「力と形」その目的とねらい 安全で美しい住宅を求めて 石川孝重
「力と形」授業の特徴
 住宅の設計者あるいは専門家をめざして学ぶ人にとって、美的感覚をもつことと並んで大切なことは、構造に関するセンスを養うことである。なぜなら、住宅はそこに住まう生活を守る器でもあるからである。
デザイナーは、建物に働く「力」を理解し、安全を守りながら、住みやすく美しい「形(フォルム)」をつくることが求められる。

 この授業は、こうした「力」と「形」を初学者が体感的に理解するよう計画された授業である。
実際にデザインする上で不可欠なのは、数式や数値による構造の知識だけでなく、素養としての構造に対する感覚である。
特に構造力学や構造学のような理論的な学問は、数式展開ばかりでイメージしにくく、むずかしく感じられることがある。
このような方法で構造の理論を学ぶ前に、各自が力のイメージをもち、それをビジュアルに見ることで学ぶ気持ちを高めることが目的である。
いわゆる動機付け教育である。授業の中で各自が設定されたテーマに対して発想したり、実際に手を動かしてものをつくり、その結果を実験で確かめる作業を繰り返しながら学べるように工夫した。

 テーマは各回ごとに設定されるが、全体的には、まず力と形に関する人間の工夫の歴史をたどり、次に建物に働く力の種類を学ぶ。その上で、1つ1つの力がどのようなものであり、力が作用することで形にどのような変化が起こるのか、どうしたら強くて丈夫な構造システム(形)になるかを理解していくようなプログラムとしている。
最初は簡単なテーブル実験だが、回が進むにしたがって、計算を要することや実験精度が求められることもある。
学生が個々に行うには精度が難しいものについては教卓上でデモンストレーションをする場合もあるが、この際には実験の状況をCCDカメラで中継し、細部まで映像化して学生に示すなど、学生がビジュアルに理解できるような仕掛けも有効である。
各回の授業は2コマ続きで行い、実験・実習とまとめをじっくりと行う。
これらの体験が、学生にとって机上の実験で終わらないよう、各回の授業テーマの構造や成り立ちを実現した建物の実例を、マルチメディアを用いてビジュアルな教材として見せ、実際の建物への応用がどのようになされているかについても理解できるよう組み立てている。

