いちめんのなのはな

ごきげんよう、あやめでございます。

さあ、最終回です。反省会です。ここまで私は全部で69回もブログ記事を更新してきたようです。この69回の間に、出来なかったことの方が多くあって、出来たこと、変わったことが果たしていくつあったのか、見当もつきません。私にどれだけのことができたのか。できなかったのか。ただ、少しでもみなさまに「日本文学科ってなにだか興味深いぞ」と思っていただける、そのきっかけになれていたらよかったな、と思います。

現在の私は、卒業式を経て、引っ越しを終えて、大学生の蓑を脱ぎ掛けて、ああ、長かったと伸びをしている、そういう格好でうしろをチョイと振り返ってみてみた、ようなところにいます。例えば、みなさまが卒業旅行だ海外旅行だとキラキラ楽しそうにおでかけしているのを尻目に、近場日帰り東京観光をしてきました。私としてはなかなか楽しい経験になりました。おいしいものをたくさん食べてそれ以上によくしゃべった1か月になりました。

高校時代の友達に3年ぶりに会う機会もありました。私はあんまり変わらなかったようです。でも同時にすごく元気になったと言ってくれました。エネルギーを上手に放出できたということでしょうか。それとも大学4年間で上手にエネルギー補給できるようになったということでしょうか。はたまた、大学の4年間が私を元気にしてくれたのでしょうか。

私はこれから、こンなスカした上から目線のくどい文章を封印して、一面に咲く、エネルギーの塊、なのはな、としてみられることに慣れなければなりません。なのはななのです。はたから見れば私は、水分に満ちてうら若い、菜の花です。みんなと同じように、一面の、菜の花です。成長です。文章は簡潔に・結論から。我はしまっておいて、しかしにじませる。遠目で見たら白黒、近くで見たら打ち上げ花火、そういうみずみずしい存在にならなければならない。そう思って振り返ると、この四年はさながらつぼみでした。あんまり私がおしゃべりだからあなた、お判りにならなかったかもしれないけれど。あんまり変わり種なので見えなかったかもしれないけれど。ようやく咲くべき時が来て嬉しいのかもしれません。

きっと一人暮らし初心者の私は料理に菜種油を使うことになる。それでいいのだな、と理解しました。春でした。

つぎつぎと同期の、仲間の、卒業しますという記事が更新され、「あいさつってあんなふうにするものなのか」とドキドキしながら順番待ちをして、けれど、みんなが言ってくれたことをくどくど続けるのはおもしろくないな、と思って、私はこれだけ申し伝えておしまいにします。自分に力を蓄えたあの、目まぐるしい4年間は、怒涛で、本当にたのしかった。

言い訳のようですが、私は昔から、あまりうしろを振り返らないひとでした。幼稚園の卒園式は「はやくピカピカの1年生になりたい」と思っていたし、小学校の卒業式は「中学生ってどれだけ忙しいのだろう?」と思案していたし、中学校の卒業式は「さあここからが私の学習の成果を発揮するべきステージだ」と意気込んでいたし、高校の卒業式は「つぎの4年間はどうにか楽しいを享受できるようになっていてくれ」と祈っていました。先日の大学の卒業式でも「懐かしい」とか「楽しかったな」という感情も浮かんでまいりましたけれど、それよりも「よし次は入社式の準備だ」という淡白さ。私はこのスタイルで参ります。

今回で姦しい私が記事を更新するのも最後です。笑い飛ばしてくださいね。ああ、そういえばそんな奴もいたねえ、あいつなんだかいつも湿度が高かったね。これで十分。

私の実験は成功でしょうかしら。一人だけ満足顔で前に踏み出しているのだからね。それではさようなら。私の拙い文章をご愛顧・ご愛読いただき誠にありがとうございました。

もちろん!今後の「新・当世女子大生気質」も何卒ごひいきに。後輩たちが繋いでくださりますからネ。

積み重ね

ごきげんよう、あやめでございます。

遅刻しましたこと、お詫び申し上げます。最近の記事にはこんな言葉ばかりを並べてしまっていること、併せてお詫びします。

引っ越しをいたします。引っ越す日は更新予定日の翌日です。つまりこれを執筆している今日からみたら過去のこと。それに伴っていろんなタイプの脳みそ抽出液浸し紙…もとい落書きが出てきました。いろいろ苦労して悩んでどうにもならないことまで無駄に考えて言葉にしてひとり納得して、そういう歩き方をしてきたようです。

今回は実は、投稿したすべての記事のタイトルを集めて、あとは試みに記事の一番お気に入りのセンテンスを抽出して、それをあつめて、太宰治の「葉」という作品のまねっこをしようと思っていました。「葉」は私が文学、あるいは文学研究に大きな関心を寄せるきっかけとなった作、と言っていいと思います。大学1年生の必修の講義で「葉」に出会って、文学というものはこれだけ自由で面白くて、遠いものなのかと驚きました。せめて何が起きているのかを研究してみたいと思いました。あわよくばこんなふうにも読めるのではないかしら?と「読みの可能性」を私が拓きたいと思いました。それだからこの記憶をここに留めておきたかったのですが、能力不足でこの試みはできませんでした。ずっと前から考えていた「企画」だったために残念です。せめて今回は、初回「かすかなるむぎぶえ」のアンサーを書いてみましょう、それで、ご容赦ください。

◆◆◆

こんにちは。ブログ部をもうすぐ卒業する部員の あやめ です。よろしくお願いいたします。

自己紹介は、最後までうまくできないままでした。けれど、自己紹介に己のすべてを懸けている人もまたそう居ないこともわかりました。だからこれでよいのです。「私は22歳の女性です。読書が好きで、大学では日本文学を学んでいました。それから珈琲も好きです。大学時代のアルバイトはカフェの店員でした。つたないところもあるかと思いますが、精一杯頑張ります。よろしくお願いします。」

私は活動することで消費するエネルギーが莫大で、そのうえ蓄えられるエネルギー量が少ないため、できることに限りがあります。使い方を誤ればいくらでもどこへでも爆散してしまう、そういう不安定な者です。それは他の何事にも当てはまることです。

書かせていただいている間に、書くための「素材」を集めることができるようなりました。私は素材を変な角度から変な形に切ることが得意だということがわかりました。私は誰もが見逃すことを、道ばたの石ころを、わざわざ拾ってきて、わざわざ着色して、わざわざみなさまにドヤ顔でお見せするマヌケのにょろにょろです。昼間に化けて出るおばけです。日々を消化すること一つをとっても消化不良をおこして、紙詰まりでエラーメッセージを表示する、手がかかるロボットです。

推しはできませんでした。個別具体的な事象に注目することより、傾向や抽象やパターンやルールを理解することの方が得意らしいです。だからこそ、こんなよくわからない文章群がうまれました。

普段はよく眠り、よく噛んで生きています。おいしいごはんを食べることと温泉につかること、良質な睡眠をとることが好物です。それから、読書と勉強。知識を、私の脳みそフィルターに通すこと、持っている知識を組み合わせて別のものをつくること、持っている知識が新しい知識と結びつくこと、こういう営みが大好物です。それはまるで新しいおもちゃを箱から出して眺めてみたり、おもちゃの想定された通りの遊び方で遊んでみたり、別なおもちゃとバトルさせてみたり、そして売られていたときの包装をできるだけ真似してしっかりきっちり箱に仕舞ったりして遊ぶようなことです。大した意味も何もない、だけれどうっかりワクワクしてしまうことです。

だから私は、私のことしか書けませんでした。ジメジメどんより、いまにも雨が降り出しそうな顔で、くどい文章を書くしかなかったのは、そういうインプットをしたから。私小説を書いてみたかったのは、私の知識というおもちゃで遊んでみたかったからにすぎません。

対面でいろいろな方とおはなしをして、たしかにしっかりしているとか、頼れるとか、「流石~!」なんてほめていただくこともたくさんありました。大学時代もまた、色々なタイプの「代表」をする機会に恵まれました。だけれど同時に、なにだか飄々としていてつかみどころがないとか、逆に思っていたよりマヌケで親しみやすいとか、いなかっぺで世間知らずで心配だとか、新しいラベルをいただくことも格段に増えました。すごくまじめで良い子だけど、なんか面白い子だよね、という最高級の褒め言葉だっていただきました。そしてなにより、私を形容するのは、私ではないことを知りました。

特殊ということを、存分にアピールしても、誰もなにも言わないことがわかりました。私が「特殊」をふりかざして言葉を紡ぐことは「イタい」ということに変わりはないかもしれないし、私はどうしても「特殊」なのかもしれないけれど、けれど「特殊な人」は他にも山ほどいることだって知りました。しかも多種多様に。イタいとか、そんなこと小さな問題なのではないか、と思えるほどに。

実験・観察を続けて来て、たのしかったなあ、という稚拙凡庸感想が出てきたところで今回は終わりにします。今の私は、「良い子」の積み木を体育座りで眺めて、新しい積み木群に組み込んでいます。私の積み木の周りには、だから何だと、カラッとした気温の低い、太平洋側の冬の日みたいな風が吹いています。

お付き合いいただきありがとうございました。

併記

一、授業で学んだことを、エッセンスを、たくさん詰め込んで書くように努めました。日本文学科の学びをアピールできたでしょうか。私は知識を使って新しい表現をたくさん得ることができたため、にっこり大満足です。

一、「公的文章」を書く、その難しさには何度も頭を悩ませました。そしてこの経験は就職活動、卒業論文執筆に大いに役立ちました。さらには内定先企業の就活生向けのブログ記事を内定者として執筆することにまで活かすことができました。あの日、首を縦に振ったその判断は、なにも間違っていませんでした。このカッコつけた文章は、無事家族にも読まれてしまいましたがね。

回顧

※この作品は、事実に基づいたフィクションです。

就活体験記

ごきげんよう、あやめでございます。

2月も末、目下私は引っ越し作業におわれて目を回しております。

今回はちょうど一年前に本腰を入れていた就活について軽く触れられたら嬉しく思います。

というのも、引っ越しにあたり書類を整理していたら、就活関連の紙が山ほど出てきましたことが私の懐かしい気持ちに火をつけました。あんなに一生懸命やっていたのに一年経ったらころっと忘れているのもどうかと思い、まとめてみることにいたします。

