私を肯定する

こんにちは、れいです。
先日無事卒業式を終え、ついにブログ更新も最後の1回となりました。
卒業式では、学科の総代として成瀬記念講堂で学位記を受け取りました。総代のお話をいただいたのは卒業論文の口述試験の日だったのですが、試験終了後のほっとしたところで、驚きと嬉しさでいっぱいになったことを覚えています。この4年間は、総じて頑張ったと自負できるのですが、それでも紆余曲折あったり、努力が実を結ばないという経験もあった中で、最後、とても良い締めくくりになったと思います。

大学生活は全てが濃く、どこから振り返って良いものか分からないのですが、日常や思いを書き綴ったブログが、宝物の一つになりました。
このブログでは一度も話したことがなかったのですが、私は小学校から日本女子大学にお世話になっています。小学校では、1年生の時から毎週の宿題に日記があったのですが、その経験を通して私は「書く」ことが大好きになっていました。6年間書き続けた日記帳は今でも大切にとってあり、また中学、高校でも「書く」ということを私自身大切にしていました。
大学に入学してからは、同じ「書く」といっても、レポートなどはテーマを決めて根拠を持って論理的に述べていくことが必要であり(この手続きも好きなのですが)、自己表現の場としての「書く」機会は減っていました。その物足りなさを感じていた時にこのブログ部にお誘いいただき、思いっきり自分の感情をしたためることができる場所ができました。お話をくださったアドバイザーの先生には、感謝してもしきれません。
今回、改めて今までのブログを読んでみたのですが、特に1、2年生のブログの構成や文章が下手で恥ずかしくなりました。突然話題が飛んだり、話し始めたと思ったら「また今度!」と終わってしまったり、はたまた同じことを繰り返し言ってしまっているなど…。こんなものを堂々と世に出していたなんて、と思うのですが、一方で日本文学を学び始めた時の純粋な眼差しや、その時々の感動や興奮が真っ直ぐに伝わるものが多く、恥ずかしいけれど書き残しておいて良かったと感じました。
読み返した中で、特に印象的なブログがいくつかあったので紹介します。

1つ目が、2019年4月27日「舞台「良い子はみんなご褒美がもらえる」」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=9870です。
2年次に上がったばかりのこのブログ、あちらこちらに文章が飛んでしまっていて読みにくさ極まりないのですが、

これは和歌世界でも同じことが言えると思うのです。たった31字の中でどんな想像が膨らませられるか。実際に昔の人がそう思って詠んだかは分かりませんが、私たちは和歌を読んで頭の中でその景色や情景、または心情を想像することができる。言葉というツールを使って、時代や場所を超えて繋がることができるのは、本当に素晴らしいです。

と書いてあり、ハッとしました。私は卒論で鎌倉時代初期の和歌を扱ったのですが、注釈のない和歌を読むことは想像以上に大変で、和歌史の変遷や言葉の持つ意味を一つ一つ考え始めると、迷宮入りしてしまうこともしばしばでした。今も和歌が大好きで、だからこそ院に進学して和歌を研究したいと思っているのですが、この2年生の時のブログには、高校時代に和歌を読んで日文に行こうと思った時の(良い意味で)単純な面白さや感動が記されていて、忘れていた心を取り戻してくれるようでした。

2つ目は、2019年8月7日「二十歳」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=10438

「自分の信じた道を歩いて下さい。」
母からの手紙にあった一節です。一年後、十年後、先のことを考えると、すごく不安になって、空回りしそうになります。そして、未来の夢に向かって着々と歩を進める友人を見ていると、なぜ私はいつまでも足踏みしているのかと焦ります。
でもこれを読んだときに、少し、自分に自信を持てたように思いました。そして、素直に「こうなりたいな」と考える自分の姿を、純粋に描き出せるような、そんな気持ちになりました。

このブログは(我ながら、ですが)この3年間の中でも気に入っていて、時々読み返しています。特に、4年生ではそれぞれ就活、進学など具体的に将来を考える時期にあたり、どれだけのことをしても、これで良いのだろうかと悩むことばかりでしたが、素直に「今できることを精一杯に取り組む」ことこそが私にとっての正解なのだと、いつも答えをくれるブログでした。

3つ目は、2019年12月27日「変わることはきっと素敵なこと」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=11236
まず、今となっては書けないタイトルだなと思っています。コロナ禍になってからは、社会の急速すぎる変化に、「変わらないこと」「変わらずにいられること」に強みがあるのでは?と感じるようになり、変化することをむしろ嫌ってしまった側面があります。
一方で、このブログで私は「成長していく自分が少し楽しみでもある」と言っています。コロナウイルスという社会不安がなかった時を随分と遠く感じるのですが、年齢や周囲、世の中のこと、付随する全てのことを取り除いた先のシンプルな感情は、ここにあるのではないかと最近感じるようになりました。
そしてこのブログには、クリスマスライブに行った時の感想を書いているのですが、

クリスマスライブで見た時の由貴さんは、一年前と随分変わっていました。前も今も由貴さんは綺麗で妖艶だけれども、前はもっと彼女自身が繊細で、触ったらすぐに傷ついてしまうようなガラス細工であって、美しいがゆえに、あと一歩で崩れてしまいそうな脆さがあったように思います。けれども今回は、表情が随分柔らかくて優しくなって、何よりもその場があたたかく甘美でした。幸せな空気を吹き込んで昇華させているように感じられて、同じ濃厚で刹那的な時間なのに、由貴さんの違う面が見られたような気がして…むしろこれが本当の姿かもしれないけれども、それはどうであれ、素敵な変化に見えました。

忘れることのない光景ですが、今となってもこれ以上の言葉で表現できないだろう、と思います。4年間行き続けたライブで、その場の空気に色や雰囲気、温度があることを初めて知りました。

