ごきげんよう、あやめでございます。
夏休みが、あっという間に過ぎていきました。夏休みはとても足がはやいのですね。全速力でした。
今年の夏休みは、私にしてはマア楽しめたのではないかと思われますが、根が出不精でありますから、高は知れております。ただ、
①自動車学校に通い始める②大阪・関西万博に行く③科博に行く④内定者懇親会に行く⑤家族旅行に行く⑥早起きが(ほんの少しだけ)できるようになる⑦夏バテになる⑧熱中症になる
をしたので、バリエーションは豊かと思われます。たのしいなつやすみでした。
万博は、暑いうえ人が多く、さらには新幹線酔いをしてしまったため、終始力ない、へなへなの声しか出ない人になっていました。
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本日はブログ部員同士のおしゃべり会が、zoom開催でありました。
そこで私が「今日更新分のブログのネタがおもいつかない…」などと申したところ、今日のおしゃべり会でのことを書けばいい、というお声をいただいたので、そのようにしようと思います。
最上級生のくせに誰よりもきょどきょどしたぎょろ目で参加させていただいた、本日のおしゃべり会でありました。私にはやっぱり3人以上の会合は緊張するものらしいですが、学びが多く、また参加したいとも思いました。たくさん発言をする人、ちょうどいい塩梅のぴりっとした気の利いたフォローをする人、話を盛り上げる人、刺激を与える人、といったように、私以外はみんな「会話上の役割」を担っているようにみえて、「ァ」という気持ちになりました。私もえいやと就活のはなしをしてみたりしましたが、とってつけたような「先輩風」みたいでいやでした。
マアつまらない私の感想はさておき、おしゃべり会で「あやめさんはどんな御本を読みますか」というご質問をいただき、美容系YouTuberみたいに紹介したけれど見えにくかっただろうなと思って、改めて私の読む本、もといのうみそを流出させてみようかと思います。私の読む本は日本文学科らしさはあまりなく、フィクションですらないのですが、私が書いたことをみなさんが後々ブログで拾ってくれる…らしいことをおっしゃってくださったため、その言葉を信じて書き進めて参ります。
私の「語り」が多くなってしまって、つまらないのではないかとおびえながら、どうにか面白くなるように努めて、参ります。
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私が読む本は「考える筋力になりそうなもの」だと思われます。プロテインでしょうか。勿論フィクション作品だって、「考える筋力」のとても良い養分になりますが、私は一度「筋トレ」の方法を知ってみたいと思っているらしく、フォームを知るために「考えの枠」ごと習得できるようなものを選んで読む傾向にありそうです。一生懸命人に紹介するべく、ああでもないこうでもないと自室の本棚をひっくり返してそんなことを思いました。
本及びそれについての私の反応をご紹介をするつもりですが、内容を言うのは「ネタばれ」だと思いますし、上手な紹介はもう誰かがしているンじゃないかな…という具合に私がへっぴり腰なので、ごく簡単にするに留めておきます。よかったら…読んでみてくださいね……
思考法系
最も「筋トレフォームを学び取れる」分野であると思います。具体的には直近1年で以下のような数冊を読みました。読破できていないものもあるので「カッコづけ」ですが。
「頭のいい人が話す前に考えていること」著:安達裕哉(ダイヤモンド社)
「あたまのいいひと」になれるのかも!などと思って読みました。話す前に考えることを知っておけば、面接とか、今後お話しする直前に「ア」と思い出せればいいなと思って手に取ったのです。こうやっておススメすると「あたくしは頭が良いのです」とアピールしているみたいでいやですが。
読み終えて、話し方や話すことに関する思考法以外のおおきなことを学び取れたため、やはり「考え筋力を鍛えるトレーニングのフォーム」を学べたように思えました。そもそも「考える」とは何か、「話す場」で何が起きているのか、そのうえでじゃあどうしたらよいのだろうか、ということを学べました。
「仕事のできる人がやっている減らす習慣」著:中村一也(フォレスト出版)
仕事もやったことがないのにこんな本、と思われるのでしょうか。私はシンプルに荷物が多く、また悪い意味で考え事が多い人物なので、「手放して減らす」ということを目指して読みました。来春には引っ越しをする予定なので、その際に効果が表れているといいなと思います。
「ムダをへらす」ということや「仕事ができる」ということ、「バランスをとる」ということを学べたように思います。
「人生は「気分」が10割――最高の一日が一生続く106の習慣」著:キム・ダスル、訳:岡崎暢子(ダイヤモンド社)
お察しの通り、私はじめじめ高湿ネガティブおばけなため、「気分が10割」だとしたら大変困るのですが、しかしそれを否定できず「タシカニ…」とぐぬぬの顔になったので、読むことにしました。どんなふうにして自分のご機嫌を取るものなのか、学びたいと思います。読破できておりません。
私が一人でゐたら思いつかないだろう発想が並んでいたため、刺激的だなと思っております。視点の角度を改めてくれる一冊だと思いました。
知識系
考え方というより、考える材料としての「知識」を仕入れるために読んだものです。好みがバレてしまうため、本当に恥ずかしいです。
