原点にかえる

ブログ部の更新を、サボりまくっていた。
それはもう本当に。

大学生の夏は長い。
その長〜い夏の間、ずっとサボっていた。

今回のこのブログの更新は、謝罪と意思表明にあてたい。
主に、石井先生とブログ部長に。
本当に迷惑をかけたし、なんならご心配もかけたかもしれない。
私のブログは割と6割くらい暗い内容だから。

それほどにLINEも見られなかったし、何も出来ていなかった。
そんな夏休み。それなりに充実していたし、それなりに休みもあったし、色々考えることはあったけどまだマシな方だったと思う。

これからはちゃんと当日に完成させますと、猛省。

私はこのブログ部に本当に憧れていた。
入学前からブログ部を読んで、石井先生に「入りたいんです」なんて話をしていた。
勧誘のメールが来たときは手が震えたし、いまだにこのブログ部は神聖なものだと思っている。
だから半端な内容で書きたくなくて、筆が止まったりもしてしまうわけだが。

この前、福田先生のご引率のもと岩手県に行った。学科の有志の中にはブログ部員もいて、「しらさん更新してくださいよ〜!」なんて言われたりもした。
いのりちゃんに。いのりちゃんは毎回すごいウエイトのブログを期日に更新してる。すごい、本当に……。
3年しら、顔を上げられなかった。ハイ、更新します。
激暗メンヘラ情緒不安定ブログに、どうぞお付き合いください。

この前、サークルの友達にこのブログを見せた。
こう、その場のノリというか、向こうがnoteを見せてくれるならという等価交換でというか。
あと私は私の文章が好きなので、ちょっとした承認欲求も秘めて。

このブログで私のパーソナルな部分を分析したなら、その真反対みたいな人間が私である。
明るくて、元気で、面白くて、バカっぽい感じのいじられキャラ。

正直、普段の私を知っている人はこのブログを読まないでくれ〜、重ねないでくれ〜と思いながら書いているし、
誰も読んでないだろう!と思い込みながら普段カタカタキーボードを叩いている。

サークルの友達には「しら結構暗い部分あるんだね」みたいなことを言われた。
そうですよ、と思うけど、普段の明るい私も文章を書いている時の陰気な私もどちらも等しく私である。仕方ない。

そういえば、岩手に行ったときも「しらちゃんってこんな感じの子なんだね!?」と言われた。
少しお酒に酔って、デレデレしていたあたりに言われたこと。その瞬間軽く酔いが覚める。
確かに大学ではおとなしくしている方か?わからないけど。私は周りからどう見られているんだろう。
気持ち、大学ではおとなしくしようとは試みている。

自分でも、自分を構成する性格がまるでわからない。
そんなときこそ、こうしてブログを綴って自分の思考を整理するのだ。
原点にかえる。文章を書くことを、楽しむ。



夏は憂鬱

春はあけぼの、冬はつとめて。
夏は、憂鬱である。

日本は酷暑、7月とは思えない暑さである。
家から徒歩15分の駅に行くだけでもふらふらして、具合が悪くなってくる。
駅に着いたらすぐに自販機でつめた〜い麦茶を買って、
すっきりゴクゴク600mlのペットボトルをあおって
およそ400mlくらいをすっきりゴクゴク流し込む。

昨日、誕生日を迎えて21歳になった。
21歳、流石に大人だなァ、と思った。

20歳を迎えた頃は、「やった〜!大人になったぞ!」と思っていた。
21歳を迎えた今は、「流石に大人か……」といった具合である。

私は脳内ハッピーお花畑タイプの人間なので、
自分の誕生日は祭りだ!!のテンションで一日過ごすが、流石にそうはいかなかった。

バイト先の先輩や、アラサーのお兄さんお姉さんも
「ここからどんどん一年が早くなっていくよ」
「誕生日、忘れるよ」
とかいってくるものだから、より不安になるものだ。

20歳として過ごした1年は笑ってしまうくらいあっという間だった。
昨日まで19歳だったような感覚だし、なんなら17歳だと思っている。
見苦しいかもしれないが、事実だから仕方ない。

