ポケモンの生物学
世界中の老若男女、ポケモンが好きである、と言ったら言い過ぎだが、世界中の老若男女、ポケモンが好きである。筆者には6歳の子供と70代の母がいるが、十倍以上歳の離れた二人が一緒にスマホをのぞき込んで「ポケモン GO」なぞやっている。
筆者が化学生命科学科で担当している動物生理学の授業でも、小テストの解答に絡めて、ポケモンのイラストを余白に描いた答案が散見される。上手なイラストにはボーナス点を加えてしまいそうになるが、「今は令和、今は令和」(注1)と自分に言い聞かせて自重している(注2)。
筆者は、2017~2022年頃に、ニューヨーク(スローンケタリングがんセンター)で研究していた。同僚だったアメリカ人の中でも、筆者と同世代や少し若い世代(80~90年代生まれ)におけるポケモンの「履修率」の高さは驚異的(注3)であり、異なる文化背景を持つ研究室の同僚との共通の話題を探す際に、大変助かった(注4)。
ある時、研究室の同僚たちと昼ご飯を食べながら話をしていたときに、「初代ポケモン(注5)で最初に何のポケモンを選んだか」という話題になった。大学院生のマイケル・ガリアーノ君(通称 マイク)が「俺はCharmander(ヒトカゲ)を選んだ」(注6)とのことだったので、アメリカ人はこれだから…と思いながら「それは大変だっただろう、最初のジムはいわタイプだし、次はみずタイプだし」と上から目線で指摘すると、「いや、楽勝だった。俺は、最初のジムリーダー(注7)と戦う前に、Charizard(リザードン)をレベル100まで育てた」という衝撃的な発言をしたのだった。
え? そんなことが可能なのか?
ポケモン(当時)の経験値獲得システムについて調べてみると、リザードンは「経験値105万タイプ」であり、レベル100に達するまでに総経験値が106万程度必要だ。例えばニビジムの前にある「トキワの森」でレベル4のキャタピーを倒した場合、キャタピーの基礎経験値は53(当時)で、キャタピーを一匹倒すことで得られる経験値は 53×4÷7=30 程度となる。リザードンがレベル4のキャタピーを倒し続けてレベル100に達するには、実に35,000匹以上を倒す必要がある。1日100匹キャタピーを倒したとしても、なんと1年近く(350日)かかる計算になる(注8)。
マイク、安心してくれ。
君のとてつもない偉業は、しっかりとポケモンを生んだ国である日本に伝えた。心の底から感動した(注9)人もいただろう。子供の頃の君の努力は、決して無駄にはならなかった。
一部の世代にしか通じない、どうでもいい前置きが長くなったが、生物学者の端くれとしてポケモンを見ていると、これは絶対に制作者(中の人)に生物学者(あるいは元生物学者)がいるな、と思うことがある(注10)。いくらなんでも普通の人はそうそう知らないだろう、という実在の生物の特徴が出てくるのだ。
ぱっと思いついたものを以下に挙げておく。
・ヒトデマン、スターミー、ナマコブシの「かたくなる」
ヒトデがモデルだと思われるヒトデマンやスターミー、ナマコがモデルだと思われるナマコブシは、最初から「かたくなる」というわざを覚えている。これは、ヒトデやナマコなどの棘皮動物が「キャッチ結合組織」を有し、あっという間に体の硬さを変えられることから来ているのだろう。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika1984/1/3/1_3_114/_pdf
また、ヒトデマンやスターミーは「ゆくぜ! 無敵の! じこさいせい!」とナレーション(?)が入りつつ、「じこさいせい」という回復わざを使うが(ナマコブシも)、これはヒトデやナマコの体の再生能力が非常に高いことから来ているのだろう。例えばヒトデは、腕を切断して失ったとしても、再生して元通りになる能力を持つ。
なお、もし筆者が「中の人」だったら、ナマコブシは「とける」というわざも覚えられるようにすると思う。ナマコは、こすると溶けてしまい、しばらく経つと元通りになるという衝撃的な性質を持つことで知られる。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000041.000026693.html
・ナマコブシの「とびだすなかみ」
ナマコがモデルだと思われるナマコブシは、内臓を外に出して攻撃する。これは、ナマコの「キュビエ器官」をヒントに作られた設定だろう。ナマコは外敵に襲われると、肛門から粘着性があるキュビエ器官と呼ばれる構造を放出し、相手に絡みつかせて身を守ろうとする。
