「化学の中の有機化学 〜有機化学嫌いはどこからくるのか〜」
多くの理系学生が学ぶ、「有機化学(organic chemistry)」という学問は、いったいどういう学問で、なぜ学ぶのであろうか。いわゆる「有機好き」な学生はほとんど考えたことがないであろう。「有機嫌い」な学生ほど、「なんで有機やらなきゃいけないの?」という疑問に日々悩まされ、有機好きの学生よりも「有機化学って何よ?」と考え(?)ていることと思われる。本学科の「(自称)化学系」という学生でも「有機はちょっと・・・」という学生も多いようである。そこで有機化学の苦手意識はどこから生じるのかについての私見を記したい。
「化学」とは物質の構造、性質、合成と反応について学ぶ学問であり、対象とする物質は、有機化合物(organic compound)と無機化合物(inorganic compound)に大きく2分される。炭素原子を含む化合物「有機化合物」の化学が有機化学であり、炭素原子を含まない化合物「無機化合物」の化学が無機化学である。物質(化合物)は原子により構成され、原子は原子核と電子から成り立っていることを考慮すると、物質(化合物)の変化とは有機無機に関わらず電子状態の変化に他ならない。ということは同じではないか!しかし初心者にとって両者は同じではなく、むしろ別物(別の科目)のように大きな違いを感じることになる。それは、これら電子状態の変化が、無機化合物の場合、色の変化や気体または沈殿の生成など目に見えて理解できるものがほとんどであるのに対し、有機化合物の電子状態の変化を目で視覚的に理解することは困難極まりない、ということである。高校化学の教科書を見ると無機分野のページは、多種多様な色の試験管の写真や、様々な形をした色彩豊かな結晶の写真が所狭しと並んでいるのに対し、有機分野の章はカラーで描かれた挿絵が並ぶのみであり寂しい限りである。“無機は好きだけど有機は嫌い” という声は、このような視覚的点から聞こえてくるのではないだろうか。有機化学に関する記事を書けといわれても、読者を釘付けにする視覚的演出を施すことは極めて困難である(と嫉妬心に駆られている次第である)。周期表ほぼすべての原子の電子状態を理解しなければならない無機化学に比べ、有機化学が取り扱う原子は、炭素原子、酸素原子、および窒素原子程度であると考えると有機化学の方が取り付きやすいはずなのだが。しかしその数が少ないということは、より微妙な変化を理解する必要があるということでもあり、色の変化など視覚変化のない微妙な構造変化という間違い探しを原理の理解と共に行わなければならないということに他ならない。この視覚的分かり難さが有機嫌いになる1つの要因であろう。
また、化合物の書き方にも違いがある。無機化合物の構造を書く場合、いわゆる化学式で原子の種類や数を表すことがほとんどである。そして1番の特徴は、化学結合を示さない(書き表さない)という点である。一方の有機化合物の構造は、書き方の種類が複数存在している。中でも「C」「O」「H」や「N」などの元素記号と共に共有結合を「価標」と呼ばれる線を用いて表す構造式の書き方には慣れるのも一苦労である(ひたすら書いて練習するのみ・・・)。自分でうまく書けないものは尚更理解しにくいものである。「ベンゼンの構造式(ベンゼン環)を見ただけでムリ!」という声を何度耳にしたことか。さらに立体的に書き表さなければいけない場面もあり、もはや『化学』を逸脱した、アートの世界に感じられてしまうのであろうか。
また、高校では「無機」「有機」の順に学習していく。登場順も関係あるのではないだろうか。有機分野にたどり着く前に学習意欲が尽きているのではないか。否。前述のように色とりどりな視覚マジックにより意欲はかき立てられていると考えるのが無難かもしれない。ということは、その後の有機分野に差し掛かった時に、視覚マジックが解かれ「終了フラグ」が立ってしまうのではないだろうか。では有機を先に学べば良いのではないか?いや、それでは「化学」離れを加速するのみだろう。
では有機化学分野が化学初心者にアピールできることはなんだろうか。有機化合物が、生物、生活、健康などに関わっているため「身近な存在」であることを突破口に興味をもってもらうこと、それが全てなのではないだろうか。身近な有機化合物に興味をもってもらい、その性質、変化等について理解を深めてもらいたいと切に願っている。というお願いで今回のコラムを終わりにしたいと思う。
以上、“有機化学嫌い”についての私見を述べさせていただいた。そうではないというご意見の方は、今後の学生指導に役立たせていきたいので是非お知らせいただきたい。