誕生日は、中学二年生からの親友と共に過ごした。
14歳だったあの頃を思い出し、語り合う。

エモさなんてもんは一切なく、黒歴史にただ悶えるのみだったが。
互いに握り合っているえぐめの黒歴史をポツポツと語っては黙り込んだ。
それほどの仲ということ。

夏は憂鬱。
酷暑と軽度の熱中症と、21歳と麦茶。
ただ、涼しくなる夜を待つ。

私はどう生きるか

大学3年生、夏。
就職活動が本格的に始まってきた。

もっと、こう、「位置について、よーい、ドン!」で始まるものかと思っていたがどうにも違うらしい。
いつの間にか「合説(合同説明会)一緒に行かない?」なんて誘いを受けるようになってきて、いつの間にか皆すっかり就活モードになってきた。
それがちょうど6月中旬ごろ。みんな一斉に就活をはじめていたようだから、私の知らないところで「よーいドン!」のホイッスルは鳴らされていたのかもしれない。

小さな頃の将来の夢は、今思えばあっちこっち行って忙しいものだった。
覚えてるものといえば小説家、弁護士、エッセイスト、小説の編集者、漫画の編集者、国語教員、エトセトラエトセトラ……。

結果、今私はノリでなんとなく就職活動している。
なんとな〜く、エンタメかなあと思ってエンタメ業界の中でもなんとな〜く一つの業界に絞って。
でも、結局なんとなくで行きたいと惹かれる場所は自分に合っているような気がする。
人で言うなら運命の赤い糸のような、巡り合わせのようなそんな引き合う感じ。

そう思うと、今後一生勤めるかもしれない企業をこの1年足らずで決めるなんて、随分豪快なシステムだなァと思う。
在学中のこの忙しい中、片手間で人生を決めるなんてワイルドすぎる。
このシステム、スギちゃんが考えた?

嘆いても仕方ない。
ひたすらエントリーシートと向かい合う日々。
なかなか充実した大学生活をしている中で生まれたエピソードの数々を、手を変え品を変えコネコネコネコネ……。

「どうですかね、私随分頑張ってると思うんですけどぉ……」と、両手を擦り合わせながら上目遣いで様子を伺っている気分である。
就職活動、こんなにもガイドがないものなのだろうか。
就活アプリを入れたら勝手に進むと思っていた。
手探りも手探りな日々である。

一年後、私はどうなっているだろうか。
来年の今頃は、もう社会人としての人生が決まっている頃らしい。
なのに、もうやる気をなくしかけているのが現状。

自分の人生に、どこか他人ごとである。
私はどう生きていくのか。どんな未来を歩むのか。
楽しみでありながら、ぞっとするほどの不安を抱えている。

対談ありがとうございました

先日、ブログ部同期のまどかさんと対談させてもらった。

【女子大生目白対談】TRPGは人生!!/まどか

ブログ部の顔合わせでの自己紹介から、互いの共通の趣味を知り、そこからまどかさんに対談のお誘いをいただいた。今回はその対談の感想を書かせてもらおうと思う。
実は、同じ学科の生徒、同じブログ部の生徒とはいえ、これまでまどかさんとはあまり関わりがなかった。にも関わらず、気さくにお声がけしてくれて、とても嬉しかった。

ルンルンになってしまうお誘いをいただき、対談会場へ。

五月某日 隠キャの悪魔 上陸
しら 1人 瀕死

しらは弱い。相手がいい人だと知っていても、一対一の対談なんてものは緊張する。
本当に救いだったのは、まどかさんが!メチャクチャいい人だったことである!!本当にいい人〜!まどかさんダイスキ〜〜^^

そう、しらはチョロいのである。
なんか、お茶とお菓子をもらってしまった。手厚い、手厚すぎる。聖人かと思った。聖人だった。引き換え私が差し出せるものはいちご味のミンティア一粒・・・。しらは、弱い。

いつまでも対談内容に触れないわけにもいかないので、いいかげん対談そのものの話をしたいと思う。対談記事のタイトルにもなっているように、TRPGは人生だ。かなりの時間をTRPGに費やし、プレイしていない時のかなりの時間をTRPGの設定作りだったり、イラストを描く時間だったり、感想文を書く時間だったり、小説を書く時間だったりに費やしてきた。高校時代なんてほとんどの時間をTRPGについて考える時間にあてていたように思う。

