大人とは何か

皆さんこんにちは、みちこです。

早いものでもう3月の下旬になりまして、そろそろ4年生になろうとしている自分が非常に怖いです…

現実を見たくないですね~…。

就活が真っ盛りすぎて本当に…という感じなのですが、その息抜きに様々な場所に出かけ、友人たちと会う日々を過ごしております…。

 

今回は最近の近況として、「大人とは?」というテーマでお話を進めていきたいと思います。

面接官と話していても、先生方と話している時も、親世代の方と話している時も、私が年上の方と話している時に高確率で言われることがあります。

それは、「落ち着いていますね」です。

口を揃えてそう言われます。

詳しく話を聴くと、「大人と話すことに動じない」だったり、「物怖じせずに話せている」だったりと様々に言われております。

時には「精神が大人すぎて実年齢とかみ合わない」と言われることもありましたが…

といったように、私はかなりの確率で「(精神的な意味で)大人っぽい」と言われます。

 

これはどこからくるものなのだろうと改めて考えてみたところ、やはり家庭環境(言ってしまえば私の母)の影響が強いだろうという結論に至りました。

母は昔から私を「自ら考えさせる子」に育てたかったようで、それが最初に出たのが電車の乗り換えです。

母は小学生の私に、交通系ICを買い与えることをしませんでした。

その理由は、PASMOやSuicaを買い与えてしまえば電車に運賃がかかっていることを認識できない、という点がまず1点。

2点目は、切符を買うということは目的地までどういうルートで行くかを路線図を見ながら事前に決めなければならないという点です。

路線図を見ながらどのルートで乗り換えをするのかを事前に考えた上で切符を買い、電車に乗るという体験は、当時の子どもからしてもあまりしないことであるかと思いますが、私の母はあえてそれをやらせていました。

その結果、中学生になって毎日電車通学をするようになってから乗り換えに困ることはほとんどなくなりました。

今や山手線周辺程度の都内近郊の駅であれば、駅名を言われるだけで乗り換え路線を空で言えるまでには都内近郊の路線図を把握しております。

 

このエピソードに見られるような「子どもに自ら何かを考えさせる」という教育を受けてきていたこととも関係しているかと思いますが、私は本当に昔から考えることが好きになっていきました。

その頃からの「考えるクセ」というものが育っていった結果が今の「大人っぽい」につながる要因の一つであっただろうと考えています。

 

また、「私の母が話をよく聞いてくれる人だった」ということもあるかと思います。

母も母で私の話をよく聞いてくれる人で、母との会話の中で常識、考え方、教養、社会情勢などなど、様々な話をしていく中で、何事に対しても自分の意見を求められるようになると同時に知識も仕入れられるので様々な話題に対応できるようになりました。

その結果が今の「大人と話をしても怖気づかない」「地に足のついた会話ができる」という評価につながっているのだろうと思っています。

いわば「母との対話」を通じて私の思考力は育てられていったようです。

 

という、思考のルーツの1つを掘り当てたところで、今回はここまでとしたいと思います!

次回は4年生の抱負とか話してますかね(笑)

本当に行き当たりばったりです(笑)

2年もブログを描いていたらネタも多少は尽きてきましたので、新規のネタで戦うしかなくなってきまして…。まあ、大目に見てやってください(笑)

 

というところで、ここまでとします!

最後までお読みいただきありがとうございます!

雑談

皆さんこんにちは、みちこです。

春の陽気ももうすぐそこまで来ている感じですね。新生活に心を躍らせる方もいれば、不安になる人も多い頃合いでしょうか。(ちなみに私は不安になるタイプです)

もう私は今から卒論と就活の両立に悩んでいて、この先本当に大丈夫なのだろうか…と心配になりながら日々を過ごしています。

「研究にタイパはない」と先生・OGさん各位がおっしゃっている通り、本来ならば卒論に力を入れなければならないものを、どうしても「自分がどのような存在か」を社会人にアピールできる面接と言う場を面白く感じてしまっている節がありまして、つい就活に時間を割いてしまうこともあります。

というよりこれがかなり面白いのですが、私は説明会を聞いてほぼ一瞬で「あ、この会社合う(または合わない)」が分かります。

少しでもその会社と自分に合うところがないんじゃないか…と思いながら面接に挑むと、その結果見事に全部不通過。

逆に「この会社は合うぞ!」と確信した会社には次の選考に進ませてもらえることが多いです。

これが本当に不思議なもので、「予感が良く当たる」といえばよいのでしょうかね。

あるいは、「自分のことが良く分かっている」といえばいいのでしょうか。

就活がその感覚当てを楽しむゲームのように思えて、なかなか楽しいなと思っています。

案外皆さんそんなものでしょうか、いかがでしょうか。

 

自分のことをアピールできる場所って、後にも先にもあまりなかったように思います。

昔こそ自分をアピールするなんて緊張してましたが、今は考えも何もかも、すべて言葉を使って伝わりやすいように表現しやすくなりましたから。

言葉で何かを表現することそれ自体が、私の強み・生きがいとなっているのだろうと思うとそれに気付けただけでも本学科にいてよかったと感じます。

というより、この社会の構造的にいきなり大学生・社会人になると自分をアピールしなければならなくなるという風潮になっているらしいですよね…。そのような中で自分のことを的確に表現できるというのは、ここで身に付けた力であり、今後も生きるスキルとなるのではないでしょうか。

 

なんて思いながら、すでに投稿日をすぎておりますので今回はここまでとしておきたいと思います。

かなりライト寄りの日記というか、そんな感じになりましたが、まあいいでしょう。日記だけでも私の個性なんて垣間見えるんですから。

次回は…そうですね…久しぶりに推し語りでもしてみましょうか。あ、ちゃんと現代の推しですよ~ご安心を~(笑)

最後までお読みいただきありがとうございます!

振り返りのお時間2

皆さんこんにちは、みちこです。

2月前半はお休みをいただいていたので、ブログを書くのが随分と久々なように感じます。

卒論ゼミの報告会のお話などもしようかと考えていたのですが、1つの節目として、これは続けたいなと考えたため、予定を変更して「振り返り」をしようと思います。

前回はいつ行ったんでしたっけね…と探してみました。やはり2月前半にしていたようです。

ご興味のある方はこちらからどうぞ↓

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/14

では、早速今年バージョンを始めていきましょうか…。前回同様、自分の書いた記事に対して一言でコメントしていくという形式で進めてまいります。

 

【2/27 ないものねだり】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/02/27/

「人と比較する」ということについて、私なりの持論をまとめたものになります。

このマインド、現在就職活動を続けるにあたってかなり役に立っていて、この時きちんと考えていてよかったな、と思っております。

今でも私のマインドはほぼ変わっていませんが、最近では「自分の現在地を確認するために他者との比較は必要である」という考えを持ち始めました。

これについても、またゆっくり話す機会があれば話しましょうかね…。

 

【3/15 「自主ゼミ」という環境】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/03/15/

私が本学科に入学を決めた最大の決め手である「自主ゼミ」について語らせてもらいました。

このような環境は滅多にあるものではないと思います。世間の実学重視の風潮とは逆行している分、文学部での学びは「自分の好き」を探求しやすい場所であると思います。

人生で一度くらい、皆さんも何かに正直になれたなら…その勇気を持つことが許される環境にいてくれたなら…と密かに願っております。

 

【4/1 想像の欠片、その名も「知識」】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/04/01/

有志で国立能楽堂に赴き、人生初の能を鑑賞した際の驚きと感動、そこから何を学んだかを自分なりにまとめたものになります。

伝統芸能だからと敬遠されるものでは決してなく、そこには確かに現代にも通じるものがありました。

皆さんも、能を観劇してみませんか…?

