スギ花粉降りしきる季節、いかがお過ごしでしょうか。こんにちは、わたです。
今日はひな祭りの日ですね。可愛いひな人形を飾ったり、食べ物も、正月同様「風習だから」という言い訳をつけてちらし寿司に蛤のお吸い物など普段は作らないような美味しい料理に加えて、菱餅にひなあられに桜餅、とお菓子も楽しめます。なんて素晴らしい行事なのでしょうか。皆様良いひな祭りをお過ごしください。
さて、3月に入り、街に出ると卒業式を終えたと思われる中高校生たちを見るようになってきました。あっという間に別れの時期ですね。このブログをご覧の卒業された皆様方、ご卒業おめでとうございます。更なる飛躍と今後のご活躍、そして春休みを後悔ないくらい楽しまれることを心よりお祈りいたします。
駅やカフェで卒業アルバムを広げて友達とみたり、改札で別れの挨拶を交したりする卒業生を見ていると、自分の中高生時代の楽しかったあれやこれを思い出し、帰りたさで泣きたくなってきます。べつに大半の中高の友達とは会おうと思えばすぐ会えるのですが、こうも学校学科はなれてしまうと、廊下で見かけて助走つけて背中めがけて突進したりすることもそうそうできないので、それがなにより悲しいのですよ。いかに平凡な日々が貴重なものであったか思い知らされます。
卒業後も近くに用があると正門近くまで行き、週に1、2回は1~6年前の写真を見返すぐらいには学校とそこで出来た思い出が大好きな私ですが、そんな充実した中高生生活に実は1つだけ心残りがあったりします。卒業からそろそろ1年、もう時効かと思いますので今回ここに書くことで1度葬っておこうと思います。
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突然ですが皆さま、日々妄想することってありますよね。大抵の人間がYesと頭を縦に振るかと存じます。どうか縦に振ってください。実は私もめったに声には出しませんが
泉プロムナードで学科対決蹴鞠大会とか大迷路大会in西生田の森とかリアル脱出ゲームin西生田とか百年館の屋上で凧あげるとか百二十年館の吹き抜けで宝塚か2.5次元の真似事を本気でするとか体育館で学科対抗バトミントン最弱選手権とか
日々「学校であんなことしたいな~」とふと考えてはマスクの下でニヤついていたりします。ふと妄想する癖は今に始まったことでなく、いつからと言われると「いつだ…?」と悩んでしまうほどには長い付き合いの癖でして、小学校では妄想族だと揶揄われたこともありますが、この妄想癖には課題などで助けられたことも多々ありまして。それに中高で同じような同志に会ったこともあって、特段恥ずかしがることでは全くねえなと、今では自ら妄想族という言葉を率先して使ったりもします。ようは他人に被害をもたらさなければいい、というか実行に移さなければいい話でして、頭の中でシナリオを書き、設計図を描き、これはいい!と思った時は仲のいい友人と共有して更に発展させる。正直妄想ほど場所を問わずお金を使わない楽しい遊びはないと思います。あの緑あふれる学び舎で友人とよく叶えもしない願望や、ありもしないテーマパークについて考えたものです。
しかし、過去に1つ、これはやれるかも!と思い実行手前まで動いたことがありまして。実はこれが先述にある私の中高生生活に対する心残りだったりするわけです。
私は高校生時代、一丁前に「友人たちとバンドを組む」という青春っぽいことをしていたのですが、そのクラブ室がまあ~~~辺鄙なところにありまして、教室棟から渡り廊下を渡り、幾棟かを通過しさらに進んで進んで進んで進んで、かなり行ったところにある別棟の地下にありました。で、その地下に通じる階段があったのですけれども、その高低差を利用して流しそうめんをしようと企んだのです。職員室のある教室棟から離れているから発見が遅れるでしょうし春休みなら尚更。なんと近くに水道もあるという絶好の場所。素麺と竹を持ってきてはいけないなどという校則は無いから「これは勝った」と友人に話し設計図を完成させ、実行は春休み中にある部活の日とし、竹を真剣に親戚の土地から取ってこようとしたその時。
やってきたのです、新型コロナウイルスが。
部室はもちろん学校が閉鎖され、学校や部活が再開しても我らが部室は閉鎖空間なので結局私たちが卒業するまで使えませんでした。結果的に実行できなかったことで私と友人は可能性としてあげてはいた、反省文と世にもくだらない教員会議の危機から回避できたのですが、それはそれ、
うん。本当にやりたかった。
こうして流しそうめんに対する無念を抱いたまま卒業し、流しそうめんをするはずだった階段に涙声で別れを告げ、そのまま大学生になってしまいました。大学に入ってからも階段教室の通路って大規模流しそうめんに向いていそうだな。とか思ったこともないことはないのですが、やっぱりここでやるには抵抗がある。さすがに友人1人2人だけじゃなくてプラス何人か賛同者がいないと竹を持ってこようにも恥ずかしい。やっぱり「若気の至り」として許される範囲のことはたとえそれが黒歴史製造への道であっても大学あがる前、広く青春とよばれる頃にやっておくべきだったなと思う次第です。
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寒さに凍え、花粉で寝込んでいたら新学期まで1か月を切りました。私もなんともう2年生です。来年の冬には成人式があります。20歳です、20歳。なのでこれまで以上に精神的にも大人にならないといけないのですが、個を尊重している学校で育ったからこそ生まれた、流しそうめんという名の戯れに対する情熱は、いつまでも大事に抱えていなくてはいけないという気持ちも存在していたりします。
明日は私の大好きな学校の創立者の命日です。明日のお昼ご飯はフリージアを飾った食卓で素麺を啜ろうと思います。