ここ最近のブログ部の流行はゼミの話題らしい。
この前開催されたブログ部ティーパーティーに参加できず、更新も遅く、ブログ部のビッグウェーブに全て乗り遅れている、そんなしらです。
そうか、2年生はもうゼミを考え出す季節か……と、未だまっさらな卒論テーマ発表のレジュメを尻目にこのブログを書いている。
「福田先生、もう無理です。テーマ、変えます!」と我らが福田先生に泣きついたのは、つい先週の話。
私は、そんな福田先生率いる近世ゼミに所属している。
私はもともと、近世にはあまり興味がなかった。
興味がないというよりは、どんなことをしているのかもピンと来なかったし、
私はもともと図書館情報学とか、近現代とか、その辺に興味を持ってこの大学に入ってきたのだ。
そんな私は、1年生の時になんとなく近世自主ゼミに、入った。
なんで入ろうと思ったのかは、正直あまり覚えていない。
ただ一つ確かなのは、ガイダンスの時にとっていたノートで、近世自主ゼミのメモのところの大きな丸がついていたことだけ。
近世自主ゼミは正直とても居心地がいい。今は人数が多すぎて、あっぷあっぷしてしまうが、アットホームで楽しくて、とにかく福田先生が大好きだった。
福田先生は本当に優しくて面白くて、素敵な教授である。
私が近世ゼミに入ったのは、この福田先生のお人柄に惚れ込んでいるからと言っても過言ではないかもしれない。
もちろん、近世自体に惚れ込んでいるところもある。
近世絵巻の華やかな色使い、当時の人々の息遣いまで聞こえるような庶民文化。
華やかな演芸、近世の日本人のユーモア。
近世ゼミで取り扱われている内容は多岐にわたる。
それは、近世という時代区分の自由さとも関連づいているのかもしれない。
江戸時代。
近世ゼミは、「近世の日本文学」というより「近世の日本文化」を愛する人が楽しめるゼミ……かもしれない。
あまり言い切ることはできないが、私はそんな風に思っている。
近世ゼミ、そして近世自主ゼミは、いいぞ!!
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「ガクチカ」
大学3年生。秋。(もはや冬かもしれないが)
就職活動真っ只中である。
このブログを読んでくれているそこのあなたは、今何歳なんだろうか。
後輩か、未来の後輩ならぜひ聞いてみたい。
「学生時代に力を入れたこと」通称“ガクチカ”をご存知だろうか。
その名の通り、「あなたが学生時代に力を入れたことはなんですか?」という質問のことを指す。
この質問は、大抵の企業で聞かれるもので就活を頑張る大学生たちは大抵この質問に狂わされている。
あなたは何を書くだろうか。
バイトのこと?サークルのこと?留学のことだったりもするかもしれない。
「あたし、大学は勉強ばかりで何もしてない……。」そんなあなたは安心して欲しい。
ガクチカで聞かれることは、その名の通り学生時代に力を入れていること。
堂々と、その頑張っている大学のことを書けばいいのである。
長々と前置きをしてしまったので、このブログは「なんだ、就活ブログね」と思わせてしまったかもしれない。
いや、違う。本題はここから。
「どうしよう!!
とうとう国語国文学会を引退しちゃうよ〜〜!
寂しいよ〜〜〜!!!!;;;;」
これが、本題だ。
国語国文学会の学生委員。1年生以上の学生諸君なら、ぼーんやり聞いたことがあるだろう。
そう、年度はじめのガイダンスで募集をかけているアレである。
未来の後輩たちはきっと何が何だか…といった具合だろう。
具体的には少し違うが、高校生でもイメージがつきやすいように言い換えるなら、「日本文学科の生徒会」みたいな雰囲気だと思う。
自主ゼミの会計をまとめたり、学会大会(学科の集会みたいなイメージ)を取り仕切ったり、半年に一回ほど日本文学や日本文化にまつわるイベントを主催したり。
そういえば、新入生歓迎会も我々の進行である。覚えているだろうか。
私はそんな国語国文学会の学生委員に、1年生の頃から所属している。
私たちの代は、ほとんどが1年生から入会している子達なのでずっと一緒に頑張ってきた仲間……ということになる。
大学という場所は、システム上どうしても横のつながりを作ることが難しい。
そんな中で、毎週一度顔を合わせ、一緒に仕事をしてきた。
毎週集まって、「お疲れ!」「今日のメイク可愛くない?」「そのアクセかわいい!え、作ったの!?自分で!?」なんてくだらない会話を挟んで、真剣な会議の後にはまたくだらない話に花を咲かせる。
