女郎花 おみなめし

こんばんは。
みずの です。
暑い日が続きますね。
湿度が高く、じっとりとした空気です。
さて、今月1日に、私は所属しているサークル、観世流能楽研究会の発表会に参加してきました。
「五校会」という、他大学さん(東大さん、法政さん、一橋さん、早稲田さん)との合同発表会で、毎年、7月の初旬に行われています。今年度も例にもれず、無事、五校会は開催されました。
私達、日本女子大学観世流能楽研究会からは仕舞で、「鶴亀」、「桜川 網之段」、「小鍛冶 キリ」、「女郎花」の4曲を出させていただきました。
「鶴亀」は長寿を願い、永い繁栄を願い謡う皇帝の舞。
「桜川 網之段」は、さらわれてしまった我が子を探し求める母親の物語。
「小鍛冶 キリ」は小狐が剣を奉納する場面。軽快に跳び跳ねる狐のような動きが印象的です。
「女郎花」は頼風夫婦の悲恋の物語です。
…この「女郎花」関して思ったことがありましたので、ひとつお付きあい下さい。
演目名にもなっています「女郎花」は植物の名前です。
「女郎花」のあらすじをざっくりまとめると、女は頼風と契りを結びますが、その心を疑い、失意のうちに自ら命を絶ってしまいます。
頼風も後を追い、入水してしまうのでした。そして二人は女塚、男塚に祭られます。能はこの二人を僧が弔うお話になるかと思います。仕舞では丁度、頼風があとを追った経緯や悪鬼に身を責められている事情が話され、僧に弔ってくれるようにお願いしている場面であるように思います。
ここで、謡の中には「その念力乃、道もさかしき剱の山乃。上に恋しき人は見えたり嬉しやとて。行き登れば。剱は身を通し…」とあります。この「剣山を登る」という部分が、地獄の浮気をした男に対する刑罰と重なっていて、頼風浮気してないのではないか?と疑問に感じたりしました。(地獄草紙か何か地獄に関する絵巻などを見ると、丸太のようなものから鋭いものが飛び出していて、その上に美女が現れている様子が描かれている。そしてその下から生前女性関係に問題があったと思われる男が頑張って登るが、登りきると今いつのまにか、今度は美女が下で待ってる…みたいなものを見た気がします。見てるだけでも痛たたたってなります。)
それから、気になったのは、「頼風」(よりかぜ)という名前。女の亡骸を弔った塚からは、その後、女郎花が咲き、頼風が近づくと、咲けるように倒れたというお話があるそうです。女を供養した塚から花が生える話は、虞美人(虞美人草)の話とも重なりますね。
そのままなのですが、「頼風」とは、花をそよがせる風を象徴しているのではないかと思うのです。花が風になびく、その様子が物語として拡張したのではないだろうかとも考えてしまいます。(例のごとく、未調査ですみません…。)
『朝顔の露』でしたか、何だか作品名がうろ覚えで申し訳ないのですが、擬人化とまではいかなくとも、その物語も朝顔と露を象徴とした男女のストーリーでした。このようにいくつかの作品を見ていくと、似たように、情景から文学作品(または謡曲)が生まれてきているのではと考えさせるものがいくつかあり、ここ最近で連続でそういった作品の存在を知ったので面白いなあと思いました。うーん…ここは風流といった方がよろしいのでしょうか…。
今回の五校会は派手めな演目も多く、華やかな舞台になったと思います。
こういった機会に色々な演目を、鑑賞していくのは素晴らしいことだと思います。
「五校会」は毎年、杉並能楽堂で行われていて、入場料も無料ですので、もし気が向きましたら、いらっしゃってみて下さい。「能」の世界や、今回日記に書かせていただいたように、文学と繋げて考えていくこともできるかもしれません。
それでは、本日はこのあたりで失礼します。
では…
みずの