灯り点けましょ恋心

五人囃子・謡
おひいさま、本日は誠に晴れやかなり。あなたの喜ばしい晴れの舞台に相応わしくございます。さあさあお行きなさい。どうかこちらを振り返らないで、わたしではあなたを幸せにすることなどできません。あなたは姫さま、おひいさま。内裏に嫁いでこそ、幸せになれるでしょう。私は、私はあなたのことを心から想っているから、この善き日に伸びやかに謳いましょう。どうか涙を流さないで、どうか私のことを心残りに思わないで。身分違いの私なれど、声をかけていただけたことが、あの日々がどれだけ嬉しくて思えたか。それだけで私は幸せ者です。だからどうかお幸せに。それだけを願って謳いましょう。

五人囃子・笛
名もなきあなた、姫さまの側仕えのあなた、私は姫さまよりもあなたが輝いて見えたのです。しかし提子を掲げるあなたの顔は凛々しい内裏の君を映して、紅色に染まる。私は知っているのです。知っているのです。報われないあなたの恋を、そして報われない私の恋を。なのだからこの笛はこれだけ切なく響くのです。

五人囃子・小鼓
ああ私の小鼓と、共にあるのは大鼓。いつも隣にありました。私の側におりました。けれどもあなたは蝶のよう。ひらり交して飛んでいく。やはり華が好みでしょうか。私のような木偶ではいけないのでしょうか。ぽんと鼓を打ちまして。あなたの心に響くよう。されどもあなたは知らぬ顔。隣にいるのは私なのに。

五人囃子・大鼓
十二の単に薫る香。見惚れるほどの大輪の花。如何にしてあなたから目を逸らせましょうや。いいや、私の目はいつもあなたを。叶わぬ恋など百も承知。しかして内裏の姫さまに、どうして心を奪われぬまま生きていけましょう。ああ、さようなら、おひいさま。届かぬ花に焦がれるが負けよ。

五人囃子・太鼓
ああ、皆々様、お忙し。恋に焦がれて愛に焼かれて、ああ大変そう。美しい。よろしい、ならば打ちましょう。雛の段々、五人並んで、恋の鼓も打ちましょう。届きますようその心。報われぬのもまた一興。今日は梅の香が一段と良い。きっとどこまでも届きましょう。

三人官女・長柄
五人囃子の見事な小鼓。私あなたに想いを寄せて、けれども届かず袖ひちて。敵いませんわ、あの人には。ずっとお隣にいるなんて。それはわかってございます。しかし私の心までは、負けるわけにもいかなくて。あなたの声音私にも届いてしまうことがどれだけ悔しくございましょう。けれとけれどもあなたも辛いでしょうに。今日は善き日、喜ばしき日、ああそれもそれも、ああなんて。ひいさまは罪づくり。あんまりに美しくって、ひどい。

三人官女・三方
おひいさま、本日はいつにも増して美しい。麗しき人。私はあなたをいつも想っていました。ただの側仕えである私に、あなたは優しいお言葉をかけてくださった。その優美な姿も豊かな教えも美しき立ち振る舞いも、すべてすべて、私には眩しくて。あなたが幸せになることだけを考えておりました。その黒髪を梳いたのは私。その衣のお召し替えを手伝ったのは私。その事実がどれだけ光栄でしょう。どうか幸せになってください。この喜ばしき日に。そのためなら私、なんだって。きっといたしますから。

三人官女・提子
内裏の君、涼やかな君、雄々しく立派なあなた。私などが見上げるのも烏滸がましい。身分の違いもこれだけあるのに、想いを寄せるなど言語道断。私の姫さまこそ相応しく。分かってはいてよ。分かってはいるのだけれど、あなたのその横顔を眺めたときの胸の高まりはどうして抑えられましょう。月を見て美しいと感じるように、あなたは当然のように美しい。そしてこのような身分の私にも声をかけてくれるほどに優しい。ああ、内裏の君。お許しください。この思いを秘めているうちは、どうか。

内裏雛・女雛
本日は晴れやかなり。まことに善き日なり。あなたはそう謡いましょう。けれども違うの。違うのよ。あなた、私の手を取って、うんと遠いところまで逃げて。私なにもいらないの。あなたがいれば、それで良かったの。そんなに離れた段々に座ってお澄まししてないで。あなたの声が届くから、わたしは三段飛ばしに降りましょう。幸福を願ってくれるなら、どうか私の手を取って。私のために謳って、私のためにここまでいらして。私のためを想うなら。

内裏雛・男雛
お行きなさいな、おひいさん。私とんと分かりませぬ。恋心なぞ知らぬのです。そのようなつまらぬ男と共にいるくらいなら、あなたの心の誠に従ってください。愛だの恋だの私には分からないので困ります。しかしてあなたが求めるのなら、どうかお行きなさい。私のことなど気にしなくてよろしい。あなたのお家のことはどうとでもしましょう。他にもなんだか忙しない。愛し愛され人々は歌詠み言葉を紡ぐのでしょう。どうぞお好きにやりなさい。私は分からないなりにも、その姿を美しく想うのです。恋の形など愛の形など、段々並びに決められているのは勿体ない。身分も性も家柄も、何もかも飛び越え恋せよ人よ。蝶も花も美しければ惹かれたままに動けばよろしい。
灯りつければ恋心
綻ぶ桃は誰の為
男も女も想いのままに
今日は楽しい雛祭り