学びは続く、いつまでも

こんばんは。かつーんです。
暖かくなったかと思えば寒くなり、晴れたと思えば雨が降る、正に三寒四温といった天気が続きますね。
雨はあまり好きではないのですが、杉の花粉が飛び交うこの時期だけは例外で、諸手を挙げて大歓迎しております。
種の存続を考えると仕方のないことと思いつつも、憎たらしいものは憎たらしいです。
杉花粉撲滅運動を掲げる弟に倣う訳ではありませんが、つい「くたばれ杉花粉」と言ってしまいます。
(言葉が悪いのはご容赦下さい)
友人は割と花粉症でない人が多いので、この苦しみを共有できないのが少々残念です。
ただ花粉症はとかく苦しいので、かかっていない方が1日でも長くかからずにいることを祈ります。

 

さて、今回はあるシンポジウムに参加して徒然と考えたことについて少し取り上げたいと思います。
先日12日(土)に日本女子大学文学部・文学研究科学術交流企画「定家のもたらしたもの」の第3回シンポジウム「定家の築いた『古典』とは」があり、そのお手伝いをしてきました。
お手伝いと言っても会場のセッティングと誘導をちょろっとしただけで、一般の参加者の方々と同じようにお話を聞き、懇親会にも出席して美味しいものを頂いたので、役得と言わんばかりのお仕事でした。
パネリストの方が有名だったり、このシンポジウムが最終企画だったりと様々な理由から大勢の方が来場し、定家のネームバリューの凄まじさを再確認しました。
因みに、以下がパネリストの方とそれぞれの題です。

伊井春樹先生 〈阪急文化財団逸翁美術館館長・大阪大学名誉教授〉
  『源氏物語』の本文と書写活動と
浅田徹先生 〈お茶の水女子大学教授〉
  書き入れ注記から見る定家の古典観
杉本まゆ子先生 〈宮内庁書陵部文書研究官〉
  古今伝授に見る定家

お話の中に聞き慣れない言葉がちらほらあり、精進が足りないことを実感させられました。
浅田先生は「一般の方がいる中、専門用語を多用しても着いてきてくれた(記憶が薄れた上での意訳)」と仰っていましたが、恐らく普段の学会などよりも噛み砕いた説明をされていらしたのだろうと思うので、まだまだ勉強不足なのだと思います。

 

『源氏物語』の写本の系統や、勘物(古写本の持つ研究的な書き入れ)など興味深い話の種はいくつかあるのですが、懇親会での印象的だった発言を取り上げます。
懇親会ではパネリストの方は勿論、懇親会に出席した先生方のご挨拶も伺いました。
その先生の一人が「勉強はいつまでも続く」といったようなことを仰っていました。
当たり前と言えばそうなのでしょうが、勉強することはいつまでもなくならずにあり続けるんですよね。
児童、生徒、学生という枠を越えても勉強することはできるし、常に勉強していかねばなりません。
私はまだしばらく机上での勉強が主ですが、同級生は就職して異なる勉強を重ねていきます。
それぞれがそれぞれの道を歩き始める今だからこそ、ひどく印象的に思えたのかなとぼんやり思いました。
(先生が仰りたかった意味とは異なった受け取り方をしていますが)