私は学会のみんなのことが、本当に大好きである。
ここまで言ってしまうと、「あ、しらってコイツなんだ」と思われてしまうかもしれないが(もう思われているかもしれないけれど)私は企画係としてこの三年間過ごしてきた。
歌舞伎を見に行ったり、落語を見に行ったり。
藍染めを経験したり、和菓子作りを体験したりもした。
いろいろな経験をさせてもらって、日本文学も日本文化ももっと好きになれた3年だった。
そんな学会委員の活動も、そろそろ一区切りになる。
今月末の秋季大会。1年生は必修で受ける、アレである。
そこそこ忙しくさせてもらってきた3年だった。
寂しいけれど、やり遂げられそうなことについてはどこか誇らしく思う。
大学に入学したてで、「名前があまりにもかっこいいから」という理由で
国語国文学会の学生委員に立候補した私、ありがとう。
学生時代、学会委員の活動に力を入れてきて、よかった。
学問の人間たち
なんとなく、理系の人たちにうっすらとした苦手意識を持っていた。
自分自身、理系科目が苦手なのも理由としてある。ただ、パブリックイメージとして「理系は文系を見下している」みたいなものがあった。
実際、理系の友人に少しばかにされたことも、ある。
その時は、性格の悪い言い方にはなるが、ハイハイ、理系様はそんなに偉いですか?と思っていた。臨戦態勢。
私は日本文学科が好きである。理系が苦手だから文系に進んだのではなく、文系科目が好きだから文系に進んだし、国語が好きだから教職課程をとっている。
だからこそ、なんとな〜く、理系を鼻にかけている人が苦手だった。
この前、色々な大学の人とグループで活動する機会があった。
学年は同年代から大学院生までいて、活動以外の時間は雑談で盛り上がったりもした。
その中で、皆文系理系の話になって、理系の院生だらけのグループの中で肩身が狭いながらに「私文系ど真ん中で。日本文学科なんです」と、いつでも反撃できるぞ、私は誇りを持って日本文学をやっているんだぞ、と息巻きながら言ってみた。
すると、「へえ〜!日本文学!いいなあ」と、想像していたまるで反対の反応。思わず拍子抜けしてしまった。
「どこの時代?近代?上代とか?」と聞かれ、詳しいな〜と思いながら「近世です」と言った。近世は、江戸時代で〜と補足しようと口を開いた時、「じゃあ江戸か。いいですね、庶民文化が花開いた時代だ。楽しそう」みたいなことを言われ、もっと拍子抜けしてしまった。あれ?この人理系の院生だよな、と。
見下されているどころか、リスペクトの目線を向けられて思わず動揺してしまった。
文系理系の話に戻った時に、私が今まで抱いていた理系への偏見と、直前の動揺について話したら理系の院生たちはおかしそうに笑っていた。
「いやね、学問に足を突っ込むと全ての学問が素晴らしいって気づくんですよ。人類の叡智ですから。地味に繋がったりするんですよ」と、とても素敵なことを言われた。過去、ばかにされた時の私が救われたような気持ちになった。
離席していたチームメイトが帰ってきた。
「なんの話してたんですか」なんて問いに、「えっとね、学問の話です。」と冗談めかして答えてみた。
こんじょう
以前、日文で書くという記事で創作自主ゼミの話をした。
曜日が被っている学会委員活動のせいでほぼ幽霊部員気味にはなってしまっているが、
相変わらず創作自主ゼミで思い思いに文章を書いている。
それに加えて、後期はみんなの憧れ創作技法論をとっているので、増して文章を書く日々になるだろう。(創作技法論は、おそらく日文で一番倍率の高い抽選科目なのである)
これまで書いてきた文章、全て自信作だ!とまでは当然言えない。
しかし、今回目白祭に向けて書いた小説は、我ながら自信作だ。
今回は、創作自主ゼミの宣伝!に見せかけた、目白祭の宣伝!に見せかけた、ただの私のエゴの話。
創作自主ゼミでは、小説ごとにテーマが課される。
今回の目白祭小説でのテーマは、色。目白祭のテーマからとっている。
色、何色にしようかなぁと考えた末に、たまたま目に入った紺色にした。
インスピレーションが降ってくるまで、待つ。
そうだ、手紙。手紙をテーマにしよう。紺色は、インクの色だから、と。
そこからは早かった。なんとなく、祖父をテーマにした小説にしようと思った。
私の母方の祖父は、私が小学生だった頃に亡くなった。
とっても可愛がってくれていて、私も祖父のことが大好きだった。
ここで、あまり祖父の話をしすぎるのは控えようと思う。
