モラトリアム

大学生活というのは、人生の夏休みである。
そんな話をよく聞く。

人生80年あるとして、その夏休みは4年間。ええと、短くない?
そんなことをぶつくさ言っていたらあっという間に大学四年生になって、大学生活最後の夏休みをいま迎えている。
人生の夏休みの中の夏休みは、いよいよ最後。

ちょっとでも多く遊びたいなァという気持ちと、そのためにはお金がいるもんなァという気持ちと、まじで卒論やんなきゃなァ、という気持ち。
勝ったのは、遊びたい気持ち。あとそのためのバイト。

サークルの大会に出て悔し涙を流したり、初めて夏コミに行ってみたり、友達と浴衣を着たり、日帰りドライブ旅をしたり。
大学生らしいこと、全部やる!みたいな夏休みだ。その合間を縫って少しでも多くバイトに出て、新しいバイトを始めて三年続けたバイトをやめたりした。
出会いと別れの季節2026第二弾である。

あっという間の夏休み。
2ヶ月、4年間。どちらもあっという間である。

この夏休みが開けた時、どんな日々が待っているだろう。9月からは想像に容易いが、4月からは想像もつかない。
夏休み明けのワクワクと憂鬱、それが一年間で二回味わえるのが22歳。

挑むという字は跳という字に似ている。伸ばすものが手か足かの違い。

大学一年生・夏。とあるバイトを始めた。
短期バイトではじめたキャラクターショップのスタッフ。近所だし、室内だし、短期バイトだし。
何より、「キャラクターのことを知らなくても大丈夫!」という言葉があったのでそのバイトに応募した。

持ち前の愛嬌でなんとか面接を突破し、無事そこの短期アルバイトスタッフとして働くことになった。
そして、アルバイトをはじめてすぐに「キャラクターのことを知らなくても大丈夫!」の言葉がとんだ嘘っぱちだったことに気付いた。完全に、騙された。

だが、持ち前の愛嬌と真面目さで食らいつきまくったところ、なぜか長期アルバイトとして採用されることになった。
メチャメチャ辛かったし、メチャメチャ大変だったし、キャラクターのことも何もわからないままだったが、単純な私はその頃ちょうどたくさん褒められて調子に乗っていたので二つ返事で承諾した。ちょうど仕事が楽しくなりはじめていた時期だった。
短期時代、唯一仲良くなった友達は長期アルバイトに上がらないことを知って絶望した頃には、もう遅かった。
そんなこんなで私はたった一人で長期アルバイトとして生きていく事となる。

そこからの三年は色々あった。「絶対次の契約更新でやめてやる!」と思った次の契約更新の頃には「なんか楽しいかも♪」と思い、契約更新をする……みたいなことを何度も繰り返した。
うん、総じて楽しかったな。と、思う。

辞める決意をしたのには色々ある。本当に色々あるが、ひとつ「新しいバイト、したいなあ」と思ったこともある。
私の親友はメイド喫茶で働きはじめた。中学生の頃から彼女がメイドさんに憧れていたことを知っていたので、とても嬉しく思った。
私も、なんかに挑戦したい。アルバイトで、面白い職業できるの今だけだし。と。

そして、うっすらずっと憧れていたバイトに応募してみることにした。三年のバイト生活でパワーアップした愛嬌で面接を突破して、いまはそこで働いている。
三年続けたバイトの最後、思っていたよりたくさんの人が惜しんでくれて、たくさんの人が泣いてくれた。
それはそれは大きいショッパーを両手に抱えて、それでも持ちきれないほどのプレゼント。今後貰うことはあるのだろうか。

もちろん寂しい。後悔しないかと言われたら、正直わからない。
ただ、挑戦し続ける人生でありたい。三年前、あのバイトに応募した時みたいに。

青写真

教育実習を終えた。
教鞭をとって、「先生」と呼ばれる三週間を終えた。

実習期間中の詳細をここで書くのは控えるが、そこで思っていたこと……について触れて、後輩たちの導に多少なりともなれたらと思う。
実習期間中、案外辛くはなかった。でもこれは私の通っていた学校がとてもとても優しくて、かなり特殊な部類だったように思う。

