そこで、私は翌日の図書館ではなく端末を取った

『ゴヤのファースト・ネームは』、という詩があります。

飯島耕一氏による名詩だそうで、御存知の方が多いのではないでしょうか。

二年前、同志社女子大学の『ご自由にどうぞ』コーナーから引っこ抜いてきた、荒川洋治氏による『文学のことば』(岩波書店、二〇一三年七月)。私はこれを読んで、この詩に辿り着きました。

なんでも超大作のようで、全部は引用されておりませんでしたが、冒頭の、

何にもつよい興味をもたないことは

不幸なことだ

ただ自らの内部を

眼を閉じて のぞきこんでいる。

何にも興味をもたなかったきみが

ある日

ゴヤのファースト・ネームが知りたくて

隣の部屋まで駆けていた。

と、最後にあるという

生きるとは

ゴヤのファースト・ネームを

知りたいと思うことだ。

が引用されておりました。いずれも詩集『ゴヤのファースト・ネームは』(青土社、一九七四年初出)からのもののようです。

荒川氏はこの詩に関して、「何かに興味をもち、何かを知りたいと思う。それはたいせつなことであり、人の基本なのだと思う。」と述べています。

私はこれを読んで、この詩と荒川氏の述べる「人が生きることとは何か」という答えに共感すると同時に、この詩が持つ「間」の美しさに感銘を受けました。

またそれと並行して、今私たちが生きている時代は何故か必要以上に時間に追われていて、ゴヤのファースト・ネームを知るために隣の部屋まで駆ける時間も、ファースト「・」ネームと一度区切る時間も、こうして詩を編む時間も、惜しまれるんだろうなと考えるなどいたしました。

***

少し前に、「(本に携わるとしたら)エデュターになりたいのか、ライターになりたいのか」という問いかけがありました。周りの子が答える中で、私は最後の回答者になることを進んで享受し、結局私の前で時間が来たので、発言を避けることができました。

今はこのブログ部の「ライター」ですし、書く事が好きでした。しかし今振り返ると、その「好き」は一方的なもので、あまり「人に伝えること」を主軸には置いていませんでした。

四年生、就職活動。通らないエントリーシート。何枚出せども何枚出せども、祈られるばかりで、自棄になり始めた時、とある方から「今じゃchatGPTを使うのは当たり前だよ?」と言われました。

信じていただけないと思いますが、私は今年の春まで生成AIに、一度も自ら触れてこなかった人間でした。疲れ果て、魔が差し、とある企業のエントリーシートの文章を、chatGPTにつくらせ、少し自分で操作した物を提出いたしました。

結果は通過。初めての通過でした。

実力の至らなさと今までの傲慢、そして何よりAIに頼ったという自分が、非常に恥ずかしく、たまらないほど悔しくて、怒りに怒って、そして私は、文章と距離を置きました。

出来る限り、文章を打たない・書かない日が続きました。レポートや友人や先生、企業へのメッセ―ジ等でキーボードを叩くことはありましたが、その度に両手の操作が一切効かなくなる時間が一定時間発生するようになりました。

この文章を書いても伝わらないだろう、改行はどの程度したらいいのだろう、もっと良い表現があるのではないか、敬語は、挨拶はこれであっているのだろうか。今まで授業等で習ってきたことを含めて全て、文章作成における全てが疑心暗鬼となりました。

しかし、レポートも返信も、期限や人間関係、建前などというものがあり、出来るだけ早く返すべきもの、という認識が私には存在します。

その時頼ったのが、これまた生成AIでした。私はある程度文章を打ち、毎回chatGPTとCopilotに添削していただく日々がしばらく続きました。今見ると、本当に温かみがなく、堅苦しい文章だらけですが、当時はそうしないと安心して送信ボタンが押せませんでした。

その影響が普段の会話文まで浸透しかけた時に、聞かれたのが先程の、「エデュターかライターか」という問いでした。

過去現在未来、全てのエデュターとエデュター志望の方に謝罪を申し上げます。

もし、自分の番が回ってきたら、「私は自分で文章が書けないのでどちらかといえばエデュターですかね」と言おうとしていました。

しかしすぐに、エデュターこそ、最も文章の「伝わりやすさ」や「間」を追求する職業です。故に、ライター同等、それ以上の文章に対する知見が無くては務まらない職業だと考えなおしました。

そして今の私にとっては、対極にいる存在だとも。

***

私はその問いかけを頂いた日、少し渋谷をうろついて、家に帰って、久しぶりに長風呂をいたしました。スマホやパソコン、テレビにラジオから離れ、湯気や蛇口の雫にも興味を持たず、ただぼうっとしてみました。

その翌日と翌々日は休暇だったので、一日目は久しぶりにスマホに頼らず勘で料理を作り、出汁と炭薫る卵焼きを食べました。二日目は、京都では毎日のように行っていた古い洋館を巡りに行って、ずっと読みたかった『ギャグマンガ日和』を読んで寝ました。

そんな二日間を経て、だいぶ満たされた私は、ちょうどブログの更新日が今日であることに気づき、では、洋館のマントルピースが美しかったことを書こうと、パソコンを立ち上げました。

そして、いやちょっとまてと、文章を久しぶりに書くのだから、その前に本らしい本でも読んでおこうと、『ヂョンソン』『ノイマン』などの字が並ぶ「積読の棚」から『文学のことば』を取り出し、そして冒頭に戻るわけです。

私はこの詩を全部読みたいと思いました。書かれているというスペイン紀行についても、私はスペインやバスクが好きなので気になりましたし、何よりもゴヤのファースト・ネームを私も一緒に知りたかったのです。

早速、スマホで『ゴヤのファースト・ネームは』と調べました。調べてしまいました。

検索バーの下に出てくる青い線が、九割のところまで来た時、「ああ、やってしまった」と思いました。

そこに出て来たのはいったい何だったと思いますか。

現代文学(エッセー)と私

 私の家は蔵書が多い方だと思います。私も家の人も全体的に本をよく読む方、だと思います。

勿論、小説の類に全く興味が無く、本よりもゆっくり解説を見ている家人も中にはいるわけですが、そんな人でも旅行に行く時はるるぶやらことりっぷやらを複数開いて、ああだこうだやっぱりやめようなど言っています。時代はネットで、私も今このブログはパソコンで書いているわけですが、やはり手元に物としてあったほうが、私たちは安心するみたいです。

 しかし最近、買うという行為には至ることが少なくなりました。自分で言うのもなんですが、私は人と比べて文章を読むのが速く、家の人も比較的読むのが速い。そして全員、近日中に読み直すということがほとんどないということで、図書館にあるもの、特に小説やエッセーは本当に買わなくなってしまいました。

直木も芥川も、昨今の候補作は全て図書館で借りて、ギリギリになって家族内で回覧板のように高速で回して、期限日に返却なんてことがざらにあります。本を愛するものを名乗ったものなら殴られそうなことだよなと思いつつマックのポテトレベルで消費しています。

 図書館で話題の本を借りる、という人は私たち家族以外にも沢山います。特になんたら賞とか取ってしまうと大変。予約番号が二桁、三桁になり、手元にくるのが何カ月も後なんてことはざらにあります。

先日も、知らない本の受け取り順が来たというので取りに行きました。調べて見ると、一年ちょっと前予約した本でした。なんでこの本予約したんだろ、有名な作家さんだけれども賞も取ってないし…。と家族内でちょっとしたミステリーが発生。

読んでみたら面白い内容だったので、新聞のおすすめとかに出て来たのだろうという結論に落ち着きましたが、未だ疑問が湧きます。一年も経つと人間、こんなに忘れるものなのでしょうか。

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 そんな環境で日々を過ごしておりますが、それでも内容も見ずに買い集める作家さんの本というのはありまして、そのうちのエッセー部門で光り輝いているのが朝井リョウ先生と群ようこ先生です。

