電子顕微鏡に関連する技術開発と網羅的解析 

科学の進歩は技術開発によってもたらされることが少なくありません。私たちの研究室では、顕微鏡の中でも特に電子顕微鏡に関連した技術開発や網羅的解析も進めており、「これまで見えなかったものを見せる」ことに挑戦しています。

広域電子顕微鏡画像の取得法

電子顕微鏡において広範囲画像の取得が可能になれば、植物全体を構造レベルから総合的に理解することができます。私たちは、外部PCから透過電子顕微鏡 (TEM) をプログラム制御することで、自動で数千枚もの電顕画像データを取得・結合するシステムを開発しました(理研,東大との共同研究)。今ではそれと同様のシステムが、最新型の透過電子顕微鏡 (TEM) や走査電子顕微鏡 (SEM) に搭載されるようになりました。

参考:豊岡ら (2014)

 

連続切片SEM法

オルガネラへの理解を深めるために、構造を三次元的に捉えることは重要なことです。連続切片SEM法は、超薄連続切片を走査電子顕微鏡 (SEM) で撮影し、コンピュータ上で三次元再構築する手法です。この手法自体は私たちが開発したものではありませんが、切片作製や構築法などを工夫・改良することで、より良好な結果が得られるようになりました。

参考:永田 (2021)

 

電子顕微鏡画像を用いた定量解析

オルガネラは漫然とサイトソルに浮かんでいるわけではありません。その局在は厳密に制御されており、オルガネラ同士は物質交換や情報伝達のために直に接触することもわかってきました。電子顕微鏡は、光学顕微鏡にはない高い解像力をもつと同時に、一度に全てのオルガネラを捉えることができます。これらの利点を活かし、種々の解析法を駆使することで、各オルガネラの細胞内分布やオルガネラ間相互作用を定量的に表現しながら研究を進めています。

参考:Akita et al. (2021)


シロイヌナズナ葉緑体突然変異体の網羅的な電子顕微鏡観察

私たちは、電子顕微鏡を用いた網羅的解析にも挑戦しています。葉緑体タンパク質をコードする核遺伝子にタグが挿入されたシロイヌナズナ葉緑体突然変異体のうち、葉の色が変化した100ライン以上についての葉緑体の網羅的電顕観察を行っています。葉緑体構造と遺伝子機能の関係を明らかにすることを目指しています。

参考:明賀と永田 (2017)

 

トウガラシ属植物果実の色素体の網羅的な電子顕微鏡観察

トウガラシ属植物の果実は品種・系統ごとに多様な色を示します。果実の赤色やオレンジ色は、色素体の中のカロテノイドによるものです。私たちは、様々な色を呈するトウガラシ果実の色素体構造を網羅的に電子顕微鏡で観察しています。色素と構造の関係を明らかにすることを目指しています。

特異な形態・構造を有する色素体とミトコンドリアの解析

オルガネラがリン脂質二重層のみでできているなら球型になるはずですが、大部分のオルガネラはその機能発現に適した独特の形態を保っています。私たちは、広域SEM法や連続切片SEM法を駆使することで、特異な形態・構造を有する色素体やミトコンドリアを見出しました。これらの形の理由に迫るべく、研究を進めています。

黄化芽生えの子葉にみられる巨大ミトコンドリアの発見

暗所で発芽・生育させた黄化芽生えの子葉に、巨大なミトコンドリアが存在することを発見しました。そのミトコンドリアは、クリステを欠く薄いシート状の構造や、壺状の構造を持ちます。これらの構造は、これまでに知られていないユニークなものでした。


参考:Fukushima et al.(2021)

 

色素体の巨大内部空洞の解析

黄化芽生えの子葉には、巨大な内部空洞をもつ色素体が存在することも発見しました。この構造も、これまでにほとんど知られていないものでしたが、私たちの長年の電子顕微鏡観察のデータから、植物の様々な組織・細胞で一過的に見られる構造であることもわかってきました。色素体の分化が劇的に進む際に生じる構造ではないかと考えています。

花粉形成過程を通じて現れる様々なオルガネラの分化

花粉や胚珠のような生殖に関わる細胞群では、様々な細胞が微小領域に隣り合わせで混在し、時々刻々と細胞内構造が変化します。私たちは、これらの劇的なオルガネラ分化を捉えようとしています。

高等植物の細胞質遺伝の解析

「ミトコンドリアと葉緑体は母性遺伝する」というのは、微生物から我々ヒトに至るまでの、生物界の普遍的原則です。高等植物では、雄性配偶子の中にミトコンドリアが入ってしまったものは吐き出し、残ってしまったものは分解酵素で壊してしまうなど、何重にもバリアを設けてオスのDNAを排除します。このような細胞質遺伝の多様さと複雑さを明らかにしたいと思っています。

参考:Nagata (2010),永田 (2011)

 

葯タペータム内の特異な脂質系オルガネラの解析

葯最内層に位置するタペータム細胞は、花粉のカロース壁の分解、エキシンの形成、ポーレンコートの形成など、花粉形成において多岐にわたる機能を果たします。私たちは、ステロール・ワックス・スポロポレニンなどの脂質生合成関連遺伝子の変異体を用いて電子顕微鏡解析を進めた結果、ミクロレベルでの脂質機能が明らかになりました。


参考:鈴木と永田(2009), Kobayashi et al. (2018, 2019, 2021)

 

花粉内のマイクロリポファジーの発見

花粉内形成過程を通じて、花粉内では特有のオルガネラが一過的に出現しては消えていきます。シロイヌナズナ花粉におけるリピッドボディと液胞の相互作用を連続切片SEM法を用いて解析したところ、新規のマイクロリポファジーが生じていることを発見しました。

参考:Akita et al. (2021)

斑入り変異体を利用した色素体分化メカニズムの解明

斑入り植物は、色素体分化の研究をする上で興味深い材料です。同じ組織・器官・細胞の中で、どうして緑色色素体と白色色素体に分かれるのかという根本的な謎を明らかにすることを目指しています。

同じ細胞内に正常色素体と異常色素体が混在する変異体の解析

幾つかのシロイヌナズナ斑入り突然変異体の電子顕微鏡観察を行っていたところ、1つの細胞内に正常葉緑体と異常色素体が混在している突然変異体を発見しました。いつ異常色素体が生じ、それがどのように分布していくのかを突き止めようとしています。

 

子葉と本葉で異なる葉緑体分化経路の解析

シロイヌナズナ種子内には既に子葉が形成されており、発芽後に子葉の原色素体から葉緑体が分化します。一方本葉では、茎頂分裂組織の原色素体から葉緑体が分化します。私たちは、子葉と本葉の色が大きく異なるシロイヌナズナ突然変異体を用いて、子葉と本葉とで異なる葉緑体分化の違いを明らかにしようとしています。

細胞内共生の不思議

嚢舌目ウミウシの中には、海藻から葉緑体だけを自分の細胞内にとりこんで光合成をさせる「盗葉緑体」をする種がいます。もともと葉緑体は細胞内共生によって誕生したと言われていますから、この盗葉緑体はさしずめ現代版の細胞内共生といったところでしょうか。

ウミウシの盗葉緑体メカニズムの解析

嚢舌目ウミウシのうちどれくらいの種が盗葉緑体をしているのか、どのようなしくみで葉緑体だけを取り込むのかなどの謎に、超微構造学敵に迫りたいと思っています。