・ビブラーバの体外消化
ウスバカゲロウ(あるいはカゲロウの亜成虫か?)がモデルと思われるビブラーバは、「気絶した獲物を消化液で溶かす」という習性を持つ。ウスバカゲロウは、「陽炎」という名の通り、弱々しく短命のイメージがあるが、オオウスバカゲロウなど一部の種ではガなどの獲物を捕らえて消化液を注入し、消化された液体状の内容物を吸い取る「体外消化(外部消化)」を行う。
肉食性の昆虫は(カマキリのように)獲物をむしゃむしゃと食べるというイメージがあるかもしれないが、体外消化はウスバカゲロウの幼虫の「アリジゴク」やクモなど、多くの動物が行う摂食方法である。昆虫の体は体全体が硬い「外骨格」に覆われるのが一般的なので、むしゃむしゃと食べるよりは、獲物の昆虫の体に穴を開けて、消化液を体に注ぎ込んで、中身を液状化してから吸い取って、外側の殻は捨ててしまう、という方法はそれなりに効率的なのだろう。
・ノココッチのふし(節)の数
ノココッチは「ふたふしフォルム」と「みつふしフォルム」があり、「体の節(ふし)の数は遺伝子で決まるということが最近の研究によって判明した」とされている。体節の数がどのように遺伝子によって決まっているかというのは、発生生物学における重要なテーマの一つだ。例えばショウジョウバエには「fushi tarazu」(フシタラズ、節足らず)という遺伝子があり、この遺伝子に変異が生じると、奇数番目の体節がなくなる胚が生じる。つまり、まさに「体の節の数は遺伝子で決まるということ」が判明している。
・ガーメイルの蜂蜜盗み
ガ(蛾)がモデルだと思われるガーメイルは、ミツバチがモデルだと思われるミツハニーの巣から、「ミツをよこどりしてたべてしまう」という設定がある。「蛾がミツバチの巣を襲うのか?」と思う人が多そうだが、メンガタスズメという蛾はミツバチの女王蜂と似たフェロモンを出して攻撃を避けつつミツバチの巣に侵入し、蜂蜜を盗むことが知られている(注11)。
・ニョロモの腸
オタマジャクシがモデルだと思われるニョロモ・ニョロゾ・ニョロボンはお腹にうずまき模様があるが、これは「皮膚が透けて見えた内臓の一部」とされている。実際のオタマジャクシでも、腹部に渦を巻くように長い腸があり、皮膚が透けている種類では渦巻き状の腸が外から綺麗に見えることがある。
・タマザラシの「あついしぼう」
アシカ・アザラシ・トド・クジラといった海獣がモデルになっていると思われる、パウワウ・ジュゴン・タマザラシ・トドグラー・トドゼルガ・アルクジラ・ハルクジラなどのポケモンは、「あついしぼう」という特性を持ち、ほのおタイプ・こおりタイプの攻撃技が効きにくいという設定がある。実際の海獣も、特に寒冷地に生息する種は分厚い皮下脂肪を持つことで皮膚の断熱性を高めている。例えば、アザラシは体脂肪率が50%を超えるほどに皮下脂肪を蓄える(アザラシの皮下脂肪)。
・ヌイコグマのコミュニケーション
クマ(あるいはレッサーパンダ?)がモデルだと思われるヌイコグマは、「おしりの器官から匂いを出し仲間とコミュニケーションをとる」という設定がある。クマも(レッサーパンダも)、肛門付近から匂い物質を出して、自身の存在を別の個体に知らせる習性が見られる。目的はケースバイケースだろうが、肛門付近から匂い物質を出す動物は意外と多い。最も有名な例は、スカンクではないか。スカンクは肛門の両脇にある「肛門腺」から強烈な匂い物質を噴出して、外敵を撃退する。
・ウデッポウの水鉄砲
「右腕のハサミの中でガスを爆発させて水を発射」するとされているウデッポウは、ハサミを瞬間的に閉じて強烈な衝撃波を出すテッポウエビがモデルなのだろう。
https://www.nature.com/articles/s41598-017-14312-0
「22口径の銃弾と同じ威力を持つ」などと言われるシャコのパンチもそうだが、たまに空想上の生物のような常識外れの威力・速さで動く動物がいる。このような場合、テッポウエビやシャコのように骨格をしならせて力を蓄えてから瞬間的に開放したり、あるいはハエトリグモのように血圧を利用して脚を伸ばして跳躍したり、筋肉の力だけに頼らないような仕組みで動いているケースが多いと思われる。
・エンニュートのフェロモン
トカゲとイモリとヤモリが混ざったようなエンニュートは、「メスしかいない。フェロモンガスを発生させてオスのヤトウモリを魅了する。」という設定がある。
