いつも「新・当世女子大生気質」をお読みいただきありがとうございます。
この度、サーバーの都合でこちらに移転することとなりました。
引き続きご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。
経験も使い方次第
皆さんこんにちは、みちこです。
今日も今日とてやることが終わらず、この文章を打っている現在時刻は23時13分。日付が変わる前に更新を完了させようというタイムアタック方式で駆け抜けていく所存です。
最近急に寒くなりましたが、皆さま体調は大丈夫でしょうか。かく言う私も微熱が続いた時期がありまして、せっかく3連勤できて、稼げるはずだったバイトを2日お休みすることとなってしまいました…。
悲しや悲しや…。まあ、こんなこともありましょう。後日シフト代わっていただいた方にはきちんとお礼を申し上げましたので、ご容赦ください。
さて、本日の話題ですが…。
こないだよさげなのが思いついたんですが、今それを思い出せないので、最近ずっと自分の中でくすぶっているこちらの話題について書くことにしましょう。
それは「ゼミ活動で培ってきた力が実は就活に役立っている」ということについてです。
具体例にどういうことかと言いますと、「何かしらの発言をしたり、質問をしたりということが事前準備なくその場で出来てしまうようになった」ということです。
この能力はおそらく、社会に出たら嫌というほど使うようになりましょう。
例えば、会社説明会の場。自分の将来の就職のため、面接の切符を手に入れるため。そんな少しの不純物が混ざった動機から参加する会社説明会です。自分が少しでも興味を持った会社なのですから、受け身ではよくない。そう思って、会社説明会に参加する前には必ず会社のHPで情報を集めるようにしています。
この会社は何をしている会社なのか、社風はどのような感じか、この会社の強みってなんだろう、など、さまざまな角度から会社を見るためです。
当たり前のことなのかも知れませんが、情報として仕入れる前から自然と私はこのようなマインドになっていたような気がします。ある種の「礼儀」として。
なぜか。それは至極簡単な理由です。自分も相手も、貴重な時間を使っているからです。
わざわざその時間を空けて聞きに行く、企業の人事の方も参加する学生のために時間を使って下さるならば、互いに有意義な時間を過ごしたいでしょう。
だったら、その理想に近づくよう、せめて自分だけでも行動するまでです。そういうマインドです。
そしてその理想に近づくためには、人事の方への好印象を持ってもらうこと。そうなるための一番手っ取り早い手法は「質問すること」なんです。
実はこういう場面での質問って非常にいい手段でして。というのも、まず質問してくれたというだけで人事側からすれば、自分の会社に興味を持ってもらえている、という意思表示になるからです。
そうなれば名前までは覚えてもらえなくとも、「あ、この子はうちの会社に興味を持って、面接も受けてくれそうだな」と思ってもらえる可能性が上がるわけですよ。
何かしら質問をするだけで良い印象を持ってもらえる可能性があるんですから、コスパいいんですよこれ。ホント。マジで。
この習慣やマインドがどこから見に付いたのか、という話ですが、それが私は「ゼミで発表資料を事前に読み込む」という習慣から身に付いたものだと考えています。(前置きが長いですね、はい。いつものことです…)
他のゼミはどうか分かりませんが、私の所属している中世ゼミでは発表日の3日前(土日を挟む)には必ず発表資料を提出するようになっています。
つまり、土日の間に発表資料をきちんと読み込んで、ゼミの時間に質疑応答をきちんとできるぐらいまで読み込んでおけという、まあ端的に言ってしまえばそういうものです。
なので私は3年生になってゼミに所属してから、ゼミの質疑応答に対応すべく、Wordファイル1ページ分にびっしり、2人ないし3人の発表に対するコメントや気になったところ、質問事項などを、発表資料を読みながら事前にメモしているんです。
そしてそれをゼミの発表を聞きながら質問を精査していき、質疑応答の時間で精査された質問やコメントを発言するという、そういう流れを毎週のように行ってきました。
この習慣があると何がいいかって、まず「目の付け所」が分かってくるんです。
知識量がどこまで豊富にあるかにもよりますが、発表資料を読んでいるその瞬間から「どこがツッコミどころなのか」というところが大体分かるようになってきます。
この「気付く力」というのはデカい。
さっきの例でいうと、企業HPを見ていて「自分の知りたいこの情報がないから、会社説明会の時に聞こう」となるわけですね。
この「気付きの力」というのは、意外と訓練していないと出てこないものだったりします。
あとは、「発言することに恐れを感じなく」なります。
意外と皆さん、発言を恐れがちなんですよね。かく言う私も今でも「これって言っていいのかな…。」と躊躇して結局言わなかった、なんてことはよくありますが…。
でも実際発言してみると、意外とそんなことなくて、相手はちゃんと受け取ってちゃんと回答してくれます。自分の中でぼんやりして、まとまっていなくたっていいんです。
そしたらそれはそれで、相手が補足情報を伝えてくれるので、そこから疑問に思ったことをさらに返す。そうするとまた答えてくれる。このような、会話のキャッチボールを進めていけばいいだけなんですから。
そして、こんな状態に慣れてくると今度は「事前準備がある程度なくたって」その場で質問を考えて言えるようになるわけですよ。要は慣れです。本当に。
あとはまあ、私の場合は「意見を聞いてくれる環境だった」っていうのが要因の一つな気もするので、その環境自体があるのはだいぶ恵まれてるな、と思うのですが…。それも私の持つ1つの力なのでしょうかね…。「自分で自分の望む環境に身を置く力」とでも名付けましょうかね…。
とまあ以上のように、ゼミで培う能力だって、やろうと思えば就活にだって役立てられるんですよ、という話でした。
経験は地続きなんですよね…。これは私が大学2年の時分から今まで約1年半以上の多忙の日々から得た学びです。どんな経験も、今あるいは未来の経験のどんなところにも生きる。
なので皆さんもぜひ、「経験を点と点で捉えず、線で捉えてくれたら」嬉しいです。
それだけで、あなたの世界が少し変わるかも知れません。
と、だいぶかなり綺麗ごとを申し上げつつ今回の記事はここまでにしようと思います。
次回はちょっと巷をにぎわせているチャッピー(ChatGPT)君の個人的利用法について話そうかな、と思います。今回で書こうと思ってたんですがちょっと間に合いそうにない…。
(結論から先に言うと、私は対話相手として、自己理解を深めるためにチャッピー君を使ってます。割と不思議な使い方してると思うので、それはまた次の更新で詳しくお話できたらいいなと思っています!)