 個人的朝井リョウ先生の傑作は、部活を辞めるのでもチアしてるのでもなく、『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』だと考えております。これらのエッセーを読む前に代表作は受験の関係で読んだ気がするのですが、エッセーの方が強烈で、作家本人と作品は違う次元のものなのだなと考えることが出来ます。

家族も先生のエッセーは好きでして、私の家族内での先生の呼び方は、うんこ先生、トイレ大明神、そしてその敬称が外れた単語単体等々。敬意をもって様々な形で会話に登場してきます。最近、冷房が寒くて腹が下りそうな時に訴えとして「リョウってくるわ」と言って見ましたが、見事通じました。

トイレ大明神先生のエッセーにはいろいろなことが書かれており、私たちはげらげら笑いつつ、たまに生活の参考にしております。就職活動とかは全く参考にはなりませんでしたけれども。

例えば、私の場合、先生のエッセーでとある朝食ビュッフェを知り、私もパンケーキが無限に食べたいなと憧れ、友人たちを巻き込み早朝からその件のビュッフェに行きました。

あの時のことは一生忘れられません。確かに久しぶりのビュッフェではありました。かなり気合が入っていて、ペースの早い大食いの友人を誘いましたし、私自身でも前日の夜から小食にして腹をすかせました。でもまさか、上からリョかけるとは思いもしませんでした。

あれ以来は節制しておりまして、お酒の場含めて少なくともトイレにこもることはありません。件のレストランのあるフロアのトイレは個人的な”Sites of Memory”として、近くを通るたびなんとなく首を垂れています。歴史を繰り返してはならない。

 群ようこ先生は私が生まれた時からその著作が家の本棚に大抵全てコレクションされていたので、小学校中学年のころから笑い読んでいました。先生のエッセーは振り仮名もついていますし、何よりも児童文学にはない面白さがありました。つまり、図書館で言うと、子どもコーナーと大人コーナーどちらに行けばいいのかわからない時期の私にはとっておきでした。

先生のエッセーは普段の生活が舞台ですので、世の中の生活に纏わる様々なものが登場してきます。SNSもゲームもやっていなければ、早く読み終わるからという理由で漫画が規制されていた私は先生のエッセーから(多少時代遅れ感と年上感のある情報とはいえ)様々なことを学びました。

例えば角栓取りのパック。毛穴の汚れってなあに?というピュアさを持っていたころでした。母は既にパックの恐ろしさを知っており、家に置きもしていなかったので、サン宝石のカタログで写真を見ても、鼻にスライム貼り付けて冷たくないのかなと思っていたぐらいでした。

そんなときに、『またたび回覧板』でその使い方と痛さを知ってびっくり!『十三日の金曜日』のジェイソンになったり、パックから汚れが生えているのを見るのは楽しそうだけれども、痛いって何。え、これ肌に悪くないの。

ご存知の通り、角栓取りのパックは肌に悪いどころか毛穴も更にオープンしてしまうものでした。さすがに角栓が気になる最近の私はパックではなく酵素洗顔と潤すタイプのパックを愛用しております。

薬局で洗顔コーナーの横を見ると大抵ある、角栓取りのパックを見ると、汚れが生えているのを私も見てみたいと一瞬魔が差しますが。なんとか毎回ぐっとこらえて、売り場を後にします。

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 このブログを書くにあたって、もう一度先生方の本を読みなおしてみたり、他にエッセー本はあるかなと探して読んでみたりしました。当時読んで面白かったエッセーとかもあるにはあるのですが、今読むと私の手の行く先は、口ではなく頭。好みも成長するものですね。

しかしお二人の作品は現在読んでも面白くて、何よりも文体が読みやすく、頭にすらすら入ってきます。改めて、私にとっての理想のエッセーはトイレとジェイソンなのだなと考えましたし、私もお二人のような文章が書ける人間になりたいと思いました。

内容はもう少し美しくいきたいですけれどもね。

Gの大学

学食のカレーが美味しいこの大学には、結論として一年間通っていました。

この大学はとにかく学食が美味しい。麺類は微妙だったのですが、定食、特にカレーが絶品だ。野菜も肉もゴロゴロ入っていて、程よい中辛、ライスもうちのより大盛りで、味噌汁とサラダがついて、三百三〇円。一口カツではなく、しっかりとした一枚のカツをつけても四百五〇円。安い、美味い、美味すぎる。

他の日替わり定食も美味しい。唐揚げ定食などは昼休みが始まる前に売り切れてしまうようで、ついに私は唐揚げ定食と書かれた食券機のボタンに、売切の文字が浮かんでいない時を見たことがありませんでした。複数の友人曰く、量も申し分なく、何よりめちゃくちゃ美味しいらしいです。

日替わり定食はごきげんよう、さくら、気まぐれと三種類あるのですが、特に『シェフの気まぐれ』が良い意味で異常です。私は鰻重定食を食べました。小さい鰻とはいえ、五百四〇円で小鉢二つと味噌汁がついて、大丈夫なのかと思いました。もちろん美味しい。

この学食を食べるためだけに通いたい大学であり、今だからはっちゃけると、今学期通学した裏一番の理由はこれでした。

購買は規模こそ小さいものの、その場で巻いてくれるソフトクリームが常設というのは珍しいと思います。本日のソフトクリームは二百五〇-八〇円台とはいえ、めちゃくちゃ美味い。コーンかカップから選べて、私は当然コーンで頼むのですが、クリームが下までしっかり入っています。

私はこれを毎回のように食べてから帰っていました。週一とはいえ、同じ『本日のソフトクリーム』に当たったことがなかったのは本当に凄いことだと思いました。特に絶品だったのは杏仁味です。

JRの駅からの距離を考えると、うちの大学と似たり寄ったりな、この大学は来年大きな改革を予定しています。一言で言えば、吸収されるのです。

私は昨今の女子大学閉鎖や改革を見てきて、ここの大学は、学生にとっても保護者にとっても世間的にも、非常に丁寧な移行をしているのではないかと考えています。しかし、その移行の先に、今まで築き上げた形のない文化や思想は残るのかというと微妙なのではないかと思います。宣告されていたとはいえ来年が嫌だ嫌だと言う友人や受講生達は、魅力を感じて入学した、女子大学という大きな特徴を含める「日常」の将来的な切り崩しに抵抗感を感じているのでしょう。

ここの大学の人たちは皆さん優しい。そんな彼女たちのアイデンティティは今後どう扱われていくのだろうかと不安になります。

この大学はこの大学の警備員さんは校門を出る生徒一人一人にこう声をかけています。「ごきげんよう」と。

私たち世代ですと美輪明宏のイメージがまとわりつくこの挨拶を、いかつめのお顔から発せられるのは最初多少の違和感と、どう返せばいいのだかと困惑したものですが、最初の学期中には既に私も同じ言葉を使うようになっていました。

私立の女子校だと挨拶はこうだったのかと私もよく聞かれますが、正直なところ指折りです。世の中の女子校の大半は、「おはようございます」「さようなら」です。「ごきげんよう」という挨拶は演劇部の舞台か、日常のふざけ合いで使われるかもしれない、といった具合の使用頻度です。

ごきげんよう、という挨拶は心を落ち着けて、目の高さあたりの後頭部から、鼻と顎を結んだ点Pのあたりに向けて、ゆっくり吹き下ろすように言ってみると、いくら発声しているのが私でも、上品で落ち着きのある、美しい挨拶なのではないかと思えます。

キャラではないので、日常で私が使うことはありませんが、この大学では進んで使ってきました。使うたびに、私のこの大学の落ち着きとユーモアを併せ持ち、情報に敏感な彼女たちの一員になれた気がしましたので。

