しかもこの停電がこの階だけではなく、百年館全体、さらには大学内の泉山地区全体(新しい図書館ではなく、正門がある側です)が停電だということが分かりました(放送は流れて分かったのか、ここら辺の記憶は曖昧ですが…)。その後、日文の中央研究室の先生のご厚意で、図書館は真っ暗だからと中央研究室内の日の光が入るところに避難(?)し、レポートを書き進めていたのですが…、
なによりも困るのはトイレとエレベーターです。トイレは流れるのですが、最後の処理ができない?らしく、使用禁止になり、トイレに行きたい時は、道路をはさんだ向かいの新泉山館、新図書館に行かなければならないのです。エレベーターは緊急時用の非常電源で一台動いていたのですが、それはもちろん使ってはいけないので、トイレに行くためには8階下りて歩道橋を渡り、トイレに行ってまた歩道橋を渡って8階分のぼらなくてはいけないのです。こんなの絶対行かない、、、無事停電解消の17時までトイレ我慢しました…。
はじめて2時間ぐらいの停電を経験してみて、素直に電気って大切なのだと思いました。電気がないと電灯が消えるのはもちろんですが、空調も消えてしまいます。たまたまその日はあまり気温が高くなかったのでよかったのですが、もし真夏だったら確実に熱中症になっていました。
改めてエネルギーって大切だし、有限なのだなぁと実感しました。
結局、停電は校内の電気系統の不良?だったそうです。いまいちよく分かりませんが、今日無事に全館停電解消となったのでよかったです。
そういえば、話は変わるのですが、中島みゆきの曲や「夜会」(音楽劇)を日本文学から研究しようとしている人のサイトをよく見ます。しかも日本文学をかなり勉強しているのだろうという秀逸さ。みゆきファンの熱を感じますが、その中に中島みゆきが『万葉集』の影響を受けているだろうと言っている人がいて。その中で柿本人麻呂の歌も出していました。
内容は割愛しますが、みゆきさんは「夜会」を「言葉の実験劇場」と位置づけいて、柿本人麻呂も、和歌を「書く」という面でいろんな実験をほどこしているところがあって、似ているなぁと思いました。
私は、『万葉集』が当時どのように詠まれて(読まれて)いたかということも気になるのですが、『万葉集』が各時代でどのように受容され、その時代の文学に流入しているか、という方ももっと気になります。
新元号「令和」もですが、いまなお人々に影響を与え続いている『万葉集』
夏休みという時間を使ってもっと勉強したいと思っています。
ではでは!