というかこの文章を書いている時刻が現在0時14分なんで、まあ全然間に合ってないんですけどね!
というわけで、今回はこの辺で失礼します!
最後までお読みいただきありがとうございます!(というわけで、0時18分に執筆完了。記事作成時間;1時間5分でした。謎の検証してました(笑))
近世の人間は、よくめしを食う。
ここ最近のブログ部の流行はゼミの話題らしい。
この前開催されたブログ部ティーパーティーに参加できず、更新も遅く、ブログ部のビッグウェーブに全て乗り遅れている、そんなしらです。
そうか、2年生はもうゼミを考え出す季節か……と、未だまっさらな卒論テーマ発表のレジュメを尻目にこのブログを書いている。
「福田先生、もう無理です。テーマ、変えます!」と我らが福田先生に泣きついたのは、つい先週の話。
私は、そんな福田先生率いる近世ゼミに所属している。
私はもともと、近世にはあまり興味がなかった。
興味がないというよりは、どんなことをしているのかもピンと来なかったし、
私はもともと図書館情報学とか、近現代とか、その辺に興味を持ってこの大学に入ってきたのだ。
そんな私は、1年生の時になんとなく近世自主ゼミに、入った。
なんで入ろうと思ったのかは、正直あまり覚えていない。
ただ一つ確かなのは、ガイダンスの時にとっていたノートで、近世自主ゼミのメモのところの大きな丸がついていたことだけ。
近世自主ゼミは正直とても居心地がいい。今は人数が多すぎて、あっぷあっぷしてしまうが、アットホームで楽しくて、とにかく福田先生が大好きだった。
福田先生は本当に優しくて面白くて、素敵な教授である。
私が近世ゼミに入ったのは、この福田先生のお人柄に惚れ込んでいるからと言っても過言ではないかもしれない。
もちろん、近世自体に惚れ込んでいるところもある。
近世絵巻の華やかな色使い、当時の人々の息遣いまで聞こえるような庶民文化。
華やかな演芸、近世の日本人のユーモア。
近世ゼミで取り扱われている内容は多岐にわたる。
それは、近世という時代区分の自由さとも関連づいているのかもしれない。
江戸時代。
近世ゼミは、「近世の日本文学」というより「近世の日本文化」を愛する人が楽しめるゼミ……かもしれない。
あまり言い切ることはできないが、私はそんな風に思っている。
近世ゼミ、そして近世自主ゼミは、いいぞ!!
あたたかさを求めて
こんにちは。
先日、ブログ部のティーパーティーに参加しました!同じ部員であっても普段はなかなかお互い顔を合わせることがないので、久々(の方とはじめまして!の方もいたなあ)にリアルでお会いできてうれしかったです。そして、対面だからこそ存分に伝わる後輩たちの熱、熱、熱量!正直私が彼女らの後輩になりたい笑。知識も経験も豊富で、明るくてはつらつとしていて、そんでもって親しみやすくて頼りがいがあるなんて、なんて素敵な方々なのでしょう。こういうことはやはり、PC越しでは分かりませんね。
最近特に感じるのが、対面で人と会うことの大切さです。家に1人でいると結構モチベーションを保つのが難しいんですよね。私の場合、隙あらばお布団の中で眠り続けてしまいますし。血流と一緒に頭の回転が悪くなりまして、表情筋の機能していない顔でじっとりどよよんとした生活になってしまいます。この1年を振り返ってみれば、私は教育実習も就職の試験対策も卒論も大学で知り合った友人たちに励まされながら乗り越えてきたのです(卒論はまだ乗り越えきれてないですね)。
同じ目標を持つ人が近くにいると感じることほど、心強いことはありません。そんなことをふと、先日のティーパーティーでは感じました。居合わせた4年生部員でしみじみしていましたけれども、頼もしいメンバーに囲まれて私は幸せ者です。
そうだ、せっかくなので私が①日文に入った理由、②卒論で中世ゼミを選んだ理由を簡単にお伝えしましょう。
①日文に入った理由
元々私は心理学系を志望していました。「このような状況に置かれたとき、人はこのように行動しやすい」といったものを学ぶのがおもしろそうだな―と思っていたのですが、高校の進路学習の中で心理学について調べるうちに「大人数について調べるより、個人とか作品とかを1つずつ見ていく方がおもしろそうだな」とふと思ったのです。国語は結構得意科目で、読書はそれなりに好きで、高校時代は国語便覧を眺めるのが好きでしたので文学がいいかと。日本文学を選んだのは高校で読んだ『徒然草』をはじめ、古典作品がおもしろかったからです。我を忘れるほど何かに熱中する性質はないし、飽き性な私ですが、国語ならやり続けても苦じゃない。「苦じゃない」という距離感が私にとっては重要だった気がします。
②卒論で中世ゼミを選んだ理由
ゼミを選んだ理由として大きいのは、漠然と『平家物語』に惹かれていたからというのがあります。『平家物語』は冒頭を小1で暗唱してから、「祇園精舎」くらいしか分からないくせに私の脳内にずっと住みついている作品です。「敦盛最期」とか「扇の的」とかも授業で扱って、まあそれらが『平家物語』の一部だと理解するのはしばらく後ですけれど、武士の力強さと情に厚い感じが印象に残っていて、結構好きだなと思うのです。ときどきずる賢いことをするのもまた人間らしい気がしまして。
ゼミ選びで決め手となったのは、担当の先生です。2年生までの間に学科の色々な先生の授業を受けましたが、先生によって授業の雰囲気が全く違うことに驚いたものです。また、1年生のときに受けた上代から近現代まで基礎的な部分をつまみ食いするような授業の中で、自分は近現代より古典のほうがおもしろいし肌に合っていると感じていました。1年生のときから中世自主ゼミに入っていたこともあって石井先生にはずっとお世話になっておりましたし、気になる作品は中世の分野だったので、もうゼミは石井先生しかない!と思って中世ゼミを選びました。
大学生活、今思うと色々あって随分濃い4年間だったと思います。でも何か大きなことを成し遂げたわけではなくて、4年間の収穫を格好よく言い表すことは難しそうです。ひとまず今は例によって例のごとく卒論の大変さを感じておりますので、今回はこのへんで。
みなさんもお体にはお気をつけください!
