春野七菜ちゃんは挫けない

1月7日夜。怠さを感じながら鍋をかき回す。
「どうかされましたか? なんだか浮かない顔をしてらっしゃるから……」
「ああ、まあ浮かないというかなんというか」
適当に言葉を濁すと、セリちゃん不安そうにこちらを窺ってくる。そんな顔されるとこちらもさすがに悪かったかなと思うが、こればかりはどうも。
「元気ないじゃん! 今日は厄を払う日なのに、こんなんじゃ厄寄って来ちゃうじゃん!どしたの? 寒いの?」
後ろからひょろっとナズナちゃんが覗き込んでくる。
「ナズナちゃん……」
「ほらほらセリちゃんからも言ってあげなよ」
「そうですが……」
セリちゃんはナズナちゃんに押され気味だ。けれども、僕としてはまだセリちゃんの方が好きになれるかもしれない。セリちゃんの方が一般的に名前が知られてるし、彼女はそんなにクセがない。ナズナちゃんは名前はかわいいし、別名のぺんぺんちゃんという呼び方も確かにかわいいけれど……。
「ちなみに、厄を払うというのは、元々1月7日が人日に当たることに由来してますね。この人日というのは五節句の一番初めに当たる日なのですが。聞いてます?」
さらにゴギョウさんが二人の間に割って入ってくる。
「ゴギョウさんすご〜い!」
「ナズナちゃんは知ってるはずでしょう」
「セリは覚えてましたよ……」
「最近では健康のためと思われがちだっけど〜! まぁ、厄払いは健康に繋がるからあんまり間違ってないけどねぇ」
ひょこっとハコベラちゃんが顔を出す。えっへへ、すごいでしょ!という表情で見つめてきたので、よしよしと頭を撫でると、嬉しそうな笑った。ハコベラちゃんはその小ささから受け入れやすくはある。ゴギョウさんはまあ、少し抵抗が……無きにしも非ず……
「今何考えました?」
「なんでもないですよ、ゴギョウさん」
「まあまあ、落ち着いて〜? 正月の豪華なお節や生活バランスの乱れを整える効果もあると最近では言われることもありますし、あなたの心に優しくするわよ〜? みんなもそう思ってるわよね?」
わたわたと取り繕っている間に、優しい声が場を和やかにしてくれる。
「ホトケノザさん!」
「うふふ」
ホトケノザさんは、それこそ仏様が座る椅子のように、なんでも受け止めるような姿をしているが、それでも難しいところである。
「でも僕は……」
「そうねぇ、ちょこっと苦手意識はあるかもだけれど、頑張ってみて?」
「はい」
答えとは裏腹にどんどん気分が沈んでいく。確かに、確かにみんな体に良いのかもしれないけれど……
「どうした? あ、みんなにいじめられたんだろ。かわいそ〜。助けに来てやったぞ!」
「スズナ!」
視界の端に膨れ面が見えたが、にひひと笑うスズナに視線を移す。やはりカブのイメージが強く、まだ我慢できる範囲だ。
「ああ、もう先に皆揃ってたのか、じゃあ始めようか」
「スズシロ!」
スズシロさんはぽんと軽く肩に手を置いた。スズシロさんの安心感はすごい。だってダイコンだもんな〜。
「皆多少クセはあるかもしれない。けれど、クセがあるから面白いし、厄を祓うのに一役買うわけだ。君の好みには合わないかもしれないけど、節句の初め、一月七日にはよろしく頼むよ」
「スズシロさんに言われちゃったら……」
とここまで考えて、鍋をかき混ぜてた手を止める。
「いや、七草粥がかわいい女の子だったと考えても、味を考えると進まないんだよな〜!」
ごめん!七草ガールたち! 塩昆布と醤油と梅干しを加えることを許してください!
そう心の中で唱えて、醤油に手を伸ばした瞬間に、
「春の七草覚えてる?」
そう聞こえた。あれ、この声は確か、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロのどれでもないから、あれ?
君は……?