朝の新幹線はビジネスマンが多い。
早朝や昼や夕方は観光客が多いが、9時台あたりは子どもの声もまばらで、車内にはキーボードを叩く音が響き渡り、たまにいびきが聞こえる程度である。かく言う私も、先程から真っ白なスライドにインターン先での企画案を描いている。
富士山もいつのまにか過ぎたようだが、仕方がない。今日が提出日なのだ。
パソコンからシュッという音を出しながら、企画書を乗せたメールが出ていったのは、新幹線に乗ってから1時間半ほど経った後だった。名古屋も過ぎ、車窓からは草木と田畑と住宅が広がっていた。
この、今走っているところはもちろん降り立ったことがないが、私はこの県に数日滞在していたことがあったから、この土地が発する控えめでよそよそしい自己紹介が聞こえる。地図アプリ要らずで大変便利な頭だ。
ということは、あと数分で目的地に着いてしまう。急いでパソコンを片し、大きめのショッピングバッグに詰め入れた。
✾✾✾
1年半ぶりに、京都に来た。
色々と忙しかったのもあるだろうが、正直ワクワク感というものはなく、むしろお盆に実家に帰るぐらいの感覚だった。そしてその感覚は着いてもなお、変わることなく、むしろ目白の方が興奮するのではないかと疑うほどである。
「京都だー!」と喜んでいたあの日の少女は「京都か…」と死んだ目をして立っている。本当に暑いのだ。しかしこうはしてられない、次の予定があるのだ。
迷うことなく徒歩で宿泊場所に着き、2着の着替えとメイク用品の入った鞄を預け、迷うことなく京都駅行きのバスに乗る。
行きに歩いたのは本当に誤りであった。
気温が同じだからと侮った。東京も暑いが、暑さの種類が違う。外国人観光客は京都と東京をセットで行くことが多いらしい。短期間に違う種類のどちらとも嫌なタイプの暑さを味わうことになるなんて、お気の毒だ。
さて、今回京都へ来た理由は、大学の実習だった。実習内容については、許可もないため今回は省こうと思う。ゆくゆく、大学の何かしらの媒体で周知されることだろう。
2泊3日の実習に、個人的にプラス1泊して、4日間。私はお気に入りの店、美容室、知り合いなどと声をかけつつ、実習の隙間を縫いながら、短い時間ではあるが、懐かしい場所と人を廻ることとした。今回のブログはそんな4日間の、特に心に残った一部を抜粋して共有する。
✾✾✾
「ホウキっていうから笑ってしまいましたよ、今回もおまかせくださいね!」
そう言ってバックヤードに薬剤を取りに行ったのは京都で大変世話になった美容師である。
2年前、夏の日差しで痛んだ私の髪を応急処置し、その半年後ホウキ部分をばっさり切ってくださった、簡単に言えば救世主である。
薬剤の匂い漂う中、東京も暑いけどこっちの方が死にますわとか、最新の美味い店だとか、ミャクミャクは夢洲に行かなくてもロフトかサンリオにいるだとか、変わらず本を読まないまま、施術が遂行されていった。
2時間後には見事、都会派ガールが鏡の前に映っていた。「表参道にいても主役ですよ!」と言われて、確かにそうだと思った。
あとは私がこのようにセットできるかが問題となるわけだが、それはさておき、やはりこの美容師は素晴らしい。美容室になかなか行かない私の性格も汲み取り、伸びても綺麗そうな出来栄えである。我ながら可愛いなと思ったりした。
また来年来ますと言って会計を済ませ、(来いよ、でもおまえのことだから本当に来るのか?)という疑いの目を向けられつつ見送りを受けた。
来るつもりである。何月何日になるかは、わからないけれども。
軽くなった髪の毛を靡かせながら、すっかり暗くなった三条通を東へ向かう。通り沿いにはミャクミャクが描かれた旗。陽が落ちて涼しくなったからか、人が増えた気がする。
不規則な動きをする観光客をかき分けながら、駅を目指す。背筋を伸ばして、堂々と。相変わらず、この美容室の帰りだけは、私が映画の主人公のように思える。
✾✾✾
京都は、朝だ。それも早朝がいい。特に夏。
私の以前の夏休みルーティンは、3時に起きて、30分後に出て南下。だいたい五条のあたりまで行って、折り返し、八坂神社でお参りする。予定があればそこから電車で目的地へ行くし、予定がなければ寺町を北上して、店の準備の様子を見たり、ひとさまのお宅の朝ごはんの香りを嗅ぎながら下宿先へ戻る。そして朝食を食べ、15時ぐらいまで部屋で過ごし、夕方になってまた外へ出ていた。
