自分の弱さと向き合うことは

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は少し趣向を変えて、自分自身を見つめ直してみようという試みの記事にしようと思います。

その理由が、来月4日に誕生日を迎え、20歳になるからです。

つまり、本記事が10代ラストの更新となるわけです。

そのため、これまでの自分をふりかえりつつ、今後の自分に向けての抱負等も語れたらよいなと思っております。

毎度のことながら自分語りが非常に多くて申し訳ございませんが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。

それでは、始めます。

今回は趣向を変える、と最初に明言した通り、今までどちらかというとポジティブ要素(≒教訓めいたこと?)ばかり伝えてきたと思うのですが、本記事は自身の欠点に触れてみようと思います。

突然ですが皆さん、自分の長所と短所、どちらの方がより多く思いつきますか?

人それぞれだと思いますが、私は長所の方が多く思いつきます。

それはなぜかというと、「短所を長所に言い換えているから」なんです。

私はいつからか、そうやって生きてきてしまいました。なので今までのブログでも、自身の短所についてあまり触れたことがなかったんです。

簡単に言えば、「逃げていた」んですね。

誰だって自分の短所や嫌なところからは逃げたい、目を背けたいと思うことでしょう。

私も同じです。ずっと逃げていました。

しかし、どうしてもそのようなものと向き合わなければならない時はありますよね。

私にとってはそれが正しく、「今」でした。

私は現在、夏休みを教習所に通うこととアルバイト(飲食店)に時間を費やしています。

そのどちらでも、色々と上手くいかないことが続きました。

バイト先では自分が仕事を上手く回せなかったせいで同じ時間で働いていた皆さんに多大な迷惑をかけてしまったり、車の運転でも、慣れていないこともありますが、色々と見極めることが出来ずに危険性が高い運転をしていたりと…。

例を挙げればきりがないのですが、このように最近の私は失敗続きで、少し傷心気味です。

人によっては、「そのくらいで意気消沈するの!?」とびっくりする方もいるかもしれません。

しかし私の性格上、これがどうしても仕方のないことでして…。

おそらく私の完璧主義者と理想主義者な面がそうさせていると思うのですが、私は人より何かができないことに対してひどく落ち込む性格です。

これでもだいぶ前を向けた方なのですが、昔は落ち込んだらそのままずっとそのことばかり(失敗してしまったという「事実のみ」に対して)を考えてさらに沈んでしまうタイプでした。

皆さんはどうでしょう?自分が失敗続きでどうしようもない時は、どうしますか?

今回私は、この二つのことに関して、それぞれ次のような対処法を取りました。

まず、車の運転についてですね。

車の運転は慣れもあるので仕方ないですが、一度注意されたところはなるべく注意されないように意識はするようにしています。

有効な対策法が、教習内で言われたことをそのまま自分の言葉で言い換えながら反芻して教官に言うことです。(しかし教官がかなりの確率で「今までどんなことを注意されてきましたか?」と聞いてくるので、その際にきちんと答えられるように自分の中で準備しておく、という場面の方が多いですが…。)

次に、バイト先のミスについてです。

その日は上手く回せなくて散々迷惑をかけたという自覚があり、事実注意も受けたので、すごく悔しかったです。(事実上がった後に裏で泣いてしまったので…。泣いたって意味のないことなんですけどね…。今となっては恥ずかしいことをしたな、と思います。)

その後、迷ったのですが、社員さんに自分のどこをどう直せばあの場を上手く切り抜けられたと思うのか聞いてみました。

ありがたいことに、その答えのない問いに親身になって考えて下さり、次に何をどう気を付けたらいいのかをより明確に理解することが出来ました。

今回のこの出来事で、私は色んなことを学ぶことができたな、と思いました。

まず、「分からないなら人に頼ってもいい」ということ。

昔の私ならまず出来なかったであろうことです。というのも私、人に頼るのが本当に下手くそなんですよ。

全部自分で何とかしなきゃ、という気持ちが先行して、人にこれ分からないです、とか、これやってもらってもいいですか?といったことが「言えない」人だったんです。

自分に教える手間も時間も割いてまで人に迷惑が掛かるくらいなら、自分で見て覚えてしまおうというのが私の考えでした。しかしこれで何かが出来た試しなどありません。余りにも自分が不器用(かつ要領が悪い)だという性質を全く考慮していなかったんですよね…。

ちなみに「人に頼ることが出来ない」自分が嫌で悩んでいたこともありました。今も上手く頼れるわけではないので、上手に頼れている人が羨ましいです…。こういう意味では、不器用って、本当に損な性格ですね…。教えてもらえることで何かを得ることもあるのに、その機会を失ってしまっているわけですから…。

とあることを経験して、徐々に人に頼ることを覚えていきましたが、まだまだ「人に頼る」ことにも課題点がありそうです。

そして、「答えのない問いに、急いて結論を出すこともなかっただろうな」ということも少し思いました。

バイト先での話に戻りますが、私は社員さんに聞いてから正直少し後悔しました。

その理由は、前に述べた「人に頼る」ことが苦手なことともリンクしているのですが、何より「人それぞれ答えの違う問いに対して、何故私だけの答えを他人に聞いてしまっているのだろう」という迷いからくるものでした。

結局めちゃくちゃ丁寧に教えてくださって、答えとまではいかないものの、ヒントのようなものを得ることは出来たので良かったものの、相手側からしたら困惑はしてしまっただろうな…とは思いました。

おそらく、学校の勉強のような「答えがある」ものが世の中の全てだと思ってしまっているのが原因だと思います。

社会に出たら、そんなことはまったくなくて、答えどころかヒントすらないような課題に直面するのだろうな、その度にどのようにそれらと向き合っていかなければならないのかを考えていかないとな、と思いました。

ただ、この二つの出来事で共通して言えるのは、「反省を生かすために行動できた」という点は良かっただろうな、というところです。

反省まではしても、行動までは出来なかった過去と今の自分を比較すると、今の自分は少しだけ誇らしく思っています。

さて、ここまでとんでもなく重い話をしてきたという自覚はあります。しかもかなり個人的なことを綴っているという自覚もあります。申し訳ございません。

私はおそらくこんな観点からこんな文章しか書けないので、いつも話が重いんですが、なんか…ホントに…すみません…はい…。

もっと気楽に生きられたらな、と思うこともありますが、もう性質でしょう。付き合っていくしかないのかな、とは思っています。

性質といえば、教習中に教官に言われた言葉の中で、「特性は変えることが難しいから、自分の特性を理解した上でどういう行動を取ればいいかを考えてみて」というものがありました。

