あけました。新年明けました。おめでとうございます。令和二年です。まだ令和という言葉に馴染めずにいて、口に出すと気恥ずかしくなるような、むず痒い気持ちがします。あの平成という、のっぺりしたやる気の無さそうな平和そうなあの響きが恋しくなってしまいます。俺たちの平和なので……。令和のあのスタイリッシュ感もね、嫌いではないですけどね。クリスマスから年末、年始へと移り変わる時期が好きです。楽しいクリスマスを終えて、あわあわばたばたしながら、親戚とご馳走を食べてゆるゆる「年明け」を迎えるのが好きです。こたつに入って「あけましておめでとう〜」となんとなく言ってみるのが好きです。行事感が無くて良い。どうも、はるかです。
さてさて、新年になると今年の抱負みたいなものを聞かれることがあります。みなさんはありますか?えらいですね。わたしは無いです。と言ったら怒られました。ああ、なんで年が明けたからと言って気持ちが変わると言うのでしょう。新しい自分にならねばならないのでしょう。年が変わるのは、地球が太陽を回ってその周りを月が回って、を暦として設定したから変わるんであって、当たり前なのです。つまりはあるがまま。だから人間だってあるがままで良いでは無いですか。駄目ですか?そう。新年の抱負って言ったって、楽しく過ごす以外に無いでしょうよ。向上心が無い人間です。精神的に向上心が無い人間は馬鹿だ。
冬休み、少しの間でしたが、久々に溜めていた小説を何冊か消費できました。本というのは麻薬でございます。一冊読むと、フィクションに浸かる面白さを思い出して、次から次へと手が伸びる。誰かの頭の中の話で、本当のことではない話がエンターテインメントになるのはつくづく興味深いものですよね。人はみな空想を求めている。少なくとも自分はそうです。それで、随分前にあの夏コンプレックスの話をしましたが、他にも「別に自分の人生に特段後悔は無いけれど、やってみたかった空想上の人生」ってありますよね。高校での吹奏楽部も楽しかったけど、生徒会で学校に革命を起こしたりもしてみたかった。放送部や文芸部、映像研などちょっとマイナーで少人数の部活で目立たず地味に、されど楽しくこそこそ遊んでみたかった。屋上でお弁当が食べたかった。こういう「憧れのイメージ」があるんすよ。大学では、オカ研やミス研に入って、様子のおかしい変わった細身眼鏡の男の先輩と怪しい美人の先輩と一緒に、冴えない一般大学生僕が夏の合宿で、事件を体験したりしたかった。なんかこう、なんかこうあるんですよ。こういう「イメージ」が。実際、小説のようなことは現実にフィールドを移すと無くなってしまったり、難しいことに気づいたりするんですが、永遠の「こうやって過ごすのも良かったな、多分楽しかっただろうな」があるのです。一生ある。小説を読めば自分の生き方以外の選択肢をごまんと知れるのだもの、憧れがどうしても。
お前はいつもフィクションの話をするな、と思われるでしょうか。いつもしますよ。だいたい目の前の現実だけじゃつまらないし、フィクションが死んだら生きていけないつもりですよ。いつだって魔法使いになりたいし、空を飛びたいし、突然異能力が発露してみて欲しいし、選ばれた人になりたいし、美人でミステリアスな先輩が欲しいし、厄介な事件に巻き込まれたいし、世界を終わらせてみたいし、幻影を追いかけたいのです。勇気を持って大胆に行動していたいし、誰も真似できないようなかっこいい役をやりたい。想像の世界で心中してやっても良いと思う所存でございます。ああ、いいな。
これらの思いを込めたものが、今年の抱負の「楽しく生きる」でございます。少しでもつまらない憂き世を面白おかしく渡り歩いて生きたいのです。