年比思ひつること、果し侍りぬ!

「仁和寺にある法師、年寄るまで、石清水を拝ざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり…。」とは、中高の国語の授業や、本学日本文学科では1年生の必修『日本文学の基礎1』で取り扱う、『徒然草』第52段の冒頭。『徒然草』の中でも1,2を競う有名な段(エピソード)であると思いますが、実際法師はどれくらい頑張って歩いたと思いますか?

日本文学科の生徒さんはみなさんご存知のはずですが、Googleさんで調べると最速で4時間7分という数字が出てきます。この数字を見て皆さまどう思いましたでしょうか?私は想像していたより短いなと思いつつ、しかし実際に歩いてみないと法師の苦労はわからないなと思いました。

ならば実際に歩いてみよう、ということで

仁和寺

仁和寺に参りました。法師とフェアにするためにも、自らの脚のためにも、そこまではバスを使って行きます。バスの車窓から外を見ると虹が出ていまして、ちょっとした旅にはぴったりの気候です。

少し色づいた朝の仁和寺を楽しんでから、8:00に金堂前を、8:05に門を出発しました。

ここから先のルートは、Googleに従うのも良かったのですが、せっかくならばということで、仁和寺から下って下立売通まで、そこから朱雀門跡のところまで進んで、千本通(途中京都駅に阻まれるため御前通を経由)で羅城門を抜け、その後は鳥羽街道をずっと歩いて石清水まで、というものにしました。

門を出て、御室駅を左に曲がり、小学校のところで右に曲がってしばらく進むと、このようなものが見えてまいります。

兼好法師旧跡

ここは『徒然草』の作者、兼好法師が住み、『徒然草』を執筆したと言われる場所です。

妙心寺道に入って、下立売通をずっとまっすぐ進みます。

対岸ですが、これが朱雀門跡。

朱雀門跡

ここからずっと七条まで千本通を進んでいきます。京都駅がありますので、梅ケ原のところで遠回りをしつつ、西寺跡公園を突っ切って、羅城門跡公園へ向かいます。

羅城門遺址

古こそ、ここは狐狸が棲み盗人が棲み引き取り手のない死体を放置された上に老婆がその死体の髪を蔓にしようとする羅城門ですが、今は閑静な住宅街です。羅城門跡公園の隣には矢取地蔵がいらっしゃいます。矢取地蔵、とは守敏僧都が空海に向かって放った矢を、空海を庇って受けて右肩には矢を受けた跡がある…というお地蔵様です。

矢取地蔵の前にある九条旧千本の横断歩道を渡れば、あとは簡単。千本通をずっと真っ直ぐに行けば良い話です。この羅城門より淀城までは竹内康之氏の『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』にある鳥羽街道の地図に従って歩きます。

千本通をずうっと歩いていますと、白檀の上品で美しい香りがしてきます。ここは恋塚浄禅寺。看板を見ると、「平安末期の北面の武士・遠藤盛遠は、渡辺左衛門尉渡の妻・袈裟御前に恋し、渡と縁を切ることを迫ったとおころ、袈裟御前は夫を殺してくれと盛遠にもちかけ、操を守るため自分が夫の身代わりとなって盛遠に殺されてしまうという悲恋の物語が伝わる。自分の罪を恥じた盛遠は出家して文覚上人となり、袈裟御前の菩提を弔うために当寺を建立したとされている。」とあります。お香の香りがするのは、朝の法要が終わってすぐだったのでしょうか。

恋塚浄禅寺

鴨川橋の下を歩き、小枝橋を渡ります。途中城南宮の鳥居や鳥羽離宮公園を左に見ながら、そのまま進んで行きます。増田徳兵衛商店さんのところでまがり、しばらく歩きますと、鴨川と桂川の合流する場所が見えます。そしてまた歩き進めますと、途中、なんだか賑わいがあって、何かと見れば、『横大路小学校創立150周年記念フェスティバル』。この小学校の名前にもあります、横大路とはかつて草津湊と呼ばれた場所で、江戸時代に魚市場があったそうで、ここから洛に鱧などが運ばれたとのことです。フェスティバルは誰でも入れそうだったので入れていただいて、鱧こそチケットがないと食べれないようだったのと、持ち帰るにも難があったので、美味しいきな粉餅をお1ついただきました。しかし150周年とはすごいことです。

その先もずっとずっと真っ直ぐ歩いていきます。納所交差点で反対側へ渡り、少し歩いたところに見えたのがこちら。

淀城址

淀城址を出た後は府道13号をまっすぐ歩きます。途中本当に歩いて良い場所なのかビクビクしながら、それでも道なりに進みますと、御幸橋という橋が目の前に、宇治川が下に現れます。「梶まくら伏見の夢か見し月の跡なくくもる」という歌があるとおり、昔、それこそ法師の時代は船で八幡の方へ向かっていたのでしょうけれども、今は渡し舟文化は無い上、渡し舟を用意するほどの地位も権力もないので、御幸橋を渡ります。

橋を渡り終えますと、『茶文化薫る はちまんさんの門前町 八幡市へようこそ』という大きな看板と永代常夜燈がお出迎えしてくださいました。階段を降り、線路を渡り、まっすぐ歩くと見えてきました、石清水八幡宮の一の鳥居です。ただ今のお時間、12:44。金堂を出発したのが8時ぴったり、寄り道の時間を除くとおおよそ4時間といったあたりでしょうか。いよいよ、この一の鳥居をくぐってすぐにあるものこそが、極楽寺跡と高良神社です。

