本日は友人のお誕生日でした。
かといって会える距離に住んでいるわけではないので動画を送ることに。
私にクリエイト能力があればよかったのですが、スライドショーのレベルでしかなく……
共通の推しがいるので彼らの写真を並べてみました。
彼らの美しさによって動画が成り立っているといっても過言ではないでしょう。
ありがたや。ありがたや。
その友人とは大学生になってからよく話すようになりました。
高校も一緒だったので、お互い名前くらいは知っていたのですが、話した記憶は全くないです。
でも話すようになってからわかったんです。
彼女とはとても感覚が合う!と
話していて楽しいのはもちろん、話していなくても苦ではないんです。
高校時代に出会っていたらなぁと思います。
とにかく!!
お誕生日おめでとう、ひょん。
おやすみなさい。良い夢を。
月別アーカイブ: 2月 2019
苺、梅、悔って漢字が似てません?
こんにちは、こんばんは。ゆかぼーです。
2月ももうあと少し。自由な時間もあと少しであります。最近は旅行したり甘いもの食べたり花見したりしていました。
卒論発表は…消したい記憶ですが振り返っておきましょう。これから卒論の人は、私のことを反面教師にしてね。
まず、話すことと書くことって全然違いますね。私は、卒論に書きたいことをモリモリ詰め込んだので、それを分かりやすく簡潔に、誰にでも(作品を読んでいない人にも)説明することって本当に難しいです。私の卒論を一言で言ってしまえばシナリオと小説を比較しました。ハイ、オシマイ!なのですが、そういうわけにはいきません。シナリオのここと小説のここを比べて…えっと…このときの登場人物の気持ちは…えっと…その…。。。という風に、話すそばから話したいことが頭のなかでカーニバルを始めます。(こんなんで就職して大丈夫かな。)恐らく、私の下手な喋りよりレジュメ読んでもらった方が伝わりやすいと思いマス。お見苦しい発表でございました…。
さ、懺悔はこの辺りにして、楽しいことを考えよう!
まず、小学生時代から馴染みの友達と、台湾旅行にいってきました!小籠包を食べに!
ツアーで美味しいところに連れてってもらって、お会計もガイドさんにお任せしてしまったので楽チン。
ちょうど春節の大晦日だったので、可愛い飾りがたくさんありました。足つぼマッサージとか101の展望台から景色を眺めたり、ビクビクしながら現地の市場や屋台を覗いたりしました。南国は看板も食べ物も色鮮やかですね。トイレだけは帰国まで慣れませんでしたけど(笑)
小学生以来の海外旅行なのでテンションが上がりました。
あとは、自由が丘のフルーツパフェ再びです☺
いちごのシーズンなので、いちご食べ比べパフェにしました。上から、あまおう、パールホワイト、紅ほっぺです。どのいちごも美味しかったですが、やはりあまおうが一番好きです。あまうま!
そのあと新宿御苑へ。梅がポツポツ咲き始めていました。ちょうど天皇陛下即位30周年の日でしたので、入園料が無料になっており、ちょっと得した気分です。梅が見頃でした!
