学食のカレーが美味しいこの大学には、結論として一年間通っていました。
この大学はとにかく学食が美味しい。麺類は微妙だったのですが、定食、特にカレーが絶品だ。野菜も肉もゴロゴロ入っていて、程よい中辛、ライスもうちのより大盛りで、味噌汁とサラダがついて、三百三〇円。一口カツではなく、しっかりとした一枚のカツをつけても四百五〇円。安い、美味い、美味すぎる。
他の日替わり定食も美味しい。唐揚げ定食などは昼休みが始まる前に売り切れてしまうようで、ついに私は唐揚げ定食と書かれた食券機のボタンに、売切の文字が浮かんでいない時を見たことがありませんでした。複数の友人曰く、量も申し分なく、何よりめちゃくちゃ美味しいらしいです。
日替わり定食はごきげんよう、さくら、気まぐれと三種類あるのですが、特に『シェフの気まぐれ』が良い意味で異常です。私は鰻重定食を食べました。小さい鰻とはいえ、五百四〇円で小鉢二つと味噌汁がついて、大丈夫なのかと思いました。もちろん美味しい。
この学食を食べるためだけに通いたい大学であり、今だからはっちゃけると、今学期通学した裏一番の理由はこれでした。
購買は規模こそ小さいものの、その場で巻いてくれるソフトクリームが常設というのは珍しいと思います。本日のソフトクリームは二百五〇-八〇円台とはいえ、めちゃくちゃ美味い。コーンかカップから選べて、私は当然コーンで頼むのですが、クリームが下までしっかり入っています。
私はこれを毎回のように食べてから帰っていました。週一とはいえ、同じ『本日のソフトクリーム』に当たったことがなかったのは本当に凄いことだと思いました。特に絶品だったのは杏仁味です。
JRの駅からの距離を考えると、うちの大学と似たり寄ったりな、この大学は来年大きな改革を予定しています。一言で言えば、吸収されるのです。
私は昨今の女子大学閉鎖や改革を見てきて、ここの大学は、学生にとっても保護者にとっても世間的にも、非常に丁寧な移行をしているのではないかと考えています。しかし、その移行の先に、今まで築き上げた形のない文化や思想は残るのかというと微妙なのではないかと思います。宣告されていたとはいえ来年が嫌だ嫌だと言う友人や受講生達は、魅力を感じて入学した、女子大学という大きな特徴を含める「日常」の将来的な切り崩しに抵抗感を感じているのでしょう。
ここの大学の人たちは皆さん優しい。そんな彼女たちのアイデンティティは今後どう扱われていくのだろうかと不安になります。
この大学はこの大学の警備員さんは校門を出る生徒一人一人にこう声をかけています。「ごきげんよう」と。
私たち世代ですと美輪明宏のイメージがまとわりつくこの挨拶を、いかつめのお顔から発せられるのは最初多少の違和感と、どう返せばいいのだかと困惑したものですが、最初の学期中には既に私も同じ言葉を使うようになっていました。
私立の女子校だと挨拶はこうだったのかと私もよく聞かれますが、正直なところ指折りです。世の中の女子校の大半は、「おはようございます」「さようなら」です。「ごきげんよう」という挨拶は演劇部の舞台か、日常のふざけ合いで使われるかもしれない、といった具合の使用頻度です。
ごきげんよう、という挨拶は心を落ち着けて、目の高さあたりの後頭部から、鼻と顎を結んだ点Pのあたりに向けて、ゆっくり吹き下ろすように言ってみると、いくら発声しているのが私でも、上品で落ち着きのある、美しい挨拶なのではないかと思えます。
キャラではないので、日常で私が使うことはありませんが、この大学では進んで使ってきました。使うたびに、私のこの大学の落ち着きとユーモアを併せ持ち、情報に敏感な彼女たちの一員になれた気がしましたので。
敷地内の付属校は残るらしいので、ごきげんよう文化自体は残るだろると踏んでいますが、大学生を対象とした「ごきげんよう」はどうなってしまうのだろうと、ふと考えます。男子学生も言うのでしょうか。それとも差別化をはかるのでしょうか。
外部の私ですらこう考えるのですから、通学生はもちろんこのことについて考えているわけでして、スライドゥーを使用した、とある授業で授業中にこんなコメントがつきました。
「来年になったらごきげんよう定食はどうなるのかな」
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皆さんご存知の通り、女子大学は「女子に学問なんて…」という時代につくられています。尼寺だ姥捨て山だとささやかれつつ、でもそんな世間の目をよそに、秀でた業績を残した先輩方によって、女子大学の意義と学問におけるジェンダー差別の撤廃が公のものとされ、今の私たちの日常に繋がっています。
女性の進学率は上昇しており、四年制大学への進学率の差は依然として男性の方が高いものの、都市部を中心に均等に近い位置まで来ております。(都道府県版ジェンダー・ギャップ指数 | あなたの地域の男女平等度は?を参照)共学に通う以前の知り合いの中には、女子学生であっても、もう四年制大学に通えるのだから女子大学は時代遅れであると私に言うものがいるほどです。
彼女の言う通り、既に女子大学は男子専用教育機関であった現在の共学に通えない・通うことを許されない女性が通う機関ではなくなっております。それゆえ、前記の大学のように吸収合併される女子大学や、共学化する女子大学、廃校となる女子大学が毎年相次いでおります。
このままジェンダーギャップが解消され、女子大学は消滅するのでしょうか。
少子化の観点から、女子大学も共学も関係無しに複数の大学が今後消滅していくのは事実なのだと思います。一方で、女子大学が先に全て無くなるとは、現実を見てみると、学生である私が見ても考えられません。
法律や体勢は変わっても現状は変わっておらず、むしろ現状維持が難しい状況にあるというのが事実なのではないかと感じております。女性の役員昇進等がようやく許されるようになった今、それにより損をする者は存在するわけで、最近は男尊女卑を訴える排外主義的ポピュリズムが勢いを強める傾向も見られております。
女子大学の存在意義が建学当時の目的に戻ってしまうかもしれない、女子の通学すら許されない時代が来るかもしれないと思うと、自身に関する不安もございますが、これまで長い期間、数あまたの人類が積み上げてきた歴史は何だったんだと悲しくなります。
女子大学及び出身者が否を唱えるべき存在は、昔からミソジニストではなく反知性主義であると私は考えております。
現在残っている女子大学はより体勢を強固なものとし、いつか現れると願っている、本当の意味でのジェンダーギャップ解消の未来まで繋いでいってほしいと考えておりますし、女子大学に通う私たちは、より時代や思想の動きに対して敏感になり、女子大学で培った考えを元に、歴史を繰り返さず、より自由で平等な未来を開いていくための意見発信をしていくべきなのだと考えております。