この言葉に私は、なるほどな、と思い、少し救われました。

短所は変えるべきものではなくて、受け入れて、カバーしていくものなのだとこの言葉で気づくことが出来ました。

実はここまでしてきた二つの出来事のミソは、どちらも私の短所に関わる話なんですよ。

それは、「同時並行して複数の物事を行うことが出来ない」こと「周りの状況に合わせて臨機応変に対応する」こと。

この二つが本当に致命的に欠如していて。全くできないんです。

車の運転に求められるのは視野を広くもって、危険を避けながら安全に運転することですし、飲食店のバイトに求められる能力も、同時並行して何かをやる(あることをしている間に別の何かができる、といったことです。つまり、「時間を有効活用する能力」のことです。)能力や臨機応変に動く能力なんですよね。

実は飲食店のバイトを始めたのは、自分がこの能力が欠如していると思っていたから、つまり「苦手の克服」をするために始めたことなんです。

前に私はこのブログで、アルバイトは単なるお金稼ぎの手段じゃなくて自身のスキルアップのため、といったことを言っていた記事があったかと思います。

その言葉通り、私は苦手から逃げずに克服するためにこのバイトを始めました。

「苦手から逃げない」と決めたのも、ある言葉がきっかけです。

小学生の時に水泳教室に通っていたのですが、あることが原因で辞めてしまいました。

そのきっかけが中学受験の勉強を始めるから、ということもありましたが、その最たる原因は、「担当の先生が厳しかったから」です。

辞める時、最後の指導が終わったタイミングで、私は先生に今までありがとうございました、と言いに行きました。その時に言われた言葉が、「今後の人生で同じような目にあっても逃げるなよ」だったんです。おそらく辞めた理由を誰かから聞いたか何かで知っていたんでしょう。あるいは、分かっていたのかもしれません。

その時は分かりませんでしたが、結果ずっと覚えているくらいには私の心に残り続けた言葉でした。

この言葉があって、私は大学生になる前に、「やりたいことはすべてやりきる。後悔のないように。苦手からも逃げない。」と決めて様々なことに挑戦している、という次第です。

今、人生で初めて自分の苦手と向き合って、正直しんどいという感想しか出てきません。辛いです。

でも、学びはありました。19年生きてきて、ようやっとここにたどりつきました。

遅すぎますかね?どうでしょう?

もっと早くからこの痛みを経験すればよかったなあ…なんて今では思っています。

10代最後の備忘録は、このような形で幕を閉じたいと思います。

ちなみにこれらすべてのことは、過去1週間以内に起こったことです。

ーーーえ、よくここまで語り通せたな、と?

それは私が聞きたいです(笑)

そんな茶番は良しとして。

次回の更新は…何にしようかな…まあまたその場のノリと勢いで決めます(笑)

それでは、失礼いたします。

「大人になる」ということ

皆さん、こんにちは!

東海地方への台風到来を避け、予定より一足先に実家から東京に戻ってきたももこです。

天候が不安定な今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですか?

今回の台風は「ノロノロ台風」と言われているようですね。台風が通る日本列島各地に被害が出ないことを祈るばかりです。

台風が近づいているからか、明け方は秋の涼しさを感じているのですが、台風が過ぎ去れば、これまでの猛暑に苦しむ日々が戻ってくるそう…。近頃の異常な暑さだけでなく、雷雨や暴風などにも、十分気を付けなければなりませんね。

さて、帰省中に罹った夏風邪も全快し(前回の8/12のブログを参照)、いつも通りの日常が戻ってきました。現在、横目で金曜ロードショーの「天空の城ラピュタ」を見ながら、このブログを書いております。

幼い頃からジブリ映画が大好きで、ジブリに育ててもらったと言っても過言ではない私。年齢が上がるにつれ、ジブリの作品を見る機会はだんだんと少なくなってしまいましたが、不思議なものですね…、たった一場面を目にするだけで、色鮮やかな世界に心躍らせていた少女の頃の気持ちがよみがえってくるのです。

しかし、そればかりではありません。

皆さんは、「大人になる」ということは、どのようなことだと定義していますか?

「大人になる」ということを、「二十歳になること」や、「お酒が飲めるようになること」なんて言うのは単純すぎますよね…。私は、人にはそれぞれ自分自身の辞書みたいなものがあって、自分の言葉によって紡がれる定義の世界があると考えています。

もし、私が「大人になる」ということを自分の言葉で定義するならば、「幼い頃に見ていたジブリ映画を久しぶりに見たとき、新たなことに気づいたり、幼心を思い出したりする一方で、それまで抱いていた(幼い頃からの)感情や感性を思い出せなくなってしまうこと」というようにすると思います。

あんなに楽しく見ていたトトロの映画を、切なく感じるようになったのはいつからでしょうか…。キラキラ光るシータの飛行石のネックレスが、欲しくなくなったのはいつからでしょうか…。清太さんと節子ちゃんにつらく当たる西宮のおばさんを、単純に憎めなくなったのはいつからでしょうか…。

数えていけば途方もないほど多くのことを、思い出せなくなってきたのだと思います。

振り返って新たに気づくことと、思い出せなくなって分からなくなってしまうことを繰り返して、大人になっていくのだと思います。

久しぶりに「天空の城ラピュタ」を見て、そんなことを思いました。

皆さんは、「大人になる」ということを、どのようにご自身の言葉で紡がれますか…?

本日もお付き合いいただきありがとうございました!それでは、また!

自慢は行動力の高さ

まいますです!💟

今、刀剣乱舞というゲームの2.5次元ミュージカルが上演されています。
(イラスト(2次元)が使われるゲーム作品を3次元でやるから2.5次元)(のはず!)

今回の公演では、小学生の頃から大好きな、世界で1番大好きなキャラクターの堀川国広さんが登場しているんです。
しかもかなりスポットが当たる!

こんなチャンス一生に1度だと、大阪、東京と飛び回りました😭

上演中も、終わってからも、思い出すだけで幸せでした。

ゲームのキャラクターって絶対に会えないんですよ。
でも、2.5次元ミュージカルを見ている間は会えるんです。

絶対に本物では無いし、ステージにいる人は、はたから見たらゲームの服を着た成人男性だとしても、
私にとっては唯一の、「そこにいる」という夢を見させてくれる存在なんです。

2.5次元ミュージカルってすごいです!