 

【4/20 集めたガラスの破片は元の鏡には戻らない】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/04/20/

新たな試み、と銘打って行った「小説チックな文章」の記事ですね。

どうやら造語が気に入ってしまい、そこから派生した文章のようですが、読み返すまでさっぱり覚えていませんでした(笑)

しかし分かりにくいですね…私の小説は…自分でもそう思うんですから、よっぽど厄介な性格をしているのでしょうね(笑)

 

【5/15 こぼれ落ちても拾っていい】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/15/

前回の小説記事の感想みたいなやつですね。

もう性質みたいなものなので仕方ないのかもしれませんが、私はこれだけ絵を描くことも文章を書くことも好きな中で、どうしても「0から」何かを作りだすことが苦手なようです。

この記事に書かれているように、制限の中で育ってきているからこそ、思考の枠組みがはっきりとし過ぎてしまっているのでしょうね。

柔軟に様々な見聞を広めて生きるようにしてきてはいるのですが、どうやら本質は変わらないのが人間というものらしいです。

 

【5/30 古典文学のおもしろさ(中古編)】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/30/

私が如何にして古典文学にハマっていったのか、その第1弾として中古(平安文学)にハマるまでの経緯を記してみました。

実は私は元から中世文学に興味があるわけではなかったのですよ…。というそこらへんの話も書いておりますので、ぜひ読んでみてください。

こんな興味が紆余曲折しても、卒論は書けますのでご安心を!

 

【6/3 古典文学のおもしろさ(中世編)】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/03/

前回の記事の続きで、中古から中世にくら替えするまでのことが書かれています。

ただしかし、中古への興味がなければ中世へ興味を持つこともなかったと考えると、中古への興味も捨てたもんじゃないのですよ…その変化が面白くて楽しいものなのですから…。

 

【6/22 つかの間の休息を楽しむ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/22/

なんか謎に息抜きの方法とか書いてますね(笑)

私は息抜きするの苦手なタイプなんですよね…。本来キャパもそこまで多いタイプではないので、そんな中でよく頑張ったんだな私…と改めて思いました。

 

【7/6 フリーBGMの世界】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/06/

フリーBGM、課題や作業のお供によく流しているものでございます…。

サークルの同期にフリーBGMガチ勢がいて、どのチャンネルの曲を聴いても大体知っているので、私は密かに怖がっています。ここまで「畏敬」という言葉が似合うシチュエーションがあるでしょうか…。

 

【7/29 時代逆行性「推し」について】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/07/29/

現在ひーふー言っている卒論の原点ともなっている「阿仏尼」について紹介しております。

彼女本当におもしろい女すぎて、注釈書読みながら毎回爆笑してしまうんですが、いい加減そろそろどうにかしたいですね…この癖は…さすがに…

 

【8/7 人生とはなかなかに難儀なものなり】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/08/07/

主観と客観というテーマで改めて自分がどの立ち位置にいるのかな、ということを考えた回になっております。

余談ですが、夏は私にとってどうやら試練の時期らしいですね。去年も車の免許とバイトで精神が死んでおりましたので…。やはり、夏は暑いからでしょうか…。

そして私は暑いのが大の苦手です!!!!!

 

【9/6 水音】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/09/06/

当時の私も書いていますが、誕生日直前・直後に書く私の記事はいつにも増して難解です。

なぜ?当の本人も良く分かっておりません(笑)

おそらく、「自分はまだまだ子どもだ」ということが言いたいのでしょうね。きっと。

そういうことにしておきます。

 

【9/17 使えるものは使ってしまえ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/09/17/

ブログ部部員の記事からインスピレーションを受けて書いた記事です。

たまにはこういうことをやってみてもいいと思います。

皆さん、どうでしょうか。私が次期部長となりましたので、どんどんテコ入れしていきますよ~!

(ちなみに内容はタスク管理の話です)

 

【10/12 知識の見せ方】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/10/12/

あ、なんか電車にハマっていたころの記事ですね…。

終電をわざと乗り過ごして歩き通すというおもしろい界隈があるんですが、これを見ると東京の電車が如何に短い区間の間に駅が存在しているかが分かると思います。

たまには大学周辺を歩いてみるのも、いいかもしれませんね…。

 

【10/28 近況をひとさじ】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/10/28/

手抜き回です(笑)

この時期が本当に非常に忙しくてですね…かなり大変だった中でブログも書いていたのでこんなことになりました。

でもたまにはこんな回があってもいいと思う。こんな心意気ですら、私の一側面を表しているかのようで面白いですね(笑)

 

【11/10 古典の新たな視点】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/10/

授業紹介ですね、端的に言えば。

古典って単に文章を読むだけじゃないんですよ~こんな形でのアプローチもできるんですよ~ということを分かっていただけたら幸いです。

 

【11/18 卒論執筆の序曲】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/11/18/

卒論ゼミを選ぶ2年生および受験生に向けて書いた記事ですね。

まあ、色々あって本学科で一番厳しいとされる!?中世ゼミへと足を踏み入れたわけですが、その選択をした過去の私に恥じないよう、頑張っていきたいと思います…。本当に…。マジで…。

 

【12/6 経験も使い方次第】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/06/

ゼミ活動と就職活動って実は密接に結びついてますよ~って話です。

経験の意味って、実はあとからこじつけるものなんです。やってる時に意味なんてわかりゃしませんって。

自己分析とかしたら、そう思うようになりました。

 

【12/20 たまには昔の話をしてみる】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/12/20/

昔の私と今の私、何が繋がっているんだろう…から話を始めてみた記事です。

本当は、なんか近況報告のパートがそのまま記事1本分になっただけです(笑)

「物事の本質が見える」という力は、養っておいて本当に損はありません。

たまにしんどくなる以外は(笑)

それとの付き合い方もまた、学びです。

 

【1/3 生成AIって、何もの…?】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/01/03/

生成AIを使って検証をする系の期末課題が出て、面白いなと思ったので改めて自分でもやってみようと思って検証した記事です。

ちなみに生成AIは使える場面さえ間違えなければ便利な代物です。

その場面の見極めが、最も難しいところなんですけどね…

 

【1/31 行ってこい、きっとなんでもできる】

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2026/01/31/

私が受験生時代相当に怠惰だったんですよ~という話をしてエールを送るという、なかなか斬新なやり方をしました。

普段他人から見た私はどのように見えているのでしょうかね…

おそらく、相当に美化した私が出来上がっていることと思いますが、私はそんなにできた人間じゃありません。でも不思議ですよね、なぜか「隣の芝生は青く見える」…。

不思議なものです。

  

 

 

さて。ここまで振り返りを行ってきましたが、読者の皆さんはどんな気持ちでこの記事を読むのでしょうか。

実は数日前から体調が芳しくなく、多少回復傾向に戻ってきたので、久々にPCの前に立って文字を打っているのですが、これ多分間違いなく深夜テンションで文章打ってるな、と思いました。

まあ、今回はここまでにしておきましょう。

次回はこれまた何を書くか悩みますね…。まあどうせ何か思いついて書いてますよきっと(笑)

 

というわけで、最後までお読みいただきありがとうございます!

