無理って、禁物らしいですよ…

皆さんこんにちは。みちこです。

さて、前回の更新で体調がすこぶる悪い私が公開されまして…

前回のブログはこちらから↓

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/06/22/

 

結論から言うと、この頃からあまり体調が戻っている気はしません。こんなに体調不良が長く続いている状態もあまりないので少しびっくりしています。

どう考えても近頃中々休んでいなかったことが原因なので、今はほとんどの活動をセーブして、部屋のベットと家のリビングと御手洗を往復している日々を続けているのですが…。

どうも難儀な性格で、休むことに若干の罪悪感を覚えながら休んでおります。

ここで自分の責任感発揮してくれるな、とツッコミたくなります。

昔から休むのがへたくそすぎるというか…。

 

逆によく今まで生活できていたな、と思いますね…。あんだけ忙しい生活を続けて、よく体を壊していなかったものだと思います。

おそらく本来キャパがそこまで多くない人間なのに、あれもこれもと可能な限り手を尽くしてしまった故の結果であると思います。

なまじ「やりたい」を突き通す性格でそれが出来てしまう人間だったので、この数年間は相当な無理をしていたのだろうと思います。

そう簡単に人は変われるものではありませんね…。

 

悲しくも残酷な結末をたたきつけられたようで少し悲しいのですが、「自分のキャパをより明確に把握できた」という意味ではまあいい経験になったのではないでしょうか。

とでも思うことにしておかないと体調不良との落差の説明の仕様がありません。

 

認めたくないが、認めざるを得ない…。仕方ないですが、甘んじて受け入れることにしましょう。

皆さんも、無理は禁物ですよ。

 

それでは今回はここまで。

次回はもう少しまともな内容の記事を書きたいのですが…得てして先のことは不透明ですから、確約するのではなく、あくまで希望として記しておきたいと思います。

夏なんて私にとっては最高に生きにくい季節(常に体調を崩している時期)なので…。

最後までお読みいただきありがとうございます!

絶賛急降下

皆さんこんにちは。みちこです。

近況報告に近いブログになります。

なんと、現在体調がすこぶる悪いです!元来胃腸が弱い人ではあったのですが、さらに弱くなってしまって…。食欲はあるのに、消化ができないので…非常に体調が悪いです…。

 

ところで皆さんは「夏バテ」しますか…?

私は毎年しています…暑さに弱すぎて…おそらく絶賛夏バテ中なのですが…身体が弱い…

夏バテってどうやったら毎年ならずに健康に過ごせるのでしょうか…。

健康的な体になりたいのですが…生まれてこの方なったことがありません…。

 

誰か、いい夏バテ解消方法があれば教えてください…🙇

(ところで、ブログで初めて絵文字を使いました✨

普段あまり使わないんですけど、今日はなんか使いたくなったので使いました…!)

 

今回はここまでにします!最近随分と短いですが、こんなライトなブログがあってもいいと思います!

次回更新の際はちゃんと体調が戻っていることを祈ります…🙏

最後までお読みいただきありがとうございます!

バックアップは、とっておけ。絶対に。

皆さんこんにちは。みちこです。

今回は緊急で記事を書いております。というのも、ブログに書くのにピッタリの出来事が先日起きてしまったからです。あまり良くないことです。

 

ーーーはい、PCが壊れました!!!!!

OSが起動しなくなり、いわゆるBIOS画面というやつのまま動かなくなりまして…

購入元に問い合わせた上で、結局1週間近くの期間、私のPCは手元から離れることとなりました…。

(訳:PCを修理に出しました)

 

このブログ記事を書いている今は修理から返ってきた私のPCで打ち込んでおり、一応あらかたのデータの復旧作業なども終えております故大丈夫になりました。

しかしここで問題があります。OSが起動しなくなった、ということは即ち「初期化」されているのです。

「初期化」という単語が意味することは「バックアップを取っておかないとすべてのデータが飛ぶ」ということにほかなりません。

 

4年生である私が直面する最大の課題は「卒業論文」。今までの発表資料や一次資料のデータ、ないし論文のデータがすべて消えたとなれば、卒業論文を書き上げることは不可能になってしまいます。

幸い私はあらゆるところにデータを残し、バックアップを取っておくタイプの人だったので、いろいろな意味でかなり救われましたが…。

やはりバックアップは取っておくべきですね…。今回は自分のこの用意周到な性格に救われました。

 