就活という単語を気にし始めたのは、気が早いようですが2年生の頃でした。大学のキャリア支援課が開催している低学年向けのイベントに参加して、情報を集めていた記憶があります。周囲の反応としては「まだ…早く無いかい?」というものが大抵で、内定が決まった、あるいはすでにお仕事をしていらっしゃる先輩のみなさんがおっしゃるには「大学生活を楽しんだ方がいい」ということでした。資格やらボランティアやらの「学チカ対策」ということは、少しは意識した方がやりやすいかもしれないけれど、私より少し年上の先輩方はコロナ禍でそういう経験が積めなかったということを教えてくださったので、とにかく大学生を謳歌することが重要そうだと思い直し、本格始動は3年生になるのを待ちました。

3年生になって、セミナーの開催数が増え、就活サイトのターゲット学年になってからは、色々登録してあれにもこれにも手を出しました。SPI対策ができるアプリをダウンロードしてスキマ時間で勉強したり、就活にはとにかく自己分析が重要である、という情報を仕入れては何時間も自分に向き合ったりしました。たしかに自己分析は重要でした。自分を売り込むうえで強みと弱み・特徴を理解できていないのは致命的であると理解できました。自己分析は、例えばはやりのチャットGPTさんを呼び出して1問1答をしてみたり、専用の書籍を購入してワークシートを埋めたりしました。「何のために仕事をするのか?」「どのような人間になりたいか?」「どのような強みをどのように社会で活かせるか?」という想定していたよりも大きな質問が襲い掛かって、困窮したりもしました。お風呂のなかやら寝る直前やらにその答えが湧いて出てきて、焦ってノートに書きつけたりも致しました。また、大学で受験するよう案内があった「PROG」というテスト(社会で求められる汎用的な能力を測ることができる内容でした)を1年生と3年生で受検していたため、その結果もかなり役立ちました。自分の強み・弱みが言語化されていたため、それをどういかすか、伸ばすかを考える引っかかりになりました。これがざっくり春のこと。自己分析の結果、また仕事にどのようにかかわりたいかということを考えた結果、私はIT系の仕事に携わりたいという結論に至りました。論理的な思考力や問題解決力があることが、先に述べたPROGテストで知れたことも決定の一因です。

6月あたりからインターンシップや会社説明会に参加し始めました。初めは業界も業種もどんなものがいいのか分からなかったため、例えばインターンシップに参加したことで得られる「リターン」に注目して参加企業を選んだりしました。グループディスカッションの経験が足りないからそれを経験できるプログラムのインターンシップに参加しよう、といった具合です。しかしながらこのころは卒論のテーマ決めを並行して行っていたため、ほとんど余裕がなく、会社説明会に参加して、それでおしまい、という月もありました。ただし、相変わらずキャリア支援課開催のセミナーに参加することは続けていました。1回で得られる情報が多く、通年で参加したことで就活全般の知識をセミナーだけで得られたように思います。また、就活ノートを作って体験をまとめる習慣も付けました。すでに挙げたセミナーの内容はノートに簡単にまとめて忘れないようにしました。一生で稼ぐお金は2~3億円である、ということや、面接時に結論から述べるのは相手仕様の言葉に「翻訳」してあげていることに近い、ということは印象的なセミナーの内容です(ノートに書いてありました)。このようにして知識をつけつつ、就活のスケジュール感を理解していきました。

夏休みはできる限りたくさん会社説明会・インターンシップに参加していました。全部で16社。インターンシップは1dayや2daysのお手軽なものにたくさん参加することで経験値をあげようとしていました。このころからスカウトサイトなるものを発見し、自分から企業を探しに行くスタイルから企業の皆さんにみつけてもらうスタイルに変更していました。日本文学科で学んで磨いた文章化の力を使って魅力を押し出したおかげか、たくさんの企業からスカウトが届き、精査が難しくなったほどです。私には向いていたようです。最終的に内定をいただいた、今春から勤める先に決定した企業も、スカウトサイトを通じて知りました。

9月下旬あたりからは、会社説明会に参加した企業から早期選考のお誘いがあり、よくわからないままに参加しました。当然初めの頃はしどろもどろで、お祈りメールしか受け取らない日々でした。しかし、準備があまりにも間に合っていないままの選考であったこともあり、そこまで落ち込むこともなく、またそのような暇もなく、次々に選考に進みました。SPI対策、またIT系のテストとして有名なCABの対策をアプリでしてみたり、履歴書に書く内容をAIに読ませて改善したり、面接で問われそうな質問の答えを書き出してAIに読ませて改善したり、キャリア支援課の面接対策をしてくださるブースに行ってみたり、面接のよくある回答を読んでみて自分なりに編集したりする日々。この間も新たなスカウトがあって、そこの会社説明会に参加してみたり。夏休み以降は遠隔参加ができる企業に絞って参加していたため、参加のハードルは低めでした。できる限り文章にしてみて、それを編集する形で面接対策をしていました。その場で考えて場当たり的に答えるのではなく、しっかり言語化して、自分の中に落とし込むことを意識しました。つまり準備の期間を長めに取りました。これは私の心配性な特徴をカバーする意図もありました。しかしながらちょっとそろそろうんざりしていた、というのも正直な気持ちとしてありました。秋のこの頃は、2次面接、3次面接に進んでも、その先で落ちてしまうケースが多かったため、モチベーションは上がりにくかったです。むしろ不安ばかりが加速して、周囲を見ればもう内定を獲得している人もいれば、まだまだ何も手を付けていない知り合いもいて、どうしたらいいのか、途方に暮れたりもしました。「就活」と聞いてイメージされるような何十社も受けて何十社も落ちる、というほどの経験はしていませんが、何が良くて何が悪かったかわからないままにお断りされるということは、少し心をきしませるものがありました。

後期の期末期間を乗り越え、2月からは面接の予定が立て続けになりました。このころ、ようやくはじめて1社から内定をいただきました。内定があるぞという気持ちで取り組む面接は非常に気が楽になりました。それでも胃がキリキリしてイヤにはイヤでしたから、面接の後には必ずどこかによって、何かを食べてから帰りました。結局最終的に得られた内定は2社。エントリーした企業は15社程度。内定をいただいた1社から3月中に決断するよう伝えられたため、3月末に内定承諾する1社を決めて、私の就活はこのような流れで幕を閉じました。

私の場合、内定が決まった後に内定者学習があり、また卒論執筆が長期にわたって重く横たわっておりましたから、気が抜けるわけではなかったですが、友達の間では気持ちはやめに就活が終わった結果となりました。まだ時間はあるのに1社に決めてしまってよかったのか、本当にこの決断が正しかったのか、そもそも未経験で文系の私がこの業界にしてもよかったのか、ということはいまだに頭を巡ります。それでも、「よりよい仕組みを、より多くの人に届けたい」という就活の軸、キャッチフレーズはおそらくブレていないため、これを抱えて就職したいと思います。今現在は内定者学習を一生懸命取り組むことに精一杯で、おそらくはじめの3年はずっとこの調子だと割り切って、頑張ろうと思います。いや、頑張りすぎてもいけないので、ふりほどかれないよう、なんとかついて行けるような素地を作っておきたいです。

以上、拙いながらの就活体験記でした。どれだけ回を重ねても面接の前夜は行きたくなくて眠れなかったし、面接の5分前は緊張で変な汗が(真冬でも)ふきだしました。他でもない、自分の進退を自分の一言で決定するということはこれほどまでに緊張することでした。しかし、私はことばを味方にしてどうにか乗り越えることができました。実際、なぜIT業界を志望するのかを問われた際も、論理的に考えられる面と、言葉を緻密に操れる面を併せ持っていることから、相手の問題点を言葉で理解し、論理だてて解決策を編み出し、それを分かりやすくつたえられるのだ、という風にアピールしました(本当にそんなにすごいことができるかは、今後の私の研鑽次第でしょう。がんばります)。就職してからも、ことばを味方につけられるような働き方が出来たらうれしいです。

自分史B

ごきげんよう、あやめでございます。

前回はゼミ選択について語ったので、今回はもっとさかのぼって高校時代について書こうかと思います。またもとてつもなく長くなる予感がします。じめじめした内容です。そしていつもの。この作品は事実に基づいたフィクションです。

◆◆◆

忘れもしない出来事というものは、他の誰にも覚えられていないような何の変哲もない一日に起こるものだと思える。ワクワクして一か月前から楽しみにしてカウントダウンした遠足のある10月8日も、隣に住んでいる大学生のお兄ちゃんには全く関係ないことだし、過去最低点を観測した中間考査の社会のテストがあった5月20日も、散歩をしているおばあちゃんには関係がない。私にとって最高の日も、お母さんにとっては最悪の日で、その晩はお母さんの愚痴大会が開催される。私にとって最悪の日も、5歳年下の妹にとっては最高の、縄跳び大会の日で、妹はそこで1位を取って賞状を貰って帰って来た。私にとって最悪の、あの、古典の授業を早退した、それを皮切りに高校に向かう足の重さをこれ以上なく認知した日は、忘れもしない、4月22日の午後であった。微熱が出て、珍しく春にインフルエンザが流行った年だったから、大事を取って早退したはいいものの、怠い体を引きずって帰るには30分に1本しか来ない電車も、花曇りの冷たい空気も、2時間越えの長すぎる通学路も、あまりにもストレスフルな環境だった。そこで私はおぼろげに、あそこに行きたくないと感じてしまったらしいのである。