春は出会いと別れの季節。別れは寂しいもので、落ち込むことも多いです。ブログ部でも悔いの残らないよう完走したいと思います。
それでは、ゆかぼーでした。
部活
春合宿を終えて部活を引退しました。
わたしは3年間合気道部で活動していました。
今までブログ部で合気道部のことについて書くのを避けてきました。宣伝すらもあまりしませんでした。
部活に対してのぐちゃぐちゃの感情を綺麗な言葉で包んで隠して表に出して薄っぺらい言葉になってしまうくらいなら書かないほうがいいと思っていたからです。
でも、今タイムリーな話題が部活の引退しかなかったので、とりあえず書くことにしました。
読んでいて楽しい記事にならないこと必須ですので、嫌な空気を察したらここでブラウザバックで☆(古)
わたしの学年は近い代と比べて人数が多く、入部当初はもう少しいました。よく11人も残ったね、もっと辞めるかと思った。と2つ上の先輩に言われるくらい。
2年生、1年生の人数は半分以下で、3年生は多いから、1、2年生は少ない人数で仕事を回さなきゃいけないと危機感を感じているようです。
周りからは多いとは言われるけど、わたしにとっては11人いるのが自然なことで、自分たちが特別多いとかは思っていません。
矛盾するようですが、11人もいていいと思ったこともそんなにありません。それぞれの役職の仕事はやってくれるけれども、誰でもできる仕事を引き受けてくれる人は限られてくるからです。
全員平等に仕事を引き受けてくれるのが理想形だけれども、そこまで上手くいかないこともわかっています。それでも時々は不平等さを嘆かずにはいられないのでした。
良いことがあるとすれば、役職を兼任せずに済んでいたことでしょうか。嫌なところばかり目につくから気づいてなかっただけで、実は人数に助けられていたことも多々あったのかもしれません。
同期を個人として見たときは好きなのですが、組織としては最悪で大嫌いだとずっと思ってきました。何なら今回の合宿中も。
最後のミーティングで「何度も部活を辞めてやろうと思ったけど、同期がいたから辞めずに頑張れた」と言っている人も多くいました。思い出というのは美化されがちでして、実際同期がいるから部活辞めずに頑張ろうとは思いましたが、3年間通してその同期に悩まされたことが何度あったことか。聞いていて「あなたがそれを言うか?」と内心思ってしまいました。同期のことが好きだし嫌いだし、相反する気持ちにもみくちゃにされてミーティング中べしゃべしゃに泣いてしまいました。自分の番では泣かずに淡々と総括を述べられたんですがね。傍から見たら思い出に浸って感動している3年生だったんでしょうけど、本当のところ全く綺麗な感情ではありません。まあそれを部員に弁解して感動的な場を汚しても仕方ないのでね。ここで愚痴を言わせてください。
また、下級生に対して人数少ないから大変だよねとつい言ってしまうのですが、1、2年生の人数が少ないとも思いません。日本女子大学合気道部の歴代の人数で見たらまあ人がいる方です。
わたし達が無駄に不安を煽ってしまったから、新幹部になった2年生はものすごく気負っているように見えます。そこまで気を張らなくてもいいのにな、と思ってしまいます。少し他人事だからというのもある。
2年生は3年生の引退を重く捉えていて、一方送り出される側のわたしは3年経ったんだなぁとぼんやりしています。
後輩としては部活を仕切っていた先輩たちがいなくなるから一大事だけど、引退しても何かが具体的に変わったわけではないのでピンときていないんですね。
4月になったら週3日体育館に集まって稽古することはなくなって、みんなに会えなくてさみしくなるだろうけど、今は合宿で四六時中一緒にいたので一旦距離を置きたいと思ってしまう(笑)
わたしが2年生で幹部交代したとき、大好きな2つ上の先輩に「部活をよろしくね」と言われて、歴史ある部活のバトンを渡されたことに気が引き締まりました。
3年の夏合宿前に上手くいかないことがあって同期と気まずい感じになったときに、無意識に先輩の言葉を背負っていたんだと気が付きました。
やはり上の影響力は強いから下手なことはできないなとも思いました。彼女たちもいまそのような状態なのかも。
果たしてわたしは大好きな先輩からもらったものを後輩にあげられたのか、甚だ疑問なところではありますが、合宿中はしっかりコミュニケーション取れたのではないかと感じております。
3年生と2年生は全くカラーが違うので、来年は違う雰囲気の部活になっていきますが、わたし達の悪いところは容赦なく捨てて、本学合気道部のいいところはずっと受け継いでいってほしいです。
過去のブログ部のメンバーに合気道部の主将を務めておられた先輩がいて、記事を書く前に遡ってみたのですが、上手いこと合気道部の宣伝をしていてただただすごいと思いました。
今でもOG稽古などでお会いする先輩で尊敬するお方ですが、現役の時の記事を見ても前向きな言葉で綴られていて、わたしにはどうしたってこのようには書けないと感じました。