という最近の近況報告でした。

忠告も含め、現在4年生のすべての学生へ告げます。

これからどんどん、データが飛ぶと詰む確率が高まります。PCの寿命はもって3~4年と言われています。入学時に買ったPCはすでに3年前のものとなっています。何が起きるか分かったものではありません。

そのため、絶対に、絶対に、絶対に、「バックアップを取ってください

・USB

・クラウド(うちの大学はライセンス包括契約をしているoffice製品を利用できるため、うちの大学のクラウドにあげておくのがよいかと思います)

・自分のメールアドレス宛に送信する

・Teams

・スマホやタブレット

・Notion

・指導教員に送る

 

冗談半分に「指導教員に送る」を選択肢に入れましたが、実は案外有効な方法です。

自分の卒論の進捗を先生に送ることになりますから、そういう意味では非常に有効なのです。

定期的に送れば、それがモチベにもなります。(何を隠そう、これは私の指導教員がそう仰っているのですから間違いないです…!)

 

というわけで全4年生の皆様、ならびに3年生以下の皆様も、「データが飛びたくなければ」絶対にバックアップを取ってくださいね?????

とりあえず私に会った人たちに片っ端からこのことは言ってくつもりですので、どうかお覚悟の上聞いてください。

冗談抜きで本当に取返しのつかないことになりますので。

 

というわけで、本日は下手な怪談話より怖い話をしたところで、ここらで終わりにしようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

思い出に浸る

皆さんこんにちは。みちこです。

暑くなったり、かと思えば冬みたいに寒くなったり、どうしてこうも気温がジェットコースターなのでしょうか…。体調など崩されませんように…。

 

さて、今回は単に思いのままに書こうと思います。短めです。

私は昔から落ち着いた曲が好きなのですが、その中でも人生単位で大好きな曲があります。

その曲を聞くときはいつも、車の中でした。

滅多に家族全員が揃って出かける事などない我が家が唯一、遠出をする時。

それが、母の実家に行く時でした。

夏休み。世間は帰省ラッシュの頃。昼は道路も混むため、普段はあまり起きない時間帯である夜に出発するという何とも言えない特別感とともに自宅を経ちます。

そんな高揚感と、少しの眠気に寄り添ってくれたのがこの曲でした。

 

たまに思い出しては聞くこの曲を、最近また聞き始めました。

すると思い出すんですよね…子供の頃のあの思い出を。

 

皆さんには、そんな曲はありますか?

 

というわけで、短いですが今回はここまでにしようと思います。

まあこんな回があっても許される。うむ。

最後までお読みいただきありがとうございました!

古と今の共通点

皆さんこんにちは。みちこです。

最近暑くなりましたね。私は本当に暑いのが苦手なのでもう暑い日が来たかと思い、今から本場の夏を危惧しております。いや怖いです。本当に。どうなってしまうんだ…今年の夏は…

 

さて、今回は私が今まで避けに避け、触れずにいた近現代文学についてお話しようと思います。

私が古典をこよなく愛する人であることはこれまでの記事で幾度となく書いてきましたので、ご存知の方も多いかと思います。特に中古文学(平安文学)~中世文学についてはもう飽きるほど語ってきましたので、そこはお分かりでしょう。

実は私は、その前後の文学も理解できた方が、全体の文学の流れを知ることができるだろうという思いから、文学史という基礎的な講義はほぼすべての分野で受講をしました。(上代という万葉集あたりを扱う時代から、江戸時代の文学を扱う近世近まで、古典分野全般は受講済み。

近代文学についても文学史の講義は単位を取得しております。なお、中国思想という分野についても年間を通して受講をし、単位を取得しております。つまりほぼ抜け目なしの状態です(笑))

 

しかし私はこと近現代文学については昔から興味を持てず、文学史の授業以外では演習で一つ授業を履修したのみです。それ以来一度も近現代文学には触れてきませんでした。

もともと小説を読むのは好きでしたが、それ以上の興味はない上に前述の通り古典の魅力に惹かれてしまいましたので、そちらを専攻することといたしました。

 

しかし4年にもなってそれはいかん、興味がないと逃げ続けてばかりではよくないと、そんな危機感を覚えた私が近現代文学への知見を深めるために取った授業が、「近現代文学講義3」という授業です。