あと、私自身、次元とか性別とか問わず歌って踊るアイドルが好きなんです。

ミュージカル刀剣乱舞は、ミュージカルなので、当たり前に歌うのですが、
二幕ではまさにアイドルのようなライブが行われるので、
ゲームでは絶対見られない表情を見ることができます。

刀剣乱舞はアイドルゲームではないのでびっくり仰天ですが、
好きなキャラクターは何してても良いですし
アイドル好きにとって推しが歌って踊るなんて夢ですからね。

ミュージカル刀剣乱舞ならではの醍醐味だと思っています♥



今回、何公演か入った分お金は当たり前になくなりましたが…
それ以上の幸せを全身で感じました🥲

とにかくとにかく可愛くて楽しくてかっこよくて幸せで これ以上のことってありません😭
本当に幸せでした
一生続いて欲しいです。一生会いたいです。
好きになっちゃった存在がキャラクターなのが幸せでもあり本当に悔しいです🥲🥲


今回、本来は予定になかったんですけど、ちょっと魔が差しちゃって弾丸で東京公演にも行っちゃいました。

いま夏季の集中授業をとっていて、ちょっと前から学校に行っているんです。

授業が結構早く終わり、たまたま夜の予定も無くなっちゃって、

じゃあ観にいくかと思って急いで行きの新幹線と帰りの夜行バスのチケットをとって、東京に向かいました。

そしたらなんと!!😭😭
静岡が酷い雨で新幹線160分遅れ……😭😭

既に2回は劇場で観ていたからいいものの、列車が止まる度にショックと焦りと不安で本当に泣きそうで

東京駅に着いたら、中央線のホームへ一目散に向かいました。

会場の立川ガーデンステージに着いた頃には20時30分。

本当なら、会場付近に18時には着くはずだったんです……😭

入場したときには一幕が丁度終わる頃で、ラストシーンのわずか10秒ほどだけ観ることができました。

悔しかったし本当に残念だったけど、
それでも、公演自体に間に合うかどうかも怪しいんじゃないかと思っていたので、

とにかく二幕に間に合ったことだけでも良かった、急いで良かったってものすごく安心して、ほんの少しでも一幕がみれたことも嬉しくて

新幹線の中で不安すぎて、友達にどうしようどうしようと何度も連絡してしまって、相槌を打ってくれるだけでも本当に心の支えでした😭

二幕が始まると、やっぱり本当に推しはかっこよくて、途中のMCはかわいくて、何度聴いてもどの曲も最高で、

ただただ間に合ったことが嬉しくて、1曲目の間は大号泣でした😭😭

あと、一幕で流れる大好きな曲が2曲あるんですが、この曲は二幕でも聴けるんです。

なんならその一幕の曲が聴きたくてわざわざ京都からやってきたので、それが聴けて、会場のファンみんなで手拍子ができて、遅延なんて吹き飛ぶくらいさいっっこうに幸せでした😭😭

終演後、友達も同じ公演に来ていたらしくDMで感想を言い合っていたら、
あーやっぱり、一幕間に合いたかったな……
とどうしても思ってしまいましたが、

9月1日には配信があるので、一幕はそれまで取っておきます!

勢いで動いた結果こんなことになってしまいましたが、正直会えただけで満足です。

昨年も弾丸で、同じくミュージカル刀剣乱舞の公演を見るために授業後バスタ新宿へと走り、山梨に向かったのを思い出しました。

こういうことたまにすると若さ感じます。

青春ですーー^_^

台風の上陸が近いですが残りの公演も予定通り行われるようなので、チケットを持っている人全員が、問題なく幸せな時間を過ごせることを祈っています。
なんといっても今回のお話最高なので!

ミュージカル『刀剣乱舞』
和泉守兼定 堀川国広 山姥切国広 参騎出陣
~八百八町膝栗毛~

ぜひ配信買ってくださーい!✨💓

公演後、夜行バスで京都戻る途中、こちらでも70分も遅れてしまいましたが、授業はちゃんと間に合いました。

弾丸東京遠征のお話これにておしまいです。🖐🏻
お付き合い下さりありがとうございました^^

では!💟

なつやすみのにっき

こんにちは、ゆきほです🍵

この前祖父母の家に行ったとき、「この前○○して(母に)怒られたんだよね~」という話をしたら、祖母に「ゆきちゃんもまだ怒られるんだね~」と言われ、祖父には笑われました。

もう大人なんだから怒られるようなことをするなという感じですが、片付けが全くできない!すぐに悪態をつく!不機嫌を露わにする!という3大怒られポイントを兼ね備えたタイプなので普通に日々怒られます。

昨日は出したものをしまわなくて怒られ、今日は弟に対して悪態をつき、不機嫌を露わにしたことをここに報告します(今日の一件に関しては絶対に弟が悪いので怒られませんでした。私は絶対悪くない!!!)

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴

私は小学校1年生の時、自由研究として夏休みの日記を書きました。それがこちらです。

表紙から誤字があるのはご愛敬です。

裏表紙のベルマーク部分だけないのも小学生という感じがしますね。教室のロッカーにベルマーク回収コーナーがあったので、そこに入れたんだと思います。

昨年末ごろに服にアイロンをかけようと温めている待ち時間に、母が残しておいてくれていた思い出の品ボックスを漁っていたら発見して、『これはおもろいから来年の8月末のブログで絶対に使うぞ……!!』とこっそり暖めていたネタとなります。

本が好きだったため、読むことは同年代の子どもと比べても割と得意な方だったと思います。それでもひらがなは書ける、カタカナは書けるけど文章で使うという発想が出るほど完璧ではない、漢字は自分の名前に入っている字くらいしか書けない、ましてや文章なんてほとんど書いたことすらなかった7歳児です。

日記を書いたことはもちろん覚えていて、母に怒られつつ渋々書いた日も多かった(というか半分くらいそんな感じ)ということも覚えていますが、改めて読み返してみたら小学1年生のときってこんな夏休みを送っていたんだ、こんなことを考えて生きていたんだというのが良くも悪くも分かってニヤニヤしました。
全ページに当時の担任の先生が花丸とコメントを書いてくれていたのも嬉しかったです。

今回のブログでは、この日記の中でも特におもしろいなこれ……と思った日をピックアップして「大学4年生の私」のコメントと共にお届けしていきます。当時の私もまさかこれが十数年後に大公開されるとは思っていなかったでしょう。

改行・句読点なども基本的には当時のまま書き写しますが、地名や人名などは大学4年生の私が括弧付きで置き換えておりますのでご了承ください。

それでは、終業式が行われた7月17日から見ていきましょう。

***

7がつ17にちきん
きょうは、なつやすみ
しゅうかいをしました、

うたを
うたいました。

ひふかにいきましたみずいぼが、できていました。

おくすりをもらいました。

よるごはんは、とうもろこしを

たべました。あしたは、(習い事のピアノ教室)
だからはやくおきれるようにして、
(弟)くんにまくらをとられないよ
うにしてぐっすりねたいです。
あしたから、なつやすみです。
 なつやすみだからゆっくりはや
ねはやおきをして、たのしみたい
とおもいます。とってもたのしみ。

(ここから大学4年生の私)
初日でやる気があったため長めです。何ならこの日が一番長く書いていました。
恐らくあれは小学校入学前の話だと思いますが、真冬に寝ているときに父に羽毛布団を踏まれ、弟に毛布を取られて寒さに震えながら一晩寝たことがあって。それが若干トラウマになっているため、弟に枕を取られないぞ!ということを書いているんじゃないかなと思います。日記の初日にまで書くなんてだいぶ気にしてますね。
「たくさん遊ぶぞー!」じゃなくて、ゆっくり楽しもうとしているのもかなり私っぽいです。