わたしも嫌なことがあっても前向きな気持ちで取り組んではいるんですが、課題があるのに良い事だけ素直にアピール出来なかったんですよね。
上手く言えないんですけど、その先輩のことをより尊敬しました。
合気道自体は嘘偽りなく楽しいと言えます。
1年生のときは、技を間違えたら集中してないことが先輩にバレるなとか、若干の恐怖心もあったのですが、できないことができるようになるという点においては面白さを感じていました。
2年生というのは中だるみしがちで、わたしも常に真剣に取り組み続けていたかと問われれば自信を持って答えられないのですが、それなりに楽しんでいたような気がします。
3年生になってからの方が本当の合気道の面白さを感じて稽古を楽しめました。
一方、同期と比べて演武会前には自分の合気道って特に迫力も特徴もないしつまらんなと悲観的になって、辞めたくなりましたが…。
合気道はやってもやっても極めたとは言えないので難しいのですが、その難しさが面白さではないでしょうか。
部活動としては、1、2年生に教えることの難しさも味わいながら、自分のための稽古ができたと思います。
わたしは捻くれ者なので、学科で薄っぺらい関係を作るくらいなら部活入って友達作るわ、と思っていました。
大学で授業しかなかったら引きこもりそうだから運動しよう。運動部のなかでもしっかりしてそうな武道系に入ろう。と考えていて、あまり知らない合気道に見学に行ったらなんか楽しそうだったから即入部しました。
結果的にそこで学科の友達ができて、他の学科の友達もできました。
先輩に怒られながらもみんなでわいわい賑やかにやって、充実した大学生活が送れたと思います。
斉藤壮馬(声優・アーティスト)がライブのMCで「若い頃は苦手なものが多くて、けっこう生きるの苦しいなって思ってたんですけど、歳を重ねるにつれていろんなことを受け入れて愛せるようになってきた」と言っていて、わたしにとっては生きるのがつらいと思う要因も部活だし、いろんなことを受け入れて愛せるようになったきっかけも部活でした。
嫌なことが無かったらどうしようもないぐうたら人間になっていたでしょう。
自分でいうのもおこがましいですが、社会的人間として成長することができました。
でんぱ組.incの『絢爛マイユース』のように「今まで過ごした全部が わたしの宝物」と言えるほど感情の整理はついていませんが、そのうちにね。
次のステージに進むために頑張っていこうと思います。
そのか
文学館めぐり~余裕派・高踏派~
こんにちは、あかねです。今回は、2月23日に行ってきた文学館めぐりについてです。森鷗外記念館と子規庵、漱石山房記念館を半日でまわってきました。東京は電車が潤っていて移動がスムーズです。
まずは森鷗外記念館から。千駄木駅から徒歩5分のここは、かつて鷗外の家があった場所です。観潮楼と呼ばれていました。
以前行った時はまだあまり詳しくなく、何故永井荷風がこのようなものを書いたのか分かりませんでした。しかし今は、荷風が鷗外を敬愛していたからだと分かります。展示を見ても、鷗外は多くの人に頼られ、多くの人の面倒を見ていたとありました。お医者さんだからなのか、彼の人間性なのか……正岡子規を「人誑し(ひとたらし)」と評していましたが、案外鷗外自身が世話焼きだったことも影響していたのかもしれません。
現在の特設展は、九州の小倉にいた頃の鷗外の生活を書簡や新聞の投稿から見るというものでした。賀古鶴所(かこ つるど)という7歳上の親友に「工事が始まって、夜の12時までやっているから退屈しない」等と送っています。また、家へは「醤油が届かないから通運会社に聞いてみているが早く送ってほしい」といった、関東と九州で異なる味付けに苦戦した様子が見られました。
モリキネカフェでラプンツェルやハム、コンビーフのセットを食べた後、子規庵へ。
正確に言うと子規庵は文学館ではありません。正岡子規の住んでいた家です。……更に正確に言うと、家自体は戦争の際に焼けてしまったので、弟子や家族が協力して再現したものです。東京都の文化財に指定されています。
普段「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の掛け軸が吊るされている所には、12月に催された蕪村忌の寄せ書きがありました。私も蕪村忌に行った際書きましたが、その時よりもずっと賑やかになっていました。友人へお土産を買った後、漱石山房記念館へ。
……時間配分にはお気を付けください。漱石山房記念館の中にあるsouseki cafeはラストオーダーが17時です。東京メトロ早稲田駅に着いたのは16時40分。坂を上って下って上って、結局片道10分はかかるところを5分で行きました。人間、頑張ればどうにかなるものですね……。
そのような理由で、写真撮影は後回しにしました。だんだん暗くなっていく写真をお楽しみください。
カフェで渋柿のアイスを堪能した後、ショップで黒猫のマスキングテープを購入。以前来た時、帰宅してから後悔が物凄くあったため、今回は必ず買おうと心に誓っていたものです。無事買えました!
