レイナルド・アレナスにはまっています。
アレナスは『夜明け前のセレスティーノ』で弱冠二十歳にしてデビューし、その後『めくるめく世界』『白いスカンクどもの館』などを著したキューバの作家で、反スターリン・反カストロでした(たぶん)(よくわからないしあんまりわかりたくはない)。思想犯として収監されたのちにアメリカへ亡命し、エイズの合併症に罹患したことを嘆いて服薬自殺しました。
遺作となった自伝『夜になるまえに』はハビエル・バルデム主演で映画化されていますが、本書において外すことのできないテーマである噎せ返るような同性エロティシズムが、仕方がないことだとは思いますが(あれ全部映してたらゲイ向けブルーフィルムになりおる)、ずいぶん減っているのでやはり本で読んだほうが良いように思われます。
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あとジョジョの奇妙な冒険(四部)を読んだ! 面白い面白いって言われてたけど本当に面白かった!
もし手塚治虫にこれを読ませることができたなら荒木飛呂彦にものすごい皮肉言いそうだなって思いました(手塚さまは面白い漫画家に嫉妬しまくるし対抗意識燃やしまくっていたということで有名)
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アレナスの小説はそのほとんどがキューバでは出版されなかったこと、『ふたたび、海』という長編に至っては当局に取り上げられるわ仲間に裏切られるわで三回も同じ内容を書き直さなければならなかったことからも分かるように、たいへん政治色というか政治批判色が強いものであるそうです。
しかしながら
私は理解を成し遂げられない限り「ほんとうの」価値を味わうことができない文学も別にいいと思う、だが、理解を成し遂げられない限り「いっさいの」価値を味わえない文学っていうのはお高く止まってんじゃねえぞと思う(という話は既に以前したような気がする……)。ので、それがいずれの種類の文学であったにしても、自分から理解したいと思うまでは勉強したくないと思っています。そして、そのうち勉強する気が起きるのは確実に前者に該当する小説です。
いいか! おまえは勉強しないと価値がないようなもんじゃないはずだ! たとえ浅学菲才の私でも、などと自称すると(さすがにこの大学ブログという場では)嫌味になってしまうのですが、それにしたってこの作品は素晴らしいのだ。風景写真を見るように、非合法ポルノビデオを見るように、幼少期の思い出を蘇らせて苦しむように、味わうことができるのだ。下敷きが政治的うんぬんだったとしてもその上澄みだけで人生の色を変えるほどの価値が見出せるのだ。
何といっても文章の躍動である! 草いきれの匂いまで伝わってくるような少年の日のオリエンテの情景。悪夢のようでありながら生々しくそして愛おしく、奇妙な快感すら伴う暴力的魔性の寒村の熱帯夜を『夜明け前のセレスティーノ』では堪能できることでしょう。そして『夜になるまえに』では政府当局との息づまる闘争、そして表現の自由を求める絶叫。そしてホモに次ぐホモに次ぐホモ。決して命を産み出すことはない、それどころか感染症は自分たちを死へと導くかもしれない、しかし命をその瞬間に極限まで悦楽させるのは確かにそのホモセックスであるに違いありません。そしてその群れ。いったい何人と寝たんだよと思うほどです。そもそも性が法律以外の部分(すなわち人心のなか、そして人体のうえ)ではいっさいタブーじゃなかった? すごいね
『夜明け前のセレスティーノ』はラテンアメリカ文学のマジックリアリズム(←とかもっともらしく書いたけどこんなん私よく知らないし知らなくても楽しいから、もし読む気があるならこんなブログ記事は即刻閉じてあなたの住んでいる自治体の図書館サイトを開くべき、そしてアレナス作品の有無を調べるべきです)的な文脈において描かれているというだけあって、頻繁に死んだ人間が生き返ったり、死んだいとこたちの幽霊や魔女が降りてきたり、ゴキブリやトカゲが話しかけてきたりするため、まったく実話そのままだとは言えません。
ですがそれでも作者の少年期を強く描き出しているのは事実に違いなく、そこに重要な存在、あるいは重要な暗喩の憑代たる存在として頻繁に現れては少年の魂を掻き乱す「じいちゃん」や「ばあちゃん」や「ママ」がほんとうの名前と肉体と人生を持って登場する『夜になるまえに』を読むと、先の『夜明け前の~』の世界にもまして果てしない幻想的世界を、本のなりではなく脳中に直接描きだしてくれます。
そのため、個人的には『夜明け前のセレスティーノ』を読んでから『夜になるまえに』を読むことをおすすめします。映画版はそのあとでいいでしょう。『ハバナへの旅』は面白さが勝っているし中編をまとめた作品群だし、何より先に触れた二作に比べると直接的にアレナスの人生に触れているわけではないのでいつ読んでもよさそうな感じです。
なお題名に微妙な共通性が見受けられますが、特に連作というわけではないと思います。『夜になるまえに』の序章では作者みずからがこのタイトルについて説明しています。
ただ、遺作と処女作がこうした関わりを持つことについてアレナスが何も考えを巡らせなかったかといえばそんなことはないでしょう。
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安藤哲行の訳がいいのもあるね。
アレナスの翻訳は日本だと片手で数えられる程度の冊数しかないのですが、私が読んだのは今のところ安藤哲行の訳したものだけです。『めくるめく世界』だけは別の人です。今後もぞくぞく翻訳される……といいけどなあ……
訳文っていいよね! 主旨と距離を置けるのでパーソナルゾーンが守られる感じが居心地よく、いいね!(だがこれは日本文学を学んでいる日本人の学生が言って良い言葉なのだろうかという感じがしなくもないね!)。
・清水徹『愛人(ラマン)』『北の愛人』(マルグリット・デュラス)
・窪田啓作『異邦人』(アルベール・カミュ)
・安藤哲行『夜明け前のセレスティーノ』(レイナルド・アレナス)
・飯田規和『ソラリスの陽のもとに』(スタニスワフ・レム)
・西永良成『存在の耐えられない軽さ』(ミラン・クンデラ)
・高橋義孝『ファウスト』(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)
・松永美穂『逃げてゆく愛』(ベルンハルト・シュリンク)
・池内紀『香水 ある人殺しの物語』(パトリック・ジュースキント)
このへんの翻訳が(内容とは関係なく)好きです。内容も好きです。
ちなみに書かんでも分かるかもしれんけど上から作者の御国はフランス・フランス・キューバ(言葉はスペイン)・ロシア・チェコ(言葉はフランス)・ドイツ・ドイツ・ドイツ。あと翻訳がどうというほど感じ入りはしなかったがピューリッツァー賞を受賞した『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ)はインドだけど言葉は英語。世界各国の本が日本語で読めるだなんて素晴らしい……そのうえ手塚治虫と荒木飛呂彦と田亀源五郎のまんがを原著で読めるだなんて嬉しい……日本って最高ね……
池内紀のミラクル濃厚翻訳については、原著であるジュースキントこそ遠けれども池内との距離が近すぎるせいでパーソナルゾーンが結局侵されている感じがしなくもない。けど、このくどさ! もしこの本が肉体持つものだったならお互いの体臭さえつぶさに嗅ぎ取れるであろうほどの近さ! そこが「(体臭をはじめとした、この世のあらゆる)匂い」をテーマにする『香水 ある人殺しの物語』に素晴らしく合っていたと思うので、この役割が池内氏に与えられたことはすばらしい。うれしい。運命というものの存在を信じる瞬間。
『香水』は映画(『パフューム ある人殺しの物語』)も素晴らしく面白かったのでおすすめです。