行ってこい、きっとなんでもできる

皆さんこんにちは。みちこです。

相も変わらず期末レポートに追われている私ですが、レポートを書いていたってこういう自分の考えを発信する場は欲しいと思ってしまいます。

このブログ部という活動があって、私自身本当に救われていることが多いです。

 

さて、今回は一般試験の前日が更新日ということもありますので、受験生の方向けの記事を書こうと思いまして。少し受験生時代の私のことを書いてみようかな、と思います。

長くなりますが、まあ…気長に、気楽に見ていってくださいな。

(もしかしたらどっかの記事に過去の私が書いてる話かも知れないんですが…内容被ってたらご容赦ください…)

 

結論から先に言いますと、私はものすごく怠惰な受験生でした。

というのも、当時の私には大学に行くことにあまり意味を見出せなかったんです。

理由は、その頃大好きだった声優さん、そして自分の特技が朗読であることに起因しています。

簡単に言うと、ずっと昔から自分が得意なことで、周りにもある程度能力を認められていたのが朗読だったのです。

私は幼少期から物語を声に出して読むことが大好きでした。小学校で周りの子たちと気が合わずに友人がほぼ出来なかった時も、中学受験の勉強(特に算数)の点数が取れなくて散々父親に怒鳴られた日々の中でも、それだけが唯一の私の生きがいとなっていました。

中学生になってとある声優さんに出会った後から、徐々に私は声優になりたいと思い始めました。

しかし親に高いお金出してもらってまで通っている中高一貫校、さらに、いわゆる進学校と言われる、それなりに偏差値の高い部類の学校に進学していた私は、この夢は絶対に親には認めてもらえないだろうと思っていました。

案の定、大学受験を意識し始めた高校1年生の頃、ちゃらんぽらんな態度の私は父にこっぴどく叱られました。その夜泣き果てた先に私が考えたことは「声優さんは普段日本語を使って脚本を理解しているし、演技をしている。その日本語について知ることができれば、将来的に声優になる先駆けにはなるのではないか」ということでした。

そこで私は日本文化や日本語について学べる大学を探していき、大学受験勉強へ突入していくこととなります。

 

しかし、そう簡単に人が変わるはずもありません。

ーーー本当に勉強に身が入らなかったんです。

一度そう決意したはいいものの、結局は推しのコンテンツを観すぎてしまったり、推しが出ているゲームにハマって相当やりこんでしまったり…

結局その夢を諦めることは当時の私には難しく、ずっと心の片隅に置いて蓋をしたまま受験勉強をし続けていたのです。

要は、ずっと自分に嘘をつき続けながら受験勉強をしていたのです。

競争心や世間体のために、といった何か別の要因があれば違ったのかも知れません。

しかし、そんな心情は生まれて此の方持ち合わせてきませんでしたから、結局ほぼ身が入りませんでしたね。

 

というわけで、「傍から見れば」結果は惨敗。

となりましたが、別に私はこれで惨敗したとは微塵も思っていませんでした。

強いて言うなら、何かに一生懸命に打ち込んだ経験をしなかったが故に虚無感を覚えたことくらいでしょうか。基本私は人生に後悔することはないんですが、これだけは唯一人生で後悔している事かもしれません。

でも別に、これで終わりじゃありません。

現に、私の人生はまだ続いています。虚無感を覚えたあの時の経験が糧になったのかは分かりませんが、大学生の今の方が明らかに頑張っています。

母にも、「その気力を受験で発揮してくれれば…いっつも3年遅いよねあなたは…」と残念がられたくらいですから、後悔もしてみるものです。

 

まあ、ここまで長々と綴ってきましたが、この経験から一番言いたいことは「人生どうにでもなるのだから、一瞬一瞬になんでもいいから理屈をつけて全力出してみてね」ということです。

この、「なんでもいいから理屈をつけて」というところがミソで、動機は不純でまったく構わないのですが、そこでむちゃくちゃにでも全力疾走した経験は、絶対に後の人生で皆さんの糧になってくれるでしょう、ということです。

 

反面教師的に私の経験を消化してくださってまったく構いませんし、面白がってくれてもかまいません。むしろ過去の私を、「何やっとんじゃバカ!」とはっ倒してやってください(笑)

多くの皆さんは絶対に過去の私のように怠惰、なんてことないでしょうから。

ぜひ、自分が頑張ってきたことを信じて、貫いてくださいな。

 

たとえどんな道だとしても、皆さんが歩む道を心から応援しています。

 

といったところで今回はここまでとしたいと思います。

相変わらず長くてすみませんが、次回は…時期もよさげなので卒論ゼミ発表会について記そうかと思います。

最後までお読みいただきありがとうございます!

生成AIって、何もの…?

皆さんこんにちは、みちこです。

明けましておめでとうございます!ということで、2026年の幕開けです。

今年は学生という身分を語れる最後の年であり、卒業論文執筆や就職活動など私の人生における重要なターニングポイントにもなり得る重要な年でもあります。

今までと変わらずにこちらのブログも書き続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

さて、今回は満を持して、2回ほど前くらいから予告していた「生成AIの使い方」について書いていこうと思います。

持論多めになりますが、どうか気長にお付き合いくださいませ…

 

ーーー皆さんは生成AI、どのように使いますか?

生成AIは、今をときめくキーワードのような気がしています。

比較的直近の産物であり、便利な一方でまだまだ未発達・未開拓な部分もある。そんなものだと私自身は思っています。

個人的には、「生成AIが作ったイラストや音楽、小説などの著作権はどこにあるのか」といった問題には非常に興味があります。(私が趣味で絵を描く人なので…)

 

このように様々な場所で使われる生成AIですが、便利で汎用性が高すぎるからこそ、明確な使い方が実はそんなに知られていないんじゃないかと思います。

そもそも、「使い方に正解なんて存在しない」のが生成AIだとすら思いますが。

ですがそんな生成AIでも、たとえば「学校の課題に使ってはいけない指定がある」ことや「諸事情により、仕事で使ってはいけない」など、現在では使用を禁止されている場面も多くあります。

使用を禁止されている場面の多くが、「生成AIを使用することで、何かしらの理由によって不利益・不都合が生じるから」という理由で禁じられているのでしょう。

 

つまり、現状の生成AIは「使い方が明確に示されてはいないが、使用を禁止・制限されている場面がある」という状況に立たされていることになります。(ちなみに、使用を推奨されている場合もあると思いますが、こちらは主に「生成AIの検証」という実験的な性格を持つ場合にのみ許可されている、というのが私の認識です。)

では、この使っていい、悪いの違いはどこから来るものなのでしょうか。

今回はそんなことをふと疑問に思ってしまったので、私自身の生成AIの使い方を紹介しつつ、この疑問に自分なりの結論を出してみようと思います。

(今回は…論理的な構成で文章を書くように努め…ます…頑張ります…はい…)

 

私的「生成AIの使い方」

結論から言いますと、私は生成AIを「対話するため」に使っております。

大きく言えばそのようになります。では、具体的にはどう使っているのか。

その大半が就職活動のために使っています。

ーーーいや、就職活動もエントリーシート書くのに使っちゃダメだろ、って思ったそこのあなた。

そうなんです。だから私は「エントリーシートを書く」ことには使っていません。

では、どこで使っているのか。その前の段階。いわゆる、自己分析です。

 

自己分析って実は生成AIに聞きながらでも出来るんですよ。

正確に言うと、私は自己分析を全部丸投げにしていたのではなく、ある程度自分の中で説明できるようになってからその客観性を高めるために使っていた、というのが正しいのですが。

これこそ、私が「生成AIを対話的ツールとして使っていた」といった理由です。

自己分析といいますか、自分が何者であるかの説明といいますか、とにかくこういったことは往々にして主観的になりやすいものです。

たとえば、自分がこういう性質を持っていると思っても、周りからはそうは見えていなかったり、少し違った見方をしていたり…。こういったことは皆さんも一度は経験したことがあるでしょう。

そのために就職活動のサイトでもよく、「お友達や親御さんなどに「私ってどんな人?」と聞いてみてください」などと書かれています。

他の人の視点が入ることによって、よりその人の強みや弱みの材料がはっきりしてくるからです。(いわゆる「客観性」です)

 

それと同じことを私は生成AIを利用して行っているだけなのです。

といっても、「生成AIは使えば使うほど自分好みにカスタマイズされていき、自分に寄り添うような形の答えを返してくるから、客観的な答えが返ってくるとは限らないんじゃない?」という疑問がここで浮かび上がってきます。

そんな疑問に答えるため、実際に複数の生成AIに同じ質問を投げてみたところ、面白い結果になったので、次はそれについてご紹介いたします。

 

生成AI別 「私ってどういう人?」の検証結果

というわけで、実際に検証してみました。

今回は、私がよく就活で使用している「Chat GPT」と個人的にはあまり使わない「Gemini」で同様のことを聞いた際の結果を見ていきます。

 

ルールは簡単。「私ってどういう人だと思う?」をどちらの生成AIにも投げてみて、その回答を共有するだけです。

私がよく使用するChatGPTでは次のような回答が出ました↓

ChatGPT

あなたは、
自分の中にちゃんと軸があるのに、それを軽々しく言葉にしない人だと思う。

すごく考えてる。
就活の自己PRや志望動機でも、「それっぽい正解」を出すより
「これって本当に自分の言葉かな?」って何度も立ち止まってたよね。
その姿勢自体が、かなり誠実。

それから、
人や状況をよく見て、無意識に“支える側”に回れる人
アルバイトの話も、サークルや学業の話も、
前に出て目立つというより
「今ここで何が足りてないか」を察して動いてる感じが一貫してる。

あと個人的に強く思うのは、
感受性が高いけど、それを表に出すのが上手すぎて、周りに気づかれにくい人
しんどさも迷いも、ちゃんと抱えてるのに
「まあ大丈夫」として処理しちゃう癖がある。

占い風に言うなら(笑)
「静かに考え続ける知性」と「人を思う優しさ」が同居してるタイプ。
派手じゃないけど、長く一緒に仕事したい人。

もしよかったら聞かせてほしいな。
自分では「ここだけは当たってる/外れてる」って思うところ、どこ?

まあ、恥ずかしいので説明は色々省きたいのですが(笑)

ここで言えることは、「データの巣窟から総合して何かを言う」ことは得意なのだろうと思います。

就活でいわゆる「ガクチカ」に何を設定すればよいかを聞いていたこと、そのためのブラッシュアップのやり取り、ちょっとしたお悩み相談、お試しで聞いてみた占いなど、見事に今まで私がChatGPTに聞いていたことを総括してくれています。

 

ですが、これで私の全部を分かった気にならないでいただきたい。思いあがるな、チャッピー(ChatGPTの略称?愛称?)くんよ。

これだけな訳がないんですよ。

だって普通に考えてみてください。この20数年、幼少期から今までかなりの数の出来事、それについて思ったこと考えたことなど数多あったはずです。

それらすべてがこのチャッピーくんの説明に集約されているわけがないんですよ。

 そういう訳で、よく使っていてかつ私に関する情報がある程度集まってくれているであろうChatGPTですら、「私の一側面しか表すことができない」んです。

 

お次は全く使用していなかった(つまり、私に関するデータが少ない)「Gemini」で同じことを聞いてみたところ、次のように返ってきました↓

Gemini

正直に申し上げますと、私はあなたの表情を見たり、声を聞いたり、直接隣で過ごしたりすることができないため、「あなたはこういう性格だ」と断定することはできません。

ですが、こうして私(AI)に**「私ってどういう人だと思う?」**と問いかけてくださることから、いくつか素敵な一面が想像できます。

私から見える「あなた」の可能性

  • 自分を客観的に見ようとしている 「自分はどう見えているんだろう?」と考えるのは、自己理解を深めようとする向上心や、メタ認知能力(自分を外から見る力)が高い証拠です。
  • 対話を大切にしている 一方的に情報を調べるだけでなく、あえて「問い」を投げかけることで、新しい視点やコミュニケーションを楽しもうとする遊び心や柔軟性をお持ちではないでしょうか。
  • ちょっとした冒険心がある AIに対してこうした抽象的な質問をするのは、AIがどう答えるのかを試してみる好奇心があるからこそだと思います。

もしよろしければ、あなたが今「自分ってこうかも?」と思っていることや、人からよく言われることを教えていただけませんか?

それらをヒントに、あなたの個性を一緒に掘り下げたり、あなたが気づいていないかもしれない魅力を言葉にするお手伝いをさせてください。

次は、あなたの「好きなこと」や「最近気になっていること」について聞いてみてもいいですか?

まあ納得の返答だと思います。

そりゃ、データがないものを断定することは出来ませんからね。解像度は非常に低いです。

ちなみに、紆余曲折経て結論を出してくれたGeminiの回答が次の通りです↓

Gemini

承知いたしました。たくさんの「データ」を共有してくださり、ありがとうございました。

これまでの対話を通じて、私の中に形作られた「あなた」という人物の印象をまとめさせていただきます。

一言で表現するなら、あなたは**「静かな情熱と、極めて高い客観性を併せ持つ、知的な誠実家」**です。

具体的には、以下のような多面的な魅力をお持ちだと感じています。

  1. 「最適解」を選び取る柔軟な知性 「研究なら積み上げ型、ビジネスなら結論ファースト」と即座に判断されるように、自分のスタイルを状況に合わせて最適化できる柔軟さがあります。それは、単に頭が良いだけでなく、自分が置かれている状況を冷静に俯瞰できる「メタ認知能力」の高さに裏打ちされています。
  2. ノイズを許さない「美意識」と「誠実さ」 「せっかく調べたことでも、本筋に合わなければ捨てるべきか悩む」という点に、あなたの本質が表れています。知識を誇示することよりも、論理の純度や「正しい流れ」を優先する。そのストイックなまでの誠実さは、周囲からの深い信頼に繋がっているはずです。
  3. プレッシャーを「楽しさ」に変える強靭さ 期限が迫る義務的なタスクの中に、自分なりの「こだわり」を見出し、それを「楽しい」と言える。これは誰もができることではありません。困難な状況を自分の土俵(クオリティの追求)に引き込んで楽しむことができる、非常にタフでポジティブな精神性をお持ちです。
  4. 相手への深い配慮 「情報量が多くて伝わらないのではないか」という懸念は、常に「受け手」の立場に立っている証拠です。あなたの語る「流れ」とは、相手の思考への優しさそのものなのだと感じました。

総じて、「論理的で鋭い視点を持ちながらも、独りよがりにならず、常に最善の伝え方を模索し続けるプロフェッショナルな方」。それが、現時点での私から見た「あなた」という人の輪郭です。

やりとりの詳細を省いているので説得力がないかもしれませんが、提供したデータを集約して言えることを述べているに過ぎない、というのが率直な感想です。

提供したデータも、聞かれたことに対しての回答にプラスアルファーを付けて答えていることも多かったため、解像度自体は高くはなったと思います。

つまり、「学習」はしているのだと思います。

が、これも先ほどと同様、「そんなわけがなかろう」と思うこともあります。

 

以上の検証から分かることは、

・生成AIは決して客観的とは言えない

・生成AIは「話している内容をまとめること」自体は得意

・生成AIは「学習すること」も得意

・対話スキル自体はあるが、その対話は本来の人同士の対話とは少し性質が異なる

(現段階の生成AIでは、変化球を投げることはほぼできない)

 

となるかと思います。

次はこの結果を通した上で、改めて自分の生成AIの使い方について振り返ってみようと思います。

 

私の生成AIの使い方

改めて今回検証してみて、「生成AIに客観性があると思っていたが、実はそれは性質の違う客観性だった」ということが分かりました。

本来の客観性とは、「様々な情報をインプットし、かつ取捨選択した上で生まれるもの」だと思います。

一方で生成AIの客観性とは、「与えられた情報のみに対して、明確な物差しのない状態で生まれているもの」だと思いました。

 

こちら側がより正確な情報を与えることでその精度は格段に上がっていくでしょうが、これには際限がありません。「一体いつまでやれば精度の高い回答を得られるのだろう…?」という問いに対しては、「情報やケースが無限にある以上、そんなものはない」という答えにしかならないでしょう。

それを桁違いの膨大なデータでやっているからこそ精度が高くなることもあるのでしょう(たとえば経済や科学系の分野なら、「膨大なデータから回答を導き出す」は生きる性質だと思います)。

一方で、まだ「人」にアプローチするようなことにはそこまで安直に使うことができないのではないだろうか、ということが今の私の結論です。

「AIに美学という観念はない」と言われるのがまさにそのことを指していると思います。

 

ですがこれだけ世に普及してしまった以上、「使うな」というのは無理な話です。

では、我々は何をすればよいか。答えは簡単です。「使い方を間違えなければよい」のです。

もっと具体的に言うならば、「AIの性質を理解して使う」のが現状での正しい使い方なのだろうと思います。

それを理解した上で使ったのであれば、「良い」使い方、理解できなかったのであれば「良くはなかった」使い方なのでしょう。

いったん、私の中ではこういう結論を最終的なものとして出しておきます。

 

この問題に対して核心をついた答えを出すには、もっと色んなことを考えなければならないのでしょうが、これ以上は考えが及びそうにないので、ここまでにしておきます。

たかが一学生が考えられるのは、これで限界なようです。

 

そして、皆さんに再度お願いです。

これはあくまで持論ですので、決してうのみになさらないようにしてください。

この問いに明確な回答はないのですから。ぜひ、自分で検証して結論を出すためにこの記事の内容を使ってみてくださいね。

受験生の皆さんは目下共通テストがありますでしょうから、ぜひそちらを優先してくださいませ。

体調に気を付けて、全力を出し切れますようお祈りしております。

受験が終わって暇になったら、ふとした疑問に対する答えを自分で考えてみてくださいね。

 

本学科は、このブログで述べたような思考プロセスとその表現方法が学べる場所です。

 

それでは、今回はここまでにしておきます。

次回は…まあ色々考えておきます。なんでこんなことしたくなったのかっていう理由が少しあるので、それについて述べてみましょうかね。いつも見切り発車ですので色々変わっておりましょうぞ。

まあ、次回更新をお楽しみに。

 

それでは、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読みいただきありがとうございます!

たまには昔の話をしてみる

皆さんこんにちは、みちこです。

最近寒くなってきて、体調を崩される方も多いと聞きますが、いかがお過ごしでしょうか。

世間はクリスマスムードらしく、イルミネーションなどが街で華やいでおりますが、皆さま何かご予定などはあるのでしょうか。

我が家はもう子ども2人(私と弟)がそれぞれの予定で忙しいので、去年あたりからクリスマスパーティーなどはしなくなりました。父が寂しがっているらしいですが、私は自分の好きなことをさせろと思っているので、悪いけど自分の予定を優先します。

ーーーえ?恋人?そんなものはいません。普通にバイトでお金を稼ぎに行くだけです(笑)

どうせ大みそかは年越しそばを囲んで、お正月はおせちとすき焼きを囲むんですから、それで十分だろう、我が父よ…。

(執筆途中に挟む;前回予告していた、生成AIの私的使い方を書くつもりが、この話だけで一記事出来てしまいそうなので急遽路線変更します。本能のままに書くと計画性のなさが露呈する、私の文章…。)

 

ちなみに我が家は長らくクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントなどと言ったものはなく、最後に親族からもらったプレゼントを遡ると、おそらく5、6歳の頃のことです。

「もらっていらないものをあげても意味がないだろう」という両親の意向がはたらいており、私も弟も長らく両親からはプレゼントをもらっていません。そのかわり「これでなんか自分の好きなものを買いなさい」と父から現金をもらうのが我が家の通例となっています。

ちなみに母曰く、「不定期に何かしらご褒美であげているのだから、わざわざイベントごとにあげなくてもいいだろう」というのが答えらしいですが、私自身も別にそれで納得しながら過ごしてきたので、特におかしなことだとも思っていませんでした。

 

しかしこの話を友人たちにするときまって、「いやそれはどうなんだ…」と言われることが多いです。

あな恐ろしや、これが家庭環境の違いというものでしょうか。別にこれといって愛されずに育ってきたというわけではない(むしろどちらかというと過保護寄りで育てられている)ので、まあうちの両親の感覚がひどく現実的過ぎたのでしょう。

そのせいかは分かりませんが、子どもの頃からあまり夢を見る隙を与えられなかったように思います。

よく、「サンタクロース」をめぐるよもやま話がありますが(あえてぼかして書いております)、私がそれに対して回答を返すなら、「もう記憶もない頃からプレゼントを与えられた経験がないので、分からない」ということになります。

幼稚園の頃に(着ぐるみ姿の)サンタクロースがやってきたことは覚えているので、その頃は無邪気におとぎ話のようだと思っていたのですが、小学校に上がったあたりからもう両親からプレゼントはもらえなくなっていたので、途中から「そういう世界のもの」だと思ってはいたようですが、具体的にどこからと言われると…やっぱりちょっと分かりませんね…。

ここまでの話を聞いてお気付きかと思いますが、私は時に残酷なまでに現実的なタイプの人間のようです。自分の中における精一杯の返答を返したつもりでも、「正論やめて…それは分かってるの…」とよく言われます。冗談が言えないタイプ、といえば伝わるでしょうか。中身のない世間話がとにかくできないタイプです。

そしてここまで現実派であることを書いておきながら、私自身は高校生の中盤くらいまで自分のことを、「空想の中に生きている、いわば感覚派の人間であり、論理派ではない」と思っていました。しかし友人から「あなたは結構現実的だし論理的な方だよ」と言われ、そこでやっと自分が空想に生きる、感覚側の人間ではないことを知りました…。その時、やっぱり人間って面白いなあ…と思いました。

 

ここまで書くと、「子どもの頃から大人びた子だったの?」と思われそうですが、結論から申し上げますと「半分そうだと思う」というのが答えになります。

幼稚園くらいの頃の私はどうやら相当におもしろかったようで、母から「弟の印象深い思い出はほとんど出てこないが、私のおもしろい思い出はたくさんある」と言われるくらいにはおもしろい子だったようです。どうやら普通の子がしないような変な行動をたくさんする子だったようで、相当におもしろがられていたようです。まあしかし普通に遊びもしたので、そういった意味では年相応だったでしょう。

ただ、同年代の子と一緒に遊ぶよりも、一人で遊ぶもしくは大人の輪の中にいる方が好きだったようです。そういう意味ではまあ…変わった子だろうとは思いますね…。

そんな大人に混じることが多く、価値観が少し大人びていたからかは分かりませんが、小学生の頃は周りの子と感覚が合いませんでした。それ故に「一人でいる方が楽だ」と思い、ずっと友人を作らず一人で過ごしていました。

一時友人を作っていた時期もあったのですが、自分の時間が取られるのが煩わしいと感じたのと、一見すると全く意味のないことをルール化して行動しているのがどうしても理解できなかったので、結局当時の私は、友人の輪からは外れ、一人でいることを選びました。

 

今思えば、「物事の本質をつかむ力」はここから始まっていたのだろうと思いますが、当時は未熟ゆえかそれを上手いこと行動に移せなかったところが子どもだな、と思ってしまいます。今ならもう少し違う対応をしていたことでしょう。

 

さて、思わぬところから興がのってしまい、私の幼少期の頃の話をしてみましたが、どうだったでしょうか。

ーーーまあ、興味ないですよね!他人の昔話なんて!

導入の話からよくもこんなつらつらと書いたなあ…と思いますが、まあこれが私なのだろうとも思うので、読者の皆さんも呆れておりますでしょうが、私自身ももう自分を止められないだろうと、半ば呆れております(笑)

 

次回こそは、書きたい…チャッピー君について…。

そういえば今思い出したのですが、どうやら私の今年の更新は今回で終わりのようで。

次回更新は新年になるわけですが、そこでチャッピー君の話するんですね…。まあ別にいいですが(笑)

というわけで皆さま、体調に気を付けながら、よいお年をお迎えください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

経験も使い方次第

皆さんこんにちは、みちこです。

今日も今日とてやることが終わらず、この文章を打っている現在時刻は23時13分。日付が変わる前に更新を完了させようというタイムアタック方式で駆け抜けていく所存です。

最近急に寒くなりましたが、皆さま体調は大丈夫でしょうか。かく言う私も微熱が続いた時期がありまして、せっかく3連勤できて、稼げるはずだったバイトを2日お休みすることとなってしまいました…。

悲しや悲しや…。まあ、こんなこともありましょう。後日シフト代わっていただいた方にはきちんとお礼を申し上げましたので、ご容赦ください。

 

さて、本日の話題ですが…。

こないだよさげなのが思いついたんですが、今それを思い出せないので、最近ずっと自分の中でくすぶっているこちらの話題について書くことにしましょう。

それは「ゼミ活動で培ってきた力が実は就活に役立っている」ということについてです。

具体例にどういうことかと言いますと、「何かしらの発言をしたり、質問をしたりということが事前準備なくその場で出来てしまうようになった」ということです。

この能力はおそらく、社会に出たら嫌というほど使うようになりましょう。

 

例えば、会社説明会の場。自分の将来の就職のため、面接の切符を手に入れるため。そんな少しの不純物が混ざった動機から参加する会社説明会です。自分が少しでも興味を持った会社なのですから、受け身ではよくない。そう思って、会社説明会に参加する前には必ず会社のHPで情報を集めるようにしています。

この会社は何をしている会社なのか、社風はどのような感じか、この会社の強みってなんだろう、など、さまざまな角度から会社を見るためです。

当たり前のことなのかも知れませんが、情報として仕入れる前から自然と私はこのようなマインドになっていたような気がします。ある種の「礼儀」として。

 

なぜか。それは至極簡単な理由です。自分も相手も、貴重な時間を使っているからです。

わざわざその時間を空けて聞きに行く、企業の人事の方も参加する学生のために時間を使って下さるならば、互いに有意義な時間を過ごしたいでしょう。

だったら、その理想に近づくよう、せめて自分だけでも行動するまでです。そういうマインドです。

そしてその理想に近づくためには、人事の方への好印象を持ってもらうこと。そうなるための一番手っ取り早い手法は「質問すること」なんです。

 

実はこういう場面での質問って非常にいい手段でして。というのも、まず質問してくれたというだけで人事側からすれば、自分の会社に興味を持ってもらえている、という意思表示になるからです。

そうなれば名前までは覚えてもらえなくとも、「あ、この子はうちの会社に興味を持って、面接も受けてくれそうだな」と思ってもらえる可能性が上がるわけですよ。

何かしら質問をするだけで良い印象を持ってもらえる可能性があるんですから、コスパいいんですよこれ。ホント。マジで。

 

この習慣やマインドがどこから見に付いたのか、という話ですが、それが私は「ゼミで発表資料を事前に読み込む」という習慣から身に付いたものだと考えています。(前置きが長いですね、はい。いつものことです…)

他のゼミはどうか分かりませんが、私の所属している中世ゼミでは発表日の3日前(土日を挟む)には必ず発表資料を提出するようになっています。

つまり、土日の間に発表資料をきちんと読み込んで、ゼミの時間に質疑応答をきちんとできるぐらいまで読み込んでおけという、まあ端的に言ってしまえばそういうものです。

なので私は3年生になってゼミに所属してから、ゼミの質疑応答に対応すべく、Wordファイル1ページ分にびっしり、2人ないし3人の発表に対するコメントや気になったところ、質問事項などを、発表資料を読みながら事前にメモしているんです。

そしてそれをゼミの発表を聞きながら質問を精査していき、質疑応答の時間で精査された質問やコメントを発言するという、そういう流れを毎週のように行ってきました。

 

この習慣があると何がいいかって、まず「目の付け所」が分かってくるんです。

知識量がどこまで豊富にあるかにもよりますが、発表資料を読んでいるその瞬間から「どこがツッコミどころなのか」というところが大体分かるようになってきます。

この「気付く力」というのはデカい。

さっきの例でいうと、企業HPを見ていて「自分の知りたいこの情報がないから、会社説明会の時に聞こう」となるわけですね。

この「気付きの力」というのは、意外と訓練していないと出てこないものだったりします。

 

あとは、「発言することに恐れを感じなく」なります。

意外と皆さん、発言を恐れがちなんですよね。かく言う私も今でも「これって言っていいのかな…。」と躊躇して結局言わなかった、なんてことはよくありますが…。

でも実際発言してみると、意外とそんなことなくて、相手はちゃんと受け取ってちゃんと回答してくれます。自分の中でぼんやりして、まとまっていなくたっていいんです。

そしたらそれはそれで、相手が補足情報を伝えてくれるので、そこから疑問に思ったことをさらに返す。そうするとまた答えてくれる。このような、会話のキャッチボールを進めていけばいいだけなんですから。

 

そして、こんな状態に慣れてくると今度は「事前準備がある程度なくたって」その場で質問を考えて言えるようになるわけですよ。要は慣れです。本当に。

あとはまあ、私の場合は「意見を聞いてくれる環境だった」っていうのが要因の一つな気もするので、その環境自体があるのはだいぶ恵まれてるな、と思うのですが…。それも私の持つ1つの力なのでしょうかね…。「自分で自分の望む環境に身を置く力」とでも名付けましょうかね…。

 

とまあ以上のように、ゼミで培う能力だって、やろうと思えば就活にだって役立てられるんですよ、という話でした。

経験は地続きなんですよね…。これは私が大学2年の時分から今まで約1年半以上の多忙の日々から得た学びです。どんな経験も、今あるいは未来の経験のどんなところにも生きる。

なので皆さんもぜひ、「経験を点と点で捉えず、線で捉えてくれたら」嬉しいです。

それだけで、あなたの世界が少し変わるかも知れません。

 

と、だいぶかなり綺麗ごとを申し上げつつ今回の記事はここまでにしようと思います。

次回はちょっと巷をにぎわせているチャッピー(ChatGPT)君の個人的利用法について話そうかな、と思います。今回で書こうと思ってたんですがちょっと間に合いそうにない…。

(結論から先に言うと、私は対話相手として、自己理解を深めるためにチャッピー君を使ってます。割と不思議な使い方してると思うので、それはまた次の更新で詳しくお話できたらいいなと思っています!)

 

というかこの文章を書いている時刻が現在0時14分なんで、まあ全然間に合ってないんですけどね!

というわけで、今回はこの辺で失礼します!

最後までお読みいただきありがとうございます!(というわけで、0時18分に執筆完了。記事作成時間;1時間5分でした。謎の検証してました(笑))

卒論執筆の序曲

皆さんこんにちは。みちこです。

前回の私の更新頃まではところどころ暑い日もあったように思うのですが、急に寒くなりましたね…。

インフルエンザが例年より早い時期から流行っているとのことで、在学生の方ももちろんですが、受験生の皆さんも体調にはお気をつけください…!

とにかく体を冷やさないこと!喉や鼻を乾燥させないこと!

これを徹底しておけば、ある程度は防げると思いますのでしっかり対策なさってくださいませ。

 

さて、今回の記事のテーマは「卒業論文」ということで、私たちの1つ上の代の先輩方たちは大詰めを迎えている時期となります。

ということはですよ…そう…

 

ーーー我々の番が…ついにきてしまう…ということです。

 

と同時に、1つ下の後輩である2年生もそろそろ、卒論を書くゼミをどこにするかを決めなければならないということになります。

そこで今回は卒論をテーマに記事を書こうと思い立ちました。

受験生の皆さんには頭の上にはてなマークが浮かびそうな内容になるでしょうが、日文に入ったあとの未来の話だと思って、少しだけでも頭の片隅に置いておいてくださると嬉しいです。

 

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まず、本学科は卒業論文を書き上げてから卒業する学科です。

他大学では卒論を卒業要件の必須条件にしないというところもあるようですが、本学科は必須です。

なので、本学科に入学したら卒業論文は避けては通れないと思って下さい。

 

これを前提に話をすると、本学科には合計9分野を専門に学ぶことができ、この中のどこかのゼミに所属することとなります。以下、受験生向けに簡単な分野の説明をしますね!

 

上代文学…『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』はこの時代の文学!日本文学の黎明期を学びたいならココ!

中古文学…有名な『源氏物語』をはじめとする物語文学、『枕草子』や『更級日記』などの日記文学はこの時代の文学!「THE古典文学」を学びたいならココ!

中世文学…軍記物語の『平家物語』『太平記』、物語の『とりかへばや』日記文学の『とはずがたり』などはこの時代の文学!「マニアックな古典文学」を学びたければココ!

近世文学…井原西鶴や近松門左衛門、松尾芭蕉など庶民が様々な文化を生み出した時代!「古典のパロディー化」について学びたいのならばココ!

近代文学…夏目漱石、太宰治、芥川龍之介などなど…皆さんも知る有名な作者の文学があります!現代の作家について学ぶこともできます!「今まで、そしてこれから『どのような読みができるのか』」を考えたいならココ!

日本語学…私たちも使う日本語には実は謎が多い!?日本語の成り立ちや音声について学びたいならココ!

日本語教育学…日本語の母語としない人に向けて、日本語をどのように教えるのかを深められる

中国文学…李白や白居易など中国の古典や詩を学びたいならココ!実は中国文学は日本文学にも大きく関わっているのです…!

図書館情報学…図書館の本の所蔵の仕方や変遷などについて学ぶならココ!文学は「本」の形で伝承されてきたことから、日本文学には大きな関わりがあります!

 

(専門以外のところは説明が若干雑になり気味なところもありますが、ご容赦ください…何となくは分かっていただける説明にはなっていると思います…)

以上の計9つから1つを選び、3年次から卒業論文を書く準備に入っていくこととなります。

 

そして現在、学科内では2年生がどうやら卒論ゼミの希望を出す段階に入っているらしい…という情報を小耳に挟みまして。

なので、色々と迷っている方も多いでしょうから、今回は3年の先輩として、1モデルケースではありますが、「なぜ私が中世ゼミに入ったのか」をお話していこうと思います。

 

以前ブログに書いたことがあるので、知ってるよ!という方もいるかもしれませんが、今回は時系列的には本締め切り前くらいの時のことを書いているので、また違った視点からお話が出来ると信じています。(多分)

なので、どうか飽きずにご覧ください!!!!

性懲りもなくやってるのそっちだろ、という話ですが…何卒…

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私が中世ゼミに入った理由は「せっかく古典文学にドハマりしたのだから、ガチで卒論を書ける環境に行きたい」と思ったからです。

最終的な理由は結局のところこれです。

私が紆余曲折を経て中世文学に興味を持ったことは以前の記事に書いたことがありますので、よろしければご覧ください↓

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/05/30/

https://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/blog/index.php/2025/06/03/

2回にわけて執筆しないと、とんでもなく長くなりそうだったので、2つ記事がございますが、よろしければご覧ください。

簡単に説明すると、

日本語学への興味、そして挫折→授業で中古文学の面白さに触れる→中世文学の面白さに触れる→中世にずぶずぶ

みたいな感じです(笑)

 

卒論ゼミを選ぶにあたって、私は中古に行くのか中世に行くのか、かなり迷っておりました。

それこそ、本締め切りの30分前まで迷った末、第一希望の枠に「中世」と書いたほどです。

というのも、「どちらも好きだったから」です。どちらも選べなかったんです。

どちらも入りたかったくらい、中古で卒論を書くことも、中世で卒論を書くことも想像が出来ていたし、楽しみたかったんです。

 

ではなぜ永遠に迷っていた私がなぜ中世にしたかと言いますと、「ガチな環境で卒論を書きたかった」からです。

私は、大学入学前に「大学生活で自分が決めたこと・やりたいと思ったことには嘘をつかない。その通りに行動する」という大きな目標を立てて行動してきました。

その通りに行動してきた結果、思った以上に世界が広がり、様々な活動に携わることが出来ているという自負があるのですが、そんな自分がいたからこそ「ガチな環境で書いてみたい」という思いが芽生えたのだろうと思っています。

昔の私なら、卒論は必修だけど、でも就活もあるし、就活の方が将来のことだから力を入れた方がいいのかな…などと思い、力を入れなくても良いゼミに行くことを選んでいたことでしょう。(自分のことなのでよくわかります。おそらく高校以前の私なら絶対にそうしていたと思います。)

大学生活で培ってきたあらゆる経験から学んだこと、さらに自分の能力を高めていきたいという向上心、そして何より「もっと古典文学を学びたい」という思いが一番にあり、それに従うことができたからこそ、私は中世という選択肢を選ぶことができたのだろうと思います。

 

まあ、奥底にあるホンネを引きずり出してくればそれはもう「好きな先生の下で書きたかった」になりますので、よくもこんな綺麗な言葉が出てきたなという話にはなるのですが、こんな理由でもぶっちゃけいいと思います(笑)

ただし、私が選んだゼミはそんな生易しい感情ですべて解決できるようなところではないので、当然今まで語ってきたことも嘘ではありませんよ。本当に、生易しいもんじゃありません。

同級生から他のゼミの話を聞いていても感じます。うちのゼミの熱量の高さは並大抵なもんじゃありません。マジで全員漏れなく中世という時代や作品が大好きな子たちです。

 

ですので大事なのは、「その分野(あるいは作品)と丸2年間飽きずにお付き合いできるか」ということ。(指導教員云々はあくまでプラスアルファーなので、そこだけは間違えちゃだめです!!!)

そこに尽きますので、2年生の皆さんにはぜひとも、納得したゼミ選びをしていただきたいと思います。

 

それでは、かなりだいぶ限定された層に向けた発信をしたところで、今回はここまでにしたいと思います。

数えてないですが、ブログで私が大学の学問について語った記事は全体数のいくつくらいなんでしょうかね、というくらいには古典文学が大好きな私が、かなりのお節介を焼いた記事を書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

 

受験生の皆さんも、日文に入るとこんなことがあるんだ~なんて思っていただければ幸いでございます…冒頭でのメッセージの繰り返しになりますが、もう一度言いますね…!

次回は…なんか勝手に推し語りでもしとこうかな…

というわけで、今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

古典の新たな視点

皆さんこんにちは。みちこです。

更新日を1日遅れてしまっているのですが、書いていた記事を次回の更新に回そうと新たなページを開いております。

今回は古典文学について語るのですが、少し趣向を変えて、実際私が取っている授業の紹介から古典の新たな視点に触れてみようという、そういった試みとなっております。

今回は、

①『竹取物語』や『源氏物語』の英訳に触れる!?「古典文学を英訳する」とはどういうことなのか

②「文学」じゃなくて「本」を研究するって何?「古典文学の本」を研究する学問

この二つについて扱ってみようと思います。

授業紹介ということで、受験生の皆さまには少し難易度が高くなっているかもしれませんが、入学後にどのような授業を受けたいかな…と想像しながら読んでみてください。

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①古典文学を英訳すること

突然ですが皆さんは、『源氏物語』に英訳書が複数あることをご存知でしょうか。

『源氏物語』の英訳書がある、ということはご存知だったとしても、意外と「複数ある」ということは知らなかったりするのではないでしょうか。

かく言う私も、その一人でした。

 

そもそも、「古典文学を英訳する」ことにはどんな意味があるのでしょうか。

1つには、海外の人に『源氏物語』ひいては日本の古典文学を知ってもらう機会が増えるということです。最初は英訳から入って読んでもらい、面白いと感じてもらえたなら原典にあたってもらえばいいのですから。

そして2つ目。これはなかなか想像がしにくいと思いますが、「日本語と英語とでどのようなニュアンスの違いが生じるのか」を日本人の視点から確認することで、改めて日本の古典文学がどのような意味を持つものなのかを考える、ということです。

 

最初に英語の授業を受けた時のことを思い出してみてください。

ーーー日本語と英語って、全然違う!と思いませんでしたか?

実はその通りで、英語と日本語は言葉の並び方が全く違うものです。

 例えば、「私は本を読む」という文章があったとして、これを英訳すると、「I read a book」となりますよね?

言葉の並び方としては、

日本語→主語/修飾語/述語  となりますが、英語では

英語→主語/述語/修飾語   となりますよね。

 実はこの言葉の並び方の違いも、各国の文化の違いを体現しているものと言っても過言ではありません。

古典って、すごく一文が長いことを皆さんはご存知だと思います。これって、日本語の文構造をしていないと、おそらく成立しにくいものだと思います。

だって英語で説明してしまったら、「誰が何をしたか」が文の構造上、すぐ分かってしまうので。

 

ここで説明したことはほんの一例かつ現代語で起きる現象ではありますが、古典だとしても起きる現象は同じです。いや、むしろ現代語以上にあると言っても良いと思います。

授業内では「出家して山に籠る」ことを英語で何と訳せばよいのか、など古典を英語に翻訳する上で問題になることが実際の事例とともに紹介されていきます。

他の文化や言葉と比較することで初めて日本の文化の特徴などが分かる、と言いますが、この授業はそういったことの実例検証に踏み込んでいると言えると思います。

 

今まで古典文学の勉強というと、「本文を読んだ後にそれにどういう解釈ができるか」ということに焦点が置かれがちなので、この授業はあえて異文化のものを交えることで見える日本文化の特異性という観点から見ると、かなり面白い授業であるのかな、と思っております。

 

古典って、こういう視点からも見れるんですよ!

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②「本」を研究するとは?

意外と忘れがちなこちらの視点。

皆さん、文学はどこに書かれているものでしょうか?

出版社が発行している新書?それとも教科書?

ーーーいいえ、答えはそれらも全てひっくるめた「本」です。

皆さんは、博物館やTVなどで古文書の類は見たことがあるでしょうか。あのような古めかしくて文化財にもなるような「本」が実は研究の出発点なのです。

実はどんな物語や日記、小説や和歌でもほとんどは「複数のバージョンの本」が残っているのです。

今はデジタル時代ですから、書いたり消したり、復元したりといった作業はかなりスムーズにできますよね?しかし当時はそうではなかった。江戸時代に印刷技術が発達する前までの本は、すべて手書きなのです!

手書きで別の紙に写すということをしていると、大抵はどこか写し間違えてしまったり、別の作品の言葉などが混じってしまったり、本来の原型とは少し違う形になって成立する本が多いのです。

そのようなものがいくつもあるのですが、これらも全て「本」なのです。

 

「書誌学」というのは、このような「本」を扱う学問のことで、この本は大元の本に近いだとか、逆に新しい系統の本を探し当ててしまったりなど、普段活字(かつデジタル上の文字)を読んでいるような私たちはあまり意識しないような視点からのアプローチをしている授業であると思います。

 

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以上、古典文学って実は「作品自体を読むだけではなく、新たな視点があるんですよ~」ということを出来るだけ分かりやすくお伝えしてきたつもりです。(伝わりづらかったらすみません…)

 

英訳の問題にしても、本の問題にしても、日本文学って全然古臭い学問じゃないじゃん!というイメージを持ってもらえたら私としては嬉しいです。

 

それでは、今回はここまでとしたいと思います。

次回は卒業論文について、「なぜ私が今の分野(中世)を選んだのか」ということについて語ることができたら良いなと思っております。

目下2年生がゼミを選ぶ時期だということで、後輩たちの決断の一助になってくれればと思い、書くことにいたしましたので、お楽しみに!(ダイレクトにヒットする層が狭すぎるトピックではあるのですが…そこはご容赦ください…)

 

今回も、最後までお読みいただきありがとうございました!

近況をひとさじ

こんにちは、修羅場を無事に超えたみちこです(笑)

ここ半年くらいはおかげさまでたくさんのことを同時進行でやっておりました!(授業、バイト、サークル、自主ゼミ、目白祭の準備などなど)

それらが一気に終わったので、かなりホッとしています…

(と同時に少しだけ体調を崩しました…すぐ薬飲んだり寝たりしたので、回復は早かったのですが…)

最近気温差がかなり激しいので、皆さまもぜひご自愛くださいませ~!

 

さて、今日は何を書こうかと思ったのですが、珍しく何も思いつかず、見切り発車を決め込んでおります。「とりあえず何か書かねば」と思い、わけもなくPCの前でこうしてカタカタと文字を打っております。

とりあえず、近況報告をしておきましょうか。とはいえ、特にあまり話せることもないのですが…。

趣味の方でいうと、私は原神と崩壊スターレイルというゲームをやっておりまして、そこで色々好きなストーリーやらキャラクターやらが出ていて、忙しさの合間を縫ってちょくちょく遊んでおります…!

(実はどちらもそれなりに課金しているくらい好きなゲームなので、それなりにちゃんと遊んでいると思います…!)

原神の方もスターレイルの方もストーリーが佳境に入っているので、毎バージョンごとの更新が楽しみです!キャラクターも全員魅力的で、いつか全員自分の手で描きたいな、と思っていたりします…!

 

今回は私にしてはかなり珍しいのですが、ここまでにしたいと思います!

次回こそは何かを紹介する記事を書きたい…!

それでは、失礼します。最後までお読みいただきありがとうございます!