敷地内の付属校は残るらしいので、ごきげんよう文化自体は残るだろると踏んでいますが、大学生を対象とした「ごきげんよう」はどうなってしまうのだろうと、ふと考えます。男子学生も言うのでしょうか。それとも差別化をはかるのでしょうか。

外部の私ですらこう考えるのですから、通学生はもちろんこのことについて考えているわけでして、スライドゥーを使用した、とある授業で授業中にこんなコメントがつきました。

「来年になったらごきげんよう定食はどうなるのかな」

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皆さんご存知の通り、女子大学は「女子に学問なんて…」という時代につくられています。尼寺だ姥捨て山だとささやかれつつ、でもそんな世間の目をよそに、秀でた業績を残した先輩方によって、女子大学の意義と学問におけるジェンダー差別の撤廃が公のものとされ、今の私たちの日常に繋がっています。

女性の進学率は上昇しており、四年制大学への進学率の差は依然として男性の方が高いものの、都市部を中心に均等に近い位置まで来ております。(都道府県版ジェンダー・ギャップ指数 | あなたの地域の男女平等度は?を参照)共学に通う以前の知り合いの中には、女子学生であっても、もう四年制大学に通えるのだから女子大学は時代遅れであると私に言うものがいるほどです。

彼女の言う通り、既に女子大学は男子専用教育機関であった現在の共学に通えない・通うことを許されない女性が通う機関ではなくなっております。それゆえ、前記の大学のように吸収合併される女子大学や、共学化する女子大学、廃校となる女子大学が毎年相次いでおります。

このままジェンダーギャップが解消され、女子大学は消滅するのでしょうか。

少子化の観点から、女子大学も共学も関係無しに複数の大学が今後消滅していくのは事実なのだと思います。一方で、女子大学が先に全て無くなるとは、現実を見てみると、学生である私が見ても考えられません。

法律や体勢は変わっても現状は変わっておらず、むしろ現状維持が難しい状況にあるというのが事実なのではないかと感じております。女性の役員昇進等がようやく許されるようになった今、それにより損をする者は存在するわけで、最近は男尊女卑を訴える排外主義的ポピュリズムが勢いを強める傾向も見られております。

女子大学の存在意義が建学当時の目的に戻ってしまうかもしれない、女子の通学すら許されない時代が来るかもしれないと思うと、自身に関する不安もございますが、これまで長い期間、数あまたの人類が積み上げてきた歴史は何だったんだと悲しくなります。

女子大学及び出身者が否を唱えるべき存在は、昔からミソジニストではなく反知性主義であると私は考えております。

現在残っている女子大学はより体勢を強固なものとし、いつか現れると願っている、本当の意味でのジェンダーギャップ解消の未来まで繋いでいってほしいと考えておりますし、女子大学に通う私たちは、より時代や思想の動きに対して敏感になり、女子大学で培った考えを元に、歴史を繰り返さず、より自由で平等な未来を開いていくための意見発信をしていくべきなのだと考えております。

東のをどり

先日、あやめちゃんと私の高校からの友人と三人で、立教大学にあるカレー屋に行きました。いや、ついて来てもらいました。立教の友だちに紹介してもらって、気になっていたので嬉しかったです。外部生が行くには勇気がいる場所なのですが、現地の人が作っていて、安い・美味い・ナンがデカいの三拍子でおすすめです。学内でラッシーが百円台で、十九時までならいつでも飲めるなんて。うちの学校に来てください。

あやめちゃんは私の次の授業の時間までお話しに付き合ってくださりました。マジ楽しかった、ありがとう。また定期的にお茶しに行こうね。そうそう、今回もあやめちゃんおすすめのカフェでお話ししていたのですが、そこで私はアイスティーを飲みまして、これがまたちゃんと抽出されている物で、美味しくて。私はお友達と話しすぎると喉を壊すことばかりなのですが、あのアイスティーのおかげで今回は耐え切ったようです。

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東をどりの千秋楽に行けそうだったので急遽行ってまいりました。今回はそこでの体験談を書いてみようと思います。つまり今回も、すいません。投稿予定日の二十六日よりも後に書いております。noteじゃなくて、ブログのサイトの方で読んでくださっている方、どうかご承知おきを。

また、勘違いされる方も多いですが、花街にいる芸者さんたちはその名のとおり芸能のプロフェッショナル集団であり、遊女やキャバ嬢とは全く違うということを念頭にどうぞ。

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東をどりとは何か。パンフレットや公式サイトの文面を拾いながら簡単に説明いたしますと、大正十四年に新橋演舞場のこけら落としとして上演されたのを初回に、途中中断を挟みながら本年百回目を迎えた新橋芸者衆の晴れ舞台であり、料亭以外で新橋芸者衆の芸を簡単に観ることが出来る舞台です。詳しい情報や、美しい写真は公式ホームページにて。

第百回 東をどり

新橋演舞場は目白の大学からだといささか遠く、正直面倒な位置関係にあります。しかし今回は記念すべき百回目で、二百回目には生きてないだろうと考えると行くしかなくないか、と考えてはるばる、という距離でもありませんけれども何度か乗り継いで行ってまいりました。

学生は当日券に限り半額になるので、最も安い三等席(自由席・千円)を窓口で購入し、近くの喫茶で就職活動をしながら開幕を待ちます。花道も舞台もしっかり見れる高級なお席は、当日のチケット売り場すらオープンして暫く経った時間ともなるとあまり残っていないもので。今回は価格を取り、花道は遠くから画面越し鑑賞をすることにしました。しかし、運のよいことに、舞台自体は広く見渡せる、真ん中に近い良い席に座ることができました。

三等席ともなりますと、始まっても話し声、スマホ、乗り出す人、それを注意する人とガヤガヤしているわけですが、ある意味これこそが歌舞練場ならではの光景なのではないかと思います。しかしそれもしばらくすれば鎮まるもの。ちょっと静かすぎることもありましたが…。

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まず一幕、「青海波」。パンフレットによると両国で明治三十年に発表された曲だそうで、こう聞くと最近のものなのだなと思います。始まりはそれこそ舞が始まったな、といった能曲だとかの入りに近いのですが、パンフレットにもあるように、非常に軽快で、楽しい感じの曲です。水色に橙の帯を締めた女役は勿論のこと、古代紫の上質な衣装を堂々と身にまとった男役もとても素敵。扇に描いてある、青海波もいい感じ。三階からだと文様が照明に照らされてはっきりくっきり見えました。一気に意識は現在のあれやこれやから、美しい舞の世界へ。

五分間の休憩の後、二幕。私は今日、これを観にきたといっても過言ではありません。日によって変わる出演花街、千穐楽の今日は東京五花街の共演。最初に五花街揃っての金銀の扇を持って舞う様は本当に圧巻でした。照明がパッとつけられた時の感動といったら。様々な衣装を着た芸者衆が混じり合って同じ扇を使って「笠おどり」を舞っているのをみて、これだけでわざわざ日を選んで来た価値があるぞと思いました。

そこからは、浅草・神楽坂・葭町・向島・赤坂と各花街ごとに演目があるのですが、どれも非常に美しく、でもその美しさの色は花街、そして芸者ごとに違いつつと、十五人十五色と一番を決められないなか、私のなかで特に印象深かった花街は神楽坂と向島。卒業論文が、というのはありますが。

神楽坂は一等柔らかい印象を抱く舞でした。衣装はどの花街と比べても薄色で統一され、その影響あってか本当に儚い存在に見えました。白磁の人形みたい。血行が良いより白い肌の方が云々言っていた鏡花が夢中になってしまったのもわかります。卒業袴の流行を見るに、多分一番同級に刺さりそう。

向島。これがよかった。田舎の静けさ。曲の入りが虫の音から始まるのですが、それが秋の日の言問橋の日暮れを思い起こされて、背筋がぞくりといたしました。大震災・戦争・開発と景色は色々姿が変わっている地区ではありますが、それでも変わることのない下町の空気感。長命寺の桜餅の香り、言問団子のしゃりっと感まで思い起こされて、「向島名所」の曲名が説得力のある舞台でした。