こちらの講義では石川淳という作家の作品を題材に扱っております。

彼は戦中から戦後という激動の時代を生きた人であり、またフランス文学にも精通している人物です。

さらに放浪を繰り返す人生だったというのもあり、現在の東京上野付近に生まれるものの、九州へ行ったり世田谷にいたりと東京の内外を問わず様々な場所を点々としていたそうです。

加えて当時の文豪らにしては長生きであるということで、多くの作品が残っており、晩年も筆をおくことなく書き続けた作家だったそうです。

 

そんな彼が書いた作品の中で、これまでの授業で読んできたのは「焼け跡のイエス」という小説でした。舞台は戦後。焼け野原と化した上野にある闇市。そこで主人公である<わたし>は少年を見かけます。<わたし>はその少年を救い主イエスと見ることから物語が動いていく…というそういったあらすじになります。

 

結末は知ってしまうと面白くありませんのでここではあえて言及しません。

しかしこの小説全体を通して、「この結末であることの意味」というのは必ず存在しています。

その背景となったものには果たして何があるのか…。

そういったことを、グループワークなどで交流する他の受講生らの意見や先生の講義から探っていきます。

 

授業で教わった「読み方」も、書いてしまえば読み方が定義づけされてしまうのであえて言及はしません。本学科に入れば、こんな近現代文学初心者でも、それぞれの読みが探していけますので、ご安心くださいませ。それだけお伝えしておきます。

この一連の講義を通じて感じたことは、「本質はそこまで古典文学と離れていないのかもしれないな」ということでした。

 

言ってしまえば確かに当たり前のことですが、私は古典文学と近現代文学をまるで別物だと認識していました。それはそうですよね。そもそも古語か現代語かの違いがある。

でも私にとっては古語の方が読みやすかったし、感覚が理解しやすかったんです。

むしろ、同じ現代語なはずのに近現代文学はまるで理解ができない、別世界のものだと思っていました。つまり、共通点が見出せなかったんです。

ですが、そんなことはなかったんです。多少なりとも両者には共通点が存在していた。

 

さて、それはなんだと思いますか?

 

今のところの私が感じているのは、「誰もが書き残したいことがあったから筆をとっている」ということ。

古典文学だってそう。誰かが「書き残したい」(古典世界の場合は特に「貴重な紙に資源を割ける環境であったか否か」もかかわってきますが…)と思ったから書き残すんです。

近現代文学はその「書き残したい」という思いや主張がより明確に、作家の個性という形となって表れているような気がします。何か強く訴えたいことや描きたいことがあり、それに沿う最も最適な手段を取る、というのが近現代文学の表現方法のように思います。

 

古典はむしろ逆で、過去の作品をいかに面白く・巧みに引用して変容していくか、という方へ矢印が向きます。そこが作者の腕の見せ所なんです。

古から今へ、その流れが少し把握できたかな、というところで今回はここまでにしようと思います!

 

次回は…何を書こうかしら…そろそろ推し語りとかしたいんですが、なんと今更ながら父にこのブログの存在を知られてしまいましたので、そう自由に発信ができるのかと言われると微妙なところになってしまいましたね…。見ているのか否か分かりませんが(笑)

見ていたら直接言ってくるでしょうから、その時を待ちましょう(笑)

 

というわけで、今回はここまで。

お読みいただきありがとうございました!

心機一転

皆さんこんにちは、みちこです。

4月前半はお休みをいただきましたので、約1ヶ月ぶりの投稿となります。

すっかり春らしい気候になったどころか半袖にならざるを得ないくらい暑くなる日もあって、どうしたものかと頭を悩ませております。

季節の変化を楽しむこともなく衣替えをしなければならないらしいのですが、一体現代の日本人はどこで季節の変わり目を楽しんでいるのでしょうか…。

その問いに対する最も分かりやすい回答を挙げるならば、季節限定の食べ物や飲み物(スタバの新作など)を思いつきました。気候があてにはならなくなってきた今日この頃、店頭に並ぶ商品で季節を感じることが多いのかな、と思いました。

「季節」という感覚が日本人には馴染んでおり、だからこそ「期間限定の商品」という概念が飲食店では取り入れられる。そうすれば一定数の人はその言葉に釣られて商品を買う、というメカニズムが生まれるのかな、などとそこまで考えてしまいました。