こうして1、2年生の頃のブログを振り返ってみると(今回挙げていない記事も含めて)やはりどこかに出かけたという話題が多いように思います。一方で3年次からは、コロナ禍・オンライン授業という環境下の中で、自己の内面を書いたものが多くなっていったようにも思いました。途中は少し拗らせてしまっているようにも感じるのですが、そういう自分の多面性を知れたのも大きかったです。
続いて3年次、4年次のブログも3つ紹介します。

2020年11月9日「私の源氏物語」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=13204
演習で一年かけて、『源氏物語』の続編(二次創作)を書いた『山路の露』を読んでいた時のブログです。4年間の中で最も日文らしい話題だった上、『源氏物語』が母と子の物語だということを強く意識し始めたのがこの時期であり、その時の心情が細かに書かれているのがお気に入りのポイントです。

『山路の露』は浮舟物語の後日談を書いたもので、最終巻夢浮橋からしばらく過ぎた、薫二十八歳の秋から物語が始まります。ちょうど先週発表担当だったのですが、その際に源氏物語からの継承という視点で、浮舟物語を読み直しました。すると、母中将の君にとって、娘浮舟は身分意識の中で自己投影の存在としての側面も持つことにも気がつかされました。

平安・鎌倉期の物の捉え方や言語をそのまま全て現代に引き寄せて考えることは危険なことではありますが、一方で喜びや悩み、悲しみといった人々の情動は何百年という月日を越えてもなお変わらないのだと思います。親子(特に母と子)の話題は、誰しもが当てはまることであり、それを繊細に描き出した『源氏物語』と、源氏を愛してその敬意の念を持った人が書いたであろう『山路の露』を通して、新たな古典の読み方を知りました。

続いて、2021年6月19日「孤独と生きる」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/mochida/page/2/(このブログから、サイトリニューアルにより個別のURLを出すことができないので、スクロールして見てください)
私は一時期、ブログの中に歌詞や詩を挿入するスタイルで書いていた時があり、その中で一つ好きなブログを選んでみました。
歌詞や詩を入れることにより紡ぎ出されるある種の世界観をブログ全体に描き出すことで新しい表現や手法を学び、得ることができ、自分の世界をまた一つ広げることになったと思います。

そんなコンサート、アンコール前の最後の曲を聞きながら、とてつもなくしみじみと「孤独」を感じてしまいました。私、怖いほど美しいもの、透き通ってきれいなものを見たり聞いたりすると、人間って孤独なんだなぁって思うんですよね。上手く言葉で表せないのですが、どんな人間にも「孤高」な側面があって、その淋しさというものは美しさに繋がるところがあると思うんです。ごめんなさい、分かりにくくて。
前、電車に乗っていて、夕暮れ時だったのですが、透き通った空の青と消えかける橙色が綺麗に川に写っているのが見えて。で、水面に写るその青の部分は黒に近く見えるんですが、黒ではない吸い込まれそうな深い青色をしていて。橙は、空よりも柔らかな色をしていたのですが、その深い青色から柔らかな橙のコントラストに、他を寄せ付けない美しさと暗い孤独を感じました。

美しいものを単に「美しい」と表現するのは簡単だけれど、美しさにもきっと様々な種類があって、私が好きなのは、透き通っていて、明るいだけではないどこか寂しさのある美なのだなと分かり始めた時期のブログです。忘れがたい光景をどのようにしたら言葉にできるのか、言葉にならない感情をなんとかして言語化していく試みが、少し上手くいった文章なのかな、と思います。

最後は、2022年3月12日「大叔母の家に」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/author/mochida/です。
恐らく、この春休み最も思い出に残る日だったと思います。

窓に広がる暗闇からは、春の夜らしい、微かな暖かさと寒さの混ざった、少し物悲しい風が肌をなでていきます。
大学生の最後に、大叔母のこと、そして家族をことを改めて考えたことが、これからの新しい生活をより良い方向へと導いてくれると信じています。
そして、自分の幸せの形を描くことのできた今、心に積もるものをこのブログと心の中に、静かに留め置いておきたいと思います。

大叔母のこと、家族のことはこれ以上語ることができないのですが、一つ言えるのは「書く」ことが自分の痛みや経験を昇華させてくれた、ということです。このブログは、ぎりぎりまで公開するか迷っていたのですが、私の中で「忘れてはいけないこと」でもあるため、一つ形にできて良かったと思います。

こうして3年間と少しのブログを振り返ってみると、文章を書くという行為が、その時々の思いを書き留めるものとなっていて、そして自分を認めていく力になっていたか気づかされます。
大学入学時、私は色々な意味で自分のスタイルを見失っていました。模索する時期だったという見方もできますが、簡単に自分で自分のことを否定する見方をしたり、育ててきたアイデンティティを自信を持って周りにさらけ出すことができなくなっていました。
この4年間、毎日の授業は本当に楽しく、また国文学会委員や自主ゼミでの活動、そして何よりも卒論執筆という経験は私を大きく成長させてくれました。その中の一つであるブログ部の活動は、私が私のままで良いんだな、と思わせてくれる場所でした。この中での私は、ある意味普段の自分よりもずっと、素直だった気がします。「書く」ことで、私は私を肯定することができるようになったと思っています。

最後になりましたが、アドバイザーの先生方、ブログ部の方々本当にありがとうございました。
今後は一読者として楽しませてもらいます!

