先日、あやめちゃんと私の高校からの友人と三人で、立教大学にあるカレー屋に行きました。いや、ついて来てもらいました。立教の友だちに紹介してもらって、気になっていたので嬉しかったです。外部生が行くには勇気がいる場所なのですが、現地の人が作っていて、安い・美味い・ナンがデカいの三拍子でおすすめです。学内でラッシーが百円台で、十九時までならいつでも飲めるなんて。うちの学校に来てください。
あやめちゃんは私の次の授業の時間までお話しに付き合ってくださりました。マジ楽しかった、ありがとう。また定期的にお茶しに行こうね。そうそう、今回もあやめちゃんおすすめのカフェでお話ししていたのですが、そこで私はアイスティーを飲みまして、これがまたちゃんと抽出されている物で、美味しくて。私はお友達と話しすぎると喉を壊すことばかりなのですが、あのアイスティーのおかげで今回は耐え切ったようです。
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東をどりの千秋楽に行けそうだったので急遽行ってまいりました。今回はそこでの体験談を書いてみようと思います。つまり今回も、すいません。投稿予定日の二十六日よりも後に書いております。noteじゃなくて、ブログのサイトの方で読んでくださっている方、どうかご承知おきを。
また、勘違いされる方も多いですが、花街にいる芸者さんたちはその名のとおり芸能のプロフェッショナル集団であり、遊女やキャバ嬢とは全く違うということを念頭にどうぞ。
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東をどりとは何か。パンフレットや公式サイトの文面を拾いながら簡単に説明いたしますと、大正十四年に新橋演舞場のこけら落としとして上演されたのを初回に、途中中断を挟みながら本年百回目を迎えた新橋芸者衆の晴れ舞台であり、料亭以外で新橋芸者衆の芸を簡単に観ることが出来る舞台です。詳しい情報や、美しい写真は公式ホームページにて。
新橋演舞場は目白の大学からだといささか遠く、正直面倒な位置関係にあります。しかし今回は記念すべき百回目で、二百回目には生きてないだろうと考えると行くしかなくないか、と考えてはるばる、という距離でもありませんけれども何度か乗り継いで行ってまいりました。
学生は当日券に限り半額になるので、最も安い三等席(自由席・千円)を窓口で購入し、近くの喫茶で就職活動をしながら開幕を待ちます。花道も舞台もしっかり見れる高級なお席は、当日のチケット売り場すらオープンして暫く経った時間ともなるとあまり残っていないもので。今回は価格を取り、花道は遠くから画面越し鑑賞をすることにしました。しかし、運のよいことに、舞台自体は広く見渡せる、真ん中に近い良い席に座ることができました。
三等席ともなりますと、始まっても話し声、スマホ、乗り出す人、それを注意する人とガヤガヤしているわけですが、ある意味これこそが歌舞練場ならではの光景なのではないかと思います。しかしそれもしばらくすれば鎮まるもの。ちょっと静かすぎることもありましたが…。
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まず一幕、「青海波」。パンフレットによると両国で明治三十年に発表された曲だそうで、こう聞くと最近のものなのだなと思います。始まりはそれこそ舞が始まったな、といった能曲だとかの入りに近いのですが、パンフレットにもあるように、非常に軽快で、楽しい感じの曲です。水色に橙の帯を締めた女役は勿論のこと、古代紫の上質な衣装を堂々と身にまとった男役もとても素敵。扇に描いてある、青海波もいい感じ。三階からだと文様が照明に照らされてはっきりくっきり見えました。一気に意識は現在のあれやこれやから、美しい舞の世界へ。
五分間の休憩の後、二幕。私は今日、これを観にきたといっても過言ではありません。日によって変わる出演花街、千穐楽の今日は東京五花街の共演。最初に五花街揃っての金銀の扇を持って舞う様は本当に圧巻でした。照明がパッとつけられた時の感動といったら。様々な衣装を着た芸者衆が混じり合って同じ扇を使って「笠おどり」を舞っているのをみて、これだけでわざわざ日を選んで来た価値があるぞと思いました。
