先日のブログ部おしゃべり会で、「あやめちゃんが読んでいる本見せて~」と言ったら、その場でも見せて紹介してくれた上に、その日のブログでも更に詳しく沢山紹介してくれて、嬉しい限りです。そして、その後も続々と、皆さんが読書遍歴やお勧めの本をあげてくださり、いつもに増してブログを読むのが楽しいです。読者の皆さまも是非、ブログを読んで気になった本があれば読んでみてくださいね。
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私は他人の読書遍歴というものが、その人の中身のようなものが可視化されるから面白いなと考えておりまして、MBTIや恋愛MBTIなどよりも、よほど興味・関心があります。
聞いておいて自分が話さないのはなんだか、と思いますので、今回は私の最近読んできて、好きだったなあと思う本を一部紹介していきたいと思います。
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私の本棚は歴代の趣味(国文学含む)に関連した本と人からもらった、あるいは押し付けられたともいえる本でいっぱいいっぱい。恥ずかしながら正直いくら本棚を作っても入りきれず、机という机、椅子という椅子に積みあがっていたり、今ブログを書いているパソコンの下には雑誌が三冊あります。なかなかの汚部屋ですが、同士及び私の上をいく人はきっと多いだろう、と信じております。
私の趣味は多岐に及びますから、土からAIまで様々な本が揃っております。私にとっての本棚は、その時その時の人生の相棒たちをコレクションしている場所ですね。改めて見ると、本当に色々なことに興味を持ってきたし、挑戦させてくれた環境に対して本当にありがたいなと思います。強いて言えば、旅行と文化に関する本や雑誌が多いかな?
皆が皆、ためになるかはさておき、読んでいて楽しいと思える本ばかりだと思います。なので、今回私からは、私の大学生活上で思い入れのある本を三冊と、「おもしれ〜」と思った本を三冊、ご紹介いたしますね。
思い入れのある本
「思い入れのある本」というと、「全部!」というのが本当の正解なのですけれども、そんな中でも、私の大学生活に大きく関わっていたり、思い出深い三冊を紹介したいと思います。
『歌讃の海』ダンヌンツィオ作 原田謙次訳 日本出版株式会社
京都の丸善で行われていた、古本市で購入しました。千円もしなかったはずです。隣の本を引き出した時に落ちてきたのが、安くて状態が良かったから買いました。
私は京都で好きだった喫茶店がいくつかあるのですが、そのうちの一つ、丸善の近くにある『築地』という店がありまして、そこで買ってすぐに読みました。来店時にはすごく雨が降っていたと思います。上京にある下宿に帰れもしないほど降っていて、これはダメだと逃げ込んだのでした。
観光とかではなく、日常生活の京都での一コマとして、紅茶を飲みながらダンヌンツィオの詩に思いをはせたあの数時間はかけがえのない思い出です。今でも、ページをめくると、あの時の紅茶の香りだったり、煙草の煙、BGMの後ろで聞こえる雨の音がよみがえってきます。
京都は古本市も古本屋も多いので、他にも古本はよく購入しておりましたが、この本が「初めて読んだ時の情景を思い出せる」という面では一番思い入れがあります。
最近実学主義に走りがちな私は、ついつい「ためになる本」「今の自分に足りないところを補う本」を探しがちです。それもあって、この詩集のように、本来の日常の娯楽として楽しみ、その時のメモリアルのような存在になれる本というのは本当に貴重で大切な存在で、私という存在を何よりも立証しているモノなのだろうと考えたりもします。
『伊勢物語』岩波文庫
まだ私が高校生の時。今のゼミの教授に「入学試験前に何すればいいですか」と泣きついて、「古本屋で一冊、安い古典文学の文庫本を買って読めばいい」と言われ、帰り道に近くの本屋で買った新品の本。