外では、春の雨が静かに桜を濡らしていきます。夜になり冷たくなった空気を感じて、ブログ部を卒業するのが本当に名残惜しく感じられました。
書く場所がなくなるのがあまりにも寂しいので、4月からもまたどこかでブログを書いているかもしれません。もし今後私のことを見つけたら、是非文章の中でお会いしましょう。

それではまた。4年間の感謝を込めて、ここで筆を置きたいと思います。

大叔母の家に

こんばんは、れいです。
少しずつ暖かくなる日差しに、春が来るのだという確かな実感を覚え、そして少しずつ進む新たな生活への準備の中で、楽しみと不安が入り混じる今日この頃です。
最近は挑戦の春と称し、「はじめての○○」を色々と経験しています。学ぶことも、メイクといった外見の変化でも、新しいことに飛び込んでみるのは想像以上に楽しいことだと、改めて感じました。
想像以上に慌ただしく過ぎていく春休みですが、今日は、母と一緒に大叔母の家の片付けをしてきました。

大叔母は昨年末、急死しました。
大叔母は、母方の祖父の妹で、祖父を含め4人兄弟だったのですが、私が生まれる前に大叔母以外の3人は既に亡くなっていました。そのため、祖父と、祖父の兄弟の中で唯一会ったことがあるのが大叔母でした。最近は年賀状でのやり取りが中心でしたが、少し近寄り難いような素敵なマダム…という印象で、元気な姿を想像していたので、亡くなったと電話がかかってきた時はショックでした。
大叔母は子どもがいなかったことから、今は親戚数人で家の中の整理などを進めています。今回、私も予定が合ったため、(母のいとこに久しぶりに会う、という機会も兼ねて)片付けに参加してきました。

少し汗ばむ春の陽気、大叔母の家の最寄り駅に降り立った私は、小学生の頃に遊びに行った記憶を少しずつ取り戻していました。あの時は、大叔母が駅まで迎えに来てくれて、大叔母、母と私の3人で、小学校は楽しい?などと話しながら家まで歩いた覚えがあります。
今日はその道を、母と2人で歩きました。青い空と霞がかった柔らかい陽射しに、どことなく懐かしさを感じました。
駅から10分ほど歩いたところで、大叔母の白い家が見えてきました。家に入ると、あの時と変わらず広い玄関の真ん中に美しい絵が飾られており、小学校の頃の朧気な思い出が、確かな記憶となって重なりました。
大叔母は、曾祖母の遺品だけではなく、ある方の絵画を引き継いでいたこともあり、元々持ち物の多かった大叔母自身のものだけではなく、様々なものが整理できぬまま残されていました。
(これが幸いなことか、というのは分かりませんが)生まれてから、会ったことのある親戚が亡くなるのはほとんど初めてのことで、また日常を送っていたままの家に入り整理するという経験も初めてだったので、人が生きて生活した証というものはこういうことなのかと考えました。
「生きた証」というと、何かしらの作品であったり、文章だったりを想像するかと思いますが、私が最も心に残ったのは、亡くなる数日前に買い物をしていた領収書でした。私たちは、日常を送っている時「生」を特段感じていませんが、この日々の暮らしの中に確かに生と死が存在していて、ある時にふと(本人も意識することがないまま、かもしれません)その境目を越えてしまうのかもしれないのだと思いました。亡くなった次月のカレンダーには、予定や支払いなどがメモされており、おくるはずの時が止まってしまったのだとも実感しました。


また、片付ける中で、曾祖母の和菓子屋さんの茶箱や落雁やたい焼きの型だったり、着物が出てきて、随分に亡くなった曾祖母を初めて身近に感じました。更に、遺された絵画や絵本の原画は、母や母のいとこ、私も小さい頃愛読していた絵本で親しみのある絵であったり、最近興味の持っている印象派に影響を受けたと思われる絵が多くあり、どれも本当に素敵でした。気に入ったものは親戚みんなでとりあえず引き取る予定になっており、額を変えて私の部屋にも飾ろうと思っています。そしてまた、絵に描かれていた、ある日本の地方の絵であったり、フランスの美しい風景など、大叔母も訪れていたことが写真や手紙から分かり、行ってみたいと強く感じました。
アルバムからは母の幼い頃の写真や祖父や祖母の若い頃の写真も多く出てきて、(自宅にあるものは滅多に見ないので)母たちは懐かしいねと思い出話に浸っていました。こんな形なのは本当に残念ですが、自分のルーツや血の繋がりを改めて感じたひと時でした。

大叔母は晩年一人で暮らしており、曾祖母のものや絵画などを整理するのは苦労もあったと想像します。そして、誰にも看取られることなく亡くなったことは、決して良い最期ではなく、それぞれに皆後悔はあると思います。けれども、改めて家の中を見て、大叔母が生きてきた時間をみんなで振り返ってみると、幸せだったのではないか、と感じました。私は大叔母について、ごくわずかしか知ることができませんでしたが、自由な生き方をした人生は、彼女らしかったのではないかと。
私は「家族」ということを長い間散々考えてきましたが、結局家族の形も、その中で紡がれる幸せの形も、様々なのだと思いました。血のつながったもの同士にしか知り得ない、理解できないこともあります。今まで、世間一般の形に私自身を照らし合わせ、またその形に当てはまらないことに嫌気がさすこともありましたが、自分は自分なりの幸せの形を受け取って良いのだと知りました。

窓に広がる暗闇からは、春の夜らしい、微かな暖かさと寒さの混ざった、少し物悲しい風が肌をなでていきます。
大学生の最後に、大叔母のこと、そして家族をことを改めて考えたことが、これからの新しい生活をより良い方向へと導いてくれると信じています。
そして、自分の幸せの形を描くことのできた今、心に積もるものをこのブログと心の中に、静かに留め置いておきたいと思います。

確信

最近雪が多いですね、れいです。
無事卒論発表会と口述試験が終わり、ひとまずホッとしています。

口述試験、すっごく緊張したのですが、始まってしまったら大丈夫でした。卒論に対して大きな愛があるので、話している時間が本当楽しかったです!
ただ、執筆時の自分の愛だけに頼って乗り切れるものではないこともお伝えしておきます。
試験前は卒論を何度か読み直して、構成やどのように問いを立て、解決したのかという全体の流れを再度把握しました。ただ読むだけだと時間が漫然と過ぎてしまうので、私は、展開やポイントを押さえながら読みました!その上で、当然質問されそうなことは事前に対策を立てました(緊張すると答えられなくなるので、ほぼ暗記して望みました)。