『南総里見八犬伝』はムズくて深い! 〜日文授業日記〜
どうもー!甘くてフルーティな絶品コーヒーに巡り合えたいのり🧸です。
今回は、「日本文学科ってなにを学ぶの?」シリーズ第1弾を開催!

授業で学んだことをブログに書いていきます!
(日本文学に寄ってしまうので、日本語学は別の方に託します……。)
●
重要単語! “時代区分”
まずは、これだけは知っとこう!

授業資料探してまとめてみました。本当におおまかです。
間違っていたらコソッと教えてください🙏 しれっと直します。
日本文学は、時代を基準?に5つの区分に分かれています。(近代と現代は合わせて、“近現代”って呼ばれているよ!)
日本女子大学でもこの分野ごとに授業が開講されているので、頻出単語です!
●
“講義”と“演習”の違いって?
これも知っておいた方が、ブログを読むときに分かりやすいかも!
●
演習授業『南総里見八犬伝』
それでは本題へ。
今回は、「近世文学演習4」で学んだ『南総里見八犬伝』をご紹介!

そもそも『南総里見八犬伝』ってなに?って方向けに、超カンタンあらすじだけ書いておきます。
(ほんとうにざっくりなので、気になったらネットで調べてください!)
《超×100カンタンあらすじ》
捕らえられた玉梓っていう女の人が、里見家に呪詛を吐きながら処刑される。玉梓に呪われた里見家を救うべく、八犬士が大活躍!
「近世文学演習」では、『南総里見八犬伝』が各章ごとに分けられ、2人ペアになって調べました。
私の担当箇所は、
【第八回】
行者の岩窟に翁伏姫を相す
滝田の近邨に狸雛狗を養ふ
この場面を現代語訳して相関図を作り、気になる点を調べて深掘りしていきました。
この回ですごく面白かったのは、“玉梓って実は悪者じゃないんじゃない?”って意見が出たこと。
玉梓がいなければ八犬士は生まれてないって言われ、たしかにそうかも……?と思いました。
みなさんはどう思いますか??
私は、勧善懲悪の物語なんて特に、悪役がいなきゃ物語は進まないって思っているので、玉梓はヴィランだと思っています! 玉梓って絶対悪者だろ!って。
でも、こんな風に真反対な意見を出してもいいんです!意見がたくさん出て、あーだこーだ話すのが楽しいです。
演習授業だと、調べることより、むしろ発表あとの時間がメインだと思います。
楽しそう!やりたい!って思った方は、ぜひ日本文学科へ!
お待ちしてます〜💗
いのり🧸
●
わたくしごと:『南総里見八犬伝』との出会い
小学生のとき、角川つばさ文庫の『サトミちゃんちの8男子』シリーズを読んで、その元ネタが『南総里見八犬伝』だと知ったのが、初めての出会いです。
同じく角川つばさ文庫から発売している『南総里見八犬伝』を読んでみたけれど、難しくて挫折してしまいました、、、。
それからは、八犬伝は難しい!というイメージから一度も開かず……。
(今思うと、たぶん小学3年生?くらいに読んだのでそりゃ難しいですよね 😥)

なつかしい本たち。いま読んでも面白い!
そんな『南総里見八犬伝』を大学生になって読むことになるとは!
もう読むことはないと思っていたのに、不思議な巡り合わせですね。
しかし、さすがに大学生になったからといっても、原文はムズい!
あらすじを知るためなら、最初に友達から借りたマンガ碧也ぴんくさんの『八犬伝』が読みやすかったです。変な改変がないし、改変があってもそのことを書いてくれています。
もし内容を知りたいって方はこれを読んでみてください!
全15巻で7巻までKindle読み放題に入っているので気になる方はどうぞ〜!
碧也ぴんく『八犬伝(1)』
なにかに本気でとりつかれるってことはさ、みんなが考えてるほど、ばかげたことじゃあないと思うよ映画「トリツカレ男」
(原作:いしいいんじ『トリツカレ男』より)
Aぇ! groupの佐野晶哉くん目当てで行った映画『トリツカレ男』。それがまさか“人生の1本”になるほどの映画とは、思いもしませんでした。
なんにでも夢中になるトリツカレ男のジュゼッペ。何のためにとか、今後それがどう活きるとか、そんなことは一切考えず、ただただ好きだから夢中になってしまう。そんなジュゼッペが風船売りのペチカに一目惚れして(トリツカレて)……。
というまぶしくピュアなラブストーリー。
私の人生に刻まれる映画って、こんな人になりたい、と思った作品が多いんですよ。
だからジュゼッペは、私のなりたい人のひとりです。
後先考えずに“好き”にがむしゃらになる姿がいいなって。“好き”は自然と自分のモノになって、大切なときに活きてくると思うから。
この時期の日文2年生との会話に困ったら一旦ゼミどうするか聞けば時間過ぎてくじゃん
どうも、みくで〜〜す🔥
すっかり寒い日が多くなってきましたね。かと思いきやただただカラッカラの風が吹くだけ吹いて太陽が出ていると一気に汗ばむなあという日もありますね。
私はタートルネックのトップスが好きで5着くらい持っていますから、10月〜3月はほぼ毎日(本当に9割くらい)タートルネックを着回しています。
先日ブログ部お茶会が開催されまして、いろいろなお話が聞けました。
普段みなさんの文章を読んでいるから日常を知っている気がして、でも顔を合わせるのは2回目?とかで、なんだか変な感じがしました。
私ってぼんやり生きてんだな〜と思わされ、先輩方のように「日記」ではなく「気付き」を発信するのってやっぱりかっこいいからたまには挑戦してみよ〜〜と思いました。
まずは考えたことをすぐXにネタ投稿するのではなく真面目にメモするところから始めてみたいです。Xやめるのは無理なんですが。
さて、同学年のみんながゼミの話をしているので私もいつかの自分が見返して、私はこんなことを考えてゼミを決めたんだ……と思えるように今の気持ちを書いておこうかな、ということで。
まず、私の中には3つの選択肢がありました。中世ゼミ、日本語教育学ゼミ、中国文学・思想ゼミ です。先日の事前アンケートでは日本語教育学ゼミを選択しました。
中世ゼミに関しては、完全に石井先生リスペクトゆえです。