「本当の自由を手に入れる お金の大学」著:両@リベ大学長(朝日新聞出版)
お金の亡者でありますから、私は昔から「おかね」関係の知識は大好物のおばけでやらせていただいております。それに伴ってつけておきたいおかねの知識。生きて行くのに絶対に必要な知識だと信じて読みました。「本当の自由」なんて書かれたら読んでしまいます。
カラー印刷、イラスト多めで書かれておりますから、吸収するのがやりやすかったです。著者の方はYouTubeチャンネルを開設されているらしいので併せて学べておもしろかったです。
「行動経済学が最強の学問である」著:相良奈美香(SBクリエイティブ株式会社)
以前のブログでもちょっと触れたように思います。「最強の学問」と言われては興味が引かれてしまいます。分厚かったので読み切るのに苦労するかと思われましたが、知らないことづくしで楽しく、すぐ読み終えてしまいました。変わり者の自分について、私を取り巻く「他人」の皆様について、新しい角度から見てみたくて手に取りました。考え方のクセについて、それをどう「活かすのか」について学べました。
「あなたを疲れから救う 休養学」著:片野秀樹(東洋経済新報社)
2年生のころにブログで触れた気がしますが、私は休み方もへたくそでありますし、特に「眠る」ことがへたくそであります。上手にやすむということは私にとって悲願であります。ただ、そのやりかたや作法を知らないな、「休養学」というのがあるなら知ってみたいなと思って読みました。読み終えて、「休養学」の奥深さ、重要さに気が付き、知識を活かせるよう自分で実験してやろうという発想で居ります。実験が成功するように頑張ります。
番外:昔よんでいた本
フィクションとか、一年以内ではないけれどこんなもの読んだこともある部門として設けました。これに限らずいろいろ読んだはずですが、あまり思い出せませんでした。
「少年と犬」著:馳星周(株式会社文藝春秋)
映画化したらしいですね。管見すぎて存じませんでした。私は2020年の直木賞受賞時に本屋で見つけ、(珍しく)手に取って気まぐれに読んでみて、面白すぎて一晩で読み切りました。手に取って、けちんぼの私が一冊を大事に買って、買いながら、あんまり「流行最先端」みたいなものにはビビッて手が出せないタイプなので、我ながらちょっとミーハーみたいだなと思いつつ、でもしかし本屋に3回通ってまだ気になるんだからぜったいに読むんだぞと思いました。一晩で読んで、ミーハーとかの自意識の気持ちは忘れていました。なるほど、事象をこんなふうに書くことができるんだな、という学びの多い面白い作でした。犬がどうなってしまうのか、追いかけたくて読み切ったともいえると思います。
読んだ頃はど真ん中不登校時代なのでとても活字が読めない時期でしたがこれだけは読めました。そういう意味でも私に影響を与えた作だと思って挙げてみました。それにあまりに「フィクション」がなかったので…
「なぜ、地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか」監修:大石学(株式会社洋泉社)
中学生時代、なんだか幕末…新選組…のあたりに凝っていた時期がありました。情報を集めたくてしょうがなくて、一生懸命関係ありそうな本を集めていたものです。ついには修学旅行で京都に行き、新選組のゆかりの地へ、何も知らない班員を強引に引き連れて回りまくって、ガイドさんのありがたいお話しを、「全部知ってた」とかスカしたつまらないことを言うに至っております。こういう、粋がっていた最悪の記憶があります。
さて、その時代に読んだ一冊です。当時幕末史を「かっこいい先人が大活躍した」みたいな、アバウトでヒーロー譚と勘違いした捉え方をしておりましたが、この一冊では地形、地理を用いて「実際はどうだったのか」を再現しようという試みがなされておりました。【学問】として幕末史に触れられる、良い機会になりました。また読みます。
「燃えよ剣(上)」「燃えよ剣(下)」著:司馬遼太郎(新潮文庫)
それまでもっぱら児童向けの本やら絵本やらを読んでいたため、文体・展開・内容すべてに圧倒されて、震えました。こんなに粋なかっちょいいひとがいるのか…!と。私は昔から本は一回読んだらもう大方は覚えてしまうというつまらない理由で繰り返し読めないタイプなのですが、この作だけは何遍も擦り切れるまで読みました。いい思い出です。多分、当時中二の私のちょっと中二病な部分に刺さったのだろうと考察しております。当時は知らずに読んでおりましたが、今では大家の大作であることは重々理解できているつもりですから、また読んで「創作」というものを学んでみようかと思います。
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なにだろう、やっぱりダメだったんじゃなかろうか、という冷や汗が止まらない思いであります。べらべら偉そうにしゃべってみました。きょどきょどしております。
自分が読む本を知らせるという事は、自分の脳みその中身を知らせることに似ていると思いましたし、自分の脳みその中身を知らせることがここまで恥ずかしいことだと思わなかったので、おしゃべり会中に「やって」と言われて、「やって」なんて言って貰えてうれしくなってしまって、例によって安請け合いで軽い頭を「ウン」と縦に振りましたが、だからあとには引けませんが、かなり後悔しました。恥ずかしすぎるので、どなたでもいいので後を引き継いではくれませんか。
なさけない語尾でなされる断末魔でした。