そう、最初答えを用意した時、思ったより長くなってしまって。ただ、時間は限られているから簡潔に話した方がいいなと思って、切り捨ててシンプルにしつつ、除いた部分も念のため自然に話の流れを作れるように準備していきました。
そうしたら当日、まさにその部分を先生に聞かれまして!しっかりと準備していて良かったと思った瞬間でした。
1月は一度書いた卒論に自信がなくなってしまって読む度に不安になっていたのですが、卒論発表会と口述試験を経て、卒論大好き!という気持ちが戻ってきました。

口述試験の日の夜、薄曇りの黒くなりきらない夜の空から降ってくる雪の静かな美しさに、4年間の大学生活に思いを馳せました。学生生活の半分はコロナ禍で、自由に外出したり、対面での授業は制限されてしまいましたが、この月日も今になってみると、決して意味のないものではなかった、と断言できます。
コロナ禍になるギリギリ前、ちょうど2年前に行ったコンサートのライブ音源を収録したCDが、先日発売されました。このコンサートのことはブログにも書いたので、気になる方は前のブログをあさっていただければと思うのですが(恥ずかしいのでURLは載せません…)、その時は、まだ大規模イベントも大丈夫だったのですよね。あの時前列で、しかも私の名前を呼んでくださったこと…生涯忘れることのない日なのですが、私にとってあのコンサートがコロナ前とコロナ禍をはっきりと分ける線のようになってしまっていたのも事実で。

コンサート(ツアー)は途中で中止になり、再開もなく「幻」と呼ばれるように。当初は音源も映像も記録用しかないためにCD、DVDは発売できないとのことで、記憶を頼りにするしかなくなってしまったのですよね。私は、行った後すぐに感想を書いていたので、記憶は決して不確かなものではなかったのですが、記憶の中で時は進まない。あの時を超える何かに出会うことができなかったんです。
けれども、今回記録用の音源と映像を整理してくださって、CD(初回盤にはDVDも)が発売されることに。映像の一部は、発売数日前のNHK「SONGS」で流れましたが、番組が始まった瞬間から泣きました…。記憶の中で薄らいでいたみゆきさんの像がはっきりと取り戻されてきて、私は、あのコンサートの後の2年間を確かに過ごしたのだな、と実感しました。


ひとりでも私は生きられるけど
でもだれかとならば人生ははるかに違う
強気で強気で生きてる人ほど
些細な寂しさでつまづくものよ
呼んでも呼んでもとどかぬ恋でも
むなしい恋なんて ある筈がないと言ってよ
待っても待っても戻らぬ恋でも
無駄な月日なんてないといってよ

中島みゆき「誕生」(作詞・作曲 中島みゆき)より


ずっと、「無駄な月日なんてない」と信じているけれど、時にはそう思えない時もあるのが人間ですよね。けれども、2年越しに「誕生」を聞き、その信じる気持ちは確信に変わりました。
上手くいかない、努力が報われない自分を受け入れるのは想像以上に苦しいけれども、そんな私をも全て受容することの出来る大きなものをまた得た気がします。

時は戻せないけれど、きっと雪のように降り積もるのだと思います。そう、確信しています。

さて、今日はアドバイザーの先生とブログ部の学生を交えてのオンライン女子会がありました。私は残念ながら用事があり参加できなかったのですが、2月後半からは、1年生の皆さんの担当も始まるそうで。楽しみです!
とともに、私たち4年生のブログの更新回数が残り少なくなってきて寂しいです。ブログを書くことで、過ぎ去ってしまう時々の気持ちを残すことができ、(恥ずかしい気持ちもありますが)文章一つ一つが自分の財産になっています。残り数回、後悔のないように書きたいです。

今週末はまた雪が降るそうですね。皆さまも暖かくしてお過ごしください。
(パソコンの調子が悪く、改行が上手くいかず読みにくくてごめんなさい!)

日常

こんばんは、れいです!
寒い上にコロナの感染者も急拡大の状況で、アルバイト以外は家にこもる生活が再び来てしまいました。
実は年始、燃え尽き症候群的な(?)ものになってしまい…せっかく卒論終わったら買いたいな~行きたいな~と思っていたはずなのに、何にも興味がなくなって数日間ひたすら寝て過ごしました(涙)
その後少しずつ体力回復をして今はもう元気いっぱいに過ごしています!コロナだけではなく、風邪や寒さにも負けないように健康に過ごしたいですよね。

燃え尽きた期間はSNSにも触ることができず、アカウントのあるアプリを全部消して、しまいには見ていたTVerまで削除。卒論を書いている時は本当に楽しかったけれど、ちょっとストイックになり過ぎたかも、と後悔しました。私は来年度大学院に進学するのですが、(頑張ることは前提にしつつ)もっと研究に対して良い意味で緩めることが出来たらいいなと思っています。
今卒論を見返してみるとダメダメだなと思う箇所もかなりあって、恥ずかしい…となっているのですが、前にある先生が「卒論は自分の興味の原点」とおっしゃっていて、その言葉に今とても納得しています。今後、その興味を更に温めていきたいです。
で、回復した今はドラマにYouTubeにとやっと楽しめるようになりました!今季(今年)は、大河ドラマに『平家物語』のアニメと中世尽くしな上に、民放でも面白いドラマが盛りだくさんなんですよね。

話は変わるのですが…。
買い物する時、自分の限られた範囲の中で満足できるものが欲しい、買って後悔したくないという気持ちからどうしても慎重になってしまうことってありませんか?
私は決して優柔不断ではないのですが、石橋を叩いて渡るみたいな節があり、いつも買い物する時散々悩んでしまいます。そのせいで、せっかく楽しみにしていたことも辛くなってしまうということがよくあります。
けれども数日前、もっと自分の感覚を信用しても良いのでは?とふと思って。散財しない程度にですが、今年は直感を信じて行動したいです。もっと頭柔らかくしたい……!

