子供より親が大事、と思いたい。子どものために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
こんばんは。しおりです。
6月19日。今日はそう、桜桃忌です。
太宰治の誕生日であり、奇しくもその亡骸が見つかった日でもある今日。晩年の短編小説「桜桃」にちなみ、太宰治をしのぶ日として「桜桃忌」と名付けられました。冒頭は「桜桃」の一節。私自身は大学2年生の演習でこの作品を考察対象にしたことがあり、何だかとても親しみのある作品です。「子供より親が大事、」という衝撃的な言葉の後に付けられた「と思いたい。」という告白。前半部分だけが印象に残ってしまいがちですが、「子供より親が大事、と思いたい。」という全てを含めて、ようやく父である語り手「私」の言葉を受け取れるのだと感じたことを覚えています。
演習の授業を思い返すと、あの時は楽しかったなと感傷的な気分になります。もちろん今もオンライン上でゼミはありますし、皆のレジュメを読んで疑問点を挙げるという点では同じかもしれませんが、やはりその場の空気感と言いますか、発表の緊張感も含めすべてが楽しかったわけです。家に籠っているのは本当によくないですね。最近になって非常に痛感します。そんなこと随分前からわかっているのだけれども、実はこのブログにも以前に書いたように、私自身ついこの間までセルフ緊急事態宣言の真っ只中にあったもので、世の中が見えている様であまり見えていなかったんですね。発端はお正月の高熱(今思えば不思議なんです。インフルエンザの検査は陰性、かつあの恐ろしい味覚嗅覚障害があったんですね…。ただ、これがコロナだとすれば私の感染時期は昨年の12月になるわけでして、そんなことはあるはずがない。ウイルスが実はずっと以前からあったなんてことにならない限りはですが…)、その延長で扁桃腺を悪くし、ようやく耳鼻科通いも終わりセルフ緊急事態宣言を解除したところで、今度は長引く抗生剤の服用によって胃を壊すという始末。皆さま、風邪も馬鹿にはできませんね。しかし、おかげさまでようやく快復に向かい、さあここは一つ好きな事でもしようと思った瞬間!!いや、待てよと、セルフ緊急事態宣言は解除されたけれど、まだまだ世の中は自粛ではないかと気が付いてしまったわけなんです。大学に行けないこの時期に体調を崩したのはある意味本当に不幸中の幸いでしたが、元気でいるのにどこにも行けないという自粛の苦しさに今ようやく気が付いたわけです。そして、そんな私に飛び込んできたのは、卒論で扱う作品に書かれたこの一行。「苦労があつて苦労、苦労がなくてまた苦労」。あまりの的確な表現に却って笑いがこみ上げてきました。
ただ、最近は体調を崩していたからこそのこんな幸せがあったのです。それは、お気に入りのパン屋さんのチョコクロワッサンを食べたこと。チョコレートなんて胃の天敵ですから、それがクロワッサンの中にいるなんてまるで救いようのない食べ物なわけです。しかし、これが以前からずっと好きでして、ようやくこの前一口食べてみました。ふわっとした生地に包まれたたっぷりのチョコレート…。もう、その感動ときたら、言葉では到底言い表せないものです。こんなに美味しい食べ物がこの世に存在するのかと、その日は一口で一日が幸せになりました。うどんとお粥とはんぺんとボーロ(どうしても甘いものが食べたくて)で過ごした毎日がようやく過ぎ去り、好きなものを食べられる幸せ!!「苦労があつて苦労、苦労がなくてまた苦労」だったけれども、甘いもののことを考えていたら何だか心が幸せになる。明日は何を食べよう、クレープがいいかな、タピオカがいいかな、アイスも食べたいな…と、最近の私の頭はざっとこんな具合なわけです。ただ、胃をいたわる食事は身体にとってはものすごく理想的なものだったようで、この生活を今まで通りに戻してしまうのは長い目で見てどうなのかと疑う自分もいるわけですね。野菜中心で油ものと糖分は控えめの食生活。どう考えたって身体に悪いわけないじゃないですか。
そして、桜桃忌の今日。演習で扱った懐かしい「桜桃」を思い出すと、もう直後には、甘いものに頭が支配された私はさくらんぼ(缶詰の赤いやつ)を思い浮かべていたわけです。しかし一方には、これからは糖分を控えて野菜を食べろという私がいます。そして頭に浮かんだのはこの言葉。
野菜より砂糖が大事、と思いたい。
結局、誘惑には勝てませんでしたね。残念ながらさくらんぼはありませんでしたが、マンゴーゼリーと杏仁豆腐がセットになった、それはそれはおいしいデザートを見つけたのです。それを極めてまずそうに頬張りながら、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、野菜より砂糖が大事。