早口多弁キモオタクになってしまうかと不安だったが、まどかさんはそんな早口多弁キモオタクの話を優しく聞いてくれた。(早口多弁キモオタクにはなった)

後書きのあたりでも話したように、TRPGについて話す相手は普段遊んでいる仲間たちしかいないので、普段遊ぶコミュニティではない人とTRPGの話をするのは初めてだった。遊ぶコミュニティが違うということは、プレイスタイルも遊ぶシナリオの傾向もまるっきり違うということである。とても新鮮で、面白かったし、楽しかった。

まどかさん
改めて、対談企画に誘ってくださり&素敵な記事を書いてくださり本当にありがとうございました。ぜひ、TRPGやりましょう。

皆さんも、まどかさんがまとめてくださった素敵な記事を読んでみてください。
そして、TRPGを遊びましょう。

日文で書く

初めて自分で小説を書いたのは小学生の頃だった。
稚拙な設定を発明だと思い込み、2Bの鉛筆を原稿用紙に走らせ、いつまで経っても完結しない長編小説を書いていた。

ネット小説に目覚め、中学生の頃には書いた小説にもそこそこの人気が出て、中学生にして700人も読者がつくなんて、私にはとんでもない文才があるんじゃないかと思ってみたりもした。
高校生では文芸部に入り、小さな同人イベントにオンライン参加して、小説のデータを頒布したりもした。

小説を書くということは、私の趣味であり、自己表現であり、ライフワークである。

大学ではひっそり、趣味で小説を書こうと思っていた。創作自主ゼミは予定が合わなくて参加出来なかったためである。
趣味でこっそり小説を書いて、仲間内で楽しむことにかなり満足していた。

そんな折、このブログ部へのお誘いを受けて、私は“日本文学科として“文章を綴ることにやりがいを感じるようになった。
そんな私はこの前、3年生にして創作自主ゼミに入ることになった。所属している近世自主ゼミで創作自主ゼミのゼミ長と知り合い、「気になってたんだよね」と言ったところからあれよあれよという間に創作自主ゼミの入会フォームに記入をしていた。


出会いは突然。
日本文学を嗜むもの同士の邂逅は必然である。


創作自主ゼミでは毎度テーマに沿って小説を発表するそうだ。最初に課されたテーマは「さよなら」から始まる小説。テーマに沿って小説を書くのは楽しい。テーマは広くても、狭くても作者ごとの個性が出て面白いものである。

初回の発表。自分の書いた小説に1つ1つフィードバックをもらえるのは新鮮で、とても楽しかった。普段から本をたくさん読んでいるであろう学生の感想はとても参考になるし、教授から褒めてもらうとそれはそれは嬉しくて、調子に乗りそうになる。

教授はひとしきり褒めてくれた後にこう言った。「えーっと、批判とかはしないほうがいいですよね?」少し聞いてみたい気持ちもあるが、趣味で書いているので褒めているだけで留めて欲しい。教授からの「上手く書けてるなと思いました」なんて、それだけで白飯を行けてしまうくらいである。鼻を高くしたままでいさせてほしい。

小学生の頃からずっと小説を書いてきた。
この、日文生活でも小説を書いていきたい。

私の魔法

小さい頃の私は、本気で自分が魔女になれると思っていた。

自分だけの魔法の杖。自分だけの魔法。ホウキ。魔法陣、呪文。ありとあらゆる妄想をはりめぐらせ、いつ自分が魔女になっても大丈夫なように、ありとあらゆるシミュレーションをしていた。

もちろん、20歳になったいま、魔法なんてものは使えない。小さな私の、そんなイマジネーションの源は児童文庫だった。青い鳥文庫に角川つばさ文庫、ポプラポケット文庫……。たくさんの夢と魔法が詰まっていた。

久しぶりに、家の本棚の整理をした。この前自分の部屋を片付けた時に溢れた本を、どうにかどこかに入れ込みたくて目をつけたのが、小学生のころに擦り切れるほど読んだ児童文庫の本棚である。この本棚は、何度母に断捨離しろと言われても守り続けてきた本棚だった。