展示は留学中の漱石についてでした。立花銑三郎という日本人翻訳者と漱石は友人関係にあり、立花も漱石より前から留学中の身です。公開されていた書簡では、インフルエンザに罹って帰国の途につく立花へ「僕の下宿に寄っても構わない」という旨を送っていました。日本文学科では一年次から「変体仮名演習」という必修の講義で、ミミズのような昔の字を読めるよう訓練されます。しかし、習っていなくても読めるような漱石の筆跡の「インフルエンザ」を拝むことが出来ました。病名は100年以上前と変わらないんだなと驚く一方、結局立花さんは帰国途中に亡くなり、漱石が帰国すれば同郷の親友である正岡子規も亡くなっているわけですから、なかなかにシビアで切ない現実です。
帰路
今回は文豪の作品ではなく、生き方を見る旅でした。中世の教授である石井先生は「非リア充からしか文学は生み出せない」とよく仰ります。神経衰弱の時に高浜虚子から進められ文壇に登場した漱石、病に侵され窓から見るだけとなった世界をそれでも歌い続けた子規は、確かにその通り当てはまります。今回の展示で、医者の家の長男として軍医になりながら、興味は文学の方面へと向かう鷗外の姿にも気が付きました。恐らく鷗外もまた、家督を継ぎ医者となるのが本望ではなく、本当は小説を書き歌を詠んでいたかったのではないかと思いを馳せてしまいます。何かしら思い通りにはならなかったことがあったからこそ「文豪」は誕生したのだと思いました。
やりたいことは体が動くうちに、生きている間にしたいものです。現代は明治・大正当時と、家の在り方も病気への対処法も違いますからね!それに、足が動かなくなってから後悔することは多いです。正岡子規もきっとこんな気持ちだったのだろうと思えるほどに狭まった世界で生きています。今回は3つとも回れましたが、もう少し寒かったら途中で断念していました。そういうリスクも私の外出には必ず付きまといます。どうか皆さんが、いつ何が起こっても後悔しない日々を送ってくださることを願います。多分、鷗外も子規も漱石も、失ったから文学が書けたのだと思います。しかし失った自由や時間や健康や足や友人は帰ってきません。欠落から文学が生まれるのだとしたら、文学というものは穴を埋めるための塊になってしまいますね……。誰かの心にははまるけれど、書いた当人の穴は埋まるのでしょうか。埋まっていたら良いなと思います。
さて、しみじみしたところでお知らせです。生誕150年を記念して、創作能「子規」が3月17日、新宿区の矢来能楽堂で13:30からあるそうです。料金は学生がなんと3000円!全席自由!宇髙通成さんがシテ役で子規を演じます。老人が実は子規で、歌を歌い舞い踊るという典型的なあらすじですが、32歳で亡くなった子規が老人になって登場するというだけで、あの世で老成したのかなと勝手に嬉しさと切なさを感じています。子規庵にチラシが置いてあったのですが、ちょうど後期の講義で創作能レポートを出したところだったのでタイムリーだと思い、この場で宣伝致しました。近代文学と古典芸能のコラボレーションを是非、たった一度の機会ですから見に行きませんか?
私は都合が合わないので、見に行けないのですがね!悔しい……!生誕200年になったら絶対行ってやると固く心に誓ったあかねでした!