序盤はやる気もあってちゃんと書いていておもしろいので、しばらく連続して載せていきます。

***

7がつ18にちど

きょうは、(弟)くんがわるいこ
でした。なんでかとゆうと、
せっかくゆきほがおにんぎょうを、
かたずけたのに(弟)くんがだした
からだよ。

ゆうがたには、おまつりにいきま
した。よるごはんは、おすしを
たべました。

(ここから大学4年生の私)
うわ、早速弟の悪行を告げ口してますね。いかにも私のやりそうなことです。なお弟の悪行に関しては今も同じ感じで母に告げ口しています。「私から言うと角が立つからさ~(=あとで超怒っておいてよ)」と前置きをつけて言うことが多いですが、やっていることはこの日記とそんなに変わりません。
先生からの一言コメントには「おねえちゃんは くろうしますね!」と書いてありました。分かってもらえて嬉しいです。

***

7がつ19にちにち

きょうは、ぷうるにいきました。
つめたかったです。
おひるごはんもおいしかったよ。

くるまでいきました。
くるまのなかでねました。

おんせんにいきました。

きょうは、つかれました。
あしたは、いろいろつかれそう
です。

(ここから大学4年生の私)
私がこの日記で一番好きな言葉が、この日の「きょうは、つかれました。あしたは、いろいろつかれそうです」です。3日目にして楽しさよりも疲れがにじみ出てるのが、いかにも私っぽくてお気に入りです。座右の銘にしたいです。

今もあるのか分かりませんが、当時は車で1時間かからないくらいのところに大浴場とプールが両方あるタイプの市民プールがあったため、よく連れて行ってもらっていました。車内では弟と喧嘩するか寝るかしていました。それも今と同じですが、ここ数年弟とは喧嘩どころか会話すらもほぼしていません。家庭にもよるとは思いますが、割と姉弟ってそんなもんな気がします。

ここから数日はちょっと飛ばして、次は祖父母の家でのお泊まり2日目の日記をお届けします。

***

7がつ23にちもくようび

きょうは5じ58ぷんにおきました。
ままは、7じ59ぷんにおきました。
あさごはんは、しょくぱんと、
ようぐるとと、みかんと、
ちいずと、ぎゅうにゅうをたべま
した。

おひるごはんは、さんどいっちを、
たべました。たまごをゆきほが、
かきまぜました。きょうも、
つかれました。もう1ことまって、あしたおうちにかえります。
もうねむい

(ここから大学4年生の私)
冒頭から母の寝坊をバラしています。祖父がモーニングルーティンの1つであるラジオ体操をするため、それに合わせて私も起きていますね。第二の冒頭のあの動きを大ウケしながら見ていたことを覚えています。祖父母の家は今も昔もパンをたくさん食べる家なので、朝も昼もパンを食べているし、今回は載せませんが翌日の日記にも「あさごはんは、しょくぱんを、たべました。」「おひるごはんは、ぱんを、たべました。」と書いてありました。

次も数日飛ばして、帰宅後の日常を2日分まとめてお届けします。

***

7がつ27にちげつようび

きょうは、おふろでみずあそびを
しました。
でたら、ぴざをつくりました、
おひるごはんにたべました。
おいしかったです。
ごごはひまでした

7がつ31にちもくようび

きょうはたいしたことがありませんでした。

(ここから大学4年生の私)
暇とかたいしたことがないとかそんなことをわざわざ日記に書くなよとツッコみたくなる2日間です。せめてもうちょっと頑張ろうよ。

「きょうはたいしたことがありませんでした。」は地名も人名も何もないので写真も載せます。

本当にこれ以上でも以下でもない1日だったんでしょうね。

次の8月1日と2日も今の私と通ずる部分があっておもしろいので続けてお届けいたします。

***

8がつ1にちどようび

きょうはついていませんでした。
(ピアノ教室)にいきました。
ぴやのはぜんぜんひかないで、
おしゃべりばっかりしてました。
ままが、どうしても(地元のショッピングモール)
にいきたいってゆうから、
いきました。つまんなかったです
よるゆうすずみにいきました、
きょうはそんなにいいことありませんでした。

8がつ2にちにちようび

きょうはぜんぜんたのしくなかっ
たです。
だってかいものにいったからです。

(ここから大学4年生の私)
いろいろとツッコみどころが多い2日間ですが、8月1日から見ていきましょう。
まず冒頭から「きょうはついていませんでした」と言い切ってしまうひねくれ加減。これはかなり今の私と似ています。

そしてピアノ教室に行って先生とずっと喋っているこの感じ!!
同じ先生に今もピアノを習っていますが、この前の土曜日も30分くらいずっと喋っていたので笑っちゃいました。これは先生に見せたら頭を抱えそうです(この前の土曜日はピアノも所定の時間弾きました)

あとはこの2日間でにじみ出る買い物嫌いな様子ですね。今は買い物大好きですが、当時は日記でここまで書くレベルで嫌いだったようです。

***

8がつ10にちげつようび

きょうは、ぎゅうにゅうぱっく
でいろんなものをつくりすぎて、
こまりました。
あいすをひるにたべました。
きのうつくくっておいたあいすです。
ようくんがわるいこでした。

(ここから大学4年生の私)
製作が捗りすぎて困っているなんて芸術家すぎますが。
先生のコメントと自分の記憶から察するに、自由研究として日記と共に提出した牛乳パックを使った工作をしたことを話しているのでしょう。

最後にはまた弟の悪行を訴えています。こんな感じで散々日記で弟の話をしていたので、秋の授業参観のときに初めてうちの弟を見た担任の先生はとっても感動していました。

ここから数日間は父方の祖父母の家に行ったり友達と遊んだりしていますが、「○○にいきました」系の文章が続いてツッコみどころがあまりなくて、何よりもこれを書いている大学4年生の私がちょっと疲れ始めてきたので(すごく重要)、一気に飛ばしていきます。

***

8がつ24にちげつようび

きょうは、ねんどで、おかしを、
たくさんつくりました。
よるごはんにさらだをつくりまし
た。おいしかったです。

(ここから大学4年生の私)
食べられないものと食べられるものの対比を偶然やっています。

***

8がつ26にちすいようび

きょうは、(近くのお店)に、いきまし
た。
(近くのお店)に、いくとちゅう、
あおいとりがいました。

(ここから大学4年生の私)
急にメルヘンな話になってきました。青い鳥の絵本は今も好きです。母はこの青い鳥を見つけた私が一番お気に入りだそう。

***

8がつ31にちげつようび

きょうは、なつやすみさいご
だから、ぴざをとりました。
4きれたべました。
がっこうのじゅんびを、しました。
たいふうで、どこにもいけません
でした。

(ここから大学4年生の私)
一気に最終日です。ピザ4切れはけっこう食べていますね。私は小学生のときの成長がだいぶ早かったので(小5の時点で既に今と同じくらいまで身長が伸びていました)、このときもエネルギーが必要で必要でしょうがなかったんだと思います。
***