つまり、暑い時間を避けていたのだ。しかし、今はその、住んでいた時よりも気温が高いのでなんとも言えない。
でも早朝は変わらず涼しいものだ。
現在朝の4時。偶にご老人がいるぐらいで、人も車もいない道を歩む。授業がない限り、八坂〜清水寺の道なんて歩かなかったが、この時間は別だった。
昼間も夜間も人でたくさんの八坂神社だが、この時間だと参拝者は私含めて3人である。神社は朝の方が良いというが、これぐらいになるとむしろ起こしてすいませんという気にすらなってくる。
参拝していると、稲荷神社のところで急に猫が来た。綺麗なトラだった。
あの時の私はここで戦慄とまではいかずとも、ビビり倒していたのだろうが、数ヶ月前にようやく猫カフェにて、人生で初めて猫に触った私は、多少驚くだけで済んだ。3年生の間は2年生の時と比べて、いったい何をしていたのだかよくわからないと感じることも多いが、どうやら成長しているところもあるようだ。
参拝を終え、四条通を見下ろすと、まだ暗いものの全体的に青く見えるようになってきた。
そろそろ日が出てくる。日が出ると散歩は終わりである。暑くなるから。
人も多くなる。むわっとして、空気が悪い。
早朝の散歩は朝食ビュッフェの心配がなく、深夜まで回り尽くそうと言う必要もなく、かつ朝が得意な人間の特権だと思う。これから更に平均気温は暑くなるのだろうが、この時間だけは奪わないでほしいなと思う。
✾✾✾
よく通っていた喫茶店を集合場所に指定し、約束の時間の10分前に扉を開けたが、すでに相手はコーヒーを頼んで待っていた。
申し訳ないことである。
私も同じコーヒーを頼んで、席に座る。今日はありがとうございます、本当にお会いできて嬉しいです、お元気ですか、ゼミの方々は、最近のご様子は、などと久しぶりの再会に話を咲かす。
今、私の目の前に座っているのは、私の京都での恩師である。私はこの先生の授業を受けて、古典専門にも関わらず近現代への憧れを捨てきれなかったがために、卒業論文を両方とも取れる題材にした。それぐらいの存在である。
その後、先生おすすめの料理店に移動し、シェリーを片手に更に話は盛り上がる。
色々あって院進や留学をやめて、就職するんですよという話で、「人生何があるかわからない」「やろうと思えばいつでもやれる」と言われ、口ではそうだと嬉しいですといいながら、京都で出会った先生や、先生のゼミ生を含めた人たちや、現在のインターンで出会った人たちの経歴を振り返って、その通りなんだろうなと考えた。
色々やってきた末に、好きなことを極めて発信している人は本当に輝いている。
上手くやれるかはわからないけれども、できれば近いうちに、私もそうなりたいと思うのだ。
✾✾✾
私は、市内でも北の方に住んでいた。
だから、主な生活区域は四条とかの繁華街ではなく、いつしかここのブログでも触れた、北区であったり、上京区であった。
四条の方に宿を取ると、こっち側に来るのはなかなか億劫である。それも真夏の昼間となると、本当に面倒だ。でも、ここまで来たらよく行っていた神社仏閣には行っておこうと、1100円の地下鉄バス1日券を購入した。路線図はありがたいことに変化がなかったため、元は取ることができた。
誰が教えてくれたかは忘れたが、今出川と京都駅だと、1度気温が違うらしい。だから多分、滝のような汗をかいているが、京都駅周辺よりマシなのだろう。
上賀茂、太田神社、長久堂、北大路、吉田神社、ハイライト食堂でカツを平らげ、下鴨へ。
下鴨神社、の下社の河合神社は美人になるで有名な神社だが、私はここで恥ずかしながら貧血を起こし、倒れたのを看病していただいた過去がある。
あの時の巫女さんはおそらくもういないが、以来近くを通るたびに「あの節は…」と手を合わせている。赤い布が敷かれた座席で、でろっと寝ころばせていただき、水をいただいて飲んだところだいぶ回復したのだった。あの時は知り合いもあまりいなかった頃だから、本当にホッとしたのだ。今日も同じように手を合わせる。
