第8回 生活安全保障セミナー
ガン発生の仕組みとその治療
4月23日(土)13時30分、16時30分 80年館851教室

がんは生物の正常な働きに深く根ざした病気です。
その解明のためには広い生物学の研究が必要です。
このセミナーでは、どのようにしてがんが発生するのかを基にして、その予防、診断そして治療の問題をわかりやすくお示しします。
1.細胞の増殖制御とがん化
  日本女子大学 理学部 教授 松影 昭夫
 全てのがんに共通するのは、遺伝子の突然変異によってもたらされる無制限な細胞増殖が原因であるという特性である。
細胞がん化の基本的な理解を得るために、細胞増殖の制御機構に関する研究は不可欠である。
ヒトゲノムでがんに関係する遺伝子を検索した結果についてのべた論文によると、約30のがん抑制遺伝子と約100の原がん遺伝子がすでに同定されている。
その多くは、細胞を増殖に導く情報(増殖シグナル)の伝達経路に位置づけられる酵素や制御たんぱく質因子、細胞周期に関わる因子、そして転写制御因子をコードしているものが多い。
我々は、細胞増殖に関わる遺伝子の転写制御の全体像を知ることを目的として研究を行い、多くの増殖関連遺伝子を標的としている転写因子DREF(DNA replication-related element binding factor)を発見した。
ショウジョウバエゲノムのスクリーニングによって多数の遺伝子がこの因子による調節を受けており、その多くが細胞増殖に関わっていることが示唆された。
増殖シグナルから複製にいたる道筋の異常が、同時に多くの増殖関連遺伝子の恒常的な発現につながることが細胞がん化の主たる要因であろう。
細胞増殖に駆り立てる調節機構の全体像の解明は、今後の研究を待たねばならないこともあるが、その進展が新しいがんの診断や治療法につながる新たな手がかりを与えることにもなると期待される。

参考文献:松影昭夫:DNA複製と細胞がん化の二つの関係 ゲノムの複製と分配(松影昭夫、正井久雄編)(スプリンガー・フェアラーク東京)pp.213-218, 2002.
2.植物の腫瘍
日本女子大学 理学部 教授 庄野 邦彦
 植物の瘤や奇形は、昆虫の産卵による虫瘤やネコブ線虫による根コブであるが、その他にもカビやキノコの仲間である菌類、細菌、マイコプラズマ、ウイルスなどによるものもある。
X線照射、切断、植物ホルモンなどの化学物質の塗布などの非生物的要因や2種の植物の交雑による遺伝的要因によって、瘤や奇形を人為的に誘導することもできる。
これらの瘤や奇形の中には原因を取り除いても増殖が継続するものが知られており、そのような瘤や奇形を植物腫瘍と呼んでいる。
これらの細胞は、正常な細胞が増殖するのに必要な植物ホルモンを外から投与する必要はなく、植物ホルモンフリーの培地上で増殖できる。
この性質も植物腫瘍の特徴の一つとされている。

 植物腫瘍であるクラウンゴールには、A.tumefaciens 菌株依存性のオパインと総称される物質が蓄積してくる。
この菌がもっている巨大プラスミドの一部DNA (T-DNA)が植物細胞に転移していることが明らかにされ,T-DNA上には植物ホルモンのオーキシンやサイトカイニンの生合成酵素の遺伝子、オパイン合成酵素の遺伝子などが存在する。
クラウンゴールの示す上記の生理学的性質は、T-DNAの転移という分子機構で説明される。
細胞増殖における、細胞周期の制御については、動物や酵母の細胞で詳しく解析されている。
植物細胞でもサイクリンとサイクリン依存性キナーゼによる調節という基本骨格は同じであるが、その制御に植物ホルモンが深く関わっている。
3.ウイルスによる発がん
  国立ガンセンター研究所ウイルス部 部長 清野 透
 これまでに6種類のウイルスが「がんウイルス」として認知されており、最近、JCウイルスと脳腫瘍との関連も報告されてきている。
ウイルスによる発がんにはウイルス遺伝子自身が「がん遺伝子」として機能するタイプと「hit and run」タイプのものに大別される。
本セミナーでは、このうち最も解析が進み、前者の代表ともいえるヒトパピローマウイルスによる子宮頸がんを中心に、ウイルス感染ががんを引き起こす機構を紹介したい。
95%以上の子宮頸がんからは一群のヒトパピローマウイルス(HPV)DNAが検出されることなどから、16型など一群のHPVは子宮頸がんの原因ウイルスであると考えられている。
また、HPV陽性の子宮頸がん細胞株ではウイルス遺伝子の内E6とE7のみが発現していることから、両遺伝子が発がんにおける責任遺伝子であると考えられている。
その作用メカニズムを明らかにしてきた.子宮頸部におけるHPV感染病巣はdysplasiaとして発見されるが、がんに進行するのはごく一部のみであると考えられている。
また、がん化に至る期間も数ヶ月から数十年にわたり、この理由について説明した。
また、これまでに解析された、正常子宮頸部上皮細胞の不死化からがん化までをin vitroで再現するモデルの構築を始めておりその進行状況も紹介した。
4.がんとウイルスの化学療法の戦略とその具体例
  帝京科学大学理工学部 教授 実吉 峯郎
◎ 細菌感染症化学療法との違いについて→原核生物と真核生物
標的としてのがんとはどういう病気で、その困難さはどこにあるのだろう?
→犯人を捕まえてみればわが子なり。
◎ ウイルス感染症と細菌感染症のちがい→ふところのまた、さらに中。
がんとウイルス感染症の困難さのちがい→ほとんど無数の見えない敵が、戦ううちに変幻自在
→鬼平と真の盗賊たち
◎ 化学療法の曙と栄光の日々→悪魔が次々にわが軍門に降る→しかし、本当に勝利したのか?
◎ 標的に教えられて進む合理的分子設計→セントラルドグマに沿って考える
→がんとウイルスとどちらが大変か?→すべての戦略は核酸化学から!
われわれは、なにをしてきたのか?
◎ ヌクレオシド系活性物質で立ち向かうがん
白血病はもはや死病ではないかもしれない→アラビノシルシトシン
(シタラビン)→やはり臨床的には万能ではなかった→
アラビノシルシトシンの限界をどう乗り越えたか?→スタラシドの完成
◎ ウイルス病に薬はない!→ワクチン万能信仰との戦い→ヘルペスウイルス
感染症→5-ヨードウリジン(イドクスウリジン)の登場からアラビノシル
アデニン(ビダラビン)をへてアシクログアノシン(アシクロビル)→
薬物の希釈まちがいか?→アラビノシル-5-ブロモビニルウラシル
(ソリブジン)→ ヘルペスはこれで済んだか?
HIV感染とエイズ→合目的的なその効果→逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