小説の裏の話をしすぎると興醒め……みたいなところがあるからである。
そうして、大好きだった祖父を思い出して書いた小説は、
もちろんそのまま祖父、というわけではないけれど、自分で読み返してみると「ああ、おじいちゃんだ」と思う。
自信作、になる小説は、やはりどこかで自分の思いが乗っかっているものなのだと思う。
たくさん考えて、一気に書き上げた。
どんな小説になったのかは、ぜひ目白祭で部誌を受け取って読んでみてほしい。
結局目白祭の宣伝になってよかった。
日本文学科ブースには、他にも自主ゼミの出し物があったりするので創作はもちろん、ぜひ近世の方にも、そして他の自主ゼミのところにも足を運んでみてほしい。
原点にかえる
ブログ部の更新を、サボりまくっていた。
それはもう本当に。
大学生の夏は長い。
その長〜い夏の間、ずっとサボっていた。
今回のこのブログの更新は、謝罪と意思表明にあてたい。
主に、石井先生とブログ部長に。
本当に迷惑をかけたし、なんならご心配もかけたかもしれない。
私のブログは割と6割くらい暗い内容だから。
それほどにLINEも見られなかったし、何も出来ていなかった。
そんな夏休み。それなりに充実していたし、それなりに休みもあったし、色々考えることはあったけどまだマシな方だったと思う。
これからはちゃんと当日に完成させますと、猛省。
私はこのブログ部に本当に憧れていた。
入学前からブログ部を読んで、石井先生に「入りたいんです」なんて話をしていた。
勧誘のメールが来たときは手が震えたし、いまだにこのブログ部は神聖なものだと思っている。
だから半端な内容で書きたくなくて、筆が止まったりもしてしまうわけだが。
この前、福田先生のご引率のもと岩手県に行った。学科の有志の中にはブログ部員もいて、「しらさん更新してくださいよ〜!」なんて言われたりもした。
いのりちゃんに。いのりちゃんは毎回すごいウエイトのブログを期日に更新してる。すごい、本当に……。
3年しら、顔を上げられなかった。ハイ、更新します。
激暗メンヘラ情緒不安定ブログに、どうぞお付き合いください。
この前、サークルの友達にこのブログを見せた。
こう、その場のノリというか、向こうがnoteを見せてくれるならという等価交換でというか。
あと私は私の文章が好きなので、ちょっとした承認欲求も秘めて。
このブログで私のパーソナルな部分を分析したなら、その真反対みたいな人間が私である。
明るくて、元気で、面白くて、バカっぽい感じのいじられキャラ。
正直、普段の私を知っている人はこのブログを読まないでくれ〜、重ねないでくれ〜と思いながら書いているし、
誰も読んでないだろう!と思い込みながら普段カタカタキーボードを叩いている。
サークルの友達には「しら結構暗い部分あるんだね」みたいなことを言われた。
そうですよ、と思うけど、普段の明るい私も文章を書いている時の陰気な私もどちらも等しく私である。仕方ない。
そういえば、岩手に行ったときも「しらちゃんってこんな感じの子なんだね!?」と言われた。
少しお酒に酔って、デレデレしていたあたりに言われたこと。その瞬間軽く酔いが覚める。
確かに大学ではおとなしくしている方か?わからないけど。私は周りからどう見られているんだろう。
気持ち、大学ではおとなしくしようとは試みている。
自分でも、自分を構成する性格がまるでわからない。
そんなときこそ、こうしてブログを綴って自分の思考を整理するのだ。
原点にかえる。文章を書くことを、楽しむ。
夏は憂鬱
春はあけぼの、冬はつとめて。
夏は、憂鬱である。
日本は酷暑、7月とは思えない暑さである。
家から徒歩15分の駅に行くだけでもふらふらして、具合が悪くなってくる。
駅に着いたらすぐに自販機でつめた〜い麦茶を買って、
すっきりゴクゴク600mlのペットボトルをあおって
およそ400mlくらいをすっきりゴクゴク流し込む。
昨日、誕生日を迎えて21歳になった。
21歳、流石に大人だなァ、と思った。
20歳を迎えた頃は、「やった〜!大人になったぞ!」と思っていた。
21歳を迎えた今は、「流石に大人か……」といった具合である。
私は脳内ハッピーお花畑タイプの人間なので、
自分の誕生日は祭りだ!!のテンションで一日過ごすが、流石にそうはいかなかった。
バイト先の先輩や、アラサーのお兄さんお姉さんも
「ここからどんどん一年が早くなっていくよ」
「誕生日、忘れるよ」
とかいってくるものだから、より不安になるものだ。
20歳として過ごした1年は笑ってしまうくらいあっという間だった。
