恋歌×月って最高

さつまいもが美味しい時期になってきました。今とてもスイートポテトが食べたいさやかです。みなさん、こんばんは。

この前は中秋の名月でしたね。空や月を眺めるのは割と好きな方で、改修工事中のせいで覆われてしまった謎の幕の内側から(工事の時に建物を覆う幕・布って何のためのものなんでしょうか…?)、お家でがんばって月を見ました。Twitter上でも、綺麗な写真をあげている方がいて、肉眼よりも綺麗に撮っていました。自撮りやインスタを全くしない、カメラに疎い私には衝撃…。

 

月を見てなんだか風流な気持ちになったので、月にまつわる、私の好きな和歌を今日は紹介します。

 

「恋しさは 同じ心にあらずとも

今宵の月を 君見ざらめや」(源信明 『拾遺集』)

 (訳:恋しい気持ちは同じではないけれども、今夜の月をあなたも見ているのだろうなぁ)

  昨年、京都国立博物館の佐竹本の特別展に行く際に色々と調べて知った和歌です。比喩とかは全く入っていない、一見シンプルな歌。でもこれを知ったとき、ググッと来てしまったのです。

 まず上の句の時点で、悲恋譚・せつない話が大好きな私は心惹かれます。実際は信明はこの歌を贈った相手とは良い関係だったそうです。しかし片思いであっても、両思いであっても「自分はこんなに好きだけど、相手はそうじゃないかもしれないなぁ…」と誰しもが思うのではないでしょうか。

 そんな自分と相手には距離を感じてしまう中、「今宵の月を君見ざらめや」。「今自分が見ているこの月を、あなたも見ているだろうなぁ」と、月を媒介にして相手と通じようとしているのがもう、素敵で素敵で…。

 私のテンションの上がりようについていけない方は、綾香の「三日月」の歌詞を参考にしていただけると、結構わかりやすいと思います。こっちは完全に2人が別れてしまっていますが、月を通して相手を感じる、というのは同じです。こうしてみると、現代人にも割と通じる感覚であることがよくわかります。

 私自身はそんなに和歌の解釈とかはそんなに得意ではないのですが、場面が素敵すぎて印象に残っています。ちなみに、佐竹本三十六歌仙絵では、信明はこの歌とともに、少し俯いて切なそうな顔で描かれています。月を見上げるのではなく、相手を思ってしょんぼりしているのかと想像して、可愛いなと昨年思いました。

 それでは、今日はこのへんで。さやかでした!