最後の五花街と新橋連中による灯籠を使った舞こそ、上階から観るべき面白さ。暗闇の奥から次々出てくる様は是非見てほしい。現在、似たようなものだとドローンが夜空を彩るショーなどがありますが、やはり人間の動きだからこそ出る、不気味とも言えるしなやかさは出てこないものです。一番最初の「笠おどり」も本当に煌びやかで美しいのですが、やはりこの幕のフィナーレ、一つ一つの花街の雰囲気を各演目で感じ取っていただけに、くるものがあります。

✾✾✾

二幕が終わると三十分間の休憩があります。二階がお食事処だとかお土産ショップになっていて、人々はそこで思い思いに散財するか、各階のお手洗いだけ行って、座席やロビーに置いてある椅子で待つかしながら、三幕の開始を待ちます。お土産ショップには、新橋芸者衆の千社札と、QRコード付きの千社札などが用意されているほか、「東をどり」の文字が書かれており、そこに千社札を貼り付けていく扇子や団扇がありました。団扇は勿論質もお値段も本物の江戸うちわ。

二階のお食事処というのは、幕開け前に予約された方が(一学生にはちょっと高すぎる敷居とお値段の)料亭料理が振舞われるほか、立ち飲み方式で一流の日本酒やシャンパンやビール、そして料亭による肴の提供があります。一番安いのがお酒という、劇場ならではの光景。肴は早々に売り切れてしまいますので、私が比較的強くて良かったですねと思いつつ、まだ演舞場の外では日が高いうちではありますが、吟醸を飲み干します。純米大吟醸や大吟醸はこれらもまた早々に売り切れており、私が飲んだ純米吟醸も私で終わりでした。ここの日本酒は一杯買うと「東をどり」と「志ん橋」という文字が刻まれた檜製の木升がついてくるので、大丈夫な人はおすすめです。お酒も美味しいし、木升は檜の香りが本当に良くて、家へ持ち帰って洗った後でもその芳香は続いております。

✾✾✾

三幕では宝塚などで観たことのあるような回転もする石橋がセットされていて、幕中はその石橋が(ほぼほぼ)中央に置かれながら、舞台が進んでいきます。パンフレットによると、この石橋は新橋芸者衆が日々お稽古にお座敷にと行き来している新橋の数あまたの橋と、能の「石橋」をイメージしているのだとか。壱の橋、弐の橋、参の橋、四の橋、夢への架け橋と続いて、最後フィナーレへと繋ぎます。

壱の橋の始めは「都鳥」という日本舞踊の中だとかなり有名らしい曲から始まります。やはりこの隅田川の歴史を古い方から順にあげていく中で、一番最初にビックな出来事として重要視されるのが在原業平の東下りになってくるわけです。そこで取り上げられ、現在まで隅田川といえばさで有名になった都鳥。その名が冠せられたこの曲は、隅田川の下流にある新橋の土地で演じられるにはぴったりの曲であるように思います。

一番面白いのは弐の橋。演目は「ノーエ節」「富貴の希い」「とことんやれ節」。特に見物は「とことんやれ節」。この曲はご存知、日本最古の軍歌。パレードだドラムスだと言われても、違う世界の音楽すぎてテンション及び士気が上がらない新政府軍のために、軍隊に組み入れられる前、彼らが親しんでその曲調に合わせて農作業などをしていた民謡の要素を取り入れて作られた日本独自の軍歌、、、という歴史については本学だと現代社会学科の授業で学ぶことができます。この先生の授業は面白いですよ。ヒントはウクレレです。

兎に角、この弐の橋は純な民謡で始まり、民謡要素を組み入れた軍歌で終わるのです。旗を持ち、床に打ち付けたり足で拍子を取りながらリズムよく、比較的大勢が「とことんやれとんやれナ」と囃子を囲んで踊る様はここでしか見ることのできない、文明開化の景色。

三の橋の最後には、息抜きも兼ねてか「雪之丞(楽屋を抜けて)」という名の寸劇が用意されております。その内容というのが、一人の芸者が後輩に、今日は尾上菊五郎襲名披露が行われている歌舞伎座も千秋楽だから、私は観に行くわ、後はよろしく、サイン貰ってきてあげるから、という感じの事を言って舞台から立ち去るものなのですが、贔屓になっているところの宣伝も欠かせないのが良いなと思いました。これが終わってからチケットは流石に買えないのではとも思いましたが、こうして芸種の垣根を越えてお客を次の舞台へ誘導していくのは良いことですね。

四の橋の「銀座懐古」では、男女の再会とともに明治大正期の銀座の街並みが歌われており、ガス灯が電車がと近代的な内容です。昔の曲を敬遠するものの理由にどうしても聞いたって単語が分からず内容が想像できないことが挙げられますが、この曲だと知っている単語が出てくるので、そのたびハッとさせられるはずです。ちなみに、これを聴いて銀座に行きたくなれば、徒歩圏内ですのですぐ行けます。

フィナーレ以外の舞台が終了すると、そこで資生堂が提供している幕が落とされ、文様として描かれている赤色の線をなぞるように丸い照明が流れていきます。そしてその幕の奥から、芸者衆の数を数える声がきこえてきます。いち、にい、さん、よん、、、、、、、、、、はちじゅういち、はちじゅうに、と今年の百回目東をどりの「百」にいたるまで、ゆっくりと数え、そのテンポに合わせるように照明の光がゆっくりと資生堂のラインをなぞって行くのです。

こうして数えて行って、百にいたると、ラインをなぞっていた照明が消え、暗闇の中そっと幕があけます。そして一斉につく照明。舞台にはそろいの衣装で一列に並ぶ芸者衆。周りには金屏風の大道具。わっと声をあげる観衆。

拍手が終わると、中心に座る五人による口上があります。「百一回、百二回、百三回、、、二百回と続けていけるよう~」という、いきなり「二百回三百回と続けて行けるよう」と未来に飛躍しない口上文からは、中断の歴史があることや、二百回目には既に居ない客の我々と自分たちやそのすぐ下の未来の出演者への配慮などもあるでしょう、兎に角新橋芸者衆の「まずは次」という堅実な体勢が見えました。ご口上が終わると尾形菊之丞を迎え入れ、菊之丞含めて全員でのフィナーレが始まります。今日見て来た中でどれよりも豪華で美しく、自然と涙が出てくるものです。

最後には恒例の手拭投げ。サイン入りはないですけれども、三階の客席にも係員によって投げてくださるのですね。私も無事いただくことができまして、帰ったら結びをほどこうと思っていたのですが、どうしても中のしゃりしゃりが気になって、駅のホームで開けましたところ、永谷園のお茶漬け(限定包装)が包まれておりました。中身が同じのが、家にありますのでまだ食べておりませんけれども、嬉しいですね。

✾✾✾

芸者見物は(私はまだそんなに金を持ってはいませんので)鴨川をどり以来約二年ぶりのことで、さらには江戸東京の芸者というのは今回生まれて初めて見ました。京のと比べてどうかと言われますと、京のは優雅。新橋及び東京五花街は優美でありつつこざっぱりな芸風。上方歌舞伎と江戸歌舞伎の違いとほぼほぼ似たようなものです。舞い方に留まらず、小道具や曲もそうで、京都の方は優雅で上品な印象がありました一方、こちらは新橋色というのがあるように、爽やかでモダンな印象を持ちます。私は生まれも育ちも関東たぬきですので食べるもの観るもの聴くもの、すっきりわかりやすい方が好みなのですが、実際棲みに行った程、京の文化への憧れはあるので結論どちらも好きです。皆様はいかがですか。

めちゃくちゃつまらない話なんですけどね

どうも、皆さんお久しぶりです。わた🐓です。スギ花粉もいなくなって素晴らしい季節ですね。

先月後半はおやすみの代わりと言ったらなんですが、ののちゃんのブログに山口県好き関東勢として登場させてもらいました。さくらちゃんに給食のお料理だったり、名店など色々教えてもらって、更に山口熱があがりました!色々終わったらすぐに行くからね。皆さんも是非山口県には一度行ってみてください!県外の私が言うのもなんですが、絶対に後悔しません!