授業がうまく行かなくて職員室裏で泣いていたとき、学生時代一番厳しかった先生が優しくしてくれたり。
正直、少し甘やかしてもらっていた節があると思う。

授業作りというものはとても難しく、とても面白く、とても奥深い物だった。
国語科教育法の授業で幾度となく授業作りをしていたけれど、その模擬授業で生徒役を務めるのは日本女子大学日本語日本文学科中高国語教職課程履修者たち、である。文学が大好きで大学に入り、国語科教員を志す子たち。

当たり前に文を読むのもはやいし、単語も漢字も指示語もわかる。
何より、国語を「楽しむ力」みたいなものがある。

私が授業を担当したのは理系クラスだったので、ここのギャップには随分苦しめられた。
「え〜〜!国語、面白いと思わないの…?!」というギャップ。
どのようにこの面白さを伝えるか!といったところである。

私が担当したのは古文だったが、私は実をいうと古典が大の苦手だった。
過去のブログでも書いた通りである。
古文が担当と聞いて軽く絶望したが、そんなことも言っていられないので学生時代の試験前よりずっと本気で勉強した。

話は脱線したが、国語という教科はどこかで「面白い!」という気持ちがないと伸びないものだと思う。(ほかの教科もそうだと思うが)
そして、その面白さを伝えるためには教える教員側が「あ〜〜この文章、おもしろ!!」と思わなければならない。
極論、授業は教員のオタク語り……なのかもしれない。

そんなことを思いながら大学の授業を受ける。
……まじでそうかも。

日本女子大図書館探訪

日本女子大学が誇る大学図書館。
白くて、清潔で、紙の匂いと知の匂いがする。

授業で図書館を使うことも多い日本語日本文学科学生諸君は、図書館のお気に入りの場所がある人も多いだろう。
「図書館、いつもどこにいる?」なんて質問を学科の友人に投げかけると、10人中10人が即答するのである。
「図書館のお気に入りの場所❤︎」がみんなある、と言うのはさすが日文というべきだろうか。

私のお気に入りの場所は、四階のエレベーターを降りた目の前の、吹き抜け前の低めのテーブル席である。
1年生の頃からずっと、空きコマを一人で過ごす時間などは決まってそこで時間を潰していた。
あそこは椅子が低めでふかふかで、最近の言葉で言うと「チルい」感じがする。
作業に疲れた時は、吹き抜けから下を見下ろして、他の学生や大きな本棚をぼーっと眺める。
最上階というのもあってか、なんだか広々している気がして気分がすっとするのだ。
大学全体の中でも特にお気に入りの場所である。

ちなみに、私調べによると日本文学科は地下にいがちだ。おそらく、シンプルに我々が必要とする和書は大体地下にあるから…だと、思う。
地下も好きだ。うすぼんやりとしたオレンジ色の光。壁のように大きな本棚。(機械式で、ガーっと動かすのが楽しい。)地下だからか、特に感じる色濃い本の匂い……。(古い本が多いから、という理由もある…気がする。)
そりゃあ、虫が甘い匂いにたかるように、本の虫日文生は本の匂いにたかるのであろう。
勉強するのにはもちろん、ゆったり読書をするのにもおすすめな場所だ。

この前、学科の友人と共にPCが設置してある窓に面したカウンター席で作業をした。(もちろん、一切話さず!)
初めて座った席だが、窓が目の前にある分開放感があって、大きなPCはとにかく作業がしやすかった。
ただ、陽の光が大変気持ちよく入ってくるので、少々ねむた〜くなってしまう。
気持ちが良すぎる点に、注意。
だが、そこでの作業はとにかく捗った!それ以降、かなりの頻度でそこを利用している。

日本語日本文学科である限り、図書館との縁はとにかく切っても切れにくい。
お気に入りの場所もきっとあるだろうが、ぜひこの四年の間にいろいろな場所に座ってみてほしい。
図書館探訪、おすすめである。

FIVE

今日という日にシフトをいただいたのなら、これは書かねば、と思っていた。
今日、5月31日。嵐のラストライブの日である。

私はアイドルオタクだ。でも、アイドルオタクになるずっと前から、日本国民として嵐の楽曲を聴いて、嵐のバラエティで笑って、嵐を愛していた。
小学生の頃は文化祭的な催しでMonsterを踊る、みたいなこともあったし、運動会の応援歌はGUTS!の替え歌だった。
平成女児だったので、謎解きはディナーのあとでの翔くんにはそれはそれは恋をしたし、原作も買ってもらって読み込んでいた。