なんだか中身のないブログになってしまいましたが、こういう何でもないことに思いを巡らせる「日常」の積み重ねって想像以上に大事なのかな、とこのごろ思います。何か特別なことのある一日も大切だけれど、人の生活はほとんどがそれ以外の「日常」で構成されていますし。その毎日をどう過ごすか、それが人格や雰囲気、性格になっていくのかなと。
今音楽でも本でも、自分が本当に好きなものは何かと考えることが多いのです。今まで無意識にインターネットなどから多くの情報を受け取っていたことに気が付いて。最近この生活はちょっと情報過多だなと感じました。
引き算したい時期です。自分にとって無駄なものをそいでいくことは勇気のあることですが、その中から本当に大切なものが見つかると信じています。

先日学部最後の授業が終わり、本当に4年間の大学生活が終わるのだなと実感しました。
来月には口述試験も待っているので、それまで気を緩めることなく有終の美を飾りたいです!

それでは!

素敵な大人になりたい

明けましておめでとうございます。れいです。

皆さんはどのような新年を過ごしましたか?私は例年の如く神社で働いており、忙しい日々を送っておりました。
元日の朝目が覚めて窓を見た時、真っ青に澄んだ色から橙色へと静謐に移り変わる空を見て、なんて美しいと息をのみました。自然の色って好きです。
神社でのことは守秘義務があるのでお話できませんが、働いている年数が長くなり、教える側に立つということの難しさを感じたお正月でした。教えるといっても、その伝え方や伝える範囲などを見極める必要があるな、と。また自分の課題を見つけた時間でした。

前回は卒論を出して数日でブログ担当が回ってきて、卒論!出しました!という感想だけで終わってしまったので、今回は年末のことを少しだけお話ししようと思います。
年末はまた色々とバタバタしていて、久しぶりにアルバイトに行ったり友人に会ったりと予定があったのですが、
一番の思い出は毎年恒例のクリスマスコンサートに行ったことです♡
私にとってクリスマスコンサートとは、自分の一年を振り返る、節目のような時間です。
素敵な街のイルミネーションを見て、美味しいディナーをいただきながら、大好きな女優さんの歌を聞く…。その中で今年はどんな一年だったのだろうと考えます。一昨年は、来年は卒論や進学に向けて頑張らなくては!という決意を新たにする時だったのですが、昨年(この間)のコンサートは全てが無事終わったという安心感と達成感が体に満ち満ちていました。
そして、卒論執筆中に起きたこと…卒論を書き終わった後もなお、人生のふとした選択で思わぬ方向へと変化したり、傷ついたり挫折をしてしまう…なんていうのでしょう、普段生きている世界からは見えることのなかった隙間のようなものをずっと感じていましたが、コンサートで一曲目を聞いて、女優さんのお顔を見た瞬間に、私はここに座っているんだ、生きているんだという確かな感覚がまざまざと甦ってきました。心が震えるとはこのようなことをいうのだと実感しました。
選曲も最高でした。特にアンコール前。松本隆さん作詞の中で私が最も好きな曲があるのですが、いつか絶対歌ってほしいなと思ったら、今回カバーしてくださって。基本的にオリジナルが一番派の私が、これは本家とは別の魅力がある!と思いました。彼女の不安定さみたいなものが全て歌の中に昇華されていて、とんでもない芸術を見た心地でした。

そして、年末から年始にかけて久しぶりにお買い物もしました。
そう、ここ半年から一年くらいで、随分価値観も変わりました。コロナ前まではたくさんの場所に出かけたい!好きなアーティストのコンサート!いろんな洋服が欲しい!という気持ちが強かったのですが、今はもっと厳選して、その分一つ一つの物や経験をシンプルに大切にしたいという思いが強まっています。
実は今日、今までの中で最も大きな買い物をしました。デパートで散々悩み、最後は家族と店員さんに背中を押してもらい無事購入…!それは一年前くらいから色々と見て迷っていて、最後は卒論終わったら買う、と決めていたものなのです。
末永く大切に使っていきたいと思います。
最後二択に店員さんを長く付き合わせてしまったため、購入の際、母と働き始めたらまた買いに行こうねと話しました。
そのものの良さというものは、それを持つ、着る本人の魅力があってこそ引き立つものだと思います。このブランドが似合う素敵な大人になりたい!

コロナ禍で随分と行動が制限されたこの2年でしたが、最近、世の中には素敵なものがたくさんあると改めて実感しています。日本文学科で学んでいる身として文学は勿論、歴史ある建築物や時を超えてきた絵画、複雑に変化していった言語、コスメや洋服、バックなどの「モノ」、洋食・和食、スイーツなどの料理、全て文化や芸術と深く関わりあっており、その良さや魅力は何にも代え難い。
2022年は、出来る限りその素敵なものに触れていきたいというのが目標です。

アルバイトがひと段落してのんびりしてしまっているのですが、そろそろ気持ちを切り替えなければいけない時期でもあるので毎日のリズムをしっかりと整えていきたいです。
このブログも残り数回となり寂しい限りですが、最後まで私の心の内のつぶやきや感情の欠片をお伝えできればと思っています。
2022年もよろしくお付き合いくださいね!

それでは、また。

卒論

先日、卒論を無事提出しました。
今は、良かった、ホッとしたという気持ちしかありません。
ブログ部には、卒論を公園で遊ばせた(?)先輩もいらっしゃいますが
「卒論、公園デビュー」https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog2/?p=4919

今年度もデータ提出だったのでそうはいかず。けれども、体も心も痛めながら子どもを産んだ気持ち…分かる。研究対象も、卒論も両方愛おしいです。
上手くいっていない、満足できてない部分も当然あるのですが、この論拠とか言い回しはお気に入りだ!という箇所がいくつかあって。言葉の大海から、一かけらの宝物を見つけたようです。

そして卒論が終わってのんびりできるかな、と思っていたのですが「卒論終わったらやります!」と言っていたあれこれが降りかかってくる上、書いている時に押さえ込んでいた気持ちが解放されて波のように襲ってきて、
12月の冷たい夕焼けに染まる新宿のビル群を見たら、ふっと疲れが身に染みて感じる今日この頃です。