極楽寺は石清水八幡宮の初代別当である安宗が建てたもので、鳥羽伏見の戦いにて焼失したそうです。そのため仁和寺の法師が見た絢爛豪華な極楽寺を私どもは見ることが叶いませんが、その敷地の大きさから、法師が勘違いするほど立派な建物であったことが伺えます。

極楽寺跡

極楽寺跡を出てすぐ右手にあるのが高良神社です。今でこそひっそりとしたお社ですが、説明書き曰く、昔は「頓宮・極楽寺と共に荘厳を極めていた」そうです。ただ、戊辰戦争の折にそれは焼失してしまったようです。

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それではここからは私の旅。

一の鳥居を出てすぐに、『走井餅老舗』というお店があります。ここで名物の『走井餅』と温かいお茶をいただきます。

走井餅

甘いお餅と温かいお茶で気持ちを入れ替え、再び一の鳥居をくぐります。

極楽寺跡や高良神社の前を通りながら、参道を登っていきます。「今こそあれわれも昔は男山さかゆく時もありこしものを」の男山ですが、きちんと整備されているので全くキツくありません。犬も楽々登っています。

道中には多くの看板が見えます。孝明天皇が攘夷祈願を行った豊蔵坊跡、八角堂跡など、昔はあった建物のことが事細かに書かれており、ほとんど何も残っていませんが、勉強になります。

長い階段を登りきると、子どもたちのかわいらしい声が聞こえてきました。今は絶賛七五三シーズン。この日は日曜日ということもあって、非常に多くの綺麗なお着物を着たお子さんがいました。いやしかし、天上の世界かと見間違えるほど立派な御社殿。

御社殿は織田信長が修復し、豊臣秀吉が廻廊を再現し、秀頼が再建し、徳川家光が造営したとのこと。御社殿右を廻ると、小賀玉木が植えてあります。これは1円玉の表に描かれた木。招霊の木として古より多くの神社に植えられており、石清水八幡宮もそれらの一つです。逆に、御社殿を左に廻ると、楠木正成が戦勝を願って植えたといわれる橘が見えます。

石清水八幡宮

裏参道から下りて、せっかくなので八幡市を散歩して帰ります。男山を下りてすぐに、荒廃した神社が見えます。こちらは相槌神社。一時期ネットファンディングで話題になった神社さんです。ちょうど今月の11日から、北野天満宮と大徳寺で『KYOTO NIPPON FESTIVAL』がやっているようですが、それのメイン?である髭切・膝丸の誕生の地だそうです。建物は物ですから、人の手をその時その時に入れないといけません。ただ、最近はそれが追いつかない場所というものがたくさん出てきています。それらの存在を私どもは決して忘れてはならず、また見逃してはいけないと、そう思います。

相槌神社

本妙寺、馬場市民運動場のある通りを進み、運動場を過ぎた場所にあるのが善法律寺。このお寺のご本尊、八幡大菩薩像こそ、先程の極楽寺にあったとされる仏像です。このお寺さんは紅葉が非常に美しいとのことで、今月18,19日はその紅葉のライトアップに加えて八幡大菩薩像を含めた本堂の公開をするそうです。

善法律寺

八幡に来たなればここに行かなくては気がすみません。善法律寺を出てさらにさらに石清水と反対側へ進んだ場所に、松栄堂庭園が見えます。美術館と庭園の共通券を買い、中へ入ります。松花堂庭園はいつもは外園のみの公開だそうですが、この日は松花堂弁当でお馴染み松花堂昭乗の草庵『松花堂』も公開されておりました。旅のご褒美でしょうか。松花堂庭園は今は何も咲いてませんが、椿が綺麗そうで、冬にまた行きたいものです。美術館では『八幡は、どうする?』という展覧会が行われていました。江戸時代初期の豊国神社などを描いた『東山遊楽図屏風』や、八幡名物の『一休色紙』を見ることができました。

松花堂庭園

バスにのり、樟葉駅まで行きます。さすがに疲れましたので、さっさと帰ろうと思いきや、私の目の前に現れたのは『くずはモール』。吸い込まれるように入り、服屋を物色し、冬用の靴下を何本かと、お肉とお酒とセールになっていたお花を買って京急の急行に乗って帰りました。日はすでに落ちて、月は一切の隈なく東の空に上っておりました。賀茂大橋から川べりを見やれば、この時間でも人影が何人もあり、飛び石を渡る青年の声も聞こえました。しかし今は秋の日の夜、上着がなくては寒いものです。急いで部屋へと向かい、早速花を前日アンティークフェアでお迎えした有田焼の花瓶に生け、それを愛でながら、買ったお肉と買ってあった野菜を入れて作った豚汁と、白米とお漬物を食べ、お酒を開けます。外を歩くのも良いですが、私はこんな時間も大好きです。

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法師のルートを辿るのに参考にした文献

・竹内康之 『京都を愉しむ いにしえに想いをはせる 京へと続く街道あるき』 淡交社 2018年

・久保田淳 『物語の舞台を歩く 徒然草』山川出版社 2009年