よくないですね。こういう連想ゲームを頭の中で繰り広げられるのは私の利点でもあり、欠点でもあります。

 

さて、そんなこんなでもう4年生となってしまいました。このブログを書けるのももう1年を切ったということです。時の流れとは、こうも早いものでしたでしょうか…。

ほんの少し前まで大学に入学したばかりだと思っていたのに、もう最高学年となってしまいました。

この時期になると毎回背筋が伸びますね。いい緊張感が生まれる季節だと思います。

緊張感だけではないでしょう。焦り、不安も生まれる、そんな季節でしょう。春のうららかな気候とは対照的な気持ちが多くの人に芽生えているのは、少しおもしろいなと感じます。

そんな気持ちは、私も例外ではありません。特に今年は、今まで培ってきた論理的な思考力と膨大な時間を使って、卒業論文を書き上げなければなりません。

一つ一つの積み重ねを続けて大成させなければならない、それに対して自分が自分にかける期待とそれ故の不安は大きいですね。

皆さんはどんな新学期・新生活を迎えるのでしょうか。

期待が大きいのか、不安を抱えている方が多いのか、頑張りすぎてしまうのか…。

様々なタイプがいると思いますが、ぜひご自身の無理のない範囲で新たな生活を迎えられるようになれるといいな、と思っています。

 

さて、そんな季節の中で本学科も新たなスタートを切りました。

というのも、2026年度より本学科は「日本語日本文学科」と名称を変更することとなったからです。

つまり今年度入学した皆さんは、「日本語日本文学科に名称が変更されてから最初に入学した学生さん」ということになります!

ちょっとした箔がつきそうなものですね!!!

ちなみに私たち4年生は、「日本語日本文学科に名称が変更されてから最初の卒業生」ということになります。これもまたおもしろい箔がついたものですよね…!きっと!

(そんなことを思っている人はあまりいないかもしれませんが…)

 

とまあ本学科の宣伝もあらかたできたところで、本日はここまでにしたいと思います。

次回予告としては、今年度取りたい授業で、ずっと逃げ続けていた近現代文学の講義に挑戦してみようと思っているので、そのことを書いてみようかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

大人とは何か

皆さんこんにちは、みちこです。

早いものでもう3月の下旬になりまして、そろそろ4年生になろうとしている自分が非常に怖いです…

現実を見たくないですね~…。

就活が真っ盛りすぎて本当に…という感じなのですが、その息抜きに様々な場所に出かけ、友人たちと会う日々を過ごしております…。

 

今回は最近の近況として、「大人とは?」というテーマでお話を進めていきたいと思います。

面接官と話していても、先生方と話している時も、親世代の方と話している時も、私が年上の方と話している時に高確率で言われることがあります。

それは、「落ち着いていますね」です。

口を揃えてそう言われます。

詳しく話を聴くと、「大人と話すことに動じない」だったり、「物怖じせずに話せている」だったりと様々に言われております。

時には「精神が大人すぎて実年齢とかみ合わない」と言われることもありましたが…

といったように、私はかなりの確率で「(精神的な意味で)大人っぽい」と言われます。

 

これはどこからくるものなのだろうと改めて考えてみたところ、やはり家庭環境(言ってしまえば私の母)の影響が強いだろうという結論に至りました。

母は昔から私を「自ら考えさせる子」に育てたかったようで、それが最初に出たのが電車の乗り換えです。

母は小学生の私に、交通系ICを買い与えることをしませんでした。

その理由は、PASMOやSuicaを買い与えてしまえば電車に運賃がかかっていることを認識できない、という点がまず1点。

2点目は、切符を買うということは目的地までどういうルートで行くかを路線図を見ながら事前に決めなければならないという点です。

路線図を見ながらどのルートで乗り換えをするのかを事前に考えた上で切符を買い、電車に乗るという体験は、当時の子どもからしてもあまりしないことであるかと思いますが、私の母はあえてそれをやらせていました。

その結果、中学生になって毎日電車通学をするようになってから乗り換えに困ることはほとんどなくなりました。

今や山手線周辺程度の都内近郊の駅であれば、駅名を言われるだけで乗り換え路線を空で言えるまでには都内近郊の路線図を把握しております。

 

このエピソードに見られるような「子どもに自ら何かを考えさせる」という教育を受けてきていたこととも関係しているかと思いますが、私は本当に昔から考えることが好きになっていきました。