そう、提出して嬉しかったことが早速1つ!
お刺身を食べたことです。私はお腹が弱いので、卒論書いている時に食中毒とかお腹壊したらどうしようと思って、一か月生卵もお刺身も全く口にできていませんでした。
で、昨日の夕食、早速マグロと鯛を食べまして…!
一ケ月ぶりのお刺身の味は素晴らしいものでした。今から一か月分を取り戻したい。お寿司も食べたいです。

卒論提出直前には何かしらが起きると言われるものですが、私にも斜め右奥くらいから想像もしていなかったことが起きました。
その出来事というのを詳細にはお伝えできないのですが、私の中で消化、処理していくのに何年もかかることで。
卒論を書いていて言葉の感度が高くなっていたこともあって、その時周囲の何気ない言葉一つ一つが自分にとってノイズになってしまう事態に陥りました。
そのため、思い切って卒論の中で生きることを決意。それから外部の刺激をできるかぎりシャットアウトして、家にこもり一人でひたすら文字と向き合う日々を送りました。さながら作家の缶詰状態でしたが、超シンプルライフを過ごしてその生きやすさにも気づいてしまい、なんだかまだ卒論の世界から帰ってこれなくなっています(笑)
不測の事態に備えて余裕を持って仕上げること、とご指導くださった先生には大変感謝しています。
スケジュール管理とストレスがかかった時の対処、この二つは本当に本当に大切です。

研究を進めて内容を詰め、一つの形にまとめるという作業は、文学的な知見を得ること、いくつか要素を整理してまとめる論理的能力を鍛えることは勿論ありますが、
自己管理をして計画的に仕上げる力や先生への連絡など、卒論周辺のことも含めて、自分の長所短所、性格を顧みる時間でもあったように思います。
反省点だらけですし、これは自分の性格だから腹をくくるしかない!ということばかりですが…。

そしてまた、その予想外な出来事も相まってですが、人は他者とどう関わって生きていけば良いのかと考える日々です。
自分自身で認識している私と、外から見える私というのには当然ながら齟齬が生まれていて、それは仕方のないことなのですが、それが嫌になってしまう時があります。それから、範囲を広げればSNSなども含みますが、周囲から受ける影響によって自分自身が形作られることが今は不快に感じてしまうことが多くて…。
以前よりも心の精度が上がっているからなのでしょうが、この人の考えって素敵だなぁと素直に思えていたことが、最近はやたら自分との違いに目がいってしまい、距離を置きたくなってしまっています。
けれども、人は一人では生きていけないし、そういう風に壁を作ってしまうのは良くないのかなとも思ったり。
そういうバランスをとるのって難しいと卒論を書いていてひしひし感じました。


11月の小春日和を感じた時から、気づけば12月の芯の寒さへと変わっていました。風が冷たさに、年末を感じています。
まずは2021年、一つ一つのことをきちんと乗り越えられたことにひとまず安心しています。
来年はもっと良い年になるといいな。

クリスマス寒波もやってくるそうです。
皆さまもあたたかくして良い年末年始をお過ごしください。

今感じること

こんばんは、れいです。毎日必死に卒論を書いています。
言葉を生み出すのには苦しさもあるのですが、このテーマを選んで(結果的に決まった部分もあるのですが)良かったなと改めて思っています。それが「愛」なのかいまいち分かりませんが、この部分の「ここ」なら世界一その魅力を知っているぞ!と自信を持って言えます。その自信で引き続き書きたい。絶対書き上げます。

そして提出間近の段階になり、もう背伸びする必要はないんだと気が付きました。
この1年半、自分の実力以上のことを一生懸命追いかけてきた感じがあり、その中で理解できたことと、まだまだ時間がかかりそうな部分と両方があります。その「理解できていないこと」に辛くなった時期もあったけれど、ここまでだと線を引くことがいかに大切か、最近実感しました。
また、色々な方からいただいたアドバイスの中で、勉強になったと感じるものと最後まで違和感を感じるもの、どちらもありました。更に「勉強になった」というのと自分の中で本当に「納得」がいくというのは全然段階が違う、ということも今更ながら痛感しています。
結局、「理解」するというのは、自分で手を動かして言葉を紡いでいかなければ成し得ないことなのだな、と。それを他者に委ねてしまってはいつまでも自分のものになっていかない。
けれども一方で、一人よがりになってはならないなとも思いますし、そのバランスが難しいですよね。
私は極端人間なので、そのバランスが取れずに悩んでいた時期があり、執筆している今もバランスが悪いなと思うことばかりです。でもそれが今の実力なのだから、と一旦受け止めようと気持ちを切り替えています。

ここ数日一気に冬の空気になり、本当に提出の時期が来たのだと肌で感じています。
体が冷えやすい上少しでも食事を抜くと体の力が抜けてしまうので、温めることときちんと食べることを心掛けていきたいです。
それから、前々から好きなカカオ70%のチョコ。
苦いのが好きなので…!苦味で頭がすっきりする気がします。