オープンキャンパスで石井先生がお話されているのを聞いて日文に入ろうと決意したのが1歩目。
総合型選抜の2次試験の面接で、私が高校3年の夏をすべて捧げた小論文(平家物語)を褒めてくださったのが2歩目。人生でいちばん頑張って書いた文章だったので、とても嬉しかったです。
そして、ブログ部に勧誘してくださったのが3歩目です。
1年生のときに受けた授業も楽しく、頑張った分だけ評価してくれる石井先生が大好きになりました(なんだか媚び媚びな文章になってしまった笑 すべて事実です)。
でも、日本語教員養成講座の勉強がかなり楽しくて、資格の勉強をはやく終わらせておきたい!と思って2年生でたくさん資格関連の授業を取っていたら、今年はなんとひとつも中世の授業を取っていません。あらら……(そうなることはわかっていて、3年は石井先生yearにすると1年の後期から決めていたので、来年が楽しみです)。
また、空きコマ埋めで履修した中国思想史が、案外性に合っていることに気が付いてしまい、あれ……?私、和歌より漢詩が好きかも……!?と思い始めているのが、今。
そんなわけで、1年半捧げるのなら日本語教員or中国思想!という結論に至りました。今年いろいろと文学史を受講して、上代から近代の中だったら中世がいちばんいろいろあって楽しいな〜と感じたので、中世は「授業を受けてておもしろい!」というところまでにしておこうかな〜と思っています。
ブログ部の2年生はどうやら中世ゼミがたくさんいるので、その子たちの卒論を読ませて貰いたいな〜なんて思っています。楽しみ。
さあ、日本語教育と中国思想ですよ、問題は。どうやっても比べようがないんです、違いすぎて。
日本語教員養成講座に入ったきっかけは、高校の時にやっていた英会話です。オンラインで毎日別の先生と話ができるサービスで、いろんな国の人と話せるのがとても楽しくて、「これ、日本語を学ぶ側はないの!?これのバイトってめっちゃ楽しいんじゃない??」と、いわば英会話の逆(日本語会話?)サービスがないか調べたところ、「日本語教員資格」が条件に入っていて、初めて存在を知りました。
この授業のいちばん楽しいところは、自分が一生味わうことができない「日本語の難しさ」を疑似体験できるところ、だと思います。
私が使いこなしているこの言語は、イチから学ぼうとするとこんなにややこしいのか!と驚くことばかりです。え!?こんなミスする??!何が分からないの……?の連続です。なんでこれが言えるのに、こっちはできないんだ……?というのを見ていくのが結構面白いです。
バイト先で「ちょっと日本語がわかりそうな外国人」の対応をする時、どの単語なら伝わるか、どの動詞なら伝わるかがなんとなくわかったりもします(「やさしい日本語」といいます)。
例えば、「1週間後に経過の診察にいらしてください。予約を取って帰られますか?」を「薬、1週間、なくなる、また来てください、時間、決めますか?」と言いかえて伝わった時は、授業受けててよかった〜!と思いました。
これが正しい「やさしい日本語」かどうかはさておき、授業を受けていなければ、接続詞はややこしいからなくして……です・ます以外の尊敬語はなくして……簡単な動詞を使って……という考えに至らなかったと思うのです。
私自身、英語の勉強が大嫌いで全く扱えないので、外国から来て日本語を勉強している方には尊敬するばかりです。
日本語教員養成講座を受けてさらに日本語の難しさを知り、都内のコンビニで働いている外国人とか見るともう、偉すぎて……感動。
めちゃくちゃ丁寧にありがとうございますと発音しています。
中国文学は今年1年思想史と演習を受けてみて、楽しいな〜と思っている、くらいかもしれません。
自分の中では結構好きだと思ってたんですが、今文章にしてみると、明らかに日本語教育学の方に熱があることが判明した気がします。書いてみてよかった〜〜。ブログやっててよかった〜〜。
ただ、「好き」と「卒論を書きたい」は別だと思うので、やはりもう少し考えます。では!
様々な秋
平生畏長夏 一念願清秋
如何遇秋至 不喜却成愁
書冊宜可讀 詩句秋可捜
永夜宜痛飲 曠野宜遠遊
江南万山川 一夕入寸眸
清辦双行纏 何処无一丘
楊万里「感秋五首 其五」
こう詠まれたのは昔のことですが、ここ数年は夏の暑さが増し、ますます秋という季節は我々に活力を与えてくれる季節になりました。
卒業論文の締め切りに追われ、今月の始めより眉間あたりの疲れが取れない私も、雲一つない秋晴れの日にはパソコンから離れ、行楽に興じます。テーマとして取り扱う対象がそれを「OK!」と言ってくれそうなのが救い、な所でございます。今回はそんな秋の行楽のうち、3つ、体験したことを書いていきたいとおもいます。
***
某日も、部屋に引きこもってキーボードを叩いているのには余りにも惜しい気候。寒すぎることもなく、スポーツ日和。少し変わったことがしたい。山はクマだし海もクマだし、何をしようと思って、思いついたのがゴルフでした。
しかし、試合を観たこともないし、ぬるいホッケーを西生田でやったっきりで、行った所で何もできないかもしれないし、初心者が軽く「やあ」と顔をのぞかせて良い場所ではないかもしれない…。
こんな心配もありつつ、それでも好奇心と、今を過ぎたら永遠と忌避するかもしれないという気持ちと、もしハマっても「ゴルフに於ては天才は存在せず、万人が同じように上達しうるものです」という文六くんの言葉があるのだと、自身を説得させて、YouTubeを1本さらっと観ただけの状態で、初めての打ちっぱなしに行ってまいりました。人間度胸が大事。
今回使用したのはじゃらんの「マジ部」。首都圏にも数施設、ここのチケットを使って無料で入れたり、体験できたりするものがあり、私は祖師ヶ谷大蔵の「千歳ゴルフクラブ」にて体験してまいりました。初心者でも安心して行けそうな文面に惹かれました。
ゴルフクラブと2箱分の料金が入ったカードを借り、いざ2階へ。籠にボールを入れ、見様見真似で構え、打つ。
30と書いてあるところにまで飛びました。初球にしては上手くいった方なのでは?