その頃からの「考えるクセ」というものが育っていった結果が今の「大人っぽい」につながる要因の一つであっただろうと考えています。

 

また、「私の母が話をよく聞いてくれる人だった」ということもあるかと思います。

母も母で私の話をよく聞いてくれる人で、母との会話の中で常識、考え方、教養、社会情勢などなど、様々な話をしていく中で、何事に対しても自分の意見を求められるようになると同時に知識も仕入れられるので様々な話題に対応できるようになりました。

その結果が今の「大人と話をしても怖気づかない」「地に足のついた会話ができる」という評価につながっているのだろうと思っています。

いわば「母との対話」を通じて私の思考力は育てられていったようです。

 

という、思考のルーツの1つを掘り当てたところで、今回はここまでとしたいと思います!

次回は4年生の抱負とか話してますかね(笑)

本当に行き当たりばったりです(笑)

2年もブログを描いていたらネタも多少は尽きてきましたので、新規のネタで戦うしかなくなってきまして…。まあ、大目に見てやってください(笑)

 

というところで、ここまでとします!

最後までお読みいただきありがとうございます!

雑談

皆さんこんにちは、みちこです。

春の陽気ももうすぐそこまで来ている感じですね。新生活に心を躍らせる方もいれば、不安になる人も多い頃合いでしょうか。(ちなみに私は不安になるタイプです)

もう私は今から卒論と就活の両立に悩んでいて、この先本当に大丈夫なのだろうか…と心配になりながら日々を過ごしています。

「研究にタイパはない」と先生・OGさん各位がおっしゃっている通り、本来ならば卒論に力を入れなければならないものを、どうしても「自分がどのような存在か」を社会人にアピールできる面接と言う場を面白く感じてしまっている節がありまして、つい就活に時間を割いてしまうこともあります。

というよりこれがかなり面白いのですが、私は説明会を聞いてほぼ一瞬で「あ、この会社合う(または合わない)」が分かります。

少しでもその会社と自分に合うところがないんじゃないか…と思いながら面接に挑むと、その結果見事に全部不通過。

逆に「この会社は合うぞ!」と確信した会社には次の選考に進ませてもらえることが多いです。

これが本当に不思議なもので、「予感が良く当たる」といえばよいのでしょうかね。

あるいは、「自分のことが良く分かっている」といえばいいのでしょうか。

就活がその感覚当てを楽しむゲームのように思えて、なかなか楽しいなと思っています。

案外皆さんそんなものでしょうか、いかがでしょうか。

 

自分のことをアピールできる場所って、後にも先にもあまりなかったように思います。

昔こそ自分をアピールするなんて緊張してましたが、今は考えも何もかも、すべて言葉を使って伝わりやすいように表現しやすくなりましたから。

言葉で何かを表現することそれ自体が、私の強み・生きがいとなっているのだろうと思うとそれに気付けただけでも本学科にいてよかったと感じます。

というより、この社会の構造的にいきなり大学生・社会人になると自分をアピールしなければならなくなるという風潮になっているらしいですよね…。そのような中で自分のことを的確に表現できるというのは、ここで身に付けた力であり、今後も生きるスキルとなるのではないでしょうか。

 

なんて思いながら、すでに投稿日をすぎておりますので今回はここまでとしておきたいと思います。

かなりライト寄りの日記というか、そんな感じになりましたが、まあいいでしょう。日記だけでも私の個性なんて垣間見えるんですから。

次回は…そうですね…久しぶりに推し語りでもしてみましょうか。あ、ちゃんと現代の推しですよ~ご安心を~(笑)

最後までお読みいただきありがとうございます!

振り返りのお時間2

皆さんこんにちは、みちこです。

2月前半はお休みをいただいていたので、ブログを書くのが随分と久々なように感じます。

卒論ゼミの報告会のお話などもしようかと考えていたのですが、1つの節目として、これは続けたいなと考えたため、予定を変更して「振り返り」をしようと思います。

前回はいつ行ったんでしたっけね…と探してみました。やはり2月前半にしていたようです。

ご興味のある方はこちらからどうぞ↓

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/14

では、早速今年バージョンを始めていきましょうか…。前回同様、自分の書いた記事に対して一言でコメントしていくという形式で進めてまいります。

 