セトリのほとんどが知っている曲だったし、歌えるし、踊れる。
全員のフルネームを言えて、人となりも少なからずわかる。
まさに国民的アイドル。

私なんかがわかったことは到底言えるものではないが、嵐って本当にすごいんだとライブ配信を見て何度も思った。
日本のエンターテイメントはすごいし、これがこの事務所のアイドルなんだよな、日本のアイドルなんだよな、と何度噛み締めたことだろうか。

私が生まれる前に生まれたユニット。
私の人生よりも長い期間歩んできた5人。

知ったようなことは言えないし、言うつもりもないが、彼らが大好きだということは胸を張って言える。


嵐〜〜〜!!!最高でした、ありがとう!!!!

ハッピー!スローライフ!〜現実逃避編〜

スローライフゲームが、アツい。

最近家にNintendo Switch2が届いた。

理由はただ1つ、先週発売のゲーム「ぽこ あ ポケモン」をやるためである。

母が。

私の母はあまりゲームをやる方ではない。

私と父がパーティゲームやらをやっていて、「お母さんもやる?」とコントローラーを差し出すと

「大丈夫、わかんないもん」と断るタイプである。

そんな母を変えたのはそう、「あつまれどうぶつの森」だった。

家に帰ったら真っ暗な部屋であつ森をやっている母を見た時はさすがに悲鳴を上げたのを覚えている。

そんな母は、私の影響で最近「ポケモンちゃん」たちに非常にハマっている。

家に帰ったらなぜかぬいぐるみが増えていたり、母が帰ってきたらなぜかぬいぐるみを抱えていたり。

全くかわいい母である。

だが、ポケモンのゲームをやってみる?と誘ってみても、スマホゲームには手を出すがコンシューマーゲームにはあまり興味を示してこなかった。

「だって、わかんないもん」と。

そんな母の耳に飛び込んできたのが、この「ぽこ あ ポケモン」のニュースである。

Nintendo Switchしかない我が家。私自身、2が無いからなぁと購入を諦めかけていた。

そんな矢先、家に帰ったらあったのだ。

Switch2が。

いつの間にか家にあらわれていたSwitch2。

最近の母は毎日ぽこポケとあつ森を往復している。

もちろん私も遊ばせてもらっているが、ひたすらストーリーを進める私とひたすら街開発をする母でプレイスタイルが全く異なり、中々に面白い。

そして余ったSwitchでは、最近私があつまれどうぶつの森をイチからはじめている。

そろそろ大学がはじまる。

卒論、大丈夫かなァ……どうしようかなァ……と、迫る様々な不安を振り払うように島開発に勤しむ、そんな日々である。

島の名前は、かっこん島(かっこんとう)。

近世の人間は、よくめしを食う。

ここ最近のブログ部の流行はゼミの話題らしい。
この前開催されたブログ部ティーパーティーに参加できず、更新も遅く、ブログ部のビッグウェーブに全て乗り遅れている、そんなしらです。

そうか、2年生はもうゼミを考え出す季節か……と、未だまっさらな卒論テーマ発表のレジュメを尻目にこのブログを書いている。
「福田先生、もう無理です。テーマ、変えます!」と我らが福田先生に泣きついたのは、つい先週の話。
私は、そんな福田先生率いる近世ゼミに所属している。

私はもともと、近世にはあまり興味がなかった。
興味がないというよりは、どんなことをしているのかもピンと来なかったし、
私はもともと図書館情報学とか、近現代とか、その辺に興味を持ってこの大学に入ってきたのだ。

そんな私は、1年生の時になんとなく近世自主ゼミに、入った。
なんで入ろうと思ったのかは、正直あまり覚えていない。
ただ一つ確かなのは、ガイダンスの時にとっていたノートで、近世自主ゼミのメモのところの大きな丸がついていたことだけ。
近世自主ゼミは正直とても居心地がいい。今は人数が多すぎて、あっぷあっぷしてしまうが、アットホームで楽しくて、とにかく福田先生が大好きだった。