春は好き、けれどもしばし雪国へ
皆さま、こんばんは。
春休みももう少しで折り返し。好きなことをしたり、資格を取ったり、バイトをしたり…いつまでもこんな時間が続いてほしいと思いつつ、でもまた4月から新しい学年で履修を組んで、っていう新鮮さが待ち遠しかったり。
春といえば、必ずこの詩を思い出します。
この気もちはなんだろう
目に見えないエネルギーの流れが
大地からあしのうらを伝わって
ぼくの腹へ胸へそうしてのどへ
声にならないさけびとなってこみあげる
この気もちはなんだろう
枝の先のふくらんだ新芽が心をつつく
よろこびだ しかしかなしみでもある
いらだちだ しかもやすらぎがある
あこがれだ そしていかりがかくれている
心のダムにせきとめられ
よどみ渦まきせめぎあい
いまあふれようとする
この気もちはなんだろう
あの空の青に手をひたしたい
まだ会ったことのないすべての人と
会ってみたい話してみたい
あしたとあさってが一度にくるといい
ぼくはもどかしい
地平線のかなたへと歩きつづけたい
そのくせこの草の上でじっとしていたい
大声でだれかを呼びたい
そのくせひとりで黙っていたい
この気もちはなんだろう
谷川俊太郎の「春に」です。私はこれを中学1年生初めての国語の授業を読んで、強い衝撃、その一方でじんわりと来る感動に襲われたことを覚えています。そして今読んでも、自分の声にならない叫びが響くように感じます。本当に人間って「もどかしい」生き物です。相反する気持ちが同時に襲ってくるのだから…。特に春は、新しい世界に飛び込んだり、生活が変化する時期で、心が揺れ動いて、冒険したい気持ちと踏み切れない自分がいたり、ね。
そんな春なのですが、春、それは花粉症の時期でもあります。花粉症と付き合って早13年の私としては、
あの春めいた風のすがすがしい匂いを吸ったりして、
幸せ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
なんてやってみたいものですが、その後が辛いのでできません。悲しい。
今日さすがに限界で病院に行ってきました。もう体がだるくて、花粉の黄色い粉が見えそう。というわけで、このブログを手短にまとめることをお許しください…。そして書きたかった、むーさんのブログにもある粟谷先生の事前講座と、次の日にあった上代ゼミのお食事会(自主ゼミメンバーも、ということでてっちりをいただきました)はまた日を改めて…、今日は薬を飲んでおとなしく寝ます。次の更新までにちゃんと温めておきますね(涙)
というわけで、暖かくなると途端に花粉に侵される私の体にぴったりな写真。
この間、大学の友人とスキーに行った時に撮った一枚。一面銀世界パウダースノー!!!!!!!!雪が!!!ふかふか!!!!!(とてつもなく滑りやすくて感激でした)
そして花粉は飛んでいない。なんて幸せな世界。
そういえば行きの新幹線で、川端康成の『雪国』と同じようにトンネルを抜けたら雪国でした。
友人思わず
「康成現象キターーーーーー!!!」
と一言。
ことばのセンスが光ってるなぁと隣で眺めてました、私。
花粉症の皆さま、「雪国」の想像を膨らませてみてくださいね。きっと気休め程度にはなるかもしれないですヨ。
春は好き、けれどもしばし雪国へ行きたいです。切実に。
では、Good Night
おやすみなさい。
ランドセルを背負う老人のはなし
こんばんは。お久しぶりのむーです。
最近とってもぽかぽかしてますよね。お天気にも恵まれて、サークルの色塗りの作業が大変はかどってありがたい限りです。そんなこんなな日々を送っていたらおしゃれ着をペンキで汚してしまいました。しかも赤。何がまずいって血みたいに見える。根性で落とします。
さてさて、今日はとっても貴重な経験をしてまいりまして、そのお話をばと思っております。
能楽師の方と、同じ机を囲み、能についてのお話を伺ってきたのです!!!!
来る3月3日、国立能楽堂にて、粟谷明生先生主催第102回『粟谷能の会』が上演されます。その観劇に当たり、我々日本女子大学の学生を対象に、粟谷先生ご本人が事前講座を開いてくださったのです。この講座、毎年恒例らしく、我らがアドバイザーの先生と粟谷先生が「いつからやっているんだっけ」と言葉を交わされると、院生の先輩が3年前も同じ会話をされていました、とお二人に仰っていました。いつからなんだ……
今回の講座の内容はおおまかに二つ。面についてと、今回上演される『木賊』についてです。
まずは面。能の最大の特徴とも言える面について、その意義や装着の仕方、どのような角度が良しとされるか、などなど演者としての視点、能の専門家としての視点から様々なお話を伺い、一層仮面劇としての能への関心が深まりました。その上何と今回は、先生がご自身の面を4つお持ちくださり、実際につけていただくことも出来たのです……!