昼間で他の利用客も少なく、干渉もなにもされないので、恥を棄てどんどん打っていきます。我ながら綺麗に飛んで行ったなと思うものもあれば、下に落下していくものもあり(こちらの方が多数)、干渉されないとはいえ一番左端のレーンで良かったと心底思いました。
打っていくうちに、体の中心にクラブを置いて、体の軸を決めたあと、出来るだけ左腕を固定した状態で軽く打つと旗の近くまで飛んでいくことがわかりました。
また、案内された場所は後ろに鏡が設置されており、スイングの形がどうなっているのかを確認することもできました。それこそ、最初は打つときにクラブを右肩のあたりから振り下ろすようなことはできなかったわけですが、鏡で周りの人のフォームを参考に練習してみて、それから打ってみると、いい音がするし高く飛ぶしで、面白い。
あっという間に90球が終わり、籠を戻してクラブを返して、退館。当日、思いつき、大学より身軽。全部間違っていたとしても、楽しかったです。ハマる人や、定年間際になってまたハマる人の気持ちもわかるわあと思いました。
「マジ部」にはゴルフ場もタダになるクーポンがあるので、利用対象者であるうちにデビューできるよう、身近にいる経験者にしっかりと教わりたいです。
***
暖かな日差しに心地よい風が吹き、「行楽日和」そのものの、とある日。大学で招待チケットを貰い、東京庭園美術館で開催されている「永遠なる瞬間 ヴァンクリーフ&アペール」展へ行ってまいりました。前回の展覧会(「建物公開2025 時を紡ぐ館」)には招待券を持った家族に付いて行っていたため、「今回は展示物に集中できるね~」などと言いながら、多少銀杏の残り香が強い道を歩みます。
今回の展示は、1階が1920年代のジュエリーが中心で、2階が30年代以降のモダンなデザインが取り入れられたジュエリーが中心。新館が現代の技巧を紹介する構成となっており、ヴァンクリーフ&アペールの歴史とその時代のハイジュエリーの流行について順を追って理解することができます。
ジュエリーに関してはまだ学が浅いので、どれもこれも「すごーい」「きれーい」などといった感想がメインにはなってくるわけですが、特に心惹かれた展示が二つありましたので本日はそちらを紹介いたします。
先述の通り、1階は20年代のジュエリー―アールデコ調の高いもの―が並んでおり、ダイヤモンドが隙間という隙間、器具という器具にびっしりと配置されているような、庭園美術館の立派な応接間や食堂に相応しい作品が並んでおります。
食堂を出て、直ぐにある暗い喫煙所に、大きな雫型のエメラルドが特徴のネックレスが展示されています。エジプトのファウイザ女王旧蔵のものだといい、その存在感は女王のものというだけに、圧倒的。思わずその場にひれ伏したいほどの、ずっしりとした重厚感。展覧会のホームページに作品の写真が出てきますが、実際は比ではないので、是非東京近郊の方はご覧になってください。
デザイン画も展示されていたのが特徴で、デザイン画もそれはそれは美しいのですが、それをはるかに超えた作品というのが本当に素晴らしく思いました。
もう1つは、新刊にて展示されていた、小さな蝶々のイヤリング。
2、3センチほどの小さな作品であるのに対し、強い存在感を放っており、家人も私も「なんなんだ」「一等素敵」と魅了されていました。
展示ケースの斜め後ろに上映されていたムービーによると、この作品が入った展示ケースの総ての作品はヴァンクリーフ&アペールが特許を習得している「ミステリーセット」という手法で作られたもの。見えないほどのレールに、緻密なカットが施された石を並べていくという、その中でもこの蝶々のイヤリングに使われているサファイアはナヴェット ミステリーセットと言われるマーキースカット、ダイヤモンドもジュエリーの枠が目立たないことでより一層その輝きを解放しており、今にも羽ばたいて飛んでいきそうなイメージがありました。
約2時間ほど観てまわり、庭は前回見たから良いかと言って帰りましたが、もう少し紅葉が進んでいたら日本庭園のほうに寄っても良かったのだろうなと思います。
ハイジュエリーは観るだけで目が肥え、生きる活力になります。この輝きを1つでも多く人生のうちで観ていくためにも、ちゃんと仕事をして、目だけは本当に大切にしようと思いました。
[公式]永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル — ハイジュエリーが語るアール・デコ
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最近は最高の息抜きのような存在になりつつある授業と、プレッシャーのような存在になりつつあるゼミを終え、にこやかに卒業アルバムの写真を撮り、卒論を書いて日が暮れて、向かったのは初台の国立劇場。
文化庁のモニターに当選し、オペラ『ヴォツェック』を観に。
国立劇場でオペラを観るのは初めてで、どんな服装の方々がいるのだろうかと多少不安でしたが、思っていたよりカジュアルで、非常に安心いたしました。客席は多少狭い印象がありましたが、今回は端っこの席だったので出入りもしやすく、快適でした。周りを見渡してみると、意外に同い年くらいの方々が多く、落ち着くことが出来ました。席で迷ったり、後ろから「全然予習とかしてないんだけどさ」などという会話も聞こえたので、もしかしたら私と同類だったのかもしれませんが。
しかし、その穏やかな気持ちが一度崩れた事件がありました。
開演直前に、主演の交代が決まった時のことです。公演に先立ち、責任者による発表とお詫びがあったのですが、その時会場にブーイングが飛んだのです。外国人の方でしょう。多数ではなく、1人によるものでした。しかし明らかに会場内、特に私の周りが緊張状態に持ち込まれ、最悪でした。
そんな状況の中で始まった舞台。舞台装置は簡素で無駄のない、見やすさ。比較的簡単なドイツ語なので聞きとれはしますが、字幕があるので超安心。なによりも、元から彼が主演だったのではないかと思うほどのまとまり。主演とジェニファー・デイビィスの美声。オーケストラの素晴らしさ。終演時には、鳴りやまない拍手、そして例のブーイング元と同じ声で、ブラボー、ブラボーと叫ばれていました。
ヴォツェックとマリーの子どもがいるのですが、彼がかなり注目すべき存在です。この作品は狂気を描いたものですが、この子どもの存在こそ、劇中一番の狂気です。結婚しない両親の間で生まれたというのと、教会に届け出を出されていないという、出生そのものの異常性を備えたこの子ども。劇中で、彼は一言も喋りません。魂の抜けた人形のように、テレビを観て、注意されてもテレビを観て、神父に連れ出される時も抵抗はせず、最後もただ静かに、しかし父親と同じように人体実験のアルバイトをしている。ただ、愛は求めている。役者の名前はホームページでは載っていませんが、名演だったと思います。
なにも予習せずに来たので、内容には多少の驚きと、そして目の前に座っていたカップルはどういった気持ちでこれを観に来たのだろうという疑問が残りました。モニターだったことが新宿まで私を歩かせました。他オペラにある、面白かっただとか感動したとかの感想は言えず、専ら自分の周りに座っていた同世代の感想が気になりました。
今まで、オペラは他のものと比べて観る機会がなかったのですが、ちゃんと収入を得て、今後気になる公演は観に行くようにできたらと思います。
***
追伸
先日、ブログ部のお茶会に参加いたしました!
