研究内容

陸上植物の祖先段階での進化へのアプローチ

 古くから、種子・シダ・コケ植物などの陸上植物は、比較的体制の単純な淡水性のシャジクモ藻類(ストレプト藻類)より進化したと考えられており、その中でも、やや分化した多細胞体制をもつシャジクモ藻綱が陸上植物と姉妹群を形成すると信じられていました(Karol et al. 2001, Science 294: 2351)。しかし、近年の大規模遺伝子情報を用いた分子系統解析の結果から、ヒメミカヅキモを含むホシミドロ藻綱が陸上植物に最も近縁であることが、強く支持されるようになりました(Wodniok et al. 2011, Wickett et al. 2014)。ホシミドロ藻綱は、ヒメミカヅキモのように単細胞性のものからアオミドロのように糸状による多細胞体制を持つ物までを含む多様な分類群であり、単細胞のものは、多細胞体制を持つ種から二次的に多細胞体制と細胞分化能力を喪失して進化してきたと考えられます(図1)。ヒメミカヅキモの概要ゲノム配列に加えて、糸状性ホシミドロ藻綱アオミドロについても、現在共同研究によるゲノム解読に成功しており、両研究を統合して解析することで、陸上植物の祖先での多細胞体制進化が、どのようなゲノム進化によって引き起こされたのかが特定されると期待されます。


1.転写因子に注目した研究

 ストレプト藻類のゲノム解読情報を見る限り、転写因子遺伝子群の種類と数が、狭義の緑藻類に比べてストレプト藻類段階で劇的に増加したことは明らかです。しかしながら、どのように転写因子による制御機構が変貌し、陸上進出への足がかりとなったか。そのメカニズムに踏み込んだ研究は、これまで全く行われてきませんでした。本研究では、ホシミドロ藻綱における多細胞体制の維持と細胞分化に関わる転写因子群の特定を行うことを通して、陸上植物へと進化する上で重要な役割を示した転写因子に迫ることを目指しています。より具体的には、① 原始的な多細胞体制をもつアオミドロと単細胞シャジクモ藻類ヒメミカヅキモのゲノム情報を比較・精査し、②アオミドロおよび陸上植物には存在し、ヒメミカヅキモなどの単細胞藻類ではその機能、構造が部分的または完全に失われている転写因子遺伝子群を抽出する。③ヒメミカヅキモにおいて発現を復活させ、単細胞体制および細胞質分裂に対する影響を検証するとともに、④アオミドロにおいて、形質転換技術を開発し、当該遺伝子の破壊が多細胞体制と細胞分化にどのような影響を示すかを検証することを目指します。


2.受容体型キナーゼとペプチドリガンドに注目した研究

 多細胞体制を持つ動物においては、多くのホルモン、増殖因子を始めとした生理活性物質を利用して、絶えず器官、組織、細胞間で情報交換を行っています。植物においても非常に多様なペプチドホルモンを介した細胞間、組織間、器官間の情報交換により、発生、分化、環境適応がなされていることが広く知られるようになりました。これまでに解析されたペプチドホルモンは、すべて細胞外ドメインをもつ受容体型キナーゼ(RLK)により受容され、細胞内へとその情報が伝達されます。

 シロイヌナズナでは443遺伝子(40サブファミリー)が、ヒメツリガネゴケでは136遺伝子(39サブファミリー)が、RLKをコードしています (Lehti-Shiu et al. 2009)。多くのRLKは、まだリガンドが不明であるものの、陸上植物の祖先系統において獲得されたいずれかのリガンド・RLKペアによる情報伝達系が、多細胞体制の維持および細胞分化に対して重要な役割を果たして、植物の陸上進出の原動力となったことが示唆されます。我々は、ヒメミカヅキモのゲノム解読を進め、ゲノム中の292遺伝子(21サブファミリー)がRLKをコードすることを見出しました。原始的な緑藻クラミドモナスやオストレオコッカスのゲノムには、RLK遺伝子は含まれていないことから、シャジクモ藻類段階でRLKファミリーの劇的な進化および多様化が生じ、その後の植物の発生過程に重要な役割を果たしてきたことが示唆されます。そこで、2種のアオミドロおよびヒメミカヅキモを用いて、細胞分化、細胞増殖に関わるリガンド・RLKペアの特定を行うことを通して、陸上植物へと進化する上で重要な役割を示した細胞間コミュニケーションの実体に迫ることを目指しています。


3.植物ホルモンの原始的な生理作用と情報伝達

 オーキシンは、頂芽優性制御、根の分化、細胞伸長など、陸上植物の分化・成長の多くの局面に関与する重要な植物ホルモンの一つであり、陸上植物のすべての系統群において、広く機能しています。主要な天然オーキシンはインドール酢酸 (IAA)です。IAAが、ユビキチン複合体構成分子であるTIR1/AFB受容体へと結合し、転写抑制因子であるAux/IAAをユビキチン化して、プロテアソームによる分解に導き、フリーとなったAuxin response factor (ARF)が二量体化して、auxin responsive elements (AuxRE)配列をもつ標的遺伝子の転写活性化または転写抑制を誘発し、その遺伝子を発現調節することが、陸上植物全体での基本的なIAA情報伝達システムとされています。またIAAは主に、tryptophane aminotransferase (TAA)およびflavin-containing monooxygenase (YUCCA)2つの酵素が、基質であるトリプトファンに順次作用することにより生合成されることも、陸上植物全体で保存されています。さらに輸送担体であるPINタンパク質を介して、IAAは細胞外および近傍の細胞に方向性を持って輸送(極性輸送)されており、その結果生じた濃度勾配により、光や重力に対する屈性が生じます。では、IAAはいつ、どのようにして植物ホルモンとして使われるようになったのでしょうか。


 本研究では、ヒメミカヅキモの形質転換・ゲノム編集技術を活用し、IAA輸送や生合成に関連する遺伝子破壊株、過剰発現株の、①ホルモノーム解析、②表現型解析を通して、IAAが生理活性物質として機能しているのかをまず明らかにします。さらに③IAAに関わる転写調節因子ホモログ破壊株の作出と評価を行い、TIR1IAA受容体がない藻類において、これらの転写調節因子がどのような遺伝子の転写調節に関わるのかを明らかにすることを目指します。