さて、ここまで小1私の夏休みを振り返ってきました。

確かにあれから数十年経ったけど、「疲れるのは嫌だな」「今日は何もしないで1日終わったな」「おもしろいもの見つけた!」「弟がこんな悪いことした」というような根本的な感覚は全く変わっていないことがよく分かりました。1年生も1年生なりにいろいろと考えて生きているんですね。

「せっかくよるねたのにつかれました」という、小1にしてこの世の大変さを凝縮したようなことを言っていた7月30日や、習い事からの帰宅を「かえりは、ふらっとかえりました」と表現している8月6日、「きょうはつまんなかったです」の一言で終わった8月11日も捨てがたかったのですが、泣く泣くカットしました。

最後は、今日8月28日の日記の冒頭部分を見て締めることとしましょう。

ではまた。

エス

やあ。

今日はみんなに、言わなければならないことがある。そう、僕は、スズメバチが大の苦手だ!正直、お化けよりも都市伝説よりも理科室の骨格標本よりもこわい。

まずはあの体。遠くから見てもスズメバチと分かる体の大きさと形、そして黄色と黒色の体色がいかにも「危険!」な感じがする。そして顔。大きな目、大きな顎。そんな大きな瞳で見つめられても、僕は惑わされないからな。というか、僕の事だけは認識しないでくれたまえ、頼む。

噂によると魔法界では「名前を呼んではいけないあの人」が有名になっているらしいが、そんなことを言っている場合ではない。スズメバチ卿こそ「名前を呼んではいけないあのムシ」として認知され警戒されるべきだ。なんだって?そんな抽象的な呼称ではゴ〇〇〇と区別がつかないって?まあ、確かにそうかもしれないな。しかし、僕に言わせればゴ〇〇〇にGなんてコードネームを付けるくらいなら、スズメバチについてもSとかいうコードネームを付けてやるのがよい!そのくらいの価値はある。

ご本虫は優雅な飛行を楽しんでいるだけなのかもしれないが、僕からすると「生ける毒針」が飛びまわっている以外の何ものでもない。そのご尊顔を一目拝んだだけで僕は背筋の凍る思いがする。

この間だってそうだ。いくら弓道場が開けっ広げだからといって、スズメバチ、もといSがブンブンと豪快な羽音を立てながら悠々と入室してくるものだから、室内にいた人間ども(特に僕)は恐れおののいた。ある者は静止画のように動かなくなり、ある者は驚きのまま開いた口が閉じない。僕はというと、「ふえぇぇぇ」という情けない声を上げた挙句、体育座りに顔を埋めて、もはや何を見ることもできずにブルブルと震えながら、「タスケテクレェ、タスケテクレエ」とつぶやいていた。なんと情けないことか。せめて「自由の女神像」くらい凛々しい面立ちで静止していればよかったと後悔している。

この日のSとの出会いがあまりにも衝撃的だったからだろうか、数日後の夢にSが出てきた。先に言っておくが、断じて僕がSのことを好いている訳ではない。

舞台は夕暮れの草原。多分、山奥。ドッグランのような謎の柵に囲われた草原で、10~20人ほどの人間がいた。走る者、テントを張る者、料理をする者など多岐に渡ったが、僕の知る人はほとんどいなかったように思う。僕がその草原で何をするともせずに佇んでいると、数m先を飛行するSに気づいた。しかもだんだん僕に近づいてくる。Sに気づいた途端、僕はその場にしゃがみ込み、ブルブル震えながらSが去るのを待った。しばらくして、Sは去ったと安心したのもつかの間、Sは再び飛来する。僕はまたその場にしゃがみ込んで、着ている白いパーカーのフードをかぶり、ブルブル震えながらSが去るのを待つ。飛来してはブルブル震え、去っては飛来しブルブル震える。これがひたすら繰り返される悪夢であった。しかし、夢の中でさえブルブル震えていることしかできないなんて、僕はなんて情けないのだ。夢の中でくらいクラーク博士のようになれないものか。その手先にSでも乗せて仲良くなってしまえばいい。否、それは夢でもご勘弁。

ちなみに、Sを見かけても走って逃げたり叩いたりしてはいけないのだそう。万が一服に止まってしまった場合に最も安全な対処法は、Sが飛び去るのを待つこと、らしい。

為す術もなくブルブル震えるだけの僕の行動はあながち間違いでなかったことに安堵しつつ、いつ刺されるかも分からないままじっとしているなんて、何の拷問だよ、という嘆きが心の中でこだまする。

引退

 大学生、というよりは児童、生徒、学生でいる期間とも言い換えられるかもしれません、当たり前にそこに属しながら過ごしてきたその時間ってひとまずはもうすぐ終わるんだなあと思う夏でした。

 急に夏の総括を述べ始めたのはもうすぐ8月が終わるからという理由もあり、また私が大学4年生だからということもあり。去年も一昨年も8月のブログ更新の時っていつも部活の話をしがちなんですが、今年も例に漏れませんよ。私は硬式庭球部に所属していまして、8月は私たちが一番力を入れている試合があるんですね。なのでまあ今年も部活しかやってないみたいな夏だったんですけれども。そんな夏もこれでおしまいでして。なにせ一昨日部活を引退したので。全然実感ないですけどね。高校3年生の時はコロナの流行り始めで学校にも行けなかったし試合なんか当然なくて、なんとなくフェードアウトみたいな形でテニス部を引退したのでちゃんと区切りがあるのって中学生の夏ぶりでした。7年とか?時の流れ怖すぎる……。とっても真面目に、とは言えないかもしれませんが一応一生懸命部活に打ち込んできたので大学生活のうち部活が占める割合が大きいなあと引退してみて思います。1年生のうちなんか、まだコロナの影響が濃かったので授業は対面で全然なかったけど部活はあったので時間数で言えば教室で授業受けるのとテニスしてるのと同じくらいだったかも。思い返せば色々と世の中の変化が大きい4年間で、部活もずいぶんと影響を受けあれこれ対応を求められたような気もしますが、でも楽しかったな。運動が苦手な人間なので技術向上ができたかどうかは自信がないけども。部の運営側をやって色々社会を学ばせてもらったなとは思いますね。大変なことも悔しかったことも全部合わせて楽しかったです。
 夏の間、私誕生日を迎えまして。毎年大体合宿中に年を重ねるんですが、そうすると同期が祝ってくれるんですね。私自身は割と自分の誕生日に頓着がなく一人だったら何にもしないので若干の申し訳なさのようなものを感じつつも有難いなと思いました。それこそ学生として年取るの最後かもしれないし。いい仲間に会えて良かったな、嬉しいなとあたたかい気持ちになった日でした。普段ぼーっと生きがちなので色々気付かず取りこぼしているかもしれないけど、こうやって「終わり」を意識しているからじゃなくても当たり前になっていることにひとつひとつ感謝できる人間でありたいですね。

