ジークフリート伝説にはまってます。
まず名前がかっこいい! シグルズ、ジグルト、ジーフリト、ジークフリートと北欧から中世英雄叙事詩を流れてワーグナーにまでやってきてポピュラー化したその音が実に良い。アルファベットならSiegfried。ザイフリートと読むのもまたいとおかし。硬く鉄がちになりてわろし。あーくだらねー 自分で言ってといて難だけどくだらねー
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ジークフリートは、古くは北欧神話、新しくは(?)ワーグナーの『ニーベルングの指環』に登場する英雄です。かいつまんで説明しようにも長すぎる+はしょれる部分があんまりないのですが、それでもかいつまんでみますと、倒した龍の血を浴びて皮膚が鋼鉄のようになったはいいけど、背中に菩提樹の葉が一枚くっついていた(もしくは全身に血を塗ろうとしたが身体が固くて背中に手が届かなかったという説もある)ためそこだけ硬化せず、最後は味方の裏切りによってその背中の中央を貫かれて死ぬという運命をたどる人です。悲劇の英雄なので最後は確実に死に、そこからは妻もしくは愛した女の復讐劇が始まったりします。ワーグナーのジークフリート悲劇にせよ、北欧叙事詩のヴォルスンガ・サガにせよ、ついでにあんまり関係ないけどアーサー王伝説のモルガンにせよ、とにかく女が怖いのです。
いっちょうジークフリートの悲劇にて関わった女たちを列挙してみようじゃないの
・ラインの乙女
→すべての愛を棄てなければ手に入れられないラインの黄金を
ミーメなんかに奪えるわけがないと見くびった結果とられた
・ジークリンデ
→フンディングと結婚していたのに実兄と近親相姦不倫に走った
・ブリュンヒルデ
→ジークフリートと愛し合った(ここまではよし)
・グートルーネ
→ジークフリートに忘れ薬を飲ませ、自分に惚れさせた
・ブリュンヒルデ2
→好きな男が忘れ薬で自分を忘れてしまったあげく
別の女を愛し、あまつさえ結婚しており、
そのうえその女に人前で恥をかかされたため、
夫に頼んでジークフリートを暗殺させる
・グートルーネ2
→寝ていたら血まみれの夫の死体をベッドへ放り込まれる
(作品によっては膝枕していた夫をいきなり殺され、
加えて「ぼっちゃまも殺されました」と宣告される)
・グートルーネ3(ラウパッハ版のみ)
→夫の死からブリュンヒルデへの復讐鬼と化し、
異教徒の王と結婚して自分の一族郎党を襲わせ、
悪口でブリュンヒルデを辱めて息子もろとも自殺させ、
最終的には夫を殺し、夫の一族により自身も死ぬ
・ブリュンヒルデ3
→ジークフリートの遺体と共に焼身自殺
・ラインの乙女2
→ジークフリート暗殺者を水に引き込んで殺害する
まあすごい。あらすごい。おもにグートルーネ3がすごい。
しかもラウパッハ版での彼女はジークフリートに忘れ薬を飲ませたりしない。つまりもともと清らかで邪心なき乙女だった彼女が復讐の鬼と化すのである。ラウパッハ版よりもっとすごいところでは、ブルグント伝説で未亡人となったグートルーネ(グリームヒルト)がフン族の夫への復讐のため息子ふたり(※それなりに成長している)を殺してそれを調理して夫に食わせ、「あなたが召し上がったのは息子たちの心臓です。あなたはもう二度と彼らに会えません!」と言って自殺する展開がありましたが、これは基本的に兄弟のための復讐なので、ジークフリートはそれほど関係ありません。しかしクリームヒルトという人物の秘めた恐ろしい炎を表しているようで興味深いです。
神々の娘さんにしては基本的に暗殺や自殺など間接的で現実的な方法に頼っていたブリュンヒルデも、初夜には国王にして夫であるグンテルをその生まれ持った怪力でもって縛り上げてぶら下げた状態のまま熟睡したり、グンテルに頼まれたジークフリートと壮絶なフルコンタクトのスパーリングをかます(そして処女を奪われて怪力を失う)など、はた目には面白いが本人にしてみれば死にもの狂いに違いないことをしていて、とはいえやっぱりはた目には面白いんですわこれが。悪口だけで息子ごと入水自殺しちゃうあたり上品をきわめていらしていいですね。息子かわいそうだけど。
ジークフリートが忘れ薬に翻弄されて覚えもないのに恨まれ嘆かれ、最期は為すすべもなく後ろから刺されて死んでゆく悲劇の若者であるのに対し、クリームヒルトとブリュンヒルデは共に素晴らしい獰猛さと清々しい恐ろしさを兼ね備えております。ふたりともたいてい最後は自殺ですが、どちらがより素晴らしい復讐をし、どちらがより素晴らしい自殺を遂げるかと、そんな競い合いをしているように感じるほど各作品で双方良い出番を見せつけてくるので、たいへん興味深いです。ジークフリートを中央にして見事な対照をなしています。
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なお蛇足ながらアーサー王伝説の妖姫モルガンは、自分と彼女が実の姉弟と知らないアーサーにカマかけて散々交わったあげく、禁断の子モルドレッドを産み落としてアーサーの国キャメロットを滅ぼさせようとしたり、「このローブの暖かさに姉の気持ちを感じてほしいとのことでございます」という言伝を添えて、着れば焼け死ぬ呪いのローブをアーサーへ贈りつけるなどする恐ろしさです。しかしこれらはシトー派の修道士による改竄で、ラストでアーサー王がアヴァロン(あの世?)で休息するときには彼をやさしく介抱し、傷を治してくれる本来の聖女モルガン像が見て取れます。が、ここでシトー派うんぬんを知らずに読むと何が何だかわかりません。精神分裂したんじゃないかと思うほどです。手塚治虫のブッダでビドーダバ王子が母に対して見せた極限的なツンデレを思い起こさせます。みんな読もうねブッダ