前回書いたことを覚えているので江戸東京博物館の話をする
しかしえどはくというよりはちょんまげの話です。
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前のブログでも書いたことですけど江戸東京博物館はほんとうにほんとうにものすごく素晴らしいですね! 人生で三度目くらいになるのですが行くたびに新しい発見と感動があって、横っ面ブン殴られる思いがいたします。まず建築物としてものすごい、そして内部に入ってみての空間の豪勢な使い方もさることながら、このたび何より心打たれましたのは助六の舞台のレプリカですよ。あれを見たときにはたまりませんでした。まことにひとたまりもありませんでした。助六の目尻の紅の凛々しさ、揚巻の目尻の紅の美しさ、まさしく時が止まったかと思いました。「あれがきれいだなあ」とただ思うのではなく、「きれいとはこれを呼ぶのだなあ」という感じです。いや違う! ならぬ! この程度では言葉が足りぬ!
これをきれいと呼ぶ生物となるように・これを好きとなる生物となるように、私というものはこれまで脈々とアフリカのイヴの時代から絶えずにきたのだと心の底から感じたものです。私がこれまで美を感じてきたものたちにはどこかしらから蜘蛛の糸じみたものが伸びていて、それを辿っていけばあの美しいものたちに到達するのであろうと思います。豊かで清潔な日本の真善美が、あの黒羽二重や紅絹裏を構成する一織りや一縫いのなかに染み込んでいます。などといくら言葉を並べても足りません。果たしてあれが言葉で形容できるものなのだろうか? 壮絶なまでの粋そして色気、可憐さ、そして色気……色気というものを目の前にすると、何か温かいものを骨髄代わりに流し込まれたような感じがいたします。眼がかっぴらかれ口が開き、自力で立てんようになります。
思い起こせば縄文・平安・室町・その他もろもろがあった上でこその江戸時代。
つまりそれら過ぎてきた時代のひとつひとつ、将軍や天皇はおろか道端の小石ひとつまでもが隙間なく食い合わさることによって、あの小粋で洒脱でいなせな江戸時代を載せるやぐらを形作っているわけで、そして江戸時代の影響を受けながらその後の明治・大正・昭和・平成・そしてこれからやってくるであろう時代があるわけで、そう思うとすべての時代の日本が愛おしい。当たり前のことばかりではあるのですが、改めて思うと私はなんという国に産まれてきてしまったのか。生きるために産まれてきたのか。
「私の先祖は江戸時代に生きていた」と思うとものすごくときめきますな(といってもこれも改めて言うほどのことではありませんが……アフリカのイヴまで遡れば私の先祖がアフリカに生きていたこともあるし)。
我が先祖は父の口先によりますれば長崎の材木屋だったらしく、そしてそれ以降はずっと農家だったので、たぶん身内に江戸の町を歩いたことのある人はいなかったと思うのですが、そうした事実を踏まえてなおもやまぬこのときめきメモリアルだよ。メモリアルないよ。あったらそりゃあいいだろうよ。おくれよ江戸のメモリアルを。今わたしの願いごとが叶うならばこの背中に鳥のように白い翼つけてもらってこの大空に翼を広げ飛んでいきたくないこともありませんが、それよりも江戸のおきゃんな町娘になって近所の問屋の粋な小倅か火消しの若者の青々とした美しい月代をペチーンと叩きたい。あるいは私がちょっと腹の出てきた恰幅ある若旦那になって勝気な嫁にペチーンされたい。ああ~
男性のかんばせをちょんまげよりも美しく見せるような髪形がありますか? ない。強いて現代日本風俗で許される範囲で考えるとしますと、たくましい筋肉を覆いつつ褐色に日焼けした肌に、五分刈りの硬い黒髪が(というか体毛全般が)黄金の汗で濡れそぼちながら太陽の光にぎらぎらと打ち輝いているありさまなどはまことに美しいと思います。三島由紀夫が、何をとは言いませんが、触らずに出すくらい美しいと思います。
しかしながらここで『春琴抄』より鵙屋琴女のありがたい言葉を引用させていただきます。遠からんものは目に物を見よ! しかし春琴は眼が見えぬ!
藪鶯は時と所を得て初めて雅致あるように聞ゆる也、その声を論ずれば未だ美なりと云ふ可からず、之に反して天鼓の如き名鳥の囀るを聞けば、居ながらにして幽邃閑寂なる山峡の風趣を偲び、渓流の響の潺湲たるも尾の上の桜の靉靆たるも悉く心眼心耳に浮び来り(新潮文庫p46)
つまり肌色や肉付きや天気、ついでに自衛隊だとなお良いのですが、そういったような設定を施したときにこそ最大の効果を発揮する五分刈りに対し、それが色白でも色黒でも小太りでも痩せぎすでも曇天でも豪雨でも美しく爽やかに趣豊かに見せてくれるちょんまげというヘアスタイルは、やはりすばらしいといわざるをえますまい。そんなんが見渡せばいくらでも歩いてた時代とかほんと天国よ。加えて文金高島田。桃割。そして僧侶や藪医者の青い頭皮。頭皮! 頭皮よ! 主よ人の喜びよ!! フランシスコ・ザビエルの髪型や、インドあたりの「子供の頭を不用意に撫でてはならぬ」というルールに見られるように、しばしば頭には髪もとい神が宿るとされますね。だというのにまったく江戸時代ってやつは頭皮がもろ。あられもない。すばらしい。さすが神の國と云うだけのことはある。主は頭皮にいまし、すべて世はこともなし。
それにしても散髪脱刀令は別に強制するものではなかったのにどうしてみんなそんなにこぞってザンギリ頭にしてしまったの? まさしく月の代わりとなるほどに美しいあの月代たちはどこに隠れてしまったの? そしてなぜザンギリのブームが去ってなおちょんまげは蘇らなかったの? みんなちょんまげのことを忘れてしまったの? 洋装に髷が似合わないなら和服を着ればいいじゃない。私は産まれてこのかた一秒たやさず文明の恩恵に浴している身ですからあまり文明開化や人類の進歩と調和を呪うようなことを言うべきではないのですが、あの清々しく溌剌とした小粋な愛しのちょんまげたちが時代の犠牲になり消えてゆくところに我が身を立ち会わせずに済んだことはほんとうによかった! よかったとしか言いようがありません。もし立ち会っていたとしら辞世の句をば詠んだうえで腹を切らずにおれません。いやむしろ滅びていくちょんまげを憂えて自殺した結果の輪廻として今ここに生きているの? やめて! どこを見てもちょんまげのない世界でどうして生きねばならないのか
しかしあのボーイもあのガールも何代か遡れば、(日本人である限り)ほぼ十割の確率でちょんまげの子孫なので、そう考えればまあなんとかなるかなあ。
でも時代劇とかあんまり見ません。だってあれどうせカツラでしょ!! 誰が偽りの頭皮に満足などしようというのか。いや頭皮が偽りであることは問題のありかにあらず。問題はちょんまげが偽りであるところにある。俳優たるもの役作りに月代くらい剃りなさいよ!
それとも実は剃ってるの? ほんとにさっぱり見ていないので分かりません。