ないものねだり

皆さんこんにちは。みちこです。

前回は過去のブログ記事の振り返りをしました。去年は2月の後半から新入部員の更新が始まったので、この記事はブログ部2年目最初の記事ということになります。

ちなみに今年度は3月の前半から新入部員の更新が始まる予定なので、読者の皆さんは楽しみにしていてくださるとうれしいです。

私もどんな文章が紡がれていくのか楽しみにしています。

さて。今回は、私が最近考える機会の多いフレーズ・観念である「ないものねだり」について話していこうと思います。

「ないものねだり」だの、「隣の芝生は青く見える」だの、人という生き物は常に他人と自分を比較したがります。私にも覚えがありますし、皆さんにも何かしら当てはまるところがあるのではないでしょうか。

今回は、この「人と比較する」という人間の性とどう向き合っていくかということについてお話していこうと思います。

 

結論から言うと、私は、この「人と比較する」ということが悪いことだとは思っていません。むしろ仕方のないことだよな、と思っています。

この社会はあまりにも「人と比較する」という構造が自然に組み込まれてしまっていますから。むしろ、我々は常に競争し、比較することをこの社会で求められ続けているといっても過言ではない。

受験だの、定期テストだの、企業の成長だの、この社会はありとあらゆるところで「人と比較する」ということを求められています。

なので、比較してしまうことは仕方のないことなのです。

 

そして、「人との比較」から生まれるあらゆる感情を、私は「人間らしいな」とここ最近では感じています。

 

現在私は放送サークルに所属しているのですが、そこでは春と秋の年2回、「番組発表会」というものが開催されます。これは、自分たちで作った映像・音声作品を披露するというものです。

そこで私は「他人に対する嫉妬や憎悪」をテーマとした作品の脚本を書きました。

これを書いている時は本当に楽しかったです。どのキャラクター同士に確執をつけようか、どんな設定にしようかなど様々なことを考えた末にこの台本は出来上がりました。

今の私はあまりこういう感情を抱かなくなってきたので、過去の自分が感じていた思いを少し脚色するなどしてこの台本を作っていたのですが、これをサークルの部員に見せたところ、中々に面白い反響を頂きまして。中でも、部員の一人から「登場キャラクター全員の境遇に共感できる」という感想を頂いた時はうれしかったものです。

こういう設定をあえて選んだ理由として、「他人への嫉妬や憎悪は誰もが感じ得る可能性があるものだから」というものがあったので。

現在は、作品公開に向けて練習を重ねている所です。公開するのが楽しみです。

 

この台本を執筆している時に感じたのが、先ほども言った通り、「ないものねだり」というものは誰しもが陥る現象であり、それ自体は決して間違っている事ではないんだ、ということでした。

誰にでも当てはまる現象であるからこそ、こういう負の感情というのは至極人間らしい、私は常日頃そう思いながら生きています。

ある時から私は「他人と比較する」ことをやめ、それによって感じる嫉妬や憎悪などといった感情からは離れていたので、改めてここで考え直せる機会が出来て良かったと感じました。

無論、小さい単位でなら私は未だに「他人と比較する」ことはしていると思いますし、この現代社会を生きる上でこれは切っても切れないものではあると思います。

ただ、それとどう向き合うか、どう付き合うかはその時々にきちんと考えなければならないものなのだな、と感じました。

 

こんなところで今回は終わりにしようと思います。

あまりうまくまとまらなかったような気がするのですが、まあこんな回があったっていいでしょう。

次回は…再熱したギターか資格勉強か…どちらについて書くのでしょうね。

あるいは、どちらでもないかもしれません。

まあ、お楽しみにということで。それでは、失礼いたします。

最後までお読みいただきありがとうございました!