マルチメディアの活用
 この授業は体験型授業であることから、マルチメディアを駆使して、学生がビジュアルに理解できるように構成している。実際に使用している機器は、次のようなものである。
・スライド 主に美しい建物を見せたり、地震被害を見せる
・書画カメラ 本や絵はがきなどを見せる
・ビデオ 建物ができあがるまでのプロセスなどを見せる
・CCDカメラ 実況中継・部分拡大用
・パソコン 写真やグラフなどを見せる
・プロジェクター パソコン・ビジュアルプレゼンター投影用
・OHP 図表や実験結果を記入する
・スクリーン・モニタ
こうしたマルチメディアを使うことで、次のような効果が期待できる。
(1)情報の個別化−個への働きかけ
(2)即時的な刺激(教材)の切り替え
(3)場の共有化−対話・双方向性
(1)情報の個別化−個への働きかけ
 学生が興味をもち、授業に積極的に参加するためには、リアルなライブ感覚が必要になる。教師から学生集団への語りでなく、教師が学生個人個人に話しかけるような臨場感が大切である。そのためには、教材を多人数で見ているという感覚でなく、一人一人が見ている感じを作り出すことが重要になる。教室の前席と同じように、後ろからでも十分に見えるような仕掛けとして、大型スクリーンは有効である。たとえば、全員の前でデモンストレーション実験などを行う時に、教室の後ろの方にいる学生には見えないような小さいものの場合、CCDカメラなどで拡大し、多くの人に実験結果を見やすくすることが可能になる。
(2)即時的な刺激(教材)の切り替え
 講義テーマとリンクしたビジュアルな教材を並行して見せ、刺激を与えることが必要である。テーマに沿ったビジュアルな教材とは、実際の美しい建物のスライドや写真のこともあれば、一連のストーリーをもったビデオのこともある。たとえば「力と形」の授業では、机の上でできる簡単な実習をしながら、同時に実際の建物への応用がどのようになされているかをスライドやビデオで理解するといった即時的な切り替え手法を多用している。
(3)場の共有化−対話・双方向性
 授業内における教員と学生個々との双方向のやりとりは理想的である。つまりこれまでは教員からの情報発信が主だった授業内でお互いが対話することを助け、お互いが理解しながら実験や実習を進めることの一端を可能にする。具体的には、学生が理解しにくい点についてマルチメディアを使って、その場で絵や図を見せながら質問したり、補足説明することができる。学生との対話はこれまで授業内で十分に行うことは難しかったが、表現手段が多様化されることによって対話がスムーズになり、授業内容に対してより深い理解が得られることになる。  特に住居の構造のような理論的学問は難解でとっつきにくく、初学者はイメージできずにこれまでは後れをとることが多かった。上記のようなマルチメディアの活用により、楽しくまたイメージしやすい授業を組み込んで学生の抵抗感を少なくすることも、多様化した学生ニーズに応える体験型授業の効果のひとつである。  これまで述べてきたように、体験的視覚型の授業は導入教育(興味付け)としては適している。ただし、論理的蓄積としての効果はうすい。これについては古典的とも言える演習や思考の繰り返しがやはり効果的である。したがって、この授業では、実感できる実習と理論的な展開とを同時に進めることで、理論を理解する上で助けになるようなイメージを学生にもたせるとともに、対応する力学も並行して教えている。導入の平易さと詳細な理論の追究の両輪が教育効果をには欠くことが出来ないことを本授業の実践を通して学んだ。
授業テーマ
授業内容は、次のようである。
教科書
テーマ
ガイダンス 力と形とは・積み上げる
3
折板の制作
荷重とその挙動
1
とにかく作ってみよう試してみよう−下から支える
8・14
引張材・アーチ
7
トラス
座屈・モーメント
10
単純梁
11
交差梁
10
19
ラーメン
11
2
とにかく作ってみよう試してみよう−両端から支える
12
まとめ
教科書:構造入門教材 はじめてまなぶ ちからとかたち(日本建築学会)
構造入門教材 ちからとかたち(日本建築学会)    
各授業の概要
第1回
力と形の歴史的展開・積み上げる

 力と形を考える導入として、人々がどのようにして自然がもたらす風や地震、建物の自重といった外力に対して工夫して建物を建ててきたかを古代から現代までビジュアルにたどる。
美しい建物を生み出す前に、力に耐えるという工夫が必要であり、またその工夫が美しい形の一要素となっていくプロセスを見ていく。

 また「積み上げる」では、200個のミニレンガを積み上げて、どのくらい高くできるかというアイディアを2人1組で競う。
積み上げたレンガが崩れるという体験を繰り返すことで、建物を安全に保つための工夫が必要であることを感じさせる。
第2回
折板の制作


 1枚の紙はそのままではペラペラしてしまい、自立することもできない。
しかし、組合せを考えて折ることで自立した美しい形をなし、物を載せられるほど強くなる。

美しい折板を作りながら、力と形のバランスを考える。テキストの型紙にそって折板を作成した後は、自分のオリジナル作品を作ってみる。
第3回
荷重とその挙動
 人間の住まう建物には、どんな力がどのように働くのだろうか。

住宅建物の骨組を表した構造モデル(軸力変形を可視化できる)を使って、建物自体の自重、家具や人間などの積載物による荷重、地震や風、雪といった外力を再現する。
建物に作用する荷重は骨組モデルの変形として可視化され、動的な荷重に対する建物の挙動もみることができる。
これらの荷重・外力の存在を理解することで、建物に必要な性能として、これらの力に耐え安全な空間を保つことが重要であることを学ぶ。
第4回
とにかく作ってみよう試してみよう−下から支える
 この科目の目的の1つに、構造物の強度を理解することがある。
この回は、各自が自分のアイディアで地面に立つ形を考え、その強度を競うのがテーマである。

各自1枚の紙を与えられて、同じ高さでつくる時、どのような形がもっとも強いのか?
各自の発想を作品にする。
学生全員が持っている講義概要を重りにして作品の上に載せていき、どの位の重さまで耐えることができるのかを各自が実験してみる。
どのような形が強かったのか、どのようにして壊れたのかなどを観察することで、強度を高めるための条件や工夫を学ぶ。
第5回
引張材・アーチ
ここまでに理解してきた「力に耐える強い形」を生み出すために、物体に作用する力を1種類ずつに分けて理解し、それぞれの力による変形について学ぶ。