最近の私はようやく卒論のテーマを見つけ、夢中になって調べ考え打ち込む生活をしております。実はこのテーマがかなり「運命」で。そもそものテーマ自体が他人事ではないのですが、調べる→資料が欲しい→持っていた、資料を見る→昔好きだった人が書いていた、などという具合に私の学生人生の節線回収なんじゃないかというレベル。

偶然にしてはあまりに出来たシナリオのよう、出会うのは必然だったのかもしれません。出来よくできたらここでも軽くお話ししますね。

***

さて、そんな卒論のテーマですが、学科の皆さんでしたらお察しの通り、決めるのがかなり遅い!いや、本当に遅い!

大抵うちの学科の子に関しては、普通なら遅くても昨夏ぐらいに決めてます。発表が始まるから。ゼミによってはもっと早い。そろそろ三年生は焦りに焦っているか、焦り始めた頃ではないでしょうか。しかし卒論は墓の下以降も持ち続ける人生のパスポート。自分だけの無形文化財。いや、本にするから有形かな。自分を体現するような題材でやりたいものです。

私は昨年度中、違うテーマで卒論研究を進めていました。でも、募る「これじゃない」感。舞台に行っても、徒然の散歩より楽しくないかも。親しくしている人たちにも大反対の嵐。

とりあえず一度これで発表して、「来年度からは違うやつやるから!」と宣言しました。

それから幾カ月が過ぎて、春。

新学期も始まり、就活もある私はかなり焦っていました。三年生が入ってくるのに、まだテーマすら決まってないと。(ゼミ希望調査にはテキトーなことを書いて出したので何を書いたのかすら覚えていません笑)

しかし焦ってもどうにもならないことは経験上よーくわかっていることでした。ゼミ初回の自己紹介では、内心はかなり汗をかきつつ、外見はなんでもないよう取り繕い、なんでもないかのように「テーマ決まってませーん」と言いました。普通に遅刻し、採寸ミスみたいなワンピ着て、前日お酒を飲みすぎたのか声ガラッガラでしたが。

こうして初回を乗り越え、その週末。とある事情でほぼほぼ私の所有物化した、ひとの本棚がありまして、私はそいつを前に胡座をかいて座っていました。もうここにあるやつでなんかねえかなと。だってもう発表まで二ヶ月もないから。就活があるとはいえ、探すのをサボっているつもりはなく、むしろ暇を見つけては古今東西色々読んでみました。でも、やっぱりいくら探したって「こいつだ!」となる題材なんてすぐには見つからなくて。かなり自暴自棄になっていました。

ふと、下から二段目、自分の目線が真っ直ぐ向く場所にヱレキテルで有名(うちの学科だと更に有名)なあの人について書かれた本を見つけました。最近は大河もあって人気よね、でもそろそろ退場なんじゃないかな、最近観てないけど、などと思いつつ、その本を取り出そうとして、中指を本の縁に引っ掛ける直前で、

「いや、なんか気が引けるな」とおもい、手を引っ込めるのも悔しいので、そのまま手を右にスライドさせ、右隣にあった本を取り出しました。

それが運命でした。

ページを捲るたびに世界が明るくなっていくんですね。明るくというよりは、目の前で色とりどりのダリアみたいなでかい花がワッとたくさん咲いているような鮮やかさ。面白いよね。私が持っていたのは多少日焼けしただけでフツーに白黒印刷の文庫本だったのに。瞳孔がガッツリ開いていたんでしょうね。

今は付箋やリボンやなんやらで花束のようになったその本を傍らに、楽しく夢中で調べては書いてます。おとなしく自室で書いていると、気づけば朝焼けだったり、もはや昼だったり。図書館で書いているといつの間にか閉館時間だったり。関係するフィールドワークをしていたら毛虫が落ちて来たのに気づけなかったり。本当に楽しいです。動静どちらかというと静な時間が多いので太りましたが、楽しいって無敵よ。ももこちゃんにこの話を何となくしたら、「小説家みたいだね」と優しくコメントしてくれましたが、確かに今、一番式部や雷鳥に近いのかも!今になって昨年の大河の紙が降ってくるシーンを理解しました。このペースで行けば、半年分の遅れは取り返せるので、熱が冷めないうちに書き終えたいですね。

多分みんな形は違えどこんな感じで見つけてるんだと信じてます。タイミングや場所は人それぞれ!笑

何かとの出会いって全部嬉しいし楽しいですけど、コレとの出会いを語るのは一段と嬉しいし楽しいですね。

最初で最後かもしれない研究、一緒に楽しく頑張りましょう〜!

私の先輩方へ

先日卒業式を迎えられました先輩方、ご卒業おめでとうございます。

卒業式当日、私は売店にいたのですが、来てくださった先輩もいらして、本当に嬉しかったです。皆さんとってもお綺麗でした。カステラ、お買い上げありがとうございます。

ブログ部しかり、学会、サークル、ゼミ、そして私の場合附属学校から。皆さまは学生時代の中で一番長い時を共に過ごした「先輩」でした。

私は多方に顔を出すので、本当に色々な方に面倒を見ていただきました。ご飯食べに行ったり教室でお話ししたり一緒に帰ったり。京都生活の苦楽を共にした先輩も、ゴキブリ型のおもちゃを投げ合った先輩方もいます。「わったわったちゃーん!パース!」と言いながらゴキブリのおもちゃを投げてきた時などは、この人たちを先輩先輩と慕っていていいものだろうかと悩むこともありましたが。やっぱり先輩は先輩で。

今まで出会ってきた先輩方は全員、お手前、演奏、絵、文章、料理、日々の行動や考え方まで、生まれたのが一年違うだけでこんなに違うのかと思うほど、手を目一杯伸ばしてもなかなか届くことはない存在でした。先輩方は私の永遠の道標です。

先輩方の更なる人生の栄光を願って、今日はブログを閉じます。

さて、明日からは先輩方最後のブログウィークが始まります。何卒ご注目を。

杉のバカヤロー就活

花粉降り頻るこの頃、皆さまお元気ですか。私は薬と共になんとか元気でやっております。こないだは自主ゼミやブログ部の同学年の数人と久しぶりに話せてラッキー欣喜雀躍✌️でした!楽しかった〜!!