中学時代の私は、有名な優等生をやっていた。人数が少なく、保護者同士の距離も近い密度の高い地域に住んでいて、そこで優等生をやるというのは、役職総なめをするということに等しい。様々な肩書を背負い、先生方の期待どころか地域丸ごとの期待を背負って、若さのエネルギーを成長一本につぎ込んで、タケノコよろしく、破竹の勢いで成長していた。周囲の成長を押さえつけてでも這い上がるような勢い。勉強も部活も行事も委員会もこなす勢い。友達には何度も羨ましいと言われ、その言葉に彼岸と此岸を隔絶するような重たい杭を感じても、私には「そのほか」の時間がないからゲームばっかりやっているらしいあなたと違って然るべきねとその境界線すらはねのけ、そこのけそこのけ私が通る、と突っ走っていた。この間、純粋でまじりっけのない童話の世界観で生きていた小学生時代のキラキラおめめを棄て、斜に構えて誰にも頼れないという事実に基づかない信念を片手に、この世のすべてを疑ってただ己の力のみを頼りに生きてやろうと思っていたあの頃。テストでどれだけ…たとえ5教科合計で490点台をたたき出していても…100点満点じゃなければ意味がないとして追い込めるだけ自分を追い込んで、まだ足りないまだ駄目だと、追い込むほどに点数が低くなるのにも構わず追い込み、行き先の知れない〈怒り〉みたいな感情を爆発させる毎日であった。あまり自分本体に興味もなく、思い通りに「結果の出せない」「使えない」脳みそを恨んだりした。あのころ欲しかったのは「1」という順位か「100」という点数で得られる数字で、サンタさんにお願いしたのは時間だった。進学する高校すらどこでだってよかった。勉強さえできるならなんだってよかった。強いて選ぶならば一番勉強が出来そうで、愉快で知的なお友達が得られそうな、そして将来の選択肢を広くとれそうな地域で「一番の」進学校に行きたい(行くべき)と思った。最期の模試の結果的に偏差値はぎりぎりだったけれど、通知書の数字がほとんど完璧(体育だけどうしても5を取れなかった)だったおかげで、なんとか目標だったあの地域一の進学校に合格した。

高校時代の私は、中学時代に切望した「時間」を、不登校になるという方法で手に入れた。代わりに、中学時代にその時間を使ってやりたかった数々の「タスク」が、ことごとくできないコンディションになった。読書がしたかった。勉強がしたかった。いろんなことを知って吸収してそれをつかって積み木遊びがしたかった。かんたんなパズルを解くような気持ちで、学校のワークを解きたかった。もっと知りたいことがあった。ボールが真っ直ぐ飛ぶことを、数式で表せるってどんな気持ちだろう。大好きな合唱が数字で見られたらどれだけ面白いだろう。世界中の事柄を知れるようになったら読むべき文字数が何文字増えるだろう。あの山にかかる雲の正体を知れたら「くもをつかんだ」気持ちになれないだろうか。このあふれ出る気持ちを誰か他の人に伝える手段として漢詩を詠めるようになったら、どんなにか!しかしこれらの情熱の火は、あの日古典の授業を早退したあの日にフッと消えてしまった。

不登校時代はまったく苦しい日々だった、と今になってようやく認めることができている。当時は「苦しい」ということを自覚することすらままならなかった。誰かに何か危害を与えられたわけでもないのに、大した理由もなく、くるしいふりをして、ずる休みをする、卑怯なやつだと、自分を認識していた。毎日仮病を使って、そのうちなんだか本当に苦しいような気がしてきて、目の前が真っ暗になって、おっとやりすぎたかな、と思ってしゃがんでみたら、駅に居た善良なおばさまに駅員さんを呼ばれたこともあった。出席日数を稼ぐために、「文化祭だけ出席するヤツ」になって、そこでよせばいいのに所属していた部活動の発表を一生懸命やって、ようやく発表が終わったから控室になっていた暗くて誰も来ないパソコン室の床にしゃがみこんでいるうちに、手足はおろか顔面とお腹がしびれてきて、誰も来ないだろうと思ってそのまま横になってみたら、ひんやりして喧騒がすごく遠くなった気がして、なんだかすごく心地よくて、このまま誰にも気づかれないまま寝てしまいたい気になって、ぼんやりしていたことがあった。無論あっけなく友達にみつかって、あれよあれよといううちに大事になって、保健室の先生に「またお前か」という嫌な顔をされているのに気づかないふりをしつつ、ここまで来てもまだ立ち上がる気力がわいてこず、後は野となれ山となれと思ったこともあった。その日は救急車で搬送された。大したことない仮病で搬送されて、恥ずかしくて嫌になったけれど、搬送されてもなお、起き上がる気もまた起きなかった。次の日はまた休んだ。

この調子で満足に通学することもなく、欠席か遅刻か早退を繰り返して、毎朝母に「行くの?行かないの?」と問われるたびに「朝」を強烈に感じては、コピペしたみたいに進展のない毎日を嘆いていた。読書も勉強も、そもそも文字が読めなくなってできなくなった。判読する前に脳みそが限界を迎えて、集中力が極限まで削れていた。これでもまだ仮病だと思っていた(今だってただの思い込みだったような気がしてやまない)私は、毎晩じぶんを呪って、その呪いの効果は抜群で、次の朝も最悪の日のスタート地点に立っていることになった。

たまに行く高校で楽しみな授業は、数学と地学だった。ただし数学は基礎の授業を欠席して、応用の授業だけ出席したりしていたから、まるきりなにを言われているか分からない日もあった。それでも楽しみだった。他の授業もさすが進学校、大体が予習と復習が必須の内容だったから、一人だけまったく置いて行かれた人として存在してゐた。隣の人やらグループで取り組む課題はことごとくご迷惑をおかけしたし、私が所属するグループは必ず一人少ない状態で進行していた。かわいそうで申し訳ないことだった。情けなくてひとでなしだと思った。そして、中学時代に夢想したような「愉快で知的なお友達」は、どこにもいなかった。私はわたしが外れ値であることを自覚した。

開けない夜はない。止まない雨はない。四季は巡る。やがて春が訪れる。これらはあの頃極端に嫌った言葉群である。このつまらなくて苦しいふりをした面白みのない私の青春は、青くなる前に枯れ果てて、春なんて幻想なんだと思うことで自分を守っていた。止まらない脳みその回転に身体が負けて、自己否定が溺れかけの私の一把の藁であった。ぬくぬくのお布団の中に居ながら、自分が何者でもないと想像して泣いて、夕飯の時間になって呼ばれて、夕飯を美味しく食べて、布団に戻って来て、家族に属しておいて、何者でもないとはなんだと思い返しては想像力のなさを嘆いて泣いて、泣いている時間と労力が無駄だと泣いて、この間2時間半、通学できちゃったな、と冷静な視点を持ちながら、面白くなってきて泣きながら笑って、脱水症状になって気絶するように眠った。

どうしても成績がよかった理科を手放したくなくて、周囲の大反対をつっぱねて国公立志望を出した。担任の先生に何度も呼び出されて、出席数が足りなくなってきたら自分だけじゃなくて母親も呼び出されて、劣等生を通り越して問題児になっているのに、国公立。とりあえず数学と理科の勉強をして、授業が演習になった高3の2学期からは遅刻しながらも欠席を減らして通学して、のらりくらり、共通テスト本番は模試で軒並み高得点だった国語と伸びてきた数学がここにきて大コケしつつ、他は過去最高点を取ったため、進学は叶った。

大学進学してからは、どうしても「あの頃」に戻りたくない、という一心で例えば体力づくりとか、気持ちの整理とか、自分の取扱説明書をつくってみるとか、そんなことをしていた。多分、こういうことはもっと若いうちに終わらせておくべきだったんだろうなと、湧いて出てくる邪念をほうきで掃きだしながら。幸い、文字が読めるようになったから、それをつかってあの頃何が起きていたのかを、大好きな「学習」を使って認識したり振り返ってみたりした。誰にも明かしてはならない、こんな発想バレてはいけないと信じていたこれら不登校時代の記憶を、こんな不特定多数のみなさまの前で打ち明けれらるようになったのも、大学四年間の集大成としては上々の結果なのかもしれない。

ご存知でしょうか、これまでの人生において、一番年を取っているのは今この瞬間なのです。しかしながら、これからの人生において、一番年若いのはまた今この瞬間なのです。何を想像しても明日は来るし、であれば踊らにゃ損、という算段が成り立ちそうです。例えばお先真っ暗であることを嘆いて、自分のかわいそうなさまを強調して、あったかくておおきい存在、誰であってもいいからかわいそうだったねと言ってくれる存在を探り当てて、抱きしめてもらえるように訴えかけることはもちろん可能です。そう言う存在が実在するかどうかは別として。例えば私の物語の主人公は私であるのだから、他でもない私が悲劇のヒロインであることは自明で、これによってあなたに私が悲劇のヒロインですよと自己紹介することも可能です。「あなた」がどう思うかは別として。だけれど、このへんちくりんなおばけの私は、かようにして「おばけ」を自称するに至りましたし、おばけとして浮遊すれば(私の物語の主人公であることすら「抜け出せれば」)楽しく存在できることを知りました。分相応かは別として。

結局、中学時代の私がサンタさんにお願いしたかったのは、本が読めるという事だったようです。おばけになってから、ずっと前にサンタさんはプレゼントを届けてくださっていたことに気が付きました。どうしてこれまで気がつかなかったのか。それは、私が、クリスマスプレゼントは枕もとの靴下の中のお届けだと思い込んでいたからです。そうではなく、玄関前の置き配でした。灯台下暗し。我思う∴我有り。以上大長編でお送りいたしました。私の半生物語を、日本史Bの教科書をもじって「自分史B」とか生意気な名前をつけてお届けしました。お付き合いいただきありがとうございました。また次回。

ゼミ決め、卒論執筆

ごきげんよう、あやめでございます。

先日、ブログ部ではティーパーティーが開催されておりました。私もそこに参加してまいりました。刺激的な時間になりました。後輩たちが私よりずっと先を歩いているように見えて(実際に「そう」なのだと思いますが)、おばけはあやうく蒸発するところでした。