【2/27 ないものねだり】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/27/

「人と比較する」ということについて、私なりの持論をまとめたものになります。

このマインド、現在就職活動を続けるにあたってかなり役に立っていて、この時きちんと考えていてよかったな、と思っております。

今でも私のマインドはほぼ変わっていませんが、最近では「自分の現在地を確認するために他者との比較は必要である」という考えを持ち始めました。

これについても、またゆっくり話す機会があれば話しましょうかね…。

 

【3/15 「自主ゼミ」という環境】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/03/15/

私が本学科に入学を決めた最大の決め手である「自主ゼミ」について語らせてもらいました。

このような環境は滅多にあるものではないと思います。世間の実学重視の風潮とは逆行している分、文学部での学びは「自分の好き」を探求しやすい場所であると思います。

人生で一度くらい、皆さんも何かに正直になれたなら…その勇気を持つことが許される環境にいてくれたなら…と密かに願っております。

 

【4/1 想像の欠片、その名も「知識」】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/04/01/

有志で国立能楽堂に赴き、人生初の能を鑑賞した際の驚きと感動、そこから何を学んだかを自分なりにまとめたものになります。

伝統芸能だからと敬遠されるものでは決してなく、そこには確かに現代にも通じるものがありました。

皆さんも、能を観劇してみませんか…?

 

【4/20 集めたガラスの破片は元の鏡には戻らない】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/04/20/

新たな試み、と銘打って行った「小説チックな文章」の記事ですね。

どうやら造語が気に入ってしまい、そこから派生した文章のようですが、読み返すまでさっぱり覚えていませんでした(笑)

しかし分かりにくいですね…私の小説は…自分でもそう思うんですから、よっぽど厄介な性格をしているのでしょうね(笑)

 

【5/15 こぼれ落ちても拾っていい】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/15/

前回の小説記事の感想みたいなやつですね。

もう性質みたいなものなので仕方ないのかもしれませんが、私はこれだけ絵を描くことも文章を書くことも好きな中で、どうしても「0から」何かを作りだすことが苦手なようです。

この記事に書かれているように、制限の中で育ってきているからこそ、思考の枠組みがはっきりとし過ぎてしまっているのでしょうね。

柔軟に様々な見聞を広めて生きるようにしてきてはいるのですが、どうやら本質は変わらないのが人間というものらしいです。

 

【5/30 古典文学のおもしろさ(中古編)】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/30/

私が如何にして古典文学にハマっていったのか、その第1弾として中古(平安文学)にハマるまでの経緯を記してみました。

実は私は元から中世文学に興味があるわけではなかったのですよ…。というそこらへんの話も書いておりますので、ぜひ読んでみてください。

こんな興味が紆余曲折しても、卒論は書けますのでご安心を!

 

【6/3 古典文学のおもしろさ(中世編)】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/03/

前回の記事の続きで、中古から中世にくら替えするまでのことが書かれています。

ただしかし、中古への興味がなければ中世へ興味を持つこともなかったと考えると、中古への興味も捨てたもんじゃないのですよ…その変化が面白くて楽しいものなのですから…。

 

【6/22 つかの間の休息を楽しむ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/22/

なんか謎に息抜きの方法とか書いてますね(笑)

私は息抜きするの苦手なタイプなんですよね…。本来キャパもそこまで多いタイプではないので、そんな中でよく頑張ったんだな私…と改めて思いました。

 

【7/6 フリーBGMの世界】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/06/

フリーBGM、課題や作業のお供によく流しているものでございます…。

サークルの同期にフリーBGMガチ勢がいて、どのチャンネルの曲を聴いても大体知っているので、私は密かに怖がっています。ここまで「畏敬」という言葉が似合うシチュエーションがあるでしょうか…。

 

【7/29 時代逆行性「推し」について】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/29/

現在ひーふー言っている卒論の原点ともなっている「阿仏尼」について紹介しております。

彼女本当におもしろい女すぎて、注釈書読みながら毎回爆笑してしまうんですが、いい加減そろそろどうにかしたいですね…この癖は…さすがに…

 

【8/7 人生とはなかなかに難儀なものなり】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/08/07/

主観と客観というテーマで改めて自分がどの立ち位置にいるのかな、ということを考えた回になっております。

余談ですが、夏は私にとってどうやら試練の時期らしいですね。去年も車の免許とバイトで精神が死んでおりましたので…。やはり、夏は暑いからでしょうか…。

そして私は暑いのが大の苦手です!!!!!

