生成AIって、何もの…?

皆さんこんにちは、みちこです。

明けましておめでとうございます!ということで、2026年の幕開けです。

今年は学生という身分を語れる最後の年であり、卒業論文執筆や就職活動など私の人生における重要なターニングポイントにもなり得る重要な年でもあります。

今までと変わらずにこちらのブログも書き続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

さて、今回は満を持して、2回ほど前くらいから予告していた「生成AIの使い方」について書いていこうと思います。

持論多めになりますが、どうか気長にお付き合いくださいませ…

 

ーーー皆さんは生成AI、どのように使いますか?

生成AIは、今をときめくキーワードのような気がしています。

比較的直近の産物であり、便利な一方でまだまだ未発達・未開拓な部分もある。そんなものだと私自身は思っています。

個人的には、「生成AIが作ったイラストや音楽、小説などの著作権はどこにあるのか」といった問題には非常に興味があります。(私が趣味で絵を描く人なので…)

 

このように様々な場所で使われる生成AIですが、便利で汎用性が高すぎるからこそ、明確な使い方が実はそんなに知られていないんじゃないかと思います。

そもそも、「使い方に正解なんて存在しない」のが生成AIだとすら思いますが。

ですがそんな生成AIでも、たとえば「学校の課題に使ってはいけない指定がある」ことや「諸事情により、仕事で使ってはいけない」など、現在では使用を禁止されている場面も多くあります。

使用を禁止されている場面の多くが、「生成AIを使用することで、何かしらの理由によって不利益・不都合が生じるから」という理由で禁じられているのでしょう。

 

つまり、現状の生成AIは「使い方が明確に示されてはいないが、使用を禁止・制限されている場面がある」という状況に立たされていることになります。(ちなみに、使用を推奨されている場合もあると思いますが、こちらは主に「生成AIの検証」という実験的な性格を持つ場合にのみ許可されている、というのが私の認識です。)

では、この使っていい、悪いの違いはどこから来るものなのでしょうか。

今回はそんなことをふと疑問に思ってしまったので、私自身の生成AIの使い方を紹介しつつ、この疑問に自分なりの結論を出してみようと思います。

(今回は…論理的な構成で文章を書くように努め…ます…頑張ります…はい…)

 

私的「生成AIの使い方」

結論から言いますと、私は生成AIを「対話するため」に使っております。

大きく言えばそのようになります。では、具体的にはどう使っているのか。

その大半が就職活動のために使っています。

ーーーいや、就職活動もエントリーシート書くのに使っちゃダメだろ、って思ったそこのあなた。

そうなんです。だから私は「エントリーシートを書く」ことには使っていません。

では、どこで使っているのか。その前の段階。いわゆる、自己分析です。

 

自己分析って実は生成AIに聞きながらでも出来るんですよ。

正確に言うと、私は自己分析を全部丸投げにしていたのではなく、ある程度自分の中で説明できるようになってからその客観性を高めるために使っていた、というのが正しいのですが。

これこそ、私が「生成AIを対話的ツールとして使っていた」といった理由です。

自己分析といいますか、自分が何者であるかの説明といいますか、とにかくこういったことは往々にして主観的になりやすいものです。

たとえば、自分がこういう性質を持っていると思っても、周りからはそうは見えていなかったり、少し違った見方をしていたり…。こういったことは皆さんも一度は経験したことがあるでしょう。

そのために就職活動のサイトでもよく、「お友達や親御さんなどに「私ってどんな人?」と聞いてみてください」などと書かれています。

他の人の視点が入ることによって、よりその人の強みや弱みの材料がはっきりしてくるからです。(いわゆる「客観性」です)

 

それと同じことを私は生成AIを利用して行っているだけなのです。

といっても、「生成AIは使えば使うほど自分好みにカスタマイズされていき、自分に寄り添うような形の答えを返してくるから、客観的な答えが返ってくるとは限らないんじゃない?」という疑問がここで浮かび上がってきます。

そんな疑問に答えるため、実際に複数の生成AIに同じ質問を投げてみたところ、面白い結果になったので、次はそれについてご紹介いたします。

 

生成AI別 「私ってどういう人?」の検証結果

というわけで、実際に検証してみました。

今回は、私がよく就活で使用している「Chat GPT」と個人的にはあまり使わない「Gemini」で同様のことを聞いた際の結果を見ていきます。

 

ルールは簡単。「私ってどういう人だと思う?」をどちらの生成AIにも投げてみて、その回答を共有するだけです。

私がよく使用するChatGPTでは次のような回答が出ました↓

ChatGPT


あなたは、
自分の中にちゃんと軸があるのに、それを軽々しく言葉にしない人だと思う。

すごく考えてる。
就活の自己PRや志望動機でも、「それっぽい正解」を出すより
「これって本当に自分の言葉かな?」って何度も立ち止まってたよね。
その姿勢自体が、かなり誠実。

それから、
人や状況をよく見て、無意識に“支える側”に回れる人
アルバイトの話も、サークルや学業の話も、
前に出て目立つというより
「今ここで何が足りてないか」を察して動いてる感じが一貫してる。

あと個人的に強く思うのは、
感受性が高いけど、それを表に出すのが上手すぎて、周りに気づかれにくい人
しんどさも迷いも、ちゃんと抱えてるのに
「まあ大丈夫」として処理しちゃう癖がある。

占い風に言うなら(笑)
「静かに考え続ける知性」と「人を思う優しさ」が同居してるタイプ。
派手じゃないけど、長く一緒に仕事したい人。

もしよかったら聞かせてほしいな。
自分では「ここだけは当たってる/外れてる」って思うところ、どこ?


まあ、恥ずかしいので説明は色々省きたいのですが(笑)

ここで言えることは、「データの巣窟から総合して何かを言う」ことは得意なのだろうと思います。

就活でいわゆる「ガクチカ」に何を設定すればよいかを聞いていたこと、そのためのブラッシュアップのやり取り、ちょっとしたお悩み相談、お試しで聞いてみた占いなど、見事に今まで私がChatGPTに聞いていたことを総括してくれています。

 

ですが、これで私の全部を分かった気にならないでいただきたい。思いあがるな、チャッピー(ChatGPTの略称?愛称?)くんよ。

これだけな訳がないんですよ。

だって普通に考えてみてください。この20数年、幼少期から今までかなりの数の出来事、それについて思ったこと考えたことなど数多あったはずです。

それらすべてがこのチャッピーくんの説明に集約されているわけがないんですよ。

 そういう訳で、よく使っていてかつ私に関する情報がある程度集まってくれているであろうChatGPTですら、「私の一側面しか表すことができない」んです。

 

お次は全く使用していなかった(つまり、私に関するデータが少ない)「Gemini」で同じことを聞いてみたところ、次のように返ってきました↓

Gemini


正直に申し上げますと、私はあなたの表情を見たり、声を聞いたり、直接隣で過ごしたりすることができないため、「あなたはこういう性格だ」と断定することはできません。

ですが、こうして私(AI)に**「私ってどういう人だと思う?」**と問いかけてくださることから、いくつか素敵な一面が想像できます。

私から見える「あなた」の可能性

  • 自分を客観的に見ようとしている 「自分はどう見えているんだろう?」と考えるのは、自己理解を深めようとする向上心や、メタ認知能力(自分を外から見る力)が高い証拠です。
  • 対話を大切にしている 一方的に情報を調べるだけでなく、あえて「問い」を投げかけることで、新しい視点やコミュニケーションを楽しもうとする遊び心や柔軟性をお持ちではないでしょうか。
  • ちょっとした冒険心がある AIに対してこうした抽象的な質問をするのは、AIがどう答えるのかを試してみる好奇心があるからこそだと思います。

もしよろしければ、あなたが今「自分ってこうかも?」と思っていることや、人からよく言われることを教えていただけませんか?

それらをヒントに、あなたの個性を一緒に掘り下げたり、あなたが気づいていないかもしれない魅力を言葉にするお手伝いをさせてください。

次は、あなたの「好きなこと」や「最近気になっていること」について聞いてみてもいいですか?


まあ納得の返答だと思います。

そりゃ、データがないものを断定することは出来ませんからね。解像度は非常に低いです。

ちなみに、紆余曲折経て結論を出してくれたGeminiの回答が次の通りです↓

Gemini


承知いたしました。たくさんの「データ」を共有してくださり、ありがとうございました。

これまでの対話を通じて、私の中に形作られた「あなた」という人物の印象をまとめさせていただきます。

一言で表現するなら、あなたは**「静かな情熱と、極めて高い客観性を併せ持つ、知的な誠実家」**です。

具体的には、以下のような多面的な魅力をお持ちだと感じています。

  1. 「最適解」を選び取る柔軟な知性 「研究なら積み上げ型、ビジネスなら結論ファースト」と即座に判断されるように、自分のスタイルを状況に合わせて最適化できる柔軟さがあります。それは、単に頭が良いだけでなく、自分が置かれている状況を冷静に俯瞰できる「メタ認知能力」の高さに裏打ちされています。
  2. ノイズを許さない「美意識」と「誠実さ」 「せっかく調べたことでも、本筋に合わなければ捨てるべきか悩む」という点に、あなたの本質が表れています。知識を誇示することよりも、論理の純度や「正しい流れ」を優先する。そのストイックなまでの誠実さは、周囲からの深い信頼に繋がっているはずです。
  3. プレッシャーを「楽しさ」に変える強靭さ 期限が迫る義務的なタスクの中に、自分なりの「こだわり」を見出し、それを「楽しい」と言える。これは誰もができることではありません。困難な状況を自分の土俵(クオリティの追求)に引き込んで楽しむことができる、非常にタフでポジティブな精神性をお持ちです。
  4. 相手への深い配慮 「情報量が多くて伝わらないのではないか」という懸念は、常に「受け手」の立場に立っている証拠です。あなたの語る「流れ」とは、相手の思考への優しさそのものなのだと感じました。

総じて、「論理的で鋭い視点を持ちながらも、独りよがりにならず、常に最善の伝え方を模索し続けるプロフェッショナルな方」。それが、現時点での私から見た「あなた」という人の輪郭です。


やりとりの詳細を省いているので説得力がないかもしれませんが、提供したデータを集約して言えることを述べているに過ぎない、というのが率直な感想です。

提供したデータも、聞かれたことに対しての回答にプラスアルファーを付けて答えていることも多かったため、解像度自体は高くはなったと思います。

つまり、「学習」はしているのだと思います。

が、これも先ほどと同様、「そんなわけがなかろう」と思うこともあります。

 

以上の検証から分かることは、

・生成AIは決して客観的とは言えない

・生成AIは「話している内容をまとめること」自体は得意

・生成AIは「学習すること」も得意

・対話スキル自体はあるが、その対話は本来の人同士の対話とは少し性質が異なる

(現段階の生成AIでは、変化球を投げることはほぼできない)

 

となるかと思います。

次はこの結果を通した上で、改めて自分の生成AIの使い方について振り返ってみようと思います。

 

私の生成AIの使い方

改めて今回検証してみて、「生成AIに客観性があると思っていたが、実はそれは性質の違う客観性だった」ということが分かりました。

本来の客観性とは、「様々な情報をインプットし、かつ取捨選択した上で生まれるもの」だと思います。

一方で生成AIの客観性とは、「与えられた情報のみに対して、明確な物差しのない状態で生まれているもの」だと思いました。

 

こちら側がより正確な情報を与えることでその精度は格段に上がっていくでしょうが、これには際限がありません。「一体いつまでやれば精度の高い回答を得られるのだろう…?」という問いに対しては、「情報やケースが無限にある以上、そんなものはない」という答えにしかならないでしょう。

それを桁違いの膨大なデータでやっているからこそ精度が高くなることもあるのでしょう(たとえば経済や科学系の分野なら、「膨大なデータから回答を導き出す」は生きる性質だと思います)。

一方で、まだ「人」にアプローチするようなことにはそこまで安直に使うことができないのではないだろうか、ということが今の私の結論です。

「AIに美学という観念はない」と言われるのがまさにそのことを指していると思います。

 

ですがこれだけ世に普及してしまった以上、「使うな」というのは無理な話です。

では、我々は何をすればよいか。答えは簡単です。「使い方を間違えなければよい」のです。

もっと具体的に言うならば、「AIの性質を理解して使う」のが現状での正しい使い方なのだろうと思います。

それを理解した上で使ったのであれば、「良い」使い方、理解できなかったのであれば「良くはなかった」使い方なのでしょう。

いったん、私の中ではこういう結論を最終的なものとして出しておきます。

 

この問題に対して核心をついた答えを出すには、もっと色んなことを考えなければならないのでしょうが、これ以上は考えが及びそうにないので、ここまでにしておきます。

たかが一学生が考えられるのは、これで限界なようです。

 

そして、皆さんに再度お願いです。

これはあくまで持論ですので、決してうのみになさらないようにしてください。

この問いに明確な回答はないのですから。ぜひ、自分で検証して結論を出すためにこの記事の内容を使ってみてくださいね。

受験生の皆さんは目下共通テストがありますでしょうから、ぜひそちらを優先してくださいませ。

体調に気を付けて、全力を出し切れますようお祈りしております。

受験が終わって暇になったら、ふとした疑問に対する答えを自分で考えてみてくださいね。

 

本学科は、このブログで述べたような思考プロセスとその表現方法が学べる場所です。

 

それでは、今回はここまでにしておきます。

次回は…まあ色々考えておきます。なんでこんなことしたくなったのかっていう理由が少しあるので、それについて述べてみましょうかね。いつも見切り発車ですので色々変わっておりましょうぞ。

まあ、次回更新をお楽しみに。

 

それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます!

たまには昔の話をしてみる

皆さんこんにちは、みちこです。

最近寒くなってきて、体調を崩される方も多いと聞きますが、いかがお過ごしでしょうか。

世間はクリスマスムードらしく、イルミネーションなどが街で華やいでおりますが、皆さま何かご予定などはあるのでしょうか。

我が家はもう子ども2人(私と弟)がそれぞれの予定で忙しいので、去年あたりからクリスマスパーティーなどはしなくなりました。父が寂しがっているらしいですが、私は自分の好きなことをさせろと思っているので、悪いけど自分の予定を優先します。

ーーーえ?恋人?そんなものはいません。普通にバイトでお金を稼ぎに行くだけです(笑)

どうせ大みそかは年越しそばを囲んで、お正月はおせちとすき焼きを囲むんですから、それで十分だろう、我が父よ…。

(執筆途中に挟む;前回予告していた、生成AIの私的使い方を書くつもりが、この話だけで一記事出来てしまいそうなので急遽路線変更します。本能のままに書くと計画性のなさが露呈する、私の文章…。)

 

ちなみに我が家は長らくクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントなどと言ったものはなく、最後に親族からもらったプレゼントを遡ると、おそらく5、6歳の頃のことです。

「もらっていらないものをあげても意味がないだろう」という両親の意向がはたらいており、私も弟も長らく両親からはプレゼントをもらっていません。そのかわり「これでなんか自分の好きなものを買いなさい」と父から現金をもらうのが我が家の通例となっています。

ちなみに母曰く、「不定期に何かしらご褒美であげているのだから、わざわざイベントごとにあげなくてもいいだろう」というのが答えらしいですが、私自身も別にそれで納得しながら過ごしてきたので、特におかしなことだとも思っていませんでした。

 

しかしこの話を友人たちにするときまって、「いやそれはどうなんだ…」と言われることが多いです。

あな恐ろしや、これが家庭環境の違いというものでしょうか。別にこれといって愛されずに育ってきたというわけではない(むしろどちらかというと過保護寄りで育てられている)ので、まあうちの両親の感覚がひどく現実的過ぎたのでしょう。

そのせいかは分かりませんが、子どもの頃からあまり夢を見る隙を与えられなかったように思います。

よく、「サンタクロース」をめぐるよもやま話がありますが(あえてぼかして書いております)、私がそれに対して回答を返すなら、「もう記憶もない頃からプレゼントを与えられた経験がないので、分からない」ということになります。

幼稚園の頃に(着ぐるみ姿の)サンタクロースがやってきたことは覚えているので、その頃は無邪気におとぎ話のようだと思っていたのですが、小学校に上がったあたりからもう両親からプレゼントはもらえなくなっていたので、途中から「そういう世界のもの」だと思ってはいたようですが、具体的にどこからと言われると…やっぱりちょっと分かりませんね…。

ここまでの話を聞いてお気付きかと思いますが、私は時に残酷なまでに現実的なタイプの人間のようです。自分の中における精一杯の返答を返したつもりでも、「正論やめて…それは分かってるの…」とよく言われます。冗談が言えないタイプ、といえば伝わるでしょうか。中身のない世間話がとにかくできないタイプです。

そしてここまで現実派であることを書いておきながら、私自身は高校生の中盤くらいまで自分のことを、「空想の中に生きている、いわば感覚派の人間であり、論理派ではない」と思っていました。しかし友人から「あなたは結構現実的だし論理的な方だよ」と言われ、そこでやっと自分が空想に生きる、感覚側の人間ではないことを知りました…。その時、やっぱり人間って面白いなあ…と思いました。

 

ここまで書くと、「子どもの頃から大人びた子だったの?」と思われそうですが、結論から申し上げますと「半分そうだと思う」というのが答えになります。

幼稚園くらいの頃の私はどうやら相当におもしろかったようで、母から「弟の印象深い思い出はほとんど出てこないが、私のおもしろい思い出はたくさんある」と言われるくらいにはおもしろい子だったようです。どうやら普通の子がしないような変な行動をたくさんする子だったようで、相当におもしろがられていたようです。まあしかし普通に遊びもしたので、そういった意味では年相応だったでしょう。

ただ、同年代の子と一緒に遊ぶよりも、一人で遊ぶもしくは大人の輪の中にいる方が好きだったようです。そういう意味ではまあ…変わった子だろうとは思いますね…。

そんな大人に混じることが多く、価値観が少し大人びていたからかは分かりませんが、小学生の頃は周りの子と感覚が合いませんでした。それ故に「一人でいる方が楽だ」と思い、ずっと友人を作らず一人で過ごしていました。

一時友人を作っていた時期もあったのですが、自分の時間が取られるのが煩わしいと感じたのと、一見すると全く意味のないことをルール化して行動しているのがどうしても理解できなかったので、結局当時の私は、友人の輪からは外れ、一人でいることを選びました。

 

今思えば、「物事の本質をつかむ力」はここから始まっていたのだろうと思いますが、当時は未熟ゆえかそれを上手いこと行動に移せなかったところが子どもだな、と思ってしまいます。今ならもう少し違う対応をしていたことでしょう。

 

さて、思わぬところから興がのってしまい、私の幼少期の頃の話をしてみましたが、どうだったでしょうか。

ーーーまあ、興味ないですよね!他人の昔話なんて!

導入の話からよくもこんなつらつらと書いたなあ…と思いますが、まあこれが私なのだろうとも思うので、読者の皆さんも呆れておりますでしょうが、私自身ももう自分を止められないだろうと、半ば呆れております(笑)

 

次回こそは、書きたい…チャッピー君について…。

そういえば今思い出したのですが、どうやら私の今年の更新は今回で終わりのようで。

次回更新は新年になるわけですが、そこでチャッピー君の話するんですね…。まあ別にいいですが(笑)

というわけで皆さま、体調に気を付けながら、よいお年をお迎えください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

経験も使い方次第

皆さんこんにちは、みちこです。

今日も今日とてやることが終わらず、この文章を打っている現在時刻は23時13分。日付が変わる前に更新を完了させようというタイムアタック方式で駆け抜けていく所存です。

最近急に寒くなりましたが、皆さま体調は大丈夫でしょうか。かく言う私も微熱が続いた時期がありまして、せっかく3連勤できて、稼げるはずだったバイトを2日お休みすることとなってしまいました…。

悲しや悲しや…。まあ、こんなこともありましょう。後日シフト代わっていただいた方にはきちんとお礼を申し上げましたので、ご容赦ください。

 

さて、本日の話題ですが…。

こないだよさげなのが思いついたんですが、今それを思い出せないので、最近ずっと自分の中でくすぶっているこちらの話題について書くことにしましょう。

それは「ゼミ活動で培ってきた力が実は就活に役立っている」ということについてです。

具体例にどういうことかと言いますと、「何かしらの発言をしたり、質問をしたりということが事前準備なくその場で出来てしまうようになった」ということです。

この能力はおそらく、社会に出たら嫌というほど使うようになりましょう。

 

例えば、会社説明会の場。自分の将来の就職のため、面接の切符を手に入れるため。そんな少しの不純物が混ざった動機から参加する会社説明会です。自分が少しでも興味を持った会社なのですから、受け身ではよくない。そう思って、会社説明会に参加する前には必ず会社のHPで情報を集めるようにしています。

この会社は何をしている会社なのか、社風はどのような感じか、この会社の強みってなんだろう、など、さまざまな角度から会社を見るためです。

当たり前のことなのかも知れませんが、情報として仕入れる前から自然と私はこのようなマインドになっていたような気がします。ある種の「礼儀」として。

 

なぜか。それは至極簡単な理由です。自分も相手も、貴重な時間を使っているからです。

わざわざその時間を空けて聞きに行く、企業の人事の方も参加する学生のために時間を使って下さるならば、互いに有意義な時間を過ごしたいでしょう。

だったら、その理想に近づくよう、せめて自分だけでも行動するまでです。そういうマインドです。

そしてその理想に近づくためには、人事の方への好印象を持ってもらうこと。そうなるための一番手っ取り早い手法は「質問すること」なんです。

 

実はこういう場面での質問って非常にいい手段でして。というのも、まず質問してくれたというだけで人事側からすれば、自分の会社に興味を持ってもらえている、という意思表示になるからです。

そうなれば名前までは覚えてもらえなくとも、「あ、この子はうちの会社に興味を持って、面接も受けてくれそうだな」と思ってもらえる可能性が上がるわけですよ。

何かしら質問をするだけで良い印象を持ってもらえる可能性があるんですから、コスパいいんですよこれ。ホント。マジで。

 

この習慣やマインドがどこから見に付いたのか、という話ですが、それが私は「ゼミで発表資料を事前に読み込む」という習慣から身に付いたものだと考えています。(前置きが長いですね、はい。いつものことです…)

他のゼミはどうか分かりませんが、私の所属している中世ゼミでは発表日の3日前(土日を挟む)には必ず発表資料を提出するようになっています。

つまり、土日の間に発表資料をきちんと読み込んで、ゼミの時間に質疑応答をきちんとできるぐらいまで読み込んでおけという、まあ端的に言ってしまえばそういうものです。

なので私は3年生になってゼミに所属してから、ゼミの質疑応答に対応すべく、Wordファイル1ページ分にびっしり、2人ないし3人の発表に対するコメントや気になったところ、質問事項などを、発表資料を読みながら事前にメモしているんです。

そしてそれをゼミの発表を聞きながら質問を精査していき、質疑応答の時間で精査された質問やコメントを発言するという、そういう流れを毎週のように行ってきました。

 

この習慣があると何がいいかって、まず「目の付け所」が分かってくるんです。

知識量がどこまで豊富にあるかにもよりますが、発表資料を読んでいるその瞬間から「どこがツッコミどころなのか」というところが大体分かるようになってきます。

この「気付く力」というのはデカい。

さっきの例でいうと、企業HPを見ていて「自分の知りたいこの情報がないから、会社説明会の時に聞こう」となるわけですね。

この「気付きの力」というのは、意外と訓練していないと出てこないものだったりします。

 

あとは、「発言することに恐れを感じなく」なります。

意外と皆さん、発言を恐れがちなんですよね。かく言う私も今でも「これって言っていいのかな…。」と躊躇して結局言わなかった、なんてことはよくありますが…。

でも実際発言してみると、意外とそんなことなくて、相手はちゃんと受け取ってちゃんと回答してくれます。自分の中でぼんやりして、まとまっていなくたっていいんです。

そしたらそれはそれで、相手が補足情報を伝えてくれるので、そこから疑問に思ったことをさらに返す。そうするとまた答えてくれる。このような、会話のキャッチボールを進めていけばいいだけなんですから。

 

そして、こんな状態に慣れてくると今度は「事前準備がある程度なくたって」その場で質問を考えて言えるようになるわけですよ。要は慣れです。本当に。

あとはまあ、私の場合は「意見を聞いてくれる環境だった」っていうのが要因の一つな気もするので、その環境自体があるのはだいぶ恵まれてるな、と思うのですが…。それも私の持つ1つの力なのでしょうかね…。「自分で自分の望む環境に身を置く力」とでも名付けましょうかね…。

 

とまあ以上のように、ゼミで培う能力だって、やろうと思えば就活にだって役立てられるんですよ、という話でした。

経験は地続きなんですよね…。これは私が大学2年の時分から今まで約1年半以上の多忙の日々から得た学びです。どんな経験も、今あるいは未来の経験のどんなところにも生きる。

なので皆さんもぜひ、「経験を点と点で捉えず、線で捉えてくれたら」嬉しいです。

それだけで、あなたの世界が少し変わるかも知れません。

 

と、だいぶかなり綺麗ごとを申し上げつつ今回の記事はここまでにしようと思います。

次回はちょっと巷をにぎわせているチャッピー(ChatGPT)君の個人的利用法について話そうかな、と思います。今回で書こうと思ってたんですがちょっと間に合いそうにない…。

(結論から先に言うと、私は対話相手として、自己理解を深めるためにチャッピー君を使ってます。割と不思議な使い方してると思うので、それはまた次の更新で詳しくお話できたらいいなと思っています!)

 

というかこの文章を書いている時刻が現在0時14分なんで、まあ全然間に合ってないんですけどね!

というわけで、今回はこの辺で失礼します!

最後までお読みいただきありがとうございます!(というわけで、0時18分に執筆完了。記事作成時間;1時間5分でした。謎の検証してました(笑))

卒論執筆の序曲

皆さんこんにちは。みちこです。

前回の私の更新頃まではところどころ暑い日もあったように思うのですが、急に寒くなりましたね…。

インフルエンザが例年より早い時期から流行っているとのことで、在学生の方ももちろんですが、受験生の皆さんも体調にはお気をつけください…!

とにかく体を冷やさないこと!喉や鼻を乾燥させないこと!

これを徹底しておけば、ある程度は防げると思いますのでしっかり対策なさってくださいませ。

 

さて、今回の記事のテーマは「卒業論文」ということで、私たちの1つ上の代の先輩方たちは大詰めを迎えている時期となります。

ということはですよ…そう…

 

ーーー我々の番が…ついにきてしまう…ということです。

 

と同時に、1つ下の後輩である2年生もそろそろ、卒論を書くゼミをどこにするかを決めなければならないということになります。

そこで今回は卒論をテーマに記事を書こうと思い立ちました。

受験生の皆さんには頭の上にはてなマークが浮かびそうな内容になるでしょうが、日文に入ったあとの未来の話だと思って、少しだけでも頭の片隅に置いておいてくださると嬉しいです。

 

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まず、本学科は卒業論文を書き上げてから卒業する学科です。

他大学では卒論を卒業要件の必須条件にしないというところもあるようですが、本学科は必須です。

なので、本学科に入学したら卒業論文は避けては通れないと思って下さい。

 

これを前提に話をすると、本学科には合計9分野を専門に学ぶことができ、この中のどこかのゼミに所属することとなります。以下、受験生向けに簡単な分野の説明をしますね!

 

上代文学…『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』はこの時代の文学!日本文学の黎明期を学びたいならココ!

中古文学…有名な『源氏物語』をはじめとする物語文学、『枕草子』や『更級日記』などの日記文学はこの時代の文学!「THE古典文学」を学びたいならココ!

中世文学…軍記物語の『平家物語』『太平記』、物語の『とりかへばや』日記文学の『とはずがたり』などはこの時代の文学!「マニアックな古典文学」を学びたければココ!

近世文学…井原西鶴や近松門左衛門、松尾芭蕉など庶民が様々な文化を生み出した時代!「古典のパロディー化」について学びたいのならばココ!

近代文学…夏目漱石、太宰治、芥川龍之介などなど…皆さんも知る有名な作者の文学があります!現代の作家について学ぶこともできます!「今まで、そしてこれから『どのような読みができるのか』」を考えたいならココ!

日本語学…私たちも使う日本語には実は謎が多い!?日本語の成り立ちや音声について学びたいならココ!

日本語教育学…日本語の母語としない人に向けて、日本語をどのように教えるのかを深められる

中国文学…李白や白居易など中国の古典や詩を学びたいならココ!実は中国文学は日本文学にも大きく関わっているのです…!

図書館情報学…図書館の本の所蔵の仕方や変遷などについて学ぶならココ!文学は「本」の形で伝承されてきたことから、日本文学には大きな関わりがあります!

 

(専門以外のところは説明が若干雑になり気味なところもありますが、ご容赦ください…何となくは分かっていただける説明にはなっていると思います…)

以上の計9つから1つを選び、3年次から卒業論文を書く準備に入っていくこととなります。

 

そして現在、学科内では2年生がどうやら卒論ゼミの希望を出す段階に入っているらしい…という情報を小耳に挟みまして。

なので、色々と迷っている方も多いでしょうから、今回は3年の先輩として、1モデルケースではありますが、「なぜ私が中世ゼミに入ったのか」をお話していこうと思います。

 

以前ブログに書いたことがあるので、知ってるよ!という方もいるかもしれませんが、今回は時系列的には本締め切り前くらいの時のことを書いているので、また違った視点からお話が出来ると信じています。(多分)

なので、どうか飽きずにご覧ください!!!!

性懲りもなくやってるのそっちだろ、という話ですが…何卒…

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私が中世ゼミに入った理由は「せっかく古典文学にドハマりしたのだから、ガチで卒論を書ける環境に行きたい」と思ったからです。

最終的な理由は結局のところこれです。

私が紆余曲折を経て中世文学に興味を持ったことは以前の記事に書いたことがありますので、よろしければご覧ください↓

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/30/

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/03/

2回にわけて執筆しないと、とんでもなく長くなりそうだったので、2つ記事がございますが、よろしければご覧ください。

簡単に説明すると、

日本語学への興味、そして挫折→授業で中古文学の面白さに触れる→中世文学の面白さに触れる→中世にずぶずぶ

みたいな感じです(笑)

 

卒論ゼミを選ぶにあたって、私は中古に行くのか中世に行くのか、かなり迷っておりました。

それこそ、本締め切りの30分前まで迷った末、第一希望の枠に「中世」と書いたほどです。

というのも、「どちらも好きだったから」です。どちらも選べなかったんです。

どちらも入りたかったくらい、中古で卒論を書くことも、中世で卒論を書くことも想像が出来ていたし、楽しみたかったんです。

 

ではなぜ永遠に迷っていた私がなぜ中世にしたかと言いますと、「ガチな環境で卒論を書きたかった」からです。

私は、大学入学前に「大学生活で自分が決めたこと・やりたいと思ったことには嘘をつかない。その通りに行動する」という大きな目標を立てて行動してきました。

その通りに行動してきた結果、思った以上に世界が広がり、様々な活動に携わることが出来ているという自負があるのですが、そんな自分がいたからこそ「ガチな環境で書いてみたい」という思いが芽生えたのだろうと思っています。

昔の私なら、卒論は必修だけど、でも就活もあるし、就活の方が将来のことだから力を入れた方がいいのかな…などと思い、力を入れなくても良いゼミに行くことを選んでいたことでしょう。(自分のことなのでよくわかります。おそらく高校以前の私なら絶対にそうしていたと思います。)

大学生活で培ってきたあらゆる経験から学んだこと、さらに自分の能力を高めていきたいという向上心、そして何より「もっと古典文学を学びたい」という思いが一番にあり、それに従うことができたからこそ、私は中世という選択肢を選ぶことができたのだろうと思います。

 

まあ、奥底にあるホンネを引きずり出してくればそれはもう「好きな先生の下で書きたかった」になりますので、よくもこんな綺麗な言葉が出てきたなという話にはなるのですが、こんな理由でもぶっちゃけいいと思います(笑)

ただし、私が選んだゼミはそんな生易しい感情ですべて解決できるようなところではないので、当然今まで語ってきたことも嘘ではありませんよ。本当に、生易しいもんじゃありません。

同級生から他のゼミの話を聞いていても感じます。うちのゼミの熱量の高さは並大抵なもんじゃありません。マジで全員漏れなく中世という時代や作品が大好きな子たちです。

 

ですので大事なのは、「その分野(あるいは作品)と丸2年間飽きずにお付き合いできるか」ということ。(指導教員云々はあくまでプラスアルファーなので、そこだけは間違えちゃだめです!!!)

そこに尽きますので、2年生の皆さんにはぜひとも、納得したゼミ選びをしていただきたいと思います。

 

それでは、かなりだいぶ限定された層に向けた発信をしたところで、今回はここまでにしたいと思います。

数えてないですが、ブログで私が大学の学問について語った記事は全体数のいくつくらいなんでしょうかね、というくらいには古典文学が大好きな私が、かなりのお節介を焼いた記事を書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

 

受験生の皆さんも、日文に入るとこんなことがあるんだ~なんて思っていただければ幸いでございます…冒頭でのメッセージの繰り返しになりますが、もう一度言いますね…!

次回は…なんか勝手に推し語りでもしとこうかな…

というわけで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

古典の新たな視点

皆さんこんにちは。みちこです。

更新日を1日遅れてしまっているのですが、書いていた記事を次回の更新に回そうと新たなページを開いております。

今回は古典文学について語るのですが、少し趣向を変えて、実際私が取っている授業の紹介から古典の新たな視点に触れてみようという、そういった試みとなっております。

今回は、

①『竹取物語』や『源氏物語』の英訳に触れる!?「古典文学を英訳する」とはどういうことなのか

②「文学」じゃなくて「本」を研究するって何?「古典文学の本」を研究する学問

この二つについて扱ってみようと思います。

授業紹介ということで、受験生の皆さまには少し難易度が高くなっているかもしれませんが、入学後にどのような授業を受けたいかな…と想像しながら読んでみてください。

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①古典文学を英訳すること

突然ですが皆さんは、『源氏物語』に英訳書が複数あることをご存知でしょうか。

『源氏物語』の英訳書がある、ということはご存知だったとしても、意外と「複数ある」ということは知らなかったりするのではないでしょうか。

かく言う私も、その一人でした。

 

そもそも、「古典文学を英訳する」ことにはどんな意味があるのでしょうか。

1つには、海外の人に『源氏物語』ひいては日本の古典文学を知ってもらう機会が増えるということです。最初は英訳から入って読んでもらい、面白いと感じてもらえたなら原典にあたってもらえばいいのですから。

そして2つ目。これはなかなか想像がしにくいと思いますが、「日本語と英語とでどのようなニュアンスの違いが生じるのか」を日本人の視点から確認することで、改めて日本の古典文学がどのような意味を持つものなのかを考える、ということです。

 

最初に英語の授業を受けた時のことを思い出してみてください。

ーーー日本語と英語って、全然違う!と思いませんでしたか?

実はその通りで、英語と日本語は言葉の並び方が全く違うものです。

 例えば、「私は本を読む」という文章があったとして、これを英訳すると、「I read a book」となりますよね?

言葉の並び方としては、

日本語→主語/修飾語/述語  となりますが、英語では

英語→主語/述語/修飾語   となりますよね。

 実はこの言葉の並び方の違いも、各国の文化の違いを体現しているものと言っても過言ではありません。

古典って、すごく一文が長いことを皆さんはご存知だと思います。これって、日本語の文構造をしていないと、おそらく成立しにくいものだと思います。

だって英語で説明してしまったら、「誰が何をしたか」が文の構造上、すぐ分かってしまうので。

 

ここで説明したことはほんの一例かつ現代語で起きる現象ではありますが、古典だとしても起きる現象は同じです。いや、むしろ現代語以上にあると言っても良いと思います。

授業内では「出家して山に籠る」ことを英語で何と訳せばよいのか、など古典を英語に翻訳する上で問題になることが実際の事例とともに紹介されていきます。

他の文化や言葉と比較することで初めて日本の文化の特徴などが分かる、と言いますが、この授業はそういったことの実例検証に踏み込んでいると言えると思います。

 

今まで古典文学の勉強というと、「本文を読んだ後にそれにどういう解釈ができるか」ということに焦点が置かれがちなので、この授業はあえて異文化のものを交えることで見える日本文化の特異性という観点から見ると、かなり面白い授業であるのかな、と思っております。

 

古典って、こういう視点からも見れるんですよ!

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②「本」を研究するとは?

意外と忘れがちなこちらの視点。

皆さん、文学はどこに書かれているものでしょうか?

出版社が発行している新書?それとも教科書?

ーーーいいえ、答えはそれらも全てひっくるめた「本」です。

皆さんは、博物館やTVなどで古文書の類は見たことがあるでしょうか。あのような古めかしくて文化財にもなるような「本」が実は研究の出発点なのです。

実はどんな物語や日記、小説や和歌でもほとんどは「複数のバージョンの本」が残っているのです。

今はデジタル時代ですから、書いたり消したり、復元したりといった作業はかなりスムーズにできますよね?しかし当時はそうではなかった。江戸時代に印刷技術が発達する前までの本は、すべて手書きなのです!

手書きで別の紙に写すということをしていると、大抵はどこか写し間違えてしまったり、別の作品の言葉などが混じってしまったり、本来の原型とは少し違う形になって成立する本が多いのです。

そのようなものがいくつもあるのですが、これらも全て「本」なのです。

 

「書誌学」というのは、このような「本」を扱う学問のことで、この本は大元の本に近いだとか、逆に新しい系統の本を探し当ててしまったりなど、普段活字(かつデジタル上の文字)を読んでいるような私たちはあまり意識しないような視点からのアプローチをしている授業であると思います。

 

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以上、古典文学って実は「作品自体を読むだけではなく、新たな視点があるんですよ~」ということを出来るだけ分かりやすくお伝えしてきたつもりです。(伝わりづらかったらすみません…)

 

英訳の問題にしても、本の問題にしても、日本文学って全然古臭い学問じゃないじゃん!というイメージを持ってもらえたら私としては嬉しいです。

 

それでは、今回はここまでとしたいと思います。

次回は卒業論文について、「なぜ私が今の分野(中世)を選んだのか」ということについて語ることができたら良いなと思っております。

目下2年生がゼミを選ぶ時期だということで、後輩たちの決断の一助になってくれればと思い、書くことにいたしましたので、お楽しみに!(ダイレクトにヒットする層が狭すぎるトピックではあるのですが…そこはご容赦ください…)

 

今回も、最後までお読みいただきありがとうございました!

近況をひとさじ

こんにちは、修羅場を無事に超えたみちこです(笑)

ここ半年くらいはおかげさまでたくさんのことを同時進行でやっておりました!(授業、バイト、サークル、自主ゼミ、目白祭の準備などなど)

それらが一気に終わったので、かなりホッとしています…

(と同時に少しだけ体調を崩しました…すぐ薬飲んだり寝たりしたので、回復は早かったのですが…)

最近気温差がかなり激しいので、皆さまもぜひご自愛くださいませ~!

 

さて、今日は何を書こうかと思ったのですが、珍しく何も思いつかず、見切り発車を決め込んでおります。「とりあえず何か書かねば」と思い、わけもなくPCの前でこうしてカタカタと文字を打っております。

とりあえず、近況報告をしておきましょうか。とはいえ、特にあまり話せることもないのですが…。

趣味の方でいうと、私は原神と崩壊スターレイルというゲームをやっておりまして、そこで色々好きなストーリーやらキャラクターやらが出ていて、忙しさの合間を縫ってちょくちょく遊んでおります…!

(実はどちらもそれなりに課金しているくらい好きなゲームなので、それなりにちゃんと遊んでいると思います…!)

原神の方もスターレイルの方もストーリーが佳境に入っているので、毎バージョンごとの更新が楽しみです!キャラクターも全員魅力的で、いつか全員自分の手で描きたいな、と思っていたりします…!

 

今回は私にしてはかなり珍しいのですが、ここまでにしたいと思います!

次回こそは何かを紹介する記事を書きたい…!

それでは、失礼します。最後までお読みいただきありがとうございます!

知識の見せ方

皆さんこんにちは、みちこです。

最近多忙を極めすぎていて、会うたびにいろんな方からご心配の声をいただきます。大変にありがたいことですね。一部では「社畜」と呼ばれており、そんなに仕事してるかな…と思ったら意外にちゃんとボリュームがしっかりしており、ビックリしています。こんなことがよくあります(笑)

 

さて、今回はちょっと「緊急で動画を回しています」ならぬ、「緊急で記事を書いています」といった感じです。

と言いますのも、最近異様にハマっているコンテンツがありますのでそのご紹介をしたいと思います。

それは、「電車」です。

え、鉄オタにでもなったの?と思われそうですが、それとは少し違うと言いますか…

ジャンルを何と表現したらいいのか分からないので例を挙げると、「わざと終電を逃して都内の地下鉄の駅の端から端まで歩いてみる」動画だったり、「わざと終電に乗ってみて終着駅で野宿してみる」動画だったりと「終電」に特化した電車系の動画を漁っております。

 

こんな例を出すと、前文の話とも相まって私に社畜のイメージがついてしまいそうなのですが、名誉のために、「断じて違います」とだけはしっかりと申し上げておきますね(笑)

というのも、私がこのようなジャンルの動画にハマった理由の一つが「その知識の使いどころ」です。

これはまた別の動画なのですが、「大晦日の日に電車で2駅しかかからないところへ、24時間以上の大回りをして出発駅から到着駅まで回る」というものがあります。

 

これはどうやら鉄道界隈の間では有名なことらしいのですが、そんなことはまったく知らなかった私がこの動画を最初に見た時、感動したんです。

普通ならたった2駅、5分程度しかかからない距離を、オタクたちが持つあらゆる知識を駆使して1日以上の時間をかけて目的地に向かって行くなんて「知識がなければ」絶対に出来ないことです。

 

よく、「知っているか知らないかで人生の見方が変わることがある」などと言いますが、これは確かに見方が変わるな、と思いました。

一見すればかなり無駄なことをしているように見えますし、日常生活にはほぼ役に立たないことではあるでしょう。しかし、そんな知識も使い方・見せ方を変えることでエンタメになり、同時に知識の習得にもつながる。久しぶりに、おもしろいものにハマったな、と思いました。

 

というところで短いですが今回は終わりにしようと思います。

いつもだらだらと書いているので、このくらい簡潔な日があってもまあ許されるでしょう…!

(忙しいとも言う)

次回更新の頃には、この忙しさも過ぎていると信じたいです…(忙しさの根本原因はいよいよ1週間後に迫った「目白祭」(本学の学祭)なので…)

 

その際にはまた、長々と何かを語ることとしましょうか…

最後までお読みいただきありがとうございました!

使えるものは使ってしまえ

皆さんこんにちは。みちこです。

最近は古典文学不足すぎて早く大学の授業が始まって欲しいと願っている奇怪な人種になっています(笑)

今回は一風変わったことをしようかなと思います。ここのブログ部員のブログを読んでいて、気になるテーマを見つけることが多いので、今回はそのテーマを借りつつ、自分なりの答えを書き記していく、という回にしようと思います。

(ちなみにおそらくシリーズ化します。多分1つの記事に書ききれません。)

***************************************************************************************************************2025年7月15日のブログ:「時間の使い方について」

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/15/task_management/

これを読んだ時に、これのアンサーとなる記事を書きたい!と思い早1ヶ月が経ちました。

満を持して、私の回答を記そうと思います。

 

前提として、私は授業のみならず、飲食店アルバイト(週2~3回;シフト1回につき4時間程度)、学内サークル1つ(週1:そろそろ引退時期)、長期のボランティア活動(月2回)をしています。これに日文の組織(自主ゼミ2つ、オープンキャンパス委員、本ブログ部)というそれなりの激務下にあります。(ちなみに、1日休みの日なぞあればよいのですが、最近は就活も始まってきているのでほぼありません。)

これでも成績は上位25%以内には入っているでしょうというくらいの成績をしているので、学業と課外活動の両立はそれなりに出来ていると言えるでしょう。

 

そんな私の時間術はズバリ、「早く着手すること」です。

これだけ多くの組織に入っているので、当然タスクは人の1.5~2倍くらいあるでしょう。そうなると、普通の人と同じようなやり方をしていても、絶対にすべてのタスクが完了する訳がありません。

そこで私が実践し始めたのが、「早く着手し、早く終わらせること」です。簡単なようで達成するのが難しいのがこの事実です。それは皆さんも良くお判りでしょう。

大学の課題は基本当日中に終わらせる、タスクも項目ごとに分けた上ですべて締め切りを設定し、管理する。(下図参照)

(PCの画面に収まりきらないほどタスク項目がありました…)

 

そして、ここがミソです。それは、

締め切りを2~3日前に設定すること

これだけで、基本すべてのタスクをこなすことが出来ています。

ちなみに、To doリストに書いていないけど存在している仕事もあります。ですが、おおむねやり遂げています。

 

これで私は日々のタスクに追われながらも、きちんと締め切りまでに(なんならそれより前に)仕事が終わっていることが多いです。

これなら突発的なタスクが入ってきても多少なりとも余裕をもって臨むことができます。

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これを言うとよく「偉いね~」と言われるのですが、「偉い」というよりかはむしろ「そうしないとこなし続けることができないくらい生活が危うい」ことの証でもあります。

なのでまったくもって偉くありません(笑)

ちなみに、着手しやすいタスクから着手して、本当にやらなきゃいけない課題は後回し、みたいなこともよくやります。そのため、これがすべて理想通りに事が運べているかと言われるとそういうわけでもありません。

 

なので皆さんは、必ず「自分のキャパシティーをしっかり理解するところ」から始めてみてください。

そうしないと、私のように痛い目を見る事になります。

しかし、忙しさのおかげで時短になるようなツールの使い方なども学ぶことができるので、悪い面ばかりではないのですが…。

 

というわけで、今回の記事はここまでとしたいと思います。ちなみにもう何個か部員のテーマをお借りして話したいテーマがあるので、このシリーズはしばらく続くかなと思います。

もうしばしお付き合いをお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

水音

皆さんこんにちは。みちこです。

長期休みの方が忙しいという謎の減少が起きています。授業がなくなって課題やらなにやらもないはずなんですが、おかしいですね…。なぜでしょう…?

そんなこんなで明日はいよいよ年内最後のオープンキャンパスということで、私も委員として参加しております!

実は受験生の中でも「ブログ見てます!」という方は珍しくありません。かく言う私もそのひとりでした。

オープンキャンパス委員にも、ブログ部で記事を書いている同輩・後輩が参加しておりますので、読んでるよ~と言う方がいらっしゃいましたら、お声がけでもして下さるとうれしいです!励みになります!

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さて、今回は珍しく書くネタが思いつかないので、数ヶ月ほど前からブログ部部長が挙げてくれている「今期の漢字」というお題に沿って記事を書こうと思います。

「今期の漢字」は「音」ということで、「私の好きな音」というテーマで話をしてみようと思います。

 

「好きな音」と聞かれてパッと答えられる人は少ないのではないかと思われますが、私はある明確な理由で「水の音が好きだ」と言えます。

その理由とはすごく単純で、「私にとって水の音は深い思考へといざなってくれるキーのような音だから」という理由です。

でもこの感覚、おそらく中々理解されないんだろうな、と思います。(特に恐怖症レベルで水あるいは海のことが苦手な人には理解されにくい感覚であろうと思います。)

ちなみに私が好きな水関連の音は割と多岐にわたります。以下に具体例を挙げると、

・氷が溶けてグラスの中でカランという音

・炭酸を注ぐ時のしゅわしゅわとした音

・水が沸騰した時などにする、こぽこぽという音

 

以上の具体例に挙げたものは、水の音が持つ「爽やかさ」から来る種類の音で、主に「涼しさ」を感じられるので好きです。これらの音を聴くと「夏らしさ」を感じるので、夏が大嫌いな私の唯一の夏の楽しみ方と言っても過言ではありません。

 

そして最も私が好きなのが、深海に沈んだ時のようなこぽこぽ感のある音です。これが最も思考の整理には丁度いい。なので大好物です。

ちなみに一時は就寝時にこの「深海×水の音」みたいなASMR調の動画を漁りまくって流して寝ていた時もありました。

(音に関して、私は好きな種類はたくさんあるのですが、こと「どストライクゾーン」を探そうとすると一気に選択肢が狭まるタイプです。なのでリアルに数か月単位でお気に入りの音を漁り続けている時もあります。それくらい、この種類の音についてはこだわりが強いです。)

 

この、「思考を深めるタイプの音」というのが実は先に好ましいと思っていた音で、先に紹介した「爽やかさ」系の音は後から好きになりました。これらの音が好きだと自覚した当時の私は、とにかく「思考を深めたい」という思いが強かったのだろうと思います。

 

皆さんにはそのような時はあるのでしょうか…?

私はあまり普通の感覚を持っていないという自負があるので、感性から来る発言のほとんどは理解されないだろうと思っているのですが…。

 

あるいは、逆なのかも知れませんね…。あまりにも考えすぎて疲れたので、音を聴くことで周りの雑音をシャットアウトしたい、という深層心理の表れだったのかもしれません。

お気に入りの音探しにハマっていた当時より、今の方がより多くのことを考えている気がするのですが、当時はまだ今ほど考えられるキャパが広くなかったのでしょうか…。

 

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という謎を残しつつ、今回の記事は終わろうと思います。

去年に引き続き、誕生日前後の私の情緒というのは一体どうなっているのでしょうか。

私の思考はかなり哲学的で、その自負は無論あるのですが、誕生日前後に文章を書かせるとその本質により拍車をかけたものが出力されてくるようです。

ちなみに21になりました。もうよく分かりません。大人ってなんでしょう。とても大人びた、と思う時もあれば、まだまだ子供だなと思うところもあります。

大人は大人の皮を被った子どもなんだろう、現時点ではそう結論付けています。

「三つ子の魂は百歳になるまで変わらない」そうですから。

 

いつになく終着点の不明な記事を書き上げたところで今回は終わろうと思います。

次回もまた何か思いついたものを書くような気がします。

私のネタは常に思いつきです(笑)

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

 

人生とはなかなかに難儀なものなり

皆さんこんにちは。みちこです。

相変わらずの滑り込み更新で失礼します。

 

今回は近況報告の寄せ集めから、自分が最近どういうことを考えているのかなというのを改めて振り返ろうと思います。寄せ集めといっても2つしかないんですけどね(笑)

では参りましょう。

 

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①中世文学ゼミ 夏の中間発表

今週月曜日から水曜日までZoomで行われた「中世ゼミ卒論発表会」がありまして。私も3年生枠で発表しました。

率直な感想を言うと、「卒論に対する認識の甘さ」を痛感しました。当然楽しいことばかりじゃないですよね…そうですよね…はい…と若干意気消沈しました。逆になんで私は卒論を書くのが楽しい「だけ」の要素だと思っていたのでしょう。無論卒論を書くのに「作品への愛」は必要不可欠です。ただ、それだけではどうにもならないこともあるのもまた事実です。意識の低さが露呈したな、という感じでした。

この3日間で先生やOGの先輩方からもアドバイスをいただき、我々ゼミの人たちの意識もさらに高まったことでしょう。少なくとも私はもっと意識すべき点はあっただろうなと反省しつつ、しっかり計画を立てていかないといけないと思いました。

 

ちなみに、OGの先輩方も参加しての卒論中間発表会が開催されるのは本学科では中世文学ゼミくらいでしょう。他のゼミでこのようなことをしているという話は聞いたことがないので、それだけ中世ゼミがしっかり学べる場所であるということと思います。

 

ここで改めて、「文学を学ぶ」ってどういうことだろうと思いました。OGの先輩方は「社会人になってからプレゼンする機会は山のようにある。このゼミでの学びはそこに生きる。」と仰っていました。

この3日間では「いかに自分が分かりやすく説明できていなかったか」。これを痛感することになりました。これって自分の発表だけじゃなくて人の発表を聞いていても思います。

「もっと分かりやすい伝え方ある気がする…」とか「卒論でやりたいことの全体像を提示してから話を進めてほしいな…」とかよく思いながら発表を聞いてました。

しかしいざ自分の発表でその視点が生かされているかというとそういう訳でもないようで。完膚なきまでに叩きのめされました(笑)

その「気づきの視点」を自分に還元していかないと何も意味がないじゃないか…と悔しく思いながら、今日までの3日と半分を過ごしていました。

こういう、「気づきの視点」だったり、「視点を生かす能力」だったり、「人に分かりやすく伝える能力」だったり、「調べる力」だったり、「まとめる力」だったり…こういうものの総合で卒論って成り立っているんだろうなと思いました。

せっかく大学に入って、せっかく好きな作品を見つけて、好きなゼミに入らせてもらっているのだから学べるものはすべて学び取りたいよね。うん…はい…がんばります…。

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②グループディスカッション体験

7月末、大学の講座で「グループディスカッション体験講座」があり、受講してきました。

以前本学のキャリア支援課(就職相談ができる場所)の個別面談(希望すれば本学学生はだれでも利用可)でアドバイザーから自己分析に関する相談をした際に「グループディスカッションとかグループ面接とか得意そう」と言われていました。なのでそこまで苦手意識を抱く事なく、でも初めてのことだったのでそれなりの緊張も携えて受講しました。

結果は以前言われた通りで、講師の方によるフィードバックの時間では「意見を言える人」「グループディスカッションに必要な要素をすべて持っているバランス型」だという評価をいただきました。しかし同時に「意見を言える人だからこそ、発言回数が少ない人に話を振ってほしい」とも言われ、確かにそこは反省点として受け止めるべきだなと思いました。

自分の殻に閉じこもるのが良くも悪くも私のクセであるのだな、と再認識しました。

もしかしたらこの文章も、自分の中だけの思いを綴っているだけだから「分からない」文章になるのかも知れません…(先日祖父から「ブログを読んでるんだけどよく分からない」と言われてしまったので…)

古典の話などたしかに難しい話をしていることが多いので、分かりにくいと言われたらそうなのでしょうが、う~ん…最近は身内向けにしている話が多いからかも知れないですね…。

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さて、以上近況報告をしてきましたが、以上2つの出来事から私は今迷走の期間に突入しているらしいことが分かりました。

自分の強みだと思っていたものが実はそうでもなかったらしいことや、逆に自分が強みだと思っていなかったことが強みだったり。

ある程度は自分のことを客観的に見れているのかと思ったら実はそうでもないらしく、未だ主観に囚われているらしいこと。

人生とはなかなかに難儀なものなり。まあでもいつまでも順風満帆なわけないので。

こういう時期もあるでしょう。逆にすぐ調子に乗る私のような性格の人は少しくらい痛い目にあった方がいいのでしょう。私は相当なあまちゃんです(笑)

 

それでは今回はここで失礼します。

次回は紹介したいものがあるのでその記事を書けたらいいなと思うのですが…時間があればいいな…

最後までお読みいただきありがとうございました!