「草津温泉水の分析」
私の専門は分析化学です。高校生の化学で分析化学という言葉は出てきませんが、教科書で習う中和滴定や酸化還元滴定は、分析化学に分類されるものであり、大学では容量分析と呼ばれます。また、試料に含まれる金属元素を炎色反応で検出したり、目的の物質を化学反応で明らかにすることを定性分析と言います。現在広く使われている分析法には、特定の試薬との反応で着色する物質が生成されることで特異的な検出を行い、その色素の濃さから定量を行うという、定性と定量が同時に達成できるものがたくさんあります。2年生の後期に開講されている無機・分析化学実験では、鉄(II)イオンが1,10-フェナントロリンと結合して、赤色に変化することを利用して、草津温泉水に含まれる微量の鉄の定量を行っています。これは定性と定量が同時にできる分析法になります。授業では温泉地には行かずに、購入した草津温泉水の分析をしています。私は日本を代表する温泉地の一つであるこの草津温泉に行ったことがありませんでした。そこで、休日に現地で温泉成分の分析をすることを思いつきました。
実験室では、紫外可視吸光光度計という機器を用いて分析をしますが、温泉地で分析するために、定量試薬をポリエチレンのチューブに封入したパックテストというものを利用しました。使い方は簡単で、チューブに温泉水を入れ、色の濃さを色見本と比較します。鉄のイオン以外にも硫化水素のパックテストと、pH試験紙も持っていきました。
さて、草津温泉に到着しました。有名な湯畑では、湯煙の中に、温泉水中の硫化水素が酸化して硫黄になり薄黄緑の沈殿となっているところを見ることができました。また、温泉水の中に硬貨が投げ込まれているところがあったのですが、5円玉や10円玉が黒く変色している様子が見られました。これらの硬貨には銅が含まれているので、硫化銅(II)の黒色沈殿が生じた結果だと思います。
いよいよ温泉成分の分析開始です。草津温泉には新型コロナウイルスの感染を防ぐための手洗い場「手洗乃湯」があります。これは蛇口から温泉水がでてくるものです。湯畑に設置された「手洗乃湯」の温泉水をpH試験紙を用いて調べてみました。このpH試験紙は酸性側で色が変化する色素をしみこませたもので、温泉水をつけるとpH=2.0を示す橙色に変化しました。パックテストで鉄のイオンを調べてみると10 mg/L以上を示す赤色となりました。硫化水素は5 mg/L以上を示す青色になりました。湯畑から少し歩いて西の河原公園という場所につくと、温泉水が地中から湧き出していました。こちらの成分を調べてみると酸性で鉄のイオンが10 mg/L以上というのは湯畑と同じでしたが、硫化水素は検出されませんでした。後から調べたところ、湯畑と西の河原公園の温泉水は源泉が違うそうです。私が歩いた範囲には、湯畑・西の河原・地蔵と3つの源泉がありました。
せっかく温泉に来たのですから、お風呂も楽しみます。ところが、お湯に入ると強酸性の湯は少し肌がピリピリして長湯は難しかったです。万代鉱源泉と地蔵源泉の2箇所のお風呂に入ったところ、地蔵源泉のほうがマイルドに感じました。温泉分析書によると万代鉱源泉のpHは1.6、地蔵源泉は2.0で、その差を体感できたのかもしれません。