 

【9/6 水音】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/09/06/

当時の私も書いていますが、誕生日直前・直後に書く私の記事はいつにも増して難解です。

なぜ?当の本人も良く分かっておりません(笑)

おそらく、「自分はまだまだ子どもだ」ということが言いたいのでしょうね。きっと。

そういうことにしておきます。

 

【9/17 使えるものは使ってしまえ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/09/17/

ブログ部部員の記事からインスピレーションを受けて書いた記事です。

たまにはこういうことをやってみてもいいと思います。

皆さん、どうでしょうか。私が次期部長となりましたので、どんどんテコ入れしていきますよ~!

(ちなみに内容はタスク管理の話です)

 

【10/12 知識の見せ方】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/10/12/

あ、なんか電車にハマっていたころの記事ですね…。

終電をわざと乗り過ごして歩き通すというおもしろい界隈があるんですが、これを見ると東京の電車が如何に短い区間の間に駅が存在しているかが分かると思います。

たまには大学周辺を歩いてみるのも、いいかもしれませんね…。

 

【10/28 近況をひとさじ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/10/28/

手抜き回です(笑)

この時期が本当に非常に忙しくてですね…かなり大変だった中でブログも書いていたのでこんなことになりました。

でもたまにはこんな回があってもいいと思う。こんな心意気ですら、私の一側面を表しているかのようで面白いですね(笑)

 

【11/10 古典の新たな視点】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/10/

授業紹介ですね、端的に言えば。

古典って単に文章を読むだけじゃないんですよ~こんな形でのアプローチもできるんですよ~ということを分かっていただけたら幸いです。

 

【11/18 卒論執筆の序曲】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/18/

卒論ゼミを選ぶ2年生および受験生に向けて書いた記事ですね。

まあ、色々あって本学科で一番厳しいとされる!?中世ゼミへと足を踏み入れたわけですが、その選択をした過去の私に恥じないよう、頑張っていきたいと思います…。本当に…。マジで…。

 

【12/6 経験も使い方次第】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/06/

ゼミ活動と就職活動って実は密接に結びついてますよ~って話です。

経験の意味って、実はあとからこじつけるものなんです。やってる時に意味なんてわかりゃしませんって。

自己分析とかしたら、そう思うようになりました。

 

【12/20 たまには昔の話をしてみる】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/20/

昔の私と今の私、何が繋がっているんだろう…から話を始めてみた記事です。

本当は、なんか近況報告のパートがそのまま記事1本分になっただけです(笑)

「物事の本質が見える」という力は、養っておいて本当に損はありません。

たまにしんどくなる以外は(笑)

それとの付き合い方もまた、学びです。

 

【1/3 生成AIって、何もの…?】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/01/03/

生成AIを使って検証をする系の期末課題が出て、面白いなと思ったので改めて自分でもやってみようと思って検証した記事です。

ちなみに生成AIは使える場面さえ間違えなければ便利な代物です。

その場面の見極めが、最も難しいところなんですけどね…

 

【1/31 行ってこい、きっとなんでもできる】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/01/31/

私が受験生時代相当に怠惰だったんですよ~という話をしてエールを送るという、なかなか斬新なやり方をしました。

普段他人から見た私はどのように見えているのでしょうかね…

おそらく、相当に美化した私が出来上がっていることと思いますが、私はそんなにできた人間じゃありません。でも不思議ですよね、なぜか「隣の芝生は青く見える」…。

不思議なものです。

  

 

 

さて。ここまで振り返りを行ってきましたが、読者の皆さんはどんな気持ちでこの記事を読むのでしょうか。

実は数日前から体調が芳しくなく、多少回復傾向に戻ってきたので、久々にPCの前に立って文字を打っているのですが、これ多分間違いなく深夜テンションで文章打ってるな、と思いました。

まあ、今回はここまでにしておきましょう。

次回はこれまた何を書くか悩みますね…。まあどうせ何か思いついて書いてますよきっと(笑)

 

というわけで、最後までお読みいただきありがとうございます!