短さ・手軽さ(値段と重さ)・有名さと、三拍子そろっているため、古典文学を手始めに買うなら『伊勢物語』をお勧めします。『仁勢物語』が有名ですが、諸所に引用や少なくとも影響がある作品なので、今後長い目でみて本当にお勧めです。写本も大量に無料公開されているので、くずし字学習の初期の方で、「くずし字で書かれた文章を読む」という練習も、内容を知っていると多少楽に進みます。
一方で、古典文法を理解しないまま読んだので、「文法を気にせず最後まで読みきってしまう」という今にも続く本当に不味い癖がついてしまった因縁の本でもあります。日常で古典を現代小説と同じように楽しむのなら越したことはないものの、研究する上では、非常に不向き。
テストの点数とか関係無しに、現代語訳を一切見ないで読んでみるという経験は、確かに力になりますが、文法が滅茶苦茶な状態の人にはまだお勧めしません。
でも、「古典文学が読めて面白い!」と思えるようになった、私にとっては思い出の本です。
『二百十日』新潮文庫
これが私の、日本文学に関心を寄せ始めたきっかけの小説です。今まで青い鳥文庫だったりハリーポッターだったりしか読んでこなかった中学一年生の私。夏目漱石とか、宮沢賢治とか、受験で覚える語句の一つでしかなくて、授業で「ほんとうの幸いってなんだろう」など話し合うたびに、今も屋上で走り回って遊んで中一にわかるかアホがなどと考えておりました。
そんな私に夏休み中に課された、漱石の作品を一つ読んで作文を書いてこい、といった課題。本当に面倒くさがっていたところに、母が登場。「これならいいんじゃないか」といって持ってきてくださったのが、『二百十日』でした。
会話劇方式でスラスラ読める!何よりも単純に面白い!と感じ、「他にも面白い本、たくさんあるかもしれないな」という探究心から、以降短編小説や詩を中心に、便覧に出てくる作品を読んでいくこととなります。
よく考えれば、卒論を近世と近代の狭間の時代にしたのも、近世文学的要素と近代文学の手法を併せ持つ、この作品に今でも惹かれ続けている、というのがありそうですね。
面白かった本
『政治哲学講義 悪さ加減をどう選ぶか』松本雅和著 中公新書
春学期に他大学の授業で紹介された本の一冊。どっちを取っても悪い結果が予想される時、最終的にどっちを取ればいい?という話。
例えば本文では『ローンサバイバー』だったかな、が例に出ていまして、要は作戦を現地の民間人に見られて、民間人を殺すか殺さないかで悩んで、殺さなかった結果やっぱりその民間人はスパイで、味方2人を失うという内容のものなのですが、ようはこういった「通常時ならどちらも取らない悪いこと」しか選択肢にない時どうする?ってもの。
最近は朝に、日に日に世界が悪くなる♪気のせいか♪そうじゃない♪とか歌っていますが、現実というのは基本的にそうで、その選択が誤ったのか否かは未来でしかわからない。それだとダメだと思う人が、少しでもマシな選択を行えるようになるための本かなと思います。
『たたずまいの美学 : 日本人の身体技法』 矢田部英正著 中央公論新社
京都で女将さんや着物屋の娘だという子とかと話したり、自分でも成人式で着物を着て、思ったことがあります。
洋服より着物の方がイケてね?
だいぶ日本人は洋服が似合うようになりましたが、それでもまだ洋人が洋服を着ているのを見て、かっこいいな〜と思ってしまうところ。逆に外国人が着物を着るのは綺麗だけど歩くと違和感。骨格はまず仕方ないとして、何が違うんだ?
その答えがこの本には書かれています。
私はこの本を読んで、洋服の時の歩き方を改善しました。すると、ヒールの歩きやすさや、靴の痛みの早さがぐんと良くなりました。あまり利益のために本を選ぶことはしない方ですが、この本は現在進行形で役立ってるなと思います。
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今回はわかりやすく単行本と文庫本で統一しましたが、普段は専ら雑誌です。
ただ、持ち運びがやや困難なのと、三分五分あれば最後までだいたい読み切ってしまうので、もう少し時間をかけて読める本があれば教えて欲しいなと考えています。
皆さんも、是非おすすめの本を教えてください!