そこでも話題になりましたし、ブログでもここ数日何人かが話題に挙げているトピックが、ゼミ選びのことであります。もう卒論執筆にまで漕ぎついている私が、もはやおぼろげになってしまっている記憶をたどたどしくたどって物語してもよいだろうか、とおもって、今回は私バージョンのゼミ選び・卒論執筆についてを語ろうか、と思います。何か、お役に立つことがあったら嬉しいです。まだ高校生で全然イメージがわかない方もいらっしゃるでしょうか。大学生ってこんないきものなんだな、と知ってもらえれば幸いです。すごく硬くて大変な内容なうえ、さっきまで卒論執筆していたものですから、文体までかたくて長くて文字ばっかりで面白くないものになった気がします。ゼミ選びに困窮している方に役立ちますように。いや本当に。

内容に先立ちまして何点かお断りしておきます。私のおぼろげな記憶のみを頼りに過去を振り返って書きました。受験形態や講義名が登場しますが、カリキュラムの変更等で名称、内容が大きく変わっているようですから、私の話は一体験談として受け取っていただければ幸いです。多分いろいろ「古い」と思われます。それから、日本文学科とその内容について、私の小さい脳みそで一生懸命解釈した内容もお話ししますが、個人の感想です。たとえば「うげ、めちゃくちゃ難しそう」と思われた方がいらっしゃったら、それは私に小難しく書いてやろうという魂胆がありますので、それにハマってしまったということになります。作文を長く書く技術に似ています。というわけで日本文学科は面白いところですのでご安心ください(無論、どの学科も楽しくて、難しいところだと理解していますがね)。

さてゼミ、の前に、私が日本文学科を選んだ理由もチラと触れましょう。もちろん、テストで国語の点数が一番コンスタントに取れていた、という現実的で即物的な観点もあります。読書自体は昔から大好きであったし、国語が得意だなと思っていたわけであります。でも、それだけではなくて、もう一つ日本文学科に行きたい理由がありました。我々の活動のすべてに「ことば」が関わっている以上、そして私が日本に住んでいる以上、日本語そのものに触れる機会はあまりにも多いぞ、と思っていました。うまく言い表せませんが、すべてを構成する「単位」として、日本語を位置付けていたんです。もっと簡単に言うならば、すべての説明書となる「日本語」そのもののルールや成り立ち、「何者なのか?」ということを知っておきたいと思った、ということです。高校までの「科目」の範囲で私が最も好きだったのは、理科でした(私が本学に入学できたのも、共通テスト利用の制度を用いてでした。今とは制度が違うかもしれませんが、当時は高得点2科目の利用だったような、おぼろげな記憶でありまして、その2科目は理科と日本史でした。国語じゃないんかい)。私が大好きな施設としてまっさきに思いつくのは上野の国立科学博物館ですし、かじりつくように授業を受けていた記憶があります。しかし、そういう理科の知識も、言葉(日本語)を用いて、私のもとにお届けされているんだよな、と想像して、私の好きな読書も、私の苦手な英語の勉強も(テストの点数は散々でした)、凡て「ことば」がなければできないことだな、と思考が進んで、待てよ、いまこうして思考していることも「ことば」が用いられているぞ、と想像して、かくなるうえは「ことば」が何者なのかを学んでおかなければ、と思った次第です。

こんな経緯で入学して、その後日本語学に興味を持ちました。入学前に思っていた「にほんごってなあに」ということを、文法的に解することや、歴史を学ぶことや、利用のされかたを研究するには日本語学を専攻するとよさそうだと思いました。さらに、日本語の成り立ちに深くかかわる中国文学や思想の分野に興味を持って、講義を履修しました。漢詩をつくってみよう、というような魅力的な演習の授業もありました。しかし、大学四年間で最も衝撃だったのは、近現代文学の入門として開講される、「日本文学の基礎Ⅱ」という講義の内容です(これも現在のものともしかしたら名称が異なっているかもしれません)。ロラン・バルトというフランスの哲学者が「作者の死」を示した、というショッキングな内容を学んで、今までの国語のテストで出題された「作者の意図を答えよ」という問題から解放された気持ちになって、すごく嬉しく思ったからです。文学を研究するということに興味を持った大きなきっかけです。ただし、このことはとても難しい概念でもあって、私もはじめ上手に飲み込めませんでしたし、周囲の友人もよくわかんないなという顔をしていて、「つまり近現代文学ってめちゃくちゃ難しそう」と言っているひとを見かけたこともありました。今後「作者の死」を勉強する方は、ちょっと頑張る必要があるかもしれません。しかしながら私は、読解という事は作者の思ったこと=正解を求めて解釈していく必要がある、と思っていたので、そうじゃないらしいぞ、という事がとても嬉しく思ったのです。

必修科目をひたすらに受講する1年生が終わり、比較的自由に時間割を組めるようになった2年生からは、以上のような興味関心から近現代文学、日本語学、中国文学(思想史)の分野の講義を中心に受講していました。

さて、ようやくゼミ選択の話に戻りましょう。当時の私は、いまだ日本語学と近現代文学で揺れていました。中国文学に関しては、私にはまだまだ知っていることが少なすぎるため研究するほどのところにたどり着けないだろうと判断して、ゼミ選びからは外していました。履修していた講義は日本語学も近現代文学も同数程度(日本語学のほうが若干多かった記憶があります)。演習の授業もやってみて、どちらも、難しくて楽しいと思っておりました。文学を研究することで最も難しく感じたのは、感想文になってはいけないということです。どれだけ私の心を大きく揺さぶっても、それをテーマにしてはいけません。日本語を研究することで最も難しく感じたのは、ことばそのものを「データ」として扱うことです。「悲しい」とくれば「しょんぼりすることで、例えばアイスが溶けてしまったときに感じるような気持ちだぞ」と自分では思うけれど、それを研究に「主観的に」持ち込んではいけないのです(アイスが溶けて、のくだりは人によっては大したことではないかもしれませんね)。いずれにせよことばを用いてことばを研究するという営みは想像以上にややこしく感じました。今仮にわかりやすくするため挙げてみたこれらの分野に対する研究の内容の解釈がいまだ「正しいかどうか」は自信がありません。こんなイメージがある、というレベルでしかありません。糸がこんがらがるような、アレ、今私なにを考えていたんだったっけ?という難しさ・ややこしさ。現在地を忘れ、ゴールを見失うような大変さがありました。

しかしながら、作者の正解を考えずに物語を解読していくことは、パズルを解くのに似た面白さがあって楽しいということにも気が付いていました。たとえば、「色」に関連する表現が、作品内でどういう用いられ方をしているのかについて考えてレポートを書いたときもありました。同じ「赤」でもニュアンスに違いはあるのか?どんなタイミングで「赤」が用いられるのか?一般的な「赤」と差があるかも?というような内容です(未熟でありましたが)。ことばをつかってことばを研究するのは、説明が大変で自分でもこんがらがるけれど、本質や内容の核の部分に近づく作業に思えました。

卒業論文は1年もの間(と2年次の私は誤解していましたが、実際卒論に費やした期間は2年間でした)、一つのテーマに向き合うため、少しでも好きなものを絡めることが肝要だと教わりました。それでは、今までも読書が好きだったわけだし、これまでの講義の中でも特に衝撃が大きかった近現代文学の分野で勉強したいぞ、と思って、近現代文学ゼミに入りたい、と決断しました。

ここからは卒業論文を書いて考えたことを述べましょう。私は文学を構造面から捉える、という内容で論文を書いています(もう少しで書き終えられるところです)。いろんな先輩方が「好きなもので書くべき」とおっしゃっていましたが、それは取り組みやすくするための工夫だったようです。私は愛読書があるとか、大好きな文豪がいるとか、そういうわけではありませんでしたから、テーマ決定の時もかなり苦労しました。先行研究が膨大過ぎても少なすぎてもやりづらいし、本文が長すぎても短すぎても難しいと(これらのことは「邪念」でしょうが)思ったりで、いいものは見つかりませんでした。そこで、これまでの講義で一回扱ったことがある作品を選んでみようと思いました。読書経験が豊富で、その中から愛読書を選ぶことができたならば「好き」なものを研究できたのでしょうが、あいにくそういう一冊が思い浮かばなかったのです。そして、1年次に履修した講義で扱った、そしてその際にあんまりよくわからないと思った引っかかりのある作品を選びました。結果、よくわからない、の部分を研究して、結論らしきものを出せたので、私としては良かったかなと思います。こういうアプローチもありますよ、という参考になれば。

おまけ。蛇足。研究内容についてディープに語りましょう(私がさっきまで卒論執筆していたので)。構造、というのは、建築物の構造…基礎、土台、梁、柱、屋根、外壁…もっと詳しく?根太、小屋束、棟木、茅葺?…をイメージしてください。物語の構造と言えば、作品発表年代、発表媒体、形態、作者、受賞歴、登場人物、作品内時間、視点人物、舞台設定、仕掛け…などが挙げられましょうか(もっと、いくらでもありますよね)。私は「どうなっているの?」ということを分解して私の中で再構築して理解する、という流れで解明することが好きなので、これを卒論でやってみた、ということです。具体的には、作品内の時間の進行が一定じゃないもの(回想が挟まったり、会話をきっかけに過去の描写が始まったりするもの)を、時間ごとに整理して、その並びであることにどのような効果があるのだろう?ということを研究したつもりです。また、私の研究対象は芥川賞受賞歴がありますが、選評において全くの不評な部分が存在しました。口をそろえて「この描写は蛇足(意訳)」みたいな評価をしているのです。その部分が「本当に蛇足なのか」ということを、構造や効果の面から再評価するというのが内容です。積み木を組み上げる感覚で論を書くことができて、たのしかったな、ということです。

以上、私版のゼミ選択についての言説でありました。よくわからなかったですか?それとも頷いてくれている?もし、この文章を読んで「おや、おもしろそうだぞ」と思って下さった素敵なあなた!がいらっしゃるなら。私のこんなうす~い内容の本文じゃ物足りないでしょう!ぜひホームページをみたり、他の方のブログを読んだり、本学科に入学してみましょう!きっとすべてがわかるはず!答え合わせをするべくぜひ実際にいらして確認してみてはいかがですか!…胡散臭い?あからさまな勧誘はお嫌?私としては、日本文学科で学んだことは、思考の核となる概念を学ぶこととか、その筋トレになっていた気がして、とても楽しくて刺激的なものだったと思っております。たのしかったな、ということです。こうやって、さらさらと4千字を書けるようになったのも、おばけらじおを書けるようになったのも、その技術を得たのも、日本文学科で学んだことを使っているのですから。