↑「中将」の面。大のモテ男、在原業平の顔をイメージして造形されたものだそうです。眉間にしわが寄っているのは、困っているから。一体何に困っているのか、女性にもてすぎて困っているのだそうです。💢💢💢
↑美しい高貴な女性の面、『増女』。バイト帰りに講座に来たブログ部のしおりちゃん、スーツ姿で能面……
一同「バリキャリじゃん」。中世の“強い”女がここに、という感じでした、違和感のなさたるや……髪をひとつにくくった増女もまた素敵だなと素人心に思いましたが、正式には髪を下ろし、能面に描かれた髪の生え際と合わせることで、面と顔を馴染ませるのだそうです。
↑美しい少年、『童子』。経年や素材によるものとは存じますが、他の面より濃いその色に健康的な日焼けを思わされました。面の難しいのは、少しの傾きで表情が付きすぎてしまうこと。斜めに首をかしげるなどすれば、間が抜けたように感じられてしまう。能の世界でそれは良しとされないのです。姿勢を正し、背中から垂直に、横を見るときは顔を地面と平行に動かすことが求められるのだそう。
最後、『小尉』。今回の『粟谷能の会』にて上演される『木賊』で先生が実際につけられる面です。『木賊』はその難易度から上演される機会がほとんどなく、アドバイザーの先生からも「レア」と繰り返し伺ってまいりました。
子を愛する父親と、父親に黙って突然出家してしまった子。幾年か幾十年か経った頃、子が師匠のお坊さんと共に父の様子を尋ねに行くと、父の従者から忠告を受ける。「あの爺さんは客人が来るといつもおかしなことをするから気をつけろ」。老いた父は、訪ねてきたのが自分の子供だと気がつかないまま、まだ幼かったころの我が子の装束を身にまとって、客人の前に姿を現す――
先生が演じられるのは、その父親。子供の装束を身にまとう、というのは現代の感覚に置き換えるなら、「小学生の黄色い帽子とランドセルを背負う」と同義だそう。うわああああ。
先生は、「自分の父親だと思ってみてごらん」とおっしゃっていました。老いた私の父が、私を恋しく思って、私のランドセルを背負う……? そう思うとなんとなく冷めた気持ちになってしまって、いやもし私が急にいなくなったとして父はそのような行動はとらないだろうと思うのですが、親の心子知らずという言葉を実感したような気がしました。子を恋しく思う老人の、なんと滑稽で、なんと悲しいことでしょう。観るのが本当に楽しみです。
チケットはまだ売りとめにはなっていないようです。お時間があればぜひ、貴重なこの曲と出会いに、国立能楽堂へ足を運んでみてはいかがでしょう。
さてさてこの事前講義、以前は装束についてやかつらについての講座もあったそう。それも実技付き。すてき……!「ぜひリピーターになってね」と言われてしまったので、これは来年も参加させていただくしかありません。とても貴重な経験ができました。この場をお借りしまして、粟谷先生、本日は本当にありがとうございました。
それではまた!むーでした。
冬
こんにちは。ここです。
冬ですね。皆さんは寒い日はお好きでしょうか?私は暑い日よりはマシかな、と思います。(汗をかくのが嫌なので…)
冬といえば、みかんとか、こたつとか、まあ色々思い浮かぶと思うんですが、何と言ってもやっぱり雪ですよね!先日東京でも結構しっかり降りましたよね。いつもだったら、「おー!雪だ!」くらいの興奮はしていたと思いますが、今年は違いました。「ああ、雪ね」くらい。
何故かと言うとですね、私、北海道旅行に行ってきました!一面、雪、雪、雪!市街地であんなにたくさんの雪を見たのは生まれて初めてでした。
高校の頃の友人と行ったのですが、最初に「二月に北海道行こう」と誘われた時は、「この寒い中北海道って正気か?沖縄にしようよ…」と思いました。しかしながら、寒い季節に寒い国に行くと言うのも中々良いものでした。と言うか若い時にしかできないなー、と思うので、今のうちに行けてよかったです。
支笏湖の氷濤祭りに行って、小樽の雪明りの路に行って、札幌を巡って…というプランでした。
画像は氷濤祭りの様子です。本当に綺麗で、今まで見たことのないようなものばかり見られました。ただ氷の造形物があるという訳ではなく、氷の洞窟があったり、氷のお城があったり。この写真も、氷のお城の頂上から撮ったものです。
