物体の様子を記録するには、写真フィルムや、半導体撮像素子が用いられます。
これらの媒体を用いて撮影できる写真は、その写真をとった位置から見た物体の明るさに関する情報、つまり光の強度分布を記録しています(写真法)。
しかし、光は波であるため、強度だけでなく位相情報も持っています。写真は、位相情報が抜け落ちてしまっているのです。
1948年に、ハンガリーの物理学者ガボール(D.Gabor)は、写真法を用いて光の位相情報を記録する方法を考え出しました。
光をそのまま記録するのではなく、補助の光(参照光)を重ねて、2つの光によって生まれた干渉縞を記録するのです。
干渉縞には位相情報が含まれているので、強度と位相の両方を同時に記録できるのです。
ガボールはこの技術を「波面再生法」と名付け、この干渉縞が記録されたものを、ホログラム(ホロとはギリシア語で「すべての」、グラムは「記録」を意味します)と名づけました。
のちに、ホログラムの記録・再生する技術をフォトグラフィーからくる造語でホログラフィと呼ぶようになりました。
この技法が生まれた当初は、あまり関心を集めませんでした。
しかし、1960年代には特に技術の面で改良が加えられ、その応用性と実用性が大きく広まりました。
そして、1971 年にガボールはノーベル物理学賞を受賞したのです。
現在では、計測器や記録媒体など産業への応用だけでなく、アートとしても活用され、幅広い分野での活躍が期待されています。
先に述べたように、ホログラムは光の「干渉」という性質を利用しています。そのため、干渉性の良い光(コヒーレント光)を使う必要があり、
多くの場合レーザが使用されます。図2-1は、物体から反射した物体光と、参照光を記録材料面上で記録する様子を示しています。
物体光と参照光は、記録材料表面で、干渉縞を作り出します。この干渉縞を記録したものがホログラムです。
今、記録材料面における物体光の複素振幅分布を、
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とおきます。
は
の振幅分布、
は位相分布です。
また、参照光は、物体光に対してθ傾いて入射しているので、記録材料面上における参照光の複素振幅分布は、
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と表せます。
そして、物体光と参照光の干渉による記録材料面での強度分布は、次のようになります。
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(3)式の計算結果の第三項を見ると、物体光の位相情報が含まれていることがわかりますね。
この強度分布を、記録材料面に記録したときの振幅透過率分布は、
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のようになります。
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| 図2-1 物体光と参照光の干渉 |
図2-2のように、記録時の参照光と全く同じ光で、記録されたホログラムを照明します。
この、再生のときに用いる光は、再生用照明光と呼ばれます。再生用照明光がホログラムを通過した後の複素振幅分布は、
(2)式と(4)式の掛け合わせとなり、以下のように三種の波面を形成します。
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第一項は0次回折光で、再生用照明光が変調されずにそのまま直進することを示しており、
被写体の位相情報を失っています。第二項は+1次回折光で、振幅には一定の値
がかかっていますが、
(1)式に示した物体光そのものが再生されています。したがって、ホログラムを覗き込むと、
その位置に被写体が存在しているかのように再生像が見えます。また第三項は−1次回折光で、2θの方向に伝播します。
振幅は物体光と同じですが、位相は反転しています。このため、この回折像は共役像と呼ばれます。
以上のように、ホログラムでは、一般に記録参照光と再生照明光は全く同一でなければなりません。
しかし、今回私達が作成したデニシュクホログラムは、再生照明光にレーザではなく、白色光を用いた「白色再生」が可能です。
デニシュクホログラムの干渉縞は、記録材料面にほぼ平行な層状になっています。
そこに白色光を入射すると、各層からの反射光が干渉して、波長選択性が生まれ、ある特定の波長の光のみが反射されます。
そのため、単色の綺麗な像を観察することができるのです。
また、今回私たちは実験しませんでしたが、撮影を違う角度から複数行うと、一枚のホログラムで何個もの像を撮影することができます。これは多重ホログラムと呼ばれます。また、これを応用して、情報の記録媒体、ホログラフィックメモリとしての活用が期待されています。
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| 図2-2 物体光が観察できる原理 |
ホログラムの特徴として以下の3点が挙げられます。
四本の檻の奥に、トラが横たわっている様子を撮影したホログラムです。
図2-3aでは、トラの鼻は檻に隠れて、見ることができません。
ところが、図2-3bの様にホログラムを右から見ると、右から見た像が再生され、
トラの鼻が見えるのがわかると思います。実際に肉眼で被写体を見たときと、全く同じように像が観察できるのです。
実際に使用した被写体は図2-4です。写真では檻に隠された部分は絶対に見ることができません。しかし、ホログラムならば可能なのです!
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| 図2-3a 前から見たとき 図2-3b 右から見たとき |
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| 図2-4 実際のトラの被写体 |
写真の場合、枠の外に出てしまった部分は後から見ることはできません。
しかしホログラムでは、枠の外にはみ出すような大きさの物体を撮影しても、物体に光が当たり物体光が反射して干渉すれば、覗きこむことで見ることができるのです!
今回展示している中では、特に白くまのホログラムがこの特徴を活かしたものになります。図 2-5a は、白くまのホログラム撮影時の被写体と乾板の写真です。
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| 図2-5a 乾板と被写体の位置関係 図2-5b 実際のシロクマの被写体 |
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| 図2-6a 正面から見たとき 図2-6b 左から見たとき |
一方、アナグリフ画像は、二次元の映像や写真があくまでも立体に見えるだけであって、
実際に立体ではありません。
たとえば、3D 映画で、俳優さんが正面を向いているシーンがあるとします。
もし本当に立体なら、右の席の人には左向きの横顔、正面の席の人には正面の顔、というように、
視点を変えるごとに違うものが見えるはずです。
しかし、実際はそのようには見えず、どこの席から見ても同じように見えます。
つまり、運動視差が再現されていません。
焦点が合う位置と輻輳が合う位置の間に「ずれ」が生じているため脳が混乱し、疲労や違和感を
覚えてしまうのです。
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| 図2-7 アナグリフ方式による距離のずれ |