おばけらじお、裏飯屋

ごきげんよう、あやめでございます。

前回言い訳していたラジオごっこが出来上がりました。多分。裏飯屋らじおのお時間です。死したはずなのにまだ現世で大暴れするへんてこおばけがパーソナリティをつとめる、謎の深夜番組です。ディープで軽口の絶えない全九回のラジオ番組を覗く「ご覚悟」はできましたでしょうか。クーリングオフは適応外です。今回は第三回までのお届け。

第壱回

こんばんは。おばけに「おはよう」も「こんにちは」もありませんので、いつだってこんばんは。明けない夜より永い死後から顔をのぞかせる、当方、おばけでございます。この番組は本来砂あらしが舞ってザザザしか聞こえないはずのところ、魑魅魍魎の類、おばけがハイジャックして乗っ取って、放送倫理に則ってお送りしております。親愛なる生き物のみなさまへ。もうない肉声を以てお届けしてまいります。今夜は戸締りばっちりして、いきていることに感謝して、白湯とかのんでから寝ましょう。明朝には私の仲間になっているかもしれない、何も信じられない浮世をサバイブしてらっしゃるのだから。けけけ、とおばけらしく笑っておきます。どうも、裏飯屋らじお、はじまりました。へいらっしゃい。

このらじおは、5分間の限られた時間の中で、無限の死後を表現する、とかではなく、おばけの一方的なおすすめを語りつくすことを目的としております。裏飯屋は定食屋なのに、なぜかかかるBGMはジャズですし、メニューに珈琲があります。おばけの趣味です。かようにして来週から本格始動いたします。

おやすみなさい。良い夢を。お会計、六文です。

第弐回

こんばんは、当方、おばけであります。裏飯屋らじお、元気に開店です。へいらっしゃい。

5分しかないので急いで準備を整えましょう、最初のコーナー「おばけの気まぐれサラダ」。このコーナーでは、おばけが現世を浮遊して見つけてきた美味いたべものをご紹介いたします。裏飯屋なので。

今回ご紹介するのは、アフォガートです。珈琲大好きおばけとしてやらせていただいております私でありますが、この甘味はなかなか素晴らしいものでありました。ないはずの味蕾がうなりました。未来もありません。ハハハ。 ただ、コレ、イタリア語で「溺れた」を意味する「affogato」に由来するとか。「溺」、というのはいやな言葉ですね。私の死因です。もう溺れまい、と空を浮いているのに、甘くて苦くておいしいうちにいやなことを思い出させるテクニカルな甘味です。だいたい、溺れているうちは「しあわせ」になぞ、なれやしません。しあわせは、己でつかみ取らないと手からこぼれ落ちていく、であるから群雄割拠、喧喧囂囂、侃侃諤諤、そうやって押し合いへし合いするデスゲームの会場名ですよ。以上、死者のワンポイントアドバイスでした。なんだか本筋からはそれました。失礼いたしました。 そして今回はここまでのようです。残念。

おやすみなさい。良い夢を。お会計、六文です。

第参回

こんばんは、今週の裏飯屋らじおのお時間です。へいらっしゃい。

生き物のみなさまごきげんよう、良いわけありません、当方ご機嫌斜めのおばけです。花粉症に罹患しました。あるはずのない免疫が、要らないはずの免疫反応を示して、人間同様花粉症に悩まされております。おかげでQOL、クオリティ・オブ・ライフではなく、死んでるのでクオリティ・オブ・デス、略してQOD、が、だだ下がりであります。最悪です。死ぬことより悪いことって存在するのですね。イライラは世界を滅ぼす。今晩の私はきっと、サイバー攻撃を引き起こす自然災害です。雷が鳴ってもおなかまるだしで寝る現代っ子にはわからないでしょうがね!

この調子と勢いを利用して参りましょう、質量保存の法則。本日の生定食のコーナーです。このコーナーはおばけが自ら出向いて仕入れ、もとい、観察した、おもしろ素材を活かした定食です。ごはんとお麩の味噌汁とお漬物は固定です。さっそく。

●●●(空白、息を吸う)

甲か、乙か。 この違いは遥かな違いである。混同してはならないし、逆転させてはもっといけない。みずみずしさ、色の鮮やかさ、古い葉の量、虫の有無。これら外観してわかるだけの事をできるだけ多く情報収集、そして判断する。このようにして甲乙をつける。

「298円です」レジでスキャナーに通して、お姉さんが値段を告げた。「甲」のキャベツにすることに決意して、購入契約の段に移行している私の手持ちの小銭は298円ぴったりをつくりだすことができない。キリ良くお釣りを貰うために小さな数的演算装置を動かす。5円のおつりをもらうには…?(処理中・悠久の間)303円か。いやしかし、1円玉が2枚しかない。これじゃうまくいかない…??ここは最終奥義を繰り出す場面であろうか。決意。 「クレジットカードで」

●●●(BGM)

電車に乗って、休日を満喫してきた人々に邂逅することになった。大きなショッピングバッグ。ナイロン生地の蛍光色で彩られたアウトドアウェア。パンパンのリュックサック。二人組の多いこと。生前ならこんな光景を目にしただけで、なぜかこちらまで「どっ」と疲れて、それから言い得ない「疎外感」を感じて、早く終点が来るのを待ったものである。でも今なら、オヤ、愛すべきニンゲンの群れがやってきたな、と思えるはずである。こちらは昼間に化けてでているマヌケなおばけなので、ニンゲンを対象化してまなざせるはずである。イヤ、子供や女性が発するあの甲高い興奮の悲鳴は、未だ慣れないけれど。

ちょん、と座席に座って、スマホをいじくるフリをして乗車時間を幽体離脱して過ごそうか、と思った矢先、隣に座った女性が船を漕ぎ始めた。こくり、こくり、と頭を手すりにぶつけるのではなかろうかという具合に。なんだかこれだって幽体離脱みたいだな、と思っていたら逆どなりの男性も私の撫で肩にもたれかかってきた。完全に脱力して、私の頼りなくてつまらない身体だけを頼りに座っている。そのうち女性もこちらに向かってこくこくし始めた。この場合、私は頑として「スマホいじり」を辞めない方が人間らしいだろうか。それとも両隣に誘発されて私だって寝てしまった方がハートフルアニマル動画みたいなことになって良いのだろうか。 両隣にプレスされて身動き取れず、かと言ってここで幽体離脱してお隣さんと幽霊の時空で鉢合わせするのも非常に気まずい思いをするだろうとおもって、ジ…としていたら、ファストフードの強烈な香りが駆け込み乗車してきた。とてつもなく大きなdBを有したまま会話をするあそこの女子高生軍団が手に持っている茶色の紙袋が怪しい。酸化した油の香り。熱が急速に冷める香り。それなら幽体離脱時の香りも、あのしなしなポテトと同じ、ジャンキーな香りがするのかもしれない。こんな現実逃避も空しく、肩が重たくなってきた。このまま私も空しくなってやろうか…

「ご乗車ありがとうございました。まもなく終点、」

甲乙つけ難い思いでいたら、上記のアナウンスがあって、まもなくして終点についた。寝ていたはずの両隣の方々の方がサッサと下車していった。

●●●(BGM)

ハイ。いかがでしたか。定食なのでボリュームがありますね。そしてまんまと放送時間をオーバーしました。おばけなので許してください。あるいは全部夢です。忘れなさい。

おやすみなさい。良い夢を。お会計、六文です。

楽屋紹介

こんばんは、あやめでございます。

今回は楽屋事情を夜らしく、コッソリお話しする回にしたいと思います。言い換えれば、「やりたいことは思い浮かんだけれども、締切に間に合わなかったんです」という言い訳の会であります。お付き合いください。

前回、小さい私と大きい私(佐伯と佐伯‘)によるラジオごっこをやってみて、たのしいなと思った私は、引き続きラジオごっこを考案しました。もう、10月31日のおばけの大祭は終わったのに、妙にポップでユニークな、哲学もどきを片手に珈琲嗜むマヌケおばけを語り手としたおばけラジオ、その名も「裏飯屋らじお」をはじめてみたく思ったり、小さい私と大きい私(今度は「佐伯」じゃない名前にしようと思います)による、前回みたいなほんわか会話劇ではなく、ペルソナをかけたバチバチのアイデンティティ争奪戦みたいなのを書いてみたいなと思ったりしました。これなら会話文生成が苦手な私でも書けるんじゃないかな!という期待を胸に。特に「裏飯屋らじお」はかなりあったまっていて、もうどんな工夫を凝らしたら、何度も読みたくなるんだろうかな、みたいな構成の案もバッチリあるのです。思わず「そういうことだったならもう一回頭から読み直さないとなぁ…」となる工夫。あんまりミステリーみたいなことはできないですけれど、なんちゃってでそれっぽくできないかな、などと案をもみもみねりねりしております。

おばけのイメージもあります。死因は溺死の、夏にうまれた(死んだ?)おばけです。ジャズで小躍りして、珈琲が好きで、きれい好きで、生前の体と記憶を文字通り?引きずって生きて…いない、死んでいる、おばけです。私の得意な「メタフィクション」の部分を活かして、曖昧な部分をザクザクかきたい。でも、そんな大層なことはできずに、ぐぬぬとなっています。ホテルのシーツみたいにまっさらな布片をすっぽりかぶった、足が生えたへんてこおばけ。こんなイメージをもって、長すぎる私の通学時間(往復3時間)でちみちみ草稿を書いていたら、まとまりのない掌編がわんさかうまれてしまい、編集作業が必要となりました。もうちょっと時間をかけて書いてみます。

今回は、導入編ということで、ボツにしようとしている(もしかしたら良いのが思いつかなくて、次回全くおなじ部分が登場するかもしれませんが…)頭の部分を掲載してみようと思います。