日暮れにライトアップされるとまた綺麗で…今の時代、いつでもどこでも画像で景色なんて見られますが、やっぱり実際に肉眼でその景色を目の当たりにすると全く違うんだなあ、と当たり前のことに改めて気がつきました。支笏湖はそこそこ寒かったですが(写真を撮っていると手が痛くなるくらい)、冬ならではの澄んだ空気、澄んだ空、遠くに見える山、そして顔に吹きつける冷たい風がマッチして、とても気持ちのいい空間でした。
そして、こちらが小樽の雪明りの路でライトアップされた、小樽運河です。手前に見える雪のランタンのようなものが道を照らしていて、その間に色々な作品が並んでいました。中には雪で作られたハート型のソファもありました!結構カップル向けでしたね。悔しいので女四人でしっかり写真撮ってきました笑
運営はボランティアの方々がなさっているそうです。これだけの景色をボランティアの方々が作り出すなんてすごいですよね。寒い中写真を撮ってくださるスタッフさんもいました。ありがたいです。
あとは道庁や時計台を巡って…私は一昨年の夏に札幌に来たのですが、その時とは雰囲気が全然違っていました。”雪に囲まれた札幌”を見ると、雪国は雪のある時に見た方が魅力的だと思うと思います。夏は夏で涼しくて好きですけどね笑
そして締めは藻岩山。夜に沈む札幌の街が綺麗でした。写真だとわかりにくいですが、地平線のあたりが綺麗な紫色だったのでちらっと「紫だちたる〜」が浮かびましたが、その季節にはまだ早いですね。春になったら是非その景色も生で見てみたいです。
さて、長くなってしまったのでこのくらいにして、最後は私のお気に入りの写真を載せておきますね。
小樽の安納芋屋さんとそのパイプです笑 本当に美味しかった!店主のおばちゃんがおまけしてくれて、たくさんお芋を食べられました笑 旅先だと、地元の方々と話す機会があるので、それも楽しいですよね。「お姉ちゃんたち、ここにしか売ってないよ!これ!」なんて言われたら「え!じゃあ…買っちゃう!」って言っちゃいますよね笑
私はド級のインドアなので、中々旅行しようとは思わないのですが、今回の旅を経て、画像で見た気にならないで行けるうちに色々なところを見よう、という気持ちが湧いて来ました。北海道ですが、寒いとは言っても(大寒波とかに襲われていなければ)0度くらいです。東京の寒い朝くらいなので、そこそこの防寒をして行けば心が折れるほどの寒さではないですし、何と言っても室内や電車内がとても暖かいので、少し汗を掻く事もあるくらい。皆さんも一度冬の北海道に行ってみてはいかがでしょうか?
旅先の方々や、どんなに久しぶりに会っても嫌なこと全部吹き飛ばすくらい楽しい時間を過ごしてくれる素晴らしい友人に感謝です!笑
北海道おすすめですよ。
それでは。
タイムリミットは一か月。
こんにちは、こりです。
約一か月ぶりぐらいの更新ですね。私のこと、覚えてますかね⁉
いやぁ……この一か月……めっちゃ忙しかったです。
自動車免許を取るために教習所に行って、なんとか試験に合格し免許を取得。就職先の健康診断と事前研修。卒論の口述試験。バレンタインバイト。日本語教員養成講座の時にお世話になったので、江田先生の退任講義に出席。これらの予定の合間を縫って、舞台を二本を観に行く。観客動員数を少しでも増やすために同じ映画を二回見る。海外旅行のためにパスポートを取得。『酒呑童子絵巻』を見に、根津美術館へ行く。友達の演劇サークルの退団公演を観る。そして、この後控える二つの海外旅行の準備。ETC……
……なんでこんな毎日出かけてるんだろう。なんで毎日新鮮なことしているのだろう。
この忙しさはもうすぐ学生生活が終了するからでしょう。退店セールでお客さんが詰めかける的な?……あ、分からない?大丈夫、言ってる本人もよく分かってない。
この忙しい日々から、一つだけピックアップ。
一月の下旬、私は『黒魔女さんが通る』の作者である、石崎洋司先生のサイン会に参加しました。きっかけはたまたま本屋に立ち寄った時に、張り紙を発見したこと。