昨日まで19歳だったような感覚だし、なんなら17歳だと思っている。
見苦しいかもしれないが、事実だから仕方ない。
誕生日は、中学二年生からの親友と共に過ごした。
14歳だったあの頃を思い出し、語り合う。
エモさなんてもんは一切なく、黒歴史にただ悶えるのみだったが。
互いに握り合っているえぐめの黒歴史をポツポツと語っては黙り込んだ。
それほどの仲ということ。
夏は憂鬱。
酷暑と軽度の熱中症と、21歳と麦茶。
ただ、涼しくなる夜を待つ。
私はどう生きるか
大学3年生、夏。
就職活動が本格的に始まってきた。
もっと、こう、「位置について、よーい、ドン!」で始まるものかと思っていたがどうにも違うらしい。
いつの間にか「合説(合同説明会)一緒に行かない?」なんて誘いを受けるようになってきて、いつの間にか皆すっかり就活モードになってきた。
それがちょうど6月中旬ごろ。みんな一斉に就活をはじめていたようだから、私の知らないところで「よーいドン!」のホイッスルは鳴らされていたのかもしれない。
小さな頃の将来の夢は、今思えばあっちこっち行って忙しいものだった。
覚えてるものといえば小説家、弁護士、エッセイスト、小説の編集者、漫画の編集者、国語教員、エトセトラエトセトラ……。
結果、今私はノリでなんとなく就職活動している。
なんとな〜く、エンタメかなあと思ってエンタメ業界の中でもなんとな〜く一つの業界に絞って。
でも、結局なんとなくで行きたいと惹かれる場所は自分に合っているような気がする。
人で言うなら運命の赤い糸のような、巡り合わせのようなそんな引き合う感じ。
そう思うと、今後一生勤めるかもしれない企業をこの1年足らずで決めるなんて、随分豪快なシステムだなァと思う。
在学中のこの忙しい中、片手間で人生を決めるなんてワイルドすぎる。
このシステム、スギちゃんが考えた?
嘆いても仕方ない。
ひたすらエントリーシートと向かい合う日々。
なかなか充実した大学生活をしている中で生まれたエピソードの数々を、手を変え品を変えコネコネコネコネ……。
「どうですかね、私随分頑張ってると思うんですけどぉ……」と、両手を擦り合わせながら上目遣いで様子を伺っている気分である。
就職活動、こんなにもガイドがないものなのだろうか。
就活アプリを入れたら勝手に進むと思っていた。
手探りも手探りな日々である。
一年後、私はどうなっているだろうか。
来年の今頃は、もう社会人としての人生が決まっている頃らしい。
なのに、もうやる気をなくしかけているのが現状。
自分の人生に、どこか他人ごとである。
私はどう生きていくのか。どんな未来を歩むのか。
楽しみでありながら、ぞっとするほどの不安を抱えている。
対談ありがとうございました
先日、ブログ部同期のまどかさんと対談させてもらった。
ブログ部の顔合わせでの自己紹介から、互いの共通の趣味を知り、そこからまどかさんに対談のお誘いをいただいた。今回はその対談の感想を書かせてもらおうと思う。
実は、同じ学科の生徒、同じブログ部の生徒とはいえ、これまでまどかさんとはあまり関わりがなかった。にも関わらず、気さくにお声がけしてくれて、とても嬉しかった。
ルンルンになってしまうお誘いをいただき、対談会場へ。
五月某日 隠キャの悪魔 上陸
しら 1人 瀕死
しらは弱い。相手がいい人だと知っていても、一対一の対談なんてものは緊張する。
本当に救いだったのは、まどかさんが!メチャクチャいい人だったことである!!本当にいい人〜!まどかさんダイスキ〜〜^^
そう、しらはチョロいのである。
なんか、お茶とお菓子をもらってしまった。手厚い、手厚すぎる。聖人かと思った。聖人だった。引き換え私が差し出せるものはいちご味のミンティア一粒・・・。しらは、弱い。
いつまでも対談内容に触れないわけにもいかないので、いいかげん対談そのものの話をしたいと思う。対談記事のタイトルにもなっているように、TRPGは人生だ。かなりの時間をTRPGに費やし、プレイしていない時のかなりの時間をTRPGの設定作りだったり、イラストを描く時間だったり、感想文を書く時間だったり、小説を書く時間だったりに費やしてきた。高校時代なんてほとんどの時間をTRPGについて考える時間にあてていたように思う。
早口多弁キモオタクになってしまうかと不安だったが、まどかさんはそんな早口多弁キモオタクの話を優しく聞いてくれた。(早口多弁キモオタクにはなった)