 ぼーっと生きている私でも、ほんの小さなことにも「終わり」を感じる今日この頃。ブログ部もまた同様だなと思います。まだあと半年はあるけれど、でももう半年しかない。楽しく完走できるよう頑張ります。では。

鳩とスカート

終戦の日に描いた絵は、そういえば白い鳩だった。一切の意図はなかったが、昨年描きかけていた俯く女を塗りつぶした私はそこに、1羽の白い鳩と五つの碧い朝顔を描いていた。

この絵がいつ完成するのかは分からない。

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まいです、ごきげんよう❀

昨年、相方の祖母の家で『サマーウォーズ』の「小磯健二」ポジションを経験してきた私は2度目の小磯健二になる予定だったのですが、天候もあり今年は断念しました。

旅行のために直前まで予定を空けていた3日間が丸ごと空白になったので、久しぶりにキャンバスに絵を描いてみたり、映画を観たりと我ながら優雅に過ごしました。

新しい試みとして服飾への挑戦があります。幼い頃から面倒を見てもらっている近所のおばさんがスカートを手作りしていると聞いたので、母と一緒に習いに行くことにしたのです。

お店に布を買いに行き、理想のスカートを思い浮かべながら生地を選びました。華やかな色から落ち着いたもの、大きな模様からシンプルなデザインまで魅力的な生地の数々がずらりと並んでいる様は胸をときめかせました。

表現活動が趣味の私はその手段として服飾も選択肢に入れていました。作ってみたい衣装をデザインし、実現はそう遠くないと胸を高鳴らせていましたが、いざスカート作りを始めてみると「そう簡単にはいかない」の連続でした。

そういえば小学生の家庭科でのエプロン作りも、パーツが繋がればいいという考えから雑に完成させていた私。とにかく完成系を早く見たいので丁寧さより何より早さを重視していた私。エプロンの縫い目にまざまざと表れる私の性格…。

忘れていましたが私はコツコツ丁寧に作業することが苦手です。あわよくば衣装も作りたいなどという考えは洋裁の難しさを良く知らないからこそ出たのでした。こういう考え、漢文とかで説教されそうだな…。

おばさんが「簡単よ」という作業に悲鳴をあげ、指サックを指輪のようにはめていたら使い方が違うと笑われ、前のめりになりすぎてミシンにおでこをぶつけ…洋裁の道、なんて険しいんだ。

…完成はもうすぐです。あとチャックをつけてウエストをどうにかするだけ、、。完成したら自慢しようと思うので私に会う可能性のある方はご承知おきください。裾はよく見ないでください。とりあえず、すごいねと言っていただけますと幸いです。

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オマケ

千葉を断念したため相方との宿泊行事は今のところ横浜のみとなったわけですが、いざ文字に起こそうとするとさて何を書いたらいいのやら、特別何かをしていないことに気がつきました。

あちこちの移動は疲れてしまうので宿で遊べるようプール付きのホテルにしたのですが、何時でも遊べるのかと思いきや完全Web予約制で一日ひと枠までとのこと。昼と夜と入る予定が夜のみになってしまいました。プールとはいえ遊泳禁止。覚悟はしていましたが周囲は写真を撮るために来たグループばかり、ポーズを決めて順番に撮りあっている彼らの波に完全に乗れない我々は、水中でゆらゆらしている足の指をかわいいとか言いながら撮っているほかありませんでした。本当に絵で描くワカメみたいな形になって見えるんですよ足の指1本1本が。これが意外とかわいくて…って、このくらいにしておきます。波に乗れないことは十分わかりました。

ホームページから受けた印象より狭いこともあって、ゆったりお喋りをする予定は自然と消滅しました。全身で泳ぐでもなく写真で盛り上がるでもない我々は地味に寒くなり他よりひと足早く上がりました。旅の思い出は残念ながら以上です。

8月も後半ですが、大学生はあと1ヶ月近く夏休みがあるようなもの。さあてどう過ごしましょうか。考えているうちに終わってしまわないよう気をつけないとですね。

続・日野市観光敢行

八月が終わりに近づいてきているにも関わらず、夏が終わる気配はまーーーっったくしませんが皆様いかがお過ごしでしょうか。

いやァ暑い暑い。ほんとにもう、こりゃだめだと引きこもり、私めはいつぞやの宣言通り冬眠ならぬ夏眠を漫喫しております。クーラーつけてアイスコーヒー淹れて日がな一日ごろごろごろ…。最近したことといえばそんな環境下で推しのフィギュアを自作したことくらいなものです。素体から拘ってゼロから推しを生成しました。就活だとか研究論文だとか青春をエンジョイするだとかきっともっともっとお利口さんな過ごし方はあるのでしょうけれど、私は捻くれ者でございます故に大学生という愚行権が有効なウチに全身全霊で行使するのであります。

とは申し上げましたものの、そんな自堕落愚行サンクチュアリィを飛び出してでも行きたいところというのがほんの少しだけございまして。ブログのタイトルが「続・日野市観光敢行」と相成った次第。いつぞやのイカした友人とまたもや日野市を訪れて参りました。




それにしてもブログのタイトルに「続」がつくのは何も今回が初めてというワケじゃございません。私のブログではよく「好き」「推し」という言葉と共に「また行きたい」といった文言が顔を出します。それらは勿論お決まりの文句ではあり、綺麗な形に整えるためのものでありますが、、、私というヤツはそれらを割合に実行いたします。何といいましょうか。一度しかないものの希少性、美しさ、そういったものも承知はしているのですが。

そうですねぇ、例えばよく「知識は財産」という言葉を耳にします。たしかに知識や智慧はあらゆる局面において値千金のモノです。しかしながら、暫く前にフとかつての幼い時分に記していた読書ノートを見つけまして。そこに記してあった感想の数々はどれも拙いものばかりでしたが…その安易で愚直な感想たちは、現在の私の持つ感性がいかに理詰めで凝り固まっているかを照らし出しました。
今の私は学んだ知識を以ってして物事を見られるようには多少なりましたが、かつての真っさらな感性から生まれる荒唐無稽で潑剌としたアウトプットは当時の私ならではのモノ。でも、案外バカにできなくてそこに気付かされるものもありました。

学んでしまえば、というより、生きてゆけば理屈や知識が纏わりつきます。それによって視野は拡がりますが、どんどん柔らかさが影を潜めてしまうような気がするのです。ですから私は学ぶ前に真っさらな状態で、まずは行ってみる・やってみる。知らないまま感じてみる。それから学んで、改めてやってみる。そんな非効率と不敬を愛しています。

「知識は財産」であるのなら、「無知も財産」だと思うのです。真っさらを無駄にしないで。



まぁそんな偏った個人的な信条から、私は一度だけのものより「もう一度」があるものを好みます。今後とも「続」シリーズは続くことでしょう。

それにこれブログのタイトル考えるのをサボれるのよね…(小声)