トカゲやヤモリにはメスが単独で子を作る「単為生殖」で増えることができる種があり、このあたりがメスしかいないという設定のヒントになったのだろう。例えばオガサワラヤモリは、基本的に「メスしかいない」とされる(過去にオスが一例見つかったものの、生殖能力はなかったと考えられている)。
「フェロモンガスを発生」するという設定については、異性を誘引する性フェロモンを持つ動物は多いが、おそらくイモリの性フェロモンをヒントに作られたのではないか。アカハライモリで見つかった「ソデフリン」というフェロモンは、脊椎動物で初めて発見されたペプチドフェロモンで、日本人が発見したこと、さらに命名の妙もあって、国内の生物学者に有名である。ソデフリンはイモリのオスがメスへの求愛に用いるフェロモンで、その名前は万葉集にある額田王の有名な歌、「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」の「袖振る」にちなんでいるという(注12)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nl2008jsce/43/162/43_132/_pdf
一方、ポケモンの中には、生物学者への大胆な挑戦と感じさせる設定もある。
例えば、イーブイは、シャワーズ/サンダース/ブースター/エーフィ/ブラッキー/リーフィア/グレイシア/ニンフィアという8種類(イーブイ自身も含めれば9種類)の表現型多型(注13、ポケモンの用語を使えば「進化先」)からなる、多様な発生パターンを持つ。
イーブイがこのような表現型可塑性(注14)を可能にしているのは、その「遺伝子が不安定」で、「石から出る放射線によって体が突然変異を起こす」からなのだそうだ。しかし、遺伝子への体細胞突然変異により全身の細胞が協調した変化を起こすのは、相当に難しそうに思われる。どのように、キメラ(注15)にならずに全身の細胞に同じ種類の突然変異を起こすのだろうか(表現型多型をコントロールする中枢細胞があって、ホルモンなどを介した全身性の制御をするとか?)。あるいはどのように、放射線の種類ごとに決まった突然変異を起こせるのだろうか(放射線を識別する複数のタンパク質があって、免疫グロブリン遺伝子のようなパターン化された遺伝子再構成を起こすとか?)。
ミュウの、「全てのポケモンの遺伝子を持っている」という設定もそうだが、とりあえず「遺伝子」と言っておけばみんな納得するじゃろ、と思っていないか。実際するのかもしれないけれど。
ついでに言うと、シャワーズの「体の細胞のつくりが水の分子に似ているため水に溶けると見えなくなる」という設定もどうだろうか。細胞の大きさは一般的には数十マイクロメートル程度、水分子の大きさは0.38ナノメートル程度だ。ちょっと強引すぎやしないか。
「たまご」システムによる、ポケモンの生殖様式もどうだろうか。明らかにウシっぽいミルタンクなどを含むほとんどのポケモンが「たまご」を産む違和感(注16)は置いておくとしても、ジュゴンのオスとシザリガーのメスを交配するとヘイガニのたまごが生まれるとか、ペリッパーのオスとオニシズクモのメスを交配するとシズクモのたまごが生まれるとか、もうちょっと生き物好きな子どもが怖がらないような感じにできなかったのだろうか。
生物学では、「2つの個体が交配して子を作り、その子も繁殖可能であるなら、2つの個体は同一の種とみなす」という考え方がある(「生物学的種概念」)。同じ「タマゴグループ」に属する数十種類のポケモンはピカチュウだろうがアーボだろうが全て同一の種という、イーブイの表現型多型どころではない、なかなか激しいことになっているように思われる。
しかしまあ、そんなどうでもいい(←2回目)細かいことは置いておいて、ポケモンは、われわれ生物学者の地位向上、さらには国内の生物学の将来的な発展のために多大な貢献をしていると思う。やはり、新しいシリーズが出てくるたびにポケモンの生態に詳しい「ポケモン博士」がカッコよく登場して、研究者という職業のイメージを良くしてくれているのは、本当にありがたいことだ(注17)。
以前、子供がアニメのポケモンを観ていた時、「アサヒ」というカッコいい研究者が出てきたのだが、彼女は分子生物学と地質学が専門という設定だった。すかさず「父ちゃんも分子生物学が専門なんだよ」と教え、(一時的にではあるが)子供から尊敬のまなざしを得ることに成功したのだった。