さて、今月最後のブログを担当させていただいたからには、来月からの予告をしなければなりません。

ついに来月、現1年生による新入部員投稿ウィークがスタートいたします!楽しみだね。

私は自分が初めて書く前日に、当時の3年生によって投稿されたブログを読んでから、前日じゃなくても絶対に私も言いたい!と決めていたので、今日この日を迎えることができてとても嬉しいです。私も、皆さんの文章を読むのが本当に楽しみです。どうぞオリジナルのブログを展開していってください。

私も含め、投稿が遅れてしまうのが最近常になりつつありますが、私は告知しなくても見てますよ。身近に読者がいないなんて、寂しいことは言わないでくださいね。ちなみに私は秋からずっとアレルギー用の処方された強い薬を飲んで、外に出る日は必ずメイク(特にマスカラ)をばっちりしていくことで全面マスクがわりにしていますよ。

🌲🌲🌲

さて、3年生の昨今となりましては、就活が本格的に始まり、明日には正式にスタートという、スケジュール的にも気持ち的にも忙しない時期となりました。もちろん私も例外ではなく、毎日毎日どこかしらの会社を見たり行ったりしています。ほとんど家-学校-会社しか行ってないのに、こんな毎日忙しいとは思いませんでした。1月の最後とかも、テストやらなんやらと重なって面白いぐらい忙しかったですけど、負けず劣らずって感じですね。ルール外れにも程がある早期化のせいですが、長いスパンでやりたいこともやれない。ストレスか痩せてきました笑(ストレスであれ)

色々な会社のことを広く浅く聴きに行くのが唯一の楽しみぐらいです。大学5年制にして1年間就活に特化するとかどうですか。いずれにせよ早く終わらせて、さっさと旅行したいです。

来月は更新無しかな?4月まで皆様どうぞご自愛くださいね🌲

本日の読みたい本

『新潮 日本文学小辞典』 伊藤整ほか編 新潮社

読書感覚で読める日本文学に関する辞典。1つの作品に1項目はないが、作者についての詳細は小辞典にしてはかなり充実している。

辞典ゆえ、例えば三島をひいて、次が水落露石、水木京太と続くわけだが、それゆえ知らなかった作家だったり作品に出合えるきっかけになる。

忙しい時に限って文学を欲するが、うってつけの息抜き道具である。

これからの時代の日本文学

本日公開の文学部スペシャルサイトはもう御覧になりましたか?私は友達がたくさん映ってて嬉しくてしかたない!

みんなみてね~↓

文学部スペシャルサイト|日本女子大学

***

日本女子大学文学部日本文学科は、贔屓目無しにみても他大学と比べてもレベルが高く、広範囲で日本語と日本文学について学べる場所です。これを読んでいる幼稚園生から介護保険対象者の方までの女性の方々全員に、憧れの学部射程圏内に入れて頂きたいと思っています。そのためには、関わっていないサイトを読めばわかるよと放任するだけではなく、私からも魅力をお伝えしたい次第です。

授業にも著作権があって、私はかなりそのへん厳しくしたい派ですから、誰にも許可を得ていない今、授業の詳細を全て書くというようなことははしませんが、日本女子大学文学部日本文学科と他数校を実際に過ごしてみて、うちの日本文学科のどこがいいのか悪いのか、できるだけ細かめに書いていきたいと思います。是非、歴代のサイトやブログを見ながら、これも参考の一部にしていただけると嬉しいです。

目次

1日本語学の授業

2デジタルの授業

3課外授業

4文学講義

5先生について

6授業外の学生生活

1  日本語学の授業

一番代表的で、分野外で区別つかないよという人でもわかる特徴は、日本語学をカリキュラムに含んでいる点です。

日本語学を研究・学習領域に含む日本文学科はかなり少なく、しかもその中で、全学生が必ず日本語学の概論・歴史を学んだ上で、三-四年の研究に活かしていくという工程が否が応でも組み込まれる仕組みがあるというのは、本当に珍しいものです。

しかし日本及び日本文化、そしてその中に含まれる日本文学を語る上で日本語に関する構造的な知識は必要不可欠。日本語学を通らずに日本文化を語るのは、入り口にも立たぬ部外者の発言。ソシュールらが論じているように、言語によってその文化圏が作られていくのですから、日本という国や、日本文化を本格的に研究しようとする際は必ず日本語学をどういう形であれ、学ぶ必要があるのだと理解しています。代々口伝でのレシピだとか、狂言のお稽古だとかもそのひとつであると思います。

私?一番苦手な分野です。正直この科目は人を選びますね。一年生の概論からマジで意味がわからなかった。初心者にしては学ぶ量が多く、悩んでいると次に進む。特に高校までの文法知識(五段なんたら活用など)がしっかり頭に入っていないと、本当についていけない。先生方に聞けば答えていただけますけど、私たちの学年は遠隔だったのでどうにも。多分、今学部にいる学生の中で最も日本語学が出来ない学年。全員初めて学ぶ内容で、国語が好きという人は得意科目の概念を崩され、かと言って理系の人も唸る内容なのである意味、平等な科目。どうにかして回避できないかと毎日悩んでるんですけど、なんだかんだ毎年取っているような気がします。

2  デジタルの授業

レポート提出締切三時間前になって「名前すら打ってないわ…。」となっても、サイニーやらなんやらで何とかできてしまう、親世代の大学生活が信じられない生活をしている私たち。でも、それを使っている身として、その仕組みや裏側、危険なところを知ったり、それを有効活用するためのイロハは大切で、出来ればその学びを今後の仕事に活かしたいものです。今回の新しいHPはこの話がメインなわけですね。

そんな学びができる授業、『デジタル時代の人文学』という授業が代表的な例でしょう。先生によって内容は変わりますが、どの授業も「文化をデジタル時代にどう活かすか?」ということを考えるものとなっています。

ただ、それにしてはコンピュータに対する知識養成が足りてないかな。基本的なExcelやWordの使い方は必修で習うけど、それ以降はカバーしない。まあそれは理系の仕事だから…と割り切っているのでしょうが。

なのでプラスα(サイト運営に必要な統計とかプログラミングとか)を学ぶには、他学科の授業を自由選択科目や、大学の講座で探すべき。数物や化生に対して多少抵抗がある学生は、家政学部(旧含め)の授業がおすすめ。

そしてデジタル関連の授業とは話が離れますが、授業ごとバラバラに参考サイトを紹介するのではなく、一年生の初めに全員共通で、こういう便利サイトがあるよということを全て一覧で示すと指導が楽そうだなと、毎回思っています。生徒各々が逐一自分で見つけていくのが一番いいんですけど。

3  課外学習

ある。あるけれど、実験をするような他学科や京都の大学に比べると少なめ。

能や歌舞伎を観たり、現場の声を聴く機会は先生であったり国語国文学会によって作られているけれども、一ヶ月に一度二度というわけにはいかない。学会委員の立場から言うと、予算も限りあるし、呼びかけても来ない場合が多い。これは毎年そう。大学生忙しいものね…。といいつつ、いざ主催側になると舌打ちすることもあったり。でも仕方がありません。

これにはどうしても大学の立地が理由の一つとしてあります。目の前に御所、降りれば国立博物館、大学が寺や神社の敷地にある、はどう足掻いても勝てません。目白不動もすぐ行ける距離ではない。能舞台も学校からじゃ電車で一駅以上。だいたい全ての駅まで微妙に遠い。普通に行けるから諦めきれない距離感なんです。

ただですら、七人以上で動くとなると安全の保証が低くなるのに、移動距離が長いとなるとさらに面倒になります。これが「じゃあ来週の授業は土下座前集合ね!そこから北上して、色々巡って、次の時間前には帰れます。」が出来ない要因です。聖地巡礼のようなものを授業内や空きコマでしっかりやりたい人は他の学校、というか京都がおすすめです。

ちなみに学校関わらず自分で行くにも、立地問題は変わらないので、面倒くさい。電車代も高い。歩くとなるとかなり辛い(上野とか)。

東京の大学なんだから贅沢は言うなって話ですが、せめてJRの最寄り駅から徒歩一分くらいの大学と場所を交換したいなとかは毎日思っていますね。こればかりは仕方がない。三井家も成瀬先生もこれは想像していなかったことでしょう。まだ私たちは副都心線が出来たのを喜んでおくべきです。

その分、和本を直すとか、能面を見るとか、学校でやれる体験は多め。古本に触れたり、実物を見る経験も用意されている。T大学やK大学などと比べて数では勝てないですけれど、この学校は触らせてくれたりするのでより身近に感じます。数で負けるようなところは大抵デジタルで資料を公開しているので、それらの恩恵にもあずかれます。

そして、忘れてはいけないのが変体仮名の読解をほとんど強制で皆、読めるようになるということ。京都で文学を学んでいても、写本で読める人が本当に少ないんです。最近は一年生の必修ではなくなったようですが、これは取るべきですよ、授業があるのですから。ちなみに、うちの史学科もあるみたいです。そちらは漢字が読めるようになるそうです。だから、こういうノウハウを学ぶ授業を経て、それを持っていること前提に資料を読まされることは多々あります。