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さてさて前説が長いのが私。ちょっとね、これについては個性として開き直るか矯正するか本当に悩むところなんですけれど、全治一生涯くらいの診断を頂くのが関の山です。本題に移りましょう。今回のメインは日野市。ご存知の方も多そうですが、「新選組」の特に「土方歳三」に縁の深い地です。前回のブログではより詳細にご紹介しておりますのでご興味があればそちらもいかがでしょう。

【日野市観光の前回のブログ】
https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2024/04/04/%e6%97%a5%e9%87%8e%e5%b8%82%e8%a6%b3%e5%85%89%e6%95%a2%e8%a1%8c/



そしてここで感謝すべきは友人。こんな捻くれ者の私めと二度もご一緒してくださったのです。新選組の様々な魅力を教えてくれただけでなく、前回も今回も街歩きの素晴らしすぎるプランニングをしてくださいました。つまるところこの素敵旅のルート監修は総じて彼女ということです。ありがとうーーー!!!ここで言ってもあれだけど本当にありがとうー!!!


そんなこんなで、自宅も趣味嗜好も真反対な彼女と待ち合わせをし、開館前から並びつつ突撃したのが「土方歳三資料館」でございます。こちらの資料館は、土方歳三のほぼ生家跡且つ多くの貴重資料が残っていることだけでも驚きなのですが、なんと「彼の生家を見たい」という多くのファンの声を受けたのが契機となり設立されたそうです。愛が凄い…!




訪れたその日も夏休みであったためか、私たちだけでなく開館前から多くの来館者が並び列をなしていました。そしてその誰もが所狭しと並べられた資料の数々に魅入っており、土方歳三という人物や新選組への愛をひしひしと感じました。もちろん私も傍観していたワケではなく、個人的に好きな榎本武揚が土方歳三亡き後に彼への弔いとして著した額や「豊玉発句集」の翻刻など心惹かれる展示を見つめておりました。榎本武揚の字、好きなんですよねぇ…!!土方歳三資料館に行っておいて何だ貴様はってお話なんですが、榎本武揚の整っているようで荒ぶっている字がとても好きです。ちょいと脱線しましたがとにかくその他にも島田魁が保管していた資料だとか近藤勇の湯呑だとか蜀山人の記述だとか…土方歳三から広がる様々な線を追うことができます。また、「石田散薬」にまつわる薬研や薬草も紹介があり大変面白く拝見しました。

実に多くの品々が並ぶ館内で、最も人を集めていたように見えましたのはやはり「和泉守兼定」でしょうか。刀身の公開日は決まった日に限られているようで、その日は拵えのみの展示でしたがその前には常に沢山の人が溢れていました。私めは刀剣の方にもあまり明るくないのですが、七夕の図案を持つとても風流な鍔はもっとじっくり拝見してみたいななどと思っています。たしか和泉守兼定は「刀剣乱舞」などの作品にも登場していたでしょうか。私は審神者証に新任の字が載っているような超新米審神者のため、あまりゲーム自体にも詳しくはないのですが。。最近極めた包丁藤四郎くんが可愛くてしょうがないです。
以上のような展示品だけでなく、資料館のお庭には土方歳三が植えたという矢竹があったり木刀を持つ体験ができたり見所が盛り沢山でした。


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その次に訪れたのが土方歳三の引き墓がある「石田寺」です。ちなみにこのお寺の前あたりが土方歳三の生家跡だったようですね。
そんな石田寺のお墓で付近にあった大きな石碑にも驚きつつ、お参りを済ませ、さぁ次へと思っていたのですが友人から「ここのお神籤めっちゃ面白いんだよ、ドS神籤って呼んでる」(意訳)とあまりにも気になりすぎるお誘いが。そりゃぁもうノリノリで引かせていただきました。こちらのお神籤は一緒に七福神の小さな飾りが入っているタイプのもので、私は大黒天、友人は福禄寿でした。それにしても、いくら現実逃避をしても近づいてくる就活の2文字。やはりここは仕事運が気になるところ。いやはやそんな贅沢は言わねどできれば紙とインクの匂いに塗れた仕事ができたらなァ、、、と勇んで見れば、

〈仕事〉の欄には
「土や緑に関係する職と縁あり」
まさかの農業を勧められました。

対して私の友人、そう、大願成就などと解説のついた福禄寿を引いた彼女。
〈願望〉の欄には
「あやふやな願いでは叶いません」
エッ。断言されちゃったよ。福禄寿なのに!?

ご覧の通りの有様で、他にもまだまだ気になるお言葉が多く終始爆笑しながら見ていました。もしも石田寺を訪れることがあればこちらのお神籤も是非に。


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石田寺を後にして、その日最後に向かったのは「高幡不動尊金剛寺」という土方歳三の菩提寺です。入るとすぐに立派な不動堂とお札所があり、季節によっては様々な行事が行われているそうです。そんな不動堂から少し左へ向かうと一際目を引く大きな土方歳三像があるのです。





私たちは一日の最後に訪れたのでもう夕暮れ時になっていたのですが、和装の秀麗なお姿が丁度夕日に照らされてとても映えていました。

土方歳三像だけでなく広い境内を色々と味わいつつ巡りこれにてその日の縁の地巡りは幕を閉じました。まだまだ語り足りない位、楽しい一日を過ごすことができたのですが…実はこの日、気温は35度越えの真夏日!引きこもリストの私めには堪えられるワケもなく。セルフ滝行レベルの汗を流しながら歩き回っていました。我ながら不甲斐ない。前回は豪雨に見舞われ、今回は酷暑と結果的にまたもや敢行となってしまったようです。こんなところまで続編かまさなくてよいのだよ。

それでも尚、この引きこもりが出ていくほどに楽しい世界が広がっています。豪雨だろうが酷暑だろうが性懲りもなく「また行きたい」ものです。





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またもや長くなってしまいました。私の学習能力はかなり怠け者らしいですね。こんなんですから申し上げるまでもなさそうですが、そうです、私は書くことが大好きです。あっちへこっちへ延々と書き散らします。加えてそれと同じくらい、読むことも好んでいます。その対象は小説でもSNSに転がる短文でもブログでも。それ故に、私にとってこのブログ部は複数の方の文章が定期的に必ず更新されるという至上の場。いやもうほんと楽園なんですよ。

ですから、可能な限り殆ど全部の投稿を更新される度に拝読しては皆様の言葉の波に酔いしれています。近頃は絵本に登場する美味しいものを作られた方や京の街のお団子の紹介など飯テロもしっかり頂戴しております。しかも先日は、いつも「好きです!」と勝手に叫ばせていただいている先輩のブログにてご紹介いただくなど身に余る光栄に夢か現か自分の目を疑いました。心より感謝を申し上げます。


と、そこまではいいんですけどね、そのブログ部という清流に私という濁流が紛れ込んでいるんですよ。ヒィ。しかも大量に。

書くのは大好きだけど書けば書くほど濁っていくジレンマ。せめてもう少しねェ、濾過がお上手になればよいものを!