そこからは、浅草・神楽坂・葭町・向島・赤坂と各花街ごとに演目があるのですが、どれも非常に美しく、でもその美しさの色は花街、そして芸者ごとに違いつつと、十五人十五色と一番を決められないなか、私のなかで特に印象深かった花街は神楽坂と向島。卒業論文が、というのはありますが。
神楽坂は一等柔らかい印象を抱く舞でした。衣装はどの花街と比べても薄色で統一され、その影響あってか本当に儚い存在に見えました。白磁の人形みたい。血行が良いより白い肌の方が云々言っていた鏡花が夢中になってしまったのもわかります。卒業袴の流行を見るに、多分一番同級に刺さりそう。
向島。これがよかった。田舎の静けさ。曲の入りが虫の音から始まるのですが、それが秋の日の言問橋の日暮れを思い起こされて、背筋がぞくりといたしました。大震災・戦争・開発と景色は色々姿が変わっている地区ではありますが、それでも変わることのない下町の空気感。長命寺の桜餅の香り、言問団子のしゃりっと感まで思い起こされて、「向島名所」の曲名が説得力のある舞台でした。
最後の五花街と新橋連中による灯籠を使った舞こそ、上階から観るべき面白さ。暗闇の奥から次々出てくる様は是非見てほしい。現在、似たようなものだとドローンが夜空を彩るショーなどがありますが、やはり人間の動きだからこそ出る、不気味とも言えるしなやかさは出てこないものです。一番最初の「笠おどり」も本当に煌びやかで美しいのですが、やはりこの幕のフィナーレ、一つ一つの花街の雰囲気を各演目で感じ取っていただけに、くるものがあります。
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二幕が終わると三十分間の休憩があります。二階がお食事処だとかお土産ショップになっていて、人々はそこで思い思いに散財するか、各階のお手洗いだけ行って、座席やロビーに置いてある椅子で待つかしながら、三幕の開始を待ちます。お土産ショップには、新橋芸者衆の千社札と、QRコード付きの千社札などが用意されているほか、「東をどり」の文字が書かれており、そこに千社札を貼り付けていく扇子や団扇がありました。団扇は勿論質もお値段も本物の江戸うちわ。
二階のお食事処というのは、幕開け前に予約された方が(一学生にはちょっと高すぎる敷居とお値段の)料亭料理が振舞われるほか、立ち飲み方式で一流の日本酒やシャンパンやビール、そして料亭による肴の提供があります。一番安いのがお酒という、劇場ならではの光景。肴は早々に売り切れてしまいますので、私が比較的強くて良かったですねと思いつつ、まだ演舞場の外では日が高いうちではありますが、吟醸を飲み干します。純米大吟醸や大吟醸はこれらもまた早々に売り切れており、私が飲んだ純米吟醸も私で終わりでした。ここの日本酒は一杯買うと「東をどり」と「志ん橋」という文字が刻まれた檜製の木升がついてくるので、大丈夫な人はおすすめです。お酒も美味しいし、木升は檜の香りが本当に良くて、家へ持ち帰って洗った後でもその芳香は続いております。
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三幕では宝塚などで観たことのあるような回転もする石橋がセットされていて、幕中はその石橋が(ほぼほぼ)中央に置かれながら、舞台が進んでいきます。パンフレットによると、この石橋は新橋芸者衆が日々お稽古にお座敷にと行き来している新橋の数あまたの橋と、能の「石橋」をイメージしているのだとか。壱の橋、弐の橋、参の橋、四の橋、夢への架け橋と続いて、最後フィナーレへと繋ぎます。
壱の橋の始めは「都鳥」という日本舞踊の中だとかなり有名らしい曲から始まります。やはりこの隅田川の歴史を古い方から順にあげていく中で、一番最初にビックな出来事として重要視されるのが在原業平の東下りになってくるわけです。そこで取り上げられ、現在まで隅田川といえばさで有名になった都鳥。その名が冠せられたこの曲は、隅田川の下流にある新橋の土地で演じられるにはぴったりの曲であるように思います。
一番面白いのは弐の橋。演目は「ノーエ節」「富貴の希い」「とことんやれ節」。特に見物は「とことんやれ節」。この曲はご存知、日本最古の軍歌。パレードだドラムスだと言われても、違う世界の音楽すぎてテンション及び士気が上がらない新政府軍のために、軍隊に組み入れられる前、彼らが親しんでその曲調に合わせて農作業などをしていた民謡の要素を取り入れて作られた日本独自の軍歌、、、という歴史については本学だと現代社会学科の授業で学ぶことができます。この先生の授業は面白いですよ。ヒントはウクレレです。
