雨上がりの夜。
バイト終わりに終バスを逃して歩いていた私は、街灯の少ない真っ暗な道で水たまりに足を突っ込んだ。
ひんやりとした涼やかな風が吹いた。
まだ少し、雨のにおいが残っている。
なんてこったとため息まじりに顔を上げると、雲の間から星がひとつ、ふたつ、輝いている。
今日は新月だから、いつもより真っ暗で、そのかわり星もよく見えるんだ。
ふっと笑って歩きだす。
いつもは自転車でさーぁっと走りさる長い下り坂も、今日はゆっくり歩いてゆこう。空をみながら。
道は真っ暗、人もいない。
しーんと静まりかえっている。
世界にひとりとりのこされたみたい。
この静けさも悪くない。
流れる雲をながめながら、川についた。
やっとここまで歩いてきたか、そう思ったとき、突風がふいた。
思わず目をとじる。
目をひらくと
「海?」
あたり一面にひろがる青。
いや、ちがう。海じゃない。花だ。ネモフィラだ。
月明かりに照らされて、きらきら輝いているようだ。
「月?」
満月だ。どういうことだろう。今日は新月なのに。
夢かうつつか。さっきまで川の前を歩いていたのに。
でも、そんなことがどうでもよくなるくらい、この光景は美しい。
この目におさまりきらないほど広がる爽やかな青。
花の中心の白に月あかりが光ってる。
さやさやきらきら光ってる。
風がふく。
さわさわそよそよ風がふく。
髪がゆれた。花がゆれた。木の葉がゆれた。
そう。一本だけ。遠い向こうに大きな木がある。
花畑の丘の上に大きな木がある。
月あかりが一段と強く輝いている大きな木がある。
誰だろう。誰かいる。
顔は見えない。男か女かもわからない。誰かわからない。
でも、すごく懐かしい感じがする。
会いたくて、その人を知りたくて、花の中を駆ける。駆ける。駆ける。
手を伸ばしたとき。突風がふいた。
思わず目をとじる。
目をひらくと
「いつもの川だ」
バイトに加え、ずいぶん歩いてきたから疲れているのかもしれない。
夢かうつつか。そんなことはどっちでもいい。気分がよかったから。
目の前に広がるのはまっくらやみだけど。
すがすがしい風がふいた。まだ少し、雨のにおいはのこっている。
でも、空はすっかり晴れていた。
新月の空、星がきらきら光っている。
雨上がりの夜に。