しかし、児童文庫は大抵シリーズ物だ。本棚をまるまるひとつ、ギュウギュウに占めているくらいには場所をとってしまう。……もうそろそろ卒業の時かもしれない。一冊一冊、思い出を振り返りながら箱に詰めて行く。

結果、3つだけどうしても思い入れのあるシリーズを残すことにした。


箱に詰めた本の数は、数えるのも億劫になりそうなほどの量である。入れた箱を、持ち上げることはおろか、動かすことさえ難しい程の重さである。

これは当時____小学生だった私の思いの重さでもあるかもしれない。

色々なものに憧れた。魔法、怪盗、探偵。

ワクワクするような夢物語が児童文庫にはたくさん詰まっている。

そんな児童文庫が私に与えてくれた魔法は、私の中で今でも息づいている、そんな気がする。

考える葦

人間は考える葦である。
では、人から思考が失われたら何が残るのだろうか。

最近、AIの普及が凄まじい。
数年前まではイラストAIが手掴みでラーメンを食べる少女を描いたりするのを笑って見ていたのに、いつのまにかイラストレーターとAI絵の区別すらつかなくなってしまった。
一体いつからこのAIブームは爆発したのだろうか。数年前からちょこちょこAIが持て囃される場面はあったが、ここまでではなかった気がする。
いつの間にかchatGPTは人間の相棒!みたいな顔をしていた。

この学科にいると、口酸っぱく「AIをレポートに使うな」と言われる。
正直、その話を鼻で笑っていた。
いやいや、レポートをAIに書かせるって笑
そんなことするより自分で書いた方が早いでしょうに笑……なんて感じで。
とある先生はこう言っていた。
リアペやレポートを見ていると、その人の文章のくせが嫌でもわかる。AIはそれが無い。
ほかの先生はこうも言っていた。
AIの情報はだいたい間違っている。間違っていることでもそれらしく書けるのがAIの特技。
その通りだと思う。人が書く文章にはその人らしさがあらわれる。それはもう顕著に。
このブログ部なんてもろにそうだと思う。石井先生がその人の文章が読みたいと思ったら声をかける。
文章には作者の人となりがよく出るものだ。
だから文学の研究の多くは作者ごとに語られるのだと思う。

chatGPTに、私の推しについて聞いてみる。
ぜーんぜん違うことを、ドヤ顔で語るchatGPT。
私は鼻で笑う。そりゃそうよ、と。
AIは集合知である。AIが取り込む情報には、正しい情報も間違った情報もある。
正直自浄作用のあるWikipediaの方がよっぽど信用に足る。
なのに、他の大学に通う大学生の友人だったりは平気な顔をして「chatGPTでレポートを書いた」なんて言う。
1年生の頃は、その発言をする人を心の底から軽蔑していた。でも、ここ2年でAIに頼って文章を書く人が圧倒的に増えた。全員を軽蔑していたら友達がいなくなってしまうほどに。
「ググッたらこうだった!」が、「chatGPTに聞いたらこうだった!」にあっという間に置き換わってしまった。
chatGPTが言ってた、を情報のソースとして提示する人もよく見かけるようになった。
140文字の呟きに、「@grok 要約して」「@grok ファクトチェック」なんてリプライがついてるのをよく見かけるようになった。

今、私たちは時代の転換点にいる。
その転換点はきっと、悪い方に向かっている。
人間は考える葦である。
思考をやめた人間は、思考を他に委ねた人間は、一体なんなのだろう。
ただの肉人形に置き換わるか、これからも考える葦であり続けるか。
これについて、chatGPTの答えを聞いてこのブログを締めようと思う。

AIがしているのは、果たして思考なのだろうか。AIは形すら残らない。

袖があるので振ってみる

だいぶ間が開いてしまったが、私しらは先日成人した。
まぁ厳密にいうと、成人したのは18歳の頃だが、言葉の綾というもの。20歳の方の。振袖を着る方の。
私の出身は横浜市なので、成人式は横浜アリーナで行われた。
新成人の朝は早い。3時に起きて、車で着付け屋さんに向かって、5時半には着付けが終わった。
朝は早い、というか、ほぼ寝ていない。寝たらメイク崩れるし、背もたれに寄っかかったら帯は潰れてしまうし、髪も崩れる。そもそも、苦しすぎておちおち寝てもいられない。
せっかく読もうと持って行った本も目がしょぼしょぼしてほぼ読めずじまいだった。
こそこそ学園アイドルマスターをぽちぽちやって、ツイッターを眺めて、時間が過ぎるのを待つ。周りがみんな晴れ着なのは綺麗だったが、眠い目には刺激が強くて、情報量で脳がやられた。
いつもと変わらないツイッターの暗い画面と内容が一番の心の拠り所だったのを覚えている。
自分の晴れ姿なんて、自分で見えない分には何も面白くない。苦しいだけである。

そんなこんなで時間を潰していると、中高時代の友人と合流することができた。
途端に待合室が華やかに見える。知らない人の晴れ着は別に感慨深くも何もないが、中高6年間を共に過ごした友人の晴れ着姿は流石にグッとくる。
大人になったねぇ、綺麗だねぇと話して、話題は互いの近況報告になり、たわいもないオタクトークになる。
私がおしゃべりなら、私と仲良い友人は皆おしゃべりなのである。類は友を呼ぶ。

成人式は別に感動もなくしれっと終わり、成人した実感とかも特に湧かないまま我々は横浜アリーナから放たれた。アイドルのコンサート帰りに歩く方が感慨深い道である。
小学校時代の友人を探してフラフラと歩く。
先述したように、私は中学受験組なので小学校の頃の友達なんて一握りしかいない。
同じ習い事だった友達と、その子と同じ中高だった子。あと、幼馴染がもう一人。これだけ。
受験期からみんなとは会わなくなってしまったので、それはそれは感慨深かった。
「みんな大人になったねぇ、昔はこーんなだったのに」とみんなの母親ヅラをしてしまう始末である。
でも仕方ない、本当に昔は“こーんな”だったのに、みんなが大人になっていたのが悪い。
小学校の他の同窓生の行方が気になったので、集まった人の中で唯一地元の中学に進学した幼馴染に同窓会の有無について聞いてみると「無いか、私が呼ばれてないか、かな!」と明るく言っていた。もう我々に残された同窓会の可能性は無くなった。

その後は中高で同窓会があったので、振袖で向かった。ヘロヘロである。早く帰りたかったが、みんなの顔を見たら疲れも早々に吹っ飛んだ。
2年しか離れていないので、みんなの変化は髪色とメイクくらいだ。中身も全く変わっていない。
ただ髪色とメイクだけでもみんな相当変わって見える。晴れ着効果だろうか、みんながちゃんと大人になったからなのだろうか。
私が通っていた中高では、次は28歳の時に同窓会がある。28歳の時は流石に人が変わっているだろう。
いつの間にかこの大学生活も折り返しである。
ついこの前この大学に入り、ついこの前ブログ部に加入し、ついこの前2年生になったというのに。
私にとって、自分の母校である小学校は思い出いっぱいの幸せな場所だった。同じく母校である中高は、いまだに自分の居場所であり、そこでできた思い出は言葉通りかけがえのないものであり、そこでできた友人も同じく何にもかえがたい友人である。2年後には、私はこの大学をも母校と呼ぶようになってしまう。
すでにこの大学で過ごした2年間は何よりも尊い大学生活である。3年生にもなると、大学に行く時間も少なくなってしまう(なんだかんだ毎日いるが)。1つ1つの経験を噛み締めて歩んでいきたい。

20歳を迎えて、区切りと呼べる今、強くそう思う。

「どんでん返し」の罠

ミステリ小説にハマっている。特に「どんでん返し」系の。
ここで具体的な作品名を挙げることは避けたい。なぜなら、その小説が「どんでん返し」であることを明記するのは作品のネタバレ・・・そんなことは読書好きの間では当たり前のことだからである。

確かに、「予想を裏切られた!」なんて体験は、予想だにしないところから飛んでくる方がパンチがあって、経験としての価値が高いような気がする。
“裏切り“は、予想なんてできないからこその“裏切り”だ。

ただ、1つ困ったことがある。そんな気持ちの良い「どんでん返し」を食らってしまうと、次が欲しくなってしまうのだ。
次なる“裏切り“を、より良い「どんでん返し」を。
そうなると、私のようなせっかちで単純な人間は「どんでん返し 小説」で検索をかけてしまう。
だって許してほしい!私が味わいたいのはただのミステリではなく、あのどんでん返しの快感なのだから!

そんな探し方をして、「とある1行でこの物語はひっくりかえる」……なんて帯を見てしまったら、その本の楽しみ方が減ってしまうという人もまあ多くいることだろう。
だが安心してほしい。名作のどんでん返し作品はどこでどんなどんでん返しが来るのかなんて予想できない。
わかっていても、予想だにしないタイミングで予想だにしないとこから飛んで来るからパンチは攻撃たりえるのである。
小説を読んでいる間、「思ったより普通の小説だな・・・」とか、「ま、この辺が伏線なんだろうな」とか、そんなことを考えていたら作者の思う壺だ。そして、「とある1行でこの物語はひっくりかえる」系の帯を書いたコピーライターの思う壺でもあるだろう。
そもそも、そんなことが書かれた帯がある時点でその物語に「どんでん返し」があることがわかってもその本は面白いのである。もっとホンシツを見ようよ、なるほどくん。

あと、普通にミステリ小説を読んでいるとたまに一切ネタバレなく「どんでん返し」を食らうことができたりする。こんなラッキーどんでんがあったりもするから、「どんでん返しの表記はネタバレだ!」派の皆様も快感を味わいたい時は気軽に調べて摂取していいと思う。
皆様も、よきどんでん返しライフを。

桃の缶詰のシロップ漬け

さくらももこは、私の心の師である。
さくらももこのエッセイに出会ったのは私が小学生のときだった。児童小説ばかりを読んでいた私は、そこで初めて「エッセイ」というものに触れたのだ。
ユーモアいっぱいで、まるでさくらももこ本人が話しているのをそのまま書き起こしたかのように自由な文章。文章って、こんなふうに書いていいんだ!そんな衝撃を受けたのを、今でも覚えている。
小学6年生のとき、エッセイを書こうという授業があった。この前家の片付けをしていたらなんと発掘できたので、そのまま載せてみようと思う。なんせ小学生の文章なので、だいぶ拙いものだがどうか微笑ましいなと思ってみてほしい。

「花粉症。」
涙があふれてとまらない。別に悲しくも、痛くもないのに。
これは全て、花粉症のせいだ。
一番つらいのは、花粉症がつらくてたまらない時にかぎってチューリップ画があることだ。外に出るのがつらいのに加えて、チューリップの花粉が目にしみる。涙目になったらすぐに誰かが「泣いてる!?」というのも、照れくさいし、なんだかはずかしい。泣きたくなる。もうすでに涙目だが。
そんな時がくると、「もう春か。」となる。春には、いいこともいっぱいある。先程あげた、チューリップもだ。でも悲しいかな、花系の春を感じることは私にはできない。
鼻がムズムズし、目がかゆくなり、のどがくすぐったくなると、春の合図。「春が来てしまった・・・」と感じるのは、そんな時である。

あれ、小学生にしてはなかなかいい文章なのでは?
書き起こしながらそんなことを考えてみる。ちなみにこの文章を書くことになった課題はこれ。


こう見ると割と課題を無視している気がする。まあいいか、いい文章だし。
この文章を提出したところ、友人たちからは大絶賛され、感想をいっぱい書き込まれた。
鼻高々になる私。
そしてこの授業の後、優秀作品として先生にクラス全員の前で朗読された。
人並みの羞恥心と余分な自意識を育てた今の私なら顔面が発火する勢いで赤面し、内臓を口から飛び出させて恥ずかしさに悶え、死に絶えていただろうけど当時の私は調子乗りのナルシストだったためにドヤ顔で担任の先生の朗読を聞いていた。

どう?あたしの文章、みんなと違うでしょ?そりゃそうよ、あたしは将来小説家になるんだから!
みたいな具合で。そしてこの褒められた経験から、「あたし、小説家じゃなくてエッセイストになろっかな〜」とか言い始めた。
母には、「エッセイストになるには色々な経験をしなくちゃ。ほら、さくらももこだって漫画家の経験があるからあんなに面白いんでしょ?」と諭され、「やっぱ小説家かァ〜」と思ったりもした。

そして今私は、さくらももこ展の感想を話そうとしたまま自分の話で字数を埋めてしまっている。