なかなか対面でお会いすることがないので、自分でもわかるほど緊張し、猫を被り、ただ欲は深く、アップルパイを勝ち取り、美味しく穏やかに、卒論の締め切りに背中で汗をかきながら、楽しい時間を過ごすことが出来ました。先生、同席の皆さんありがとうございました。
4年生にもなって、こうして様々な学年の方々と交流できるグループがあるのは本当に嬉しいです。卒業後もこうして交流会ができたらいいのですが、やっぱり難しいのでしょうか。
次は新1年生を交えてお茶会ができたらなと考えております!楽しみです💕

ゼミ決め、卒論執筆
ごきげんよう、あやめでございます。
先日、ブログ部ではティーパーティーが開催されておりました。私もそこに参加してまいりました。刺激的な時間になりました。後輩たちが私よりずっと先を歩いているように見えて(実際に「そう」なのだと思いますが)、おばけはあやうく蒸発するところでした。
そこでも話題になりましたし、ブログでもここ数日何人かが話題に挙げているトピックが、ゼミ選びのことであります。もう卒論執筆にまで漕ぎついている私が、もはやおぼろげになってしまっている記憶をたどたどしくたどって物語してもよいだろうか、とおもって、今回は私バージョンのゼミ選び・卒論執筆についてを語ろうか、と思います。何か、お役に立つことがあったら嬉しいです。まだ高校生で全然イメージがわかない方もいらっしゃるでしょうか。大学生ってこんないきものなんだな、と知ってもらえれば幸いです。すごく硬くて大変な内容なうえ、さっきまで卒論執筆していたものですから、文体までかたくて長くて文字ばっかりで面白くないものになった気がします。ゼミ選びに困窮している方に役立ちますように。いや本当に。
内容に先立ちまして何点かお断りしておきます。私のおぼろげな記憶のみを頼りに過去を振り返って書きました。受験形態や講義名が登場しますが、カリキュラムの変更等で名称、内容が大きく変わっているようですから、私の話は一体験談として受け取っていただければ幸いです。多分いろいろ「古い」と思われます。それから、日本文学科とその内容について、私の小さい脳みそで一生懸命解釈した内容もお話ししますが、個人の感想です。たとえば「うげ、めちゃくちゃ難しそう」と思われた方がいらっしゃったら、それは私に小難しく書いてやろうという魂胆がありますので、それにハマってしまったということになります。作文を長く書く技術に似ています。というわけで日本文学科は面白いところですのでご安心ください(無論、どの学科も楽しくて、難しいところだと理解していますがね)。
さてゼミ、の前に、私が日本文学科を選んだ理由もチラと触れましょう。もちろん、テストで国語の点数が一番コンスタントに取れていた、という現実的で即物的な観点もあります。読書自体は昔から大好きであったし、国語が得意だなと思っていたわけであります。でも、それだけではなくて、もう一つ日本文学科に行きたい理由がありました。我々の活動のすべてに「ことば」が関わっている以上、そして私が日本に住んでいる以上、日本語そのものに触れる機会はあまりにも多いぞ、と思っていました。うまく言い表せませんが、すべてを構成する「単位」として、日本語を位置付けていたんです。もっと簡単に言うならば、すべての説明書となる「日本語」そのもののルールや成り立ち、「何者なのか?」ということを知っておきたいと思った、ということです。高校までの「科目」の範囲で私が最も好きだったのは、理科でした(私が本学に入学できたのも、共通テスト利用の制度を用いてでした。今とは制度が違うかもしれませんが、当時は高得点2科目の利用だったような、おぼろげな記憶でありまして、その2科目は理科と日本史でした。国語じゃないんかい)。私が大好きな施設としてまっさきに思いつくのは上野の国立科学博物館ですし、かじりつくように授業を受けていた記憶があります。しかし、そういう理科の知識も、言葉(日本語)を用いて、私のもとにお届けされているんだよな、と想像して、私の好きな読書も、私の苦手な英語の勉強も(テストの点数は散々でした)、凡て「ことば」がなければできないことだな、と思考が進んで、待てよ、いまこうして思考していることも「ことば」が用いられているぞ、と想像して、かくなるうえは「ことば」が何者なのかを学んでおかなければ、と思った次第です。
こんな経緯で入学して、その後日本語学に興味を持ちました。入学前に思っていた「にほんごってなあに」ということを、文法的に解することや、歴史を学ぶことや、利用のされかたを研究するには日本語学を専攻するとよさそうだと思いました。さらに、日本語の成り立ちに深くかかわる中国文学や思想の分野に興味を持って、講義を履修しました。漢詩をつくってみよう、というような魅力的な演習の授業もありました。しかし、大学四年間で最も衝撃だったのは、近現代文学の入門として開講される、「日本文学の基礎Ⅱ」という講義の内容です(これも現在のものともしかしたら名称が異なっているかもしれません)。ロラン・バルトというフランスの哲学者が「作者の死」を示した、というショッキングな内容を学んで、今までの国語のテストで出題された「作者の意図を答えよ」という問題から解放された気持ちになって、すごく嬉しく思ったからです。文学を研究するということに興味を持った大きなきっかけです。ただし、このことはとても難しい概念でもあって、私もはじめ上手に飲み込めませんでしたし、周囲の友人もよくわかんないなという顔をしていて、「つまり近現代文学ってめちゃくちゃ難しそう」と言っているひとを見かけたこともありました。今後「作者の死」を勉強する方は、ちょっと頑張る必要があるかもしれません。しかしながら私は、読解という事は作者の思ったこと=正解を求めて解釈していく必要がある、と思っていたので、そうじゃないらしいぞ、という事がとても嬉しく思ったのです。
必修科目をひたすらに受講する1年生が終わり、比較的自由に時間割を組めるようになった2年生からは、以上のような興味関心から近現代文学、日本語学、中国文学(思想史)の分野の講義を中心に受講していました。
さて、ようやくゼミ選択の話に戻りましょう。当時の私は、いまだ日本語学と近現代文学で揺れていました。中国文学に関しては、私にはまだまだ知っていることが少なすぎるため研究するほどのところにたどり着けないだろうと判断して、ゼミ選びからは外していました。履修していた講義は日本語学も近現代文学も同数程度(日本語学のほうが若干多かった記憶があります)。演習の授業もやってみて、どちらも、難しくて楽しいと思っておりました。文学を研究することで最も難しく感じたのは、感想文になってはいけないということです。どれだけ私の心を大きく揺さぶっても、それをテーマにしてはいけません。日本語を研究することで最も難しく感じたのは、ことばそのものを「データ」として扱うことです。「悲しい」とくれば「しょんぼりすることで、例えばアイスが溶けてしまったときに感じるような気持ちだぞ」と自分では思うけれど、それを研究に「主観的に」持ち込んではいけないのです(アイスが溶けて、のくだりは人によっては大したことではないかもしれませんね)。いずれにせよことばを用いてことばを研究するという営みは想像以上にややこしく感じました。今仮にわかりやすくするため挙げてみたこれらの分野に対する研究の内容の解釈がいまだ「正しいかどうか」は自信がありません。こんなイメージがある、というレベルでしかありません。糸がこんがらがるような、アレ、今私なにを考えていたんだったっけ?という難しさ・ややこしさ。現在地を忘れ、ゴールを見失うような大変さがありました。
しかしながら、作者の正解を考えずに物語を解読していくことは、パズルを解くのに似た面白さがあって楽しいということにも気が付いていました。たとえば、「色」に関連する表現が、作品内でどういう用いられ方をしているのかについて考えてレポートを書いたときもありました。同じ「赤」でもニュアンスに違いはあるのか?どんなタイミングで「赤」が用いられるのか?一般的な「赤」と差があるかも?というような内容です(未熟でありましたが)。ことばをつかってことばを研究するのは、説明が大変で自分でもこんがらがるけれど、本質や内容の核の部分に近づく作業に思えました。
卒業論文は1年もの間(と2年次の私は誤解していましたが、実際卒論に費やした期間は2年間でした)、一つのテーマに向き合うため、少しでも好きなものを絡めることが肝要だと教わりました。それでは、今までも読書が好きだったわけだし、これまでの講義の中でも特に衝撃が大きかった近現代文学の分野で勉強したいぞ、と思って、近現代文学ゼミに入りたい、と決断しました。
ここからは卒業論文を書いて考えたことを述べましょう。私は文学を構造面から捉える、という内容で論文を書いています(もう少しで書き終えられるところです)。いろんな先輩方が「好きなもので書くべき」とおっしゃっていましたが、それは取り組みやすくするための工夫だったようです。私は愛読書があるとか、大好きな文豪がいるとか、そういうわけではありませんでしたから、テーマ決定の時もかなり苦労しました。先行研究が膨大過ぎても少なすぎてもやりづらいし、本文が長すぎても短すぎても難しいと(これらのことは「邪念」でしょうが)思ったりで、いいものは見つかりませんでした。そこで、これまでの講義で一回扱ったことがある作品を選んでみようと思いました。読書経験が豊富で、その中から愛読書を選ぶことができたならば「好き」なものを研究できたのでしょうが、あいにくそういう一冊が思い浮かばなかったのです。そして、1年次に履修した講義で扱った、そしてその際にあんまりよくわからないと思った引っかかりのある作品を選びました。結果、よくわからない、の部分を研究して、結論らしきものを出せたので、私としては良かったかなと思います。こういうアプローチもありますよ、という参考になれば。
おまけ。蛇足。研究内容についてディープに語りましょう(私がさっきまで卒論執筆していたので)。構造、というのは、建築物の構造…基礎、土台、梁、柱、屋根、外壁…もっと詳しく?根太、小屋束、棟木、茅葺?…をイメージしてください。物語の構造と言えば、作品発表年代、発表媒体、形態、作者、受賞歴、登場人物、作品内時間、視点人物、舞台設定、仕掛け…などが挙げられましょうか(もっと、いくらでもありますよね)。私は「どうなっているの?」ということを分解して私の中で再構築して理解する、という流れで解明することが好きなので、これを卒論でやってみた、ということです。具体的には、作品内の時間の進行が一定じゃないもの(回想が挟まったり、会話をきっかけに過去の描写が始まったりするもの)を、時間ごとに整理して、その並びであることにどのような効果があるのだろう?ということを研究したつもりです。また、私の研究対象は芥川賞受賞歴がありますが、選評において全くの不評な部分が存在しました。口をそろえて「この描写は蛇足(意訳)」みたいな評価をしているのです。その部分が「本当に蛇足なのか」ということを、構造や効果の面から再評価するというのが内容です。積み木を組み上げる感覚で論を書くことができて、たのしかったな、ということです。
以上、私版のゼミ選択についての言説でありました。よくわからなかったですか?それとも頷いてくれている?もし、この文章を読んで「おや、おもしろそうだぞ」と思って下さった素敵なあなた!がいらっしゃるなら。私のこんなうす~い内容の本文じゃ物足りないでしょう!ぜひホームページをみたり、他の方のブログを読んだり、本学科に入学してみましょう!きっとすべてがわかるはず!答え合わせをするべくぜひ実際にいらして確認してみてはいかがですか!…胡散臭い?あからさまな勧誘はお嫌?私としては、日本文学科で学んだことは、思考の核となる概念を学ぶこととか、その筋トレになっていた気がして、とても楽しくて刺激的なものだったと思っております。たのしかったな、ということです。こうやって、さらさらと4千字を書けるようになったのも、おばけらじおを書けるようになったのも、その技術を得たのも、日本文学科で学んだことを使っているのですから。
めでたい日!!