行ってこい、きっとなんでもできる

皆さんこんにちは。みちこです。

相も変わらず期末レポートに追われている私ですが、レポートを書いていたってこういう自分の考えを発信する場は欲しいと思ってしまいます。

このブログ部という活動があって、私自身本当に救われていることが多いです。

 

さて、今回は一般試験の前日が更新日ということもありますので、受験生の方向けの記事を書こうと思いまして。少し受験生時代の私のことを書いてみようかな、と思います。

長くなりますが、まあ…気長に、気楽に見ていってくださいな。

(もしかしたらどっかの記事に過去の私が書いてる話かも知れないんですが…内容被ってたらご容赦ください…)

 

結論から先に言いますと、私はものすごく怠惰な受験生でした。

というのも、当時の私には大学に行くことにあまり意味を見出せなかったんです。

理由は、その頃大好きだった声優さん、そして自分の特技が朗読であることに起因しています。

簡単に言うと、ずっと昔から自分が得意なことで、周りにもある程度能力を認められていたのが朗読だったのです。

私は幼少期から物語を声に出して読むことが大好きでした。小学校で周りの子たちと気が合わずに友人がほぼ出来なかった時も、中学受験の勉強(特に算数)の点数が取れなくて散々父親に怒鳴られた日々の中でも、それだけが唯一の私の生きがいとなっていました。

中学生になってとある声優さんに出会った後から、徐々に私は声優になりたいと思い始めました。

しかし親に高いお金出してもらってまで通っている中高一貫校、さらに、いわゆる進学校と言われる、それなりに偏差値の高い部類の学校に進学していた私は、この夢は絶対に親には認めてもらえないだろうと思っていました。

案の定、大学受験を意識し始めた高校1年生の頃、ちゃらんぽらんな態度の私は父にこっぴどく叱られました。その夜泣き果てた先に私が考えたことは「声優さんは普段日本語を使って脚本を理解しているし、演技をしている。その日本語について知ることができれば、将来的に声優になる先駆けにはなるのではないか」ということでした。

そこで私は日本文化や日本語について学べる大学を探していき、大学受験勉強へ突入していくこととなります。

 

しかし、そう簡単に人が変わるはずもありません。

ーーー本当に勉強に身が入らなかったんです。

一度そう決意したはいいものの、結局は推しのコンテンツを観すぎてしまったり、推しが出ているゲームにハマって相当やりこんでしまったり…

結局その夢を諦めることは当時の私には難しく、ずっと心の片隅に置いて蓋をしたまま受験勉強をし続けていたのです。

要は、ずっと自分に嘘をつき続けながら受験勉強をしていたのです。

競争心や世間体のために、といった何か別の要因があれば違ったのかも知れません。

しかし、そんな心情は生まれて此の方持ち合わせてきませんでしたから、結局ほぼ身が入りませんでしたね。

 

というわけで、「傍から見れば」結果は惨敗。

となりましたが、別に私はこれで惨敗したとは微塵も思っていませんでした。

強いて言うなら、何かに一生懸命に打ち込んだ経験をしなかったが故に虚無感を覚えたことくらいでしょうか。基本私は人生に後悔することはないんですが、これだけは唯一人生で後悔している事かもしれません。

でも別に、これで終わりじゃありません。

現に、私の人生はまだ続いています。虚無感を覚えたあの時の経験が糧になったのかは分かりませんが、大学生の今の方が明らかに頑張っています。

母にも、「その気力を受験で発揮してくれれば…いっつも3年遅いよねあなたは…」と残念がられたくらいですから、後悔もしてみるものです。

 

まあ、ここまで長々と綴ってきましたが、この経験から一番言いたいことは「人生どうにでもなるのだから、一瞬一瞬になんでもいいから理屈をつけて全力出してみてね」ということです。

この、「なんでもいいから理屈をつけて」というところがミソで、動機は不純でまったく構わないのですが、そこでむちゃくちゃにでも全力疾走した経験は、絶対に後の人生で皆さんの糧になってくれるでしょう、ということです。

 

反面教師的に私の経験を消化してくださってまったく構いませんし、面白がってくれてもかまいません。むしろ過去の私を、「何やっとんじゃバカ!」とはっ倒してやってください(笑)

多くの皆さんは絶対に過去の私のように怠惰、なんてことないでしょうから。

ぜひ、自分が頑張ってきたことを信じて、貫いてくださいな。

 

たとえどんな道だとしても、皆さんが歩む道を心から応援しています。

 

といったところで今回はここまでとしたいと思います。

相変わらず長くてすみませんが、次回は…時期もよさげなので卒論ゼミ発表会について記そうかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます!