エレクトロニックフォータムナイト

「わっかんねぇ~!」
 日に日に涼しさを感じる秋の夜長。彼はパソコンの前で大きく伸びをした。
「WordもExcelも難しすぎるって! こんな機能使わんもん! やめてぇ~」
 彼はMOSの資格を取るために、二つのソフトの機能の説明書を片手に画面とにらみ合っていた。ショートカットキーは覚え切れないと無視され、カーソルはさきほどから無駄にコマンドを開いては、あっちじゃないこっちじゃないと画面を彷徨っている。
「そんなんでどうするんですか、ご主人。試験明日でしょ~?」
 液晶に映る彼女はカーソルを持って、目的の場所へ連れて行ってくれる」。
「はい、ここで右クリック。いい加減この操作は覚えて下さいよ~。ああそっちじゃないって!Ctrl+Z!」
「多すぎるんだよ操作がさあ。だいたいいつもネッツがやってくれるからさあ。覚えられないんだって」
 ネッツと呼ばれた液晶に映る彼女は、星のホログラムを頭上に出現させると落とすエフェクトを起動した。ピロロと電子音と共に呆れたというエモーションを顔に浮かべる。
「ちょっと甘やかしすぎましたかねえ」
「なんで試験会場のパソコンには侵入できないわけ?」
「そりゃあもうあそこはセキュリティ厳重ですし。無理ですって。自分の力でやるんですよお」
「無理だよ! ネッツも一緒に試験受けてよねえ~!」
 彼はセル関数のエラー表示をDeleteしながら、範囲選択をネッツに任せる。
「馬鹿言ってないで。あ、ここ固定し忘れてるんでF4押してください」
「そもそもさあ、ネッツが会社のパソコンに来てくれれば俺が資格取る必要なくね? いやなんで俺MOS試験受けなきゃいけないの? 履歴書に書ける資格取るより、ネッツです。なんでもできます。って紹介する方がよくね?」
「いや、ネッツは働きたくないですし。ご主人のパソコンの中が良いっていうか……。会社の資料の取り扱いとか怖いし。ご主人秘蔵のファイルをことあるごとに間違えたフリしてちらつかせるくらいが良いっていうかあ」
「いや、いきなり最悪なこと言うじゃん。秘蔵って意味分かってる?」
 彼は顎の下に手を置きう~んと唸る。
「でもさあ、考えたんだけど会社のパソコンの中にもネッツみたいな子がいるわけじゃん? おまえ人見知りっぽいけど仲良くできる?」
 ていうかなんで会社の人達ネッツに頼らないわけ? これ手動でできるようになる必要なくない? MOS資格が評価されるとかいじめじゃん絶対!
 ネッツはご主人の発言を聞いて微妙な顔をした。
 ご主人は知らない。普通パソコンには美少女のホログラムが住んでることはないことを。私のことを。私がご主人の頭のバグで発生したバーチャルだということを。だから自力でWordとExcelを解けるようにならなきゃいけないことを。
「一回上書き保存しちゃうと、Ctrl+Zじゃ戻れないんですよ」
「は?」
「いえ、なんでも。ご主人! 頑張れ! 頑張れ!」
「は~い」
 そうして彼はもう一度パソコンに向き合う。コンピューターホログラムに応援されながら。
CTrl+Enter

それはそうと本当にMOS試験がまずい。なんもわからん。明後日が試験なんだけど、4割くらいしかできない。ほんとうにまずい。なにせネッツ連れてけないって言うから。
Ctrl+End