つまりうちの学科は比較的インドアな授業が多め、そのため十二分に知識はつけられるが、それを外でどう活かすかは学生次第、ってことです。全ての物事に言えることですが、ずっと受け身の体制だとちょっと勿体ないのかなと、受け身の姿勢でいながら思っています。

4  文学講義

古代から現代まで幅広い時代・ジャンルの文学と、オールマイティに関われるのは非常に良い点。

何が誰が悪いこともなく、どの授業を取っても後悔がないです。もぐりをしてもいいのかは謎。個々に許可は取った方がいいかもしれないです。二時間続けての授業もないので、色々な授業が取れます。曜日・時間割が被りがちなのがムッとくることもありますが、それはどの学校も似たり寄ったりなことです。

「こんな授業があるよ〜」という例として、一年生から取れる講義を三つ、柔らか〜く紹介しましょう。

①中国の古典文学についての講義。来年帰ってくる予定!ただプリントを先生が教壇で読んで、感想だったりを書いたり、言ったりするごく普通の形式だったが、内容が濃かった。ちゃんと「読む」。特に覚えているのは『東京夢華録』を地図を見ながらどこでどこでと見ながら読んだ、本当に最初の方の回。大学の授業はこういうものなんだ!と初めに知るのにもうってつけの授業。

②万葉集の写本を巡る講義。古典文学全てにおいて原作が残っているものはない。時代時代で人が手で写し、たまに改変しながら受け継がれていって、最終的に私たちが知っているものになる。そんな歴史の流れをどう見ていけばいいのかを、万葉集を使ってしっかり学べる授業。古典文学を専攻する人は絶対におすすめ。今も離島な存在の校舎でやっているのかは謎。

③文学と派生した能についての講義。元の物語・能の台本・実際の映像を順に見ていき、お能の魅力を知る。楽器や舞台などの基礎的知識もしっかり学べるため、お能やそれ以外の伝統芸能に関して、親しみを持てるようになる。能楽師の方のお話を聞いたり、後日実際能を観に行く機会もある。上手いお能にはα派が出ているため、寝てしまうのは仕方がない。先生の話にはばっちり目が開いているのに、動画が始まると寝る、「普通は逆だよね」が体感できる…かもしれない。

5  先生のこと

書いてもいいのかわかりませんが、人によってはこれが一番知りたいことなのでは?

一言でいうならアットホーム。でも最近ブラック企業がこの言葉を使うこともあるので、ちゃんと事実に基づいた理由を言うと、失態を冒しても注意とかなり手厚いフォローがしっかり返ってくることが常であること。他にも、時間がないのにリソグラフのインクがないことに頭を抱えていたら、見かねて詰めてくださったことも。全員、親身です。本当に親身です。とても失礼な例えですが、近所のお姉さんお兄さんおじさんという感じの雰囲気があります。

全員専門家ということで、もちろん個々に癖はあります。あるあるの域ですね。もはや当たり前。これが怖いという生徒もいますが、癖のない教授の授業なんてつまらないにも程があります。ただ相性というものは絶対にあるので、まずはオープンキャンパスなどでお話ししてみてください。

悪いと思うことはなんでしょう、あまりないですね。学生さんがたくさん食べなと、立食パーティーの時全然食べてくれないことかな。

6 授業外の学生生活において

レジュメは自分でリソグラフを使って大量印刷します。意外とこれ珍しいんですよ。職員にお願いしなきゃいけないことが多々。使い方がわかると共に、ギリギリまでレジュメの内容を改変できる利点があります。数日前に申請しないとダメというのは忙しく、できれば最後まで完璧に成したい学生にとっては難しいでしょう。結局コンビニの印刷機が待っているのですから。

印刷室の斜め手前にある学科の図書室はなかなか充実しています。静かで机も広々。辞典など、豊富に揃っています。億劫な点は大学図書館が遠いこと。他学科の図書室も同じですけれど、校門前の信号が厄介なんです。間隔があるので、急いでいる時など、最悪なのです。カチカチしている時、小学生の目の前なのにダッシュで渡ろうとすると、守衛さんにガチギレされます。当たり前だ。

印刷室の隣部屋は会議室です。そこではよく国語国文学会が開かれ、ほとんど毎週会議をしています。学生が主体でやっており、三年生が一番上につきます。オリエンテーションやガイダンスで選出された委員が、企画の実施・研究ノートの作成・自主ゼミ等の会計管理をチームに分かれて行っております。他にも、年一での静嘉堂や宮内省書陵部の見学、十月ごろに開催の国語国文学会大会を中心になって行います。学科の中の学級委員長、と考えればわかりやすいと思います。まあ面白いですよ。とくに学会大会を学部学生が運営するところは少ないですし、いい経験です。

あとうちの学科で特徴的なのは自主ゼミかな。所属ゼミや学年関係なく、上代・中古・中世・近世・近現代・創作・日本語・交流ゼミなどと、一教授につき一つ持っているイメージがあります。中国もあったかと。大抵週一お昼休みに先生の研究室や教室・会議室に集まって、一つの作品を読んでいくもの。時間が短いので、発表者は(演習授業よりはかなりお気楽な)発表をして、しない側と先生はそれを聞いてリアクションする。夏休みには、国語国文学会のつくる研究ノートに全員でレポートを書く。真面目な会合と思う人もいるみたいですが笑、私は結構楽しくやっています。メンバーと先生が良いからかな。入るのは希望制で、春から何時でも入れるはずです。

ラスト、交換留学について。同志社女子大学さんには日本語日本文学科というものがあるので、史学科の生徒などに比べると今後戻ってからの大学生活がスムーズに進みます。単位互換がしやすく、またいくらでも行くための言い分は揃っている感じですね。今は私たちもいるので、先生や先輩に質問しに行きやすい環境もあります。

国外留学に行く人もいます。文系まるごと言える話ですが、理系と比べて違うのは、学校を離れやすいところですね。ラットとかいないし。行く先(協定校)が少なめというのはありますが、あまり志望する人がいないので、ほとんど確実に行けるそうです。

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以上、私が見る日本文学科でした!私は日本女子大学の犬レベルにこの学校法人が好きなので、多少バイアスがかかっているかもしれませんが、比較対象を持っての感想、ご参考になれば嬉しいです✌️

本日の読みたい本

『増補 文学テクスト入門』 前田愛著 ちくま学芸文庫

作者論を中心に展開する、高等学校までの一般的な国語教育をしっかり受けていると、この本の内容はすんなりとは入ってこないだろう。入門とあるだけ解りやすい方なんだとは思うが。しかし、本作で語られているテクスト論こそ、今主流の「読み方」である。

さあ、これをスッキリと読み終えられるだろうか。

ついでに言うと、本書に書かれた、本を始めとするあらゆる事象について、一年生の時点で「読み解ける」ようになるのが、日本女子大学文学部日本文学科のカリキュラムである。

この本を読み、本学科の授業を受ける、またこの本を読む、本学科の授業を受ける…のサイクルは必ずあなたの見る世界を変える。

芸術は秋に限らず

2024年に引き続き、展覧会が面白い!