◆◆◆

こんばんは、ごきげんよう、神出鬼没。おばけは夜に出るものという先入観を破壊するわたくし、おばけであります。通勤ラッシュの地下鉄のなかからお届けいたします、午後六時、外気温14度、冷たい雨の大都会、東京の昼明けの時間です。人間の方向けに註釈。昼明けとは、「夜明け」のおばけバージョンです。長くてまぶしい昼が、漸く、終息しようとしております、その淡いの時間を喜ぶ気持ちと、人間プレス機に押しつぶされて、はやく実体を手放したい気持ちに、板挟みされる、アンビバレントでセンチメンタルな夜ですね。コーヒー片手に片手間でお聞きの親愛なる皆様に、恨み言を申し上げましょう、うらめしや。今晩の夢に化けて出てやりましょうね。Boo~

●●●

「空」という字を見て、「青々と頭上に広がったそら」より先に「からっぽ」というイメージが先に立ちます。きっとそれは、私が下ばっかりみてとぼとぼ歩くからでしょう。空を見慣れていないかわいそうなおばけの私でございます。ごきげんよう。

●●●

まよなかに目が覚めて、トイレに行きたくて部屋をこっそり抜け出した時、しょぼしょぼしてまだよくわからない脳みそでも感知できる寒さと、我が家なのに知らない匂いがふとかおってきて、はやく布団に戻りたくなりました。こんなに静かで、家族が寝ているはずのドアの向こうに、果たして本当に家族はいるのかしら。そこまで明瞭じゃないにしても、そんなようなことをぼんやり思って、それよりもっとはっきり寒いと思って、急いで布団に潜りました。努めて、もこもこの毛布の部分が肌に触れるようにして被って、地震が来た時にするみたいに丸くなって、もこもこして早く眠りにつくよう目をギュッと瞑り直しました。こんな晩は、決まってピッタリ1時間、眠れません。

シンとして、重たく冷たくなった空気が、耳の部分を冷やしていきます。鼻頭が冷たくなって、瞼が今にもまなこを冷気に晒しそうになります。なんとなく頭がいたくなってきて、指先が凍るほど冷たくて、はやくあったかくなるよう、もこもこの部分を体に巻き付けてみました。なかなかあたたまりません。かといって、わざわざ階下におりて布団乾燥機をとってくるのも、湯を沸かして湯たんぽをつくるのも、なんとなく億劫で、なにより寒いから動きたくなくなりました。この頃になると冷気で頭も冴えてきて、寝起きのしょぼしょぼも、もやもやも、なくなっていました。秒針の音が嫌だから、部屋にはデジタル時計しか置いていないのに、カチカチ、急かされる嫌な音がするようでした。

こうなったらもう、眠れないと観念して、枕元に置いておいた水のペットボトルを掴んで飲み下し、もこもこする上着を攫うように掴んで着込み、布団の端に追いやられたクッションを抱き寄せ、座ってみることにしました。カチカチ、はやっぱり空耳であったようで、今はもう、重たいくらいの沈黙が耳を塞いでいました。鼻から吸って、口から吐く深呼吸をすれば、頭の空洞の行き止まりのところまで、夜の深くて冷たい空気が満ちてきて、目尻から空気が抜けていくような気がして、何度か試してみました。実際にはもちろん、横隔膜のおかげで肺が膨らんで、縮むだけでしたが。

何もせず、何も考えず、ぼんやりできるのは、こんな夜だけです。オレンジ色の常夜灯がなんとなくノイズに感じて、ビビりのくせに電気を完全に消してみました。こんなタイミングで緊急地震速報が鳴ったりしたら、飛び上がる自信がある。チラッとそんなことを考えたら本当に鳴り出す気がしてスマホを伏せてみました。イヤになって、また布団に潜りました。

脈絡のない単語の羅列を聞くと、人は眠気を引き起こすことができるそうです。試しにやってみましょうか。水道水、餅巾着、アリゲーターガー、虎ノ門、最大瞬間風速、夜行列車、ハビタブルゾーン、手すり、コピー用紙、コッペパン、虫取り網、ポリエチレンテレフタラート、花道、ポケベル、一面広告、ソリティア、コンクリートミキサー車、野球帽、サインポール、イヤホンジャック、ミシシッピアカミミガメ、消しカス、たこ焼き。眠れません。むしろこれらになんとか脈絡をつけようと頑張ってしまうマヌケな脳みそがあります。眠るためにやっているのに。

もっと突飛な事を考えることにします。オレンジジュースの皮を破らないようにして飲む方法を考えるとか。夜の帳が何色をした何の生地でできたものなのかを考えるとか。何センチ進めば「進捗」といえるのかとか。「敦盛」が教えてくれる通り「人間五十年」なのかとか。生産終了する蛍光灯の代わりに設置する光源をなににするかとか。おっと、まともなことを考えそうになってしまった。満員電車で林立する足々が示すのは何の指標かとか。スマホを持つのは右手と左手、どちらがいいのかとか。むむ、少し照準がぼんやりしてきた。いいぞ。電車の扉の2つの窓が対なのは何故かとか。私はなぜ羊を数えないのかとか。億千万は末尾にゼロが何桁続くものなのかとか。明日の朝食はなににするかとか。よしよし、突飛さがおちてきた気がする。靴下だけでいるときも果たしてその履き物は「靴下」なのかとか。コルクはなぜコルクであって「クリケ」ではないのかとか。何故朝にならないのかとか。

そこで目が覚めた。何という悪夢だろうか。

◆◆◆

おまけ。蛇足。生まれた草稿にあわせて浮かんできたおばけのイメージ図を描出してみました。みなさんとイメージを共有する目的でかきましたが、絵はへたっぴなのでこう、勘弁してくださいね。

夜更かしする人間に比べて、圧倒的に早寝をするおばけになってみたいです。おやすみなさい。

天高く馬肥ゆる、秋雨前線

ごきげんよう、あやめでございます。

◆◆◆

おや、秋の足音がするようですね。昨晩はもこもこの布団を引っ張り出して掛けました。おとといは金木犀の香りが脳髄を満たすほど濃厚に香っていたのに、今朝にはもうオレンジの星の形をした花が洛星しておりました。冷え性の私は足先がツンと冷えて痛いほど。曇り空続きでカーディガンでは寒くて足早になってしまう、かと思えば天高く馬肥える、秋ですね。本日は筆が乗ったのでこの調子でお届けいたしましょう、秋が好きで、生まれは真冬、名前は五月晴れを連想させるごきげんの私、失礼、ごきげんを「とっている最中」の、あやめでございます。

どういうことか。簡単です。卒業論文執筆が進まなくて焦る気持ちと裏腹に、進まない筆のコントラストがキツいのであります。まばゆいばかりに光る締切日の目印と、私の、どんより進まない筆。モノトーンコーデであります。

そう言った具合に腹に一物、と言ってよいのだろうか、この気持ちも利用してやらんという貧乏根性を携え、無い袖を振ってとっておきの芸をして御覧に入れましょう。芸は、身を助くのです。

この軽くてよく回る口でべちゃくちゃ言っているうちは、三味線とセッションする落語くらいコミカルでテンポよく飄々と語り得るワケであります。これまでにないほど高速でタイピングする私の指先。きっとこういう文章を書く人間の出現頻度は低い、珍しい個体なンだ!という自意識を以て、そしてそれをぎりぎりの自己肯定感に変換して語ってまいりましょう。ラジオ好きはおられますか。私の軽口はラジオのワンコーナー。ラジオCMの茶番劇みたいなのが大好きであります。どうでもよいですな。

こんな具合の、私の遠近両用レンズ用いて、いま流行りの、「私なりの方法」とやらで世界を切り取ってきて、パッチワークしてつくった作品もどきをご覧に入れているわけであります。ほら、バルーンアートの実演販売みたいなイメージです。こんな無駄話していたら一本、できあがり、みたいな、ね?

●●●

マ、この要領で普段は一人語りをたのしんでおります私ですが、本日はもう一人を設置してお話ししてみましょうか。私が実況なら、もう一人には解説をしていただきましょうか、そうなったら、実況は私、佐伯が、お相手はこの方、幼少期のちいさな私、佐伯‘(ダッシュ)とでもしましょうか?いやわかりにくい?記述式なのを良いことに、なんとか記述上の工夫を凝らしてみましょうか、なにはともあれ佐伯さん、よろしくお願いいたします。

幼少期私(以下、小):ハイ。よろしくお願いいたします。

現在私(以下、大):便宜上、私はあなたのことを「佐伯さん」とお呼びいたしますが、あなたもまた私のことを「佐伯さん」で大丈夫です。記述式なので混濁はありませんでしょう。おそらく。

小:ハハ、そうですか。承知しました。

大:さて佐伯さん。季節はすっかり秋ですね。今年の夏も「酷暑」が猛威を振るった非常オに熱い夏になりましたが。

小:いやア暑かった。私なぞは近所の川に散歩がてら行って、そのまま浮き輪で浮く、を週に5回はしましたよ。

大:オ、いいですね。なんとも涼やか。

小:イヤ、それがですね、川では苦い思いを散々いたしまして。来年からはいかないかもしれません。

大:おや。それはまた何が?

小:お忘れですか?「佐伯さん」。ふふ、これ面白いですね。あなたも私なのに。ヱ、近所の川は、無論、近所の子供らが集まりますから、なんとなくみんなで川遊び、ということになるんですが、しばらくすると普通に潜水したり水泳するのに飽きるのですね。あるいは友人がそばにいるのでちょっとだけ気が大きくなるのでしょうか。それで大きな岩の上から飛込んだりだとか、川岸にある草むらに上がって虫取りするとか、そういうトリッキーな遊びが続くンですな。私みたいなのはビビりでありますから、飛込んだりは怖いしイヤだったのですが、友人がどうしてもやるんだと言って、それに巻き込まれてしまいまして、飛込んだはいいんですけれど。

大:いいけれど?

小:友人や、その遊びを開発した別な子は、飛び込み慣れているようでしたが、私に限っては飛込んだ経験なんてありませんで、今回きまぐれで参加した初心者だったもんでしたから、着水の際に体のあちこちをこう、べちんと打ったんですね。痛いのでもうやりません。そしてどうあがいてもまきこまれるので、もう川にもいきません。

大:成程。あの頃の記憶が鮮明に浮かび上がってまいりました。この頃からすでに水辺であがる黄色い声に対する耐性みたいなものがまるでなかったことが明らかになりますね。

小:それに比べて秋っていうのは好きですね。

大:おや。佐伯さんは運動は苦手ではありませんでしたか。てっきり私、運動会があるので秋はイヤとおっしゃるかと。

小:良い着眼点です。もちろんそれには同意できますが、運動会っていうのは家族総出で観戦に来るものですから、豪勢お弁当が振舞われるのです。ござに座って祖父母と共に、大量の唐揚げをほお張るのが素晴らしいため、運動会は好きです。練習や準備でちょっと騒がしくなるのも、非日常体験ができるようで実は嫌いではありません。徒競走は無論ビリですが。

大:ハハハ、懐かしいですね。おや、そろそろお時間がやってくるようです。

小:佐伯さん。こんなところで足踏みしていないで、執筆、してください。

大:これは手痛い。敗因はどこにあると見えますか。

小:完璧主義でしょう。クオリティよりなにより、形にすることが先決でありますが、この調子だとまあ…よくて40mでしょうか。

大:思い出したように「解説」の役割を果たしてくださる佐伯さんでありました。ありがとうございます。ながれる穏やかな秋風と季節に抗してまいります。ここまで解説は佐伯さん、実況は私佐伯で参りました。ありがとうございました。

小:ありがとうございました。

メタ思考

ごきげんよう、あやめでございます。

前回は大変きたない断末魔を聞きつけて、いろんなブログ部員のみなさまが後を引き継いでくださったこと、嬉しかったです。御礼申し上げます。ありがとうございました。つまらない先輩風もいいよって言って貰えて、にんまりしました。

秋の足音がして参りました。山間部の我が家では朝晩が冷え、もう長袖のパジャマじゃないと寒いし、掛ふとんもモコモコのものを押し入れから引っ張り出しました。ヒガンバナも色づいて、ハイキング客がバスを埋め尽くす季節になりました。季節の変わり目は大体不調を引き起こします私は先週、例に漏れず、花粉症?風邪?をこじらせてしまい、一週間ずっとゴホゴホ言っていたので喉が痛いです。内定式もありましたが、薬を飲んだり気合を入れたりしてなんとか乗り切れました。気を引き締めて参ります。

◆◆◆

私の隣に、まだ、人生というキャンディを口の中で転がして味わえている、子供の頃の私の顔をした悪魔、もといおばけが佇んで、悪口をいうので、そのさまを少しお伝えしたく思います。

脳みその隅でチラと、つかれたな、と思ったときの返事が以下のようなものです。

「ハ、笑わせる。大体ね、あなた感覚器官が鈍いンです。ありふれた毎日?これだけちがう毎日なのに?全く同様の条件が揃った同様の日なんてないンだから、新しい刺激が必ずどこかにおちている。それをきちんと拾い集めてたのしめるか。ここに鋭敏さが現れるはずでしょう。この鋭敏さを言い換えるならそれは教養だし、賢さでしょう。それを大声で「毎日がつまらない」なんて豪語して、一体どういうつもりなのサ。みずから「あたくしは自分の手でおもしろいことをみつけられないマヌケ個体であります」というようなものじゃないの。それでいいの?ふうん、最近の流行りの趣味嗜好はわかりませんネ。マァこんなに複雑で繊細なお味は味わいつくせないのね。わかりきったパキパキのこってりハンバーガーでも食べていればよろしいのでは?」

このざまです。チラと一言、つかれたな、で、この量。あまりにひどいので時々、脳内のノイズキャンセリングをしたいなと思います。

彼女との応酬をもう少し詳しくお教えしましょう。

◆◆◆

ここで光っているのは、電光掲示板だけである。

持病の薬がなくなるので通院にきた。田舎の総合病院には大抵お年寄りと、それに対応するのに慣れきった魚の目をした声の大きい看護師しかいない。そのなかで目立ちに目立っている若輩者で体のうすぺらい、釣り目の私は身分を持て余して、それから待ち時間を持て余して、ちょん、と椅子に座っている。

その隣に、同じ顔を15歳若くした子供の私が、やはりちょん、と座っているように見える。しかし、私よりは病院の長椅子に座り慣れているようにも見える。思い切って声を掛けた。

「慣れたもんだね」

隣におすまし顔で座っている小さな私は、病院を自分の家かの如くに使いこなして落ち着いている。

「ほぼ毎週来るんだもん。そりゃ慣れます」

「毎週?」返事が来たことに驚きつつ、こう返してみる。

「風邪ひくの、毎週毎週、1週間かけて治して、ようやく治って、嬉しくて遊んで、疲れて、風邪ひくの。だからまたすぐ病院」

「成程。それじゃよく慣れているね」

「小児科は混むのよ、子供っているものはよく騒ぐし場合によっては暴れるし、そうやって1人にかかる時間も長いのね。でもここの院長先生が〈すごうで〉だからみんなここにくるの」

「…誰の受け売り?」すごうで、がひらがな表記に聞こえたから誰かの受け売りなのかと思った。

「オリジナル」

おや、驚いた。賢い子、なのかもしれない。悪魔とかおばけの類はなべて賢いもの、ときいたことがある。皮肉を言ってやれ、と思った。

「学校で浮いてない?」

「ここよりはマシ」

なかなかクセのある小癪な娘である。良い子ちゃんな私とは大した違いである。

「小学校は、たのしい?」

「楽しいよ。時間割が一日まるまる全部算数とか理科とかになってくれればなおよい。ただそこに居る人間はあまねく嫌い。無知は時に罪、ってよくいうよね。そんなの、」

そこで少女は口をつぐむ。その先は無粋だと判断したらしい。

「そんなこと言ったらまたせんせいに怒られるね」私は、ごく小さな子供をなだめる定型文をなぞった。

「他人軸?あなたそんなことばっかり気にして、あなたの意見はないの?そんなんでたのしいの?」

子供の声で、自分の声で、おばけは自分を否定する。パラドックス。なかなかパンチのある小娘である。

「…楽しい楽しくないではなくて、そういう眼差しの角度があるっていうだけ」

そりゃ、あなたほど真っ直ぐならたのしいでしょうよ、と声に出さずに目だけで訴える。その意はまっすぐ違わずに伝わったらしい。

「傍で羨んで足踏みしていないで、やってみればいいでしょ、後先なんてどうとでもなるんだから、靴だって服だって顔だって経験だって、求めれば与えられるってどっかの神様は言ってるよ」

おばけは少し焦ったように言葉を連ねた。

「小癪ね」

「あなたよりはマシ」

小さな私は語気を強めていった。

外界は晴れ。窓から刺す日光に目が眩む。待合室は清潔な香りがして、経年劣化の薄汚れた・座面の破れた椅子が狭そうにしていた。おばあさんが全身痛そうな苦悶が刻まれたの如くのシワをさすって、春も盛りで気温は23度近くあるのに、厚手の上着を着て座っている。

「あの看護師さん、太ってるね。食べることしか楽しみがないんだね、目なんて魚みたい。こんなに味わう余地がある人生なのに、その味を見つけられないんだ。魚眼レンズの魚の目だもん。つまんなさそうだね」

悪魔は私から標的を変えてそういった。

「…そんなこと、外からじゃ判断がつかないでしょ」

「あの顔だよ?顧客はあんな理論の通じないブラックボックスなのに、なんで楽しく仕事ができると思うの?」

「それは倫理的でない発言だから私は同意しない」

「でもそうでしょ?誰だって誰かを嫌って生きてるよ?」

「そうであることと、それを外に発していいこととは違う」

「でも言わないとこっちも病むよ?現にこんなところに来てるんじゃん」

「…通院理由については、私の元来の特徴によるから、誰のせいでもないの」

「嘘だね。毎晩無駄に泣いてる癖に。こんな脳みそで生まれなければよかった〜はやく人間になりたい〜みんながうらやましい〜って弱々しくさめざめ泣いてる癖に!みんながうらやむ高性能の脳みそ有してる癖に!やーい!ただの人間のくせに!たいしたことないくせに!!」

「こっちはどんな気で狂人やってると思ってンだ」

流石にカチンときた私は、怒鳴り散らかしておよそ大人気ない態度をとってやろうと思って煮詰めた嫌な言葉を吐きたかった、が、低くて地面を這う様な低音で、小さく一言、自信なさげに自嘲的にしか言えなかった。急激な機嫌の悪化に、喉はついていかなかった、ということになるのかもしれない。

天気は依然として晴れ、雲行きが怪しくなったり、まさか雷雨になどなっていない。この騒動を聞きつけて看護師さんが駆け寄ってくることもない。全ては脳内の、電気信号のなすわざである。隣は空席である。しかしながら気持ちだけは昂って、イライラして看護師さんに当たり散らしている、あそこの、廊下の突き当たりで揉めているお爺さんの声がハウリングしているようである。そんな自分の様子を、「この「噴火」の仕方なら、私は肌が白いのかな…ということは彼女は黒い肌かな…もう少し怒りの粘度を下げて…安山岩を多めにしたいな…富士山を目指そう…」などとふざけたことを織り交ぜながら観察するお茶目な私も存在するのだが、小さな私にはおそらく、かなりシリアスに、大真面目にブチギレている私しか見えないだろう。

少女は多少面食らった様である。まさか言い返すとは思わなかった、という顔色で、こちらの出方を伺って顔色を見定めている。

「ゴトウさん、2番の診察室へどうぞ」

私の番だ。小さな私は萎縮したのか、なんなのか、どこかへスタコラ逃げてしまった。これではせんせいに実態をお見せできない。今日も表向きの私をお伝えするにとどまるのだろうか。深層も真相も、表現できないことを、曖昧に悩みながら。

読書遍歴?

