一人の少女がいた。余命は百余日らしい。
純白のシーツの海に、それよりも真白に輝く肌の彼女は今日も揺蕩っていた。
毎日決まった時間に決まった顔ぶれの看護師が、真っ白な救難ボートをごろごろと転がして食事を運ぶ。少女へ今日の気分を尋ねると、点滴のチューブを一撫でして踵を返す。そうして看護師が水平線へ消えてしまうと、また少女は純白の大海原の遭難者となるのだった。
清潔すぎる大海原、静かで眩しく、どこまでも暗い。両の足が地を踏むことは夢物語である。そこにはただ流され続ける命があるだけだ。そして命が高波に攫われることがないよう祈る。祈り続ける。
しかし実のところ、この海は豊かであった。
病室の周りにはあらゆる移動式販売の商人や出店が揃えられ、さらに八つ時には毎日別の大道芸人が彼女の元を訪れる。少女専用の世話人も、家庭教師もなんだってベル1つで飛んでくる。この海には生活の全てが揃っていた。否、揃えられていた。病弱な愛娘のために金を惜しまなかった父親は湯水の如くその海を潤し温めた。もはや病棟とは思えぬほどに充実したその海は、さながら人形遊びの小さな町である。いつしかその病棟へ出入りする看護師たちは少女のことを「小町」と呼ぶようになっていた。
そんな小町に住む少女は今し方、悲痛な面持ちをした父親から己の命の期限を告げられたところである。それでも少女の顔は明るい。むしろ彼女の周りにはいつにも増して穏やかな海が広がっていた。
「ねぇ、お父様。最後のお願い。毎日私に会いにきて、百日だけでいいの。」
そして彼女の海を季節は穏やかに、しかし確実に流れていった。
「私、もうすぐ終わりなのね。」
そう口にする度に困った顔をする父親を、この頃の彼女はいつも満足そうに見つめていた。
ついに訪れた百日目。もう窓辺の影も伸び切って、海と空の境目がわからないほど真っ暗になってしまったというのに。少女はまだ待ち続けていた。死を告げる天使がいるのなら、それは父の姿をしていてほしい。そんな呟きは突如として引き起こされた荒波に呑み込まれた。騒がしい潮の音は少女を廻り続ける津波に乗せて運び出す。見慣れた看護師がこんなにも粗い手つきで彼女を連れ出すのは初めてのことであった。
何が起きたのか、まるでわからない。看護師に尋ねようにも水中にでもいるように声は満足に響かない。呼吸器をつけていても溺れ続ける自分の身を呪うしかなかった。
この百日目。少女は初めて父親に自ら会いに行った。看護師の波に運ばれて、流れ着いた先に少女の父親は眠っていた。だが、この海できょろきょろと辺りを見回しても父の顔だけが見えない。
「お父様、ねぇ、お父様はどこなのかしら?だってあれはお父様なんかじゃないわ。私との約束を破るなんて有り得ないもの。」
警察官や看護師が憐れむ手つきで海藻のように少女の背に絡みつく。
かつて父親として存在していた彼は、この部屋の誰よりも眩い純白の海に顔を覆われていた。
***
皆様こんにちは。今日の担当はまどか🐧です。何のことやらわからない謎の物語が突然始まって困惑された方もいるでしょうか。それはそれは申し訳ございません。
今日はせっかくなので本学の講義をひとつご紹介しようかと思いまして。昨年度自分がその講義の中で課題として制作した物語を載せてみたというまでです。
この講義の名前は「近現代文学講義2」。ご担当は鈴木美穂先生で、私の受講時は後期の金曜2限に開講していました。今は少し講義で扱う作品が変わっていますが、私の受講した際は島尾敏雄「夢の中での日常」・三島由紀夫「卒塔婆小町」・吉行淳之介「焔の中」・小島信夫「アメリカン・スクール」・深沢七郎「楢山節考」などの戦後日本、特にGHQ占領時の作品を扱って当時の日本の状況を様々な角度から考察していました。
その中でも三島由紀夫『近代能楽集』「卒塔婆小町」を題材とした回で、翻案の技法を実際に体験しながら学んでみよう!といった課題があったのです。たしか課題として「小町伝説」の「百夜通い」に着想を得て、学生たちが思い思いの物語を創作するようなことを促されました。その物語については①時代設定は現代、②「小町」または「深草」の語を使用する、③「百」という数字を使用するという3つの条件はあったものの非常に自由な創作が許されていました。
実際、友人たちと互いに作品を見せ合ってみるとどれも皆それぞれの世界観が展開されており、同じ材料で料理をしても料理人次第でここまで違う完成品になるのかと大変面白い時間でした!
このお話を聞いてからもう一度、私の創作した先程の小町の物語に立ち返ると「あぁなるほど」とご納得いただけるやもしれませんね。
さて、この講義では今ご覧いただいたように創作的な方法で近現代文学へ触れることができます。本学では「創作技法論」という超!!!大人気講義があるのですが、そちらは抽選(受講人数制限)の厳しさから断念する方も多い。私もその一人です。ですからもし近代文学がお好きで、さらにちょっと創作的な方法で学びたいというお気持ちがあるのなら、是非とも鈴木美穂先生のこの「近現代文学講義2」をおすすめしたい!!
もちろん課題などやるべきことも多くありますが、実践的に学べるためとっても楽しいです。来年度以降のご講義がどうなるのかはわかりませんし履修の際はきちんとシラバスをご確認いただきたくはありますが……。最近、4年の身として卒業を意識すると「そういえばあの講義楽しかったなぁ」と年寄り臭いことを思わずにはいられないため懐古厨ブログを認めたというワケです。
はァ〜〜〜よっこらせ。卒論書かなきゃ。それではまた。
〈追伸〉
最近同じく4年生の方のブログを読んで、あァ自分もバッテリー切れに気をつけなきゃな〜なんて思いつつも寝不足&体調不良のコンボを華麗に決めています。バッテリーは悉く傷めつける質です、私は。
バッテリーがいかに元気でも……いつその手から本体がスルリと零れ落ちるかわからない。それが人生の面白さであり怖さですね。