こんにちは、こんばんは。
先日、誕生日を迎え20歳になったりさ🎧です。
誕生日当日は平日だったのですが、家族が休みを合わせてくれたため(長女は休みが取れず不参加)念願だった誕生日インパ*をしてきました👏
*インパとはインパークの略で、ディズニーに入園することを言います!
流石に授業をお休みする勇気はなく、その日最終の3限を受けてからいざ、舞浜へ!
私が恋焦がれているリルリンリンのグッズはほとんど売り切れていて買えなかったものの、誕生日当日にディズニーでお酒を嗜むことができ大満足です。しかも母と姉が頑張ってくれていつもは行かないリッチな場所でディナーをすることができ、とても恵まれた幸せな1日でした。
誕生日当日はお酒が飲めることで20歳を体感しましたが、これからはそれ以外のところで20歳を体感するんだろうなぁ、と思うとまだ大人になりたくない想いが先行します。先の見えない就活も将来も怖いし何より自分の人生をこれからは自分が決めていく、その裁量の大きさにまだ自覚が持てないというのが正直な気持ちです。一気にガッと何かが変わるわけではないので少しずつ少しずつ大人を自覚したいですね。
そして、またまた先日仮免許を取得するための試験を受けてきました!最初に技能教習をやり、技能教習に受かった人が学科試験を受験することができる、という流れで行われました。
技能はインストラクターさんに褒めていただいたり、体感でも「上手なのでは?」というのがあったので心配はしておらず無事に合格することができました。
問題は学科試験の方で、私は何事も直前に燃えてなんとかやりきる(裏を返せば直前にならないと火がつかない)タイプなのですが、いざ問題文と対面して頭真っ白。あまり対策していなかった標識の問題が結構いらっしゃるではないですか…諦めて標識は見た目と勘と今までの知識で戦いました。
これから仮免許を取得する予定のある方、しっかりと標識も見ておいた方がいいですよ…私の二の舞にならないためにもどうか、どうか標識をたくさん覚えてください!!私もこのブログを書き終わったら標識と向き合います…
演習の発表準備があったり教職課程の提出書類準備があったり、教習所に毎週日曜日に行っていたので1日完全オフが11月は2日しかないというそこそこ売れっ子のスケジュールをしていたので、12月は自分が頑張りすぎないスケジュールを組んであげようと絶賛調整しております!
皆様も息抜きの時間を作りながら体調には気をつけてお過ごしください!
本日は念願の誕生日インパと仮免許合格についてお送りいたしました!
またお会いしましょうー!
ゼミ決め!
皆さまこんにちは!こゆき✨です。
インフルエンザが流行しておりますが、いかがお過ごしでしょうか。ちなみに私は、どの分野のゼミに所属するか常に考えているからか、腹痛状態でございます。笑
他の方のブログでも紹介されていましたが、先週の木曜日に2年生を対象とした卒論ゼミの説明会がzoomにて開催されました。どの分野もとても魅力的なので本当に迷ってしまいます。私の大学生活も、とうとうゼミを決める段階まで来たのかと思うと何だか感慨深いです。これを機に今までの学習内容を振り返ってみました。約2年間、日本文学科で学んできて思うことは「やっぱり日本文学はおもしろい!」ということです。文学作品に触れることで自分の考えや価値観と向き合うことが出来るのが一番の面白さであると個人的には思います。特に古典文学では作品内容を通して当時の貴族や武家の暮らし・文化などを学ぶことができるため視野が広がります。また、演習の授業などで他の方の発表を聞いてみるとその人の性格や考え方が垣間見えて様々な解釈ができます。
“卒論”という大きな行事が近づいていて、少し不安を感じる部分もありますが、研究を通して自分の本質に向き合える機会でもあると思うので楽しみでもあります!
やってきた!ゼミ決め✏️
お久しぶりです!ゆずなです🪼
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🪼今回は、ゼミ
について綴りたいと思います。
先週の木曜日、「卒業研究予備演習ガイダンス」がありました。こちらは卒論に取り組むゼミに関する説明会で2年生は参加が必須となります。
自分の最も探求したい事柄を決定する時期が近づいてきたことを実感しています。
ゼミの本登録に先駆けて、現時点でどのゼミを希望するかのアンケートの提出期限がなんと翌日金曜日中までだったのです!これには焦ってしまいました…笑
色々な側面から考えて悩みましたが、最後は自分が今、素直に学びたいと思っている分野に希望を提出しました。
2月にzoomで開催された、先輩方の「卒業論文発表会」では、それぞれのゼミの雰囲気や特徴がなんとなく掴めた気持ちになっていましたが、実際に自分がゼミを決めるとなると大変緊張するものですね。
1年生のみなさんも、ゼミのことはまだまだ先のことで実感は然程感じていないと思いますが、卒業論文発表会への参加は強くオススメします!先輩方の発表自体も面白いですし、それ以上に自分の学びの方向性を決める時の参考にもなります。
18日のブログでみちこさんがゼミについて投稿してくださっているように、2年間付き合っていく分野であることを考えると、壁に直面した時に乗り越えられるか否かは、やはり自分が興味を持ち続けることができるのかという点が大事だと感じます。
本登録の提出締め切りまで約1ヶ月半、長いようで確実にあっという間に過ぎ去ってしまうと思いますので、自分としっかり向き合い、考えていきたいです。
また、来週のブログ部のティーパーティーではブログ部の皆さんとついに対面で集まることができるので、大変楽しみです🫶🏻
(完全に私の私情にはなりますが、ティーパーティーの際には、先輩方がゼミを最終的に決めた理由を教えていただけたら嬉しいです🥹)
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本日も私のブログを最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日もあなたにとって、笑顔になれる日になりますように♡