雪だろうが雨だろうがレポートが残っていようが、行きたい展覧会の面白そうなこと。最近は広報やグッズの魅力の影響もあり、大規模でもないのに平日でも大行列。毎回作品の前に人の数とチケット代に驚きます。

今回は、そんな2025年睦月に開催中の展覧会で面白かったものを3つピックアップ。

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須田悦弘展

ちょっとシードルが飲みたい時に買う、アサヒニッカ弘前の林檎の絵。

20代ではあまり身近じゃないけれど、スーパーの棚を見れば必ず再会する、竹鶴のおじさん。

高いから綾鷹に敗北する十六茶のイラスト。

ご存知、これらは全て須田悦弘によるもの。今回の展覧会はそんな須田氏の展覧会。

須田氏は精巧な木彫り技術を独学で学び、柔らかい朴の木で様々なモノを作っています。須田氏が生まれ育った土地に馴染み深い、世には雑草と呼ばれるものも含めた植物を、都会に出て来た大学生のころからテーマとし、今回も植物の形をした木彫り作品がメインです。

東京インスタレイションを含めた、須田の「名作」を、ザ・展覧会形式で飾るのではなく、見つけに行く形で展示。床や壁に無防備に置いてある植物も驚きますが、何よりも展示ケースの中や下に「生えている」葉っぱ。本物が生えているのかと思うぐらい、「わかる」位置に配置された、普段街で歩く時には意識もしない存在のもの。

展覧会という、人類による究極の「造られた場所」に、一番縁遠い自然を求めるスタンスは、茶室など我々の先祖が作ってきた、自然の中につくられた建物を思い起こされます。博物館の建てものを始めとする、自然を圧倒する形で作られた人工物に対しての考えが180度変わるはず。

また、須田氏は古美術の補修・再生も行っており、その作品も今回展示されています。『春日若宮神鹿像』だったり、『随身坐像』だったりあるわけですが、補修の字に相応しく、元の作品に限りなく寄り沿うように手や弓やらを補う一方で、それが展示してあるケースには、また雑草が生えている。

古美術と現代美術の時を超えたコラボレーション。お互いがお互いを消し合うことは決して無く、むしろ物語性だったり空間美を持つようになるため、発狂しそうなぐらい自然に調和しています。現在に古美術を残し、活かすためにどう向き合えばよいかを考えるきっかけになります。

須田悦弘|渋谷区立松濤美術館

近所に古伊万里専門の戸栗美術館もあるため、是非寄ってみて。今やっているのは『千変万化―革新期の古伊万里―』。全体的な伊万里焼の流れを見られますが、今回は主に17世紀中ごろの作品の流れを重点的に見ていく展示。

私が注目したのは、60番の『銹釉染付 雪輪若松梅文 長皿』という作品。木製皿のように加工した木目調の「自然」の場所と、磁気らしく加工した白い「人工的」な場所の対照的な印象が面白いです。

この展覧会はまだまだ長いので、是非どうぞ。

公益財団法人 戸栗美術館[東京渋谷・陶磁器美術館]

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運慶展

作品、真作はかなり少ないのに、東大寺の仁王像のおかげもあって、1、2を競うジャパニーズフェイマス仏師、運慶。まあかっこいいよね。作品が。

永福寺の中に運慶のアトリエがあったかもしれないとか言われているぐらい、運慶は結構鎌倉で過ごしていたので、鎌倉には結構作品が残っています。故に金沢文庫で運慶展をやるのも何度目かだったりしていて、私もこれが3回目。そんな今回は運慶と、女性信仰者にスポットを当てた展覧会。

目玉の1つとして、「頬焼阿弥陀縁起絵巻」という巻き物があります。この絵巻の主人公「町の局」のモデルは北条政子と大弐の局だといいます。

町の局は鎌倉時代に生きた女性でした。町の局は運慶に反物(当時のマネー替わりです)を送り、代わりに運慶は阿弥陀三尊像を造りました。町の局は邸に安置し、ベストな形で成仏していきました。その後の阿弥陀三尊像はあれよあれよと事件の中心(せっかくなのでWikiでいいので調べてみてください)となったのち、現在光触寺に安置されているとのこと。

今回はそんな物語が書かれた絵巻の、運慶が反物を貰っていたり、阿弥陀三尊像だったりの絵が描かれた場所が公開されています。

他にも、政子が子どものために依頼して寿福寺に安置した薬師如来坐像。同じく政子が建てた永福寺薬師堂の鬼瓦。女性と強い関係がある清水寺の十一面観音の脇侍と考えられる、観音・勢至菩薩像などが所狭しと並びます。

当時の仏教は正直なところ女性差別が酷い宗教。誘惑するからとか実に男目線の勝手な妄想に被害を受けている、簡潔に言えば男って修行に集中できない理由を他人のせいにするクソ野郎ね、というものですが、基本的に善行をしたもん勝ちの宗教ですので、国教になる前から女性もかなり信仰しておりました。そして運慶は依頼主が女だからと差別せず、誰に対しても誠実に仏像の依頼に答えたのだと言います。運慶願経にも、女性の名前が多々あったといいます。(野村育世「「女大施主」とはだれか≪運慶願経≫の情景」『芸術新潮』2017年10月号 pp,,38-39)

女性の仏教信仰ものは物語にもかなり書かれています。大抵夫を亡くしただとか結婚拒否とかですが、源氏も今昔もありますね。木幡狐等、女性に化けた畜生(あえて畜生と書きます)が、そのまま尼になるバージョンも見られます。いくら女性と畜生は存在がアレだから成仏できないとか言われてたとしても、女性たちは男性よりも必死で縋り付き、自身が極楽を目指したり、愛する人の安全を祈ったのです。

今回数年前見つかった、存在感マシマシなあの仏像もいるので、一度は見つけてみてほしいものです。

神奈川県立金沢文庫 展示案内

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これらが終了してしまっても、例えば京都国立博物館だと、「日本、美のるつぼ」「宗元仏画ー蒼海を越えたほとけたち」など、面白そうなものが様々ありますから、終わっちゃったよと嘆く暇がありません。東京は今年も京都から帰って来たんだか、わからないぐらいの充実度ですね。大覚寺ですら後方彼氏面してしまったのに、次は相国寺が来ます。

芸術は秋に限らず。今年もたくさんの展覧会へ足を運びたいものです。

本日の読みたい本

『茶の本』岡倉覚三著 村岡博訳 岩波文庫

須田悦弘展の、特に古美術との融和の作品を見た時に、この本が思い起こされた。

第五章「美術鑑賞」のラスト(p.74~)は現在の若者にも訴えかけている。

それ、本当に本心から美しいと、楽しいと思っているものだろうか?

12年後振り返って

前のオープンキャンパスで、昔昔のブログも全部読んでいますという高校生にお会いしてから、私も偶に掘り出しては他人のを読んで楽しんでいます。今回も書きこむ前に、12年前の今日は誰が何を書いていたのかしらとチェックしてみたりしました。今のブログ部員によるブログは全員全体的に長いですが、12年前ぐらいのブログは短くてサッと読めるのが多いです。追って見ると年々長くなっていっている傾向がありますね。

こうして12年前の記事を私が読んでいるように、ネットの書き込みは良くも悪くも後世に残っちゃうというのが事実です。私はかなり気にするタイプなので、実は過去のブログをちょくちょく手直ししています。本当はいけないことなんでしょうけど、卒業までには全文ちゃんと揃えて去りますから、他部員さんお許しください。

今回は12年前を習って短めです(^^)来年も元気にたくさん色んなところ行きます。暖かいからかもう花粉が飛んでいて、既に涙を流し続ける日々が到来しておりますので、これが去ったら。

本年もありがとうございました。

本日の読みたい本

『「よりよい生存」ウィルビーイング学入門―場所・関係・時間がつくる生』 藤原成一著 生存科学叢書

今年も終わりに近づくにしたがって、2024年に置いていくあの人のことを思う。

それと同時に、意外にも近くにいる人生の終わりについても考えてみる。いつ死ぬかなどはわからないのだから、自らの生き方について考えるのは正直いつだっていいし、早い方が良いと考えている。

せっかく生を受けたのなら、自分の好きなように「人生」を遊ぼう。

本書は人の生について、常に肯定的だった一人の研究者の「大成」の論考だ。

尤も、これより後にも本は出しているらしいが。