ごきげんよう、あやめでございます。

夏休みが、あっという間に過ぎていきました。夏休みはとても足がはやいのですね。全速力でした。

今年の夏休みは、私にしてはマア楽しめたのではないかと思われますが、根が出不精でありますから、高は知れております。ただ、

①自動車学校に通い始める②大阪・関西万博に行く③科博に行く④内定者懇親会に行く⑤家族旅行に行く⑥早起きが(ほんの少しだけ)できるようになる⑦夏バテになる⑧熱中症になる

をしたので、バリエーションは豊かと思われます。たのしいなつやすみでした。

万博は、暑いうえ人が多く、さらには新幹線酔いをしてしまったため、終始力ない、へなへなの声しか出ない人になっていました。

◆◆◆

本日はブログ部員同士のおしゃべり会が、zoom開催でありました。

そこで私が「今日更新分のブログのネタがおもいつかない…」などと申したところ、今日のおしゃべり会でのことを書けばいい、というお声をいただいたので、そのようにしようと思います。

最上級生のくせに誰よりもきょどきょどしたぎょろ目で参加させていただいた、本日のおしゃべり会でありました。私にはやっぱり3人以上の会合は緊張するものらしいですが、学びが多く、また参加したいとも思いました。たくさん発言をする人、ちょうどいい塩梅のぴりっとした気の利いたフォローをする人、話を盛り上げる人、刺激を与える人、といったように、私以外はみんな「会話上の役割」を担っているようにみえて、「ァ」という気持ちになりました。私もえいやと就活のはなしをしてみたりしましたが、とってつけたような「先輩風」みたいでいやでした。

マアつまらない私の感想はさておき、おしゃべり会で「あやめさんはどんな御本を読みますか」というご質問をいただき、美容系YouTuberみたいに紹介したけれど見えにくかっただろうなと思って、改めて私の読む本、もといのうみそを流出させてみようかと思います。私の読む本は日本文学科らしさはあまりなく、フィクションですらないのですが、私が書いたことをみなさんが後々ブログで拾ってくれる…らしいことをおっしゃってくださったため、その言葉を信じて書き進めて参ります。

私の「語り」が多くなってしまって、つまらないのではないかとおびえながら、どうにか面白くなるように努めて、参ります。

◆◆◆

私が読む本は「考える筋力になりそうなもの」だと思われます。プロテインでしょうか。勿論フィクション作品だって、「考える筋力」のとても良い養分になりますが、私は一度「筋トレ」の方法を知ってみたいと思っているらしく、フォームを知るために「考えの枠」ごと習得できるようなものを選んで読む傾向にありそうです。一生懸命人に紹介するべく、ああでもないこうでもないと自室の本棚をひっくり返してそんなことを思いました。

本及びそれについての私の反応をご紹介をするつもりですが、内容を言うのは「ネタばれ」だと思いますし、上手な紹介はもう誰かがしているンじゃないかな…という具合に私がへっぴり腰なので、ごく簡単にするに留めておきます。よかったら…読んでみてくださいね……

思考法系

最も「筋トレフォームを学び取れる」分野であると思います。具体的には直近1年で以下のような数冊を読みました。読破できていないものもあるので「カッコづけ」ですが。

「頭のいい人が話す前に考えていること」著:安達裕哉(ダイヤモンド社)

「あたまのいいひと」になれるのかも!などと思って読みました。話す前に考えることを知っておけば、面接とか、今後お話しする直前に「ア」と思い出せればいいなと思って手に取ったのです。こうやっておススメすると「あたくしは頭が良いのです」とアピールしているみたいでいやですが。

読み終えて、話し方や話すことに関する思考法以外のおおきなことを学び取れたため、やはり「考え筋力を鍛えるトレーニングのフォーム」を学べたように思えました。そもそも「考える」とは何か、「話す場」で何が起きているのか、そのうえでじゃあどうしたらよいのだろうか、ということを学べました。

「仕事のできる人がやっている減らす習慣」著:中村一也(フォレスト出版)

仕事もやったことがないのにこんな本、と思われるのでしょうか。私はシンプルに荷物が多く、また悪い意味で考え事が多い人物なので、「手放して減らす」ということを目指して読みました。来春には引っ越しをする予定なので、その際に効果が表れているといいなと思います。

「ムダをへらす」ということや「仕事ができる」ということ、「バランスをとる」ということを学べたように思います。

「人生は「気分」が10割――最高の一日が一生続く106の習慣」著:キム・ダスル、訳:岡崎暢子(ダイヤモンド社)

お察しの通り、私はじめじめ高湿ネガティブおばけなため、「気分が10割」だとしたら大変困るのですが、しかしそれを否定できず「タシカニ…」とぐぬぬの顔になったので、読むことにしました。どんなふうにして自分のご機嫌を取るものなのか、学びたいと思います。読破できておりません。

私が一人でゐたら思いつかないだろう発想が並んでいたため、刺激的だなと思っております。視点の角度を改めてくれる一冊だと思いました。

知識系

考え方というより、考える材料としての「知識」を仕入れるために読んだものです。好みがバレてしまうため、本当に恥ずかしいです。

「本当の自由を手に入れる お金の大学」著:両@リベ大学長(朝日新聞出版)

お金の亡者でありますから、私は昔から「おかね」関係の知識は大好物のおばけでやらせていただいております。それに伴ってつけておきたいおかねの知識。生きて行くのに絶対に必要な知識だと信じて読みました。「本当の自由」なんて書かれたら読んでしまいます。

カラー印刷、イラスト多めで書かれておりますから、吸収するのがやりやすかったです。著者の方はYouTubeチャンネルを開設されているらしいので併せて学べておもしろかったです。

「行動経済学が最強の学問である」著:相良奈美香(SBクリエイティブ株式会社)

以前のブログでもちょっと触れたように思います。「最強の学問」と言われては興味が引かれてしまいます。分厚かったので読み切るのに苦労するかと思われましたが、知らないことづくしで楽しく、すぐ読み終えてしまいました。変わり者の自分について、私を取り巻く「他人」の皆様について、新しい角度から見てみたくて手に取りました。考え方のクセについて、それをどう「活かすのか」について学べました。

「あなたを疲れから救う 休養学」著:片野秀樹(東洋経済新報社)

2年生のころにブログで触れた気がしますが、私は休み方もへたくそでありますし、特に「眠る」ことがへたくそであります。上手にやすむということは私にとって悲願であります。ただ、そのやりかたや作法を知らないな、「休養学」というのがあるなら知ってみたいなと思って読みました。読み終えて、「休養学」の奥深さ、重要さに気が付き、知識を活かせるよう自分で実験してやろうという発想で居ります。実験が成功するように頑張ります。

番外:昔よんでいた本

フィクションとか、一年以内ではないけれどこんなもの読んだこともある部門として設けました。これに限らずいろいろ読んだはずですが、あまり思い出せませんでした。

「少年と犬」著:馳星周(株式会社文藝春秋)

映画化したらしいですね。管見すぎて存じませんでした。私は2020年の直木賞受賞時に本屋で見つけ、(珍しく)手に取って気まぐれに読んでみて、面白すぎて一晩で読み切りました。手に取って、けちんぼの私が一冊を大事に買って、買いながら、あんまり「流行最先端」みたいなものにはビビッて手が出せないタイプなので、我ながらちょっとミーハーみたいだなと思いつつ、でもしかし本屋に3回通ってまだ気になるんだからぜったいに読むんだぞと思いました。一晩で読んで、ミーハーとかの自意識の気持ちは忘れていました。なるほど、事象をこんなふうに書くことができるんだな、という学びの多い面白い作でした。犬がどうなってしまうのか、追いかけたくて読み切ったともいえると思います。

読んだ頃はど真ん中不登校時代なのでとても活字が読めない時期でしたがこれだけは読めました。そういう意味でも私に影響を与えた作だと思って挙げてみました。それにあまりに「フィクション」がなかったので…

「なぜ、地形と地理がわかると幕末史がこんなに面白くなるのか」監修:大石学(株式会社洋泉社)

中学生時代、なんだか幕末…新選組…のあたりに凝っていた時期がありました。情報を集めたくてしょうがなくて、一生懸命関係ありそうな本を集めていたものです。ついには修学旅行で京都に行き、新選組のゆかりの地へ、何も知らない班員を強引に引き連れて回りまくって、ガイドさんのありがたいお話しを、「全部知ってた」とかスカしたつまらないことを言うに至っております。こういう、粋がっていた最悪の記憶があります。

さて、その時代に読んだ一冊です。当時幕末史を「かっこいい先人が大活躍した」みたいな、アバウトでヒーロー譚と勘違いした捉え方をしておりましたが、この一冊では地形、地理を用いて「実際はどうだったのか」を再現しようという試みがなされておりました。【学問】として幕末史に触れられる、良い機会になりました。また読みます。

「燃えよ剣(上)」「燃えよ剣(下)」著:司馬遼太郎(新潮文庫)

それまでもっぱら児童向けの本やら絵本やらを読んでいたため、文体・展開・内容すべてに圧倒されて、震えました。こんなに粋なかっちょいいひとがいるのか…!と。私は昔から本は一回読んだらもう大方は覚えてしまうというつまらない理由で繰り返し読めないタイプなのですが、この作だけは何遍も擦り切れるまで読みました。いい思い出です。多分、当時中二の私のちょっと中二病な部分に刺さったのだろうと考察しております。当時は知らずに読んでおりましたが、今では大家の大作であることは重々理解できているつもりですから、また読んで「創作」というものを学んでみようかと思います。

◆◆◆

なにだろう、やっぱりダメだったんじゃなかろうか、という冷や汗が止まらない思いであります。べらべら偉そうにしゃべってみました。きょどきょどしております。

自分が読む本を知らせるという事は、自分の脳みその中身を知らせることに似ていると思いましたし、自分の脳みその中身を知らせることがここまで恥ずかしいことだと思わなかったので、おしゃべり会中に「やって」と言われて、「やって」なんて言って貰えてうれしくなってしまって、例によって安請け合いで軽い頭を「ウン」と縦に振りましたが、だからあとには引けませんが、かなり後悔しました。恥ずかしすぎるので、どなたでもいいので後を引き継いではくれませんか。

なさけない語尾でなされる断末魔でした。