まず、輪ゴムに10円玉の重りをかけて変形をはかる実験を行う。
重りによる引張力が働くと輪ゴムはどのように変形するのか?
 力と変形の基本的な法則であるフックの法則を体験的に学習する。

続いて、引張力と逆方向に作用する圧縮力を利用したアーチを、3つの円筒を組み立てて作ってみる。
アーチの力の流れを考えながら、力の状態を模式的に表す示力図を学び、建物が安全を保つために不可欠な条件である力のつりあいについて理解する。
第6回
トラス
 前回の授業で学んだ引張力と圧縮力を効果的に利用した骨組として、トラスについて学ぶ。

圧縮力と引張力を部材の縮みと伸びとして可視化した模型を使って、各自がトラスを組み立てる。
このトラスに力をかけ、それが各部材にどのように伝わるのかを実験によって確かめ、トラスの力学的な仕組みを理解する。
その上で、グループごとに自由なトラス構造物を組み立て、美しく、かつ安定したかたちにするための工夫を競う。
第7回
座屈・モーメント
 これまでの授業でもたびたびキーワードとして登場した座屈は、建物の安全を保つ上でどうしても避けなければならない現象である。

棒のような細長い材に圧縮力をかけていったときに、急に不安定になり、大きくたわんでしまう座屈という現象をデモンストレーション実験でビジュアルに見せる。
材料の条件や両端の支持条件を変えたいくつかの実験を通して、座屈が起こる条件を体験的に学び、理論的な裏付けを知る。
 また、引張力・圧縮力以外の種類として、曲げの力であるモーメントを学ぶ。
力×距離で表されるモーメントの原理を、さおばかりによる力のつりあいを利用した実験を通して理解する。
第8回
単純梁
 前回の授業で学んだ曲げの力が働いたときの変形は目に見えるほど大きい。

ひのきの角材を梁のように横たえ、真ん中に重りをかけた時の力と変形の関係をグループ実験で確かめる。
実験では、重りでかけた外力と支点で材を支える反力との関係もみることができる。
重りをかける位置や材料も変化させてみる。実験結果に基づいて材料の曲がりにくさの係数(断面2次モーメント)などを算出し、理論的な裏付けを定量的に理解する。
第9回
交差梁
 前回の授業で用いたひのき材を交差させて、交差梁を組み立てる。
その交差点に重りをかけて外力をかけ、力がどのように梁に分担されるのかを実験する。
梁の断面積の違い、交差する位置の違いなどによるいくつかの条件で実験を行い、外力と反力との関係を定量的に理解する。
また、4つの支点をもつ構造物による実験を通して、実際のほとんどの建物に用いられる構造である不静定構造物の成り立ちをイメージする。
第10回
ラーメン
柱と梁からなる門型骨組であるラーメンは、実際の建物に数多く使われる構造である。
このラーメンに水平方向の荷重が作用したときの力と変形の関係について学ぶ。

変形可能な材料を使ってラーメンの模型を作成し、重りを増やしながら、変形を定量的に計測する。
さらに、力に耐える要素として実際に用いられている筋違いや壁の配置による変形の違いを実験し、その効果を実感する。
第11回
とにかく作ってみよう試してみよう−両端から支える
 この授業の集大成として、各自が「両端から支える」作品を自由に作成し、強さを競う。

各自、工作用紙1枚と木工用ボンドだけを使うという条件で発想し、両端を支えた作品の真ん中に力をかけたときに、どのくらいの力に耐えられるかを実験する。
これまでの授業で学んだ座屈、曲がりにくさ、変形など、様々な知識を総括し、最も強い形を考える。

実験しながら、強い作品、弱い作品、様々な壊れ方を観察し、より強い形をつくる工夫を体感する。
第12回
まとめ
 授業全体のまとめとして、住宅などの建物の実例スライドなどを交えてこれまでの授業の流れを1つのストーリーとしてトレースする。

 生命と財産を守るという建物の使命を果たすために、どうしたら強くて変形しにくい構造ができるのか、またそれはどのような形になるのか、体感しながらイメージをつかむことが重要である。

後に続く「構造力学」の科目では、「力と形」で動機づけられた興味を持って、これまでに得られた、あるいは新しい知識の論理的な展開を詳細に学ぶことになる。



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