『黒魔女さんが通る』は小学校四年生の時に大好きだった作品。当時あまりにも好きすぎて友達と一緒にファンレターを出したことを強く覚えています。ある日『黒魔女さんが通る』の派生として、小説の書き方を解説した『黒魔女さんの小説教室』という本が出版されました。私は購入し、小説を少しずつ書くようになりました。小学校六年生のころには本を読むのも書くのも大好きになり、ぼんやりと「将来、大学では国語系の勉強したいな」と思っていました。その後、中学の課外活動で小説の授業を取り、高校で文芸部に所属し、大学では日本文学科に所属することになるわけです……
つまり『黒魔女さんが通る』という作品は、私の学生生活のレールを引いた作品といっても過言ではないのです。そして今回のサイン会は『黒魔女さんが通る』の最新作か、文庫版にした『黒魔女さんの小説教室』を購入した者が参加できることになっていました。学生時代が終わる今、学生時代を作った小説教室の文庫版を購入すれば、先生とお会いすることが出来る……私は迷わず、応募しました。
サイン会当日のことは緊張しすぎてあまり覚えていません。
ですが、周りの人は皆子供で、「私が読まなくなって約十年以上経っているが、下の世代をどんどんと取り込み、未だ人気が衰えないなんて……先生ってすごいんだな」としみじみと感じました。先生についてはいい意味で普通の人だったのでとても驚きました。また最後に握手してくれたのですが、帰宅途中「あの右手が……生み出しているのか」と何度も自分の右手をしみじみと見つめていました。
学生生活、最後にいい経験ができたなと思いました。
なんか……小学生っぽい感想文になってすみません!話したいことが多すぎてまとまりません!!
以上!これから35周年のディズニーランド行ってきます!アディオス☆
今年は出せたぞ!!
こんにちは!はるなです。
前回はお休みを頂いていたので
久々の更新です。
さて、昨日から成績照会が始まりましたね。
なんとか単位は取れました。よかった……。
本当によかった……。
とりあえず、一安心です。
そうそう、昨日我が家では雛人形を飾りました。(三段のみですが)
(配置は果たして正解なのか?疑問ではありますが、もう動かすの面倒なのでこれでいいや)
毎年毎年、出そう、出さなきゃ、出したかったと思い続けて幾星霜。
本当に久しぶりに飾りました。
(私的には、羽子板と雛人形は出しそびれる率が非常に高いと思うのですがどうなんでしょう。逆にクリスマスツリーなんかは毎年出す人も沢山いるイメージ)
雛人形ってとても華やかで美しく
いつまで見ていても見飽きないですよね。
母曰く、小さい頃私はお雛様に向かって
ずーと話しかけたりしていたらしいです……。なにそれ怖!!!怖いよ!私!!
と思いますが、まぁきっとその時もお雛様に魅入っていたのでしょう。たぶん。
しかしながら、過去読んだ漫画の影響なのか
雛人形にはとても怖いイメージもあります。
その漫画は一条ゆかり先生の『有閑倶楽部』です。
そして、その中に「雛人形は眠れない」という呪いによる連続殺人事件が起こる話があるのですが、その話の中に出てくる雛人形がとても怖い!!!
何故かって??
だって、死体があがる度にお雛様の髪の毛が
ごっそり抜けているのです!!!
しかも、その髪の毛が凶器になっているのです!!(あれ、文面に起こすとそんなに怖くない…。絵がね。絵が怖いんです。本当、マジで。迫力が半端ない)
その話を幼い時に読んでしまったからか、
雛人形といえば、この呪いの話
というイメージがついてしまいました。
興味がある方はぜひ、漫画を読んでみてください。これが『りぼん』に載っていたとは到底思えない破茶滅茶な漫画ですが、面白いので。
さて、今回はこのへんで終わりにします。
はるなでしたー。
今って春休みだよね
こんにちは。
久しぶりの投稿になります。
なんとか口述試験を終え、個人的には春休みモードです(単位が来たとは言われてない)。
大学最後の春休み。こんなにまとまった長い休みはもう来ないでしょう笑
今までの春休みはどんなことをしていたかなと振り返ると、免許をとるために教習所に通ったり、海外旅行に行ったり、就職に向けて職種を調べてみたりと、毎年なんだかんだ動いてました。
今回の春休みは卒業旅行に行く予定です。高校時代の友達と行きます。楽しみです。
行きたい国がたくさんあるので、社会人になってもたまにはいけたらいいなと思います
そろそろ旅行の準備を始めないとだなあ。
ではでは