提出までの時間が少なくなってきていますが、最後まであがいていきたいです。頑張ります。

料理ができない

卒論に頭を悩ませているれいです。
そう、タイトルの通り「料理ができない」のです。
先生方に卒論のご指導をいただいた時、このデータ前に調べて手元にあった、これは違和感持っていた!など色々自分が忘れていたり、上手く伝わっていなかったり、言葉にできていない部分が分かり、はぁぁぁぁぁあ…となりました。
その「料理ができない」というのは喩えですが、一つの材料(要素)にこだわってしまって良さが伝わっていないという点と、いくつかの調べた材料を上手く料理することができていないという点があります。いずれにしても料理するのが苦手ということなんですけれど。
そもそも喩えの前に、本当の料理も苦手なんです。苦手というより、シンプル?淡白?な味付けしかできない…。好き嫌いはないしなんでも美味しく食べられるのですが、いざ自分で味付けしてくださいと言われると、何もいらなくない?となってしまうし、むしろお肉とかしっかり焼けたか心配で気が気ではない!
経験則で牛肉は大丈夫かなーとか分かりますが、卒論とか料理のことだけではなくて、日々の生活の中で一つのことが気になると妙に神経質になってしまうので気を付けたいなと思っています。
でもどうしたらもっと柔軟性を持てるのでしょう、、、?小さい頃神経質すぎて楽しいよりしんどい!ってなっていた時から比べると、何しても楽しくて自由を謳歌している気分なのですが…。でも、その楽しさを上手く伝えられないので悔しいし、周りにもなんだか辛そう!?と思われるのが嫌です。そもそも、世の中の楽しいの基準てどれくらいなの…?それぞれ楽しさとか面白さって個人によるとは思うのですが。
私の良くないところは、自分で自分のことを縛り付けてしまうところだとは自覚していて…。それが他者から言われた言葉であったり影響だったりすれば、また違う誰か?が、私はこう思うよ!と別の視点で伝えてくれるかもしれませんが、何の介在もない自分の中から生まれたもので自己完結してしまうと、どうしようもなくなってしまうな、と思います。
自分の意図していることや思考回路が上手く伝わっていないなと感じることばかりなのですが、その感覚って辛いですよね。一方で、私も相手の言葉を理解できていないことも多々あって、自分にやるせなくなってしまいます。究極、私と全く同じ人が目の前にいてその人と話し続けたら互いに全部理解し合えるから楽なのに……。

卒論を書いていると、つくづく自分の性格が分かってきます。今まで演習やレポートは、1回とか3000字とか、それきりということが多かったのでそこまで意識したことなかったですが、1年以上同じものを研究して一つの形にまとめるというのは色々な意味ですごいことなんだと改めて感じます。
今日のブログは心の声をそのままに書き散らしてしまった気がしますが、これはこれで卒論の苦心の跡としてとっておきます。
研究は研究として進めながら、卒論の対象の魅力は何!?ということも言葉にしていきたいです。好きで魅力を伝えるよりも、対象を見ていると自分を見ているみたいになってきてしまっているのかなと今思いました。だから魅力が上手く言えないのかも。最近、私の「好き」は共感なのではということに気がつき始めまして…。それなら、魅力は上手く伝えられなくても、その共感をどうしたら他者にも伝えられるか、ということを意識していきたいものです。
どういう思いなのかはさておき、考えている内の10分の1も言葉にできていない、言葉にしている中でも10分の1しか伝えられていない感じがあるので、それを分かりやすく柔軟に言語化していくことが今の目標です。

良い卒論を書きたい。切実です。凝った料理はできなくても、少しは料理できた〜!となれるようにしたいと思います。

再会

私が日本文学科に進もうと考えたきっかけは、高校2年生前期に古典の授業で和歌に触れたことでした。更に後期では、古典は『伊勢物語』現代文は夏目漱石の『こゝろ』を読み、この2作品で日文への進学の思いは固まったのでした。
今は中世で卒論を書いていますが、振り返れば高校生の時に『こゝろ』を読んだことで今の私がいます。
「自由と独立と己れとに満ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」※
この一文を読んだ時の衝撃、「私」と「私以外」を自覚した時の悲しみと戸惑いが、生き方の一端を作っているといっても過言ではありません。

通っていた附属高校では、作品を抜粋ではなく文庫本で読みます。そのため、2年生最後の数回は「下 先生と遺書」を読んだと思うのですが、授業を聞きながら私は一人涙をこらえるのに必死でした。それは、「先生」が悪いとか、そういう単純なものを越えて、正しさや倫理観をかざした「利己心」は誰にでもあることを知り、そして人生の上澄みの純白な部分だけを掬って生きることはできないのだと実感したためでした。自分にどう責任をとって、孤独と向き合っていくか、生きることは思っていたよりも淋しさとともにあることを意識しました。
更に、ちょうどその頃(振り返ってみれば)色々な面で一番辛い時期だったため、その時の体験や思いと『こゝろ』の内容が心の内で深く重なっています。その意味でも、『こゝろ』は忘れられない作品です。

ただ、授業時に使っていた文庫本を私は紛失してしまいました。その文庫本は、中学1年生の夏休みに購入した新潮文庫のプレミアムカバーでとても気に入っていたのですが、高校卒業後もう一度読みたいと思った時部屋の隅々まで探しても見つからなかったのです。授業内容はほとんどノートに取っていたので見返せば良いのですが、多少は本にラインを引いたり鉛筆で印をつけており授業を受けた時の軌跡が残っていたので、失くしたと気が付いた時は相当ショックでした。
そして今年、もう見つかることはないと諦め、夏にプレミアムカバーの文庫を買いました。材質は変わっていましたが、真っ白なカバーと金の刻印は同じで素敵な装丁です。読むというより、手元に置いておきたかった、という方が強いかもしれません。

そして、夏が過ぎ秋を迎え、卒論提出が近くなってきた今日の朝。
寝ぼけたままリビングでお茶を飲んでいた私は、キッチン横の籠の中から微かに見える本の背表紙、「文庫」の文字に不思議と引き寄せられました。母の書類などを入れているので私は中身をよく知らないのですが、恐らく籠の中の光景はずっと変わっていなかったはずです。けれども、今朝は妙にその「文庫」に目がいったのです。
私はてっきり母が友人に借りた本だと思っていて、しかし本のタイトルが気になり、中から引っ張りました。
それは、あの失くしたと思っていた『こゝろ』でした。

数年ぶりの再会に驚くとともに、ずっと身近にあったはずなのにどうして気が付かなかったのか不審に思いました。母に聞いたら、籠の中の方は普段見ていないから分からなかったと。そもそもなぜその中に紛れてしまったのか、若干顔を出していたにも関わらずどうして目に留まらなかったのかと、何もかもが不思議な出来事でした。
でも、ともかくも長く紛失した思っていた大切な本は、私の手元に帰ってきました。

