皆さんこんにちは。みちこです。
さて、私は現在とても多忙の毎日を過ごしておりまして。日々PCと向き合いながら資料を作り、移動中にはLINEで連絡しまくり、みたいなとんでも生活を送っております。
1週間の間に4つの案件を掛け持ちし、奔走していたことに対して心配の言葉を頂きますが、ここで改めて弁解しておきます。
「私は平均5時間は寝ております!!!!!」
なので大丈夫です!タイピングが早くなり、思考回路も早いせいなのか、そこまで時間がかからずに仕事を処理できているので本当に心配ございません!!!!
多方面で心配してくださっている皆さま、ありがとうございます!何かあったら頼らせていただきますので、その際にはよろしくお願いします!(この場を借りすぎている)
というわけで、来る6月15日には、第1回オープンキャンパスが開催されます!
私も様々なところで奔走しておりますし、もちろん他の皆さんや先生方もお忙しいところご協力いただいておりますので、そんな我々精鋭部隊が準備をした渾身のブースをお楽しみください!
お申込みや詳細はこちらより!↓
https://www.jwu.ac.jp/unv/admission/open_campus/2025_0615.html
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さて、去年も同じ時期に似たような記事を書いている気がしますが、今回はもう少し「古典文学」に視点をおき、かつ自身も書くことになる「卒業論文」について、あらかじめ思いを整理できたらな、などという魂胆で記してみようと思います。
高校生の皆さんが、大学生になるイメージを少しでも想像できたなら嬉しいです!
それでは始めます。
私が古典文学にこんなにハマったきっかけは、本学の古典文学に関する授業でした。
当時日本語学を専攻しようと思いながら入った大学内では、「日本語学が難しいな!」と思うことがあり、あえなく専攻とすることを断念。面白さよりも難しさが勝ってしまった私の心中にぼんやりとあったのは、「『更級日記』への興味」でした。
そんなほんの少しの興味から取ってみた授業が、「中古文学史」でした。
こちらは本学専任の教授による授業で、「中古」とは時代区分的に「平安時代」のことを指します。
平安文学といえば古典文学の宝庫!『伊勢物語』や『源氏物語』のみならず、日記文学も充実しております。
『源氏物語』作者の紫式部が書いた『紫式部日記』、よく紫式部と対にされる清少納言の書いた『枕草子』、少しマイナーなところだと『更級日記』作者である菅原孝標女(女と書いて「むすめ」と読む)が書いたとされる『夜の寝覚』などもあります!
仮名文字(現在のひらがなの原型となった文字)で書かれた文学ということで、これらの文学は「仮名文学」とも呼ばれますが、平安時代とはそういった文学が花開いた時代です。
じゃあこの時代のこの文学の何が面白かったのかと言いますと、理由は単純です。
「知らなかったことを知れる」からです。
では何を「知らない」のか。
---皆さんは、高校までで学んでいる古典がどれだけ「正しい」ものだと思いますか?
実は高校までで教えられている古典の解釈は本当に一握りでしかないのです!
私が高校生の頃、古典の授業は単語を覚えて、文法を覚えて、この文章の意味はこういう意味だと定義する、そんな空間でした。この空間を私は、古典を好きになる「きっかけとしては」十分だと感じていました。しかし、古典を「単語や文法を覚えるだけの機械的な科目」のように捉えていた節があり、完全には古典の授業を好きになれませんでした。
ただ一人、先生で楽しそうに古典の解釈を話してくれる先生がおり、その先生の授業は好きでした。
その先生は高校2年の時に私のいたクラスを担当して下さっており、そこで私は『更級日記』で作者が『源氏物語』を読みふける、あの有名な場面を学びました。
その時、私は初めて『更級日記』の存在と、「古典の世界にもこんなオタクがいたんだ!」と感動することとなります。
このことが大学入学時までずっと引っかかっていたので、私は中古への少しの興味を手に、「中古文学史」の授業を聴いていました。
その結果、まあ面白いこと。高校までの授業とはまるで大違いです。一つに解釈を規定するなんてことは絶対にせず、これまでの研究の中で複数の解釈がなされていることを提示しながらなされていく授業展開。高校では教わらなかった平安時代での常識やエピソード。本当に知らないことばかりなんだな、と思わずにはいられませんでした。
そんな世界をもっと知りたくなったからこそ、私は2年生に上がってから中古(平安文学)の「日記文学」へと舵を切り、そちらへの興味を深めようと思いました。
なぜ日記文学に興味を持ったのかは、いわずもがな、記憶の中にずっと残っている『更級日記』への興味からです。
この時は、なんとなく卒業論文を『更級日記』で書く予定でいました。
そして念願の2年生。履修登録のタイミングで、「中古の前後の時代も知っておいた方が学びが深まるだろう」と思い、中古を軸に据えた履修登録をしながら、その前の時代である上代(『万葉集』や『古事記』などが書かれた飛鳥~奈良時代のこと)や中世(鎌倉~室町時代のこと)の文学も勉強しようと思い、さらに「漢詩の引用がなされている文学もあるから」という理由で中国文学に関する授業も取りました。
今こうしてあげてみると中々全部盛りしたな、と思いましたが、後悔はありません。
日本語学で唯一興味を持った分野に関する授業も取り、相変わらず日本語学への興味も薄れておりません!2年次はあらゆる可能性を考えて、様々な分野の授業を取りました!
ということで次は2年生の話へと移っていくのですが、長くなってしまいましたので、ここまでとします。
次回はなぜ私が中世文学へと足を踏み入れることになったのか、そして現在の私の興味はどこへあるのか、その源を自分自身が把握しておくために綴ろうかなと思います!
最後までお読みいただきありがとうございました!