こんにちは。
とうとうこの日がやってきてしまいました。大学生最後の日。最後ですから、私のゆかいな同期をもう一度紹介しますね。
あやめさん
さくらさん
ももこさん
ゆづきさん
わたさん
菖蒲、桜、桃、柚子、棉。みなさん偶然にも草花の名前でおそろいなんですよね。それなら私「のの」は「野野」ということになるのでしょうか笑。この1年ブログ部の部長として花々の育つ土壌となって花を咲かすお手伝いができたのなら、案外お似合いの名前だったのかもしれません。優しくて優秀なみなさん、私は彼女らのおかげで安心してブログを書き続けることができました。ありがとう。
私にとっての大学4年間は挑戦の連続でした。このブログ部も挑戦の1つです。「挑戦」と言うと、あたかも自分の思い付きで自分の行動力を糧にして行っているようですが、私の場合それに比べると少し違います。客観的に、受け身で他人に流されているだけのようです。
中世自主ゼミだって、中世自主ゼミに興味のあった友人について行っただけですし、ブログ部だって、石井先生からありがたくお声がけいただいたからこそ入部したわけです。教員採用試験の対策だって、教職総合センターの方からご連絡がなければ集団討論の練習グループに加わることはできず、孤独に泣いていたかもしれません。私が初めから自分の意思で始めたことといえば、スーパーのアルバイト、学習支援ボランティア、体育会弓道部くらいでしょうか。アルバイトは、多くの方が何かしらやりますよね。ボランティア、は思い付きで始めたとはいえ、大学卒業まで続けられましたからよいでしょう。弓道部は、3年の秋で辞めましたね。
という具合で、私が大学4年間の中で価値を見出せるような体験の半分~3分の2くらいは、自分以外の誰かがきっかけで始めたものです。でも私はこれが決して悪いこととは思わないのです。
もしも私にその意思がなければ、活動に誘われた時点でお断りしていたでしょう。もしも自主ゼミに入っていなければ、ブログ部に入っていなければ、集団討論練習に参加していなければ、『宇治拾遺物語』を読むことも、自分のささやかな体験をこうして文章におこすことも、就職先を決めることもなかったかもしれない。だから、たとえ他者がきっかけだとしても、自主ゼミ、ブログ部、集団討論練習に“参加する”という選択をしたことが何より大切だったのです。自分で波を作ることができなくとも、サーフボードを使って大波に乗ることさえできれば、それでよいのです。
4月から大学生のみなさん、4月からも大学生のみなさん、自分で波を作ってもよいし、サーフボードやヨット、クルーズ船を使って誰かが作った波に乗るのでもよいです。なんとか波に乗って充実した学生生活をお送りください。 最後になりましたが、これまで私の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。お元気で!