下鴨から、出町商店街を通って、相国寺を抜ける。正しく私の下校ルートだった場所だ。
ボナペティでパンを買い翌朝の朝食に。この日はあいていなかったが、出町ふたばで餅を買って、昼飯やデザートにしていた。友人が来た際には岡田商店で揚げ物を買って食べた。
本満寺は越して間もない私が初めて1人で観に行った立派な枝垂れ桜が植えてある。京極幼稚園にはトトロがいるが、あの時よりも整備されて更に綺麗になっていた。この上立売の通りは、朝か夕方にはどこかの家から出汁の匂いがして好きだった。相国寺の鐘を鳴らすお坊さんを見たとき、初めて生で鐘を鳴らすのを見て感動した。同志社には普通に時間がなかったから行かなかったが、この懐かしい道を歩くだけで、道路に生えた草花までもを思い出す。
元下宿先には、すんなりと到着した。通りすがりを装って見てみたが、今更になって、意外に建物自体が大きかったことを実感した。台風で薙ぎ倒された木は、手入れが入ったようで、2代目に代わっていた。相変わらず私好みの綺麗な下宿だと思った。
✾✾✾
四条通を、早足で東へ。なんか橋の中央で、三線を弾いていたやつもいた気がするが、気にしている場合ではない。いつもこの時間なら通らない道を通るぐらい、私は急いでいる。
四条大橋を渡って、横断歩道を10歩で渡ると、右手には南座、正面には八坂がある。
ふと、思い出す懐かしの店。そこは私が京都生活最後の方でよく通っていたお団子屋さんだった。不定休、いつオープンかもわからない。京都一美味いから毎日行列で、そこのおかみさんは釣り銭のやり取りを嫌がる。
空いているかな、とみるとなんと誰も並んでいない。やった買えるぞと思って「すいません、五本…」といいながら財布を出す。
しくじった。細かいのがないのだ。
「ごめんなさい、お釣り嫌ですよね、大きいのしかなくて…」というと、最後まで言わないうちにおかみさんは笑顔でこう言った。
「ええよええよ!いつもご贔屓にほんまありがとう!」
えっ、と思わず声がでた。「いいんですか」と追ってつけると、いいんだよ特別、と言って、普段列をつくっている場所にたむろしていた外国人を、いつもの感じで退かし、「ちょっと待っててね、すぐ用意するからね」と私をいつもの位置へ誘導した。
「はい、五本、そしておつりね。また来て」と言われ渡された団子は出来立てのほかほかだった。しっかりお礼を言って、再び東へ歩み始める。あの時の私と同じ、紐を中指に引っ掛けて。
おかみさんは誰かと勘違いしたのかもしれない。釣り銭問題を知っていたから、一見じゃないと理解しただけかもしれない。でも、あの笑顔が、言葉がなによりも嬉しくて…。顔が熱いのは京都の夜が暑いせい。
✾✾✾
退去当日と同じく、こちらの終電にギリギリ間に合う新幹線を発車15分前で購入し、色々買って新幹線に飛び乗った。正直、ホームが滞在中一番の暑さだったから、結果的に滞在時間が少なくて良かったのかもしれない。
席について、せっかくだからとメモアプリを開いて、ブログを書く。新幹線内はとても静かだった。
忘れないうちにとどんどん打ち込んできたが、なんだかできた話のようだ。
6月あたりに、歩いていたら沈丁花を持ってきた近所のおばあさんを思い出す。なんだかんだあれも実話だってことを私もあまり信じていない。おばあさんは今年こそ、娘さんに沈丁花をお土産に持たせられたのだろうか。
行った気がしないのも含めて、夢のような場所だ。写真も旅券も嘘くさい。551の香りと、35024歩と書かれた歩数計だけが、京都に行ってきたんだということを証明している。
主題は実習であったが、一番楽しかった時期のことを、学生最後の夏休みというタイミングで振り返ることが出来て本当に良かった。
たかが1年だろとは私も思うが、こうして心の故郷が増えたことは留学して本当によかったことであり、それが京都であることを幸運に思う。
明日充分に寝れば、東京のスピードについていけるだろうか。1年半前は戻すのに半年かかったものだが、今回こそは大丈夫だと信じて、今日のところはスマホを閉じ、残りの到着までの時間は北大路のイオンで買っておいたパンを食べることに集中したいと思う。
ちょうど浜松駅を通り過ぎたところである。