ありがとう、ポケモン。
注1: 大事なことなので2回(以下略)
注2: 古き良き昭和〜平成は、例えば「教官が紙飛行機を答案で作って飛ばし、よく飛んだら優(A+)」みたいなメチャクチャな採点方法が逸話として広がるような時代だった。(筆者は昭和時代の大学は知らないけれど。)当時の大学の「余裕」が今の真面目すぎる大学にも必要なのでは、とも思うが、どうだろうか。
注3: 数年前にバズっていたツイートで、『先日🇺🇸人同僚が「早期教育は意味がない」と言っていたので話を聞くと「2歳の頃からハリポタを読み聞かせ、スターウォーズを見せて、毎年マーベルコミックスとレゴを与え続けても、10代になるとみんなポケモンと日本のアニメにハマるんだ…」と言ってた』というものがあるが(https://togetter.com/li/1852150)、いかにもありそうな話。
注4: 他には「ドラゴンボール」なども、アメリカでの知名度は高かったように思う。研究室の同僚の中国人が、「孫悟空」という概念をアメリカ人にうまく伝えられずに苦戦しているとき、ダメ元で「ドラゴンボールの主人公のモデルである」と助け舟を出したら「Oh、Gokuのことか!」と一発で通じ、ビビったことがある。
注5: ポケットモンスター赤・緑のことである。
注6: このようにポケモンの名前を英語で言われることで最初は混乱したが、徐々に慣れた。なお、「ひでんマシン」の英訳が「Hidden machine」だと知り、天才か!とおもった記憶がある。生物学における「fight or flight」を、「闘争か逃走か」とした名訳に通じるものがある。
注7: ニビジムの「タケシ」のことである。なお、アニメでダンデやフリードがリザードンを相棒にしている今となっては若者たちに意外に思われるかもしれないが、当時のリザードンはタイプ(ほのお・ひこう)が不遇だったこともあり、残念キャラだった。
注8: 「一日一万回 感謝のキャタピー突き」(古い?)ができるなら、3日半で終わるけれど。
注9: 底知れぬ恐怖を感じた?
注10: 最近発売されて大好評らしい「ポケモン生態図鑑」の筆者の方(米原善成さん)などは、まさに元生物学者の「中の人」だろう。(このコラムに出てくるほとんどのポケモンは、この方が入社した前からいるはずだけれど。)なお、「ポケモン生態図鑑」は非常に面白かったが、実在の生物との比較についてはほとんど触れられていないように思ったので、恥ずかしげもなくこのようなコラムを書いている次第。(他の記事・文献等で既出の内容があったら申し訳ありません)
注11: ガーメイルは、「ミノガ」の特徴(オスのみが羽を持った姿に羽化する)も持っている。
注12: 逆にイモリのメスがオスを誘引するフェロモンとして、「アイモリン(imorin)」が発見されている。アイモリンの名は、「あかねさす〜」への返歌、「紫草の匂へる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも」(大海人皇子)の「妹(いも)」にちなんでいるのだそうで、「イモリ」ともかかっていることも含め、この命名の巧みさには感動せざるを得ない。
注13: 表現型多型(polyphenism)とは、2つ以上のはっきり異なる表現型(見た目・形態・性質)が同じ生物種の集団の中に存在すること。
注14: 表現型可塑性(phenotypic plasticity)とは、同じ遺伝子型を持つ生物個体が、環境条件に応じて表現型を変化させる能力。例えばポケモンのカラナクシが、水温が高い海では「にしのうみ」のすがた、水温が低い海では「ひがしのうみ」のすがたになるのも、表現型可塑性の一種だと思われる。なお、筆者はC.エレガンスという生き物を用いて、腸内微生物に適応するために世代を超えて制御される表現型可塑性について研究している。
注15: (生物学における)キメラ(chimera)は、異なる遺伝情報を持つ細胞が個体の中に混ざって存在していること。
注16: 他にも例えばガオガエンには、「体内で作った炎をヘソとその周囲から噴き出す」という設定がある。ヘソ(臍)があるということは、臍帯(へその緒)を通じて母親から栄養を受け取る「有胎盤哺乳類」である、すなわち卵生(産み落とされた卵が孵化する様式)ではないということを示唆するように思うが、どうだろうか。
注17: 「はぐれけんきゅういん」のようなヤバい感じの研究者も出てくるが…