後書きのあたりでも話したように、TRPGについて話す相手は普段遊んでいる仲間たちしかいないので、普段遊ぶコミュニティではない人とTRPGの話をするのは初めてだった。遊ぶコミュニティが違うということは、プレイスタイルも遊ぶシナリオの傾向もまるっきり違うということである。とても新鮮で、面白かったし、楽しかった。
まどかさん
改めて、対談企画に誘ってくださり&素敵な記事を書いてくださり本当にありがとうございました。ぜひ、TRPGやりましょう。
皆さんも、まどかさんがまとめてくださった素敵な記事を読んでみてください。
そして、TRPGを遊びましょう。
日文で書く
初めて自分で小説を書いたのは小学生の頃だった。
稚拙な設定を発明だと思い込み、2Bの鉛筆を原稿用紙に走らせ、いつまで経っても完結しない長編小説を書いていた。
ネット小説に目覚め、中学生の頃には書いた小説にもそこそこの人気が出て、中学生にして700人も読者がつくなんて、私にはとんでもない文才があるんじゃないかと思ってみたりもした。
高校生では文芸部に入り、小さな同人イベントにオンライン参加して、小説のデータを頒布したりもした。
小説を書くということは、私の趣味であり、自己表現であり、ライフワークである。
大学ではひっそり、趣味で小説を書こうと思っていた。創作自主ゼミは予定が合わなくて参加出来なかったためである。
趣味でこっそり小説を書いて、仲間内で楽しむことにかなり満足していた。
そんな折、このブログ部へのお誘いを受けて、私は“日本文学科として“文章を綴ることにやりがいを感じるようになった。
そんな私はこの前、3年生にして創作自主ゼミに入ることになった。所属している近世自主ゼミで創作自主ゼミのゼミ長と知り合い、「気になってたんだよね」と言ったところからあれよあれよという間に創作自主ゼミの入会フォームに記入をしていた。
出会いは突然。
日本文学を嗜むもの同士の邂逅は必然である。
創作自主ゼミでは毎度テーマに沿って小説を発表するそうだ。最初に課されたテーマは「さよなら」から始まる小説。テーマに沿って小説を書くのは楽しい。テーマは広くても、狭くても作者ごとの個性が出て面白いものである。
初回の発表。自分の書いた小説に1つ1つフィードバックをもらえるのは新鮮で、とても楽しかった。普段から本をたくさん読んでいるであろう学生の感想はとても参考になるし、教授から褒めてもらうとそれはそれは嬉しくて、調子に乗りそうになる。
教授はひとしきり褒めてくれた後にこう言った。「えーっと、批判とかはしないほうがいいですよね?」少し聞いてみたい気持ちもあるが、趣味で書いているので褒めているだけで留めて欲しい。教授からの「上手く書けてるなと思いました」なんて、それだけで白飯を行けてしまうくらいである。鼻を高くしたままでいさせてほしい。
小学生の頃からずっと小説を書いてきた。
この、日文生活でも小説を書いていきたい。
私の魔法
小さい頃の私は、本気で自分が魔女になれると思っていた。
自分だけの魔法の杖。自分だけの魔法。ホウキ。魔法陣、呪文。ありとあらゆる妄想をはりめぐらせ、いつ自分が魔女になっても大丈夫なように、ありとあらゆるシミュレーションをしていた。
もちろん、20歳になったいま、魔法なんてものは使えない。小さな私の、そんなイマジネーションの源は児童文庫だった。青い鳥文庫に角川つばさ文庫、ポプラポケット文庫……。たくさんの夢と魔法が詰まっていた。
久しぶりに、家の本棚の整理をした。この前自分の部屋を片付けた時に溢れた本を、どうにかどこかに入れ込みたくて目をつけたのが、小学生のころに擦り切れるほど読んだ児童文庫の本棚である。この本棚は、何度母に断捨離しろと言われても守り続けてきた本棚だった。
しかし、児童文庫は大抵シリーズ物だ。本棚をまるまるひとつ、ギュウギュウに占めているくらいには場所をとってしまう。……もうそろそろ卒業の時かもしれない。一冊一冊、思い出を振り返りながら箱に詰めて行く。
結果、3つだけどうしても思い入れのあるシリーズを残すことにした。
箱に詰めた本の数は、数えるのも億劫になりそうなほどの量である。入れた箱を、持ち上げることはおろか、動かすことさえ難しい程の重さである。
これは当時____小学生だった私の思いの重さでもあるかもしれない。
色々なものに憧れた。魔法、怪盗、探偵。
ワクワクするような夢物語が児童文庫にはたくさん詰まっている。
そんな児童文庫が私に与えてくれた魔法は、私の中で今でも息づいている、そんな気がする。