福田先生は本当に優しくて面白くて、素敵な教授である。
私が近世ゼミに入ったのは、この福田先生のお人柄に惚れ込んでいるからと言っても過言ではないかもしれない。
もちろん、近世自体に惚れ込んでいるところもある。
近世絵巻の華やかな色使い、当時の人々の息遣いまで聞こえるような庶民文化。
華やかな演芸、近世の日本人のユーモア。

近世ゼミで取り扱われている内容は多岐にわたる。
それは、近世という時代区分の自由さとも関連づいているのかもしれない。

江戸時代。
近世ゼミは、「近世の日本文学」というより「近世の日本文化」を愛する人が楽しめるゼミ……かもしれない。
あまり言い切ることはできないが、私はそんな風に思っている。

近世ゼミ、そして近世自主ゼミは、いいぞ!!

「ガクチカ」

大学3年生。秋。(もはや冬かもしれないが)
就職活動真っ只中である。

このブログを読んでくれているそこのあなたは、今何歳なんだろうか。
後輩か、未来の後輩ならぜひ聞いてみたい。
「学生時代に力を入れたこと」通称“ガクチカ”をご存知だろうか。

その名の通り、「あなたが学生時代に力を入れたことはなんですか?」という質問のことを指す。
この質問は、大抵の企業で聞かれるもので就活を頑張る大学生たちは大抵この質問に狂わされている。

あなたは何を書くだろうか。
バイトのこと?サークルのこと?留学のことだったりもするかもしれない。
「あたし、大学は勉強ばかりで何もしてない……。」そんなあなたは安心して欲しい。
ガクチカで聞かれることは、その名の通り学生時代に力を入れていること。
堂々と、その頑張っている大学のことを書けばいいのである。

長々と前置きをしてしまったので、このブログは「なんだ、就活ブログね」と思わせてしまったかもしれない。
いや、違う。本題はここから。


「どうしよう!!
 とうとう国語国文学会を引退しちゃうよ〜〜!
 寂しいよ〜〜〜!!!!;;;;」

これが、本題だ。
国語国文学会の学生委員。1年生以上の学生諸君なら、ぼーんやり聞いたことがあるだろう。
そう、年度はじめのガイダンスで募集をかけているアレである。
未来の後輩たちはきっと何が何だか…といった具合だろう。
具体的には少し違うが、高校生でもイメージがつきやすいように言い換えるなら、「日本文学科の生徒会」みたいな雰囲気だと思う。

自主ゼミの会計をまとめたり、学会大会(学科の集会みたいなイメージ)を取り仕切ったり、半年に一回ほど日本文学や日本文化にまつわるイベントを主催したり。
そういえば、新入生歓迎会も我々の進行である。覚えているだろうか。
私はそんな国語国文学会の学生委員に、1年生の頃から所属している。
私たちの代は、ほとんどが1年生から入会している子達なのでずっと一緒に頑張ってきた仲間……ということになる。
大学という場所は、システム上どうしても横のつながりを作ることが難しい。
そんな中で、毎週一度顔を合わせ、一緒に仕事をしてきた。

毎週集まって、「お疲れ!」「今日のメイク可愛くない?」「そのアクセかわいい!え、作ったの!?自分で!?」なんてくだらない会話を挟んで、真剣な会議の後にはまたくだらない話に花を咲かせる。

私は学会のみんなのことが、本当に大好きである。
ここまで言ってしまうと、「あ、しらってコイツなんだ」と思われてしまうかもしれないが(もう思われているかもしれないけれど)私は企画係としてこの三年間過ごしてきた。

歌舞伎を見に行ったり、落語を見に行ったり。
藍染めを経験したり、和菓子作りを体験したりもした。

いろいろな経験をさせてもらって、日本文学も日本文化ももっと好きになれた3年だった。
そんな学会委員の活動も、そろそろ一区切りになる。
今月末の秋季大会。1年生は必修で受ける、アレである。

そこそこ忙しくさせてもらってきた3年だった。
寂しいけれど、やり遂げられそうなことについてはどこか誇らしく思う。

大学に入学したてで、「名前があまりにもかっこいいから」という理由で
国語国文学会の学生委員に立候補した私、ありがとう。

学生時代、学会委員の活動に力を入れてきて、よかった。

学問の人間たち

なんとなく、理系の人たちにうっすらとした苦手意識を持っていた。
自分自身、理系科目が苦手なのも理由としてある。ただ、パブリックイメージとして「理系は文系を見下している」みたいなものがあった。
実際、理系の友人に少しばかにされたことも、ある。
その時は、性格の悪い言い方にはなるが、ハイハイ、理系様はそんなに偉いですか?と思っていた。臨戦態勢。