今回ばかりは、

言葉使いが酷くなるのも許してほしいかもしれない。何もオブラートに包める余裕がないから。

気持ち悪い話なので嫌な人は読まないで欲しいけど。なんだったら後日この文章は消して全く別の内容をここに書き入れるけど。

京都から帰ってきてから、よく付き纏い被害に遭っていたりする。その場その場の単発付き纏い。京都のはんなりが移ったのだろうか、それとも今年は世の中にクソが増えたか。

車内、カフェ、デパート、本屋、通り

やるやつはバカだから、バレないようにとかいう心がないようで、じっと見てくるから振り向かなくともまあわかる。決定的なことがないからタチが悪い。

毎回洪水のニュースを見て、こういうことしてくるやつが流されればいいのにとか思う自分がいる。基本かなり度が超えた男性嫌いが、知らない男に勝手に付き纏われておいて、何かの手違いで大怪我を負ってほしいと願うのは、仏道というか道徳的にかなり終わっているが、食ったら出るレベルに仕方ないことだと思っている。むしろちょっとは願いが報われるべきだろうとすら思っている。多分男好きでも付き纏いは嫌がると思う。というか、女にもやられたことがある。私は基本同性には寛容的だが、あの時は恐怖のあまり、本気で逮捕されても良いからこの手に拳銃があればと思った。就職さえ響かなければ、髪の毛だってあり得ないぐらい奇抜にしたいし(普通にそれが好みであったりもする)、喉仏が整形で出来るなら手術したいぐらいだが、生やしたところで解決しなかったら死後焼骨で恥をかくだけだ。

今日もやられた。店内でだよ。店員さんが気づいて機転を効かせてくれたおかげでまだ助かっているけれど、店長や奥にいたスタッフまで出してしまった。誘うような破廉恥な服装じゃない私が申し訳ないという資格は全くないから、全部あのオッさんのせい。あいつが全部悪い。店員さんたちの時給はあげてもらって、オッさんは雨の中マンホールの蓋で頭をぶつければいい。側溝に落ちても良い。かれこれ2時間ぐらい店内に匿ってもらっている。

盗撮にはまだ遭ってないと思うけどわからない。他の女の子に若い男の子がやっているところは見たことがある。おい貴様、と声をかけたらダッシュで逃げられた。人が多かったからとても追えなかった。携帯電話や小型カメラの存在がとてもウザく思う。池袋で女装した男が女子トイレから出てきたところを見てから、最近トイレにも行けない。

痴漢も減らないけれど、最近痴漢防止策が充実してきたから、手は出してないギリギリのラインを目指すクソが増えた気がする。もういっそ街中防犯カメラだらけでも良いんじゃないかとかなり血迷うこともある。別の重要問題が発生するけれど、人を不快にさせる行動をするのは公共の場において許されない自由だと思う。

別にこれで東京やだーって言って、上京しても地方に行っても、海外に行っても被害の確率がゼロになることはないだろう。海外のはさらにタチが悪い。最悪即死だからだ。あと異様にガタイがいい奴もいて、シンプルに怖い。日本のは男女共にそういうことをしなきゃいけないような容姿もキモい奴だが、海外は感想として、キモいの前に倒せないというのが先に来る。これから海外、特に西欧に1人で行く女の子は気をつけてほしい。だから別に移住の志100%てことではない。ただ、異様に最近こういうのがあって、東京で過ごし辛いのである。バイトもする気になれない。色々当選しているのに金がない。

世が世で、場所が場所で、私が政を司る存在なら、奴らを全員生贄にするのになと毎日3回は思っている。

私がボスなら下を使って毎日東京湾に沈めるのになと毎日5回は思っている。

逆にどんな奴だったら遠巻きにされるのかと毎日10回は悩んでいる。

資格を取るより武術の稽古をした方がいいのかと思う時もある。

私にホモセクシャルで彼氏持ちのマッチョな部下か友だちが居たらいいのにと思う時もある。

こんなことを悩む時間が1番要らないと、

最悪を避ける為に時間を使うのも嫌だと、

毎日、毎分、毎秒思っている。

さらっとスマートに

暑いですね。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

わたくしは八月どのように過ごしていたのか記憶がないぐらい忙しく、さほど予定を詰めたつもりもなかったのにオフ日がなく、睡眠不足で頭の回らない日々か続いております。おかしいなぁ。寝不足が続くとちょっとしたことに気がつけなくなり、その尻拭いを自分でする羽目になるので勘弁してほしいところなのですが、予定は変えられないので仕方がありません。気合と根性でがんばります。

さて、本題に入ります。

突然ですが、私は外面内面問わず人を褒める癖があります。

理由は2つ、1つ目は私にとっては事実だから。2つ目はせっかくの魅力に気づいて欲しいから(私が)です。

趣味で自他の「似合う」のロジックを研究し、また心理学を用いて自己の内面について分析しているうちに人の魅力に気づけるようになり、素敵なものを見ると褒めずにはいられずうずうずしてしまってつい口に出る癖なのですが、日本人はあまり人を褒める習慣がないのか褒められ慣れていない人が多く感じます。

実際この一週間で三回ぐらい別の方に「めちゃくちゃ褒めてくれるね⁉」と驚かれました。逆に今まで言われなかったのか、とこちらが驚きたくなりましたが、みなさん初めてだったようです。勿体ない。

あまり過度に褒めるのもわざとらしいかと思うので感情はそんなに乗せないことを心掛ける程度にしていましたが、最近この癖による別の問題が発生してちょっと省みなければいけない事になりました。

詳細は省きますが、ごめんそんなつもりじゃなかった、という事が多すぎてちょっと反省しました。やり過ぎ感を出さず、かつ相手が不快にならない範囲でさらっとスマートに褒めたいものです。

【本日のおすすめコスメ】

・コーセー カールキープマジック

カールキープ力のあるマスカラといえば、キャンメイククイックラッシュカーラー、エレガンスカールラッシュフィクサーを思い浮かべる方が多いと思います。

この二本でも、その他ヒロインメイク、エチュード、エテュセ、などなどカールキープ力を売りにしているマスカラを全て使っても睫毛が下がる直毛下向き睫毛のわたくしでも下がらない睫毛を作ってくれる名品です。

キングダムの束感マスカラに似たややクリアな繊維入りブラックで、質感は軽めですが睫毛が白くならず、長く太く盛れます。あと液が重くなく伸びが良いのでダマにならずマスカラの液の重さにより睫毛が下がる事もありません。オールA。大変よかったです。おすすめです。

以上、今回のおすすめコスメでした。

では、また。