兎に角、この弐の橋は純な民謡で始まり、民謡要素を組み入れた軍歌で終わるのです。旗を持ち、床に打ち付けたり足で拍子を取りながらリズムよく、比較的大勢が「とことんやれとんやれナ」と囃子を囲んで踊る様はここでしか見ることのできない、文明開化の景色。
三の橋の最後には、息抜きも兼ねてか「雪之丞(楽屋を抜けて)」という名の寸劇が用意されております。その内容というのが、一人の芸者が後輩に、今日は尾上菊五郎襲名披露が行われている歌舞伎座も千秋楽だから、私は観に行くわ、後はよろしく、サイン貰ってきてあげるから、という感じの事を言って舞台から立ち去るものなのですが、贔屓になっているところの宣伝も欠かせないのが良いなと思いました。これが終わってからチケットは流石に買えないのではとも思いましたが、こうして芸種の垣根を越えてお客を次の舞台へ誘導していくのは良いことですね。
四の橋の「銀座懐古」では、男女の再会とともに明治大正期の銀座の街並みが歌われており、ガス灯が電車がと近代的な内容です。昔の曲を敬遠するものの理由にどうしても聞いたって単語が分からず内容が想像できないことが挙げられますが、この曲だと知っている単語が出てくるので、そのたびハッとさせられるはずです。ちなみに、これを聴いて銀座に行きたくなれば、徒歩圏内ですのですぐ行けます。
フィナーレ以外の舞台が終了すると、そこで資生堂が提供している幕が落とされ、文様として描かれている赤色の線をなぞるように丸い照明が流れていきます。そしてその幕の奥から、芸者衆の数を数える声がきこえてきます。いち、にい、さん、よん、、、、、、、、、、はちじゅういち、はちじゅうに、と今年の百回目東をどりの「百」にいたるまで、ゆっくりと数え、そのテンポに合わせるように照明の光がゆっくりと資生堂のラインをなぞって行くのです。
こうして数えて行って、百にいたると、ラインをなぞっていた照明が消え、暗闇の中そっと幕があけます。そして一斉につく照明。舞台にはそろいの衣装で一列に並ぶ芸者衆。周りには金屏風の大道具。わっと声をあげる観衆。
拍手が終わると、中心に座る五人による口上があります。「百一回、百二回、百三回、、、二百回と続けていけるよう~」という、いきなり「二百回三百回と続けて行けるよう」と未来に飛躍しない口上文からは、中断の歴史があることや、二百回目には既に居ない客の我々と自分たちやそのすぐ下の未来の出演者への配慮などもあるでしょう、兎に角新橋芸者衆の「まずは次」という堅実な体勢が見えました。ご口上が終わると尾形菊之丞を迎え入れ、菊之丞含めて全員でのフィナーレが始まります。今日見て来た中でどれよりも豪華で美しく、自然と涙が出てくるものです。
最後には恒例の手拭投げ。サイン入りはないですけれども、三階の客席にも係員によって投げてくださるのですね。私も無事いただくことができまして、帰ったら結びをほどこうと思っていたのですが、どうしても中のしゃりしゃりが気になって、駅のホームで開けましたところ、永谷園のお茶漬け(限定包装)が包まれておりました。中身が同じのが、家にありますのでまだ食べておりませんけれども、嬉しいですね。
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芸者見物は(私はまだそんなに金を持ってはいませんので)鴨川をどり以来約二年ぶりのことで、さらには江戸東京の芸者というのは今回生まれて初めて見ました。京のと比べてどうかと言われますと、京のは優雅。新橋及び東京五花街は優美でありつつこざっぱりな芸風。上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いとほぼほぼ似たようなものです。舞い方に留まらず、小道具や曲もそうで、京都の方は優雅で上品な印象がありました一方、こちらは新橋色というのがあるように、爽やかでモダンな印象を持ちます。私は生まれも育ちも関東たぬきですので食べるもの観るもの聴くもの、すっきりわかりやすい方が好みなのですが、実際棲みに行った程、京の文化への憧れはあるので結論どちらも好きです。皆様はいかがですか。