私は日本文学科が好きである。理系が苦手だから文系に進んだのではなく、文系科目が好きだから文系に進んだし、国語が好きだから教職課程をとっている。
だからこそ、なんとな〜く、理系を鼻にかけている人が苦手だった。

この前、色々な大学の人とグループで活動する機会があった。
学年は同年代から大学院生までいて、活動以外の時間は雑談で盛り上がったりもした。
その中で、皆文系理系の話になって、理系の院生だらけのグループの中で肩身が狭いながらに「私文系ど真ん中で。日本文学科なんです」と、いつでも反撃できるぞ、私は誇りを持って日本文学をやっているんだぞ、と息巻きながら言ってみた。

すると、「へえ〜!日本文学!いいなあ」と、想像していたまるで反対の反応。思わず拍子抜けしてしまった。
「どこの時代?近代?上代とか?」と聞かれ、詳しいな〜と思いながら「近世です」と言った。近世は、江戸時代で〜と補足しようと口を開いた時、「じゃあ江戸か。いいですね、庶民文化が花開いた時代だ。楽しそう」みたいなことを言われ、もっと拍子抜けしてしまった。あれ?この人理系の院生だよな、と。

見下されているどころか、リスペクトの目線を向けられて思わず動揺してしまった。
文系理系の話に戻った時に、私が今まで抱いていた理系への偏見と、直前の動揺について話したら理系の院生たちはおかしそうに笑っていた。

「いやね、学問に足を突っ込むと全ての学問が素晴らしいって気づくんですよ。人類の叡智ですから。地味に繋がったりするんですよ」と、とても素敵なことを言われた。過去、ばかにされた時の私が救われたような気持ちになった。

離席していたチームメイトが帰ってきた。
「なんの話してたんですか」なんて問いに、「えっとね、学問の話です。」と冗談めかして答えてみた。

こんじょう

以前、日文で書くという記事で創作自主ゼミの話をした。
曜日が被っている学会委員活動のせいでほぼ幽霊部員気味にはなってしまっているが、
相変わらず創作自主ゼミで思い思いに文章を書いている。
それに加えて、後期はみんなの憧れ創作技法論をとっているので、増して文章を書く日々になるだろう。(創作技法論は、おそらく日文で一番倍率の高い抽選科目なのである)

これまで書いてきた文章、全て自信作だ!とまでは当然言えない。
しかし、今回目白祭に向けて書いた小説は、我ながら自信作だ。
今回は、創作自主ゼミの宣伝!に見せかけた、目白祭の宣伝!に見せかけた、ただの私のエゴの話。

創作自主ゼミでは、小説ごとにテーマが課される。
今回の目白祭小説でのテーマは、色。目白祭のテーマからとっている。

色、何色にしようかなぁと考えた末に、たまたま目に入った紺色にした。
インスピレーションが降ってくるまで、待つ。
そうだ、手紙。手紙をテーマにしよう。紺色は、インクの色だから、と。

そこからは早かった。なんとなく、祖父をテーマにした小説にしようと思った。
私の母方の祖父は、私が小学生だった頃に亡くなった。
とっても可愛がってくれていて、私も祖父のことが大好きだった。
ここで、あまり祖父の話をしすぎるのは控えようと思う。
小説の裏の話をしすぎると興醒め……みたいなところがあるからである。
そうして、大好きだった祖父を思い出して書いた小説は、
もちろんそのまま祖父、というわけではないけれど、自分で読み返してみると「ああ、おじいちゃんだ」と思う。

自信作、になる小説は、やはりどこかで自分の思いが乗っかっているものなのだと思う。
たくさん考えて、一気に書き上げた。
どんな小説になったのかは、ぜひ目白祭で部誌を受け取って読んでみてほしい。

結局目白祭の宣伝になってよかった。
日本文学科ブースには、他にも自主ゼミの出し物があったりするので創作はもちろん、ぜひ近世の方にも、そして他の自主ゼミのところにも足を運んでみてほしい。