本を開くと、5年前、確かに書き込んだ跡が残っており、重要なページには付箋もついていました。パラパラと拾い読みをしていると、授業で『こゝろ』を読んだ時の心の動揺と、その時に抱えていた苦しみが思い起こされました。
私はあの時、毎日を生きるのに精一杯でした。自意識過剰な気もしますが、終わりのない悲しみの海にいるような気分でした。日文に進学することは決意していたけれども、大学生になる自分を全く想像することはできなかったし、まして卒論を書く姿は、星のように遠い気がしていました。

今、私は卒論を書いています。
これで良いのかと毎日迷いながらも、確かに今までの知識の蓄積の上に立って、試行錯誤を繰り返しながら進んでいます。
その時に知り得なかった私になっていることに深く感動します。そして卒論でくじけそうになっていた私に、『こゝろ』は日文に進もうと考えたことー初心や原点ーなるものを思い出させてくれました。読んでいた過去の私が今の私を励ましてくれたのです。

あの時の苦しみが、今の原動力になるなんて。
本を見つけるタイミングが、あまりにも運命的です。
時は一方方向にしか流れない、この瞬間から過去を眺めることしかできないと思っていたのですが、時間、時間の中で紡がれる経験はそれぞれが反照し合う、相互補完的なものだと知りました。そして、あの時に流せなかった涙がこぼれました。


過去から今に投げかけてくるもの。愛おしい本との再会は、今の私を助け、そして悲しみの記憶を少しだけ解放してくれるものでした。

過去の私に、心からのありがとう。

卒論提出が迫ってきています。
不安は尽きないけれど、今できることを精一杯する以上のことはないのだと信じています。
来週は大学生最後の演習発表です。悔いのないように頑張りたいと思います。

※夏目漱石『こころ』(新潮文庫、1952年、改版2004年)p.47

心惹かれたものへと


こんばんは、れいです。


今週は卒論ゼミの発表担当だったのですが、その日に習い事もあって、前日夜発表レジュメを完成させた後、世の中が音を失ったような真夜中、一人書道をしていました。眠すぎて、何度か筆を持つ手が狂いました(!)が、なんとかゼミ発表も習い事も無事終えました。盛りだくさん、お腹いっぱいの日でした。
私はかな書道を習っているのですが、先月には特別な試験があり、段が上がりました。嬉しかった…!
卒論や資格との両立は大変ですが、「かな」ということもあり、研究している古典を別の角度から見ることが出来ますし、手を動かして、体にしみこませて古筆の形、特徴、強さや柔らかさを自分のものにしていくのが、大好きです。毎回、先生には色々なご指摘をいただくのですが、先日「ここは急ぎすぎているから、しっかりお手本を見てもっと間隔を空けてゆったり書いてね」とご指導を受けました。私は古筆の臨書を主に勉強しているのですが、確かに私の書いた和歌を読むと、その部分は滑るように早口になってしまいます。私は今まで、「書く」行為と「口に出して話す」行為は別物だととらえていたのですが、本当は深く繋がっているのです。先生につく前は、古筆を見ても素敵、綺麗!と漠然と思うだけでしたが、最近は古筆の字の呼吸や筆の使い方が少しずつながら分かってきました。それが自分の卒論にも生かされている面があるので、書道を続けていて良かったな、と最近改めて感じます。

卒論という一つの大きなものに取り組んでいて、前よりも生活の無駄がそぎ落とされていくというか、シンプルになったような気がします。私は買い物好きなので、到底ミニマリスト…?のようにはなれないのですが、以前よりも本当に必要なものの輪郭がくっきりとしてきましたし、自分の基本形となるものへの愛着も、更に増しました。
その中でも愛してやまないのが、あるハンドクリームです。幼い頃母がよくつけていて、その時はあまり好きではなかったのですが、中学生か高校1年生の時に突然良い香りに感じて、その時以来もう7年くらい同じ香りのものを使い続けています。私は、その日は良い香りだなと思っても、次の日には(自分はつけるのは)少し違うかも…と思ってしまうことがよくあるのですが、このハンドクリームは使う度にやっぱり好き!となります。更に、今年に入ってから別のブランドで近い香りのコロンを発見しました。基本的に香りは家で楽しみますが、部屋の中で香りがぶつかるのは絶対避けたいと思っていて、まさに運命的な出会いでした。この組み合わせは絶対に人に教えられない。

もう一つ、最近これは「欠かせない」と思ったのが、音楽を聴く順番(?)です。前からプレイリストを作るのが好きだったのですが、最近あるベストアルバムを聞いていたら、この並び順は絶対考えられている~!と感じた箇所に出会いました。音楽って一曲で聞くのも良いのですが、アルバムや、オリジナルのプレイリストの中で聞くと、全体の中でどういう曲か、という視点で見られます。曲同士が微かな繋がりを持っていたり、全体でストーリーが一つ構成されていたりすると、和歌的だなぁとも感じますし、それを作っていくのも楽しいです。

色々新しいものを試してみるのも良いのですが、好きなものこれよ!と言える人は魅力的だと思っています。今まで私は、そのこだわりをマイナスに取ってしまうことがあったのですが、心惹かれたものにこだわって生きるというのも、素晴らしいことなのだな、と感じます。そういうこだわりが、自分の言動や立ち振る舞いや、生き方に繋がるはずです。
過ぎ去りゆく時は止められない、最近小さい頃から大好きだった列車が引退して、改めて思いました…、けれども、経験は糧になるし、より目指す方向へと行けるのなら、未来を考えるのも素敵なことなのだと、最近気が付きました。

今日のブログ、いつかの前と似たような感じになってしまった!と思ったのですが、同じ人が書いているのだし、卒論を書いていると自分の核の部分に近づいていく感覚があるので、よりそういう風になってしまうのかもしれません。
特にテーマもなくつらつらと書き綴ったのですが、これも私らしくて良いかな、と思ったりしました。
ではでは!